三階の覇王 ~異世界最強の覇王の肉体は、しかし異能力の才能までは宿していなかったようです~ 作:鷲野高山
或いは、それは捉えようによっては皮肉ともとれた。
天孕具の武器――世に言う天能武装の製作は、捧手の一強時代が続いている。そしてそれはここ最近だけの話ではなく、以前からのこと。
無論、世の天能武装の造り手全てを捧手の関係者が担っているわけではない。他にも名が知られた家もあれば、天能武装を取り扱う専門の企業も存在する。むしろ世に広く流通しているのは後者の方だ。
だが、格に関しては紛れもなく捧手の一族が突出していて、他の追随を許さない。
故に最強の
それだけであれば、まだ可能性が零とは言い切れないだろう。限りなく低く難しいことに違いはないが、例えば捧手に追いすがる他家から稀代の天才が現れて一族のバックアップを一身に受ける等、淡い期待を抱かせる何かは起きるかもしれないのだから。
ただし――。
「確かに三狭間氏の言う通り、掲げるには大きすぎる夢でございますな。拙者の家――絹持の強みであり世に評価を受けているのは、あくまで服飾の分野。天能武装の実績については捧手は勿論のこと、他の高名な家の足元にも及びませぬ故、分不相応と謗られても致し方ない」
――本人の言う通り、
だから、三狭間播凰の言は嫌でも皮肉ととれてしまうのだ。
羨ましく思うとはつまり、大それた夢を胸に抱き、剰え口にすることができる愚かさや無謀さを、自分にはとても出来ないという意味を込めているのだと。
「ふむ、捧手以外の家門は正直知らぬ――というより天能武装に始まる天孕具そのものについて詳しくないのだが……しかしまあ、聞きたいことはある」
ましてや、聖剣。その存在は現実よりも神話伝承、延いては小説やアニメといった創作の中で語られることが殆どであり。一応は現代においても、伝説とされたり由緒正しい歴史的価値のある剣が残存していないわけではないらしいが、どこか遠い世界の出来事のように感じざるをえない。
掛布小春とて、頭では分かっている。分かってはいるのだ。
最強の剣ですら途方もない道だというのに、それが
そも、何を以てして聖剣と定義するのだということすら定かではない。
何の冗談だとまともに取り合わないのが普通で、理解を示すことこそおかしいのだと。
そんな馬鹿なことを宣ってないで――現実と向き合って、技量を磨くことに専念しろと言われることは正しいことなのだと。
……それでもっ!
だが、小春は知っている。分厚い瓶底眼鏡の下にある、普段は伺い知れない
「よもやその齢、この学び舎にいる間に至れると?」
「無論、拙者とて高等部の在籍中に造り出せるなどと思い上がっておりませぬ。試作を行うことはありましょうが、ひたすらに己を磨き積み上げ、そこで漸く真に挑めるかどうかでしょうな」
「で、あろうな。もしできると嘯いたならば、言葉を変えねばならぬところであった。振るうはまだしも造るは門外漢だが、それくらいは分かる」
……それで、も?
反応は実にあっさりとしていて、絹持の答えを聞いた播凰は唇の端を持ち上げて首肯した。
良い意味でも悪い意味でも大仰ではなく、本当に拍子抜けるするほどあっさりと。
そこに浮かぶは嗤いではなく、笑い。すぐできると考えているのかと、それを問う――いや、確認しただけ。
「お主にそれができるなどとは言わぬ。けれども、できぬとも言わぬ。大小など些細なこと、如何なる夢も夢には違いあるまいが――大きいほどに、それを持ち得ない身としては眩くある」
「…………」
「なにせ誘いに乗ったはいいものの、いざ立ってみればそれはそれで戸惑う部分もあってな。もっとも、興味を惹かれるものが多いのも事実で、退屈という点では困っていないが」
「……何やら事情がおありのご様子ですが。お言葉、かたじけなく」
「うむ。最強の剣、大いに結構。それが完成した暁には、是非とも相手にしたいものだ――ふふっ、今後の楽しみが一つ増えたな」
「拙者が勇者となるための
互いに、悠然と笑い合っている。
二、三度、小春が目を瞬かせればそこはやはりいつもの見慣れた、異世界道具研究会の一室だった。やはりというのも変な話だが、異世界という
「……いや、相手って。そこは普通、自分が振るってみたい、じゃない?」
それ知覚したからか。小春は思ったことをつい声に出して突っ込んでしまっていた。
最強の剣とも聞けば、自分が手に取ってみたいと思うのが大半じゃなかろうかと。何だって、真っ先に相手にしたいという発想になるのか。
「それも悪くは無い。が、最強と聞けば相手取る方が心躍るではないか」
「……アンタ、確か武戦科じゃなくて天戦科なのよね? ん? あれ、それなら別におかしくはない……?」
至極当然、といったようにこちらを振り返った播凰に、小春の頭は混乱する。
真っ先に戦うという発想に至ったのは武戦科らしく、しかし自己紹介では天戦科と名乗ったのを思い出し。それなら、自分で振るうより相手にするという思考になるのはおかしくないといえばないのか、いやいや、それでもその理由はどうなのか、と。
そんな彼女に追撃をかけるように。
「時に、同志掛布氏。その珍妙なポーズは何でござるか?」
「え、あ……な、なんでもないっ!」
心底不思議、といったように播凰に続いて振り返った絹持の指摘に、小春の顔がカァッと赤く染まる。
怒りを表現しようと振り上げた彼女の両手は、しかしその行き場を既に失い。両腕を半端に上げて静止するその姿は、傍から見れば滑稽に映ることだろう。
加え、その行為に走るある意味きっかけとなった当の本人から言われたものだから、小春としてはたまったものではなく。
今まで気づかなかった自分と惚けた表情の絹持に内心で毒を吐きつつ、そそくさと小春は髪を弄るようにして誤魔化しながら逃げるように二人から視線を外した。
「な、なにかしら……」
「いえいえー、べっつにー?」
もっとも、その先でニヤニヤと。
まるで彼女の内心を見通したかのようにじっとこちらを見る対面の辺莉の顔があり、それは完全には叶わなかったが。
「ところで、今まではここでどのようなモノを造って来たのだ? 異世界の道具、武器というのに興味があってな、是非とも見てみたい!」
「むほほっ、それは嬉しいお言葉ですな! 丁度、新たな同志が来た際に歓迎しようと造っていた一品があり……ささ、どうぞこちらへ」
ただ、播凰と絹持の二人ときたら、小春のそんな葛藤など微塵にも気にした様子もなく。
彼女のことなど一顧だにせず話を進め、更には席すら立って隣の部屋に続く扉に歩いていくではないか。
「……んんっ、私達も行きましょ」
小春は釈然としないものを胸に抱きながらも、けれどもある意味都合がいいと。
音を上げて椅子から立ち上がり、辺莉のその顔をなるべく見ないようにしながら促して彼等に続く。
とはいえ、研究会に所属している小春にとっては隣の一室もまた見慣れたものだ。
ラックの中に、また床に直接置いていたり壁に立てかけられているのは、完成未完成問わず天孕具。またはその材料や装飾となるもの。
研究会の現所属である絹持や小春は当然として、卒業生――つまりはかつてのこの異世界道具研究会メンバーの手によって生み出されたモノ達が、ここにはあるのだ。
「ほうほう、ほほぅ!」
「おおー、何かいっぱい色々あるねー」
足を踏み入れ、きょろきょろと忙しなく部屋を見渡す播凰と辺莉。
入室から間もなく、奇しくもその視線がふととある一点、同じ方向に固定される。
「むっ、あの一段と巨大なモノはなんだろうか?」
「うーん、なんだろうね? 何かの機械とか装置みたい」
部屋の一番奥、壁際という隅にありながらも、人の背丈ほどもあり存在感を放つソレ。
鈍色の四角張ったフォルムに、計器だのメーターだのボタンだのがいくつもついた様相は、確かに辺莉の言うように、道具というよりは機械や装置といった表現の方がしっくりきて、目を引く要因となるだろう。
「あれはですな、この異世界道具研究会の偉大なる創始者――即ち初代代表が造り、そして残していかれたモノと伝えられておりまして。なんでも、異世界への道を開くことができると」
「ま、噂というかなんというか……そう伝わってるってだけね。本当にそんなことができるなら、こんなところに置かれてなんかないだろうし。初代代表がいた頃は分からないけど、そもそも動くところを誰も見た事ないらしいわ」
絹持のした説明に、小春は肩を竦めて補足する。
あくまでそれらは彼女が絹持から聞いた話であり、その絹持は今は学園を卒業してここにはいない先代の代表に聞いたらしい。
小春自身も最初こそ関心を持っていたが、今はもう殆ど気にしていない。これまた聞いたところによると、過去の先輩達が時間をかけて調査しても成果らしい成果はなく、うんともすんともせず。またマニュアルも残されていないとのこと。
初代代表が残していったと伝わる、謎の置物。
それが、小春の認識だった。
「ほぅ、異世界への道とな」
だが、真偽はどうこうとしてそれはそれで興味を惹かれたのか。今度はここに踏み入れた時のようにきょろきょろとすることなく、播凰が一目散にソレに近寄ってペタペタと触り始めた。
が、何も起こることはない。それはそうだろう、適当に触っただけで何かあるならば今までに誰かが動かしているはずだ。
「……播凰にいが大丈夫なら、大丈夫そうかな?」
何やら辺莉が呟いて近づいていったが、好きにさせる。
一人でも二人でも変わらない。いや、絹持も近づいていったから三人か。
少し離れて彼等を見る小春は、ややあって苦笑しながら周囲を見回す。気の済むまで待っているついでに、少し整理でもしようとそう思ったのだ。
何十分も弄っているようだったら流石に一声かけようとは思うが、そうはならないだろうという確信がある。
どうせ、自身と同じように、何も反応がないことに次第に興味が薄れるに違い――。
――ブゥン。
刹那、何かの駆動音のようなものが、小春の耳に届いた。
本日、後ほどもう一話投稿します。