三階の覇王 ~異世界最強の覇王の肉体は、しかし異能力の才能までは宿していなかったようです~ 作:鷲野高山
「ふおおおぉぉっっ!?」
次いで、興奮を隠さない絹持の声。
慌てて振り返った小春の目に飛び込んできたのは、透明のガラス越しに動く針……が、元の位置に戻っていく光景だった。
動かないものが動いたという事実。それを彼女の眼は、耳は、確かに捉え。
しかし、絶句する彼女を嘲笑うように。ソレは即座に沈黙した。
「むむっ!? 今、間違いなく反応があったはず……お二方もご覧になりましたな!?」
「うむ、確かに見たぞ! 音が鳴って光って針が動いた!」
「……そう、だね」
唸る三人に近づき、それとなく隙間から様子を伺う。
だが、じっと念入りに見てみても、やはりそこにあるのはいつも通りの何の反応もしない置物で。
「……誤作動、とか?」
「誤作動だとしても大発見ですぞ、同志掛布氏! 確か今、拙者がここをこうして――お二方は、どうしておりましたかな!?」
「うむ、適当に押していたからよく覚えておらぬが……こう、だったか?」
直前の操作を再現しようとする絹持の呼びかけに応じて、播凰が再び装置へと手を伸ばして正面部分のボタンを押している。
三人の位置取り的に、右部分に絹持で正面部分が播凰。そして左部分に辺莉が立っているのだが、しかし彼女は動かない。
後ろに立っていた小春はそれに気づき、声をかけるが。
「あれ、二津さんは?」
「……やー、アハハハ。アタシはその、実は別に何もしてなくって」
「おっと、そうでござったか? 拙者からは、左側のボタンやレバーのところに手があったように見えましたが……」
「あ、えーと、何もないところを触ってただけで特に押したり動かしたりはしてなかったかなっ。紛らわしいことしててすみませんっ」
わたわたと手を振った辺莉は、すっと後ろに下がり装置から距離を取りつつ。播凰の背後へと回り、くいくいとその制服の袖を引く。
その少し焦った様子に、小春は軽く違和感を抱いたが。
「播凰にいも、あんまり触らない方がいいかもよ? だって私達、その……ほら、まだ見学に来ただけの部外者だし。こ、壊れるとか、変なことになっても困るっていうか」
「……ふむ、一理ある」
「むむっ、そうお気になさらずとも構いませぬが。とはいえ、再び反応が起きるか不明なことに時間を割いてしまうのも事実。お二方がそう言うのであれば、この場は一先ず置いておき、後ほど拙者の方で調べてみるとしましょう」
成る程、その心配をしていたのかと納得する。確かに、動かないと言われていたものがいきなり反応を示したとなれば不安にもなるし不用意な行動は避けたくなる気持ちは分からなくない。見学者――客人としての立場なら尚更に。
絹持も同様に思ったのか、名残惜しそうに装置の方をチラチラと気にしながらもそれから離れ。
誇らしげに胸を張りながら、床に置かれたとある一つの物体の側に寄り、指し示しす。
「こちらが、先程お話した歓迎用の一品。空に七色の虹を架ける弾丸、その名も――
それは、回転式多銃身型機関銃――所謂ガトリングガンと呼ばれる類のものであった。
まあ異世界の道具と思えるかと問われれば首を傾げるところだが、虹を架けると言う言葉だけを聞けば幻想的といえば幻想的なのでそこはご愛敬だ。
「空に色?
「虹蜺……確かに虹をそのような言い方をすることもあるそうですな。よくご存じで」
「うむ、何度か見たことがある。して、それを人の手で為すと?」
「ええ。もっとも、現象を再現するのではなく、疑似的なものとはなりますが……ふぬぬっ!」
最後の変なのは、絹持がそれを持ち上げようと力を入れた掛け声である。
見た目がふくよかだからといってイコール、力があるというわけではないが。それでも、絹持織高は――というより天孕具の造り手は、相応の力、体力というものが求められる役柄である。
故に、その中でも優秀――学生レベルとしてだが――の分類となる彼が、貧弱だということはない。
つまり、単純に。
「……だ、大丈夫です?」
「し、失礼。も、持てなくはないですが、やはり軽量化の改良が必要ですなぁっ!!」
「うんまぁ、100キロ余裕で越えてるもんね、ソレ」
「えぇ、100キロ……」
重い。
辺莉が引きつつも身を案じるように声をかけたのも無理はない。
なにせ絹持ときたら、辛うじて両手で持ち上げてこそいるが、その足腰と顔をプルプルとさせているのだから。
もっとも、その重さを知っている身からすれば頑張っている方だと思う。歓迎用として準備していたのも知っていたし、当人がやる気なので止めはしないが。
と、そんな風に小春が呆れつつもそれを眺めていたその眼前で、ひょいと腕が伸びてきた。
「ふむ、重いのか? 力には自信がある。私が持とう」
なんでもないことのように、のんびりとした口調でそれをしてきたのは、播凰である。ちゃんと重さを聞いていたのか怪しい口振りだ。
え、と小春が止める間もなかった。
絹持が両手で握る持ち手部分、その空いたスペースに播凰が片手をかける。
「ふぬぬぬ……ぬっ?」
するとなんとも面白いことに、それだけでプルプルとしていた絹持の動きが止まった。
その事実に、小春は瞠目する。
「放して構わぬぞ」
「……ほ、本当によろしいので? 重いですぞ?」
「うむ、この程度何の問題も無い」
念押しの末、そろそろと恐る恐る絹持が両手を自由にしていく。
小春は、パチパチと目を瞬かせた。間違いなく地面から離れ、難なく持ち上げられている。それも、片手で。
絹持のようにプルプルと身体を震わせることなく、余裕の表情というおまけつき。
「えぇ……いや、片手って」
「お、おおぅ、流石播凰にい……」
今度は、小春が引く番であった。
いや、隣で辺莉も軽くではあるが引いている。
「素晴らしいっ! 三狭間氏は力持ちですなぁっ!」
代わりと言ってはなんだが、ただ一人。
やんややんやと、絹持が喝采を送っていた。
「ささっ、それでは外に出ましょうぞ! 折角ですから、持っていただいたついでに三狭間氏にそれを使っていただきましょうかな!」
「おお、そうか!」
そしてその勢い、というかノリのまま、二人は出て行く。
「「…………」」
残された小春、そして辺莉はしばらくしてからどちらからともなく顔を見合わせ。
そして互いに苦笑を浮かべ、彼女達もまた彼等の後を追うように足を動かした。
「――そういえば掛布先輩って、絹持先輩とは研究会で知り合ったんですか?」
どこまで行くつもりなのか。異世界道具研究会の拠点がある旧校舎の建物を出ても、絹持とそして重いどころでないはずのそれを片手に歩く播凰はその歩みを止めなかった。
夕焼けとなった空の下、何やら前方で和気藹々と盛り上がっている二人の背中を見ていた小春に、ふと辺莉がそんなことを聞いてくる。
「ん……いえ、アタシとキモオタ先輩――んんっ、代表とは、昔から家同士の繋がりでちょっとね」
「あはは、やっぱり。ちなみに、どうしてキモオタ先輩なんですか? ……えーっと、見た目?」
「……まぁ、それもゼロではないけど。アレよ、苗字と名前」
「苗字と名前?」
「そ、
誤魔化そうとしたが、無意味。本題関係なく呼び名について言及してきた辺莉に、渋々と小春は答えた。
それを聞き、遠慮がちに前を歩く絹持の背を見ていた辺莉だったが、小春の補足でポン、と手を打つ。
「あ、成る程。き、も、お、た、で確かに……」
「今に限らず、昔っから異世界異世界言ってたから、あながち間違ってもないし。我ながら悪くないネーミングセンスね」
「んふふー、そんなこと言っちゃっていいんですかー?」
素っ気なく、しかし自賛する小春。
けれども、そんな彼女を辺莉はニマニマとして何かを言いたげに見てきて。
コホン、と握った手を口元まで持ち上げて咳払いをした小春は、じろりと平静を装って睨むように。
「……そ、そっちはどうなのよ? アナタと三狭間も、ただの先輩後輩の関係には見えないけど?」
「んー、播凰にいはやっぱり、お兄ちゃんかなー」
にへら、と相好を崩して今度は絹持の隣の播凰の背を見る辺莉。
恥じらうようであれば仕返し程度に少し揶揄ってやろうと思っていた小春だったが、喉まで出かかっていた言葉を呑む。
実の兄妹ではないだろうに、余程慕っているのだろう。いや、だからこそ恥ずかし気もなく感情を出せるのか。
そんなことを考えている内に目的の場所に着いたようで、前方の二人が足を止める。
学園にある広場の一つ。グラウンドと違って特に予約等はいらず、今も数人の他生徒の姿が見受けられる。開けたここなら、試し打ちには最適だろう。
使い方を説明してるであろう絹持と、それに頷いている播凰。
やおら、その銃身が空へと向かった。
直後、乾いた破裂音が連続する。
「おおーっ、凄い凄い! 確かに七色、虹を架ける弾丸だっ!!」
空を見上げた辺莉が、感嘆の声を上げた。
銃弾の一発一発が夕焼けに続々と炸裂し、七色を彩っていく。
響く銃声、そして辺莉の歓声に吊られてか、広場にいた数人の生徒もまた頭上を仰いでいる。
その名の通り、特殊な薬莢それぞれが七色の内の一色を内包し、順々に炸裂することによって宙を彩り。七つの回転する銃身によって連射されることで虹を描く。
それこそが、
とはいえ、あくまで狙いをつけるのは射手。
正直に言えば、滅茶苦茶に打ちあがっているだけで虹の体を為していない。カラーリングでなんとか虹を想起できるかどうかという出来だ。まあ慣れていなければそれもしょうがないこととは思うが。
しかし、と小春は首を捻って播凰を見る。
重さに加えて弾を打ち出す反動も相当なはずなのだが――軽々と打ち続ける播凰は楽しそうに笑っているし、隣の絹持は満足気に腕を組んでいる。
……天戦科なのよね?
今度は違う理由で、けれど先程と同様な疑問が小春に沸き上がったが。口に出したところで意味はなく、考えることを止めた。
その代わりに、というわけでもないが逸らすように隣できゃっきゃとはしゃぐ辺莉を見る。
感触は悪くなさそうだと、そう思った。
「コホンッ、それで二津さん――ど、どうかしら? ウチの研究会は?」
だからこそ、このタイミングで切り出してみる。態とらしく咳払いをし、少しだけ吃ってしまう。
喜々として空を眺めていた辺莉が、その瞳が小春と交差した。
「……うーん」
「っ……」
返ったのは答えではなく、考えるような仕草。困ったような、言いあぐねているような、そんな。
溜息ほどではない。しかし他人に分かる程度には、小春は息を零し。
「……ま、まぁ、そうよねっ。無名で小さくて実績も無い弱小研究会だし、名前とか活動方針とかから馬鹿にされたり冷やかされたりするし、メンバーにしたって代表はともかくアタシはパッとしないし……だ、大丈夫、それで気を悪くとかなんてしないからっ! ほらっ、二津さんほどの子に興味を持ってもらえただけでも嬉しかったし!」
半ば自棄に、自虐的な言葉を紡いでいるのを自覚しながら、小春は早口に喋る。
ああ、年下の子相手だというのになんてことを言ってるんだろうと思いながらも、しかし口は止まらず。
ただ、そんな小春を、びっくりしたように辺莉は目を丸くして。
「あ、いえいえ、アタシは楽しそうだと思ってますけど――播凰にい次第ですかね」
「…………」
苦笑と共に、辺莉は今なお楽しそうに空に色を打ち上げる播凰にちらっと目をやった。
釣られるように小春もまたそちらを見て。ついでに、空を見上げる。
相変わらず不格好な、虹とも何とも言い難い彩りだ。
思わず渋面を作る小春だったが。それを見てか、或いは空を見て同じように思ったのかは分からない。
とにかく次の瞬間、辺莉はカラカラと笑い。
「でも多分ですけど、播凰にいは入るって言うと思うなー」
「……えっと、それは、どうして?」
確信めいた物言いに、思わず聞き返す。
正直、手応えとしては微妙なところだった。割と話は弾んでいたと思う。が、やはり自身があげつらった通りこの研究会に入るメリットは薄い。とどのつまり、決め手に欠ける。
ならばなぜ、彼女はそう思うのか。
「先輩達だから」
「……先輩達ってことは、代表はともかく、私も? それってどういう……」
けれど、返って来た答えは増々分からないものだった。
絹持織高はまだ理由として分からなくもない。あんな見た目でも実力者であり、天孕具の服飾分野において名高い家の出。取り入るというか、繋がりを持つ価値はある。
けれど、掛布小春はこの学園では劣った側の
その逡巡を表情から読み取ったのか、辺莉は勘違いを正すかのようにヒラヒラと手を振って。
「ああえっと、家柄とか実力とか成績とか、そういうのじゃなくって――」
――単純に、その人そのものを見たんだよ。
刹那。
ドォン!! と爆発のような音が、小春の鼓膜を揺らした。
ビクリ、と身を竦ませた小春は、慌てて周囲を見回す。
が、その発生地点はすぐに分かった。何せ、炸裂音が止み、それを打ち上げていた二人のいる箇所からもうもうと黒煙が立ち昇っていたのだから。
火の手が上がったというわけではなく、また屋外であったことから煙が捌けていくのにそう時間はかからなかった。
小春と辺莉のみならず、なんだなんだといつの間にか集まり、または建物の窓から顔を出す数十のギャラリー達が見守る中。
黒煙の中から姿を現したのは、煤けた二人組。言うまでもなく、見学者の三狭間播凰と代表の絹持織高の両名で。
「むほっ、ごほっ――むうっ、暴発してしまうとは。重さ故、碌に試運転をできていなかったのが痛いですな……申し訳ない三狭間氏、大丈夫でござるか?」
「はーっはっはっはっ!! よし決めたぞ、私はこの研究会に入らせてもらうとしよう!!」
「なんとっ、誠でござるか!? 拙者、大歓喜ですぞっ!!」
は? と唖然として固まる小春に。辺莉は驚きを見せながらもしかし、ほら、と嬉しそうに笑い。
「――そういうわけで、これからよろしくお願いします!」
「……え、ええ……よ、よろしく」
ぺこりと一礼。
それになんとか口元の筋肉を総動員して言葉を返し。
響く高笑いに、やっぱり変わった生徒だと、動揺しながらもそう改めて強く感じた小春なのであった。
――――
「――ホホホ、ようやく見つけましたヨォ。間違いなく、これはあの忌々しき双子戦士の痕跡ですネェ」
文目も分かず、闇。
静寂の中に妖しく、そのねっとりとした声色は突如起こった。
「どうやらここは人間界のようですが……まずは失っていた期間の情報を集めるとしましょうかネェ」
ぼぅ、と仄かな光が独りでに灯ったのは、一台の情報端末。
誰の姿も無しに、その操作音もなく次々とそのモニター画面の挙動が変わっていく。
「……天能術やら何やら見慣れぬ単語ばかり。あれからそう時は経っていないはずですが……なんでしょうねェ、特にこの『【客将】立ち絵お披露目他重大告知予定【大魔王ディルニーン】』という意味の分からないのは?」
今まで余裕ぶっていた声が、明らかな困惑の色を伴う。
「……ともあれ、しばらくはひっそりと、悪意を蓄えるとしましょうかネェ」
それを最後に、声は止まり。
後には情報端末の灯りが揺れることなく少しだけ周囲を照らし続けるのみ。
それが浮かび上がらせるは、ちょこちょこと文字が書き残されたままのホワイトボード。
その左上隅に小さく、その文字は躍っていた。
――天奉祭向けスケジュール、と。
次回は配信回です。