三階の覇王 ~異世界最強の覇王の肉体は、しかし異能力の才能までは宿していなかったようです~ 作:鷲野高山
「よいか。王たる者――それに限らず一つの共同体、或いは組織の頂点に立つ者でもよい。長の役目とは異なる文化や価値観、技術を排斥することに非ず。それらを見極めることこそにある」
「……ふむ?」
「無論、排斥そのものを咎めているわけではない。中には明らかな害――将来的な可能性も含めてだが、毒杯と成り得るものもある。それらは寧ろ強権を以てでも強引に排斥すべきであり……尤も、危険性を理解した上で敢えて引き入れるという手もあるが、まあそこは匙加減次第か」
・コメント:は?
・コメント:びっくりした
・コメント:え
・コメント:なんかすごいこと言わなかった!?
・コメント:VTuberの関係者というか知り合いがそれを言っちゃうのか。。
・コメント:今の発言はやばくね
・コメント:ライン越えか?
・コメント:自覚あるんか
・コメント:燃えるぞw
一拍の間を置いて。けれど一瞬を止まっていたことを忘れさせるように、今まで以上に加速していくコメント達。
されどそれらを一瞥ともせず、大魔王ディルニーンは――自称、大魔王の一裏万音は目を瞑ったまま。
「とどのつまり、受容と淘汰。逆に利を齎すと見れば、例え蛮族のそれであろうと受け入れない手はなく……とはいえ個人の趣味趣向、美学というのもある。根底のそれらが違えば、異なる解釈や意見というのはどうしても出てくるだろう。故にこその王、とも言えるが」
「それは……いくら王が偉いとはいえ、民どころか将兵の反発すら招くこともあるのではないか?」
反論というわけでもないが、単純な疑問。
それに対して、ハッ、と。返って来たのは明らかな嘲りだった。
口元に冷笑を浮かべた万音の、その瞼は依然閉じられ相も変わらずその視界に何も入れようとはせず。
「玉座というものは力の象徴ではあるが、当然にしてそのまま権威に転ずるということはない。如何に豪華絢爛なそれとて、結局は座す者次第でその在り方を変える。故に、王という肩書だけで偉ぶる道理はなく、その肩書だけで他者を支配するなど本来はありえまい。その椅子は確かに勝者の証なれど、決定的な根幹はまた別のところにあり……しかしその座にただ在るだけでよいと勘違いした愚物の多いこと、多いこと」
けれども次の瞬間。
顔を動かすことなく目を開き、それだけを横にじろりと播凰に動かして。
「貴様はそれどうこう以前の問題だが……偶さかその座に着いただけの者でも分かるよう、陳腐で在り来たりな答えを返してやろう」
つまらなそうに、下らなそうに。頬杖をつき。
「利を見出し、展望を示せ。多くの反発はその影響を想起できていないからにすぎず、それが己に利するとあらば容易に反転するだろう。真に考えを巡らした上で声を上げる者など、極一部でしかおるまいて」
「お主はそうしてきた、と?」
「それで全てではないがな。慣例や文化を重んじるのも結構だが、外部からの流入を拒むは所詮現状維持、ただの思考停止でしかなく、停滞の先にあるは破滅よ。……故に余は観察し、見極めてきたのだ」
――例えそれが、
それを最後に、万音は言葉を切った。
播凰もまた、思案するように押し黙る。
・コメント:???
・コメント:……何の話だ?
・コメント:それよりもさっきの!
・コメント:客将、割と好きだったけどあれはちょっと
・コメント:謝罪マダー?
・コメント:そもそもポッと出で前から気に入らなかったんだよ
・コメント:客将だかなんだか知らないけど、こっちはそんなの求めてないって
・コメント:化け物のくせに
束の間の静寂。
そんな中でも、コメントの勢いはとどまることを知らず。むしろ勢いを増し、機械越しで感じ取れないはずではあるが、その熱量すら幻視できてしまうほど。
けれどもそれらの熱気とは関係無しと言ったように、二人は揺るがない。
「……利、か。少なくとも私にはそれが思いつかぬ。己の顔を売る、というのならばまだ分からなくもないが、絵を介してではそれも叶わぬだろう? 加え本人の顔でないなら、声さえあの機械でどうにかしてしまえば、影武者のように別の人間が振舞うこともできてしまうのではないか?」
機械、とはつまり客将としての声を出しているボイスチェンジャーである。特定を避けるため、と訳も分からず大魔王が用意していたものだが、己の声が別物となって発せられるのを聞いた時には驚いたものだ。
「フン、成り代わりか。この大魔王たる余を騙る者が出てきたとあらばその気概くらいは認めてやらぬでもないが。とはいえ、それを為しうるのは、周囲が余程の間抜けな時くらいのものだろうて」
「……そうは言うが、しかし影武者とはそう珍しいものでもないと思うぞ?」
「貴様の抱く偽者の像は、今は捨て置け。いくら顔を伏せているとはいえ、そこに生きてきたは紛れもなく当人であり、判断となるのはその者の技量だ。配信者としてのスキルに始まり、話術の巧みさ、ゲームの実力、その他視聴者の捌き方や些細な癖……積み上げてきた証は嘘をつかず、それが別人がとって代わったとなれば周囲が分からぬ訳もない。それとも貴様、よく知る者の中身が姿形だけを真似た偽者の場合にも気付かぬ阿呆か?」
「ふむぅ……まあ確かに、それなりに知る者であれば、口振りや体捌きで判断することもできなくはないか」
「そう、ただ絵がいいからという理由のみで人気が続くわけはなく、絵越しであれば誰でもいいというわけもないのだ。――故に、不遜にもどこぞの愚か者が姿声を真似て配信をしたとて、真にこの世に大魔王ディルニーンたる者は、この余だけよ」
「成る程?」
これ以上ないほどの自信を滲ませて、静かながら堂々と宣言する万音。
それに気圧されたわけではないが、事情に明るくない播凰はそういうものなのかと一応の納得を見せる。
そして、と続いて切り出されたのは。
「全てに答えてやる義理もないが、まあよかろう。仮にも王の座にあったというのならば想像してみよ。王命ではない、貴様がただ何かを発した時、それは如何様にして臣下や民草に伝わるかを」
「……それは――私がこういうことを言ったと、そう伝わるのではないか?」
恐らくは利が分からない、という問いに対しての言葉であろうが。紐づきが見えない話だった。
一応答えた後、もっともそういった役割は得てして弟妹達が受け持っていたが、と播凰は心の中で続ける。
戦場にあった時は別として、それ以外ともなると大抵は弟妹達が提案や話をしにきて、割とよく理解しないままに頷いたり任せきりにしていた記憶がある。
それはそれとして、口にしてみたもののまるで中身の無い返答だった。
しかし、万音は馬鹿にするでもなく鷹揚に頷き。
「然り。直接その場にいなかった者にしても、王がこのようなことを言ったと、そう伝聞してゆく。尤も、一言一句正確に伝わることはなく、悪意の有無関係なくどこかで内容が捻じれたりすることなど不思議でもないが」
「うむ」
「けれども、
「……つまり?」
「誠、貴様は察しの悪い奴よ。究極、余の口から出るあらゆる声は総じて、大魔王からのものであると世の者共は受け取るわけだ。――本来であれば」
そうして万音はいっそ凄絶な笑みすら浮かべる。
画面の中のディルニーンも、それに呼応するかのようにその口元を吊り上げ。
瞬間、ドンッ! と。鈍い音がした。
「どうしてっ! ……どうして余はこの発想に至らなかったのかっ! どうして同じ人間でありながら我が世界の人間共には斯様な文化が存在しなかったのかっ!」
その音は、万音の拳が振り下ろされ、机を叩いたことによるものであった。
同時に、悲痛とまで思わせる、今まで聞いたことのない万音の嘆き。
ドンッ、ドンッ! と振り下ろされる彼の拳は留まることなく響き、むしろ力強さを増していく。
「……それほどまでの価値が、利が、このVTuberとやらにある、と?」
その様子には、さしもの播凰も異常を感じて。神妙な面持ちで問いかける。
今までの話を聞いて尚、理解が及んでいない。いや、何を言いたいかは薄々分かっているが、それに絡む万音の言う利が頭に浮かんできていないというのが正しいか。
とはいえ、これほどの慟哭。彼の目には光る涙すら見える。
その異様さからすれば、さぞ己では考え付かないような深い何かが――。
「当然だっ、これさえあれば! これが、我が世界に欠片なりとも下地がありさえすれば――世界各地のあらゆる魔族の、否、あらゆる種族含めた世界全ての幼女との触れ合いができたかもしれぬというのにっ!!」
「……うん?」
「そもそもからして、あの無駄に熟れた淫魔共が余計な真似をしてくれたことが問題なのだっ! もう少し、余がもう少し早くに幼女の尊さに気付いておればっ……あそこまでいってしまえば、余が余である限りその言葉は幼女に真に届くことはない! くっ、そう考えればバ美肉もありよなっ!」
「ば、ばび……?」
「ともあれ、だからこそ悔やまれる! 具体的には、大魔王は幼女に優しいキャンペーンを配信でだな――」
・コメント:本当に何の話だ
・コメント:台パン草
・コメント:???
・コメント:もしかして酔っぱらってる?
・コメント:なんか分からんけど草
・コメント:いつもの大魔王様
・コメント:つまり……どゆこと?
・コメント:変な話で誤魔化すな
・コメント:逃げんな
べらべらと捲し立てるような万音の弁舌は、播凰だけでなく視聴者も混乱の渦に叩き落とす。
だが、そのどちらもの反応をまるで気にした風もなく、かくや放送事故かとも思われる熱弁だけがただただ振るわれる。
少なくとも、実に数分は喋り続けていただろうか。
「――ということだ、理解したか?」
「うむ、よく理解できなかった!」
一応は耳こそ傾けていたものの、聞いたことのない単語が連発。その中には話の前後から国や地域と思しきものもあった。口を挟めないほどの熱弁というのもあったが、あまりにも連発されすぎてもはや忘れてしまったほどだ。
そのような有り様なのだから当然理解できたわけもなく、馬鹿正直に答える。
「はぁ、無知蒙昧もここに極まれり。これだから未熟者は――」
「けれども、理解したことはあるぞ!」
そんな播凰の返答に、やれやれと額に手を当てて頭を振る万音であったが。
遮るように、自信満々に胸を張った播凰に、言葉が止められる。
「お主が以前に指摘したように、私は自ら進んでその座に昇っていない。そもそもからして、
正直、よく分からないことだらけではある。
それは
だが、一つ。今まであやふやであったものが、確固たる形となったものがある。
「魔王やら魔族やら、そしてオークやら。その存在が如何なるものかは別として、まるで人と変わらぬということだ! 意思の疎通ができ、良き王たらんと国を導き、おかしければ笑い、そして悲しくて泣く。善悪があり、争うこともあるものの、ゲームのように同盟も組める!」
違うか、と歯を見せて笑い、万音の顔を振り返る。
計りかねていた、と言われればまあそうなのだろう。自身と異なる風貌だという印象があったのも事実。
ゲームと、そして彼等と直に言葉を交わし、そう思った。
呆れ顔、というよりは渋面だろうか。眉根を寄せ、口を引き結んだその表情が晴れたものではないのは誰の目にも明白。
しかしその特徴的な瞳だけは、播凰の顔を外すことなく確かに捉え。
不快気に鼻を鳴らすでもなく、嘲りに喉を震わせるでもなく。
「……生意気な」
と、ただそれだけを言った。
更新するとお気に入りが減るという最近に若干モチベがちょっとあれですが、頑張って更新していきます。お気に入りしていただいた方はありがとうございます。
更なる炎上の種は次回で。