三階の覇王 ~異世界最強の覇王の肉体は、しかし異能力の才能までは宿していなかったようです~   作:鷲野高山

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22話 誤解

「……うむ、忠言感謝する。お主の言うことは、もっともだ」

 

 画面を操作され強制的に視聴を止められたことに、無論良い気分にはならなかった。

 が、それを行った彼、見知らぬ男子生徒の言は道理であった。

 

 播凰の見ていた動画、即ちジャンナ・アリアンデ(VTuber)の配信アーカイブは、天能術にも、そして学業にも向上を期待するような効果を齎すものではない。

 では何かとなれば……枠に当てはめるのならば単なる暇潰し、だろうか。播凰自身、何か目的を持っていたというよりは、取り敢えず矢尾に言われて――結果楽しみはしたが――視聴していたわけではあるし。少なくとも世間一般論からすれば、そう映るだろう。

 興味がなければ、彼のようにくだらないと一蹴する人間がいてもおかしくはない。事実、初めてVTuberを見て、そして知った播凰とて、よく分からないという感想を抱いたものだ。もっとも、それは初めての対象があの大魔王(ディルニーン)だったというのもあるからかもしれないが。

 

 そしてここは――播凰は、落ちこぼれである最下位のクラス。播凰はそれを特に恥じていないが、己が天能術に関しては劣っていると理解している。故に、人一倍鍛錬が必要な身と理解はしている。

 

 だから、放課後という自由時間とはいえ。今日が偶々で、普段はしていないこととはいえ。

 彼の言葉を、その通りであると播凰は認めた。

 言葉の節々やこちらを見下ろす視線に好意的な色はないにしても、本質的には嫌がらせや難癖ではなくそれは全うな指摘ではあったのだ。

 

 故に、その指摘を受け止めた上で。受け止めた上で、だ。

 

「――だが許せ! 今丁度、いいところでなっ……さほど期待していなかったが、見ているだけというのも中々に面白いっ!」

 

 破顔し、弾むような声で許せと一言。

 続きを見ようといそいそと端末を操作し、再び目線を下げて視聴を再開する。

 

 思い返すのは、童心。

 まだ碌に世を知らず、難しいことを考える必要もなくまた気にする必要のなかった、あの頃。

 かつての世界にて王という立場になる前、只一人の童として身分を意識することなく人々と触れ合った記憶。

 画面の中の少女と姿見えぬ声の気兼ねないやり取りは、それを想起させ。播凰は思い出に浸りながら、配信を楽しむ。

 

 ――が、そうは問屋が卸さないのが、周囲である。

 

「…………」

 

 最初は。

 何を言われたか分からないとでもいうような、面食らった顔をしていた。何をしているのか分からないとでもいうように、声もないようだった。

 しかし、そんなものはいつまでも続くわけもなく、客観的に見れば播凰に軽くあしらわれた形となった眼鏡の男子生徒は瞬く間に憤怒へと表情を染め。

 その一連の経過を、必然的に近くで青い顔をして見ていた毅だが、けれどもどうすることもできず。

 教室の外では、あちゃーと辺莉が額に手を当て。その隣で腕組みする金髪の女生徒は、その体勢のまま目を丸くしている。

 

 ――バンッ!! と。

 教室の沈黙を破ったのは、播凰の机の上を勢いよく叩いた掌。

 流石にそれはイヤホン越しにも聞こえ。播凰は片方の耳からイヤホンを外すと、それを為した見知らぬ男子生徒を眉を顰めて再度見上げた。

 

「……まだ話は終わっていない。それに上級生の言うことを全て聞けとまでは言わないが、流石にその態度は目に余るぞ、新入生」

「ふむ、用件があるのなら先に言うがよい。……構わん、聞こう」

 

 苛つきを隠さない声色に、しかし播凰はひょうひょうと。悠長にも端末を操作して流れていた映像を止め、もう片方の耳からもイヤホンを外し、そうしてようやくまともに正対する。

 ――もっとも、立つ男子生徒に対し、座りながらではあるが。

 

「……っ! ……んんっ!」

 

 その様が気に障ったようではあったが、それを呑み込むように咳払いをすると。

 端的に、その用件とやらが彼の口から告げられた。

 

「――単刀直入に言う、浅ましい考えで二津を利用するのは止めろ」

「……む?」

 

 が、その意味が分からずに播凰は首を傾げる。

 少し考えてみても覚えはない。直近のことで辺莉どうこうであれば部活探しと結果研究会に入ったことだが、しかし浅ましい考えやら利用するやらというのはどういうことだろうか。

 

 それに留まった播凰の反応に、痺れを切らしたように男子生徒は嘆息。

 スッと細められた眼鏡の奥の瞳が、より一層冷え冷えとして播凰を射抜く。

 

「……惚けるつもりならばはっきり言おう。いくら私的な繋がりがあるからとはいえ、優秀な後輩を――青龍に所属する二津を出しにして部活に入ろうとするな、下種が」

 

 吐き捨てるように、それでいて静かながらも大きな怒りが込められたそれは。間違いなく、他でもない播凰に向けられている。

 ただまあ、そう言われても依然心当たりがないというかなんというか。播凰にとっては何が何だかで。

 

「うん? 部活のことはよく知らぬ故、確かに辺莉に色々聞きはしたが……お主、何か勘違いをしているのではないか?」

「ならば、彼女を連れ回して各部活を訪ねて回ったのはどう説明する? 話を聞いただけなら一緒に行く必要はないだろう」

「うむ、それは場所まで案内してもらっていたのだ。どうにも何処が何処やらと、地図を見て移動するのが苦手でな。流石に幾度と訪れた場所であれば何とか一人でも行けそうではあるのだが」

「……こうまで言われて尚、認めようとしないとは。いよいよ、救いようが無いな」

 

 素直に答えた播凰であるが、しかし彼は呆れたように首を振る。

 そんな両者の会話に、ようやくここで介入する声。

 

「――あー、えっと叶先輩。播凰にい――その人が言ってるのは本当で……何度も言いましたけど、私は案内も兼ねて自分から着いていっただけで、無理矢理連れ回されたとかそういうわけじゃ――」

「だからそういう方便で、君の善意が利用された――つまりは騙されていたんだろう。一体どこに、自らが通う学園を満足に移動できない生徒がいる? 確かにこの学園は広大だが、支給端末から詳細なマップを確認できる上にそこには自身の今いる位置だって表示できるんだぞ?」

「……いやー、まあそれは……あはは」

 

 まあ、一理あるなと。ハラハラしながら話を聞いていた毅は内心思う。

 実際に、播凰をフォローしようといつの間にか教室に入ってきて会話に割り込んできた辺莉も、バツが悪そうに苦笑せざるをえないでいるようだ。

 播凰に向ける冷たい声色ではなく、辺莉に向けた厳しくも柔らかく諭すような彼のそれは確かに説得力があった。

 

「いくら一年生とはいえ既に入学からある程度経っているんだ、案内なんて必要ないはず。態々名の知れた君に同道を頼んだのは、意図があったに決まっている。……まあ確かに、高等部二年になっても学園内で迷う例外はいるが、そんなのはあの武戦科の馬鹿一人で充分、ああいうのが何人もいてたまるか」

 

 その馬鹿とやらが脳裏に浮かんだからか、一瞬苦々しい顔つきになったものの。

 再び播凰に向き直った彼――叶は睥睨し。

 

「大方、親しい仲をいいことに彼女の優しさに付け込んで部からの心象を良くしたかったんだろうが、僕は騙せない」

「下らぬ思い違いだ。そも、部活とやらには須く断られたわけだが」

「それは結果論だろう。あわよくば、青龍との繋がりすらも目論んでいたんじゃないのか?」

「……青龍というと、特別ななんとやらだったか。大して興味は無い」

「ふん、見え透いた強がりを。この学園に所属していて青龍を意識しない生徒などいるものか」

「早計だな。私は今の研究会に入って満足している」

「それも結局は二津を巻き込んで、だろう。兼部を否定するわけじゃないが、よりにもよってあんな訳の分からない研究会に……ともかく、彼女に付き纏うのを止めろと僕は言っているんだ」

「そのようなつもりは無いと言っているだろう」

「どうだか、口だけなら何とでも言える」

 

 話は平行線。互いに主張を譲らない。

 当然だ、何せ播凰は偽ることをせず事実を述べているだけだ。

 そして相手も、己が間違っている可能性など露程もないと信じ切っている様子。間違いを認識した上で惚けているわけではないのが、ある意味質が悪い。

 

 そしてそれを周りがどう見ているか、だが。

 

 ある意味での被害者、偶々教室に残っていた一年H組の生徒達は、ヒソヒソと遠巻きに見やるのみ。

 中には播凰に対して含むような視線を向けている者もおり。つまりは第三者的には播凰よりも、辺莉に叶と呼ばれた男子生徒の主張の方に分があるとみられているよう。

 

 ……播凰さんがそんなこと考えてるわけないっすよねぇ。

 ……播凰にいがそんなこと考えてるわけないよねぇ。

 

 が、ぴったりと息の合ったタイミングで全く同じ内容を小さく呟く声が二つ。

 言うまでもなく、播凰をよく知る毅と辺莉である。

 

 つまり、三狭間播凰は。地図があっても思うに移動できない極度の方向音痴とでも言うべきか。叶の言う例外……言葉を借りれば馬鹿に該当するのだ、と。

 辺莉に頼んだのにしても、絶対にそんなことを――というより、むしろあまり何も考えてなかったからこそだろうと。

 ある意味、二人には播凰に対するそういう信頼があったのだ。

 

「――くどい」

「……っ!」

 

 先程までは。剣呑な雰囲気であるにははあったが、それはあくまで叶が一方的に敵意を放っていただけであった。

 しかしここに来てようやく、播凰の声にも圧が乗る。

 播凰としては、先程から動画の視聴を邪魔され続けている状況なのだ。それも、彼からすれば身に覚えのない殆ど言いがかりのような形で。

 その上で尚、鬱陶しいという感情を抱かず、またそれを全く表に出さない程、播凰は聖人ではない。

 

 一瞬、ほんの少しだけ。播凰の多少の感情の発露に、叶はたじろいだように見えたが。

 

「……年上に対する口の利き方がなっていないな、一年生」

「悪いが、お主の数倍を生きた者とて臣としていたこともある。それに、重要なのは年を重ねたことではない」

「なに……?」

 

 叶の眉間には皺が寄り。播凰は播凰でつまらなそうな雰囲気を隠そうともしていない。

 事ここに至り、彼等が言葉の応酬だけで沈静化するなどありえなかっただろう。

 

 もしもここにいるのが二人だけで、外的要因がなければ、の話だったが。

 

「――そこまでにしておきなさいな、(かのう)(とおる)

 

 パンッ、パンッ、と手を打って。

 するりと両者の間に割り込んできたのは、初めこそ教室の外にいたものの、辺莉と同じタイミングで中へと入って来た金髪の女生徒。

 両腕を組み胸を張った彼女は、眉尻を下げて咎めるように。

 

「全く、これだから一般家庭出身の方は、落ち着きのない……わたくしと同じく青龍の所属なのですから、もっと優雅に振舞っていただけないと困りますわよ」

「……口を挟むな、荒流(あらながれ)

「いいえ、挟ませていただきます。何のために、このわたくしが来たと思って? 残念ながら、話が拗れそうであれば連れてくるよう、あの方に言われておりますの。まさかお忘れではないでしょう?」

「…………」

 

 無言のまま、ふいと顔を背ける叶。

 それを見た彼女――荒流と呼ばれた女生徒は、やれやれと肩を竦めた後、播凰に向き直った。

 

「そういうわけで貴方、少々お時間よろしくて? わたくし達と共に来て頂けるかしら?」

「……まあ、構わぬが」

 

 そんな彼女を――具体的にはそのとある部分を、言葉少なく返して播凰はじっと見る。

 遠目に見た時に少し気になっていたが。近くで見ればより強調される、彼女の一部。

 流石にそんな明け透けに視線をやっていれば、気付かれはするだろう。殊、女性は視線に敏感というから尚更に。

 

「あら、それほど情熱的にわたくしのことを見つめて、どうかなさって? ……嗚呼、わたくしのこの美貌に見惚れてしまったのですね。わたくしったら何て――」

「お主、随分と愉快な髪型をしておるな」

「――罪、作り、な……わ、わたくしの聞き間違いかしら、もう一度言ってくださる?」

 

 自賛ではあったが、確かに荒流はその自信に相応しい優れた容姿をしていた。

 スタイルのよさもさながら、特に目を引くのは胸の大きさ。別に辺莉が特別小さいというわけでもないが、彼女と横並びとなっている今の状況は、比べるという言葉が無慈悲なほどその差が顕著で。

 加え、顔にしても充分に整っており、少なくとも正面切って自惚れた言動だと指を指して笑われることもないだろう。

 

 だが、それよりなによりも播凰が気になっていたのは、その髪型。

 美しい金色はさておき、くるくると縦に巻かれた髪は果たして一体何の意味があるのかは彼にとって疑問でしかない。

 お嬢様ロール、縦ロール。そんな風に言われる彼女の髪型を、しかし初めて見た播凰の感想。

 それこそ。

 

「うむ、愉快な髪型をしていると、そう言った。お主、面白いな」

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