三階の覇王 ~異世界最強の覇王の肉体は、しかし異能力の才能までは宿していなかったようです~ 作:鷲野高山
その出所は、部屋の最奥。現状、人のあまり多くないラウンジではあるが、その中で取り分けその周辺には人気がなく。播凰の呼びかけに応えた人物の座るテーブル以外、その周囲はぽっかりと空いていた。
「うむ、其方か」
「――待たんか、貴様!」
それを認め、ずんずんと歩を進めようとした播凰の肩を、我に返った叶がむんずと後ろから掴んだ。
立ち止まって肩越しに振り返った播凰に、ぐっと顔を寄せた叶が怒声を上げる。
「無礼な真似をっ……一体何を考えているっ!?」
「何をも何も、私は呼んだ者が誰かを知らん。であれば、ああするしかなかろう」
「大人しく僕の後に着いて来れば済む話だっ!」
「そういったまどろっこしいのはあまり好かぬ。それに呼ばれたとあらば、来たと宣言するのが筋であり手っ取り早いではないか」
「っ、先程から、ああ言えばこう言う奴だな!」
「……お主、先程から一々口煩いぞ」
「何ぃッ――」
……もしかしなくても、この二人って相性悪いんじゃ。
そして始まる言い合いは、内容こそ異なるがまるでつい先程の教室の再現のよう。ヒートアップしているのが叶のみという点まで同じだ。
険悪さでいえばまだ今回の方がマシというのが多少の救いではあるが、場所的には最悪で静寂に響く二人の声ときたら。どうあれ辺莉からすれば頭が痛くなる思いなのは変わらない。
「――はいはい、お二人さん。恥ずかしいからそこまでねー」
さっきは荒流が止めてくれたが。今はそちらは頼れないというか、正直様子を伺うのが怖い。触らぬ神に祟りなしというやつだ。
そもそもの原因は自身に端を発するわけだし、ここは自分がなんとかすべきだろうと。辺莉は両者の肩を押すと、無理矢理進ませる。
こちらに視線をやる中には何人か辺莉の顔見知りがいたが、そちらに挨拶する余力もなく。ぐいぐいと一直線に、辺莉はラウンジ最奥へと二人を運び、はぁと息を吐いた。
「ご苦労様、二津君。――そしてようこそ、いらっしゃい。君が、三狭間君だね?」
「うむ、如何にも私が三狭間播凰である」
そこのソファーに腰掛けていたのは、真っ白な髪をした男子生徒だった。
混じり気のない綺麗な白髪もそうだが、印象的なのはいっそ瞑っているんじゃないかと思わせるほどに細められた眼。その瞳は殆ど外気に晒されていない。
それが柔和な面持ちと共に向けられ、播凰と相対する。
「だから貴様、この方に向かって何という態度を――」
「まあまあ、僕は構わないよ、叶君」
「……っ、失礼しました」
そんな播凰の様子が気に食わなかったのか、またしても叶がつっかかろうと口を開いたが、白髪の生徒は穏やかな口調ながらしっかりとそれを制止。叶は鼻白んだように大人しくなり、けれど不満そうに播凰を鋭く睨む。
そして、そんな播凰の顔を見るのはもう一人。
「――驚きました、人を待っているとは聞いてはおりましたが。……まさか、貴方がその相手だったとは」
「おお、お主か。……そうだ、リュミリエーラーーゆり殿の喫茶店だがな! お主の言ったようにあの商店街でこそ続けられなかったが、場所を移して続けられるようだぞ! 今はその準備中だ!」
「……ええ、そのお話は二津さんから聞いています」
そのテーブル、白髪の生徒の対面のソファーに腰掛けていた緋色の髪をした女子生徒――
最後に会話をしたのが
少しだけ微笑みを零した麗火が、チラと辺莉を横目に見た。
「おや? 麗火君は彼を知っているのかい?」
「はい、少々……幾度か話す機会がありまして」
「うんうん、交友を広げるのはいいことだ、それがどの組の子であろうとね。……ふふっ、けれど、少し意外だったよ」
そんなやり取りに白髪の生徒が興味を示し、少しだけ悪戯っぽい笑みを湛えると。
播凰と麗火の顔を交互に見比べるように顔を動かす。
「聞こえた感じだと、彼と喫茶店にでも行ったのかな? こんなにも早く、麗火君とそんな関係になった新入生の子が――それも異性の知り合いができるなんてね。少し心配していたけど、上手く馴染めているようで安心したよ」
「あっ、いえ、彼とは別にそういう間柄というわけでは――その、色々とただの偶然と言いますか……」
ほんのりとした朱が、麗火の頬に差した。
そして彼女は慌てたように、気恥ずかしそうに。首を横に振って白髪の男子生徒の言葉を否定する。
「そうかな? その割には、麗火君も満更でもなさそう――」
「
「あははっ、ゴメンゴメン、冗談だよ。……ああ、いつまでも立たせてしまってすまないね。どうぞ、座って」
悪意のない、しかし揶揄うような口調に少しだけ怒気を込めて憤慨する麗火。
それを謝りつつも、笑って軽くいなし。龍水、と麗火に呼ばれた白髪の男子生徒は、ソファーを手で示す。
と、そこでふと思いついたように。
「そうだ、麗火君の知り合いと言うなら、このまま彼女にも同席してもらっても構わないかな? 君の人となりを多少とも知っている生徒がいれば、話し合いもスムーズに進みそうだ」
互いに紹介を必要とする仲でも無いみたいだしね、と言葉を結ぶ男子生徒。
その提案に、播凰は軽く頷き。けれど促されたようにソファーへと腰掛けようとは動かずに、問いを投げた。
「ふむ、確かにその者の紹介は不要ではある。……が、其方の名は何と申す? 私を知っているようだが、私はそちらを知らぬ。同席にしても、呼ばれた理由がいまいちよく分かっておらぬ状態とあっては判断できぬが」
――カチャン、と。
ここではない別のどこかのテーブルから、陶器を倒したような音がした。
それが鮮明に聞こえる程の――播凰が
即ち、こちらに近づく程あけっぴろげではないにせよ、ラウンジにいた人物達はそれとなく耳を傾けていたということ。
先の静けさが様子見であるならば、今は言葉を失ったが故の、とでも形容すればいいだろうか。
「辺莉の顔に免じ、ここまで
そんな空気を気にすることなく、播凰は何でもないように。彼等の立ち位置上そうならざるをえないとはいえ、その瞳は白髪の男子生徒を正面から見下ろしている。
本気だ、と辺莉は悟った。大人しくというのには甚だ疑問を抱かざるをえないが、下手なことを言えば本当に去るつもりだというのが声色から伺える。自身の、二津辺莉の顔を立ててくれたというのもそうなのだろう。
幸いなのは、見るからに怒っているわけではなさそうなことか。
だから、最悪な事態となる前に慌てて辺莉はフォローしようとし。
「……っ、貴様ぁっ! 先程から無礼が過ぎる――」
「無礼無礼と、先刻から喧しい。そも、礼を失しているのはどちらか」
激昂した叶の怒声を一睨みで黙らせたその圧力を前に、ゴクリと唾を呑んだ。
一喝、というほどの声量ではない。だが、今までになく淡々としたトーンからは、感情を、それこそ怒りやつまらなさといったものすら読み取れず。
「私自身そういったことには嫌厭とする思いから、ある程度は寛容ではあるが……お主のそれは目に余る。その若さ故、多少目溢しをしてはいたがな。だが、先触れの者がそうとあっては、使いを出した者も低く見られるということを自覚するがよい」
確かに、播凰の教室からここまでの叶の数々の行動は、辺莉からしてもあまり良い印象を抱けるものではなかった。それが例え、どういう経緯でそうなったかを知っていてもだ。
叶と初対面であり、事情を正確に把握できていない播凰なら尚更だろう。
ただ――相手が悪い。
白髪の男子生徒の素性を、この世界の、殊、
そしてそれは辺莉だけではない。
誇張でもなんでもなく、普通の生徒は勿論として成績上位者だろうと下位者だろうと、優等生だろうと不良と呼ばれる類の生徒だろうと――果ては教師や事務といった職員すら例外なくそれは同様。
三狭間播凰が相対しているのは、そういった人物だ。
――故に、考慮が漏れていた。
如何に稀有中の稀有な播凰であろうと、その人物を見れば分かるだろうと、自然に学園の常識に当てはめていた。しかしそれがよもや、稀有中の稀有の、その更にまた稀有で、知らないとは思ってもいなかったのである。
そうと分かっていれば、事前に説明していたのに、と歯噛みしてももはや手遅れ。
……いや、相手が悪いのは果たして
「――これは、失礼をした。彼に代わり、謝罪を。そして不躾な呼び出しに応じてくれたことに、感謝を」
「うむ、受け取ろう」
座っていた白髪の男子生徒はソファーから立ち上がると、流麗な所作で頭を下げた。
周囲から微かなどよめきが上がる中。
それを当然のように、鷹揚に頷いて堂々と播凰は受け入れた。
空気が僅かに弛緩する。
ここしかない、と辺莉は思った。今度は、出遅れまいと。
「……あ、あのねぇ、播凰にい! 礼儀どうこうって話なら、女の子の髪に向かって愉快って言ったのも、大概失礼だと思うんだけど!? 見てよ荒流先輩、あんなに落ち込んで喋らなくなっちゃって!」
「むっ、どうしてだ? 褒めているのにか?」
「え、えぇっ、褒めてたの!? あれで!?」
正直、博打の類ではあった。辺莉自身、どう転ぶかは未知数で――しかし話の矛先を逸らすにはそれしか思いつかなかった。
このままでは、播凰は完全な敵というか、彼にとって今後の学園生活に多大な影響が出かねない。問題なのは、今のやり取りがどう広まるか、それによって周りがどう動くか。
播凰がどうこうされるというビジョンは想像できないが、けれどせめて何とか両者手打ちに等しい状況にせねばと考え、結果。しかし思わぬカウンターに辺莉は心底驚愕する。
「うむ、あれほど愉快な髪型であると、遠目からでも一目で分かりそうだ。群衆にあっても目立つだろうと感心していた」
「全っ然褒め言葉になってないんだけどっ!?」
即興で思いついた作戦としては、播凰にも非礼があったと認めさせること。
相手は違うが仕方なく、そうして少しでも溜飲を下げてもらう他ない。――特に、今の光景を間違いなく見ていたであろう者達に。
が、それは早々に頓挫した。そんな思惑も忘れるほど、辺莉は素っ頓狂な声で全力で突っ込んでいて。
――プッ、と噴き出すような音がした。
「珍しく、
同時に。
「――おーっほっほっほ、そういうことでしたのねっ! わたくし、早合点しておりましたわ!」