三階の覇王 ~異世界最強の覇王の肉体は、しかし異能力の才能までは宿していなかったようです~ 作:鷲野高山
「愉快というお言葉を頂いたのは初めてでしたので、少しばかり気が動転しておりましたが……ええ、ええ、そうでしょうとも! この一際輝きを放つわたくしの自慢の髪ですもの、何をせずとも注目を集めてしまうのは当然ですわ!」
「うむ、その金きらの髪色も相俟り、
「おーほっほっほっ! わたくしも、貴方のように素直な殿方は嫌いではなくってよ!」
はっはっは! ほっほっほ! と。男女の高笑いが入り乱れる。
そんな珍事が、学園内で――それも特別な場所ともいえるこのラウンジで、今までにあっただろうか。いや、きっと無いだろう。
……もしかしてこの二人、相性がいい?
「うーん、確かに荒流先輩は時々……いやまあ愉快、と言えば愉快な性格にはなるけどさぁ」
名のある良家の出であるらしい、彼女。気品に溢れ、たおやかなその立ち振る舞いは人気が高く、憧れ慕う後輩も多いと聞く。
良くいえばボーイッシュ、悪くいえばちんちくりん体型ともいえる辺莉からすれば、高い身長にスラリと伸びた手足、制服を大きく押し上げる胸元は羨むほどであり。加え、同性としても見惚れる美貌の持ち主でもある。
ただまあ、なんというか……普通の一般家庭に生まれた辺莉からすると、ザ・お嬢様というか。まるで絵に描いたようなお嬢様キャラ振りには、愉快というのは言い得て妙だと思ってしまった。
無論、髪型がそうだと思ったことは無いが。
「二津君の連れてきた彼、話の流れから察するに、もしかして……?」
「……はい。……荒流先輩の髪を見るなり、愉快な髪型だって本人に向けて言い放ちました」
「ふ、ふふっ、ふふふっ。……まさか満美君に面と向かってそんなことを言う生徒がいるなんてね。うん、だとしたら僕への態度も納得だ」
「……ごめんなさい、
目論見通り、場の空気を変えることにこそ成功はしたが、謎の敗北感。
まさかこんな状況になるなんて、と。観念したように辺莉が項垂れれば。
口元に手を当て、クスクスと笑い声を零した白髪の男子生徒は。
「いやいや、謝ることはないよ。むしろ、僕は少し嬉しいんだ」
含み笑いと共にそんな意味深なことを言うと、馬鹿みたいに高笑いを繰り広げる二人の男女に向かい。
「うんうん、二人共楽しそうで結構。どうだろう、用件は別にしても、まずはお互いの自己紹介というのは?」
「はっはっは、よいぞ! そちらにも
「おーほっほ、よくってよ! そちらこそ物分かりがよいとは見所ある殿方ですわ~!」
そうして、両者は揃って機嫌よさそうに。その対面――即ち、既に麗火の座っているソファーの、その彼女の隣へと順々に腰を落ち着けた。
断りもなくいきなり隣へと寄ってきた播凰に、麗火は何か言いたげな顔をして振り返りつつ。けれど、仕方ないというように彼女は軽く腰を浮かせて座りなおす。
「うぅん、満美君はこちら側に座ってもらおうと思っていたんだけど……まぁ、いいかな。それなら叶君と二津君には僕の隣に座ってもらうとしようか」
麗火、播凰、荒流、と女子生徒二人に挟まれる形で着席する播凰。
そんな光景を見て少しだけ困ったように笑う白髪の男子生徒であったが、彼自身もまた元のようにソファーに腰を下ろし。
「…………」
「――そんな、お隣に座るなど畏れ多い……」
そうすれば、この場にて立ったまま残されたのは。
あっさりと席に着いた播凰をじと目で見やる辺莉と、なにやら席順に恐縮した様子の叶。
「いつも言っているように、そう畏まらなくてもいいんだけどね。ああ、それとついでですまないけれどお茶を――客人の分を含めて人数分、用意をお願いしてもいいかな?」
「は、はい、承知しましたっ!」
「はいはーい、了解でーす」
そんな彼等へのお願いに、上擦った叶とどこか投げやりな辺莉が応えてから、少し。
そうしてようやく、全員が腰を落ち着けての話が始まった。
「――それじゃあ、まずはこちらから名乗ろうか」
切り出したのは、播凰の対面。
「僕の名前は、
白髪の男子生徒――雲生塚はニコリと微笑むと。変わらずその瞳を殆ど晒すことなく、テーブル越しに播凰へと片手を差し出してきた。
播凰はその手を握り返し。
「そちらは私を知っているようだが、名を三狭間播凰、高等部一年であり天戦科H組だ。部活とやらには入ってないが、つい先日研究会には入った。望むは……うむ、自由で面白き日々だな!」
直接教室に来たことといい、だいたいのことは辺莉から事前に聞いていたのだろう。
だからこそ、播凰を除いた五人――居合わせた麗火を含め――からは特にこれといった大きな反応はなかった。
この席からは、だが。
「……なんでそんな組の生徒をここに?」
「加入候補じゃなかったんだ」
H組、とそう播凰が名乗った瞬間、騒がしくなったのは背後。
時間の経過と共に人の出入りがあったのだろう、室内にある人の気配は、播凰がラウンジに入室した時よりも多くなっていた。
「おーほっほっほ、ご挨拶が遅れましてごめん遊ばせ。ご存じとは思いますが、わたくしは二年の
が、そんな外野の空気など気にも留めず。
「ふむ、すまぬが知らなかった。が、お主は話が分かるようだからな、以後よく覚えておこう!」
「あ、あら? そうでしたの……いくら新入生であるとはいえ、まさかこの学園にわたくしを知らない方がいらっしゃったなんて――このわたくしとしたことが、もっともっと精進せねばなりませんわねっ! おーほっほっほっ!」
「うむ、その意気や良し! はーはっはっはっ!」
播凰と荒流の再びの高笑いが、それらをまとめて呆気なく掻き消す。
今一度危うい雰囲気を放ちかけた荒流であるが、今度は自分で持ち直した。
ということは、愉快と言われたことはそれほど衝撃的だったんだ、などと辺莉は半ばその光景から逃避しかけるも。
カップを傾ける雲生塚は楽しそうに二人を眺めているだけ。二人を真横に座る麗火にしてもいきなり奏でられた高笑いにパチパチと目を瞬かせている。
「……あ、後は叶先輩だけだよっ! ほ、ほらっ、星像院先輩とアタシのことは播凰にい知ってるから、アタシ達の紹介はいらないしっ!」
「…………」
かといって、この流れで話すのは御免被りたいところ。そもそも辺莉は本当にする必要がない。であれば仕方なし、と辺莉が叶を生贄に差し出せば。
凄く嫌そうな、複雑そうな面持ちをした叶が彼女に無言で目を向けてくる。
が、やがて意を決したのか、叶がその口を開き。
「……
言葉数が少なかったのは、せめての抵抗か。
けれど瞬間、播凰と荒流はその高笑いを、まるで息を合わせたように同時にピタリと止め。
「お主……」
「貴方……」
「いいだろう、別に! 余計なお世話だっ!」
憐憫を含んだ物言いたげな視線。播凰と荒流からのそれぞれ向けられたそれに、叶は顔を真っ赤にして声を荒げる。
そしてそんな状況に耐えられなかったのか。
「んんっ、紹介も終わったんだ、本題に入る! お前が、邪な理由で二津を利用しているんじゃないか、という話だ!」
「またその話か。……ああ、それをこの者に言えばよいと?」
「その前に、まずはその口調をどうにかしろ! 貴様にとって上級生というだけでなく、それより何よりこちらの御方は、四家の一角である雲生塚家の方であられるのだぞ!」
「ふむ、四家……?」
話題を転換し、強引に話を進める叶。
うんざりしたように反応した播凰であったが、叶の言葉に興味を示し。
傍らに座る麗火を振り返る。
「ああ、あれか。……あー、確かお主の家もその何とか四家であったな?」
「……ええ、南の星像院家も、東の雲生塚家と同じく天能始祖四家の一つです」
天能始祖四家。
曰く、この国で初めて天能術を行使したと伝えられる古い家系の総称であり。東西南北の四方にそれぞれ散らばっているという四つの家。麗火の口から、南やら東やらの方角が出てきたのはそのためだろう。
はて、その単語を初めて聞いたのは、一体どこでであったか。と、そんなことを播凰が考えていれば。
「加え、それだ! いくら同学年の同じ科とはいえE組とH組で接点などあるはずがない、彼女が星像院家の人間だから下心で近づいたに決まっている! 知らなかったと惚けるのは無理があるぞ!」
我が意を得たり、と勝ち誇ったように。
叶は麗火と話す播凰にビシッと指を突き付けて捲し立てる。
「――まあまあ、落ち着いて叶君。僕のところに来てもらったということは、三狭間君はそれを否定したのだろう?」
「は、はい、申し訳ありません。ですが……っ」
「うん、だからここからは僕に任せてもらえるかな。三狭間君も、それでいいかい?」
「構わぬ、誰であろうと変わりはないからな」
それをやんわりと執り成し、雲生塚は播凰に同意を求め。
動じることなく、播凰はそれに頷いた。
「最初に立場を明確にしておくけど、叶君の言うように僕は三狭間君を疑っているわけじゃない。ただ、君の潔白を信じているわけでもない。何故なら、君のことをよく知らないからね」
「うむ、道理だな」
「ただまあ二津君から色々と聞いてはいるし、実際にこうして君と対面して、問題ない気はしているんだけど……一応、あくまでも第三者の立場として、話を聞かせてもらいたいと思う。少しばかり
叶と異なり、雲生塚は最初の邂逅から今に至るまで、播凰に対して柔らかい態度であったが。
簡潔に前置きをすると、少しだけ身を乗り出すように。両肘をテーブルに、顔の前で組んだ両手で口元を覆った。
まるで、威圧するような所作。
「それじゃまずは――」
変わらず閉ざされた瞳は、しかして隠れながらもその瞼の奥から見通すように。少しばかり、空気の質が変わる。
自然と、辺莉はピンと背筋を伸ばしかけ。
「――麗火君との馴れ初めでも聞かせてもらおうか」
「……へ?」
一気に脱力した。
ポカン、と口を開けて凝視するのは、すぐ隣の雲生塚。
「……な、なな、馴れ初めっ!? 龍水さん、一体何をっ!?」
それと真逆に、過剰――いや、話題の当人であるからさほど過剰ではないのだろう。
当初こそ、机上のティーカップに手をやろうとして不自然な体勢で硬直していた麗火であるが。
やがて、ボン、と緋色の髪と同じく一気に両頬を染め上げ、上擦った声色で抗議を上げる。
「いやね、確かに叶君の言うことにも一理あるなと思って。在学期間が長ければそういうこともないことはないんだろうけど、新入生の違うクラスの二人がどうやって出会い知り合ったのかは気になってね」
対し、雲生塚は飄々と、悪びれた様子もなくそんなことを宣う。
同意を得たのが嬉しかったのか、叶は喜色を浮かべ。荒流はじっと黙って事の推移を見守っていて。
「うむ、出会ったのは入学試験だな。実技の組み分けが同じであった」
「ち、ちょっと貴方っ!?」
そしてもう一人の当人たる播凰は、すんなりと口を割る。
慌てたように挙動不審となる麗火だったが、二人はそれを意に介さず。
「……では、そこで麗火君を知ったのかな?」
「うむ! とはいえ、その時は名までは知らぬ。なにせ呼ばれたのは私が先で、その後は毅――あー、共にいた連れを待つため遠くから見ていただけであったのでな」
「成る程、名前を、ね……ならその時は、ただ受験グループが被っていただけと?」
実技試験――という割に、結果、播凰は何もしていないが。
その際は、確か誤解した彼女が播凰を注意をしたくらいで、関わりらしい関わりというのはない。
雲生塚の言うように、ただ同じ括りに入っただけだ。
「そうさな……ただ、この者の術はよく覚えておる! 他の者も見応えがあったが、この者の術は特に見事であった故! 名も聞けず去ってしまったのを惜しく思ったほどだ」
「……っ!」
が、受験生の数だけ様々な性質、様々な術を見た中で。麗火の披露した氷の龍、それは今も播凰の脳裏にあった。
だから、覚えている。
そう賛辞と共に告げれば、傍らの麗火が微かに肩を震わせて。
「ふんふん、そうすると次に会ったのは入学後かな?」
「ふむ、次は確か……ああ、私が見かけただけであるが、入学の折の式典だな。名もその時に知った」
「新入生総代として壇上に立った麗火君を見た、ということだね」
「そうだ。そして……あー、何があったか」
何とか、彼女を認識した時――入学式は、記憶から捻りだした。
その後も幾度か校内で遭遇した記憶はあるが、すぐに思い出せない。
と、そこでようやく落ち着いたのか。赤面してオロオロしていた麗火が冷静に――まだ微かに頬に赤みが残っていたが――口を開く。
「……式の後。校内を確認していた私が、校内を迷っていたらしい貴方とぶつかり、教員室への案内をお願いされました」
「おぉ、そうだったそうだった! いやぁ、あの時は助かったぞ!」
「……また、図書室でお会いした時は、本を探してほしいと頼まれましたね」
「うむ、うむ、そんなこともあったな!」
……なんていうか、介護?
そんな感想を辺莉が抱く程度には、馴れ初めというには味気の無い話であった。いやまあ、馴れ初めではないのだろうが、少なくとも女子がキャーキャーいうものでは全くない。
が、拍子抜けのエピソードはむしろ好都合ではある。
じっと辺莉が叶を見てみれば、彼はコホンと咳払いをして視線を逸らし。
「……そういう口実で、距離を詰めにいったという可能性もあるだろう」
「もーっ、叶先輩、ホント面倒臭いっ! だから播凰にいはそんな人じゃないって!」
言わんとしていることは伝わったようではあるが、しかし頑なに認めようとしない。
そんな叶に痺れを切らし、辺莉は堪らず声を張り上げる。
「ごめんごめん、少し脱線してしまったね。じゃあ、改めて話を整理しようか」
すると、雲生塚がそれを宥め。
仕切り直すように、辺莉と播凰の顔を交互に見る。
「まず、二津君は三狭間君が部活に興味を持っているのを知り、探すのに協力した。その過程で、一緒に色々な部活に顔を出した。そして三狭間君は、高等部からの外部入学であり、新入生で学園のことをよく知らない。だから、後輩ではあるけれど自身よりも在学期間の長い二津君を頼った。ここまではあっているかい?」
「あってます」
「うむ」
二人の首肯を見届ければ、次に雲生塚が今度は首を回し。叶に顔を向ける。
「そして叶君は、三狭間君がよからぬ企みのために、不純な動機で二津君を騙し――今の話も加味すれば同様に、麗火君にも近づいたと考えていると」
「……はい」
叶もまた、一拍の間を置きながら、しかししっかりと頷き。
それを見て、上体を起こした雲生塚はソファーの背もたれによりかかり、両腕を組んだ。
「最終的な判断はさておき。僕は二津君から少し前に色々と相談を受けていてね。部活のことについてもそうだけど、彼女に研究会を勧めてみたりしたのもその時かな」
「おお、研究会のことはお主が教えてくれたのか! 礼を言おう!」
「うん、無事に希望するようなところを見つけられてなにより。あそこの代表の彼はちょっと変わってるけど、紛れもない実力者だ、きっと飽きないと思うよ」
播凰の感謝に、雲生塚はひらひらと手を振り。
「つまり、僕がこの件を知っていたのは、さっき言ったように彼女に相談をされていたからだね。そして深入りしなかったというのもあるけど、少なくとも叶君の主張するような発想はしなかった。……じゃあ、そもそも叶君は一体どこから話を聞いてそういう考えに至ったのか」
「あっ、確かに! アタシ、部長さんには相談したけど、叶先輩には特に何も言ってない!」
思い出したように声をあげた辺莉を横に。
雲生塚は、この席に座る誰でもない方へと顔を向けた。
「――あまりこういった真似は褒められたものではありませんね、矢坂先生」
「――随分とご挨拶だな、雲生塚。こっちはただ見たままを伝えただけだってのに」