三階の覇王 ~異世界最強の覇王の肉体は、しかし異能力の才能までは宿していなかったようです~ 作:鷲野高山
「――おっし、そんじゃ合図は出してやる。単純な
「はい」
「うむ!」
頭上から矢坂の声が振り。叶が静かに、播凰が声高にと、それぞれ応じる。
しかし、次の瞬間に播凰はそちらを見上げ。
「そういえばお主は戦わぬのか? 他人を動かすは結構だが、例え先生であろうと誰が相手でも私は構わぬぞ」
「あん?」
「……はぁ?」
突拍子もない呼び掛け。
合図を出す体勢に入っていたのか、矢坂は片腕を中途半端に上げたまま虚を突かれたように静止し。対面の叶は、顰め面が崩れている。
「あー、それはなんつーか……だーっ、言い訳を考えるのも面倒臭ぇ! ま、この面子ならぶっちゃけてもいいだろ」
が、それも僅かな間のことで、矢坂は振り上げた腕をそのまま自身の後頭部へと持っていくとガシガシと掻いた。
かと思えば、この場にいる面々の顔を見回して自己完結したように頷き。
「聞くところによると三狭間。お前、実技授業に参加させてもらえてねえそうだな?」
「む? うむ、確かにその通りだ。もどかしくはあるが、見学しかしておらぬ」
「……なに?」
関連性のない問い返しをされ、疑問符を浮かべながらも播凰が首肯すれば。
呆気に取られていた叶はそのまま、茫然としたように矢坂を見上げる。
「つっても、天戦科の一年じゃどっちにしろアタシら武戦科とはまだ授業で関わりはねーんだが……とまあなんやかんやで、今んとこ紫藤先生を除いた他の教師陣は
「ふむ」
「これでも雇われの身、お上に真っ向から逆らうわけにもいかないもんでよ。……あー、そういった意味じゃお前がさっき言ったように、鎖に繋がれた獣ってのも強ち間違ってねぇわな」
「身分故の枷か、私も経験がある。分かるぞ、あれもこれもと制約が付き纏うというのは実に煩わし、い……」
肩を竦め、自嘲するようなぼやき。
矢坂のそれに同意するように、播凰は苦い面持ちで頷き。ふと、その単語が引っかかる。
「……うん? 制約とな?」
むむっ、と眉根を寄せ。制約、制約と口の中で二、三度転がす。
そして矢坂が出した紫藤の名がふと、繋がった。
ぽんっ、とまるでリアクションのお手本のように播凰は左の掌に右の拳を打ち付け、小気味のいい音が空間に響く
「おお、うっかりしておった! 私も、紫藤先生に条件を課されておったではないか!」
つまり、術が使えるようになったと得意満面に披露し。けれどその上で頭を抱えた紫藤が播凰に課した縛り、学園生活における五つの約束事。
一つは、今しがた話に出た授業は見学というもの。その他に、
紫藤の予想は正しく、矢尾とのケースは例外的だったようでただの無名で落ちこぼれクラスである播凰に態々戦いを誘う者というのは現れなかった。今こうして叶と対峙こそしているが、それも話を聞くに矢坂が嗾けるような真似をしなければ起こらなかった可能性は高いだろう。
つまり、忘れていたのはそういう事情があったからであり。
それを聞いた矢坂は顔を歪め、舌打ち。
「……チッ、ミスった、やっぱ何か言い含められてやがったか。……おい、まさかここまで来て戦えねえって言い出すんじゃねぇだろうな?」
「否、それについては紫藤先生に連絡を入れればよいと聞いている。しかし性質は秘する必要があり、故に術を使ってよいのはそれを知る者がいる場に限るということであったが……ここにはおらぬな。残念だが、術は無しで戦おう」
対面の叶、そして頭上の矢坂、辺莉、麗火、荒流、雲生塚と、播凰の視点では一人も条件に合致しない。というより播凰からすれば学園において自身の性質を知っているのは、その条件を言い渡した紫藤とその場に居合わせた毅の二名であるため、両者がいるいないで判断した方が早い。
要するに、戦えはするが天能術は使えない。もっとも術は術で発動条件があるため、必ずしも使えるとは限らないのだが。
ともかく周囲を見回した播凰はその事実に、少し肩を落としながら懐から端末を取り出し。
「――ククッ、どうやらあの女帝様にしては詰めが甘かったらしい。おい三狭間、術を使っていい条件とやらは、お前の性質を知っている奴がいれば誰でもいいのか!?」
「む? ……うぅむ、個人の指定はなかった、はずだ」
「なら問題ねぇ、アタシがお前の性質を知ってっからな」
含むように笑った矢坂が自身を指で示し、宣言したことに目を輝かせ。
「むっ、それは本当かっ!?」
「言ったろ、
「であれば、うむ、よかろう!」
胸を張り、嬉々として。地下空間の隅々にまで響き渡らせんと、声を張り上げる。
「然らば、この1年H組所属の三狭間播凰、心置きなく一騎討ちに応じようぞ! さあ、私に挑まんとする者よ、名乗りを上げるがよい!」
「……名、乗り? ……い、いや、そんなことより今の話は一体どういうことですか、矢坂先生! 生徒を実技授業に参加させていないというのは本当ですかっ!?」
「そんなこと……」
だが、その直視を受けた叶はと言うと。まともにそれに取り合わず播凰をスルー、そして矢坂に食ってかかったではないか。
折角の名乗りをそんなこと扱いされた播凰はしょぼくれ。期せずして叶の標的となった矢坂は脱力したように息を吐き出した。
「……突っ込むとこがそこかよ。ってか、なんか面倒な方向に勘違いしてやがんな。……らしいっちゃらしいが、ちゃんと話聞いてたか、叶?」
「はぐらかさないでいただきたい! いかにH組とはいえ、生徒である以上そのようなことは許されないはずです!」
「あー、別にハブってるとかそういう話じゃねえから、取り敢えず落ち着け。まあごちゃごちゃ言う前に戦ってみろ、その後で文句があるなら聞いてやっから」
付き合うのが億劫と言わんばかりにヒラヒラとあしらうように、それでいて促すように矢坂が手を動かす。
豹変、というよりは叶の態度の変化は単なる混乱からだったのだろう。多少は落ち着いたのだろうが、けれど未だその渦中にあるようで、叶は困惑の面持ちを隠さない。
そしてそういう意味では、観戦者たる他の面々も例外でなく。
「あら、何やら色々と事情がおありのようですわね」
「いやいや播凰にい、一体何やったのさ……」
「……性質を、秘密に?」
「…………」
目を丸くする荒流に、軽く呆れる辺莉、そして怪訝そうに眉を顰める麗火と、順々に声を漏らす。
そんな中で唯一、雲生塚だけは変わらず薄く開いた瞳に笑みを湛え、静かに推移を見守っていた。
「――ただでさえまともに戦いにならないだろうに、まさか実技の授業すら受けられていないとは……」
釈然としていないというのは誰の目にも明らかだっただろう。それでも一旦は折り合いをつけたようで、叶は渋い面持ちで播凰へと振り返る。
これまで一貫して播凰と対立する姿勢であった叶であったが、その瞳には今までと違う色が混じっていた。憐憫、同情に近いそれだ。
「ふむ、お主は私のことをよく思っていないという感じであったが」
名乗りを邪険にされたとはいえ、いつまでも拗ねている播凰ではない。
言葉こそ馬鹿にしているものではあったが、僅かばかりこちらを案ずるような気配に、率直にそのまま思ったことを口に出す。
「……勘違いするな、誰であろうと学園の生徒として迎え入れられた以上、機会は与えられるべきという話だ。入学当初は科の最下位クラスでも、発奮して所属クラスを上げたという事例はあるからな。……もっとも、貴様が問題児で、真面目に取り組まず努力していないのであれば話は別だが」
「成程、口煩いだけかと思えば存外かわいげもあるではないか」
甘さ、といえば甘さだろう。言葉の節々からはクラスに対する差別意識こそ感じるが、播凰の現状を聞いて矢坂に食ってかかったことといい、ただ扱き下ろすだけというわけではないらしい。
しかし播凰の指摘により、僅かなそれはあっという間に怒りに塗り替えられて消失。
「か、かわっ!? う、うるさいっ、貴様こそそのふざけた――」
「――おらっ、テメエらいつまでもくっちゃべってんじゃねえ! 動かすんなら口じゃなく体にしやがれ!」
初めて顔を合わせたのが今日だというのに、何度目かと数えるほど行われた叶と播凰の言葉の応酬。それがまたしても始まるかに見えたが。
目敏くそれを感じ取ったのか、はたまた単に痺れを切らしただけなのか。怒声を以て割って入った矢坂の存在に叶が口を噤んだことで、それに至ることはなかった。
だが、目には不満がありありと浮き出ており、敵意十分に播凰を睨みつけている。
「うむうむ、ではこれより先は戦いを以て語ろうでは――おっと、その前に紫藤先生に連絡を入れねばな! ……して、矢坂先生よ、何と連絡すればよいのだ?」
そんな叶の敵愾心に、むしろ満足するように頷いた播凰は、しかし手に持っていた端末の存在とそれを取り出した理由を思い出し。けれど連絡内容までは聞いていなかったことに気づき、矢坂に訊ねる。
ちなみに彼女に声をかけた理由は、紫藤と同じ教師であるからという実に短絡的なものだったりする。
「アタシにそれを聞くんかよ……まぁ、こっちとしちゃ連絡なんてしてくれねえ方が都合がいいんだけどよ……」
またしても、と言うべきか。予想外の播凰の呼びかけに、矢坂は手すりの上に両腕と顎を乗せながら憮然とした顔を横に――雲生塚の様子を窺うように向けた。
そんな彼女の言わんとせんことを察したのか、ニコリと雲生塚は微笑みかけ。
「黙っていろとおっしゃるのなら、元よりそのつもりでしたよ。例えこれから何を目にすることになろうとも、ね」
「おっ、マジか! そんじゃあ――」
「ですが、一言だけ。まさか誰も気付かずに――いえ、
「――ハッ、やっぱそうだよなぁ……」
雲生塚の反応に、初めこそ声を弾ませ顎を浮き上がらせた矢坂であったが。
少しだけトーンを下げられて続いた言葉に、音もなく再び顔を沈める。
「あー、あれだ、今から叶とここで
「うむ、分かった!」
そして出てきたのは、誰がどう見ても投げやりな返事。
しかしそんなことをまるで気にも留めず、播凰は素直に返事をすると端末の操作を始める。
反して、疑義を挟んだのは今しがた名前が出た叶だ。
「……紫藤先生に連絡を? どういうことだ、何故先生が態々そのような――」
「話を混ぜっ返してんじゃねぇ、バカヤロー! つーか叶、テメエやっぱり聞いてやがらなかったな! これだから話を最後まで聞かねえ頑固馬鹿は……」
「が、頑固馬鹿!? 如何に先生とはいえ――」
「だーっ、うっせぇうっせぇ! おらっ、もう試合開始だ、とっとと始めやがれ!!」
ぐだぐだとした流れでの試合開始の合図と、丁度播凰が端末を仕舞って叶に向き直ったのは、ほとんど同じタイミングであった。
「…………」
不承不承、といったような面持ちの叶の手に、音もなく一瞬にしてそれは握られる。
虚空から現れたのは灰色の杖だ。余計な装飾は一切無し、遊ぶような色も無しで隅から隅まで灰一色。けれどきちんと手入れされているようで目立った汚れや傷もなく、持ち主の気質を表したような天能武装である。
と、播凰がのんびりと眺めていれば。
「何をぼんやりとしている、さっさと天能武装を出して構えろ。開始の合図があった以上、お前の準備が整うのを相手が待ってくれるとは限らんのだぞ」
「違いない。しかし、そう言う割にお主は時間を与えるのだな」
「……フン、後で言い訳されたくないだけだ。灸を据えるならば、ぐうの音も出ないほど完璧な形で実力差を思い知らせる必要があるという話に過ぎない」
それを見咎め、鋭い声を飛ばしてくる叶。
しかしそれを受けて尚、播凰は笑みこそ浮かばせるものの、動かず。
「元より、言い訳をするつもりなど毛頭無い。そもそもからして闘いというのは元来、一々合図があるほどお行儀のよいものでもないのだからな」
「……それは殊勝な心構えだ。分かっているならば、さっさと……」
「――だが合図があるのも嫌いではない、名乗り合いからの一騎討ちなど特にな!! ……そう、名乗りなど、なっ!!」
皮肉気な叶の言葉を遮り、むふーっ、と播凰が腰に両手を当てて胸を張る。
その瞳は期待するように爛々と叶を見ており、何を望んでいるかは明らか。先程はすげなく袖にされたというのに……いや、だからこそそれを強調してか。
「馬鹿馬鹿しい、百歩譲って公式戦などの特別な場ならまだしも、このような……大体、名前ならさっきラウンジで言っただろうに」
けれど、またしても叶は素っ気ない一蹴。しかも今度は真っ向から切り捨てるおまけつきだ。
果たして、名乗りは合図といえるのか微妙なところではあるが。しかしそんな播凰の肩を持つかのように、頭上から降る声。
「おーほっほっほ、分かっておりませんわね、叶徹! 例え互いを知っていようと、煌びやかな場でなかろうと! 華々しく名乗りを上げることにこそ意味があるというものですわ!」
「応とも! 名乗りとは、ただ己を知らしめ、誇示するだけにあらず。己がここに在るという証明であり、己たらんとする表明なれば!」
「ええ、その通りですわ! やはり分かっておられる殿方ですわね!」
「はーはっは、お主もな!」
初対面であるのに播凰と言い合いばかりしているのが叶であれば、彼女――荒流はその逆に播凰と気が合う存在といえた。
最初こそすれ違いのような勘違いはあったものの、それすらも忘れたようにテンション高く、名乗りについて口々に語っている。
とはいえ愉快そうに高笑いを上げるのは荒流一人だけで、彼女の周囲は苦笑ばかり。
「いやまあ、名乗りで気合が入るってのは分からなくはねーけどよ……」
理解半分、苛々半分といったように複雑な面持ちをしている矢坂だが、その内心は推して知るべし。ただでさえ叶がうるさいがために強引に試合開始の合図を出したというのに、今度は別の二年がうるさくなったのだ。
ただ、僥倖だったのは、今回痺れを切らしたのは矢坂だけではなかったということ。
「……付き合ってられん」
いくら熱く語られたとて、響かない者には響かない。
盛り上がる播凰と荒流の二人に、叶は冷めた視線を送り。
ややあって、すぅっと大きく息を吸い、目を瞑った。
――
サブタイトルはいいのが思いつかなかったので割と適当です。