三階の覇王 ~異世界最強の覇王の肉体は、しかし異能力の才能までは宿していなかったようです~   作:鷲野高山

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29話 情意投合

 静かに、されど一息にてはっきりと、少々長めの詠唱が紡がれた瞬間。術者たる叶を中心として空気が渦巻いたかと思えば、播凰の見ている世界に次々と変化が現れる。

 

 地下施設にいるのは変わらずだ。それは壁や天井に覆われた頭上を見れば間違いなく、観戦している辺莉達も変わらずいる。故に、この世界に来た時のように、いきなり別の場所に飛ばされたとかそういうわけではない。

 

「まあ、求めこそすれ名乗りに応じることを強制はせぬが……しかし、岩とな」

 

 ないが、数秒前までは確実に無かった岩の丘が播凰の眼前に聳え立っていた。積み上がる過程はなく、まるで虚空から浮き出たそれらが徐々に押し上がり隆起するような顕現の仕方だった。

 それだけでなく、足元に関しても違和感を感じて目線を落とせば。先刻まで確かに平たい床であったそこは、しかしいつの間にかゴツゴツとした大小の岩が敷き詰められ地面を覆っている。

 自身の両の足裏の凹凸を感じながら、播凰は二度、三度と瞬きの後にくすんだ色の岩々を眺め。そして、目を輝かせて破顔した。

 

「一瞬の内に周囲を岩場とするとは凄いな、天能術というのは斯様なこともできるか! 性質だけ聞けば毅と同じだが、まるで違うようだ!」

「……んんっ、その毅というのが誰かは知らないが、当然だ。空印刻色(くういんこくしき)は天介属性の中でも特殊な位置づけの術であり、いくら東方第一とはいえそこらの生徒が使えるものじゃない。僕が青龍への所属を許されたのは偏に、これを評価されてといっても過言ではないからな。とはいえ、優れた術者であればもっと広範囲かつ大規模に場に影響を与えることができるから、まだまだ精進が必要だが」

 

 そんな播凰の興奮に、声は対面ではなく上から返ってくる。観戦の一行のいる高さに届かんばかりに積み上がった岩の丘、その頂上に叶は立っていた。

 はしゃぐ、といった播凰の反応は、きっと期待するものではなかったのだろう。

 だからこそ、叶は最初こそ暫し呆けたように。けれど賛辞であることは理解したのか、咳払いと共に饒舌となる。満面の笑みこそ浮かべてはないが、少なくとも悪い気はしていないといった得意気な表情だ。

 播凰の言葉で叶がそのような顔をするのは初めてのことである。

 

「して、次はどのような術を見せてくれるのだ!?」

「…………」

 

 だがしかし、それも僅かな間。

 興味津々といったように声を昂らせる播凰に、叶は押し黙り。多少和らいでいたその眦は再び鋭く播凰を睨みつける。

 

「……状況を分かっているのか? ただでさえ実力差がある上に、空印刻色の術で場を掌握したことによって僕の勝利は確実なものとなった。万に一つ、もしもお前に勝機があったとすれば、それは僕に術を打たせないぐらいのものだっただろうに」

 

 空印刻色(くういんこくしき) 丘勢陣(きゅうせいじん)

 叶によって発動されたその術は、彼の性質である岩による丘を造り出し、かつ一帯をも荒れた岩石地帯とした。言ってしまえば、ただそれだけの術ではある。

 だが、地形というものは戦いと密接に絡み、切って離せるものではない。

 小山のように積み上がる岩々の頂上に立つ叶と、それに見下ろされる播凰。無論、時と場合によって地の利というのは変わるが、見下ろすと見上げるというのはそれだけで違う。

 加え、岩石の転がった安定しない足元というのも、慣れていない者には動きにくく一種の枷となるだろう。

 少なくとも(・・・・・)、現時点で既に一見するだけでそれだけの差が生まれている。

 

「うむ、確かにそれも一つの手であろうが、そのような勿体ないことはせぬ! それではつまらぬからな!」

「っ、まだそのような減らず口を……いいだろう、それだけ大口を叩くのならば、少しテストをしてやる」

 

 しかし萎縮する様子もなく、それどころかまるでその勝ち方が簡単にできたと言わんばかりの播凰に、ピクリと叶の片眉が上がる。

 だが、もはや言葉は不要と、怒声を上げそうになるのを抑え。

 それでも苛立たしさは隠そうともせず、叶は手中の天能武装()を横薙ぎに振るった。

 

 ――岩放(がんほう)大崩落(だいほうらく)

 

 静寂とした空間は一転、轟音に支配される。

 ドドドッ! とまるで大地が震えるような、鈍く重い。

 その正体は、落石。それも一つ二つではなく、叶から――丘の頂上から怒涛の如く転がり落ちる、大小さまざまな岩、岩。

 その勢いは激しく、斜面によって時を追う毎に加速。岩肌による凸凹とした坂が不規則な跳ね方、挙動を与え、まるで生物のように坂下の播凰を目掛けて躍りかかる。

 

 本来、この術は相手の頭上に落下するように放つことで攻撃する術だ。それを叶は、己の眼前へと降らせた。

 平地であれば、それは特に相手に影響を与えることなく終わっていただろう。一応、相手が接近していれば不意打ちのカウンターとならなくもないが、そうでもなければ攻撃として体を成していなかったに違いない。

 が、空印刻色によりこの場は岩の丘へと姿を変えている。よって、叶の前が斜面となった今、降らせた岩石群はそのまま転がり落ち、坂下の相手へと牙を剥く。

 

 この使い方をする利点はいくつか考えられる。

 その一つが、相手へ到達するまでの時間差を利用して他の術の詠唱を始めるなど、攻撃のタイミングで別の行動をできることだが。

 

「これに少しでも喰らいつけるのであれば、多少見直してやらんでもないが……」

 

 叶は特に動くことなく、播凰を見た。迫りくるいくつもの落石に対してどう反応するかを見続けた。

 少しだけ。ほんの、少しだけ。呟いた声色に、自身も気付かぬ内に無意識の期待を乗せて。

 ――だが。

 

「……この状況で天能武装を構えることすらできないとは、ようやく化けの皮が剥がれたな。あれだけ偉そうなことを言っておきながらいざ何もできないなど、結局は同類だったか」

 

 やれやれ、と肩を竦める叶の視線の先で。

 いとも簡単に、生意気な一年生――三狭間播凰は濁流の如く押し寄せた落石群に呑み込まれ、噴き上がる土煙の中へ姿を消した。

 パラパラ、と。小岩の転がりによって立った乾いた音を最後に。動くものはなく、一瞬にして沈黙が満ちる。

 悲鳴の一つもなかったのは、それすら上げることもできなかったか、或いは掻き消されたか。

 いずれにせよ叶にとっては呆気なく、されど別段驚くべきことでもない結末だった。

 

「ああ、まさか丸腰だからと僕が手加減することを期待していたか? ……これだから、自己を高める努力もせず、浅ましい考えで楽をしようとするような輩は――口だけは達者なH組の連中は嫌いなんだ」

 

 ギリッと歯を噛み締め、吐き捨てるように顔を歪め。次いで叶は、物言わぬ岩塊を――播凰が生き埋めとなったそれを、無価値なものを見るかのように一瞥する。

 

「戦いを舐めた罰だ。これに懲りたら態度を改め、真面目に努力することだな、一年」

 

 

 ――――――――

 

 

「……はぁ。ですから、忠告したというのに」

 

 岩が幾重にも折り重なり、土煙が漂う様を見て、麗火は嘆息する。

 天能武装も出さず、無抵抗に相手の術を受けるという常軌を逸した播凰の行動。絶句するよりも前にそのような言葉が出たのは、麗火が以前にも似たような光景を見た事があるからであった。

 

 つまり、彼女のクラスメートである矢尾と播凰が対峙した時である。

 播凰がすぐに倒れるような貧弱さでないことは矢尾との戦い、そして喫茶店での音の性質の使い手との一件を見ていた麗火は知っているが。とはいえ、限度はあるというもの。

 術の威力に関しては確実に叶の方が上、加えてあれらの岩は拘束としての役割も果たし、身体を動かすことすら容易でないはずだ。かつての時と状況は全く違う。

 気になる話はあったものの、それは後で尋ねればいいだろうと。麗火は眼下への観察を打ち切り。

 

「龍水さん、矢坂先生。あの様子では意識を失っていてもおかしくありません。いずれにせよ、治癒の術は必要かと」

 

 勝負はついたと、同じ光景を見ていた雲生塚、そして審判役ともいえる教師の矢坂へと声をかける。

 東方第一の制服には術への耐性が付与されているとはいえ、それもある程度の軽減にすぎない。故に、彼らもまた同じ判断を下すだろうと、そう麗火は思っていたが。

 しかし、雲生塚は顔を一度こそ麗火へと向けたものの、動き出す様子もなく。

 

「――と、麗火君は言っているけれど。どうかな、満美君?」

 

 むしろゆったりと焦る様子のない声色で、傍らの荒流に問いかける。

 そしてそれに対する荒流の答えは実に簡素なものであった。

 

「必要ないでしょう」

 

 眼下を見据えたままに、その光景を今尚目の当たりにしているというのに、いっそ清々しく辛辣とも思える一言。まるで先程名乗り云々――それに限らずだが――で播凰と盛り上がっていたのと同一人物とは思えない程に、荒流は平然としていた。

 まともな直撃。それに何らかの術を発動して守ったようにも見えず。詳細な負傷具合が不明とはいえ、全く気にかける素振りすらない。

 これが冷酷無比な人物ならまだ分からなくも無いが、荒流の人となりはそうではなく。故に、驚きを禁じ得ず。

 本来その役割を担っているはずの矢坂はこの状況に対してニヤニヤと教師らしからぬ面持ちで、何も言わず事の推移を黙って見るだけ。

 言葉を失くす麗火であるが、そんな彼女を置いて話は進む。

 

「おっと、僕の見立てでは、満美君は彼のことを気に入ったように見えていたんだけどね?」

「ええ。ですから不要と、そう申し上げているのですわ」

 

 少々おどけたようなリアクションをとる雲生塚と、それを肯定しつつも再度言い切る荒流。

 気に入っているのならば尚更動くべきではないのだろうか。逆に気に入らないからすぐに動かないという理屈の方がまだ、言動が一致しているといえよう。

 麗火が困惑していれば、荒流はふと眼下のフィールドから視線を外し。麗火に辺莉にと、順々にその顔を見回した。

 

「勘違いなされていないこととは思いますが……わたくしは、ただ意見が合うからというだけで、殿方を認めることはありませんわ。なにせ、わたくしに表向き同調し媚びを売ろうとする方々など、これまでも多くいらっしゃいましたから」

 

 つっ、と辺莉があからさまに荒流から目を逸らす。後ろめたいところがあるのか、けれど随分と余裕のある態度。それにもまた麗火は違和感を覚える。

 仮にも兄と呼び慕う者があのような状況にも関わらず、まるで取り乱していない。では淡白なだけかといえば……感情豊かそうな彼女だ、そんなことはないだろう。

 では何故、と戸惑いながらも麗火はようやく声を上げようとしたが。

 

「……ええと、しかし――」

「ダイジョーブ、アタシのお兄ちゃんなんだから、あれくらいどうってことないですって。何にもなかったように笑いながら平気で出てきますよ。……まぁ、流石にあんなノーガードで受けるとは思いませんでしたけどねー。播凰にいらしいっちゃらしいですが」

「真っ向から打ち破るのもまた一つの示し方でしょう。わたくしは、素直な方らしくてよいと思いますわ」

「……つまり、まだ終わっていない、と?」

 

 屈託なく笑う辺莉と理解を示す荒流に、麗火は疑問を抱く。

 百歩譲って、辺莉はともかくとしてだ。荒流までそう言う理由が分からない。

 付き合い、という表現が相応しいかはともかく、麗火の方がまだ播凰とのそれは長い。なにより荒流に至っては、知り合いも何も播凰とは今日が初対面なのだ。

 話が嚙み合っていないような釈然としない面持ちの麗火を見て取ったのか、荒流はコホンと咳払いをし。

 

「星像院麗火さん。そちらのご事情は(・・・・・・・・)、わたくしも聞き及んでおります。ですので、差し出がましいことは重々承知ですが――」

 

 そこで一度言葉を切ると、荒流はじっと麗火の瞳を直視する。

 その仕草に、その内容に、思わず麗火はピクリと身を強張らせた。

 

「星像院には劣るものの、雲生塚の分家たる荒流もまた格式ある家。これまで公の場に(・・・・・・・・)殆ど出る(・・・・)ことのなかった(・・・・・・・)貴女は近く実感することとなるでしょうが、わたくし達の世界はその一挙手一投足を評価され、またし続ける世界です。それは例えば学園における試験のように、開始と終了を告げる声が、そして内容が明白であるほど易しくはなく。時に、限られた情報で相手を見極める必要に迫られることも求められます」

「…………」

「とはいえ、確かに生徒基準――高等部の天戦科一年生としてみるならば、三狭間さんの天能力は少なく、H組に振り分けられたのもおかしくはないのでしょう。その学園の判断――第三の評価についてを否定するつもりはありませんし、異を唱えるつもりもありません」

 

 そこまで言うと、荒流はチラと麗火から視線を外し。

 

「さりとて、それが全てと妄信しないことをお勧めいたしますわ。結局のところは側面の一つでしかないのですから。……もっとも、それを一般家庭出身の方にまで求めることはいたしませんが」

 

 そうして荒流は、口を閉じ含み笑いを浮かべる。

 一拍遅れ、麗火もまた釣られたようにフィールドを見やるが、状況は依然変わっていない。

 播凰の姿は見えず、声も聞こえず。土煙は完全に晴れ、屹立しているのは積み上がった岩の塊のみ。視界が明瞭となった今、もはや避けていたという可能性も潰えた。

 

 確かに、麗火には荒流の言う事情があった。それは否定しないが。

 何と反応するべきか、麗火は当てもなく視線を彷徨わせ、声を出せずにいた。

 

「――つまるところ、彼が君の美学に合致する人物だった。そういうことだろう、満美君?」

 

 するとまるで気を見計らっていたように。或いは、返答に窮した麗火を見兼ねてだろうか。

 荒流に話を振り、ある意味この会話の発端ともなったと言える雲生塚が、助け舟を出すように口を挟んだ。

 すると荒流は撫でるように横髪を掻き上げ、流し目で彼を見やる。

 

「そうだとして何か問題がありまして、宗家の若様(・・・・・)?」

「ふふっ、いや、勿論ないとも。ただ、随分と彼を――三狭間君を買っているものだと、そう思ってね」

「あら、分かっていて惚けるというのは貴方の悪癖であり野暮というものでしてよ。――親しみやすいようにという理由で笑顔と共に閉じているその瞳、いつもより開いている自覚はありまして?」

 

 刹那の沈黙。

 荒流の指摘に、雲生塚が一瞬だけ口籠り。僅かに、だが明らかにその表情も動いた。

 

「あははっ、これは一本取られたね。うん、その通りだ」

 

 珍しい、とそんな感想を麗火が内心抱く中。

 雲生塚は身体ごと、フィールドへと向き直る。

 

「小さくとも思わず目を奪われるような、瞼越しにも強く感じた鮮烈な輝き。だから――僕も、よく見てみたい」

 

 

 ――――――――

 

 

「……は?」

 

 低く唸るような声に、着物姿で居並んだ少年少女達が思わず正座したまま背筋をピンと正す。

 彼等の視線の先には、険しい面持ちで端末を睨む女性が一人。

 

 確かに、その人物は誰彼と愛嬌を振りまく性格ではないが、かといって私情や不機嫌さを頻繁に表に出す性格でもない。

 故に、その人物から滅多に聞かない声色が出てきたものだから、何事かと一気に場に緊張が走ったのである。

 

 さて、そんな周囲の様子に、取り繕うこともなく端末を持つのと逆の手で自身の眉間を揉む彼女。

 学園教師である紫藤は、息を吐きだすと共に両の瞼も閉じ。一呼吸おいて、スッとまた開いた。

 

 ――『差出人:三狭間播凰』

 ――『今から、叶という者と、学園地下の広いところで戦うぞ』

 

 けれどやはり、目に映るその文言が変わることはない。

 

「…………」

 

 無言のまま静止する紫藤の姿に、その場にいる面々もまた無言で思わずといったように互いの顔を見合わせ。

 カポーン、と。沈黙を強調するかのように、小気味良いししおどしの音が響いた。

 

「……学園地下。地下? それに、叶という生徒――」

 

 ぶつぶつと、幾度とその短い一文に目を走らせること、数秒。

 

「……所用ができたため、少し席を外します」

 

 一声かけて断り、自らもまた着物を纏っていた紫藤は、急ぎその場を離れようと裾をはためかせ。

 しかし、何やら思い直したように立ち止まり、その直前で振り返る。

 

「――三年、荒流(・・)。念のため、青龍の副部長である貴女も一緒に来てください」




ちなみに荒流は姉妹です。最後のとこで出たのは三年の姉、それまで話に絡んでたのは二年の妹になります。
あと何故着物が出てきたかというと、前の話で出てますが紫藤は茶華道部の顧問という設定のためですね。
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