三階の覇王 ~異世界最強の覇王の肉体は、しかし異能力の才能までは宿していなかったようです~   作:鷲野高山

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32話 武戦科の女教師

 頭上、観戦スペースの落下防止用であろう手すりを乗り越え、飛び出す影が一つ。

 その落下地点には播凰。人影が手にする、ギラリと鈍く光るそれが躊躇なく、無防備に背中を晒した播凰の首筋へと吸い込まれようとして。

 

 ギィン、と重厚な金属の衝突音が木霊する。

 

 凡そ人体が奏でる音ではない。

 事実、体の向きはそのままに、ただ播凰の両腕だけが後ろに回されて。その手中にある杖が、振り下ろされたそれを受け止めていた。

 拮抗は数秒。火花を散らし、落下の勢いを完全に失くした人影が大きく跳ぶように播凰から離れ。

 汗一つ浮かべることなく、ゆっくりと播凰は自らを襲ってきた人物を振り返る。

 

「鎚、か」

「あァ? ……ん、まぁ、そうとも言うな。アタシは専らハンマーって言ってっけどな」

 

 細長い柄、そして先端には横に突き出た頭部という特徴。叩くこと目的とした打撃武器――に限らず工具としての役割もある、鎚。

 教師である矢坂が、急襲したことに悪びれる様子も見せず。それを肩に担ぐように片手で持ち、立っていた。

 

 鎚――ハンマーといえば、それこそ片手で振るえるほどに小さなそれもあるが。彼女が手にしているのは柄だけでも、幾度も折ることでようやくそこらの平均的な大きさの工具箱に収まるかどうかといった長物。無論、太さを度外視してのこと。加え、厳つい先端部も合わせれば下手な大人の身長に届かんばかりといった具合だ。

 それが見掛け倒しの張りぼてでなく相応の質量を伴ったものであることは、今しがたの激突――彼女のハンマーと播凰の杖の交差が証明している。

 

「にしても……いいねぇ、想像以上だ。何とかするだろうと思っちゃいたが、まさかあの態勢のまま術も使わず防ぎきるなんてな。天戦科のくせして、やっぱかなり動けんだろ、お前」

「あれほど闘気を剥き出しにして、その上で声まであったのだ。意図してならまだしも、むしろあれで何もしないというのが無理だと思うが」

「はっ、ところがお前より上の学年でも何もできない奴がいるんだわ、これが。試合が終わったと思って気が抜けてる時なんて特にな」

 

 播凰ではなく、この場にいない誰かに対して鼻で笑うようにした後。しげしげと観察するように、矢坂が顔を動かす。

 その視線は播凰の顔に始まり、胴、そして足と上から下へ順々に向けられ。上がって腕に、そして最後は手中にあった杖へと目線が落とされた。

 

「しっかし流石は捧手の一品、術無しとはいえそこらの量産品なら曲がるなりおしゃかになる程度の力は込めたつもりだが、全然問題なさそうだな。しかも杖型の天能武装となりゃあ、単純な近接武器系よりデリケートなはずだけどよ」

「うむ、確か厳蔵殿も頑丈に造ったと言っていたか。私は身体は鍛えられても、武具までは鍛えられぬからな。折れても素手で戦えばいいとはいえ、この身についてこれる程度には耐久がありそうで助かる」

「ハハッ、ちぃとばかりお高い天能武装を自慢げに見せびらかして、その性能を自分の実力だと勘違いしてる馬鹿共にも聞かせてやりてぇ台詞だね」

 

 くつくつと愉快そうに矢坂が喉を鳴らし。

 そうしてトントン、とまるで軽いマッサージでもするかのようなノリで、担いだハンマーの柄の部分で彼女は自身の肩を叩くように動かす。

 

「んでもって、重畳だ。流石に捧手一族作の天能武装をぶっ壊して弁償しろなんて言われちゃ、懐が寒くなるどころの騒ぎじゃねぇからな」

「なに、例え模擬戦であっても、戦いの最中で武器が損傷したというのならばそれは所有者の非であろう! 遠慮は無用、こちらが杖であろうと存分に打ちかかって、来る、が……杖?」

 

 ニィ、と犬歯を剥き出しに笑う矢坂に、播凰は鷹揚に応じ――ようとして。何かに違和感を覚えたように、眉を顰めてその言葉が尻すぼみとなる。

 しかし、そんな播凰の様子を気にすることなく。その勇ましい前半部分の言葉に、ヒュー、と矢坂は気分よさげに口笛を一つ吹いた。

 

「おーし、よく言った! 本来なら天戦科の杖持ち相手に天能武装の打ち合いなんざ期待できねぇが、お前なら楽しめそうだ。ちょっくら付き合ってくれやぁっ!!」

「……うぅむ、何か忘れているような。なんだったか?」

 

 ボソリとした播凰の呟きは、しかし正面から突っ込んできた矢坂の突貫によって搔き消される。

 が、当然ながらその思考までは消えることはない。間違いなく、杖という単語は播凰の頭の片隅に引っ掛かっていた。重要であったようなないような、そんな何かが。

 その結果。

 

 一合、二合、三合……。

 響く音は数度を超えても絶えることなく続き。しかして、常に一定の間隔が開いて鳴っている。

 何せ、その片方たる矢坂が持つはハンマー()、その見た目通りの重量武器だ。

 本来、打撃武器とは相手が鎧を纏っていようともそれ越し、或いは諸共にダメージを与えるためのものであり、勢いこそが威力。重量を伴う程にその破壊力は増すが、振るう度に一定の膂力が必要となる。全くの無意味というわけでもないが、仮に相手が鎧を纏っていなかったとしても、刀剣の類と異なり軽く振ったぐらいではその真価を存分に発揮できないだろう。

 

 そして、矢坂の使い方は正にそれ。

 自らが教師を務める学園の生徒相手にも関わらず、それがどうしたと言わんばかりに、鎚が唸りを上げて襲っている。一旦一旦、相手の、播凰の体制が整ったのを見てから動いているために間が開いているのではない。むしろ、一撃一撃に全力を込めているからこその、間。

 剣戟の交差――もっとも交わっているのは鎚と杖という異色の組み合わせだが――はそのために、短い連続したそれではなく。一つ一つに間があるというのは、むしろ正常であるが故。

 

 だが、だからこそ――。

 

「――防戦一方とはいえ、あの矢坂先生相手に近距離で耐えている、だと」

「あ、叶先輩、おかえりー」

「……なんでお前はそう平然としている、二津」

 

 飛び出した矢坂と入れ替わるように、下から階段を上がって辺莉達のいる観戦スペースに戻ってきた叶が、手すりをギュッと強く両手で握り、瞠目する。

 叶としては、いつの間にかすぐ近くで始まった打ち合いに我に返り慌てて退避、もとい上がってきたわけであるが。

 未だ眼下で続く両者の交差に驚きを隠せず、けれどのんびりとした挨拶に表情が憮然としたものに変わり辺莉を見やる。

 

「んー、だって播凰にい、なんか変な顔してるし。あれは防ぐのがやっとってより……なんだろう、手加減なのかな?」

「……それは勿論、術を使っていないところを見るに、矢坂先生は手加減しているだろうが」

「いやいや、そっちじゃなくて」

 

 音が止まらないということは、つまりどちらも戦闘不能になっておらず、また対処できているということである。

 もっとも、叶はそれを見て何とか播凰が粘っていると捉えたようだが、辺莉が抱いたのはまた違う。

 

 変な顔。それはなにも単なる侮蔑の言葉ではない。

 優勢、劣勢、拮抗。戦いにも様々な場面――貌があり、それを演じる顔もまた様々。例えば、辛い表情を浮かべているとなれば劣勢を想起しそうなものだが、逆にそうであっても笑みを浮かべる人はいるだろう。即ち、局面において如何なる顔となるかもまた、千差万別。

 

 その上で。では、眉根を寄せて視線はあちこちと定まらず、更には頻りに首を捻りながら戦う者はいるか。

 ……まあ、いるにはいるかもしれない。だが、どう考えても武器を打ち合っている状況下で浮かべる色ではない。追い詰められているのだとしたら、尚更に。

 

 故に辺莉は、播凰の顔を変と評したのである。

 そしてそのように評したのは、何も彼女だけではなかった。

 

「……チッ、気の抜けるような珍妙な顔しやがって。アタシの天能武装(コイツ)を前に、んな面を晒しやがった生徒は、初めてだぜ」

 

 それが変、という表現よりもいいか悪いか。それはさておき、その顔を誰よりも間近で見れる位置――つまり相対していた矢坂である。

 互いの天能武装がぶつかりあう音は、少し前に止まっている。だがそれは、どちらかが戦えない状況となったからではない。

 舌打ちをしながらも、けれどさほど気分を害した様子でもない矢坂が、ドス、とその鎚の先を地面に置いたからである。

 その顔に浮かぶのは、疑問。

 

「しかし、分からねえ。そんだけ動けて、なんだって天戦科のH組(どべ)に居やがる? 杖型でそこまでやれんだ、武戦科(こっち)ならA組(トップ)も狙えるかもしれねえのに。アタシが推薦してやっから、転籍――」

「おお、そうだった、そうだった! 正しく、それだ!」

「――あん?」

 

 結果できあがった、相対する双方どちらも首を捻るという中々におかしな状況。けれどそれも長くは続かず。

 先にその状態から脱したのは、矢坂の言葉を遮るようにして手を打ち鳴らした播凰であった。

 わだかまりが消えたように、愁眉を開いたその顔で。何度も何度も、繰り返すように頷いている。

 

「私が杖を選んだ理由だ! そうでもなければ、武器として普通に戦ってしまいそうだったからだ!」

 

 つまり、先ほどから播凰の頭に引っ掛かっていたのはそれである。

 彼が杖を選んだ――天能武装の依頼の際にそうとした理由。その場にいた彼以外が呆れるか笑い飛ばしたその理由。

 

「あー……よく分かんねぇけどよ、それに何か問題があんのか?」

「うむ、大いに。そもそも私がこの学園に入ったのは、天能術を使いたかったがため。故に、術を主軸とした天戦科が丁度よかったのだ」

「……別に天戦科に限らず、武戦科だって術は使うぜ?」

「しかしお主の天能武装、そして今のを見るに、やはり武芸による戦いが主軸なのだろう? 折角なのだ、私は天能術で戦いを楽しんでみたい!」

「ケッ、攻撃を仕掛けずにずっと受けに回ってたのもそんなことを考えてたからってか? 舐められたもんだ」

 

 尚更疑問が深まったように眉を八の字にした矢坂へ、播凰が晴れやかな笑顔で宣言する。

 それは単につっかえていたものがとれたからだけでなく。心からの希望――期待があったからだろう。

 そんな播凰の言葉に、顔に。矢坂は多少不機嫌そうに鼻を鳴らしたものの。

 

「ま、確かにアタシもきっかけっつーか本命っつーか、とにかく関心があったのは、お前の術――性質だったのはそうだ。蓋を開けてみりゃ予想以上に動けるもんで、思わず疼いちまったけどよ。……ただ三狭間よぉ、術で戦いたいっつっても、聞いたところによると使える術は一つだけ。それも条件付きの上にかなり変わったヤツなんだろ?」

 

 一応は不満を吞み込んだのか、或いは全てではなくとも理解を示すことができたからか。

 ボキボキ、と首を鳴らすように頭を振りつつ、矢坂は播凰との会話を続ける。

 

 矢坂の言葉の通り、播凰の術はたった一つ。それも、受けた天放属性の術を放てるというもの。

 加え、何度もできるわけではなく、再び術を受けなければ使うことはできない。

 そして術による戦いとは、突き詰めれば術の打ち合いだ。当然ながら使う術は一つどころではなく、互いに行使できる限りの術を駆使して相手を倒すことが求められる。

 一つしか使えないということも当然ながら、その上で術の効果も効果。

 天能術を重視し、また前提とした天戦科の戦い方は相性が悪く、どうしても後手に回らざるを得ないだろう。

 

「知っているのならば話が早い。あの叶という者はまさかの毅と同じ岩の性質であったからな、別にそれが嫌というわけではないが、お主が岩以外の性質であると私は嬉しい」

「ん、いやまぁアタシの性質は岩じゃねえけどよ……」

 

 矢坂の言外の指摘であったが、しかしそれに播凰が反応することはなく。

 むしろ彼の術を知っているらしい口振りの方に、大きく首を振ってリアクションを示した。

 それを聞いた矢坂は、返すように言葉は紡ぎつつも、なにやら思案するように鎚を持っていない方の手を顎に当てる。トントントン、とその人差し指が彼女の頬を弾くようにテンポよく動いた。

 

「一つ気になったんだが、お前の術ってのは相手を限定しないで発動できんのか?」

「む? あー、つまり、どういうことだ?」

「要は、条件が整えば打つこと自体(・・・・・・)は別に誰に対してでもいいのかって話だ」

「ふむ……」

 

 今度は、播凰が考える番となる。

 播凰が唯一使える術――覇放・我執相呑は、術者が直接その身に受けた天放属性の術を繰り出せるというもの。それだけを見れば、単純に相手が放った術をそのまま相手に返すだけの使い道のように思えなくはない。

 だが矢坂が聞いてきたのは、それを他の誰かにも――即ち、播凰に向けて打ってきた術者とはまた別の人物に対しても有効であるかということだろう。

 

 つい今さっきであれば、叶の術は叶に。最近であれば、毅の術は毅に、紫藤の術は紫藤にと、基本的には術者に対して受けた術を放つことしかしていない。もっとも、それは単に相手と一対一の状況だったからであり。播凰自身もそれ以上に特に思考を巡らせていなかったのだ。

 そこまで思い返したところで、ふと。最初に術を使った時――つまり術が使えるようになった時のことが播凰の頭を過った。

 

「できた、ような気はするな」

 

 喫茶店リュミリエーラでの攻防戦。音の性質を持つ笠井、そして彼が連れていた火の術を使う取り巻きが数人。播凰が術を使えるようになって、複数を相手にしたのは最初のあの時のみ。

 その際に、火の術を音使いに対して使ったような気がしなくもない。

 が、いかんせん少し前のことであり、また当時は行使できたばかりとあってそんなことを意識していなかったというのが実情。

 そのため自信溢れてとはいかず、朧げに播凰が答えれば。

 

「うし、そんならちょっくら今試してみろ。ただしアタシは受ける側、お前に術を打つのは――丁度お誂え向きの人員がいるんだ、協力してもらおうじゃねぇか」

 

 ニヤリと笑みを浮かべた矢坂が、頭上を仰ぎ見る。

 

「東の雲生塚にその分家筋の荒流、南の星像院――叶の奴はまあ飛ばしていいとして、売り出し中のお前の妹分、は含めていいか。なんとも贅沢、一般生徒……お前をそう評していいのか分かんねえけど、こんな機会でもなきゃ関われることなんざそうそうない面子だ。さぁ、誰を選ぶ?」

「ふむ……そうさな、選んでいいというのであれば」

 

 矢坂に続けて播凰もまた目線を上にする。

 ただしその目の動きは、居並ぶ人影を比べるように横へは動かず、定まったまま。その中心に映る人は播凰の中で既に決まっており。

 故に悩むことなく、目を輝かせてすぐに呼びかけた。

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