☆月▶日
ついに冬優子と出会った。
とは言っても、交わしたのはほんの僅かなやり取りだけだ。自己紹介と、二言三言の会話。
ただそのやり取りの中で、致命的な間違いを犯してしまった気がする。
俺は一体、どうするのが正解だったのだろうか。
☆月■日
今日は二人での初仕事を行った。
黛冬優子と合同での、化粧品の試供品配りである。
果たしてこれがアイドルの仕事なのかとも思ったが、恐らくプロデューサーの方針なのだろう。とりあえずは色々な種類の仕事をやらせて社会経験を積ませる、というわけだ。
気に入られたら広告にでも起用してくれるかもしれない、なんて打算もあるかもしれない。
まあどんな考えがあれど、俺は「芹沢あさひ」の模倣をしていれば成功していくことはわかっている。特にこの仕事については猶更だ。
しかしその模倣のせいか、黛冬優子には信じられないものを見るかのような目で見られた。
仕事中の「芹沢あさひ」をトレースしている俺と、冬優子と接しているときの俺との差異をどこかで感じ取ったのだろう。
仕事中は「あさひ」をトレースするのが当然のようになっていたため、正気に戻されたかのような感覚である。
あさひならこうするだろう、という想像の下に成り立っているトレースであるが、精度を高め過ぎたせいか最近は「あさひ」と俺の境界があやふやになってきた。
役に入り込み過ぎた役者の感覚、とでも言えばいいのだろうか。
近頃はトレースしている最中に「あさひ」の声のような幻聴までたまに聞こえてくるようになった。
しかし、「あさひ」のキャラクターが一番売れるのはわかっている。
今回の仕事だって、冬優子は現場責任者をぞんざいに扱うなどの俺の自由勝手な行動を咎めてきたが、責任者が気に入るのは「あさひ」の方だ。
これは本編からの情報だけでなく、実際に対峙してやり取りをしたことからもわかる。
彼ら――いわゆる「上の人」との接し方での正解は、「多少無礼であれ、名前を覚えてもらうこと」だ。
尤もそれが通じるのはあさひが幼いから、ということもある。
多少失礼な態度をとったところで子供に本気で怒る大人はいない。
むしろ気安く接してきてくれる子を可愛がりたくなってしまうのが人間の本能だ。
結局のところ、仕事中は「あさひ」を通すことに変わりはない。
内心かなりイライラしていた様子の冬優子には申し訳ないが、我慢してもらおう。
☆月×日
今日のレッスンは冬優子と合同で行われた。
ボーカルレッスンということでデュエットなんかの練習をしたりもしたが、やはり冬優子の実力はかなり高いレベルで纏まっている。
綺麗なお手本通りの発声や、安定した音程。血の滲むような努力が彼女の技術には見え隠れしていた。
とは言ってもまだまだデビューしたばかりの新人たち。トレーナーさんから指摘されることも多く、学びの多いレッスンであったと思う。
レッスン終了後には、またもや信じられないものを見たような顔をした冬優子に歌の経験や一日の練習スケジュールについて根掘り葉掘り聞かれた。
恐らく実際にあさひの才能を目の当たりにして奮起したのだとと思われる。
「ふゆもあさひちゃんに負けないよう、頑張らなくっちゃ!」なんてかわいく言っていたが、きっと人が見たらドン引きするようなハードスケジュールを組んで練習してくるのだろう。
俺も冬優子に負けないよう努力しなければいけない。
ひとまずは、冬優子のビジュアル技術のトレースからである。彼女と接する時間が多くなって、自分のビジュアル能力がみるみる高まっていくのを感じる。この機会に極められるところまで極めておこう。
☆月〇日
今日もひたすらレッスンと自主練習に費やした日であった。
ダンスレッスンの先生は俺の初ライブの映像を見てからますます指導に熱が入った様子で、俺もそれに応えられるように汗を流して練習に励んでいる。
特に先生は俺が浅倉透のオーラを使用していた所に感激した様子で、そのオーラを使用するタイミングなどすらをも考慮に入れたダンスの動き方まで考えてきてくださった。
確かにあの技術は俺が模倣した中で最も時間をかけて習得したものであり、そしてその時間に見合うだけの強力さも持ち合わせた武器である。
その最強の武器の使い方すらも完璧になったのなら、あさひはまた一つ上のステージに登れるだろう。
成長した将来の自分の姿を想像して、思わず武者震いした。
☆月●日
今日も冬優子と合同でレッスンを行った。
本日の内容はビジュアルレッスンである。
ゲーム本編でこそ冬優子は諸々のスキルにおいてあさひに惨敗を喫していたが、この「ビジュアル」という評価基準においては話が別だ。
長年に渡って鍛え上げられた、相手の警戒を緩めて懐にするりと入り込む技術。
自分の可愛い所を120%に割り増しして伝える力。
相手から見た自分の印象を把握し、自由自在に誘導する方法。
「ビジュアル」という面において黛冬優子はトップクラスに位置している存在といっても過言ではない。
模倣すべきところはいくらでもある。自分よりも上の存在と共にレッスンを受けられるというのは何という幸運か。
2時間余りほどのレッスンが終わった頃には、俺のビジュアル技術は比較にならないほどの成長を遂げていた。
他のアイドルと共にレッスンを受けさせるというのはトレーナーの方針だが、やはり間違っていなかった。トレーナーさんも少し引くようなレベルで俺は成長していったのだ。
ちなみに、「ふゆ」に似せたような雰囲気でいかにもアイドルらしい感じの言動をレッスン中にトレースしてみたところ、冬優子が物凄い勢いで俺の事を褒めてきた。
「あさひちゃん、その感じすっごくかわいいね♡」とひどく興奮した様子で俺に告げてきたのだが、言外に「ふゆと方向性を合わせろ♡」という意思があったのは想像に難くない。
恐らくそういったキャラクターを持ったアイドルこそが冬優子の理想のユニットメンバーなのだろう。
とは言ってもあさひのキャラクター性を曲げる気はない。「ありがとっす!」とだけ伝えておいた。
☆月◎日
今日は「アンティーカ」のメンバーである田中摩美々と顔合わせを行ったのだが、流石彼女と言うべきか、いきなりイタズラをしかけられた。
事務所に置いておいたはずの筆箱から、ペンが一本失くなっていたのである。
その場には「ふふー」とニヤニヤしながら笑う摩美々がいたのだから、もう犯人はわかったようなものだ。
その一方で、もしペンが必要だった時に困らないようデビ太郎が頭についた変なペンを代わりに入れているところに、摩美々の性格が表れている。
さてどう対応するのが正解かと悩んだが、ひとまず摩美々にペンの行方を聞いてみた。
すると「ふふー、どこだと思いますかー?」と返ってくるものだから宝探しの始まりである。
まあ、たまたま最初に開けた居間の三番目の棚に入っており、すぐに終わってしまったのだが。
ただの直感で思い浮かんだ場所を調べたにすぎないのに、摩美々は「え!?」とかわいい声をあげて驚いていた。
傍目から見れば、隠し場所を把握しているかの如くにペンを一発で見つけたのである。
隠した側からすれば恐怖以外の何物でもないだろう。
驚きの声をあげたことが恥ずかしかったのか、摩美々の頬は赤くなっていた。
その後はその件で少しからかいつつ、楽しいお喋りをして過ごした。
わたしのペンなら、三番目の棚に入ってるっすよ!