芹沢あさひ憑依伝   作:アタランテは一臨が至高

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 灰被りだってお姫様になれる魔法の呪文。

 普通の女の子だってトップアイドルになれる魔法の呪文。



 じゃあ、偽物が本物になれる魔法の呪文もあったって、いいでしょう?



ビビデ・バビデ・ブー

 

 

 

「おはようございます、わたしは芹沢あさひっす!」

「おはようございますー。あっちで撮影準備始めてるので、用意が出来たら声かけてくださーい」

 

 

 あれは、誰だ。

 

 

「とゆーコトで『今ハマってること』についてのお便りだったケド……あさひチャンは最近ハマってることってある?」

「わたしが最近ハマってることっすか? うーん……蕎麦の配達、とかっすかね!」

「ブハハッ、どゆことー!?」

 

 

 あれは、誰だ。

 何が得意で、何が出来ないんだ。どんな仕事が適している。

 

 

「果穂ちゃん、『ジャスティス(ファイブ)』はファイブって言ってるのにどうして11人もいるの?」

「遂にあさひさんもそこにたどり着いてしまいましたか……!」

 

 

 あれは、誰だ。

 何が得意で、何が出来ないんだ。どんな仕事が適している。

 見極めろ。「芹沢あさひ」というアイドルを。

 

 

「おはようっす、プロデューサーさん! 今日もよろしくっす!」

 

 

 

 

 あれは、誰だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「よっ……ほっ……ここで、ターン! 決まったっす~!」

「あさひ、自主練お疲れ様。ちょっと今時間あるか?」

 

 とある平日の午後16時半。

 ダンスの自主練習をしていたあさひに、丁度一区切りついただろうタイミングで声をかける。

 

 彼女の透き通る銀髪はしっとりと重みを持って肌に張り付いており、全身から滴り落ちるほどの汗を見ればかなりハードな練習を行っていたことは明らかであった。

 しかしそのキレのある動きは彼女の体力の多さを物語っており、声をかけた俺にも笑顔を向けて応じてくる。

 

「どうしたんすか? わたしは全然大丈夫っすよ!」

「ああ、そんなに時間は取らないから安心してくれ。

 実を言うとだな……あさひのアイドルとしての初仕事が、決まったんだ」

「!」

 

 「初仕事」というワードを俺が呟いた途端、あさひの垂れ目がちな顔から表情が抜け落ちる。

 始めは仕事という言葉に対して気おくれしてしまっているのかと思ったが、瞳はギラギラと獲物を狙う餓狼のように輝いており、思わずこちらが圧倒されるほどの雰囲気を全身から醸し出していたことからそれは間違いであったとわかった。

 

 やはりあさひのアイドルにかける情熱にはどこか人と違うところがある。

 静寂が訪れたのも一瞬であり、すぐに熱を持って彼女の口は動き始めた。

 

「何の仕事っすか? いつっすか? わたし単独の仕事っすか? どれくらいの期間――」

「ま、待て待て! 落ち着くんだあさひ。そんな一気に言われても困るよ」

「あ……ごめんなさい。つい焦っちゃったっす……」

 

 矢継ぎ早に飛ばされる質問に反応を返せずにいると、あさひがしょんぼりとした顔を浮かべる。

 まあ、初仕事となると誰でも焦ってしまうものだ。彼女も例に違わず気が急いてしまったのだろう。

 今度は落ち着いて仕事の概要を説明する。

 

「今回の仕事は3日後、ファッション誌の小さなコマに載せる写真の撮影だ。そんなに大きい仕事じゃないんだが、活動を始めてすぐはこういう仕事で経験を積んでもらう。あさひの実力からしたら物足りないかもしれないけど、全力で臨んで欲しい」

「はい、頑張るっす!」

 

 杞憂ではあると思ったが、やはりあさひはどんな仕事でも全力で取り組んでくれるつもりだったようだ。アイドルに対する熱意を感じられて、こちらも嬉しくなる。

 

 常日頃から思っていることであるが、ウチに所属しているアイドルたちは皆やる気に溢れた良いアイドルたちばかりである。

 俺も負けないくらいの情熱を持ってプロデュースをしているつもりではいるが、特にあさひや恋鐘といった面々の熱意は人一倍といった言葉じゃ足りないほどだ。

 

 皆やる気を持った仕事場というのは中々出会える環境じゃない。

 ますます仕事に対してやる気が湧いてくるというものである。

 

「ところで、その雑誌の購買層ってどの辺なんすか?」

「え? あー、女子高生がメイン層だな。よくあるファッション誌だよ」

「ふむふむ……私が着る衣装はどんな感じっすか? かわいい系とか、ゴシック系とか」

「えーと、確か衣装の写真は貰ってるぞ。ほら、これ。『衣替えでイメージチェンジ!』がテーマだったかな?」

「…………なるほど……大体わかったっす。3日後っすよね、それまでに仕上げてくるっす」

「仕上げるって、まあそんなに気負わなくてもいいぞ。現場に行ったら挨拶のやり方とかも教えるし、撮影の時はカメラマンさんの指示に従っておけばいいから」

 

 そうは言うものの、初仕事に向け気合いを入れているアイドルの姿は微笑ましいものだ。

 これからもっと大きな仕事も受けられるように、俺も頑張って仕事を取ってこよう。

 

 その程度の感想しか、この時は持っていなかった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 あさひの初仕事が決まってから数日後。

 遂にその当日がやってきた。

 

 余裕を持ったスケジュールを組み、少し早い時間に事務所で待ち合わせをする。

 無いとは思っていたが初仕事で緊張して眠れず寝坊した、なんてことが起こったら問題だ。「もうすぐ到着します」という連絡を貰った時には少し安心したものである。

 

 やがて集合時刻の5分前ほどに彼女はやって来て、その元気そうな顔を見てコンディションも整っていることを確認したところで――なんだか、違和感を感じた。

 

 まるで彼女が彼女でないような、そんな違和感。

 そう、かなり昔に、甜花と甘奈がイタズラで入れ替わっていた時のような――

 

「プロデューサーさん? わたしの顔になにかついてるっすか?」

「あ……ああ、いや、なんでもない。悪いな、ボーッとしてて。もう現場へ向かおうか」

「了解っす!」

 

 思わず考え込んでしまっていた頭をリセットし、仕事の現場へ向かう。

 目的地はそう遠くない。社用車を出してミラー越しに軽い雑談を交わしながら走らせれば、やはり道中でもまたあの違和感を感じた。

 

(一体なんなんだ……? 不調を隠している、とかいうわけでもなさそうだし……)

 

 湧き出てくる疑問に悩みつつも、10分もしたらすぐに現場へ到着した。

 ひとまずはあさひに挨拶の仕方などを教えなくてはいけない。違和感を押し殺しつつ、撮影スタジオにあさひを連れて入る。

 

「ほらあさひ、昨日も言った通り挨拶が肝心だからな。おはようございまーす!」

「はいっす! ……おはようございまーす!」

 

 あさひは言った事はきちんと理解して守ってくれる、素直な良い子である。

 挨拶も恥ずかしがったりすることなくしっかりと出来ていた。

 

 アイドルとしての活動にはこういった小さなことの積み重ねが非常に重要である。

 ひとまずは完璧なあさひの様子に、心の中でよしとガッツポーズをする。

 

「283プロさん、どうもおはようございます! そちらが芹沢あさひさんですね。撮影準備ももうすぐ終わりますので、その間にメイクと衣装お願いします」

「了解しました。それじゃあ、あさひはメイク室に行こうか」

 

 スタッフの方とも挨拶を済ませたため、あさひをメイクさんに預けて俺はスタジオで待機する。

 なにしろ今までに見たことがないくらいに才能に満ち溢れた存在であるあさひの初仕事だ。まるで授業参観の親のような心持ちで期待に胸を弾ませたまま、あさひの帰りを待つ。

 

 しかしそうすぐにメイクというものが終わるわけではない。

 少し手持無沙汰になったところで、面識のあったスタッフさんが近づいて声をかけてきた。

 

「どうも283プロさん、いつもお世話になってます」

「いえ、こちらこそいつもありがとうございます! 今回も新人に仕事を回して頂いて、本当に感謝しています」

「いやいやそんな、あの子がただの新人なわけないでしょう。283さんの秘蔵っ子だってもう一部じゃ噂になってますよ」

 

 挨拶に来てくださったスタッフさんの耳の早さに、思わず驚きが顔に浮かぶ。

 周りにわかるほどあさひを特別扱いしてしまっていただろうか。

 

「なんでも、あの○○先生のご指導を受けさせてるんですって? 将来のトップアイドルの初仕事なんて、こっちから頭を下げさせてもらうところですよ!」

「いやいや、そんな……」

 

 自身の行動に思いを巡らせていたところ、あさひのダンス指導を行われている先生の名前が挙げられ、色々と納得がいく。

 確かにあの人の知名度を考えれば、話が広がるのも当然と言ったところか。

 

「それにさっきちょっとメイクしてるところを見させてもらいましたけど……流石ですね。もう大ベテランって感じですよ。こんな小っちゃな仕事なのに、なんていうんですか? 『最適』って言うんですかね、ドラマの役に入り込んでるみたいな……上手く言葉に出来ないや、『自分』を作り上げてるっていう感じですよね」

「え?」

 

 前から口数の多いスタッフさんであったが、人を見る目には中々鋭いところがある。

 そんな彼の言葉に全く心当たりがなかったため、思わず変な声を出してしまった。

 

「おっと、丁度彼女がやってきましたよ。それじゃあ私は撮影に回るんで……」

「あ、どうも! これからもよろしくお願いします!」

 

 相変わらず忙しない人である。あっという間にどこかへ行ってしまったスタッフさんを見送れば、後に残るのは俺とメイクが終わったらしいあさひだけだ。

 走り去っていく彼に挨拶をして、あさひの状態を確認しようと振り向くと――

 

 

「あ、れ?」

 

 

 そこには、『芹沢あさひ』がいた。

 

 

「プロデューサーさん、メイク終わったっすよ! 変な所ないっすか?」

 

 いや、それは当たり前だ。

 目の前の存在が「芹沢あさひ」でないはずがない。

 

 だが、それならどうして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「やっぱりプロの技術ってすごいっすね! あっという間に終わっちゃったっす!」

 

 あれは、誰だ。

 目の前の彼女は、一体誰だ?

 

「あ、もう撮影始まるみたいっす! それじゃあ行ってくるっすよー!」

 

 この雑誌のメインの購買層である「女子高生」の好みに最も合うような、それでいて「衣替えでイメージチェンジ」をした女の子のような「芹沢あさひ」が、そこにはいた。

 

 先日の会話を思い出す。

 確かに俺は、「雑誌の購買層」と「撮影テーマ」を伝えた。

 そしてあさひは、恐らくそれに最も適した「あさひ」を作り上げてきた。

 

 あさひは、仕事に合わせて「自分」を作り変えてきたのだ。

 

 シンデレラは魔法の力によって王子に相応しい装いを得た。

 しかしそれは、果たして常人が用いることが出来る力なのか。

 

 これでは、「アイドルに合った仕事を持ってくること」が必要ではなくなる。

 「売れるための仕事」を持って来れば、「あさひ」がそれに合わせてくれる。

 

 あさひの魅力を仕事の中でアピールするのではなく、仕事が求めている魅力をあさひが作り出してくれる。

 

 それは、あさひをトップアイドルにするためには最も効率的な手法であるように思えた。

 

 それは、ひどく歪なアイドルの形のように思えた。

 

 

「すごい……まるでカメラが彼女を追っているみたいだ」

 

 撮影中のあさひを称賛する声が聞こえる。

 彼女はダンスだけでなく、あらゆる面に秀でた才能を示している。

 その才能と、先の「自分を作り変える技術」をもってすれば敵はない。頂点までの道のりに、障害はない。

 

 

 ――それなのに。

 

 どうして彼女が、墜ちるために飛び立つイカロスのように危うく見えるのだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「おはようございます、はづきさん」

「おはようございまーす」

 

 あれから数日後の某日午前8時、283プロダクション事務所にて。

 出勤したら既に事務作業を行っていたはづきさんに挨拶をし、書類が山のように積まれた自分のデスクに座る。

 

 今日の午前はこれといった移動は入っていない。

 最近溜まりつつあった書類仕事を消化しようとPCを開けば、いつの間にかはづきさんがコーヒーを淹れてデスクに持ってきてくれていた。

 

「すみません、気を遣わせちゃって……! ありがとうございます!」

「いえいえ~。私もちょうど休憩しようと思っていたところですから、気にしないでください。

 ところでこの前のオーディションの書類ですが、棚にあるファイルに纏めておきましたので後で確認しておいてくださいね~」

 

 お盆を持って再度台所へ向かうはづきさんにお礼を言いつつ、早速言われたファイルを手に取って開いてみる。

 そこには283プロダクションのオーディションに応募してくれた子たちの応募書類が綺麗に整理されて纏まっており、はづきさんの仕事の丁寧さがしっかりと細かな所にまで表れていた。

 ここまで事務仕事を任せてしまって、はづきさんには本当に頭が上がらない。後でもう一度しっかりとお礼を言っておこう。

 

「どれどれ、今回の応募の中でピンと来る子は……」

 

 折角開いたのだからと、中の書類にも目を通すことにした。

 283プロは売れっ子アイドルを抱えているとはいえ、事務所の規模としてはまだまだ小さいが故に、書類選考の倍率は大手事務所と比べるとそう高くはない。

 

 しかし天井社長の方針や俺の考えもあって、最終的に合格を与えるのは才能を感じた、ごく一部の限られた子だけにしている。

 その厳しい基準を考えれば、軽く目を通しただけではあるものの、今回の応募者の中で合格を与えられそうな人材を見つけることは出来なかった。

 

「まあ、実際に会ってみなきゃわからない魅力もあるんだろうけど……。

 夏葉や灯織みたいに、書類だけでピンと来るような子もいるからなあ」

 

 アイドルとして成功するためには非常に狭き門を潜り抜けなければいけない。

 そのためには他を圧倒するだけの才能・魅力が必要である。

 

 そんな才能を求めて日々オーディションやスカウトに励んでいるわけだが、中々そう上手くもいかない。

 欲を言うならば、ストイックで自分磨きに余念がなく、アイドルとしての才能に満ち溢れている、そんな人材が欲しい。それこそ――

 

「あさひさんのような、ですか?」

「えっ」

 

 突然聞こえてきたはづきさんの声に、思わず声をあげて驚いてしまう。

 

「プロデューサーさんって、意外と考えていることがわかりやすいですよね。

 そんなにあの子にばっかり夢中になっていると、他の子たちが嫉妬しちゃいますよ~?」

「は、はは……そうですかね。でもやっぱり、あさひにはすごい才能がありますよ。

 あの才能は腐らせちゃいけないし、それにきっと、彼女の輝きは他の子たちにも良い刺激になります」

 

 そう。彼女の才はただアイドルとして成功するだけなら十分すぎるほどにある。

 たゆまず努力も重ねているし、一見何の問題もないように思えてしまう。

 

 そこまで考えたところで、先日のあさひの初仕事のときの様子を思い出す。

 あの時だってアイドルの力としては完璧だった。

 ただ一つだけ、彼女に足りない点があるとするなら――

 

「ユニットを、組ませようと思っているんです」

「……あさひさんに、ですか? てっきり私はこのままソロで活動させる方針で行くのかと。

 こんなことを言うのもなんですけど、彼女の実力に見合う子は中々いないと思いますよ?」

 

 はづきさんの危惧する言葉に、首を横に振って返す。

 ユニットというものはあさひにとって、きっと「足枷」ではなく共に支えあう「仲間」となってくれると俺は確信している。

 

「良い子たちがいるんです。あさひの実力を間近で感じても、折れるんじゃなくってむしろ奮起してくれる、そんな子たちが」

「……まあ、まだユニットを組んでいない283プロのアイドルって言われたら誰かわかっちゃいますけどね~」

「ははっ、そうですね。でもはづきさんも、何となくわかるんじゃないんですか? あの二人はきっと、いいアイドルになりますよ」

 

 はづきさんは俺の言葉に対して、そこまで言うならといった感じで軽い首肯を返す。

 アイドルのプロデュースに関しては、彼女は一歩引いた立場をとっているところがある。彼女曰く、「プロデューサーさんの見る目には敵いませんから」だそうだ。

 あの子たちの眩いほどの輝きを見れば、アイドルとして成功しそうだなんて誰でもわかりそうなものだが。

 

「あさひに必要なのは技術でも、ましてや更なる努力でもありません。

 彼女の危うい所を支えてくれる、足りない所を補ってくれる、そんな仲間です。

 彼女たち3人は、きっと良いユニットになりますよ」

 

 

 何度イカロスが墜ちようとも、何度だって一緒に飛んでくれる。

 そんな仲間に。

 

 

 




撮影の時のカメラ、すごい大きかったっす!
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