5月2日
放課後に自分が知り合いから大魔王扱いされた事など知らず、達也は日常に復帰していた。四月下旬に発生した詩奈の誘拐事件騒動は結局、連絡不足による誤解という事で片づけられ、一高内ではすでに過去の出来事になっている。
昨日から生徒会では、通常の業務以外に九校戦の準備を始めている。中止の噂も飛び交う中、まだ正式に発表されていないから仕方なく、という部分も多分に含んでいるが、去年の種目変更のように、開催ギリギリまで連絡が来ないかもしれないので、何が起こってもいいように準備をしているのだ。
「マスター」
ピクシーがテレパシーではなく、音声で話しかけてきたので、達也は作業を中断して応える。
「何だ?」
「重大な・ニュースが・入ってきました」
「重大なニュース?」
「戦略級魔法に・関する・ニュースです」
さすがに無視できないワードが出てきたので、達也は視線を動かして、ピクシーの声に顔を上げていた深雪とアイコンタクトで意思を通わせた。
「壁に出してくれ」
達也の指示に、ピクシーが録画中のニュースを追い掛け再生で壁面大型ディスプレイに映示する。達也だけでなく、生徒会役員全員の目が集まった。最初は興味本位だった空気が、すぐにシリアスな色に染まる。途中、悲鳴のような息を呑む音が聞こえたが、ニュースが終わるまで、誰も、何も、言わなかった。
「今度はアフリカですか・・・」
「ギニア湾岸、ニジェール・デルタ地域・・・今は大亜連合が実質的に支配している地域だよね」
「うん」
「紛争地帯だからな。欧州や北米で使われるより可能性は高かったが・・・」
伝えられたニュースは、ニジェール・デルタ地域において戦略級魔法『霹靂塔』が使われ、多数の死傷者が出たという事実と、それを認める大亜連合軍の声明。確かに南米におけるシンクロライナー・フュージョンの使用によって、戦略級魔法使用に関する心理的なハードルは下がったが、世界の目は逆に厳しさを増している。
それにも拘らず、大亜連合は戦略級魔法の使用を隠そうとしていない。逆に、自分から『霹靂塔』の使用を公表している。今回の戦果を世界へ向けて誇っているかのようだった。
「フランスに対する牽制でしょうか?」
「主な目的は、それだろうな」
深雪の質問に、達也は条件付きで頷いた。世界群発戦争の期間、アフリカには資源を求めた列強が押し寄せた。国家と国家、政府軍と反政府軍。戦火を交える勢力を支援し、背後から操り、あるいは直接介入して地下資源を「確保」しようとした列強の行動が、アフリカ大陸から国家を消滅させた。その争いは、軍事衝突の規模が小さくなり、散発的になっただけで、世界大戦終結から三十年以上が経過した今も続いていた。
ニジェール・デルタ地域では、数年前に纏まった領域を大亜連合が勢力下に収めたが、ここ数ヶ月、今世紀初頭に活動していた国際テロ組織MEND(ニジェール・デルタ解放運動)の流れを汲むと自称する武装勢力がフランスの支援を受けて、大亜連合の支配を脅かしていた。
今回の戦略級魔法が、フランスの支援を牽制し後退させることを目的としているという推理は、間違いなく一つの正解に違いない。
「他にも目的があるのですか?」
こう尋ねたのは深雪ではなく泉美だ。彼女は今でも、達也に打ち解けているとは言えないが、姉二人が認めている事と共に、今回は好奇心が勝ったので、自分から積極的に達也に質問したのだった。
「使われた魔法は『霹靂塔』だが、大亜連合が発表した使用者は劉雲徳ではなく、劉麗蕾という少女だ」
「先程のニュースでも注目されていましたね。新たな国家公認戦略級魔法師のお披露目という意味があったのでしょうか」
「お披露目には違いないが、隠せなくなったのだろうな」
「何をでしょうか?」
首を傾げているのは泉美だけではない。ほのかと詩奈も、頭上にクエスチョンマークを浮かべているし、遊びに来ていた雫も、泉美と同じように首を傾げながら達也の答えを待っている。
「劉雲徳は一年以上前から公式の席に姿を見せなくなった。毎年必ず参列していた軍事パレードも、去年は欠席している。軍事関係者の間では、彼の死亡説が以前から囁かれていたが、ついに隠し切れなくなったのだろう」
達也は『灼熱のハロウィン』で劉雲徳が戦死した事を、その直後から知っていたが、大亜連合はその情報をひた隠しにしてきた。だから彼もこの場では、少し事情通なら知っていてもおかしくないレベルに合わせて話をしている。
「では劉雲徳は既に死んでいて、その後釜として劉麗蕾を?」
「戦略級魔法師の存在を公表するのは、抑止力とする為だ。劉雲徳が死んでもその代わりの戦略級魔法師がいるという、大亜連合のデモンストレーションではないかな」
「フランスに対する牽制と、世界に対するデモンストレーションですか」
泉美が納得した顔で呟いた
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