後半は八幡たちとは無関係の小話。
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六月も終わりに近づき、遅めの梅雨が明けようとしていた、最後の日。
ボーダー本部に激震が走った。
「……隊務規定違反……?」
「それも本部で?」
俺は鈴鳴支部の隊長室で、来馬先輩とともにその連絡を受けた。
「……違反者が誰なのかはまだ公表されていないよ。けれど、これはボーダーの存続にも関わることだ。由比ヶ浜ちゃんと雪ノ下ちゃんも、規定の再読を徹底してほしい。」
「ええ……ですが、なぜこんなことに……。」
雪ノ下は困惑していた。当然である。彼女はボーダーに入ってからまだ半年程度なのだ。
俺だって何が起きたのかわからない。来馬先輩は言う。
「……僕にも理由はよくわかっていないんだ……。けど、もし違反者の正体がわかっても、普段通りに防衛任務にあたってほしい。」
「了解です。」
「でも、何やらかしたんでしょうね、その隊員。」
(わ、私も気になる……)
由比ヶ浜の仲の野次馬根性は太一に同意していた。何故、誰が。……何のために。
「太一、もういいだろう。」
「だけど、鋼さんだって気になるでしょう?誰が何故、何で、どんな違反をしたのか。」
太一は止められない。
「ちょっと調子乗って喧嘩でトリガー使っちゃったとかですかね?」
しかし、疑問が湧いたのは八幡も同じだ。太一と同じように、憶測を口にする。
「あまり言いたくはねえが。何かやったんじゃないか?例えば、民間人と揉め事を起こしたとか。」
こういう噂をしているのは、何も俺達だけではないだろう。今頃、通達を受けた隊やC級の隊員たちが同じように話をしているはずだ。
「憶測でものを話すな。そんなものは、人がそう思いたいような願望なんだ。」
村上先輩が言うように、人はそうあって欲しいという願望や、そうに違いないという決めつけでものを推測するしかない。
だから、疑問が湧いた場合は止められない。疑問が発生するのは当然だからだ。そして、疑問に対する解が誤解であったとしても、解けない。それが正解かどうかは、当事者にしか分からないことだから。
それが嫌なら、来馬先輩のように問い直すしかないのだ。
「…………いえ、違うと思います。」
「雪ノ下?」
「……きっと、何か。そういう事にしたいという裏があるのではないかしら。」
「どういうことです?」
小町が雪ノ下に乗っかる。
「……私が、言えた義理ではないのだけれど。」
「……言ってみろ。雪ノ下。」
村上先輩も雪ノ下を促す。推測であっても、聞くべき意見かもしれないということだろう。
「……ボーダーに恨みを持つ人がいるんじゃないかと思うの。」
「……恨む?」
「……えぇ。……例えば、A級隊員の誰かとか、その逆に、ボーダーという組織に対してとか。」
「……ありうる話だな。」
「我が町ながら、自暴自棄なチンピラが多いもんね、ボーダーって。」
由比ヶ浜がうなずく。その由比ヶ浜自身、学校ではやや濃い化粧をするようになっていた。
「治安が悪いのは昔からよ。ただ……四年前から露骨に増えたから。それをボーダーと結びつける人も居るわ。」
今先輩によると、目につくようになったのは最近だが、昔から居るには居たらしい。
「……そして、止むを得ずか故意にかはともかく、民間人と衝突してトリガーを使った。」
「……トリガーは、本来ボーダーのものよ。それを勝手に使うことは許されないわ。まして、民間人になんて。」
今先輩が言うように、トリガーによって換装したトリオン体は、人間の限界を超えた身体能力を有する。
「…しかしその可能性を考えると、比企谷。小町ちゃんが心配になるな。」
村上先輩が腕を組んで言う。確かにそうだ。
「ええ、それはないよ……」
小町の安全を確保すべく、学校への送り迎えをしようか、という話になりかけた時。隊長室から出てきた来馬隊長から驚愕の情報がもたらされた。
「本部から、追加の通達があったんだ。……隊務規定違反をしたのは、二宮隊の鳩原さんらしい。そして、これは僕たちにも関係があることだけど。」
「……まさか。」
「二宮隊は、その責任として処分を受けることになったんだ。」
「……そんな!」
「…………?」
八幡は最悪の展開を予想して言葉を失う。由比ヶ浜は鳩原という名前に心当たりがなく、困惑している。雪ノ下は黙って目を伏せている。
来馬先輩は続ける。
「二宮くん達はB級に降格されて、鳩原ちゃんは……記憶封印処置の上で、県外に引っ越したそうだよ。」
(引っ越した、じゃなくて。させられたんじゃねぇか。)
「記憶、封印……。」
「……。」
記憶封印、という単語に由比ヶ浜と雪ノ下は顔色を悪くする。それは、ボーダーにとって最後の手段だった。
「……どうなるんですかね、これから。」
小町が絞り出すように言う。あまりの急展開に、頭の整理がおいついていなかった。
「一つだけ確かなことは。」
八幡は絞り出すように言葉を紡ぐ。
「次のランク戦、俺達の初試合の相手が……二宮隊だってことだ。」
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鳩原未来の処分が公表されてから三日。そんな事はどうでもいいとばかりに、週に一度の狙撃手合同訓練の時間がやってくる。
雰囲気は最悪だった。
荒船が加入した際に発生した噂と、それによって産まれたC級隊員とB級隊員とのぎこちない緊張感。その影響が冷めやらぬ間に、狙撃手から違反者を出したのだ。普段陽気な佐鳥でさえ、場を和ませる気力はないようだった。
No.1スナイパーの当真勇は、その合同訓練をサボり、ボーダー本部の屋上でたたずんでいた。
梅雨明けの風が吹く。
風を受けても、トリオン体であるリーゼントが揺れることはない。
「……。」
当真の眼下に広がるのは、市街地から廃墟に変わりつつある広大な空間である。異世界からの門は定期的に開き、湧きだしたトリオン兵に対処するために、ボーダー隊員が見知った街を廃墟に変えていく。
今も、銃手や攻撃手が散開し、モールモッド、バムスター、バンダーといったトリオン兵と交戦していた。防衛任務に励むB級隊員たちだ。
「……やはり、ここにいたのか。」
当真の背後から、刺々しい雰囲気の声がした。
「その声は、奈良坂じゃねーの。」
振り返った先、そこには三輪隊 狙撃手の奈良坂透がいた。薄く笑う当真とは対照的に、非常に端正な顔立ちを怒りにゆがめている。
「……合同訓練をサボって、何をやっているんだ、あんたは。」
「見て分かんねーか?リーゼントで風を受けてんだよ。」
当真の飄々とした態度を意に介さず、奈良坂は話を続ける。
「合同任務には必ず参加してくれ。あんたはA級隊員であり、全ての隊員の見本となるべき存在なんだ。」
「……見本、ねぇ。」
当真が皮肉げにつぶやく。
「そうだろう。今俺達A級隊員がやるべきことは、規律を遵守する姿勢を下に見せることだ。」
奈良坂はにべもない。鳩原という違反者をだした狙撃手界隈は、揺れている。部活の延長としてボーダーを捉えている隊員が多い中で、最強の狙撃手が不真面目な姿勢をとっては秩序が崩壊しかねない。
「いや、別にいいんじゃねえの?」
「……なに?」
「本物のNo.1がボーダーを見限ったんだぜ?そりゃつまり、狙撃手はボーダーには要らねーってことだろ。」
当真の言動は、彼と付き合いが長い奈良坂にとっても珍しい。あまりにも彼らしくない無法な屁理屈だった。
「No.1がいねー訓練なんざ、狙撃手のプライドが許さねー。」
「……。」
奈良坂は、言葉を失った。元々、当真という先輩は飄々としていて、訓練にもどこか”遊び”を入れるようなところはあった。それでも、訓練そのものをサボったことは一度も無い。
(それが、ここまで……)
飄々とした口調に隠された当真の怒りを感じ取った奈良坂は、自分の役割を投げ出しはしなかった。
「No.1スナイパーは、あんただ、当真さん。」
(この人は感情と理性で行動する人だ。)
「俺はあんたを超える為に、ひたすら狙撃訓練を続けた。これからもそのつもりだ。だが、あんたが居なければ、俺があんたを超えたかどうかは永遠に分からなくなる。」
奈良坂はそこで間を置く。一瞬、風の音だけが場に残る。
(俺は、それに訴えかけるしかない。)
「俺達は、狙撃手である前にボーダー隊員だ。規則を守って行動するしかない。でなければ、俺達はただの暴力装置でしかなくなる。」
「今は、感情のままに行動してもいい。だが、いつか冷静になって、本当に自分がすべき事を考えてくれ。」
「……つまんねー言いぐさだな。なぁ奈良坂。」
「……。」
当真の挑発に、奈良坂は激高したいのを抑えた。その代わりに出てきた言葉は、当真の心に引っ掛かった。
「俺は戻る。弟子二人を待たせているからな。」
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奈良坂が去った後、当真は少し考える。
(下の者。弟子、ね……)
そういえば、鳩原にも弟子がいた。チビの中学生をよく可愛がっていたのを覚えている。
弟子も恐らく、鳩原を慕っていただろう。
(あのバカが。俺だけならまだしも、弟子まで置いていきやがって……)
当真は、ふう、と溜息をつく。
「……ちょっと遊びに行くか。」
No.1スナイパーとして鳩原のやり残したことをするために、当真は訓練場へと足を運んだ。
登場人物紹介
当真勇/ リーゼント先輩
弓場さん登場時に”世界観が壊れる”と原作者はおっしゃったが、思い返すとこの人の髪型も大概だと思うNo.1スナイパー。自由人としてのキャラと理性的な一面を表現するのはAIでも難しい。18歳の高校三年生。鳩原さん、今先輩、国近とは同じクラス。
奈良坂透/たけのこ先輩
原作では当真先輩に喰われてる感があるNo.2スナイパー。本作でも自由人に振り回される常識人としての悲哀を感じる。17歳の高校二年生。ワートリ原作では進学校組であり本作でも八幡たちの先輩。