ボーダーに関する依頼は無かったものの、女子と知り合った衝撃で頭が混乱していた彼は、背後から忍び寄る捕食者に気付かなかった……!
そして、放課後。学校帰りの道を歩いているとき。
「ヒッキー。ちょっと話があるんだけど、時間あるかな?」
由比ヶ浜から、そう言われた。時間があるか、と問われたのは本日二回目だ。
「ああ、大丈夫だけど……」
正直驚いた。まさか、由比ヶ浜の方から話しかけてくるとは思っていなかったのだ。
(……まぁ、今日は防衛任務がある訳じゃねぇしな……)
俺は普段、防衛任務の無い日は鈴鳴支部で勉強をしている。妹の小町や、同い年の太一、あるいは支部の先輩たちとゲームをしたりもするが、強制ではない。
今日は行きませんと来馬先輩に一言連絡すればそれでいい話だ。小町には何かお土産を買っていこう。
「……じゃあさ、私と一緒にボーダー本部に行かない?」
「…………。」
「……はい?」
俺の反応を見て、由比ヶ浜は慌てて手を振った。
「ち、違うよ!?︎別に変なことじゃないから!ただヒッキーと話したいことがあるだけっていうかなんていうか……」
「分かった。行くぞ。」
「反応が早い!?」
行くと決めた後の俺の行動は、我ながら早かったと思う。由比ヶ浜が慌てて俺についてくるのを感じながら、俺はボーダー本部に向かった。
「……話って、ボーダーのことだよな。それなら、俺からも話があるんだが、いいか?」
少しペースを落として歩きながら、俺は由比ヶ浜に問いかける。女子からお菓子を貰えた衝撃で忘れていたが、俺にも話しておかなければならないことはあるのだ。
「うん、ヒッキーから聞かせて?私も、昼のときはちょっと頭の中がぐちゃぐちゃだったし……
整理してから話すからさ。」
由比ヶ浜の言葉に、俺は素直にうなずいた。
「まず、俺がボーダー隊員だって何で分かったんだ?防衛任務は放課後にしかいれてないし、気付かれてないと思ってたんだが。」
ボーダー隊員の名簿は、隊員本人の許可があればボーダー広報による名簿で公開される。しかし、俺は公開を拒否しているから知られるはずはないのだ。
ボーダー提携校である総武高では、教師などには誰がボーダー隊員かは公開されているのでそこから漏れたのだろうか。
「あ、それはね……」
「俺が教えたからだ。」
「……はい?」
聞き覚えのある声に振り向くと、そこには見知った顔があった。
「よう、久しぶりだな。」
「迅さん……」
色付きのサングラスをした長身の青年ー迅さんは、俺に驚きと納得をもたらした。
「でも、結衣ちゃんは自分で9割正解にたどり着いてたんだ。部活も塾もやってなくて、一人で学校を一抜けするなんて三門市じゃそうはいないよ。」
一呼吸おいて、迅さんは続ける。
「ボーダー本部でハッチ君のことを探してるC級が居たから、俺が答え合わせをしたわけだ。」
(……この人……)
迅さんがそう言うということは、遅かれ早かれ由比ヶ浜は八幡に辿り着いていたのだろう。
そこで、自分を助けたボーダー隊員がどんな人間なのかを調べ、さらに自分の正体に気付いたということだ。
「でも、何でわざわざそんなことを……」
「ハッチ君、皆を大事にしてるのは知ってるがな。今のままだと、いつまで経っても前に進めない気がしたんだ。」
「どういう意味ですか?」
俺は反射的に噛みついた。迅さんのことは先輩として尊敬しているが、この人の何もかもを見通した言い方だけは好きになれない。
……それが、迅さん本人のせいではないと分かっていてもだ。
「その様子だと、心当たりはないみたいだな。」
「だからなんの話っすか……。」
「最近、トリガーの使用頻度が増えてるだろ?それに比例してハッチ君のトリオン量も増えてきている。自覚がないのか?」
そう言われて俺は首を傾げた。退院してからの二週間あまり、確かに来馬先輩に無理を言って防衛任務のシフトを組んでもらいもした。鈴鳴第一のメンバーとも合わない時間でだ。
「任務はソロでやるものじゃあない。それを忘れてるんじゃないかって思ってな。」
(……みんなに迷惑かけちまってたのか?)
俺はそこでようやく、その可能性に思い至った。
考えてみれば当然だろう。入院から退院した後輩が、無理なスケジュールを組んで防衛任務に明け暮れていれば心配もする。
「……どうしようもないですよ。俺なんかがみんなと戦える訳でもないですし……」
「戦うだけが戦いじゃないだろ?」
「……は?」
「俺、言ったよな?『もっと周りを頼っていい』って。」
迅の言葉に、八幡は目を見開いた。
タイミングを見計らっていたかのように、それまで黙っていた由比ヶ浜が俺の前に進み出る。
「……だから、ね?ボーダーでの、お願いっていうのは。」
「お、おう。」
「私の師匠に、なってください。それで、私がB級に上がったら、隊長になってください。」
「……はい?」
俺が由比ヶ浜の言っていることが理解できずにフリーズしていると、由比ヶ浜が説明してくれた。
曰く、由比ヶ浜はC級の銃手であるらしい。
ポイントは2800ほどで、使用トリガーはアサルトライフルによるアステロイド。入隊して二か月になるが、そこから3000に上がる前に蹴落とされることが多くなってきたらしい
その説明を聞いて、俺は納得する。ああ、だから俺だったのか、と。
「分かった。」
「即答!??」
「だってお前、すげえ必死そうな顔で頼んできたじゃん。」
「こ、これは、ヒッキーが困ってると思って……」
即答したのは、俺の中の罪悪感によるところにも大きい。
ボーダーは近界民から市民を守るための組織だ。有望な新人はどんどんと強くなって正隊員に上がるべき場所だ。
(これから上に上がろうとしていた有望なルーキーに、春先の一件で余計な精神的負荷をかけてしまった。なら、そのフォローは当事者である俺がすべきだ。)
……もっと言うなら、ソロのしかも銃手が防衛任務に就くことは難しい。
鈴鳴第一に混ぜてもらうか、他の銃手と組んで防衛任務出来るならまだしも、そうでなければただの給料泥棒に過ぎないと、ここ最近実感していたからだ。
(ランク戦で、学んだのにな・……)
「まあまあ、落ち着いて。」
慌てふためく由比ヶ浜を宥めながら、迅さんは言葉を続ける。
ーそれが、八幡にかけられた言葉であることを八幡は気付いていない。
「ハッチ君は、鈴鳴支部の所属で由比ヶ浜ちゃんは一応本部長の管轄ってことになってる。来馬先輩から本部長に話は通してあるから、由比ヶ浜ちゃんの鈴鳴支部移籍の問題はこれで解消だ。」
「……は、ちょっと待って下さい。来馬先輩が言ってたのってこのことだったんですか!?由比ヶ浜、お前それでいいのか!?」
実は最近、鈴鳴支部に新しい隊員が来ることを来馬先輩や村上先輩から聞いてはいた。ただそれが由比ヶ浜であることは、八幡は聞いていなかった。
C級隊員は、入隊時は基本的に本部で研修を受ける。その後、有望な新人は隊にスカウトされたり、自分で隊を作るなどして、本部でチームを作る。
俺や玉狛支部の烏丸京介のように、本部から別の支部に移籍する隊員は稀だ。というより、簡単に移籍されては組織が成り立たなくなる。
「鈴鳴と本部は仲が良いから、出社場所が変わるだけだよ。」
「それは、まぁそうだな……」
鈴鳴支部は、ボーダー市民の安全を守ることを最優先とする忍田本部長の派閥に属している。また、由比ヶ浜はポイントから言って”有望な新人”であっても、”才能ある有望な新人”ではない。悲しいことだが、これは断言できる。だから移籍も、上から見れば円満ではある。
「それでも、周りの目ってやつがあるだろ?」
本部から支部に移るということは、同期や周囲のC級隊員から奇異の目で見られることを意味する。
口の悪い連中なら、都落ちだなんだと揶揄してくるかもしれない。
「……いいんだ。」
由比ヶ浜は、今までのどこか弱気な態度を一変させて、断固たる決意でもって俺を見る。
「私、この町が好きだったから、ボーダーに入りたいって思ってたんだ。でも、周りからどう思われるかが怖くて、ずっと踏み出せなかった。でも、あの事故があって、ヒッキーを見て、それで……それで、本当にやりたい事は……本当にかっこいいことは、周りからカッコ悪いと思われてもやらなきゃいけないって思ったんだ!」
「私は、比企谷くんのことカッコ悪いけどカッコいいと思う。」
「……強くなきゃ、かっこいいも悪いもないぞ。」
正直なところ、八幡は圧倒されていた。
由比ヶ浜の言葉は支離滅裂だ。だが、彼女の熱意だけは痛い程良く分かった。
そこに眩しさを感じて、俺は釘を差すことしかできなかった。
(何で俺上からもの言ってんだ?)
対等の筈だろう。
「うん!私、強くなる!」
俺はもう一度、由比ヶ浜を見る。その表情は、とても眩しく見えた。
「…………そうか。」
気付けば、迅さんは居なくなっていた。その場に残ったのは、俺と、由比ヶ浜だけだった。
「じゃあ、本部に行くか。」
「了解です!」
「敬語はいいっつーのに。」
……こうして、俺達はボーダーの長い長い道を歩むことになった。
登場人物紹介
ハッチ/ヒッキー AIによって産まれたボーダー隊員
某ライトノベルのキャラクターの皮を被ったB級隊員。急に伏線が生えてきては作者を困らせる困りもの。独りよがりの銃手。本作でははまち原作とは違い総武高校一年の16歳。
迅さん AIが生んだ未来予知モンスター
迅さんの字も出してなかったのにAIが勝手に出力した便利屋。彼がそう言うなら大丈夫なのだろう。きっと、多分、メイビー。
追記
来馬先輩 本物の仏
本作最大の被害者。ノリで八幡の上司にされた上、突然湧いた迅さんに気を良くした作者が、迅さんと同い年だと勘違いして設定した人(修正した)。それでも仏なら許してくれる。