仮面ライダーハーメルンジェネレーションズ外伝 デュオル×ビャクア ユニゾンウォー   作:マフ30

2 / 14
エピソード1 永春とおかしな拾いもの

 

 久しぶりに一人で歩く通学路に常若永春はどことなく薄ら寂しいものを感じていた。

 いつもであれば笛吹荘の前で一緒になって他愛のないお喋りをしながら学校へと向かう大切な彼女はここ数日ほど本業のために休んでいる。

 

「百鬼夜行か……沙夜さん、怪我とかしないといいけど」

 

 百鬼夜行。

 よく知られた四文字熟語だがこの世界において、化神たちに立ち向かう秘密組織・御守衆には本来の意味とは別にある現象を指してこの四文字を呼んでいる。

 それが化神たちが一度に大量発生する怪現象。

 文字通りに百体に近い化神たちが突発的に躯を得て一斉に出現する恐ろしいことが大昔から不定期に日本のどこかで起きていたと言うのだ。

 京都にある御守衆の総本山より、件の百鬼夜行が近日中に日本のどこかで発生する可能性が高いという火急の報せが届いたのが一週間前に遡る。

 化神への迅速な対応を行うために望月沙夜もまた数日前から遠方にいる親類の法事に出るためという名目で登校を控えていたのだ。

 

 

「ん……なんだあれ?」

 

 一人だと自然と歩調も早くなる。

 さっさと学校まで行って西条や井上たちと落ち合おうと人気のない小さな川沿いの道を歩いていた時のことだ。生い茂った雑草の中で何かがチカッと光を放つのをボクは見つけた。

 

「火種になりそうなものだったら不味いし、ちょっと見てみようか」

 

 朝のHRの予鈴までには時間も十分だったこともあって少し急な土手を下りて謎の光を見た場所まで足を運んでみることにした。

 

「確かこの辺りだったんだけどな。ただのゴミか何かに陽の光が反射しただけだったかな?」

 

 ろくに手入れもされずに伸び放題の雑草に辟易しながら辺りを掻き分けて捜していると不意に明らかに草とは違う何かを踏んづけた感触がボクの足に走った。

 嫌な予感がして、恐る恐る足元を見るとそこには人の頭みたいなものがあるじゃないか。

 

「うわぁぁぁぁ!? ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」

「んぁ゛? 誰か……そこにいるのか?」

 

 慌てて足をどけて、大声で呼びかける。

 まさか死体や生首じゃないよねと心臓をバクバクさせているとうつ伏せで倒れていた灰髪の男は寝起きのような重だるそうな呻きを漏らした。

 

「本当にすみません! 悪気があって踏んだんじゃないんで……おわぁっ!?」

「すまねえ……なんか食いもん恵んでくれないか、それかコイツ持って買ってき、て……」

「ちょっと、ちょっと! 起きてくださいって、これ食べていいから!」

 

 行き倒れなんて初めて見たよ。

 彼は起き上る力も残っていないのか弱々しく自分の物と思わしき長財布をボクの目の前に差し出しかけて、再びダウンしてしまった。

 いまから近くのコンビニまで走っている間に死なれては大変だとボクは慌てて、昼食用に持っていたお静さんからお裾分けしてもらったおこわのおにぎりをあげることにした。

 

「すっげ、うまそう……いただきます」

 

 そこそこ大きなサイズだったおにぎり二個を彼は綿アメでも食べるかのようにあっという間に平らげてしまった。今更になってボクは自分が不審者らしき人とこんなに気軽に接してしまっていることに若干の危機感というか反省を抱いてもいる。

 

「ごちそうさまでした。最高に美味かったぁ……本当にアンタ命の恩人だよ」

「うぎゃああ!? いや! その前にすみません! 顔とかの傷もヤバそうだけど、服ぅ!?」

 

 全身何故かボロボロで特に右頬と胴に明らかに鋭利な刃物で斬りつけられたような大きな傷を負っている怪しさ全開の彼はまだぐったりした動作でその場に正座してボクに頭を下げてくれたのだがその恰好がアウトにも程があった。

 

「なんでこの寒空に全裸ぁ!?」

 

 鬱蒼と生い茂っていた雑草に隠れて首から下がよく見えなかったがどういうわけかこの男はパンツ一枚として服を着ていなかった。見事なまでに真っ裸だ。変態!?

 

「なんで俺がこんなことになっているのかを説明すると少し長くなるが聞くか?」

「乗りかかった船だから一応聞くけど、その前にマジで服どこやったんだよ、アンタ! おぉぉぉい!? 胡坐かくな変なもん朝から見たくないよバカァ!!」

「なんだよ、男同士だからそんな騒ぐなよ。心配すんな、俺は別に自分の体に劣等感とか無い。そう、どこにも、劣等感とか、ない!」

「いますぐ警察呼んでやろうかこの変態野郎?」

「――すみません。すぐに着ます」

 

 携帯を片手に汚物を見るような顔で窘めると男は素直にすぐそばに畳んであった自分の服を着始めた。本当になんなんだこの人? 

 冗談抜きに新手の露出魔か変態なんだろうか?

 

「え、ちょっと待って……学ラン!? 君、高校生!?」

「自己紹介が遅くなっちまったな。俺はどうやら双連寺ムゲンという奴らしい」

「城南学園高等部二年……ウソでしょ! 同学年じゃん!?」

 

 信じられないことにこの傷だらけの露出狂は自分と同じく学生で同い歳だった。

 ボクよりもざっと10cmは背高いし、全身が格闘家みたいに逞しく、顔も整っているけど灰色の髪と金色の瞳は殺伐とした雰囲気を嫌でも醸し出していて、頬の大きな傷もあって完全に危険人物のそれだ。

 あと、なんだか日本語がおかしいけど証拠とばかりに放り投げられた学生証は本物みたいだし信じるしかないみたい。

 

「改めて、助けてくれてありがとうな。でっかい恩ができたよ。名前を教えてくれ」

「名乗るほどの者じゃないから、あのおにぎりも下宿の大家さんのお裾分け――」

「恩人の名前を、教えてくれないか?」

「……常若永春っていいます。浅い付き合いでどうかよろしく」

 

 身元がバレると大変なことになるかもしれないと適当に誤魔化そうとしたけど、プレス機のようなプレッシャーを感じるムゲンの両手に肩を掴まれて、野犬のような目つきで凝視されたことでボクはあっさりと名前を白状することになった。

 

「良い名前だな。うん、命の恩人だし若って呼ばせてくれ」

「は、はあ……なんでもいいけど、ムゲンはこんなところでなんで全裸になってたの?」

「正直なところ、なんで俺もここにいるのか分からねえ。ただ全ては生きるために仕方なかったとしか……」

 

 相変わらずどこか憔悴したような様子で座り込んだムゲンは深刻な面持ちでそう切り出した。ボクの方は恐らく彼が同い歳という事で心なしか砕けた態度で向かい合うようになっていた。

 

「目が覚めたら俺はここにいた。真夜中で街灯もないもんだからここがどこかも分からなかった。しかも、何故だか身に覚えのない怪我だらけで起き上るのもやっとな有様さ」

「この道いまは殆ど人なんて通らないからね。それで?」

「腹の減りようから体感で何か食べないと最悪飢え死ぬと思ってなぁ。だけど持ってた携帯は電池に余裕あるのに何故だか分からんが電話もネットも使えないし、地図も開けないときた……やむを得ず俺はそこの川で魚かザリガニでも獲ろうと入水した」

「なんでだよ!? え、それで服脱いでこの寒い中で水の中にダイブしたの? 熊じゃないんだから素手じゃ無理に決まってるじゃん!」

 

 あまりにも突拍子もない展開にボクは思わず漫才みたいに突っ込んでしまった。

 なんでだろう、見た目は剣呑としているけど彼は話してみると意外と大らかでさっぱりした空気をしているせいか、つい西条や井上のような気心の知れた友人みたいなノリになってしまう。

 

「服濡らすのは自殺行為だから脱ぐのはサバイバルの初歩だ。それに流石に俺も野性動物にはなれない。今回ばかりはマナーのなってない連中に感謝だ。携帯の灯りを頼りに拾いものでこういうものを作ったんだ。見てくれ悪くない出来栄えだろう」

「え……なにこれ、槍ってこと?」

 

 どこか得意げにムゲンが茂みの中から引っ張り出してきたのは棒切れや割れたガラス瓶の破片で手作りしたと思われる槍か銛のようなものだった。

 

「ひょっとして、これで魚を突いて捕まえようとしてたわけ?」

「まあな。だけど、残念なことに釣果0(ボウズ)で悪あがきに岩とかも引っぺがしてもみたがザリガニどころかサワガニ一匹いなかった。ここがどこか分かんねえけど、シケた川だよ」

「最初に謝っておくね、ごめんムゲン……バッカじゃないの!? 原始人じゃないんだからそんなノリで魚なんて獲れるわけないでしょ?」

「待ってくれよ、若! 俺のこの腕を見てくれ、なんかサバイバルっぽいことなら何でもできそうな腕しているだろ?」

 

 確かにボクどころか運動部のエースな西条とかの腕よりも逞しい腕だけど、実際に魚獲れてないじゃん!という本音を呑み込んでボクは適当に相槌を打つとムゲンにことの経緯の続きをせがんだ。

 

「結局、川の中で粘っている間に体力がどんどん抜けていって流石に一度休憩しようとこの茂みで横になったわけさ。そうしたらよ、雑草あったかいって癒されて……気付いたらいまだ」

「完全に体力消耗しきって意識飛んじゃっているじゃないか。それにその傷は一体どうしたの?」

「あー……やっぱり、俺ってば顔も怪我してるのか? 妙に水が沁みると思ったわけだ」

「知らなかったの!? こんなになってるだよ?」

 

 馬鹿なのか、聡明なのか話を聞いても滅茶苦茶なムゲンの行動に加えて、更に自分に無頓着な言葉にボクは自分の携帯のカメラで彼に自信の顔を見せた。

 

「なんだこりゃあ!? 俺なにをどうしたぁ!?」

「こっちが聞きたいよ! 治りかけてるみたいだけど、ちょっと動かないでよ」

 

 慌てふためいて、また青ざめた顔でふらつく彼を見かねてつい体が動いていた。

 自分でもお節介が過ぎるかもしれないけど、ボクは鞄の中にある消毒液と包帯で簡単な手当てをムゲンに施すことにした。

 怪しいけど、悪い奴じゃなさそうだし、手助けできる手段を持っているのに何もしないで黙っていると言うのはなんというか自分の中で釈然としないものがあったんだ。

 

「お、おう。すごいな若、なんで鞄に包帯なんて入ってるんだ? さては怪我が絶えない生活でも送ってるのか? 大丈夫なのか?」

「ボクのことは良いから。よし、と……こんなのでもやらないよりはマシでしょ」

 

 どうしてボクが鞄に包帯なんて携帯しているかといったら、それはもちろん沙夜さんが御伽装士としての活動中に怪我をした場合に備えてだ。

 なんだろう、どうみても入院した方が良いんじゃないかってレベルの怪我をしているのに自分のことそっちのけで他人の心配をするムゲンもどっちこっちなものかなと考えながら巻き終えた包帯を結び留める。

 そんなことをしていると携帯にLINEが入った。

 送り主は井上。気が付くと結構な時間が経っていて、このままでは遅刻してしまう状況に冷や汗が浮かぶ。

 

「やっば! ごめん、遅刻しそうだからボクいくよ! ええっと、その……頑張って!」

「おう! 本当にありがとな若! この恩は絶対に返すからな。またな!!」

 

 顔面ミイラ男状態のムゲンに見送られて走り出したボクの学ランのポケットに謎のカードのようなものがいつの間にか入っていたことに気付くのはもう少し先の話。

 

 

 

 

「いい奴だったな若。さてと、俺も何がどうなってるんだかまるで知らんが兎にも角にも行くとするか」

 

 一方で川原に残されたムゲンもまたみすぼらしい恰好でふらふらと歩き始めた。

 

「ここがどこで俺が誰だか調べるのも大事だけどまずは……銭湯かコインシャワー探しだな。我ながら本当に川の水と草クセえや、最悪だ! だっはははは!!」

 

 一命を取り留めていた双連寺ムゲンであったが彼はいま大切なモノを無くしていた。

 欠けた男として、ここが自分がいた世界とは異なる場所とも知らぬまま、知らない街を彷徨って行く。

 

 

 

 

「はぁー……間に合った」

「遅刻するかと思ったのに、まだまだ走れるじゃんか、元バスケ部!」

「珍しいな。この何日かは特に早く登校していたのに」

「彼女に会えないから不貞寝してたのか?」

「そうなのか。確かに望月さんがいない日はずっと忠犬ハチ公のような物寂しそうな目をしていたが」

「お前らなぁ」

 

 どうにか五分ほどの余裕を残して教室に辿りついたボクを西条と井上はニヤニヤと待っていましたとばかりに弄ってきた。

 ただ遅刻しかけただけで酷い言われようだ。

 あと、ボクと沙夜さんの関係の変化についてはどうしてこんなにあっさりとみんなにバレてしまったのかいまでも本当に謎で困っている。

 

「違うってば。色々あったの……あと、沙夜さんとは別にそういうのじゃ」

「彼女じゃないのか?」

「ただのクラスメートなのか?」

「いや、大事な彼女だけどさ」

「「ヒュー♪」」

「あーもーうっさい」

 

 自分でもいまきっとすごくにやけてだらしのない顔になっているんだろう。

 それはそれとしてこの二人が誰かと付き合うようになったらこの三倍は冷やかしてやろうと心に強く誓っている時だった。

 

「……っ、おはようございます」

「もっちー! おはよー! おかえりー!」

 

 ずっと聞きたかった人の声が聞こえて、ボクは思わず後ろを振り向いた。

 そこには確かに沙夜さんがいて、双葉たち少しずつ仲良くなっていったクラスの女子たちとぎこちなく笑って話していた。

 やがて、彼女は教室内の自分の席へとやってくる。

 そう、ボクの隣の席だ。

 

「おはようございます。永春くん」

「あ、うん……おはよう。法事お疲れさま?」

 

 あまりにも唐突なことで気の利いたことが言えないボクに彼女はどこか満足げに微笑んで綺麗な所作で椅子に座った。

 隣で西条と井上が何か言っていたみたいだけど、ボクの意識は視神経に集中していたようでよく聞こえなかった。

 朝のHRが始まってしまう僅かな間、ボクはずっと教室にいる沙夜さんという何でもないけど、とても鮮やかな景色を目に焼きつけながら、ぽつぽつと他愛のない言葉を彼女と交わすことを楽しんだ。

 

 

 

 

 午後の授業はあっという間に終わった。

 そんな体感だった。

 授業と授業の間の小休憩や移動教室中もひっきりなしにからかわれたのは流石に他にもクラス内で付き合ってるカップルいるだろと辟易もしたけど。

 いまはというと久しぶりに屋上で沙夜さんと昼ごはん。

 自然な流れというのは嘘でボクも彼女もそれぞれの同性の友達に半ば強制的に押し出された形だ。

 嬉しいやら、恥ずかしいやらだけど、今回は素直に感謝しておこう。

 場所が屋上なのは沙夜さんのリクエストだ。

 

「久しぶりの授業で疲れたんじゃない?」

「くす。そうですね、数学が思っていたよりも教科書進んでいたので化神に不意打ちを受けたぐらいに緊張しました」

「それは大変だ」

 和やかな表情で苦笑し、冗談めいて話す沙夜さんにつられてボクも笑顔になった。

 実のところ、また沙夜さんが大きな怪我を負ってしまうのではないかと危惧もしていたので彼女が今日登校してきたことは驚きよりも安堵の方が大きかった。

 

「えっと、それで例の百鬼夜行っていうのは無事に解決したの?」

「はい。そのことを永春くんにお伝えするためにもこの場所を選んだんです」

 

 パック牛乳のストローから唇を放した沙夜さんの引き締まった声色にボクの方にも微かな緊張が走った。この含みのある言い方から察するに少し複雑な事情があるのだろう。

 ボクは彼女の隣に座り直すと真剣に耳を傾ける。

 

「実のところ、私もどこから説明していいものか迷っているんです。今回は光姫さんたちでも予想できないことばかりなようでして……現時点で確かなのは私を含めてこの地域一帯は被害も無く無事に山場を乗り越えることができました」

「それだけでも一安心だよ。でも、御守衆のみんなはそうじゃないっぽいんだよね?」

「……変なんです。総本山や各エリアで百鬼夜行の発生を探知しようと構えていた装士たちの報告によると確かに一昨日の夜に化神の大量発生はあったと言うんですが全国どこからも交戦報告はおろか目撃情報さえも出てこなくて」

「なにそれ?」

 

 沙夜さんの話してくれることは確かにボクが聞いても矛盾だらけで意味が分からないことだらけの物だった。

 

「光姫さんの表現を借りて言うのなら百鬼夜行はここではないどこかで起きて、御守衆や御伽装士以外の何者かがそれを鎮めてしまったみたいだって」

「確認するんだけど、それって化神も含めて勝手に消えちゃうってことはないんだよね」

「あり得ないです。一度始まってしまえば全ての化神を倒してより複雑怪奇で不安定な暗天を解かなければ天井知らずに化神も増えて被害が甚大な物となると大昔から言い伝えられてきた現象なので」

「そうなんだ」

「正直、私も不安が尽きないんですが光姫さんの判断で昨日までで警戒態勢を解くことになったんです。曰く、日常にこそ異変はあるかもしれないから探してみろとの指示でしたけど……私がいると日中ノリと勢い任せなだらしない生活ができないので追い出された感じです」

「あの人らしいというか、ボクは久しぶりに沙夜さんに会えてよかったけど……けど」

 

 彼女の話を聞いて、これは沙夜さんが学校に来てくれて嬉しいだなんて諸手を上げて喜ぶのは気が早いと緩んでいた心をボクなりに締め直さないといけない。

 だけども、表情筋が硬くなるボクとは対照的に沙夜さんの方はサラサラの黒髪を風に揺らしながら、嬉しげによりボクの近くに身を寄せにきている。

 

「おや、あの……沙夜さん?」

「私は素直に光姫さんの差配に感謝してますよ。メールだけじゃ、満足できませんでしたから」

 

 前髪の隙間からチラリと見えた紫色の大きな瞳は喜び一色といった感じキラキラしていた。ボクが彼女の顔に見惚れていると、沙夜さんは「お膝お借りします」とちょっと照れ臭そうに小声で言うと人懐っこい子猫のようにゴロンとボクの膝に寝転がった。

 

「ふー……永春くんの言う通り、久しぶりに座り詰めは思った以上に疲れてしまいました」

「……男の膝枕じゃ寝心地悪いんじゃない?」

 

 いつかの夜とは逆にまさかボクが沙夜さんを膝枕することになるとは。

 ズボン越しに彼女の体温や艶々な髪の感触がくすぐったい。

 

「快適ですよ。永春くんのお膝ですので。しっかりと充電しなくてはいけません」

「はは。なにを充電する気なの?」

「もちろん。恋人を甘えさせてくれる優しい彼氏さん成分をたっぷりと」

「なっ!?」

 

 頬をほのかに紅潮させながらも沙夜さんは言い淀むこともなく、そんな大胆なことを言ってきてくれた。これはちょっと想定外でいけない。嬉しいけど、とてもいけない。

 

「流石に沙夜さんでもあんまりからかわれるのは……ちょっと困る、かなー」

「彼女じゃないんですか? 沙夜は?」

「それは……その、っ……大事で大好きな彼女さんですけど!」

「ぷっ……くっ……あはは。満点です♪」

 

 油断していた。

 朝の西条たちとのやり取りをバッチリと聞かれていたようで悪戯っ子のように、にまにまと笑みを浮かべておねだりをしてくる沙夜さんに撃沈したボクは想いを込めた言葉と一緒に彼女の頭をこれでもかというほど優しく撫でた。

 

「参ったなぁ……沙夜さんがこんなにイジワルだったなんて」

「私で意地悪なら永春くんは極悪人です。会えない間メールばかりで電話で声も聞かせてくれないなんて……獅子身中の虫なのではと疑いました」

「いや、それは沙夜さんが大変な時にボクばっかりそういうことするのは不味いかなと」

「冗談です。色々と気を使わせてすみませんでした。難しいことはちょっと後回しという事で……また、あれこれと助けてもらう事になるかもしれませんし」

「任せてよ。ボクに出来ることならなんでも協力するよ」

 

 いつかも言った言葉をボクはまた彼女に告げた。

 遠い昔のお呪いがいまも後ろからボクの肩を強く掴むかもしれないけど、その手を優しく振り解いて――ボクはきっとこれからも何度でも沙夜さんにこの言葉を告げるんだ。

 

「頼りにしてます、永春くん。いまは……とりあえず、もう少しこのままで」

「ボクこそ、いまは……できるだけこのままで」

 

 ボクの言葉に彼女は幸せそうに口元を弓張月のように微笑み緩ませる。

 そうして、安心しきっていつもみんなを守るために頑張っている体をボクに預けて寛ぎモードに入ったようだ。

 

「私がいない間の学校は平和でしたでしょうか?」

「そうだね、甘える相手がいなくて双葉さんがちょっと静かだったかな。あと、今日の朝はちょっとだけ大変な目にあったよ」

 

 この世で一番大切な人のぬくもりを感じながら、ボクは少し冷たくなった穏やかな風に吹かれて、子守歌代わりに今朝の話を沙夜さんに聞かせることにした。

 残念なことに過激な部分があったから一部内容を編集して語る必要はありそうだけどね。

 それでも何故だか憎めない突風のような気持ちの良い奴だったとボクは思ったのだ。

 

 

 




やや補足ではないですがムゲンはビャクアの世界に迷い込んで丸一日ほど川原の茂みで倒れていた後に目を覚まし、錯乱した状態で本編のような奇行に走った感じです。
ちなみに普段のムゲンなら一匹ぐらい魚も捕まえられていたはずです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。