仮面ライダーハーメルンジェネレーションズ外伝 デュオル×ビャクア ユニゾンウォー 作:マフ30
午後の授業も終わり、学校での平和な一日が終わった永春は沙夜の気分転換にと彼女を誘って駅前のゲームセンターに来ていた。
いつかのリベンジで何種類もあるクレーンゲームで遊び楽しんでいた二人だったのだが沙夜がお金を両替するために少し離れてしまった間に永春にちょっとしたトラブルが降りかかっていた。
「このゲーセンが俺らの縄張りって知ってんのかオイ?」
「わざわざ女連れて盛りやがってよォ? 調子こいてんじゃねえぞ」
「痛い目に遭いたくねえよな? 五万円で許してやるよ。じゃなきゃ着てるもん全没収だぜ?」
「愛しの彼女ちゃんに惨めな格好見られちゃうのは嫌だよなぁ? ギャッハハハ!!」
ゲームセンター近くの薄暗い路地裏では永春を取り囲んでいる他校の不良っぽい男子生徒たちが口々に好き勝手なことを言って彼を脅していた。
(うっわぁー……これどうやって抜け出そう)
幼い頃に数奇な運命で人魚の呪いを継いだことで不死の体を持つ永春にとって怪我や暴力の類は痛みこそ疎ましいがさしたる問題ではない。
しかし、こんな風に不良たちに絡まれるのは人生初の出来事でどうしたものかと困り果てていた。ちなみに彼にこの場を腕ずくで切り抜けられるほどの喧嘩の才能はない。
「随分と余裕そうじゃねえか、オイ! 俺らがどれだけヤベーか軽く体に教えてやろうか?」
「私の連れに何かご用ですか」
リーダー格と思われる体格も良くて見るからに悪そうな不良の一人が永春の胸倉を掴んで凄んでいると後ろからどこか語気に棘のある少女の声が路地裏に響いた。
異変に気付いた沙夜がゲームセンターから連れ出された永春を探して追いかけてきたのだ。
「オイオイ、彼女ちゃんが助けにきてくれたぜ? カッコいいねー」
「彼が貴方たちに何かご迷惑なことでもしたんですか?」
「そうなんだよ。俺らの目の前で女のイチャつき罪だ! 懲役五十年ぐらいはする大罪だぜ?」
「ウッヒャッハハ! そうだぜ、有罪だ有ざ――痛ッ!?」
盛った猿のように騒ぎ立て、下品で軽薄な言葉の羅列で二人をからかう不良に沙夜は静かに近付くと躊躇なく張り手を見舞った。背は高くとも儚げな雰囲気の彼女に似合わない意外な行動に不良たちが唖然としている間に沙夜はすかさず永春の手を強く引いて彼らから奪い返した。
「恥を知りなさい。永春くんに非礼があるなら私も一緒になってお詫びします。ですが貴方たちのしていることは子供の駄々にも劣る身勝手じゃないですか」
「沙夜さんそれは……まずい」
気丈に不良たちを一喝した沙夜に感謝しつつも永春は思わず小声で漏らした。
この手の輩か正論を受けて素直に反省する例を見たことはない。となれば彼女の言葉と抵抗を受けた彼らが次に取る行動は残念ながら碌なものではない。
「ふざっけんなよこのクソアマ!」
「痛ってえ~! やべえはこれ脳にまで異常がでるやつだわ。責任とれよなぁ!」
ヘラヘラと他人を小馬鹿にしていた態度は一変して、不良たちは激昂した。
日常的に誰かれ構わず暴力を振るっているのだろう。
乱暴に沙夜を突き飛ばそうと手を伸ばしたがその一撃を難なく彼女に避けられて怒りは更に激しくなる。
「……呆れてものが言えませんね。その歳まで育ててくれたご両親や家族に情けないと思わないんですか」
「ちょっと胸がでけえからって調子乗ってんだろ? 背後霊みてえでキモいんだよ!」
「ついでにコイツで口裂け女にしてやるよ! クソがぁあああ!!」
会話にならない理不尽極まる迷惑千万な数々に沙夜は深い憤りを込めて呟いた。
その言葉に挑発の意思はなかったが只でさえ自分たちの都合しか考えられない愚か者たちの集まりである。まるで自分たちが被害者とばかりに逆上して怒りを燃え上がらせると金髪にした不良の一人がナイフを取り出して、振り回し始めてしまった。
「やりすぎだろ……沙夜さん下がって!」
「ヒャッハッハッハ! 一生マスクでもしてやがれええ!!」
度が過ぎた蛮行に永春は咄嗟に沙夜を庇おうと身を動かし、彼女もまた不良を無力化しようと構えた。
「ちょい待て! 髪の綺麗な若の彼女さん! そこ動くな!!」
「は、はい……っ!?」
緊張が走る路地裏の空気を壊したのは第三者の男の声だった。
上空から鈍く大きな足音のようなものが数回響いたと思えば次の瞬間に不良と沙夜の間に何かが勢い良く降ってきた。
しかし、それと同時に頭に血が上って自制が効かなくなった不良が手に持つナイフが沙夜の顔に向かって振り抜かれ――薄暗い路地裏に鮮血が飛び散ってしまった。
「あ、いてッ」
「ちょっ……なにやっているんですか、貴方!」
一の腕から手の甲を真っ直ぐにナイフで斬られたと言うのに上から降ってきた少年は足の小指をタンスの角にぶつけたぐらいの気軽な声。
むしろ、突然の乱入者がまるで自分たちを庇うように傷を負ったことに慌てる沙夜の声の方が大きいぐらいだ。
左腕の袖口がパックリと切れてしまった学ランを纏った顔面ミイラ男状態の包帯が目立つ少年の姿に永春は目を見開いて驚いた。
「双連寺、ムゲン?」
「へ? この人がお昼に話してくれた噂の彼ですか、永春くん?」
「おおう! 朝ぶりだな若ぁ! 怪我とかしてねえか?」
「貴方が怪我人なのですが!?」
未知との遭遇に困惑一色な沙夜の声が響く。
見間違うはずもない。
謎の乱入者の正体は絶賛記憶喪失中のムゲンだった。
永春や不良たちが驚きざわついている中で当の本人だけが手に負った傷もなんのその、あっけらかんとしているのはある意味では異様である。
「いやー、しかし景気良く切れたなぁ、一張羅がますますボロになっちまった。にしても、随分と躊躇い無く振り抜いたじゃねえか? お前の将来を心配するぜ」
「な、なんなんだよテメエ!?」
「どっから出てきやがったミイラ野郎! 関係ねえだろ消えろ!」
「俺か? ご主人さまのピンチにピラミッドの底からすっ飛んできたんだよ」
他人をナイフで斬りつけた事への罪悪感は皆無なのか、あるいはムゲンの異質さに戸惑いが勝っているのか不良たちはやせ我慢しているような凄みを出して詰め寄った。
自分の血が付いたナイフの切っ先を目の前に向けられているというのにムゲンは軽口を飛ばしつつ、冷静に場の状況を一瞥すると記憶はなくとも肉体に染みついた解決方法を実行に移す。
「俺のことは気にするな。悪いが若には恩がある……首突っ込ませてもらうぜ!」
「うおっ!? は? はあぁっ!?」
手始めに何の躊躇いもなく素手で不良Aの握るナイフの刃を柄元から掴んでみせた。
不良が驚きの声しか上げられない間に彼らがいる狭い空間にパキン!と情けない音が鳴る。
「うそ……でしょ?」
「だっはは! 俺を斬り殺したかったら出刃包丁かククリナイフでも持ってきな!」
ナイフはプラスチックの玩具が壊れたかのような呆気なさで折れてしまった。
圧し折ったムゲンの手には傷一つ付いていない。
彼の体が上手い折り方を識っていたというのもあるが、何よりも常人離れの膂力がそれを成した。
「しっかし、なんでそんなマニアック物知ってんだろうな、俺! コインシャワー寄って頭スッキリしたつもりだけど、全然思い出せねえんだが……まあいいや」
「ば、バケモンかよ……!?」
妙なことを口走る自身を笑うムゲンにナイフの柄ごと片手を掴まれている不良は恐怖で青ざめながら心が感じたままの言葉を漏らした。
ムゲンはと言うと化け物呼ばわりに怒るわけもないが静かに見せつけるように不良の眼前に上げた右手の指を握り締めていく。分かりやすい反撃のカウントダウンだ。
「そんじゃあ、俺の番だな! 気合入れろよ?」
「ひぃ……がば――ッ!?!?」
ムゲンの拳が繰り出された瞬間にその場にいた者たちは驚きのあまり絶句した。
沙夜がビンタしたところと同じ部分を殴られた不良はまるでスーパーボールのように壁や床をバウンドして吹っ飛んだのだ。
「おっと、手加減したつもりだったけどまだ力が出過ぎてたか……わりい」
数度の無軌道なバウンドを経て足元に転がり戻ってきた不良にムゲンは若干気まずそうに謝った。しかし、生きてはいるが既に失神している彼にその言葉は届いていないだろう。
「ムゲン……お前、本当にただの高校生なわけ?」
(それ以前に人間ですらないのでは……もしかしたらもありますね)
すっかり当事者から傍観者へと変わってしまった永春は自分が助けた謎の高校生の超人っぷりに驚くばかりだ。一方で沙夜の方はと言うとあまりにも人間の常識の外にいるようなムゲンの存在に危機感さえ覚えていた。
「おい! おい!?」
「やべえぞ……完全に気絶してるわ」
「実を言うと俺ってばいま記憶喪失ってやつでな。どうやらプロレスラーもビックリなパワーを出せるみたいなんだけど、どこまで出せるか分からないもんだから手加減が下手くそなんだよ、すまねえなぁ」
「ヒイッ!?」
仲間を圧倒的な力の差でやられた不良たちはすっかり怯えきっていて、永春相手に悪ぶっていた面影は何処にもない。
肉食獣に出会ってしまった小動物のように弱々しく震える不良たちにムゲンはにこやかな口調で声を掛けた。金色の双眸は全く笑っていない。
「俺は全力で加減をするつもりだけど、お前らもどうか全力で死んじまわないように頑張ってくれ。じゃあ、やろうか?」
永春と沙夜の目の前に広がった光景は喧嘩というよりは一方的な作業だった。
全員がほぼ一撃でムゲンの前に沈んだ。
一人は蹴り上げられて2m上のビル壁に叩きつけられた。
一人はその隙に足元に転がっていた鉄の棒のような物でムゲンを殴りつけることに成功したが鉄棒の方がくの字に曲がり、手に走る痺れに悶えている間に拳骨を落とされた。
最後の一人は片手で顔面を掴まれるとそのまま投げられてカエルのようにうつ伏せにダウンした。
「つ、強すぎる……人間じゃねえ」
「許して下さい。俺らが調子に乗って、ました」
宣言通り、ムゲンはかなり手加減をしたらしく残った三人の不良たちは満身創痍ながら意識はあった。逆転の完全勝利を収めたムゲンであったが冷めた眼差しで不良たちを見下ろしたまま、何故か自分の財布から五百円のコインを出すと不良たちの目の前に投げ落とした。
「ムゲン?」
「は? あの、これなんすか? ち、治療費とか?」
あまりにも不可解な行動に永春は首を傾げて、不良の一人は卑屈な笑みを作って恐る恐る尋ねる有様だ。
「拾えよ。コンティニューさせてやるからよ」
永春と沙夜の目の前に乱入してきた頃の陽気さはすっかり消え去り、荒んだ眼差しと口調でムゲンは不良たちに吐き捨てるようにそう宣告した。
「遊びたかったんだろう? てめえらが楽しい気分になりたいためだけに若と彼女さんにうざったく絡んでよ。俺が代わりに付き合ってやるよ」
ムゲンの言葉の真意に気付いた不良たちは恐怖で冷や汗が止らなくなった。
自分たちが弱そうなカモを見つけて、思うがままに理不尽を楽しもうとしていたのに立場があべこべになってしまったのだから無理はない。
「す……すみませんでした! 本当に! 本当に許してください!」
「も、もうこういう悪ふざけ絶対にやらないんで! のびてるコイツにもちゃんと言い聞かせますんで!」
「だ、だから……見逃して下さい。お、お、お願いしますぅ」
不良たちは痛みで悲鳴を上げる体を無理やりに動かしてムゲンの足元で許しを乞う。ゲームセンターで人の迷惑を顧みずに我が物顔でふんぞり返っていた頃の栄華は嘘のようで情けないを通り越して、哀れにも見えるだろう。
「遠慮すんなよ。お前ら仲良し四人組でずっとそうやって遊んでたんだろう? いっぱい小遣い稼ぎは出来たか? 遊びに使った
だが、ムゲンは止らなかった。
穏やかな口調ですらすらと初対面の彼らがやってきた悪さを正確に言い当てる。
口角を吊り上げて、苛烈な感情を瞳に潜ませて、にこやかに話しかけるのをやめない。
「本当にすみませんでした! ごめんなさい! 許して下さい!!」
「俺に謝られても困るんだよな。これぐらい迷惑だと思ってないし、お前らとたくさん遊んでやりたいとおもってるぐらいだし?」
「お゛願いしますぅ! もう、あのゲーセンにも近付きませんから! どうか許して下さいぃっ!!」
優しく、友好的な語りを続けながらムゲンは五百円玉を拾うと無理やり、不良の一人の手に握らせようと動き出した。不良たちは涙も鼻水も垂れ流し、震える体で助け合いながらそれを拒もうとする。
「お前らは遊び道具にした奴らにそう言われてどうしたんだ? やめたのか? やめてないし、願いも聞かなかったんだろうな? じゃあ、ダメだね」
しかし、記憶という理性や良心、自制というものが欠けているいまのムゲンは決して力を緩めることはなかった。ムゲンの体に染みついた過去に受けた理不尽な仕打ちの数々と、それへの義憤がそうさせた。
「お前らだけが都合よく許されると思うな。いいか、お前らが若たちにやったクソみたいなくだらねえバカも下品な言葉も俺はこの眼で見つけたなに一つだって忘れない」
ムゲンの手の力が増していく。
不良たちの指の骨を折りかねない程に強く、強くなっていく。
「悪さも喧嘩も好きにやったらいい。けどな、自分よりも弱そうなヤツを寄ってたかって虐める卑怯で胸糞悪い連中は社会や法律が許しても俺が許さねえ。落とし前をつけさせてやる。これから地獄見せてやるから覚悟しろ」
「ムゲン!!」
「……そこまでにしましょう」
不良たちの遊び感覚の恐喝で辛く苦しい思いをしたであろう名前も顔も知らない被害者たちと似た痛みと思いを知るからこそ苛烈に燃える義侠心を暴走させるムゲンを二色の声が宥めた。
「若……それに」
「貴方の気持ちは正しいものだと思います。でも、これ以上は別の恨みを生むだけです」
「ボクはもう気にしてないから、ムゲンももうやめよう。あんまり人が殴られるのも、殴るのも見たくないし」
「あ……うん。若たちがそれでいいなら、そうするか。あれ、なんだろ……これ、前もあったか?」
真剣な眼差しを自分に向ける永春と沙夜の言葉にムゲンはおぼろげに世界で何よりも大切な双子の姉弟の姿を幻視して、すんなりと落ち着きを取り戻した。
「いいかい? ボクは今日、あのゲーセンで何事もなく遊んで帰った。そういうことにするから、あんたらもいますぐ移動してもらってもいいかな?」
「は……はい! 本当にすんませんでした!!」
不良たちも命からがらに永春が出してくれた助け船に飛び乗って退散していった。
狭い路地裏は途端に静かになって、残された二人と一人は改めて互いの顔を見合う。
「恩返しに飛んできたつもりがまた若に助けられちまったな。ありがとうな」
「危ないところを助けてもらったのは本当のことだから感謝してるよ。沙夜さんのこと庇ってくれたんでしょ、その色んな意味で」
「ありがとうございました。自己紹介がまだでしたよね? 望月沙夜といいます」
「気にすんなって。俺の方こそ、やりすぎて警察沙汰になってたら不味かったからな。ただでさえ、昼間の間に五回も警官やら生徒指導の先生みたいなのに声かけられて大変だったんだ」
「はあ!? どういうことです?」
「とりあえず明るいところに出ようぜ? 考えたらこんな辛気臭いところにいるから、自然と心も荒んじまうようなもんだしな。うん、たぶんそうだ」
「いやぁ……あれはガチっぽかったけど、ムゲンがそう思うんなら、そうなんじゃない?」
どこかぎこちなく話を切り出した三人。
しかし、ムゲンの方がすぐに調子を取り戻していつも以上に陽気なノリで話すものなので三人の会話のテンポも徐々に良くなっていった。
「ま、平日の昼間に学ラン着てる奴がプラプラしてれば普通に目ぇ付けられて当然なんだがよ」
「もしかして、今日一日補導され続けたとか言うんじゃないよね?」
「なわけねえだろ。それも若のお陰だったんだけど、この顔みせて医者帰りだって言ったら全員見逃してくれたよ。アメとか貰っちゃったし、ラッキーだったよ」
「よ、よかったね」
「そうだ……斬られた手は大丈夫ですか? 深く斬っているはずですし病院に行ったほうがいいですよ。お礼と言っては変ですが付き添いますので」
先程見せた人間離れした動きと怪力といい、記憶喪失と言いながらケラケラ笑っている図太さと紙一重な逞しさを見せる色々と規格外なムゲンに永春は苦笑いだ。
一方の沙夜はというと御守衆の人間として、どうしても警戒の目を向けていたのだがふと自分を庇って斬られた左手が目に入って、思わず親身な言葉が出てしまった。
「こんなもんツバつけとけば治るだろ。それよか沙夜の方こそ災難だったな。折角若とデートしてたのにあいつらのお陰で台無しになったんだろ? 俺ぁいいから、いまから仕切り直して遊びに行ってこいよ」
「ひゃい!? い、いえ……別に今日のはデートというほどのもので――って、ムゲンさん、その顔!?」
「んあ? え……あ?」
はっきりとデートと言葉にされたことに照れて慌てる沙夜であったが路地裏から表通りに出る寸前でムゲンに起こった異変に咄嗟に声を上げた。
指摘されたムゲンはというとどうしてそんなに彼女が驚くのか怪訝に思っていたのだがじんわりと頭部や顔の傷に――むしろ全身に感じる生温かな水っぽい感覚に戸惑いながらも何が起きたのかを理解した。
「やっべ……めっちゃ血ぃ出てきたわ」
上擦った呟きを終えると堰を切ったようにムゲンの全身から血が噴いた。
治りかけていた傷が先程の乱闘でのムゲンの加減知らずの動きの負荷に耐えられずに開いてしまったのだ。
あっという間に体から脱け出した血液にムゲンは貧血になってしまい、その場で糸が切れたマリオネットのようにばたりと倒れて気を失ってしまった。
※
とある海辺に建てられたこじんまりとした洋館に数日ぶりに主が帰ってきた。
黒の燕尾服を纏う涼やかな佇まいのあの老紳士だ。
その傍らにはあのDマーダーも忠実な従者のように控えている。
大きな仕事を終えて、我が家に帰ってきた老紳士は旅の疲れを癒そうと迷わず大広間へと足を運ぶ。するとそこには彼を出迎える者が来ていた。
「よお、バケヒエン! お邪魔してんぜ!! 相変わらず小洒落たところに住んでるじゃねえかよ」
「久しいねえ、君ィ♪ まさか出迎えにこんな所にまで遊びに来てくれていたとは思わなかったよ、アロンダイト」
我がもの顔で三人座りのソファーを独占して、勝手に秘蔵のワインを瓶ごと呑んでいたのは山のような筋骨隆々の巨漢だった。半裸にカウボーイハットを被るその者はアロンダイト。魔人教団が誇る最強の集団・
「俺ちゃんのエネルギッシュな笑顔を見れてまた寿命が延びたんじゃねえの?」
「ハハハ。君の顔は老体には少し脂っこいかな? 安心したまえ、伊達に長生きはしていない……例え君の笑顔で寿命が数十年減ったとしても、私にはまだまだ余裕があるさ」
「それだけ元気ならDマーダーと組んでデュオルを九割殺しにしても可笑しくねえよな」
アロンダイトとバケヒエンと呼ばれた老紳士は熱い抱擁を交わすと親愛を感じさせる気軽な皮肉を叩き合った。
老紳士もまたこの世界に存在する化神の一人だった。
それも敢えて、御守衆と戦う事を避けて地道に着実に穢れを取り込んで成長を続ける大古株の強力な化神なのである。
「しかし、再会して早々だが私は君に謝らねばいけない。君のところの教団に合流する手土産にしようとしていた手駒なのだが先日うっかりほぼ全滅させられてしまってねえ」
「んなもん気にすんな。お前が仲間入りするだけでも魔人教団には大助かりだ。けど、まあ新入りとしてこき使ってやるから覚悟しとけよ! うわっははは!!」
長い歳月を生き永らえて、一際強力な化神となったバケヒエンが術を用いて意図的にデュオルの世界で発生させた百鬼夜行。貴重な戦力になるはずったものを仮面ライダーデュオルに潰されたことの無念な報告をアロンダイトは豪快に笑い飛ばしてみせた。
『アロンダイト様。俺からも報告がある……デュオルのことだが』
「お前の懸念している通りだろうよ。あの坊主がそう簡単に死ぬとは考えてねぇ」
表情を引き締めたアロンダイトはDマーダーが仮説を言い終える前に断言した。
彼らの怨敵にして宿敵はどこかで生きていると。
『何卒、再戦の機会を与えていただきたい。必ずや仕事は成功させる』
「もちろんだ! レーヴァテインの自信作のお前の本気を見せてやれ!!」
『――その任務を受諾した』
Dマーダーの正体。
それはアロンダイトやツムカリと同じく死奏剣の一員であるレーヴァテインが化神とメタロー、更にはネオ生命体の細胞を素材にして生み出した狂気の対デュオル専用の合成怪人であった。
悪しき者たちのキメラであるDマーダーはドライアイスのような冷たさを持った闘志を剥き出しにして、静かにデュオルとの再戦に備える。
「若者たちが張り切る姿はいつ見ても良いものだね。闘争よりも物見遊山に現を抜かす隠居爺も歳甲斐もなくはしゃいでしまうよ」
「何を言ってんだよバケヒエン。この国の人間共が鎧着て刀振り回していた頃からの古兵の血が騒いで仕方ないって顔しているぜ?」
「おや、顔に出ていたかね? 私もまだまだ青いようだねえ……ああ、血煙が待ち遠しい」
アロンダイトに茶化されたバケヒエンは老紳士の顔を悪鬼のように歪めて微笑む。
確かに彼は率先して人の世を乱すよりも人が築き上げてきた文化や世界を漫遊することを好む風変わりな化神であった。
だが、同時に戦乱の世の生々しい怨嗟や殺意を知る古参でもある。その長く生きた穢れたる命はいま別世界からの朋友との出会いに刺激されて、再び血闘に飢えを覚えていた。
「だがねアロンダイト。暴れ回るのはもう少し後にしたいんだ。前に語ったようにプランBを実行に移したい」
「この世を化神の世界に塗り替えるだったか?」
「猿真似では面白みに欠けるので多少アレンジは利かせるつもりだがね」
「本当に出来るんだよなそんな胡散臭い手品みたいなこと?」
「ああ、既にこの世の者ではないが面白いことを成そうとした人間がいてね。物部天厳君と言ったのだがなかなか面白い茶番を企てた男だったよ」
悪意は忍び寄る。
それも予想以上の悪辣さと強大さを以て。
『我は汝、汝は我――いま我ら完全の一として、喝采を受け顕現しよう。我らが名はメタロー』
その夜、四つの極彩色の光の球がとある少年たちを侵食した。
魔人たちの侵攻がこの世界を蝕んでいく。