仮面ライダーハーメルンジェネレーションズ外伝 デュオル×ビャクア ユニゾンウォー   作:マフ30

4 / 14
エピソード3 逢魔が時に魔人が来る

 

「よぉ、待たせたね」

「光姫さん! ムゲン大丈夫そうですか?」

「あんたら戦国時代から落ち武者でも拾ってきたわけ?」

 

 ドアを開けて入ってきた光姫は事務所で待たせていた永春と沙夜に呆れた顔で呟く。

 あれから、倒れたムゲンは病院ではなく沙夜の判断で六角モータースへと運びこまれていたのだ。

 

「あはは……なんて言うか通学路の河原の茂みで見つけたので何とも。確かにいい感じの木の棒やガラスの破片で槍みたいなの作ってはいましたけど」

「マジか。原始人にランクアップだな」

「二人とも、少し真面目に。で、彼の容体はどうなんですか?」

 

 ムゲンとの出会いを回想して苦笑する永春とあまりの非常識さにシニカルに口元を緩ませる光姫を窘めて沙夜が本題を急かした。

 

「安と杉で出来る限りの処置は施した。あたしも立ち会ったけど、死にはしないよ」

「よかった」

「良くはないさ、坊や。記憶喪失らしいけど、ただの男子高校生がどんなヤンチャしたら日本刀並みの刃物で斬られるんだい?」

「……そんな重傷だったんですか、彼」

 

 一安心も束の間、光姫の口から出た驚きの単語に二人の顔色には緊張が走った。

 同時に、ますます謎が深まるムゲンの正体に様々な憶測が巡り出す。

 

「胸部にとびきり大きなのがね。顔の裂傷や全身の打撲とか数えだしたらキリがないけど……普通はあんな怪我してその辺に転がっていたら間違いなく死ぬよ」

「姐さん、話の途中ですみません。ちょっと言ってきますね」

「ああ、頼むよ」

 

 神妙な面持ちで光姫が二人にムゲンの傷の詳細を話して聞かせているとドアを微かに開いて安が顔を出した。彼は小さな鞄を彼女に一瞥させると短いやり取りを済ませて車で何処かへと出掛けて行ってしまう。

 

「安さん、どうしたんですか?」

「野暮用をね。も一つおまけに驚きなのがその殆どの傷が半ば治りかけているっていうね。全く、フィジカルだけ見たら御守衆にスカウトしたいぐらいだよ」

「あ、あの光姫さん?」

 

 意味深な二人の言葉に加えて、隣でずっとどこか抜き身の刃のような佇まいを感じさせている沙夜に永春はやや気まずそうに口を開いた。

 

「もしかして……みんなムゲンのこと化神かなにかと疑ってます? 気にし過ぎかと思いますけど、いま安さんが持っていたのってムゲンの血とか皮膚だったりしません?」

「え、うん」

 

 嫌な胸のざわめきを押さえて、思い切って質問を投げかけた永春に光姫はひどくあっさりと首を縦に振った。驚くほど悪びれない彼女の様子に永春は文字通り開いた口が塞がらなかった。

 

「光姫さぁん!?」

「うるせー! 御伽装士以外にいてたまるか、そんな面白人間! というか、沙夜やうちの旦那でも生身じゃそこまでいかないよ。人間をニ階ぐらいの高さまで蹴っ飛ばすやら、ぶん殴った鉄の棒の方がひん曲がるとか面白すぎるだろ!!」

「いや! でも、あの、ええっと……沙夜さん!」

「えーっと……たはは。永春くん、御守衆もそんなすぐに彼を煮たり焼いたりするわけではないので安心してください」

 

 反論したいがまさに正論な光姫の言葉に言い淀んだ永春はまごついた末に隣の沙夜にSOSを送った。二人のどこか微笑ましい言い合いを苦笑しながら見守っていた沙夜は一呼吸置いて自分の心の裡を整理すると控えめな口調で切り出した。

 

「私も正直なところ迷っています。双連寺さんは初対面の私のことも躊躇い無く不良たちから庇ってくれました。悪い人ではないとは思いたいです。ですが……あの怪力はただの力持ちで済ませられません」

「沙夜さん……」

「ただ、もし化神ならあの場で正体を露わして全員を襲っていたと思います。私が考えているのは化神とはまた別の人とは異なるナニかではないかと」

 

 人の世の平穏を守る御守衆の一員として、沙夜は永春を前にしても毅然として答えた。けれど、彼女の考えは光姫とも少し違っていて、前髪の間から露わになった紫瞳は真摯な眼差しを永春に向けていた。

 

「まさか……ボクと似た秘密を持ってるってこと?」

「なるほど。確かにそっちの線があったね、盲点だった」

「はい。化神なら私たちからしても対処はシンプルです。それとは異なるイレギュラーこそを私は懸念します」

 

 この世には化神以外にも摩訶不思議なナニかが存在している。

 その生き証人である永春が目の前にいる以上、彼とは別の異能を何らかの形で持った人間が他にもいる可能性を沙夜は捨てきれなかったのだ。

 

「何にしても本人が目を覚まさない限りはここまでで手詰まりってところだろうね」

 

 会話が途切れてしばしの間を置いて光姫がパンと手を叩いた。

 今日のところはお開きということらしい。

 不安の種は尽きないがムゲンのことを沙夜たちに任せて、笛吹荘への帰路に就く永春が外を見ると日はすっかり沈んで秋の夜空にはもう星が瞬いていた。

 

 

 

 

 海辺にどこか寂しげに一軒佇む洋館にグラスがカチ合う涼しげな音色が響く。

 半裸の大男と燕尾服の老紳士という異色の組み合わせの二人は鮮やかな琥珀色の洋酒を堪能しながら、歓談を弾ませていた。

 

「カッカッカ! 本当に面白い奴だなおめえ。コレ全部人間が作った酒だろう? よくもまあ熱心に集めたもんだな」

「驚くほどでもない。化神というのは粗忽者が多いからねぇ。趣向品を生み出す術に関しては質も多様性も人間が勝る。私の酒蔵を満たす漫遊もそれはそれは楽しい旅路だったとも」

「闘争よりも旅行の方が好きだなんて、本気で言うんだ。お前はすげえ奴だよ、この俺ちゃんが保証する!」

 

 ビリビリと窓ガラスを震わせる大声の世辞を優雅に受け止めて、老紳士は静かにグラスを傾ける。

 バケヒエン。

 この化神はアロンダイトが語るように極めて独特な個性を持っていた。

 躯を手に入れて既に五百年以上が経つその大半の歳月をまるで渡り鳥のように日本を飛び越えて世界各国を旅することに費やしていた。

 

「今夜は随分とおだて上手じゃないかアロンダイト。いまの酒が気に入ったのなら、似た物をもう何本か自由に呑むといい」

「豪気だねぇ! そんじゃあよ、ついでに酒の肴じゃねえが一つ質問したいことがあるんだけど聞いていいか?」

「なんだね」

「さっきの話に出てきた物部天厳とかいう人間、どうして見殺しにしたんだ? 聞く限りじゃあ、お前みたいに荒事が億劫な奴にとっては良い駒になりそうな奴だったみたいじゃないか?」

 

 美酒に酔い、だらけきっていたアロンダイトの目つきが変わった。

 野獣以上に滑稽と思えるほど本能のままに行動することもままある彼の直感がバケヒエンが物部天厳という男の企てを知りながら傍観者に徹していたことが不可解だったのだ。

 

「ああ、そのことかね。簡単だよ……つまらないからさ」

「ほほう。え……それだけ? マジで言ってるのバケヒエンちゃん!?」

「そうだとも」

 

 化神に魅入られて、化神たちのことを想い粉骨砕身して暗躍していた天厳一世一代の企てをバケヒエンはにべもなく言い切った。

 

「いいかい、アロンダイト? 私たち化神というものはだね、人間たちの栄華の影に巣食う暗部の具現なのだよ。彼らがどれだけ明るい未来を築きあげようとも憎しみや怒り、悲しみを克服しない限り我々は不滅なのだ」

 

 何とも言えない表情で酒の空瓶を増やすアロンダイトにバケヒエンは徐々に燃え盛っていく炎のように力強く語り始める。

 

「この国の人間たちが鎧兜姿で争っている時も、世界を相手に大戦を繰り広げている時も、流血から退いてより優れた文明を興して成長の一途を見せていた時も……いつだって、私たちは人間社会の陰日向で絶えず生まれ落ちては暗躍を続けていた。全ては人間の世というものが正しく盛大に営まれているからこそだ」

「皮肉なもんだな。つまりはあれだろ? 人間が猿並みに退化でもするか恐竜みたいに絶滅でもしないとお前ら化神も永久に生まれるってわけだ。戦う側にしてみたら虚しいってもんじゃねえ! ブッハッハッハハハハハ!!」

「ご名答」

 

 無情とも思える光と影の摂理。

 この世界の理があまりにもおかしくて大笑いするアロンダイトにつられてバケヒエンもまた仄暗い微笑を見せる。その様は彼らがどれだけ上手く人間に擬態しても隠しきれない闇の世界の住人である証左であった。

 

「このように我ら化神とは人間と表裏一体であるからこそ輝く魔性たちだ。それをだ……人間を家畜のように下へと落として、化神を盛り立てたところでなにがどうなるというのだね? 無粋の極みだよ。だから私は野垂れ死にした件の彼の浅知恵を茶番と評したのだ」

 

 バケヒエンは穏やかに、されど軽蔑したように失笑を浮かべた。

 物部天厳は確かに人間でありながら人の世に毒牙を剥いた悪党だ。しかし、化神のために捧げた熱情と奔走は紛れもなく本心で本気の行動だったのだろう。

 けれど、バケヒエンのみならず多くの化神たちにその想いは届いてはいなかった。彼に味方して徒党を組んだ化神たちも半ば珍獣を見物する遊行の気分だったのだろう。

 故人にどんな言葉を送っても意味はないが彼の生涯は化神たちからしたら理解できない愚行であり、茶番以外の何物でもなかったのだ。

 

「ま、勘違い暴走野郎の置き土産とやらを有効に使ってやることでたむけの代わりにしてやろうじゃねえの」

「慈悲深いことだねえ。君に聖者のような心意気があったとは知らなかったよ」

「気に入られねえ連中と組んでただでさえ気が滅入るってのに俺ちゃんばっかり働かされてるもんだからな。少しはモチベーションを上げていかねえとやってらんねえってだけ」

 

 バケヒエンが茶化すのにもろくに相手をせずにアロンダイトはひどくげんなりした顔で吐き捨てた。既に彼の足元に転がっている酒の空き瓶は二桁を超えていた。

 

「おやおや。君がそんな風に愚痴を言うのは珍しいじゃないか」

「何時もならこういう面倒事はツムカリの奴が律義に率先してやってくれるんだけどよ、この間一戦交えた別の世界の仮面ライダーにご執心でな。剣の稽古でお仕事サボり気味なんだよ」

「今回は貧乏くじを引いたようだね、アロンダイト。それで君はどう動くのだい?」

「大したことはしねえよ。魔人教団の名の下に世界を傷つけ、壊すだけってなあ!!」

 

 常人なら喉が焼け爛れてしまうようなアルコール度数の高い酒を飲み干して景気付けを行ったアロンダイトは思念を用いて、同行させていた配下のメタロー達に指示を飛ばした。

 作戦方針はただ一つ、好きに暴れろ。

 呆れるほど大雑把な指揮を受けて、魔人たちが新天地で動き始める。

 

 

 

 

 翌日。

 朝になっても六角家の空き部屋で眠るムゲンが目を覚ますことはなかった。

 タイミング悪く今日が日直だった沙夜は不安な気持ちを抱えつつ、学校へと行くことになった。

 その日は怖いぐらいに沙夜にとって平和な一日だった。

 学業の傍らに永春や双葉たち親しいクラスメートたちと談笑を交えて、彼女にとっては貴重ななんてことのない女子高生の学校生活を送ることができた。

 

「もっちー、またね!」

「はい。双葉さんも部活がんばってください。また明日」

 

 帰りのHRも手短に終わり、放課後になって部活や委員会の活動などそれぞれの目的のために生徒たちが一斉に教室から流れ出ていく。

 あっという間に教室には日直日誌を書いている沙夜と彼女を待っている永春だけになっていた。

 

「お待たせしてすみません。もうちょっとで終わりますから」

「平気。今日はバイトも入れてないから」

「これが書き終わればあとは教室と廊下の戸締りをすればいいだけなので」

「なら、廊下の鍵はボクやっとくよ。沙夜さんはゆっくり書いてて」

 

 西日が照らす教室で白紙の日誌に丁寧な文字を綴る沙夜を眺めているのも悪くないが少しでも彼女の仕事を減らす方が時間を有意義に使えると思った永春は軽い足取りで教室から出て行った。

 

「これでラストっと」

 

 秋も半ばな季節。換気のために開いていた窓も少なく、永春はあっという間に最後の窓の施錠を済ませた。

 ふと、自分が歩いてきた廊下を一瞥すると茜色の斜陽が差し込んでくる自分以外誰もいない廊下はまるでどこまでも途方もなく続く一直線の迷宮のように見えてくる。

 

「うちの学校がもうちょっと年季あればホラー映画のワンシーンになったりしそうだな……うん?」

 

 殆どの人間がいなくなった放課後の校舎の廊下が醸し出す独特の哀愁に思わず永春が浸っていると突然、謎の水音が彼を現実に引き戻した。

 人気が無いこともあって、ジャージャーと絶え間なく聞こえてくる水音はとても存在感を放っている。何事かと音源のする方向へと歩いていくと永春は同階の男子トイレに辿りついた。誰かが閉め忘れて行ったのか廊下の外からでも手洗い場の蛇口の一本から景気良く水が出ているのが見えた。

 

「おかしいな。さっき通った時は水なんて流れてなかった気がしたけど……個室に誰か入ってたか?」

 

 どこか不可解な事態に首を傾げながらも、永春は水が出ているのが女子トイレじゃなくて良かった。程度のことを考えながら蛇口を閉めに向かう。

 自分一人だけの足音がやけに大きく響くような気分になりつつ、彼は男子トイレの入り口をくぐった。くぐってしまった。

 

「よしと。まあ、沙夜さんもきっと日誌書き終わってるだろうし丁度い――」

 

 何の問題も無く水を止めた次の瞬間に永春は驚きで固まった。

 男子トイレに他の人の気配なんて感じられなかった。

 大小どちらの方にも。

 視線を蛇口に落としたのはほんの数秒だった。

 なのに、永春が顔を上げて手洗い場の鏡に何気なく視線を向けるとそこには背後に立つ不審な謎の男が握ったナイフで自分を斬りつけようとしている恐ろしい光景が映っていた。

 

「キエェアア――!!」

「う、うわぁあああ!?」

 

 驚きから生まれた恐怖と混乱が全身を支配する中で永春は辛うじてしゃがみ込むと殺意のこもった一刺しを回避した。

 しかし、空振りに終わったナイフの切っ先は信じられない力で鏡を壁のタイル諸共に砕き割る。

 

「なっ!? なんッ、なんだよお前!? うおぉあああ!?」

「すげえ……すげえ、すげえ! 本当にすげえわ、最高だァアア!!」

 

 上から降ってくる無数の破片を被りながら、不格好にトイレから転がって脱出した永春を謎の侵入者は喜びに打ち震えた奇声を上げながら追いかけると尚も執拗に襲い掛かった。

 

「待ぁて、待てェエエええ! 逃がさねえよォおおお!!」

「ぐあっ!? 痛ッ……お、お前は昨日の!?」

 

 あっという間に追いつかれた永春は学ランの首根っこを掴まれると力任せに窓辺の壁に叩きつけられた。まるで猪にでも体当たりされたような力強い衝撃に襲われた永春は苦悶に顔を歪めて、ぐったりと蹲る。

 どうにか保ち続けた意識で相手の顔を見て、彼は再び驚いた。

 学校に不法侵入して自分を襲った凶漢の正体は昨日ゲームセンターで自分たちにちょっかいをかけて、ムゲンに殴り倒された金髪の不良生徒だったのだ。

 

「お前のおかげで酷い目に遭ったんだ……責任とれよなぁ? イッヒャッハハハ!!」

「ううぅぅぅ……おおッ! 懲り、ないやつ!! や、やめろって!!」

 

 不良は正気を失ったような爛々とした双眸で永春を睨み、迷うことなくナイフで彼を突いてきた。無意識に動いた永春の手がどうにか相手の右手を掴むことに成功して間一髪で刺されることはなかったが追い討ちのように不良は小動物を甚振るように何度も蹴りに掛る。

 

「ぐうう……お前、こんなので人生棒に振るっていいのかよ?」

コイツ(・・・)の人生なんて知るかよ! 蹴り潰されて死ぬか、刺されて死ぬかどっちが先だろうな? 人間を嬲るのはやっぱ最高だな!」

 

 なんとか耐え忍ぶ永春だったが噛み合わない言葉を連発する不良に痛みとは別の言い知れない恐怖を感じていた。一方で不良の暴力はどんどんエスカレートしていき、蹴るのを止めたと思えばナイフを両手持ちにして無理やりに刃を永春の体に突き刺そうと力を込めていく。

 

「イィィヒャッハアア!! 心臓を滅多刺しにした後はどこを抉ってやろうかな! 生きてる間にナニを切り落としてやっても面白いよなあ!」

「――もう、喋るな」

「は……ぶぎぃいあ!?!?」

 

 弱者を痛めつけて悦に浸っていた不良の視界に微かに烏羽色の長い髪が映り込んだと思えば次の瞬間には翻るスカートとすらりとした白い足が顔面に叩きつけられて、真っ暗になった。

 不良が永春を襲う大きな物音を聞いた沙夜が間一髪で駆けつけて、怒りに満ちた渾身のハイキックで下衆な輩を蹴り飛ばしたのだ。

 

「大丈夫ですか永春くん!?」

「ハア……ハァ、なんとか。それより、あいつ何だかおかしい!」

「そのようですね。起きなさい……死んだふりのつもりなら滑稽ですよ」

 

 永春の無事を確認した沙夜はわざとらしく倒れたままの不良に冷たく呟いた。

 黒いセーラー服姿で夜叉のように佇むいまの彼女の威圧感は知らぬ人間が見たら学校に出没する恐ろしい怨霊と吹き込んでも信じるだろう。

 

「ツいてるぜ。コイツはお前にもイラついてるみたいだからなぁ! 俺がキッチリとストレス解消しといてやらないとナァ!!」

「……狂人め!」

 

 口角を気持ち悪いほど吊り上げてニヤつきながら飛び起きた不良は粗暴で支離滅裂とした言動を繰り返しながら今度は問答無用で沙夜へと襲い掛かった。無軌道に振り回されるナイフの白刃が何度も彼女を掠め微かに斬られた黒髪が舞っていく。

 

「ホラ! ホラホラホラァ! 逃げないと可愛いお顔と服がバッサリだぜ!!」

「確かここに……あった」

 

 いくら御伽装士でも生身では刃物を持った相手には分が悪いのか沙夜は防戦一方でどんどんと追い込まれていく。けれど、それは彼女の組み立てた戦いの流れの第一段階。ジリジリと追い詰められる風を装いながら最初の襲撃があった男子トイレの付近まで退いていた彼女は廊下にも散らばる大きなタイルの破片を手に取ると同時に制服のスカーフをほどいた。

 

「あまり人間相手に手荒な真似は控えたいですが……あなたは少し論外です」

「そんな布切れで何が出来るんだよ! あぁ――あ?」

「こういうことができますよ」

「マジかよ!? 女ぁ、てめえ!?」

「よくも永春くんに酷いことをしましたね。許しはしません」

 

 沙夜は破片を折り包んだスカーフを勢いよく振り回すと即席の鎖分銅のように操る。そして、十分に遠心力で威力を確保した状態で的確に不良の右手を狙うとナイフを弾き飛ばしてみせた。

 

「では、お覚悟を……この下衆が!」

 

 不良は何が起きたのか理解に苦しんだ。

 いや、不良の記憶を共有するその存在は唖然とした。

 見た目に反して気の強い女の個体だとは把握していたがまさかこんな戦いにまつわる術を体得しているだなんて、驚愕だった。

 そんなことを漠然と考えながら沙夜の鋭い右ストレートを顔面にもらい勢い良く転げまわる。

 

「グギィ!? こ、この!!」

「ハイィィィヤッ!!」

 

 予想外の攻撃に慌てながらも不良は力任せなら勝てると反撃を試みた。

 しかし、沙夜は乱暴に振るわれる攻撃の悉くを柔よく剛を制する拳法のような動きで捌くとカウンターで強烈な掌打と蹴りの連撃を返してきたのだ。

 

「こんな女のガキがあってたまるかよ!?」

「ここにいますが文句でも……ありますか!!」

「ガァハァア!?」

 

 不良の荒々しい拳を沙夜は円を描く左腕で絡め取ると自身の間合いへと引き寄せて、強烈な掌打を鳩尾に叩き込んだ。それだけに終わらず傷つけられた永春の分と言うようにスカートを躍らせながら重い横蹴りも浴びせる。

 

「これも食らっておきなさい! ハアアァッ!!」

「ブ、フッ――ゥ!?!?」

 

 痛みに悶絶して後ずさる不良に沙夜がトドメに繰り出したのはハンドスプリングのような助走からのアクロバティックな両脚蹴りだった。

 ミサイルのように突っ込んでいった沙夜の一撃が顔面に直撃した不良はボーリングのピンのように吹っ飛んで今度こそ本当に沈黙した――筈だった。

 

「さて……この男を何かで縛って、先生を呼びに行かないと。永春くんを保健室にも連れていかないといけませんし」

 

 翻るスカートを整えながら、この後のことを冷静に考えていた沙夜であったが次の瞬間に流石の彼女も肝を冷やす光景が待っていた。

 

『なるほどな。この世界にもいるってのは聞かされていたがお前もその一人だな。そうじゃなきゃ、辻褄が合わねえよなあ』

「なっ……!?」

 

 突然、不良の口からノイズ混じりのまるで別人のような声が聞こえたかと思うと彼はおよそ人間では不可能な挙動で立ち上がり、不気味な光を放つと異形の姿へと変貌したのだ。それは化神とも異なる禍々しい姿をした怪人だった。

 

『ウラアアア!!』

「くう!? あなたは……なんです?」

 

 ヘルメットのような丸みを帯びた頭部に漆黒のプロテクター。黄土色と深緑の迷彩柄のカラーリングが目を引くまるで屈強な軍人のようなフォルムの異形は得物のマチェーテを操って沙夜に襲い掛かってきた。

 先程とは一目瞭然に動きが違う謎の怪人の斬撃をギリギリでかわした沙夜だったが困惑の大きさは荒事には慣れているはずの彼女をも呆然とさせた。

 

『俺はメタロー。魔人教団に連なる地獄のコンバットメタロー様だぜ!!』

 

 狂暴なる突貫兵・コンバットメタローは玩具のようにマチェーテを滅茶苦茶に振り回して校内を切り刻みながら、この世界における魔人教団の映えある一番名乗りを決めてみせた。

 

「メタロー……魔人教団? 化神じゃない……別の怪人?」

「沙夜さん! そいつは!?」

「永春くん……来ちゃダメです!!」

 

 信じがたい事態の連発で頭がパンクしそうだった沙夜の思考を追いついてきた永春の声が冷静さを取り戻すのに一役買った。だが、彼を案じる沙夜の叫びと同時に一発の乾いた銃声が学校中に響き渡った。

 

「……っ!?」

『ゴミはそれ以上くるんじゃねえ。いままでは憂さ晴らしだったがここからは戦争だ。なあ、女! 俺とお前の戦争だよ、分かるか?』

 

 自らの足元に撃ち込まれた弾丸に永春は強張った表情で立ち止まる。

 銃声の正体はコンバットメタローのもう一つの得物である銃剣付きの大型拳銃による威嚇射撃だった。メタローはそのまま沙夜に睨みを利かせる。

 

『戦争の礼儀だ。待っていてやるからよ、見せてみろよ。お前の姿を……仮面ライダーの姿をよぉ?』

「何の話です? 仮面……?」

「沙夜さん、たぶんビャクアのことだと思う。昔、井上が教えてくれた都市伝説で聞いた覚えがあるけどその特徴が御伽装士とそっくりなんだ」

 

 意味の分からない単語を並べられて凄まれ首を傾げるばかりの沙夜に永春が助言した。実際、彼も初めて彼女が変わった姿を見た時に連想したのは件の都市伝説に出てくる仮面の戦士のことだったからだ。

 

「分かりました。ならば――オン・カルラ・カン・カンラ」

 

 覚悟を決めた沙夜は心中に渦巻く一切の迷いを振り払うとブレスレットの装飾としてごまかしている怨面を取り外して構えた。

 

「白鴉の怨面よ、お目覚めよ」

 

 本来の大きさに戻った白い怨面を静かに被ると沙夜の紫の双眸がハッキリと目の前の敵を睨む。

 弛まぬ集中、研ぎ澄ます戦意。

 白い肌には無数の蛇が這うような赤い痣のような紋様が浮かび上がる。

 

「クゥ……ア、ァ――――変身」

 

 力は怨念。

 怨念は力。

 全身を苛む数多の怨念無念の疼きを耐えきって望月沙夜は覚悟を以ってその二文字を唱えた。夕暮れの廊下に巻き起こった白く輝く旋風の中で彼女は超人へと姿を変えていく。

 

「我が名はビャクア。御伽装士が一柱。いざ、お覚悟を!」

『待ってましただ! 開戦だぜ、仮面ライダー!!』

 

 天狗の如き白い仮面の戦士の姿に高揚感を隠すことなくコンバットメタローは突撃していく。先程の銃声を聞いて外の地上で騒ぐ生徒たちの声が鮮明に聞こえ始めていたがビャクアもまた目の前の怪人に意識を一点集中すると鋭い気迫で迎え撃つ。

 

「退魔七つ道具が其の壱、天狗の羽団扇! ハアアア!」

『いいぞ! お前の力を存分に俺に見せてみろ!!』

 

 神通力によって鋼のような強靭さを持った白い羽団扇がコンクリートをも容易く切り裂くマチェーテと激しく切り結ぶ。

 ある時は短剣の如く、またある時は盾の如くにと攻防一体の武具となる羽団扇を巧みに操ってビャクアは徒手空拳を攻めの真打に仕掛けるが敵も容易く崩れてはくれない。

 

『ウエヤアア! ウラ! ウラ! そこだぁ!!』

「うぐっ!? いまのは……偶然じゃない!?」

 

 コンバットメタローは斬撃をフェイクにして懐に潜り込むとサマーソルトキックでビャクアを蹴り抜く。だが深追いはしない――よろめくビャクアを狙い澄まして、距離を保ちつつ射程外からの銃撃で確実に彼女の体力を削るような戦いまで披露していく。

 

「こいつ、確かに技を使った……化神たちとは何もかもが違う」

『肩透かしだぜ! こんなものかよ、仮面ライダー! シャァァァ!!』

「ぐあぁああっ!」

 

 いつの間にか肉薄していたコンバットメタローのマチェーテがビャクアの胴を裂き、火花が散る。

 人間が編み出した格闘技や銃技を駆使するコンバットメタローにビャクアは苦戦を強いられていた。野獣のような凶暴性や異能を操り陰湿な暴れ方をする化神とこのメタローという異形は全く別の存在だった。

 間違いなく未知と遭遇。

 敵に対する情報の不足と勝手が違いすぎる動きに翻弄され続けてしまう。

 

『オイオイオイオイオイ! さっきの勢いはどこいったんだよ、俺をガッカリさせて楽しんでるのか、あぁ?』

「生憎とそんな趣味もないし、する気もありません! カンラ!!」

『ぬおお!?』

 

 銃弾をバラ撒いて狩りでも楽しむかのようにビャクアを攻めるコンバットメタロー。劣勢が続く戦いの流れを変えるために彼女は自慢の七つ道具で突風を発生させて怯ませる。

 

「いきます!!」

『バカかよ! 良い的だぜ!!』

 

 銃撃が止んだ隙をついて矢のように真っ直ぐに駆け出したビャクアだったが相手との距離が開き過ぎていた。間合いに侵入される前に立て直したコンバットメタローが冷酷にもトリガーを引いて放たれた弾丸が白い肢体を撃ち抜いていく。

 だが、胸や足を何発も撃たれたビャクアの傷口からは血ではなく無数の羽根が噴き出し始める。

 

『なんだ!? やられた……トラップか!?』

「――仙術・羽根幻朧」

 

 ビャクアだと思っていたそれが視界を遮るほどの羽根の小旋風となって散乱したことでコンバットメタローは動揺した。相手の手の内を知らないのは自分も同じこと。

 粗野な振舞いの中に戦士としては確かなセンスを持っていた彼はビャクアの仕掛けてくる奇襲の危険性をよく把握していたのだ。

 そんな時に何処からともなく聞こえてくるビャクアの囁きがコンバットメタローの意識を乱す。

 

『どこだ……どこから来やがる!?』

「ここです!!」

『ウオッ――ギャアアアアア!?』

 

 窓に一瞬、白い影が映ったかと思うと神通力で巨大化した雲薙ぎの大鎌の刃が何枚ものガラス諸共にコンバットメタローを外から薙ぎ刈った。

 

『グアアア……アアッ! め、メチャクチャしやがるぜ……ヌウウ!?』

「ただの乱暴者と思わせて、あなたは強かな戦士でした。これぐらい派手な奇策でないと出し抜けないと思っただけです」

 

 やられっぱなしになりながらビャクアは目を凝らして、必死の思いで短期間の間に敵の動きの癖を見切ろうと奮闘していた。

 努力の甲斐あって彼女は銃で削り、格闘で惑わし、マチェーテが本命の攻撃であるという一つのパターンを見抜いた。そして、ならばと逆転勝ちをもぎとるために不意な死角から大雑把にも思える大胆な一撃で深手を負わせるという荒技に出たのだ。

 

「一気に決めます。オン・カルラ・カン・カンラ! 退魔七つ道具が其の弐! 続けて其の漆!」

 

 横腹をバックリと裂かれて満足に動けないコンバットメタローに手には快刀を両脚には鎧下駄を纏ったビャクアが肉薄する。

 

「せやああ! いざ! いざ! いざ!!」

『ぐぅおああああ!? 畜生……一本取られたぜ』

 

 二刀を繋ぎ合わせた双刃形態の快刀でコンバットメタローを串刺しにして捕らえたビャクアはそのまま鎧下駄の俊足を生かして校舎の外壁を駆け上がると上空へと敵を放り投げる。

 

「退魔覆滅技法! 乱鴉の太刀――!!」

『アギャァアアアア――――!?!?』

 

 残酷なまでに麗しい百太刀にも迫る目にも止らぬ乱れ切りが燃えるような茜空と一緒にコンバットメタローを細切れに切り捨てた。正体不明の敵、メタローはここに断末魔と共に爆発四散して潰えたのであった。

 

 

 

 

「なんとか倒しましたが……これはよろしくないですね」

 

 メタローを退けて、屋上に着地したビャクアであったが仮面の奥の表情は困り果てていた。ちなみに足元にはメタローに憑依されていた不良が気絶したまま転がっている。

コンバットメタローを撃破した後に爆炎から零れるように落下していくのを見つけたビャクアが慌てて回収したのだ。

 不可抗力とは言え以前の物部天厳が引き起こした事件からそう間を置かずにこんな一般人に目立つ一戦を演じてしまったのだ。

 現に地上ではビャクアとメタローの戦いの光景を目撃してしまった生徒たちが大騒ぎする声が屋上まで届いている。更に耳を澄ませばパトカーのサイレンがこちらに近付いてきているようだった。

 

「安さんたちにも来てもらって、大急ぎでみんなの記憶を消して誤魔化せるかどうか……え、なに?」

 

 兎にも角にも自分や永春だけではこのピンチを乗り越えられないと判断した沙夜がナーバスな顔色でスマートフォンを操作していた時だった。

 まるで光り輝くような不思議な強い風が吹いたかと思うと時間が巻き戻るように荒れ放題となっていた学校が修復され始めたのだ。

 沙夜が呆気にとられている間に学校は完全に元通りに直っていた。それだけではなく、ついさっきまで校舎に群がって騒ぎ立てていた生徒たちも何事もなかったかのように部活動に励んでいる光景が広がっていた。

 これが高次元生命体メタローを倒したことで発生する彼らの暴虐をリセットして無かったことにする世界の修正力であることをこのときの沙夜はまだ知る由もない。

 

「沙夜さん! 大丈夫? 怪我してない?」

「私は大丈夫です。というか、永春くんは覚えているんですね」

「さっきのメタローとか言う奴のことでしょ? うん、ボクも覚えているよ」

「……謎だらけで頭がパンクしそうです」

 

 屋上へと駆けつけた永春もまた先程の未知の敵と幻のような現象を覚えていたことに安堵しつつ、沙夜はいまの気持ちを隠すことなく吐露して苦笑いするしかなかった。

 

「化神じゃないなら一体何者なんだろう? それに人間のままでも信じられない力だったよ」

「……まさか」

「どうかしたの?」

「永春くん、急いで帰りますよ。ハヤテを使います! 一緒に乗ってください!!」

「え……ちょっと、どうしたの?」

「早く!!」

 

 永春が言った何気ない一言が沙夜の脳内に最悪の仮想を組み立てさせた。

 常人離れした力を持った正体不明の少年がまさに沙夜の身近なところにもう一人いたのだから彼女が血相を変えるほど慌てるのは当然のことだった。

 永春への説明も半ばに召喚したハヤテチェイサーに彼を同乗させた沙夜は脱兎の如く家路についた。

 

 

 

 

 通れる道ならば悪路も狭道もお構いなしにハヤテチェイサーを駆けさせた沙夜は愛機から飛び乗ると猛然と走って母屋へと向かった。

 心なしか静かな六角モータースの敷地内に嫌な予感を募らせながら鬼気迫った剣幕で玄関の戸を開く。

 

「ただいま帰りました! 光姫さん? 光姫さん!?」

「よお、おかえりー沙夜お嬢。お! なぁんだ若もいるじゃねえか!!」

 

 沙夜の杞憂は一瞬で安心を突きぬけて脱力に変わった。

 息を切らせて帰って来た二人を出迎えたのはエプロン姿で六角家に馴染んだムゲンその人だった。

 

「「え……なんで?」」

「喜べお前ら、うまいメシ作っといたぜ? 手ぇ洗ってきな」

 

 一体何が起きているのか分からずに思わず声を揃えてシュールに驚く沙夜と永春に相変わらず記憶を失ったままながら、図太く復活したムゲンはさっぱりした笑顔で二人を手招いていた。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。