仮面ライダーハーメルンジェネレーションズ外伝 デュオル×ビャクア ユニゾンウォー 作:マフ30
気が付くと泥の中を一人で歩いていた。
ゴミやガラクタが浮かぶ汚らしい泥の中を一人であてもなく歩く。
体にはあちこちに重苦しい枷をして。
処刑台か牢屋に連れられる罪人のように鎖で縛られて。
見上げた空は鉛色で夜の暗闇の方がマシなぐらいだ。
ふと、足を止めていると後ろから誰かに石を投げられた。
頭に当たって、じわりと血が滲む。
怒りよりも
片手には石を持ち、もう片手はこちらを指差して面白いものをみるように笑っている。
笑っている。
馬鹿な物を見るように。
汚いものを見るように。
愚かなものを見るように。
俺と同じで泥の中で大して変わらない小汚いナリでまるで自分たちは優れているんだと思いあがったような態度で俺を嘲笑っている。
けれど、一歩でも俺がそいつらのところへ近付けば一目散に何処かへ散っていく。逃げていく。
「俺が糞なら、お前らは小バエだ」
掠れた声で吐き捨てた。
いつもこうだ。
なにがこうだなのか?
いつからそうなのか、分からないけど、この腹立たしくて馬鹿馬鹿しいやり取りを俺は飽きるほど繰り返しているんだろう。
いつも、いつでも、不愉快な奴らが群になって絡んでくる。
手前勝手な言い分で吐き気のする奴らが束になって押し寄せてくる。
遠巻きでしか人にちょっかいを仕掛けられないような連中はまだ手が掛らなくて済む。
いや、そうでもないか。
目と鼻の先にまで寄り集まって、耳障りな騒音を喚き散らして直接手を出してくる輩と面倒臭さは五十歩百歩だ。
どっちにしたって、こっちも実力行使で振り払うだけだ。
目には目を、歯には歯を――だ。
だからだろうな。
俺は連中が死ぬほど嫌いだがあいつらも俺のことが殺したいほど嫌いなんだろう。
どっちが正しいなんてことはない。
どっちも同程度に愚かでろくでなし。
同じ穴の狢って言葉がこれほどお似合いな奴らも珍しいだろう。
分かってるんだ。
こんなことはいけないことだと――だけど、それで俺があんな連中に頭を下げて詫びを入れる理屈はないだろう。
余所者を、ほんの少し自分たちより裕福だったり、秀でていたり、優れていたり、そんな誰かをまさしく小バエのように寄ってたかって虐げ笑うような連中に反抗することが間違ったことだなんて納得がいかない。
暴れて、暴れて、暴れて。
一人で暴れ続ける。
暴れるたびに枷が外れていく。
暴れるたびに鎖が解けていく。
泥の中で溺れるように、もがくように、暴れる。
中身だけが違うナニかに変わっていくようだ。
嫌な気分ではない。
手放しで喜ぶわけでもないが。
誰も俺を止められない。
連中は決して一人では立ち向かって来ない。
小虫じゃあ飢えた獣に勝てないぐらいの知恵はあるんだろう。
だけど、退かない。懲りない。非が自分たちに在るのではと鑑みもしない。
自分たちが正しいのだから、俺が屈服しないことが間違いなのだと主張するように徒党を組んで向かってくる。蟻の群れのように犇めいて強者になった気になって。
「どいつもこいつもくたばっちまえ」
静かになった泥の中をまた歩き出す。
どうせ、しばらくしたら同じことをまた繰り返すんだ。
楽になりたい。
全部まとめて呆気なく焼き尽くされたら面白いのに。
もちろん、俺も含めた何もかもがだ。
空は相変わらず変わり映えのしない曇天だ。
「うあ……っ!?」
何かひどい夢を見て布団から跳び起きた。
知らない天井、知らない部屋、知らない布団、知らない服。
枕元に畳まれたボロボロの学生服と僅かばかりの持ち物を見て、ようやく思考がまともに働きだした。
「ここどこだ?」
「やあ、坊や。ようやく起きたね……上客用の布団敷いてやったんだ良い寝心地だったろ?」
なんでこんなところで寝ているのか分からずに頭を抱えていると襖が開いて、美人の姐さんが現れた。気風の良い感じはすごく懐かしいものを感じるんだが絶対に知り合いじゃない気がする。
「なにがどうなってるって顔してるねえ。一から説明してやるから着替えてこっちに来な」
こうしてムゲンが目を覚ましたのは時間にして午前10時を少し過ぎた頃のこと。
顔や胸に巻かれた包帯の下の傷は適切な手当と十分過ぎる睡眠のお陰で殆ど治りかけていたことを光姫はおろか本人すら知らない。
※
その日の六角家の食卓は普段の女二人暮らしの見栄えよりも質と量が最優先な逞しい趣向のそれとはまるで違う光景となっていた。
きのこをたっぷり使ったスープパスタに、秋野菜のラタトゥイユ。
メインを飾るのは香ばしい香りが漂うハニーマスタードチキン。
更には冷蔵庫の余り物を的確に使用したふわふわ卵のオムライスが際立った存在感を放っている。
「これは……一体どういう」
高級レストランとまではいかないがまるで流行りのカフェでコース料理を頼んだような色鮮やかで栄養バランスも隙のない夕食に沙夜と永春は言葉を失った。
「若と沙夜お嬢は一番の恩人だからな。冷めないうちに遠慮せず食べな」
「失礼ですがどこのお店で出前頼んですか?」
「俺が作ったんだが?」
得意げに笑っていたムゲンだが信じられないものを見たと言った感じの沙夜が発したあんまりなコメントに鳩が豆鉄砲を食らったような顔で返した。
「まあ、俺自身もここまでやれるとは思ってもみなかったからな。そんなリアクションになってもしょうがねえ。けど、いまの俺は仏並みに肝要だから気にすんな」
「あ、ありがとうムゲン。それで……これ、どこのお店で買ってきたの?」
「メイド・イン・俺って言ってんだろうが! 彼氏彼女で同じボケすんじゃねえや」
沙夜と同じく、目の前の現実を理解しきれていない永春の言葉にムゲンは軽く声を荒げて威嚇した。
「よお、おかえり。ハハッ、予想通りの顔してるねえあんたら! 傑作だよ」
「姐さん大変だ。若も沙夜お嬢も俺が作ったって信じてくれねえです!」
「そりゃそうだ。けどね、二人とも食べれば分かるがムゲンの飯は本当に美味いよ。わざわざ冷や飯にしたんじゃ罰が当たるさね」
そんなことをしているといつの間にかムゲンと打ち解け合った様子の光姫が親しげに彼と肩を組んで力説をする。
謎の怪人の襲撃に遭い、否定しきれない憶測のもと大急ぎで帰ってきただけに沙夜たちは拍子抜けだ。
永春と二人で顔を見合わせてどうしたものかと唸ってみるが思考で答えを導き出すよりも先にお腹の音が鳴り、観念したように二人は「いただきます」と席に座った。
「……これは」
「美味しい、ね」
「はい。すごく……すごくおいしいです」
まずはとさして示し合わせたわけでもなく揃ってオムライスを一口頬張って二人は目を輝かせた。ハッタリでもなんでもなく、ムゲンの料理は本当に美味しかったのだ。
「そうだろぉ? いやー記憶喪失のくせに我ながらよくやったよ。自分の才能が怖いぜ」
「いやー雑な炒飯ぐらいは作れるだろうって踏んで昼飯任せてみたあたしの慧眼ったらないよ」
謎めいた自画自賛をしているムゲンと光姫を置いて、温かな食事で緊張の糸が切れたのか沙夜と永春の二人は黙々と料理を口に運んだ。
どれもまるでお店で食べるような家庭料理の枠を超えた美味しさだったが特にオムライスは絶品だった。その味は以前に永春に連れて行ってもらってからというものファミレスのオムライスにハマり気味だった沙夜には衝撃的な味覚の暴力だった。
(信じられません。あの乏しかった冷蔵庫の中身でこれほど美味しいオムライスができるなんて……悔しい、認めたくない。永春くんと一緒にいったあのファミレスのオムライス……ビーフシチューと合体したようなすごいのよりも、思い出のあの味よりも、くっ……おしいい!)
様々な感情で脳内をとき卵のようにグチャグチャにされながら、一心不乱に目の前の料理をパクついた沙夜は震えた手でそっと空になった皿をムゲンに差し出す。
「おかわりを……頼め、ますか……ッ!」
まるで家族を人質に取られているかのような危機迫った声でそう懇願した。
彼女の胸中には美味しい料理を食べたことで溢れる満足感と自炊をしているからこそ分かってしまう敗北感。
自分はこの男に料理の腕で敵わないという非情な現実を人知れず突きつけられている気分だった。
ムゲンが本来在るべき世界の東京でそこそこ有名な喫茶店のキッチン担当である事実を沙夜はまだ知らない。
賑やかな夕食の席も終盤に差し掛かってきた頃に日中の六角モータースの様子を光姫が二人に語って聞かせた。
起きたムゲンに倒れてから現在に至る事情を説明したところ、身の振りを考えつくまで恩返しになんでも雑用をやらせて欲しいと申し出があったこと。
居候の宿賃代わりに家事や自動車整備工としての仕事の手伝いをやらせてみたところ、持ち前の怪力も手伝って大いに役立つ便利な小間使いの出来上がりと相成ったと言う事らしい。
「炊事洗濯掃除に力仕事とコイツ何やらせてもいい感じにこなしてくれてなー! 永春、あんた良いもん拾ってきてくれてあんがとよ」
「光姫さん、リサイクルショップで掘り出し物見つけてきたわけじゃないんですから……ムゲンもそこは反論しないと」
「心配すんな若、俺も穀潰しにならなくてホッとしてるぜ。酒の肴も任せてくださいよ姐さん!」
「あの……ちょっ、ちょっと待ってくださいよ! 光姫さん、いま……洗濯もさせたって言いましたか? 同い年の男の子に? 私たちの洗濯物を?」
人を使うのに長けていると言うか破天荒な発想の姉貴分の話の中に聞き捨てならない言葉が混じっていたことに沙夜は立ち上がると慌てた様子で会話を遮った。
「え、うん。安たちの作業着とかもあるから結構量あって大変なんだよ?」
「それは分かりますけど色々と不味いでしょう!? 彼も年頃の男の子ですよ!」
「まあ、そういう声は出ると覚悟はしていた。沙夜、どうか落ち着いて聞いて欲しい。俺は別にただの布に欲情するようなヤバい性癖は持ってない。安心してくれ」
「なにをどう安心しろと!?」
羞恥心で顔を真っ赤にしながら沙夜は隣に永春もいるということも忘れて捲し立てるが当事者である光姫とムゲンは後ろめたさの欠片も見せずにきっぱりと答える。
あまりの潔さに思わず沙夜は自分の価値観がおかしいのかと疑心暗鬼になりかけるが明らかにこの二人が細かいことを気にしなさすぎているのだ。
「あなたの性癖がどんなのかは知りませんけど、ムゲンだって知らない女性の下着とか洗濯するとか気まずいとかあるでしょう? 嫌なものは断っていいんですよ!?」
「いやだって、恩がある以上はできることは全部やっておきたいだろう? それに選りすぐりした奉公とか恩返しと言えるかどうか怪しいし」
「そんなところで義理堅さ発揮しなくていいですよ!」
「さ、沙夜さん落ち着いて」
普段の彼女を知っている者が見たら目を丸くして驚く程度に大きな声を出して慌てふためき、狼狽する沙夜を永春は気丈に寄り添って宥めるがその顔は珍しいものが見れたと嬉しい笑いが隠せていなかった。
「すまなかったお嬢。やっちまった以上は謝ることしか出来ないけどせめてお詫び代わりといっちゃなんだけど……ちょっと耳貸せ」
「な、なんですか?」
「――若がどういう下着が好みかこっそり聞いといてやろうか?」
「やかましい」
「痛ってえ!?」
この日、望月沙夜は生まれて初めて特に深い理由もなく他人に蹴りを入れた。
同時に沙夜の心の中で無意識にムゲンに対しての人間が謎多き不審人物から、コイツは調子に乗らせてはいけない要注意人物というものに書き替わっていた。
※
「お、まだこんな時間か。ムゲン、こき使って悪いけどホントにひとっ走りして酒の肴に必要な材料を買ってきてくれないかい?」
「お安い御用だぜ」
「店は昼間教えた場所な。いまメモ渡すからちょいと待て」
いつもよりも騒がしい夕食を終えてムゲンが皿を洗おうとした時だ。
彼の作る料理がよほど気に入ったのか光姫が急にそんな頼み事を彼にねだり、景気良く財布を渡して送り出した。
夕闇にその姿が小さくなって見えなくなるのを待って、沙夜たちを傍に控えさせておいた光姫が態度を一変させて口を開いた。
「で、あんたらの学校で何が起きたんだい? 永春の電話を受けてすっ飛んでいった杉と中が何の変哲もない悪ガキを一人拘束したって報せはあたしのところに届いちゃいるがムゲンに聞かれちゃ不味いことがあるんだろう」
「それが……」
沙夜たちが暮らす地方一帯の御守衆を束ねる頭領の顔になった光姫に二人は学校での事件を説明した。
化神とは違う謎の怪人の襲撃。自らを魔人教団のメタローと名乗り、ビャクアを仮面ライダーと呼称してあたかも御伽装士と同等の存在を知っているかのような態度。
更には怪人を倒したところ、それまでの被害がまるで時間が巻き戻ったように修復され、大衆の認識も何もなかったというものにリセットされていると言う摩訶不思議な現象。
何よりも、人間に擬態してその姿でも超人的な肉体能力を行使していた姿。それがまるで記憶喪失を自称するムゲンの特異な肉体と似ているように感じた所感を包み隠さず報告した。
「魔人教団か…また妙な連中が現れたもんだねえ」
「どうします? 教団と名乗る以上は他にも仲間がいるかもしれません」
「情報が足りない。まずは総本山を始めとした周辺の支部にも緊急で連絡して警戒と情報収集を始める……ぐらいしか出来ないのが現状だね」
腕を組んで思案に耽っていた光姫だったがあまりにも未知の脅威の前に基礎的な対策しか実行に移せる見込みがないと悟ると悔しげに片目を瞑った。
「光姫さんはムゲンのことどう思ってるんですか? 白か黒か」
「……私もそれが一番気になっています」
意を決したように触れなければいけない問題にスポットを当てたのは永春だった。
個人的には信じたいが御伽装士として私情を挟むのは憚られる立場の沙夜も不安そうに光姫の顔を窺う。
「あいつは白だな。勘とかじゃない……もしもムゲンがその魔人教団とかいうやつらの一員だとしたら昼間の間にあたしらを殺せる機会はいくらでもあった。それに学校で襲ってきた悪ガキから昨日あんたらのことをお節介で守りに突っ込んできたのは他ならぬムゲンだろう?」
最悪、ムゲンの身柄を捕らえて厳しく問いただすことになるかもしれないと気の進まない感情がよぎっていた二人に光姫は頭領として明確な理由付けをしたうえでそんな不安を豪放に笑い飛ばしてみせた。
「とはいえ、あいつの身の振りは早めになんとかしてやらないとこっちも動き辛いのは確かだね。記憶喪失の奴をも一発記憶消すっていうのも酷な話だし」
「あの、それならボクのいる下宿はどうですか?」
いくら役に立つとは言え、無関係の人間をいつまでも置いておけないと痛いところを呟いた光姫に助け船を出したのは永春だった。
「いいのか坊や?」
「お静さんに相談してみないと何ともですけど、光姫さんが口添えとかしてくれるなら多分いけるかなって」
「ありがとうございます永春くん」
「こんなことぐらいしか御守衆に協力できないし、あいつを見つけたのはボクだから……ボクが納得いくまではムゲンの力にならないとダメな気がするんだ」
決して安請け合いするつもりはないが永春は爽やかな口調でハッキリと答えた。
かつて、背負わされた呪いのせいで燻ぶり、密かになんとなく日々を浪費していた少年の面影はもうどこにもなかった。
その後、買い物から帰ったムゲンと入れ替わる形で永春は帰宅して、その日は静かに夜に包まれて終わっていく――はずだった。
※
「こんなもんか」
深夜。
生命は寝静まり、時計の針の音だけが響く六角家のキッチンにムゲンはいた。
借りている衣服ではなく、自前の学ランに袖を通した彼は可能な限り物音を立てずにあたためれば食べられるような朝食を用意すると置手紙をテーブルに置くと迷う様子もなく、玄関から外へと出て行ってしまった。
「どこへ行く気ですか、ムゲン?」
「――ンンッ!?」
「朝の散歩のつもりなら、少し早過ぎると思いますよ」
月明かりの下、母屋を離れて六角モータースの作業ガレージに差し掛かったところで不意に自分を呼び止める声にムゲンは肩を大きく震わせて驚いた。
冷や汗を浮かべて振り向くとそこには音もなくパジャマ姿の沙夜が神妙な顔で立っている。
「……ろくに恩返しも出来ずに無礼だとは思うが、俺は出ていく。その方がお互いのためだ」
「理由を聞かせてください。私も居候の身ですが光姫さんに代わってそれを聞く権利はあると思いますけど?」
夕食時の団欒からは想像も出来ない言葉とムゲンの寂寥感に満ちた物腰に驚きを覚えながら沙夜は彼の真意を尋ねる。
「晩飯に沙夜が自分で言ってたじゃないか? 若い女の人たちが……それも旦那と彼氏持ちが暮らしてる家に俺みたいな野良犬同然の野郎が居座ったんじゃ良くない噂が広まっちまうだろ」
「それは……あの場は予想外のことで思わず強く言ってしまいましたが別に出ていってほしいだなんて」
「誤解するなって。別に沙夜に言われて傷ついたから出ていくんじゃない。お前や姐さん、それに若のことを聞いた上で俺が自分で出ていこうって決めたんだ」
謝ろうとする沙夜を制して、ムゲンは強い意志を示して言い切った。
その瞳は幼い頃に故郷で迫害同然の扱いを受けて荒んでいた時代のように濁っていた。
「いくら沙夜や若たちが気にしなくても、世間の連中はそうはいかねえ。性根の捻くれた奴らが俺だけならまだしもお前たちのことまで根も葉もない悪口を言って、祭りでも楽しむように騒ぎ立てるんだ。そんなのはごめんだ」
「ムゲン……それはいくらなんでも取り越し苦労では?」
「そういうもんなんだよ人間ってのは。ちょっとでも他人より上でいようと躍起になって、貶めたり辱しめられる機会があるなら面白がって寄ってきては他人の心を踏み荒らしていく」
「記憶喪失のあなたがそこまで言うのどうかと……」
「分かるさ。それに俺は
沙夜の気休めの言葉にも頑なな態度を崩さないムゲンはおもむろに近くに落ちていた鉄の廃材を手に持つと簡単にへし曲げて見せた。無論、大の大人はおろかプロの格闘家でも容易に出来ない芸当だ。
「自分が痛い目に遭わなければ、誰がどんな惨めな目に遭っても面白おかしく笑えるんだよ人間なんてものはな。それでいて、自分が間違ってるって反論されれば今度は仲間で集まって自分が正しいと矯正するみたいに無理を押し通す。大抵がそんなもんだ。俺もきっとそうだ。ろくでなしさ……じゃなきゃ、高校生のガキがこんな刀で斬られたような怪我するかよ。相当な馬鹿をやったんだろうさ」
「ムゲン……それなら、私や永春くんだってあなたにはそう映っていると言うんですか? 光姫さんや安さんたちもそうですか?」
まるで人が変わったかのように厭世的に吐き捨てるムゲンの言葉に圧倒されながら沙夜は強く一歩踏み込むと真っ直ぐに彼を見て問いかけた。
「まさか、違うね。俺は運が良いよ……数少ない善い人たちにこんなにも多く出会って、世話になったんだ」
「だったら」
「だからこそだ。俺みたいな野良犬を助けてくれた人たちが理不尽な目に遭うのなんて俺は御免だ。それぐらいなら俺は……疫病神になるぐらいなら、恩知らずになる方がマシだ」
いまのムゲンに本来の彼が生きた記憶は未だに鍵が掛ったままだ。
だけど、数え切れないほどにその心身で受けてきた不条理な
このムゲンは本質的に本来のムゲンと大差はない。
価値観も、主義主張も――唯一欠けているとしたら、相違点があるとしたらそれは間違いなく二人の親友の記憶がないこと、それに尽きた。
「もういいだろう。俺のことで沙夜たちが気に病む必要はないさ」
「行くあてはあるんですか?」
「とりあえず、東京に行って学生証に書いてある母校とやらを探すよ。名前も顔も思い出せないけど、会わなきゃいけない人たちがいる。捜さないといけない人たちがいるんだ……それだけは断言できる」
「ムゲンの気持ちはわかりました。けど、所持金1,502円でここから東京までいくのはいくらなんでも無謀では?」
しばしの沈黙の後、先に口を開いたのは沙夜だった。
意地っ張りな子供を窘めるような口調と共に随分と薄っぺらな財布をかざすとムゲンは目を丸くする。
「まっ!? それ、俺の財布!?」
「あなたの気持ちや本音は胸に留めておきます。だけど、そんな装備では東京に着くまでにまた行き倒れになってしまいますよ?」
「そこは若みたいな殊勝な御仁に巡り合えることを願ってヒッチハイクでも繰り返すさ」
「いまさっき、あれほど人間の負の側面を強く主張していた人の言葉とは思えませんね」
「あれだな……本音と建前は人類の専売特許ってやつだと思うし」
いますぐにでも腕尽くの衝突が起こりそうな緊張感が弱まり、二人は自分の言葉に苦笑しながら言いたいことを言い合った。
「ムゲン。あなたの行く道を邪魔するつもりはありません。ですがもう少しだけ出発を後回しにするというのはダメですか? 永春くんが彼の下宿にあなたを住まわせられないか大家さんに相談してくれようとしています」
「若が?」
「彼の苦労を無碍にして欲しくない。私もこんな風なお別れは釈然としていなくて嫌です」
思ってもみない言葉と状況に今度はムゲンが困惑することになった。
どうしたものかと考えていると更に沙夜は言葉を繋げる。
「それから光姫さんはこの町では結構な顔役です。ムゲンが思っている様な阿漕な真似を考える人は多分いませんよ? 従業員のあの四人を束ねている姿を見ても信じられませんか?」
「……いや、言われてみると信じたくなる話だ」
沙夜は懸命に自分の胸の裡に溢れる想いを言葉に変えてムゲンに伝えていく。こんな風に御守衆以外の同世代の少年と意見をぶつけ合うようなことは彼女にとっても滅多にないことでとにかく必死だ。
だが、その必死さがムゲンに届いたのだろうか。一人ぼっちの狼のような彼は観念したように一息を吐くと照れ臭そうな顔色で小さく頭を下げた。
「参ったな……予想以上にお節介な人たちに拾われた。どうなっても知らないからな?」
「望むところですよ。これでもトラブルには慣れていますから、私たち」
「ありがとう沙夜。感謝しかないよ」
熟考した末にムゲンは彼女の言葉に従った。
自分のことも分からず、分からないから信じきれないいまのムゲンはだったら、この眼で見てきた彼女たちの人柄を信じようと思ったのだ。
月明かりに照らされて、ムゲンは踵を返した。
真夜中の空はこんなにも明るく輝いているのに、彼の心を導く星はまだ暗雲のどこかに隠れたままだ。
沙夜たちの許にもう暫く逗留することを決意したムゲンはしばらくは穏やかに過ごせるものと思っていたのだがその夜の翌日に決定的な事件は起きた。
月下の語らいなど露も知らず眠っていた光姫を交えて何事もなく朝食を取った沙夜が学校へ行こうとしたときである。
「沙夜。昨日の礼といっちゃ変だけど、こいつ持ってけ」
「これ……お弁当ですか?」
「おう! 昨日と少し被る品はあるが丹精込めて作ったんだ。味は保証するぜ」
「クス。お気遣いありがとうございます。遠慮なくごちそうになりますね」
昨夜の冷めてどこか陰鬱な一面を露わにしていた少年と同一人物だとは思えない大らかな物腰に戻ったムゲンの好意を汲んで沙夜は嬉しそうに弁当箱を受け取る。
「そう言ってくれると助かるぜ。で、こっちが若の分な。いやー流石に二人前の弁当作るのは骨が折れたぜ。全国の親御さんは本当によくやるよ」
「は?」
しかし、何気なしに放った二言目に沙夜は凍り付いた。
「お? なんか俺おかしなこと言ったか?」
「いま、永春くんにもお弁当を作ったと、そう言ったんですか? ムゲン?」
「そりゃあ、若の分なかったら可哀想だろう」
「なにして……くれてるんですか? 沙夜だって、まだ作ってあげたことないのに?」
まるで体に大きな風穴をあけられたようなショックに棒読み口調になりながら沙夜は震える足をどうにか踏ん張って声を絞り出す。
彼氏にお弁当を作ってきてあげる――その嬉し恥ずかしな甘酸っぱい一大イベントをよりにもよってどこの馬の骨とも分からない男に一番乗りを奪われたのだ。前髪に隠された瞳は爽やかな朝には似つかわしくない怨霊のように淀んでいた。
「え? マジ? いや、うっそだろ……二人の仲の良さから俺はてっきり付き合って一年以上で手作り弁当なんて星の数ほど若に作ってあげてると思ってたのに……え、マジか?」
「……マジですよ。い、胃袋を屈服させても永春くんの心はまだ沙夜のものですからね! ちょっ、調子に乗らないことですよ双連寺ムゲン……ッ!!」
「だっはぁ~! そりゃあ、悪いことをしたなぁ。いやぁ~初めて奪っちまったかぁ! まあ、いい教訓になったじゃねえか? だっははは、許せ!」
「やかましいッ!」
「ぬぎゃあああ!? ケツを四分割にする気かぁああ!?」
真っ白に燃え尽きたような放心状態の沙夜をからかい気味に慰めるムゲンであったが彼女の反応が余りにも初心なので少しずつ悪ノリが加速していく。
最終的には調子に乗りまくったムゲンは勝ち誇った悪役のようなゲス笑いを浮かべてポンポンと気安く彼女の頭を撫でる有様だった。
結果――この日、望月沙夜は生まれて初めて結構理不尽な理由で他人を蹴った。
こうして、ムゲンと沙夜の世界的に有名なネズミとネコのような腐れ縁の関係が誕生するのであった。
※
海辺の洋館の広間には物々しい空気が張り詰めていた。
三人掛けのソファーを占領してふてぶてしく鎮座している人間体のアロンダイトの威圧感こそがその緊迫の発生源だった。
「コンバットの野郎の気配が消えやがった。間違いなくこの世界のライダーの仕業だ」
普段の大雑把な陽気さは消え失せ、手にしていた酒瓶を一瞬でビー玉のように握り潰すと招集した残る三体のメタローたちに号令を発した。
「野郎ども! 本格的にこの世界のライダーどもと戦争をおっ始めようじゃねえか!」
アロンダイトの檄に配下のメタローたちは燃え上がり、荒々しい山賊か戦闘民族のように呼応する。
「二の矢は誰がいく? 御伽装士とかいうこの世界のライダーは一人二人じゃねえって話だ! 片っ端から皆殺しにする気概のある命知らずはどいつだ!!」
『アロンダイト様! 俺がいく! 俺に行かせてくれ!』
『いいや俺だね! ライダーも人間もまとめて大虐殺のお祭り騒ぎにしてやるぜ!』
『さあ、早く選んでくれよアロンダイトの大将! 世界をぶっ壊したくてウズウズが止らないぜ!』
三種の異形の影がおぞましく揺れ動き、哄笑の大合唱が響く。
そんな物騒な盛り上がりに気を良くして、一番血の気のありそうな同胞をアロンダイトが指名しようとした時だった。
「駄目だねぇ君たち。選ぶ? そんなお行儀の良いことでは魔人教団の名がすたるというものだよ」
「どうしたヒエンちゃん? 策でもあるってのか?」
「全員だ」
「はあ?」
凍てついた老人の一声が待ったをかけた。
アロンダイト達の喧騒を独り、暖炉のそばで静観していたバケヒエンは二言目で彼らの度肝を抜く思わぬ提案をする。
「全員でいきたまえ。私の方からも腕に覚えのある化神を二体ほど呼び寄せて戦力に加えよう。総勢五体――まずは君らの同胞の仇を確実にしてご覧よ? そう、巨象が蟻を踏み潰すようにねえ」
化神バケヒエン。
この好々爺の化けの皮を被った
「我が友アロンダイト、君ら魔人教団はライダーや世界を相手に戦を仕掛けるのだろう? ならば、これぐらいの物量作戦卑怯とは感じまいな?」
※
一方で、その頃デュオルの世界では数日前から姿を消したムゲンをカフェ・メリッサの仲間たちが必死にその行方を捜索していた。
「シスター、わたしの方はダメでした~! 最後にムゲンさんが戦った区画の地下まで探してみましたけど影も形もありませんよ」
「ご苦労さま。少し休みなさいな」
勢い良く扉を開き帰ってきた疲労困憊気味のクーを労いながらシスターこと有栖川ユキヒラは渋い顔でこれまで手分けして収集したムゲンの行方に関する情報が書かれたホワイトボードを見つめた。
「そろそろ手詰まりになってきたわよ。ムゲンちゃん……一体どこにいるわけ?」
「シスター!」
「どうしたのハルカちゃん?」
「ムゲンが戦ってたあの奇妙な赤い空間に潜り込ませていたドローンゴーレムが記録していた映像をやっと復元できたんですが……ちょっと見て欲しいものがある」
「これは……そう、そいういうこと」
解せないと言った表情のハルカに促されて、用意されたモニターの映像をクーも交えて確認したシスターはノイズが多い映像に映った化神たちの姿を見て驚愕した。
「画像が荒くてはっきり断定できませんがこれメタローでしょうか?」
「そうなんですよクーさん……あいつらは確かにバリエーション豊富な姿をしてましたけど、こいつらは何となく毛色が違う気がして」
「――お手柄よ、ハルカちゃん」
そして、同時に暗礁に乗りかけていた現状に一縷の希望を見出す。
「ムゲンちゃんの居場所の目星がついたの。あの子ったらまた別の世界に漂流している可能性が高いわ」
「なんですと!?」
「ハルカちゃん、いますぐカナタちゃんを呼び戻して。今回は世渡り上手なあんたたちも同行した方が良いわ」
「おやシスター? その口ぶりはもしや、再びの異世界弾丸トラベラーをやれと?」
「その通りよ♪ 安心なさい。運はこっちに向いてるからね」
前回、ムゲンを探すために数え切れない異世界を駆け回った時の過酷さを思い出して引きつった笑みを浮かべるクーを尻目にシスターはある人物に手紙を書くべく筆を取った。
※
「たぶん、この辺にいると思ったんだけど……外れだったかな?」
街でムゲンを捜索中にハルカからの電話を受けたカナタはというとすぐにカフェ・メリッサには戻らずに一人で人気のない寂れた廃墟にやって来ていた。
異世界に旅立つ前にある人物に一つの頼みごとをするために。
「この音……やっぱり、今日はここにいた」
遠くから聞こえる乱れのないハーモニカの旋律にカナタの歩調は速くなる。
足元に気をつけながら隙間だらけの天井から木漏れ日が差し込む廃墟の奥を進むと目当ての男は野良猫や捨て犬、小鳥たちに囲まれてそこにいた。
「こんにちは。サードマン。お友達たちとの演奏会の途中にお邪魔してごめんね」
「謝罪の必要はない。それに彼らと俺はただの同居人だ。友達という間柄でもない」
カナタの声に男はハーモニカを吹くのを止めると、ゆっくりと立ち上がった。
漆黒の男だった。
猟犬のような険しい緋色の眼差しと整ってはいるが
「何の用だ。双連寺ならばここで殺し合いを興じるのもやぶさかではないが。天風カナタ、お前のようなただの人間に興味はない」
「ムゲンはいまこの世界にはいないよ」
「なに?」
「先日、赤い空間と一緒に現れた怪人たちと戦って行方不明になっている」
穏やかな間柄を築けているとは言えそうにない黒い男にカナタは自分やムゲンの置かれている状況を躊躇いなく打ち明けた。
「今日、アナタに会いに来たのはお願いを聞いて欲しくてね。アナタの望みにも関わってくると思うかな?」
「ハハッ! この俺にお願いだと? お願いか……面白い奴だ。話してみろ」
「私たちはこれからムゲンを探しに別の世界へ向かう。その間にもしも魔人教団が攻めてきたら、それこそ死奏剣の一人でも現れたらこの世界の命脈は絶望的になる」
「同感だな。ただの雑魚ならまだしも、あの四人のうちの誰かなら不可能ではないだろう」
「お願い事はそこよ、サードマン。私たちがムゲンを連れて戻るまで魔人教団からこの世界を守っていて欲しいの」
一切の迷いもなく、カナタはそう切り出した。
その表情は真剣そのもので聞き手であるサードマンもピクリとも顔色を変えずに彼女の話を傾聴していた。
「アナタなら、アイツらとも互角に戦える……そうでしょう?」
「そう評価されるのは悪くない。だが、そんな頼みを引き受けるほどの縁も義理も俺たちの間にあるとは思えないが?」
あくまでも第三勢力であるサードマンはまるで鉄仮面のような表情の変化に乏しい冷厳な顔でカナタの依頼に難色を示す。
「その通りだね。正直、いまの私にアナタへの報酬として差し出せるものは自分の命ぐらいしかないかな? きっと、私を殺せばアナタは鬼のように強いムゲンと戦えるよ」
「俺が言うのはナンセンス極まるが不謹慎な発言は控えた方がいいぞ。お前たちの命は交換などできないだろう」
「ええ、そうね。でも、こっちも命懸け。それぐらい一手の間違いも出来ない状況なの」
やろうと思えば指先一つで自分を殺すことも簡単なサードマンを相手にカナタは微塵も動じずに対峙して、自分の胸中を晒していく。
「サードマン。アナタはいまこの願いを引き受けることに縁も義理もないと言ったよね。でも、メリットはあると考えられない」
「ほお?」
「私たちに貸しを一つ作ることはデュオルを倒して最強を証明したいっていうアナタの目的を達成するのに有利な材料になるとは思わない? それにムゲンが別の世界に飛ばされたように、この世界にアナタも知らないような強い何者かが迷い込む可能性だってゼロじゃないはずよ?」
自分の持ちかけた交渉にサードマンが僅かに興味を示した様子をカナタは見逃さなかった。
年明けから踏み込んだ空想めいた非日常で培った体験から導き出される仮説を参考に一気に説き伏せようと捲し立てる。
「ムゲンが異世界で出会って共闘したっていうツルギという名のライダーは冷や汗が出るほどの凄腕の剣士だったそうよ。きっと、私やアナタが知らない外典の仮面ライダーやその対抗組織の強豪怪人……それにアナタの記憶の残滓にあるという宿敵がこちらの世界に迷い込む可能性だって否定はできないでしょう? 最も、この世界が滅ぼされたらその証明は出来なくなるけどね」
「ハハッ……ハッハッハッハ! 人間とは複雑怪奇な生き物だな! よくぞそこまでの啖呵を切る。下手な怪人よりもその頭脳は狡猾なのではないのか?」
「ふふん♪ 失敬な……こんなの、ただの気合だよ」
カナタの大袈裟に飛躍し過ぎだが頭ごなしに全否定も出来ない仮説を聞かされて、サードマンは大笑いしながらその度胸と行動力を拍手で讃えた。
「お前たちの文化では口八丁というのだったか? 俺のような男の胸をも躍らせるとは仰天だ!」
「サードマン……それじゃあ、引き受けてくれるのかな?」
「天風カナタ。俺を前にして吼えた死をも恐れぬその覚悟と行動に応えよう」
漆黒の男は重く力強い足取りでカナタの前に立つと恭しく跪いて最敬礼をしてみせた。
無法者然としたサードマンの身なりに反して、その姿は高潔な騎士の如き気高さに満ちている。
「だがな、守るという
「そうだね。サードマン……アナタへの頼み事として願うなら少しナンセンスな言葉選びだったと思うよ」
「ああ、そうだ。俺が責任と誇りを以て遂行できる事柄はせいぜい破壊することだけだ」
自分たちが不在の間の危機を乗り切れる切り札を味方につけることに成功して安堵の表情を浮かべるカナタを横切って、漆黒の男は闘争を求めて進み始める。
景気づけに吹き鳴らすハーモニカの音色はまるで死神の奏でる葬送曲。
「魔人教団の企ては間違いなく俺が壊しておいてやろう」
最強戦士の称号を欲する漆黒の男は口元に真紅の三日月を浮かべて歩き出す。
後顧の憂いを断つことができたカナタたちもまたムゲンを探すため、異世界へと飛び立とうとしていた。
最後に登場したサードマンに関して補足させていただきますとあのキャラクターは仮面ライダーデュオルに今後登場予定の人物です。彼の正体につきましてはデュオル本編の方で明かしていくつもりです。
現在はビャクア関連の話をメインに執筆・更新していますが必ずデュオルの方も更新を再開させたいと思っているのでもうしばらくお待ちください。
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それでは!