仮面ライダーハーメルンジェネレーションズ外伝 デュオル×ビャクア ユニゾンウォー   作:マフ30

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エピソード5 強襲無惨

 

 

 その日も、沙夜は自然と目覚ましのアラームが鳴るよりも早く目を覚ました。

 潔くまどろみに別れを告げて体を起こし、身支度を整えていると不意に先日の深夜にムゲンが放った言葉が脳裏によぎった。

 

『人間なんて、大抵がろくでなし』

 

 記憶を無くした彼の口から出た荒んだ言葉。

 だけど、その眼差しにも陰りのある表情にも嘘を言っているようには思えなくて。

 あの声にはまるで生爪を剥がされるのに近い苦痛に耐えて絞り出すような想いが沙夜にも感じ取ることができるものだった。

 何よりもそんな厭世的な物言いをするムゲンに沙夜は自分の言葉で何も言う事が出来なかった。肯定も、否定も、同情もなにもだ。

 

「……考えたこともありませんでした」

 

 守るべき存在である人間の美醜についてなんて、思ってもみなかった。

 ずっと、そういうものだからそうしてきただけだった。

 一人ぼっちの寂しげな野犬にも似たムゲンの言葉と視線を正面から浴びても驚きこそ感じても「そうですか」程度の気持ちしか、あの時の沙夜の心には湧いてはこなかったのだ。

 

「今までは守っていればいいと思っていましたけど、もう一歩精進する頃合いかもしれませんね」

 

 人間を守る御伽装士でありながら、望月沙夜という少女はその成り立ちがそうさせたのか他人と向き合うことが乏しかった。

 化神を退治する戦いの日々で、学校の級友も見ず知らずの他人も関係なく、自らを偽り誤魔化すことの繰り返し。折角作った宝石のような楽しい思い出もほんの僅かに化神が関われば綺麗さっぱり消してきた。

 秘匿と嘘と欺瞞に塗れた毎日をこういうものだと割り切れるほど達観もしていなかった沙夜は罪悪感からいつしか前髪で瞳を隠して、誰とも目を合わせずに生きるようになった。

 同世代の人間と本音で語らい、意見をぶつけ合うような交流という経験は皆無と言っていいほど少なかった。

 

「いつからでしょうね、こんなことが難しいと感じるようになったのは」

 

 姿見に映る自分の顔をジッと見つめて、溜息一つ。

 それで気持ちを切り替えると沙夜はしゃんと背筋を伸ばした。

 今日はムゲンを連れて笛吹荘へと行く予定になっている。

 永春が早々に動いて大家である静江さんに話を通してくれているので今日は形ばかりの面談だ。

 ムゲンを疑いたくはないがただの高校生とは思えない部分が多すぎる彼のこれからについて、沙夜もまた本人が納得いくまで責任を持とうと決めていた。

 

 

 

 

 快晴ということもあって、土曜日の午前中から町は多くの人で溢れて賑やかに活気付いていた。そんな街中を道中で落ち合った永春に先導されて、ムゲンたちは笛吹荘を目指していた。

 

「なあ、それ歩き辛くねえの?」

「むしろ快適です。お気遣いありがとうございます」

「いや、お前じゃなくて。若に言ったんだけど」

「あはは……ま、まあボクの方も大丈夫だから」

 

 ムゲンの前を行く永春と沙夜の二人は仲睦まじく腕など組んで歩いているのだが沙夜の方の力の入れようがすごいったらない。

 懐に入り込むようにガッチリと永春と自分の腕を組ませて、まるでムゲンに彼を気安く誑かすなと警告している様な彼女アピールである。時折、後ろを振り向いてはシャー!と縄張り争いをする猫のように威嚇までしてくるが車道側をキープして永春を守っているのはご愛嬌である。

 

「あのよぉ、そんな親の仇みたいに用心しなくても何にもしねえよ」

「それが出会って三日もしないのに慣れ慣れしくお弁当作った人間の言葉ですか?」

「言っとくがこれ俺の方がいい迷惑だからな? 俺ぁちゃんと女の人が好きだよ。沙夜が心配しなくても若のことなんて寝取ったりしねえよ」

「なっ!? あ、明るいうちから、それも往来でなんてことを口にするんですかムゲンは!」

「二人とも仲良くしなよぉ……いや、仲良いからこうなのか?」

 

 

 珍妙な三角関係のやり取りを交わしながら進む三人は自分たちが他の通行人から注目されていることを知らない。

 沙夜としてはムゲンの言葉に思う事はあるし、彼の今後を心配する気持ちも本心だがそれはそれだ。男友達には特有の距離の近さなんかがあるのかもしれないがムゲンが永春に必要以上に仲良さそうにしている姿を見ていると何故だか胸がざわつくのである。

 

「仲が良いわけ……いえ、嫌いということではないですが、その普通です!普通!」

「だろうよ。俺ももうちょっと普通に友好的なと……と、あれ……?」

 

 喧嘩するほどなんとやらな息の合ったタイミングで永春の言葉に待ったをかける二人。しかし、ムゲンの方は何故だかとから始まる四文字の言葉が急に声に出せなくて困惑した。

 同時にふと、脳裏に自分の知らない光景がフラッシュバックする。

 それは永春と沙夜ではない違う男女二人の後ろをいまのようについて歩いている、とても大切な気がする景色だった。

 

「ムゲン? どうしたの?」

「あ……いや、ごめん。ちょっと立ち眩みみたいな」

 

 突然、我が身に起こった現状に棒立ちになってしまったムゲンに気付いた永春が心配そうに近付いた時だった。

 

『イィィヤッハァアアアアアアアアア!!』

 

 倒錯的な雄叫びと建物が壊れるような強烈な物音が三人のいる場所から歩いてすぐの自然公園の方角から響いてきたのだ。

 

「な、なんだいまの!?」

「……嫌な予感がします。永春くん、ちょっと行ってきます!」

「お、おい!? 待てって二人とも」

 

 まるで大きな事故でも起きたように一拍の間を置いて聞こえてくる人々の悲鳴に周囲もパニックになる中で沙夜は一目散に駆け出して、二人も咄嗟に後を追った。

 

 

 

 

 広大な敷地に遊具やキャンプ施設なども備えた自然公園は阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。白昼堂々と逃げ惑う人々を嬉々として襲い、暴れまわる奇抜な怪人が三人の目に飛び込んできた。

 

『下等生物共がせいぜい泣き喚いて俺たちを楽しませてみせろよなァ!』

「うわぁぁぁああ!?」

『出てこいよ仮面ライダー! 魔人教団がてめえをぶっ殺してやるぜ!!』

 

 黒光りする硬い皮膚に全身を覆われた大柄な異形。

 鋭い歯が生え揃った面長な鰐の顔と長い尻尾を持ったその怪人の名はクロコダイルメタロー。

この世界へと放たれた新たな刺客は両腕に装備した鰐頭を模した巨大なガントレットで周囲を手当たり次第に破壊して哄笑を上げていた。

 

「なんだよ……何なんだよアレ!? ほ、本物なのか!?」

 

 記憶喪失中のムゲンは本来ならば自分の宿敵である異形を目の当たりにして愕然とした叫び声を上げた。

 一方で警戒していた謎多き組織の再攻撃に永春は不安そうに顔を歪め、沙夜は口元を引き締めてブレスレットの飾りに偽っている怨面を手に取った。

 

「永春くん、すみませんが光姫さんに連絡を! それから出来れば一般の人たちの避難をお願いします」

「うん! わかっ――」

「バカかお前ら! 俺らも逃げるんだよ!!」

 

 戦いに赴こうとした沙夜とそれを支えようとする永春を阻む大声。

 ムゲンは二人の前に両腕を大の字に広げて遮ると危機迫る形相でこの場を離れることを促した。

 

「あんなもんどう考えても熊や猪よりもヤバいだろ! 死んじまうぞ! こっちに来る前に逃げるぞ! 逃げてる間に警察呼べば十分だろう!!」

「ムゲン……それはできません」

「はあ!?」

「何故なら、私は守る側の人間です」

 

 至極正論だった。

 世界の裏側に存在する怪異や神秘を知らない一般人の感性なら普通の反応だった。

 けれど、ムゲンの思いも虚しく沙夜はもちろん永春もそちら側の人間ではない。

 故に沙夜は怨面を被る。

 

「オン・カルラ・カン・カンラ」

 

 謎の白い仮面を被った沙夜の異変にムゲンも気付いた。

 氷柱を背中に突っ込まれるような寒気に困惑している彼の目の前で沙夜は人間を守る戦士へと変わっていく。

 

「クゥ……ア、ァアア――変身!」

「嘘だろ……なんだそりゃ」

 

 沙夜の首筋やスカートから伸びた白い足に浮かび上がる真紅の蛇紋様と苦しげな呻きに慌てるのも束の間、目の前で鴉天狗にも似た純白の武者のような姿に変わった彼女にムゲンは呆然と立ち尽くした。

 

「ムゲンは知らなくてもいいことです。あの化神もどきは私が倒します。町の人たちを守るのが私の務めです!」

 

 凛とした声で告げるとビャクアはムゲンを横切って大地を蹴る。

 常人ではないと分かりやすく証明するように一足飛びで空を飛ぶように大きく跳躍してメタローに攻めかかっていったビャクアに取り残されたムゲンは目を白黒させてその後ろ姿を見つめることしか出来なかった。

 

「ハイヤァ!」

 

 鰐の顎を模した鋼のガントレットが遊具やバンガローを薙ぎ倒し、蛇のようにのたうつ尻尾が緑の芝生を容赦なく抉る。

 傍若無人の限りに暴れまわるクロコダイルメタローをビャクアは隼のような素早さで背後から蹴り込み急襲を仕掛けた。

 

『お? 待ってたぜ仮面ライダー! コンバットの野郎のカ・タ・キィ! しっかり取らせてもらうからよぉ! たっぷり可愛がらせてくれよ!!』

「遠慮しておきます」

 

 硬い鰐皮が高い防御力を持つ装甲となってビャクアの先制攻撃をほぼ無力化した。

 クロコダイルメタローは彼女の参上に大喜びすると荒々しく襲い掛かる。

 

『シェヤアアアア!』

「くっ! 下手な小技で怯ませるのは難しいですね……ならば!」

『ハッハァアア! 非力なもんだな? そんな攻撃じゃ愛撫にもならねえぜ!』

 

 直線の加速だけを見れば見た目以上の素早さを見せるクロコダイルメタローの力任せな攻撃が大量の粉塵や土砂を発生させてビャクアに猛威を振るう。

 紙一重で回避しながらカウンターの徒手空拳を打ち込んでみるが分厚い表皮の前にビャクアの素の攻撃では大したダメージは与えられない様子だった。

 

「退魔七つ道具が其の肆、山崩しの大筒!」

『むお!?』

 

 ヤツデの葉型のバックルに嵌めこまれた霊水晶から召喚された大きな長銃を構えるとビャクアは縦横無尽に駆け回り、威嚇射撃をしながら相手へと肉薄する。

 

「食らえ!」

『のぉおおおおお!?』

 

 その射撃はまるで抜刀術の如く。

 敢えて、クロコダイルメタローが得手とする一直線の正面衝突に乗って仕掛けたビャクアはノコギリのような牙を持つ大顎に噛み砕かれる寸前ではらりと身を翻す。

 そして、すれ違いざまに大筒を発射。光の奔流が横側面の至近距離から念入りに黒い巨体を焼き払っていく。

 

『がぁ……あああ……こんな呆気なく……ゥ!?』

 

 目が眩むような閃光が尻尾の先端までを大刀を振り抜くように撃ち抜くと丸焦げになったクロコダイルメタローは怨嗟に塗れた声を捻りだし終えると白目を剥いて沈黙した。

 そして、しばらくすると淡い光を放って先のコンバットメタロー同様に数日前に沙夜たちに因縁をつけてきた不良の一人の姿になった。

 

「彼はやっぱりこの間の……なにが起きているんですか一体」

 

 一撃をまともに食らってしまえば痛手不可避な相性の悪い相手になんとか勝利を収めることができたビャクアは退魔道具を戻すと気を失ったままの不良に近付いて声を掛けた。

 謎の怪人メタロー、それに彼らが口にする魔人教団という組織――問い質すことは山ほどあった。

 

「起きなさい! 私の声が聞こえますか? いくつか聞きたいことがあります」

 

 うつ伏せに倒れた不良を揺り起そうとするビャクアの耳に遠くからサイレンの音が流れてきた。恐らく、逃げのびた人たちが通報したのだろう。急がなければここにも警察や消防士たちなどが殺到してしまう。

 

「乱暴をする気はありませんが質問には答え――……!?」

 

 このような白昼堂々とそれも多くの人で賑わう場所で暴れるとは予想も出来ずに一般人の秘匿は棚上げしてしまったがこれ以上は記憶を消して回るにも無理があると沙夜は苦い顔を浮かべた。

 やむを得ずこの不良を連れてこの場から去ろうかと考えて、重大な違和感に気付いて青ざめる。コンバットメタローを倒した時と決定的に違うことがこの状況にはあった。

 

「ッ……お前はまさか!?」

『イッヒャッハッハ! もう遅いんだよぉ! 野郎ども出番だぜ!!』

 

 最初にメタローなる怪人を倒した時、周囲の被害はまるで映像が巻き戻されるように寸分違わず修正されていた。

 それがいまはどうだ?

 自然公園は荒らされたままで、あちこちで負傷した人々の悲鳴や呻きが聞こえている。

 まだ終わっていない。

 ビャクアが致命的な見誤りをしてしまったことに気付いた時にはもう彼女の足首を倒された振りをしていた狡猾な魔人がガッチリと掴んで離さなかった。

 

『チェヤアァアアァ!!』

「が、あ――!?」

 

 茂みに潜んでいたナニかが車輪が回る音を立てながら急接近してくると思えば、足首を掴まれて動けないビャクアの脇腹を鋭利な刃物で深々と切り裂いた。

 真っ青な青空に鮮血が飛び散り、ビャクアは堪らずその場に崩れ落ちる。

 そして、絶望が目を覚ますように新たに異なる三つの足音が聞こえてきた。

 

 

 

 

 ほぼ同時刻、永春から電話を受けて魔人教団の襲撃を知った光姫たち御守衆の面々は大急ぎで可能な限りの対応に追われていた。

 

「杉と中は動ける平装士をかき集めて混乱を鎮めろ! 梶は永春と合流して沙夜を援護! 安は近隣の支部に緊急連絡、それから可能なら誰か御伽装士を応援に回してもらえないか……いや、どこか一カ所が丸裸は不味いな。兎に角、百鬼夜行かそれ以上に警戒しろって伝えて回れ!」

「押忍!」

 

 頭領である光姫の矢継ぎ早な指示を受けて、安たち平装士たちは鉄砲玉のように飛び出していく。一人になった光姫はというと乱暴に頭を掻きながら、涼しげな美貌を歪めで他に打てる事後策がないかと無理やりにでも脳細胞を活性化させようと知恵を絞る。

 

「なんてこっただ。それに真昼間の人だかりにカチ込んでくるなんて化神じゃ考えられない。魔人教団……一体全体何者なんだい?」

 

 コンバットメタローなる怪人に変化した件の不良をかなり厳しく尋問してみたが得られる情報は何もなった。各地の支部の御守衆と連携して情報を集めようとしても有力なものがまるでないあまりにも痕跡がなさすぎる謎の敵勢力を相手取ることの困難さに光姫が苦心していた時だった。

 

「ごめんください。このお店の店長さん――六角光姫さんは貴女でよろしいでしょうか?」

 

 六角モータースの扉が開けられて、自動車修理工には似つかわしくない少女の声が光姫を呼んだ。

 

「あ~……悪いがついさっきから臨時休業でね、よその店を当たっておくれよ」

「――御守衆の六角光姫さんは貴女で間違いないのかな?」

「ああん!?」

 

 声の主に目も向けずに追い払おうとする光姫に鮮やかな橙色の髪の少女はからかうようにもう一度、彼女を呼んだ。ただのお客では知りえない言葉を添えて。

 

「怪しいものではありません。有栖川ユキヒラの身内のような者たちと言えば少しは信用してくれますか? ま、詳しくはこの手紙を読んでもらえば解るかと」

「あんたら一体……しかも、いま有栖川って! シスターの身内だぁ!?」

「それからですね、先程のお話を少し盗み聞きしちゃったのですけど私たちは貴女方が知りたがっている情報を結構持っていたりするんですよ? まあ、私たちも貴女に手伝ってもらいたいことがあるので交換条件というわけになりますけど。大事な友達を探しているところなのでして」

 

 後ろに二人の仲間を控えさせながらサイドテールの少女は黒く爽やかな笑顔を浮かべて、世界を超えて届けられた手紙をチラつかせた。

 

 

 

 

『おーい……いまのは心臓を一突きにできただろう? 殺せよ。せっかく俺がこんな屈辱的な猿芝居を打ってやったのによ』

『正気か? 俺たちメタローが! 人間を相手にこんな不意打ちで勝つ? やめてくれよ、羞恥心で俺が死ぬのがそんなに見たいのか?』

 

 敗れたふりをしていたクロコダイルメタローが宿主である不良の姿から再び怪人体へと戻り、鮮血の滴が紅く濡らしていた公園の芝を踏みつけた。

 疾風のような素早さで姿を捉えきれなかった謎の襲撃者の凶刃によって腹部を裂かれたビャクアは患部を押さえながら苦しげな息を吐きながら、次々と現れて自分を取り囲む存在たちを睨む。

 

「お、お前たちは……! それにこの気配はもしかして」

『カッカッカ! コンバットが世話になったな仮面ライダー。貴様は相当な実力者とみた……だから、全員で来てやったんだ。喜べ』

『俺たちだけが暴れるのは無礼だと思ってお前の敵も連れてきてやったんだぜ? なあ、化神のお二人さんよォ』

 

 ビャクアの周囲に広がる悪夢の光景。

 三体メタロー、そして二体の化神が餌となる野兎を追い詰めた獣のように歪んだ嘲笑を浮かべて彼女を包囲していた。

 

 ビャクアを奇襲した下手人である両腕が鋭い鋏型の刃になっていて、両脚は車輪のまるで人型の針金アートのような奇抜な姿のシザーハンズメタロー。

 まるで消防車が変形したロボットのような鋼の装甲を持ち、顔面はピラニアのように凶暴なアンバランスさがおぞましいフレイムメタロー。

 

「化神まで……裏で繋がっていたと言う訳ですか。ぐぅ、う……!」

『どこの馬の骨とも知れぬ連中の汲むのは業腹だったがな。あの御方の一声ならば是非もない』

『それにお前を殺せるのなら大歓迎に決まってるであろう! 我らが怨敵、御伽装士めが!』

 

 恨めしそうなビャクアの呟きの通り、上位存在の鶴の一声で招集された二体の化神も深手を負った憎むべき敵を見下して、敵意をぶつけてくる。

 腹部に大きな風車が埋め込まれたような見た目をしているバケムササビと筋骨隆々の巨躯に大胸筋はスピーカーとなっているゴリラを思わせるバケヒヒだ。

 

『どんな戦士でも一度の勝利を手繰り寄せた瞬間と次の戦いへと意識を切り替えるほんの僅かな隙間には気も緩む……まさにあのジジイの思惑通りになったな。ムカつく位の好展開だぜ』

「うぐっ!?」

『本当はさっきの不意打ちで仕留めても良かったんだがな。そんなセコい真似は俺たちメタローに相応しくない……ここまで策に従えばアロンダイトの大将の顔も立つだろう。起きろよ、ライダー? 正々堂々と血祭りにあげてやる!』

 

 リーダー格のフレイムメタローは乱暴にビャクアを蹴り飛ばすと改めて宣戦布告を告げた。バケヒエンの姦計に従って、総勢五体の怪人たちがビャクアを狙って一斉に強襲してきたのである。

 

「ハア……ハァ……望むところです。いえ、一対一で戦いも出来ない臆病者が何体襲ってこようと敵ではありませんよ」

『ほお。吼えるじゃねえか? 気に入ったぜ』

 

 ある異形は嘲笑し、ある異形は勝ち誇り、またある異形は卑しい顔で見下した。

 しかし、ビャクアは手負いでありながらもそんな敵意を一蹴するように立ち上がると退魔道具の其の参、雲薙ぎの大鎌を両手に握って怪人たちに気を吐いた。

 

「いざ、いざ、いざ! ヤァアアアアア――!」

 

 圧倒的に不利な状況でも尚、ビャクアは守り手である御伽装士の矜持を胸に五体の異形に立ち向かっていった。

 そんなビャクアをフレイムメタローの大砲のような右腕から噴き出す火炎が迎え撃ち、空を舞うバケムササビの腹から発生する大風が更に炎を煽り広めて戦場を紅蓮に染めていった。

 

 

 

 

 ビャクアが孤軍奮闘している頃、永春は逃げ惑う人たちを安全な方角へと誘導したり、動けなくなった怪我人などを自分の出来る限りに避難させようと奮闘していた。

 

「おい! なあ、おい若ぁ! 沙夜は一体何なんだ! あの化け物どものことも何か知ってるのか!?」

「そんなことより! ムゲンはこっちのおばさんを運んで! ボクはお子さんをおんぶして連れるので手一杯なんだよ。お願いだ」

「聞けよオイ……くっ、両方担いでやるから質問に答えろって!」

 

 永春から奪い取るように気を失った小さな子供を小脇に抱え、もう片腕と肩でその母親を俵のように担いで走るムゲンは苛立ちながら永春に喚いていた。

 

「ボクだって半ば勝手に首を突っ込んでる一般人だから詳しくは知らないけど、沙夜さんは人知れずああいう怪物からみんなを守ってる人たちの一人なんだ」

「じゃあ、あのワニのバケモンは何だ? 妖怪か? 生物兵器か? それとも宇宙から来たエイリアンか何かかよ? 冗談じゃねえよ、やってられるかこんなの!」

「さあね……ボクや沙夜さんの知ってる連中じゃないみたい」

 

 パニックになりながら事情を教えるようにせがむムゲンに永春は苦笑しながら簡潔に答えた。満足とはいかないがそれでも答えに変わりないその言葉を聞いて、ムゲンは地団太を踏んで憤慨する。だが、しばらく唸り続けていると急に落ち着き払って永春の腕を掴んだ。

 

「若。お前もあんな風になれるのか?」

「まさか。出来たらとっくの昔に沙夜さんと一緒に戦ってるよ」

「分かった。それを聞いて良かった……急いで逃げるぞ」

 

 とびきり大きな秘密の力を持っていながら、それでも化神たちと戦うにはあまりにも非力な自分に悔しさを感じながら正直に答えた永春にムゲンが返した言葉は信じられないものだった。

 

「ムゲン、なに言ってるの? 逃げるだって? 沙夜さんは一人で頑張ってるんだよ?」

「そりゃあ、あいつはそういうのが役目なんだろ? 若の口ぶりからしたら警察みたいな専門家みたいなもんなんだろ! でもこっちはただの人間で素人だぞ? 避難や介抱も十分やってやった……上出来だろう? 逃げたって悪いことじゃないだろ!?」

 

 自分たちだけで安全な場所に逃げようとムゲンは確かにそう言い放った。

 罪悪感がないわけではないがその表情や声色には保身や打算を一番に考えている様な浅ましい感情が色濃く浮き出ていた。

 

「なっ……本気で言ってるの? みんなを守るために戦ってる沙夜さんを見捨てて、逃げていいの? それにまだ怪我している人も助けがいる困ってる人たちだって大勢いるんだよ? 動けるボクらが何でもいいから出来ることしないと!」

「……それ、別に俺に関係ない奴らばっかりだろ」

 

 信じられないことの連続でおかしくなってしまったのかと心配して言い聞かせる永春の言葉を遮って、ムゲンは続けてそう吐き捨てる。本来の双連寺ムゲンからは考えられない卑屈で自己中心的な賤しさが溢れる雰囲気があった。

 

「っていうか、沙夜のやつあんな化け物と戦えるぐらい強いってのなら……この間不良から庇った俺が馬鹿みたいじゃねえか。俺みたいなのが出しゃばらなくても余裕だったんだろう? 沙夜も、若も……どうなんだよ!?」

「それは……」

「じゃあもういいだろう! 逃げさせてくれよ! 自分が誰か分からないまま、恩も縁もない赤の他人の巻き添え食らって死にたかねえよ!」 

 

 癇癪を起した子供のようにうんざりした顔でムゲンは永春の胸倉を掴んで捲し立てる。記憶喪失――そして、自分がただの一般人でしかないという認識がここまでムゲンを弱く矮小に落としてしまっていた。

 けれど極限状態に際して死に怯え、我が身かわいさで他者を蔑ろにしてしまう弱さが悪いことだと永春には否定できなかった。

 

「若だってそうだろう? 沙夜と違って、ただの人間なんだろう? お前が出しゃばっても足手纏いか弱みになるのが関の山だって……逃げても悪いことじゃねえよ!」

「ボクは……」

「あの怪物に襲われた連中はそりゃあ気の毒だよ? けど……けど、別に俺たちが体張って助ける理由なんてないだろう? それで怪我したり死んだらバカみたいじゃねえか?」

 

 良心の呵責か錯乱気味なムゲンはそれでも自分と条件は近いと――同じ人間としての脆弱さを持っていると思っている永春のことは見殺しにはしたくないのか共に逃げようと食い下がった。

 

「ボクはいけない。ごめんね、ムゲン」

「わ、若……?」

 

 いざとなったら力づくでも永春を連れて逃げようと、それがせめてもの罪滅ぼしになると自己弁護をしながら騒いでいたムゲンは強く握った自分の手を振り払った彼の姿に呆気に取られた。

 

「ボクは沙夜さんを助けに行くよ」

「お前、俺の話ちゃんと分かってんのか! 人間は簡単に死んじまうんだぞ!? あんなおっかないバケモンに襲われたらそれこそ一発で死ぬって言ってんだよ!?」

「ありがとう。でも、ボクは大丈夫だから……ムゲンはその人達を連れて逃げて」

 

 ムゲンの懸命の制止を振り切って、永春は走り出した。

 ムゲンの言い分は身勝手さもあるかもしれないが間違いだというわけでもない。人はみんな赤の他人で、命の危機が関わるような状況なら我が身を一番に考えるのは当たり前だ。

 だから、永春は一人で駆ける。

 簡単には死なないという強みを活かして、沙夜の力になれることが必ずあると信じて。

 

「ぐっ……馬鹿かよ! 馬鹿じゃねえの! 俺には分かんねえよ!」

 

 一方で袂を分かれるように置いて行かれたムゲンは鬱屈とした感情をぶちまけながら救急車のサイレンが鳴る方へと逃げ出した。

 

「どいつもこいつもヒーロー気取りみたいなことして馬鹿じぇねえの! そんなことしてなんになるんだよ……何のために警察とかがいると思ってるんだよ」

 

 押し寄せる非常識や非日常に文句を垂れ流した。

 理解や納得を待たずに猛威を振るう理不尽にみっともなく言い訳染みた叫びを上げた。

 自分だけじゃない、こんなフィクションみたいな惨劇が突然起こったら誰だって自分本位になっても悪い事じゃないと言い聞かせて安全な場所を求めて逃げる。

 

「任せりゃいいじゃねえか! 痛い目に遭って悪目立ちしたって……結局、全部が収まった頃には何も知らない連中に面白半分にろくでもないこと言われて終わりだ」

 

 心なしか重くなっていく歩調を煩わしく思いながらムゲンは自分を守るようにうわ言のように呟き続けた。どうして記憶も無いのにこんなにも人間に悲観的なことばかりが出るのか疑問に感じないわけではなかった。それでも、いまこうして逃げ惑う群衆の一人でいることが間違ってはいないだろうと必死に自分に言い聞かせていた。

 

「がぁ、ぅあぁ……!」

 

 けれど、そんな情けない姿を晒すムゲンを戒めるように再び彼の脳内に覚えのない景色のようなものがフラッシュバックする。

 まただ。

 またあのよく似た見た目をしている二人の少年少女が懸命に何かに抗っている。

 不敵な笑みを浮かべて、鉄火場をまるでお祭りを楽しむような爽快さで。

 

「何なんだよ……何なんだよぉ! 俺ぁどうすりゃいいんだよおおお!」

 

 針を刺すような頭痛に襲われながら、何をすれば正しいのか人生の袋小路に迷い込んでしまったムゲンは惨めな野良犬のように硝煙の匂いが燻る混迷の空に吠えた。

 

 

 

 

 魔人たちの哄笑と化神の雄叫びが不気味な二重奏を響かせて、自然公園での激闘は熾烈を極めていた。ただでさえ、手傷を負って動きに淀みが見えるビャクアを怪人たちは多勢無勢で猛攻を浴びせていく。

 

『カッカッカ! どうした! 逃げてばかりではこの戦いは終わらないぞ!』

「くわぁああっ!? まだまだ……ッ!」

 

 フレイムメタローの腕から発射される目が眩みそうな赫炎が幾度となくビャクアを飲み込まんと襲い掛かる。どうにか回避を続けるもその灼熱が確実に彼女を苦しめ、体力を奪っていく。

 

『そうとも! 最もお前がさっさとくたばれば早々に幕引きだ! このまま火達磨になって灰になってしまえばよかろうよ!』

『ふざけんじゃねえ! 力任せにぶっ潰すのが最高に快感に決まってるだろうが! ヒャッハアア!』

「きゃ――ぁ、ああ!?」

 

 上空を飛び回り、フレイムメタローの火炎放射をバケムササビが放つ強風が焚きつけることで火炎地獄と化していく戦場。煙で視界も悪くなる中でクロコダイルメタローの鞭のように唸る尻尾がビャクアに叩きつけられる。

 

「これぐらい……舐めないでくださいよ」

『いいねぇ! それぐらいじゃないと嬲り殺しにする楽しみが削がれるってもんだぜ!』

「ハアアァッ!」

 

 蹴っ飛ばされた空き缶のように汚れながら地面を転がるビャクアを休む間も与えずにシザーハンズメタローが追い込んでいく。

 車輪となった脚部を活かした辻斬りのような連続切りでじわじわと遊ぶようにビャクアを切り刻んでいくが彼女もただでは負けまいと大鎌を振って食い下がる。

 

『ウホオオオッ!!』

「ぐっあ、あああっ!?」

 

 既にボロボロに傷つきながらもシザーハンズメタローと切り結んでいたビャクアを横から割り込んできたバケヒヒの剛腕が無遠慮に殴りつけた。

 何とか体勢を立て直し、足を刈ろうと低姿勢で攻めかかるビャクアに対してバケヒヒは激しくドラミングをするとこれ見よがしに大胸筋を突きつける。

 

『地獄への責め苦にはこういうのもあるのだぞ!!』

 

 その瞬間に頭が割れてしまいそうな爆音がビャクアを襲った。

 

「うぁわああああああ!?」

『ウホオオオ!』

 

 バケヒヒの胸にある音波砲から放たれた衝撃破は不可視でありながら想像絶する破壊力でビャクアを傷つけるのと同時に周囲の建物や遊具を粉砕していく。

 さらに追い打ちの一撃をもらって大鎌を手放し、地面に殴り倒されたビャクアの腹部をバケヒヒは更に容赦なく抉るように踏みつける。

 

「おごっ!? ぁ、ああ……うぇぁっ――」

 

 ビャクアの身体が異様にくの字に折れ曲がり、痛々しい嘔吐きが絞り出された。

 血の気が引くような激痛に苛まれながらビャクアは腹を押さえると弱々しく痙攣しながらまるでダンゴムシのように縮こまり悶絶する。

 

『キヒッ……イヒャッハハハハ! 無様だなぁ仮面ライダー! 最高だぜ!!』

 

 炎が、風が、刃が、音が、剛力がビャクアを徹底的に蹂躙する。

 怪人の誰か一人が高笑いを上げると残る四体もそれに続いて彼女を嘲笑う。

 そして、戦いとは名ばかりのリンチを再開する。

 まるで子供が好奇心で小さな虫を力任せにバラバラに惨殺するような目を覆いたくなるような暴力の応酬が彼女を苦しめる。

 

「いぎっ!? あぐっ!? あぁっ?! が、あ――!?」

 

 満身創痍になりながらも心だけは折れずにビャクアは抵抗を続けるがその状況に誰が見ても勝機があるとは思えない。

 

「アイツら……ふざけるな」

 

 永春が戦場に戻ったのはそんなメタローたちによる非情な蹂躙劇が行われている真っ最中だった。瞳に映る惨劇――ただ一人の相手であるビャクアを寄ってたかって嬲りいたぶる怪人たちへの怒りは永春の心臓をこれ以上ないぐらいに昂らせた。

 

「ハヤテ! いくよ!」

【■■■■――!!】

 

 無我夢中で沙夜から借りている金属板型の護符を使いハヤテチェイサーを呼び出すと特攻を仕掛けようと試みた。だが、跨ろうとした矢先に永春は誰かに首根っこを掴まれて後方へと放り投げられた。

 

「ハァ……ハァ……似合わないことしてんじゃねえ。お前は沙夜を病院へ運ぶ係だ」

「嘘でしょ……なんで?」

「言っとくがあの親子連れはちゃんとレスキューの人に渡してきたからな」

 

 尻もちをついて何が起きたかと驚く永春の目の前には息を切らせながら猛然と彼を追いかけてきたムゲンがバツの悪そうな顔で立っている姿があったのだ。

 

「うるせえ。言うな、聞くな……あれこれ考えだしたらまた尻尾巻いて逃げ出したくなるだろう」

 

 ムゲンの足元は微かに恐怖で震えていた。

 彼もまたメタローたちが五人がかりでビャクアを嬲り倒す様子を見てしまっていた。

 だから、理性がやめろと叫んでも本能が第一歩を前へと進ませる。

 

「勘違いするなよ。俺は別に人助けとかそういう若たちのためにやるんじゃねえんだ。自分のためにやるんだ……!」

「ま、待って! ムゲンだめだ! ムゲンじゃ死んじゃう!」

 

 先程とは立場が逆転して、今度はムゲンががむしゃらに走り出していた。

 永春の声を振り切って、ビャクアが落とした大鎌を拾い上げて走る。

 

「だりゃああああ!」

 

 ビャクアが使う大鎌はとても重たかった。

 だけど、ムゲンは怯まずひんやりと冷たい柄を握り締めて妖しげに輝く鎌刃を全身全霊でメタローたちに振り抜いた。

 

『なんだこいつ?』

『さあ? 死にたがりの馬鹿だろう』

 

 力が入り過ぎてぎこちない大鎌の一振りは簡単にメタローたちに回避された。

 しかし、ムゲンは必死の形相で大鎌を振り回して、ビャクアから怪人たちを遠ざけようと懸命に足掻く。

 

「失せろこの卑怯者共が! このぉおおお!」

 

 すぐ隣に感じる死の恐怖と目の前に映る怪物たちの威圧感で冷や汗を垂れ流す。

 歯を食いしばって、息も絶え絶えになりながらムゲンはビャクアを庇うようにメタローたちの前に割って入った。

 

「ムゲン……なにやってるんですか。ぐぅう、私に構わず永春くんと逃げてください」

「俺だって何やってんだか自分に聞きてえよ!」

 

 傷つき弱ったビャクアの戸惑い交じりの呼びかけにムゲンは泣きそうな声で叫んで、それでも強い意志を宿した双眸でメタローたちを睨んで身構える。

 

「情けない格好してると妙なもんが見えるんだ……名前も顔も知らないけど、妙な二人組が俺の目の前を歩いてる。俺のことを興覚めしたような顔で見てきやがる」

 

 大鎌の柄を強く、強く握りしめて、声を震わせムゲンは悲痛に呟く。

 何故こんなことをしているんだろうと。

 答えがあるとしたらそれは一つだ。

 

「どうしてだなんて理由は分からない。無くてもいい……だけど! 俺はあの二人のために頑張らなきゃいけない気がするんだよ!」

 

 それはたった一つの迷いのない決意の咆哮。

 違う世界に漂流しようと、記憶を失おうと恐怖や理不尽に負けそうになりながらも双連寺ムゲンという少年を土壇場で踏み止まらせる決して無くなることはない想いだった。

 

「うおおあああああ!」

『はぁー……うるせえよ』

 

 勇気を振り絞り、ビャクアを守ろうと果敢に大鎌を振るうムゲン。

 けれど、そんな彼の身体に異形の拳がめり込んだ。

 瞬間、水風船が破裂したようにムゲンは大量の血反吐を吐き出してゆっくりと崩れ落ちていく。

 

『うざってえガキだ。お前が失せればいいだろうが』

「が、ぁ――!?」

 

 そして、クロコダイルメタローの尻尾が蹲るムゲンを雑草のように薙ぎ払った。

 乱雑に投げられたボールのように打ち飛ばされたムゲンの身体は立ち並ぶ自動販売機に叩きつけられるとそのまま下敷きになってしまう。

 やがて、積み重なった自動販売機の床下をじわりと溢れ立ちた鮮血が大きな水溜りを作っていった。

 

 

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