「ラティアス?」
「ええ、そうよ」
「......ラティアス、ラティアスか。変わった名前だね。なんだかポケモンみたいだ」
「そうでしょ? だってポケモンだもの」
「......おう」
鏡を見なくても今の自分の目が白んでいるのが分かる。
「私はラティアス。水の都アルトマーレの守り神にして今はここムロタウンの守り神よ。名前くらいは聞いたことあるんじゃないかしら?」
「......いや、ないかな」
ますます僕の目が白んでいく。
鏡を見なくても感覚でわかる。いきなり恥ずかしげもなく神を名乗った十代そこそこの女の子。ただ、突拍子もないことを言っているはずなのに、不思議とサマになっているように感じてしまうのはどうしてだろう?
自信満々に言ってるからそんなふうに思えてしまうだけなのかな?
けれどもあいにくこっちはそれを疑いもせず信じてしまうほど子供でもない。
「はあ......」
ため息をつきながら、僕はどうしたものかなと悩んだ。ここまで話していてまったく話の要領を得られない。
「なによその目は。信じてないでしょ?」
「当然だろう? どこからどう見ても普通の女の子じゃないか」
僕は改めてその女の子のことを見てみる。
歳はたぶん僕と同じで十代半ばくらい。少しクセのある髪は明るいブラウンで肩にギリギリかかる程度の長さに整えられている。服装は若草色のポロシャツに白のスカート。
もし街中でこの子がポケモンに見えるか、それとも人に見えるかというアンケートを取れば100人中100人がこの子は人だと答えることだろう。
「すぅ〜...はぁ〜...」
僕はゆっくり息を吸って、そして吐いた。
冷静に考えれば、さっき串焼きを浮かせたのもこの子がやったって確証はないんだ。きっとどこか近くに手持ちのエスパータイプのポケモンを潜ませてるに違いない。
「それで? その守り神がどうしてこんなところにいるんだい? まさか神様が住むところに困ってるわけはないだろう?」
「理由はあなたの持ってる優勝トロフィー」
「ん?」
ラティアスはそう言ってテントの奥を指差した。
僕も僕でまさかトロフィーが話に絡んでくるなんて思いもしなかったから、釣られて思わずテントの奥に放り込んでいた大会の優勝トロフィーに視線が向く。
「訳あって、私はそのトロフィーから離れることができないの。けど今まで大会に優勝したトレーナーはみんなムロのトレーナーばかりだったから。でもあなたは違う。ムロのトレーナーと違ってこの町を出るわ。だから思ったの」
旅をしている俺と違ってこれまで大会で優勝したのがムロのトレーナーなら、トロフィーはムロタウンの外に持ち出されることはない。当然、トロフィーから離れられないラティアスもムロタウンの外に出ることはできなかったというわけだ。
「けど、それなら自分でトロフィーを持ってムロタウンを出ればいいじゃないか。実際故郷からここに来るまではそうしていたんじゃないの?」
考えてみればそうだ。ラティアスは故郷のアルトマーレから旅に出て、最後にこのムロタウンに行き着いたと言っていた。こころのしずくから離れることができないんだとしたら自分で持って移動すればいい。それをわざわざ町の外からきたトレーナーが優勝するのを待っている必要なんてないはずだ。
「それはできないわ」
「どうして?」
「あら、だってここでの生活も気に入ってるもの」
さっぱり意味がわからない。
頭上に特大の『?』を浮かべているとラティアスは言葉を続けた。
「私はね。ちょっと故郷に里帰りがしたいだけなの。それが終わったらこの町に戻って、またここに住むみんなをのんびりと見守っていたい。もし私が勝手にトロフィーを持ち出したらムロタウンのみんなに迷惑がかかるし、帰ったあとも不都合が多いもの」
そこまで聞いてようやく納得がいった。
最初は空想好きが行き過ぎただけの可哀想な子だと思っていたけど、話を聞いていてなんだか本当のことのように思えてきた。いや、待て危ない。なに信じそうになってるんだ僕は。メタモンだってここまで完璧に人の姿を模倣できないんだ。それが人と見分けが付かないどころか人の言葉まで操っているなんて話あるわけがない。
「僕だってバカじゃない。なんの証拠もなくポケモンだの神様だのって信じられはしない。けどなにか証拠があれば別だよ。神様って呼ばれてはいるけどポケモンなんだろ? その姿を見せてくれれば信じないこともない」
「......いや」
どこか悲しそうにその子は答えた。なんとなくだけど証拠を見せられないからそういう言い方で誤魔化している、という感じではない気がする。寂しげで、少しだけ怖がってるような横顔。正直、その反応は予想外だった。
「じゃあ、なにか技を見せてくれよ。『ねんりき』を使ったってことは技を見せるのはいいんだろ?」
もっとも、それはこの子は本当にポケモンなら、という話だ。近くにエスパータイプのポケモンがいてこの子があたかも『ねんりき』を使っているように見せるくらい誰にでもできる。けどもっと他の技。それこそ誤魔化しがきかないような決定的なものが見られれば話は早い。
「技、ねぇ......『みずてっぽう』は、この人の姿でやるとモドシてるみたいで可愛くないし、『ねんりき』じゃあ納得してくれないみたいだし、うーん」
ラティアスは少し考え込むような姿勢を取ると、なにやら一人で呟く。やがてなにかを思いついたようにうん、と頷くと僕のそばに擦り寄ってきた。
「ちょっ...!」
「あなた、顔がオクタンみたいよ?」
オクタンといえば全身の赤いタコのようなポケモンだ。いくつもの足と吸盤、そして大きく突き出た口が特長だけど、この場合は僕の顔が真っ赤だと言いたいんだろう。
けどそんなの無理もないことだ。なにせ不意にラティアスがずいと顔を近づけてきたのだから。瞳に映る自分の姿が見えるくらいに近く、吐息すら顔にかかりそうな距離。その態度から思い当たるポケモンの技が一つだけある。
「ま、まさかそれで『メロメロ』が使えるとか言わないよな?」
「ううん」
努めて冷静に聞く僕の問いに、にっこりと笑って否定してみせる。僕は安堵のため息をついた。よかった。うん、ちょっと残念な気はするけれど、よかった。よかった。
その心の隙をあっさりと突かれた。
「『さいみんじゅつ』」
「え?」
そのとき、僕を見つめていたラティアスの瞳が青白く光ると不意に視界がぼやけて見えた。身体が一気に重くなり、不自然なくらいに眠気が襲いかかってくる。
「さっきの話、前向きに考えてよね。それじゃあまた明日。おやすみ」
そこまで言葉を聞いて、僕の意識は完全にフェードアウトした。
〇
日差しが砂浜で寝ていた僕に容赦なく降り注ぎ、まぶたの奥の瞳を刺激する。気がついたら朝になっていた。
僕は立ち上がって背中の砂を払い、辺りを見回すけど、例のラティアスを名乗る女の子の姿はどこにも見当たらない。
すぐそばでは陽炎もなく完全に燃え尽きた焚き火の周りですっかり消し炭と化した串焼きが無残に突き刺さっている。魚が焼き上がるのを待っている間に眠りこけて、おかしな夢でも見ていたんだろうか。
けれどそんな冷静な状況判断はテントの傍に無造作に捨てられた一本の串が目に映ると、あっけなく打ち砕かれた。
「そういえばあの子、『また明日』って言ってたよな」