◇
超位魔法〈
悟は背中に納めていた2本の大剣を抜いた。
「さて、仕上げといくか」
悟はアンデッドの大群へ飛び込み、2本の大剣を力任せに振るった。空を斬る音と共に無数のアンデッドが瞬く間に地面もろとも粉微塵に吹き飛んでしまった。大剣を力一杯薙ぎ払った場所には三日月型に酷く抉られた地面が出来ていた。
(魔法詠唱者の俺でこの威力は予想外だ。つまり本職が全力を出せば最低でもこの辺り一帯の地形を大きく変えてしまう可能性もあるな)
先ずは力加減を覚える事が大事である事を思い知る。今度はもう少しリラックスしてみようと両肩を何度か回したのち、もう一度アンデッドの大群の中へ突っ込んだ。
その後も悟の戦士職のロールプレイを想定した自主訓練を黙々と進める。偶にアニメや漫画のキャラクターを模した動きをしたり、自分が思う達人っぽい動きをそのまんまやってみたりとそれなりに充実した時間を過ごす事が出来た。
気が付けばアンデッドは残り100体も居ない数まで減少していた。どうやら自主訓練に夢中になり過ぎていたようだ。
でも個人的には大分満足している。
「思う存分練習できる機会なんて、多分滅多に無いだろうし……よし!」
些か恥ずかしさはあるがどうせやるなら悔いの残らない様にと、意を決した悟は最後に憧れだった白銀の聖騎士が扱う『ワールドチャンピオン』専用の奥義を真似てみる事にした。どうせなら本気の本気でやろうと、彼はありったけの補助魔法を自身へ掛けた。
「〈
最後の〈完璧なる戦士〉は使用者のレベルをそのまま戦士レベルへ移し替える魔法で、特定クラスを得た者しか使えない戦士系装備も使用可能になるが魔法が一切使えなくなるというデメリットがある。
全体の能力値も本職より低くなる為、『ユグドラシル』では事実上“コスプレ魔法”と言っても良い。しかし、戦士職ロールプレイを目的とする今の悟にとってメリットの方が大きい。
当然、状況によって使う場面は限られるが…。
「うーん、100体ぐらいか…一撃で倒せたら最高なんだが」
悟は深く腰を下ろして2本のグレートソードを左肩へ担ぐ『溜め』の構えを取った。残り100体のアンデッド群へ向けて一対のグレートソードによる全力の一撃で薙ぎ払おうと悟は考えていた。
見るからに厨二病染みた構えだが本人は至って真面目である。力の調整や戦士職っぽい動きを会得する為には、全力による一撃はどの程度のモノかも理解しなくてはならないのだ。
「おおぉぉぉぉぉ……ッ‼︎ 〈
かつての憧れの銀騎士が持つ戦士系最強職『ワールドチャンピオン』最終レベルに至る事で習得できる超弩級最終
「……
ありったけの補助魔法を使った全身全霊の一撃をアンデッドの大群へ向けて薙ぎ払った。
その刹那、最初の一撃とは比べ物にならない程の衝撃と地鳴り、そして視界に映る範囲の天を覆い尽くす巨大な土煙。2本のグレートソードの行き場虚しく振り切った姿勢のまま、想像以上の出来事に、悟は唯々呆然と眺める事しか出来なかった。
「……は?」
呆けた一言が出てくる頃には衝撃と轟音の濁流は徐々に鎮まり、土煙も晴れようとしていた。漸く、土煙も晴れて目の前の光景が鮮明に映った頃、悟は驚愕のあまり声すら出なかった。
視界の先には幾つかの丘陵と100体前後のアンデッドが居たはず。ところがどうだ、
(えーー………)
『何も無い』は些か語弊がある。正確にはアンデッド達もその背後にあった丘陵も消滅し、大地が大きく抉られた大地へとその情景を変えていた。
想像以上の破壊力を生み出した事に呆然となる悟だが、結果的に試して良かったとも思えた。少なくともこの世界に於いては“下手に全力を出す必要は無い”と言う事が判明したのだ。
「いくら〈完璧なる戦士〉を使ったと言っても魔法詠唱者ごときの一閃だぞ。 これはちょっとオーバーが過ぎるんじゃないか?」
壊した地形は元に戻すべきなのか、もしするなら悟は
「まぁ別にいいか」と半ば現実逃避に近い形で、ズーラーノーン達と奴らに拉致されていたタレント持ちの青年と共にこの場から立ち去ろうとした時だった。気を失っているカジットの懐から何かが呼び掛けて来る様な気配を感じた悟は、彼からその呼び掛けてくる正体を取り出した。
「あーコレか。すっかり忘れてた」
出て来たのは彼が負のエネルギーを貯めていた例の水晶玉だった。何やら妖しい光を発しながら彼に語りかけて来る。
「え? 俺の死の気配に敬意を…? 何言ってんのお前? ってか喋れるんだ……
PvPのルールに則るなら悟はカジットから何か1つアイテムなどを貰う事が出来る。
彼をノシたのは正確に言えばクレマンティーヌなのだが細かい事は気にしない。その後も長ったらしい事をゴチャゴチャ言っていた『死の宝珠』だが、特段興味も無かったのでさっさと
「さてと、それじゃあ……ん?」
遠くから近付いてくる騎馬集団を確認出来た。統一された身なりから察するに恐らく聖王国の聖騎士達だろうか。
彼らの姿がハッキリ見える距離まで近付くと、派手に荒れ果てた一帯を見て驚愕の表情を浮かべ誰もが唖然としていた。そんな場所に漆黒の全身鎧を纏った男が1人佇んでいるのだから怪しまれても無理はない、と悟は半分諦めの気持ちを抱く。
「こ、これは一体……!?」
彼らの中で先頭を走っていた男が馬上からそんな言葉を漏らすと此方へ視線を向けて来た。明らかに此方を警戒している。
「貴殿は……ふむ、冒険者か」
男は悟の首に掛かっている銅の冒険者プレートを見て呟いた。なるほど、こういう時こそ冒険者プレートは下手に身分を説明する必要も無く便利である。
上官らしい男が悟と変わり果てた大地を何度か交互に見ながら恐る恐る質問して来た。
「アレは……貴殿がやった、のか?」
「え? えぇ、まぁ」
明らかに引き攣ってる、ってか引いてるが下手に嘘は吐けない。「元に戻せ!」と言われればやはり面倒だが戻すしかないと覚悟を決めていると、男は下馬し此方へ歩み寄って来た。
「あの大爆発も……貴殿が?」
「あーそのぉ……はい」
「ど、どうやって…?」
でも流石に厳しい言い訳かと思ったが、男は顎に片手を当てながら考えると「なるほど」ど言ってきた。どうやら取り敢えずの納得はしてくれたみたいで一安心した。
加えて悟は今が好機とズーラーノーンの面々達を男の前へ突き出した。
「アンデッド騒動の元凶達です」
「…コイツらは一体?」
「えっとぉ、確か『スーラータ……』ゴホンッ! 『ズーラーノーン』と名乗っていました」
「何だとッ!?…まさか…いや、あり得るか」
『ズーラーノーン』の名を聞いた上官含める騎士達は目を見開き驚きの声を上げる。それに疑う様子も無い事から、どうやら本当に彼らは悪行の数々をして来た組織らしい。と言うよりも結構広く認識されては『秘密結社』とは言えないのではないだろうか?
上官の部下達はカジットを始めとするズーラーノーンの面々を連れて行く。当然〈
その過程で例の拉致されていた少年も引き渡した。彼の正体を知ると上官は再び驚きの声を上げるが「必ず送り届ける」と約束してくれたので大丈夫だろう。
「聖王国の存亡が懸かっていたとも言える未曾有の危機を救って頂いたこと誠に感謝申し上げる」
男は自身の立場を顧みずに深々と頭を下げて礼を述べた。随分と誠実な男性だと悟の中での彼の評価は絶賛爆上がりである。尤も今回の騒動の原因は自分である為、礼を言われるような立場に無いのだ。かえって罪悪感が増してしまう。
「礼には及びません。ただ居ても立っても居られなかった…それだけです」
いやマジでそれだけなんですと思う悟だが、男は頭を上げると何やら目に感涙を溜めて言ってきた。
「おぉ何と謙虚な…! 聖王国の為、名もなき銅級冒険者単独で、事を治めた大功労者と言うのに…! ハッ!? こ、これは失礼致した! 私は聖王国聖騎士団副団長のイサンドロ・サンチェスと申します。貴殿の御名前は?」
「も、モモン、です」
「モモン殿‼︎ 此度の御礼は主人に伝えた後、必ず正式に恩賞を賜るものと心得申し上げます!」
「ア、ハイ…アリガトウゴザイマス」
勝手に進む話の内容に理解が追い付かず、悟は心ここに在らずの空返事を返した。
「では早速要塞線まで御送りを──」
「いえいえ! お、お気遣いなく! 自分で帰れますので‼︎」
「そ、そうですか…ではモモン殿が冒険者として居を構えている場所は何処に?」
迷ったが下手に嘘を言えば今後の活動に支障を残す可能性がある為、此処は正直に答える事にした。
「……カリンシャ」
「心得申した!」
イサンドロ一行が離れていく姿を眺めながら悟も今度こそ帰る事にした。そう言えば随分とネイアを待たせてしまっている。早く戻って彼女を早急に母親の下へ送り届けなくてはならない。
◇
〈転移門〉を開き、悟はネイアが居る安宿の一室へと戻って来た。〈転移門〉を開いた時に「うわぁ!」と驚いたネイアの声が聞こえてきた。やはり見慣れない魔法らしい。
「も、モモンさん‼︎」
「待たせてしまってすまない」
「い、いえ。あの、さっきこの部屋に来た女の人は…一体」
彼女の言う『女の人』が一瞬分からなかったが、すぐにクレマンティーヌの事であると思い出す。
そう言えば彼女は何処へ行ったのだろうか。碌な人間では無いかも知れないがもう後の祭りである為、追われている身であるならば下手な行動は取らないだろう。
(これを機に改心……するかなぁ?)
まぁどうでもいい事だと直ぐにそんな考えもやめて。行きずりの浮浪者という事にして適当に彼女に説明した。案の定、腑に落ちない顔をしているが悟はシラを切る。
それよりも今は彼女を送り届ける事が先決だ。
「さて…じゃあ行くぞ?」
強張っているがネイアも待っている間に意を決した様子で力強く頷く。
悟は再び〈転移門〉を開き、彼女の実家がある首都ホバンスへ移動した。
◇
先ず最初に結論から言っておくと、ネイアは特段怒られる事も殴られたりする事もなく家へ帰る事が出来た。
実は一部始終を内緒でコッソリ〈
「た、ただいま……その、ご、ごめんなさい」
玄関前で仁王立ちしている母親にネイアは恐る恐る謝る。あの萎縮した様子から本当に怖いのだろう。かと言って怒声を上げるでも無くただ彼女を見ているだけなのだ。これは流石に可笑しいと思ったのかネイアは恐る恐る視線を上へあげる。
ネイアは驚いた。
母は下唇を噛みながらボロボロと涙を溢していたのだ。余りにも予想外の反応に彼女が唖然としていると、彼女の母はネイアを力強く抱き締めた。気が付けばネイアも泣いていた。
結局のところ勝手に何日も家を出て行った事による心配の方が大きかったと言う事だろう。『鬼の目にも涙』…とは言わないがどんなに怒りっぽくてもやはり親は親なのだ。
我が子の身を案じ無い親など存在しない。
それが人の親と言うものだ。
(まぁ、ハッピーエンドで終わって良かったじゃないか)
もしかしたら気持ちが落ち着いた後に彼女は怒られるかも知れないがそれはそれで仕方無い。『叱る』事も1つの愛情なのだ。
(羨ましいな。彼女には帰るところがあって……俺の帰るところは何処かあったかな)
唯一の居場所と言って良い『ユグドラシル』も無くなり、リアル世界にもそんな場所など無いと言っても過言じゃない。帰る場所があり、それを待ってくれる存在がいる彼女が微笑ましくもあり羨ましくもある。しかし、嘆いてばかりはいられない。
無いものは無いのだから仕方無い。
ならば見つけるしかないのだ。
(元気でな、ネイア)
悟は〈
その後、再びバラハ親子の件で悟は更なる災難に見舞われることになるのだがそれはもう少し先の話である。
◇
アンデッド騒動から3日後、今日も冒険者組合を訪れて何か手頃な依頼がないか模索していた。
「えっと…昨日はゴブリン小隊討伐任務を受けたから、今度はもう少し違うのを……お? あの張り紙が無くなってる?」
掲示板に例の聖王国からの依頼が書かれた羊皮紙が無くなっている事に気付いた。どうやらアンデッド騒動がもう落ち着いたと言う情報がここまで浸透してきたらしい。
(そうなるとまた此処に冒険者達が集まるって事だよな)
アンデッド騒動を受けて「ここも無事では済まないかも知れない」と言う憶測から拠点を別の都市へ移した冒険者チームも少なくない。その為、ここ3日間組合の中は幾分か寂しさがあったのだ。
(まぁ俺の知ったことではないか…えーっと)
だが、彼は此処にずっと拠点に置くつもりは毛頭無かった為、割りかしどうでも良かった。地道に日銭を稼いである程度貯まったら今度は王国へ行こうと考えていたのだ。
(王国はあまり良い噂は聞かないけど冒険者稼業が一番潤ってる街が多いらしいから、此処よりももっと面白い依頼とかあるのかも。フフン、ちょっと楽しみ)
先の事を胸ワクワクで考えていると何やら組合のスタッフルームが騒がしい。他の冒険者たちも異変に気付いたのか、次々と奥のスタッフルームへ視線を向けている。
何かまた面倒事かと興味半分程度に聴き耳を立てながら掲示板に目を凝らすと、スタッフルームの扉が開きそこから聖騎士たちがゾロゾロと出てきたのだ。「また聖王国関連の依頼かな?」と考えていると聖騎士達は自分の所へやって来た。
「…えっと、何か?」
平静を装っているが実は内心不安でドキドキしている。
「ハハハッ‼︎ 探しましたぞ、モモン殿」
「え?…あ、あぁ〜!」
1人が笑いながら語り掛けてきた。
そういえば何処かで見た事があると思ったら、聖騎士団副団長のイサンドロである事に気付いた。
「お久しぶりで御座います。ささ、参りましょうぞ!」
「…何処にですか?」
「無論、カリンシャの城にございます! モモン殿はこの国の英雄‼︎ 明後日には盛大な祝典を此処カリンシャにて行う予定となっております‼︎」
「祝典?……え、祝典?」
「はい、祝典も祝典‼︎ 大祝典でございます‼︎ 明後日にはこの街全体がモモン殿を讃えましょうぞ‼︎」
全くもって理解不能。
ブラック企業でも皆勤(強制)賞を貰ったことの無い自分がどうやら大公衆の面前でハードルMAXな場所で賞を貰うと言うのだ。仕事以外、基本コミュ障な自分には酷というモノ。
本能的に考えるのを止めた悟が意識を取り戻した頃には、既にカリンシャの城の迎賓室にいた。
そこでイサンドロが止めの一言を残して行った。
「明後日の祝典にはベサーレス聖王女陛下もお見えになられます。それから我らが聖騎士団団長カストディオ様も同じく。ではそれまでごゆるりと」
先程からズーーーーッと混乱している悟を差し置いて上機嫌に退室した。
(“ごゆるりと”じゃねェェェェェェェェ‼︎‼︎‼︎)
彼の身体は全身緑色に発光した。
せめてもっと早い段階で発動して欲しかった。
◇
(なんでこんな事になったんだろう……)
悟は周囲から飛び交う黄色い歓声を浴びながらそう思った。
彼は今、ローブル聖王国城塞都市カリンシャの大広場に居た。万単位の大観衆と言う文字通りの『人海』に開かれた道を悟は歩いて行く。開かれた道の左右には等間隔で聖騎士達が凛とした姿勢で佇んでいる。
その道の先には大広場の台座があり、そこには左右対称で配置されている聖騎士達とその中央で絢爛な椅子に座す女性が1人。
恐らく彼女が聖王女なるカルカ・ベサーレスなのだろう。遠目からでも絶対に高い身分の人物である事は世間一般常識に疎い悟でも理解出来る。
自分は今、その人物の下へぎこちない足取りで向かっている。
(……吐きそう)
一歩、また一歩と足を進めるたびに無いはずの心臓の鼓動が増す。正直いつ破裂してもおかしくないくらいだ。
〈
「黒騎士様」と呼ぶ声が聞こえる。
「英雄の再臨」と謳う者がいる。
「聖王国の英雄」と讃える者がいる。
もうここまで来れば仕方無い。
こうなったらなるようになれば良い。
上へとあがる台座の階段を登ると例の聖王女が姿がハッキリと視界に入った。
(この人がこの国の女王である聖王女……)
絵になるほどの凛とした姿勢で玉座に座る彼女は愛らしさと凛々しさを兼ね備えた美しい女性だった。慈悲深い女神とは正に彼女の様な人間を指す言葉だろうか。
(皆が『聖女』と呼ぶのも分かる気がするなぁ)
カルカの傍らには剣を台座へ突き立てながら佇む女性が居た。彼女もまた美しく整った顔立ちをしているがその視線には何やら力強いモノを感じる。
(それでコッチが聖騎士団の団長カストディオか。確か瓜二つの妹がいるんだっけ? 妹の方は結構有名な神官らしいけど……)
この国のトップを前にいつまでも立ち尽くす訳にもいかない。悟は事前に知っていた情報を脳裏に照らし合わせながら静かに片膝を台座へ付けて跪く。作法など知らない、完全に想像だ。
大歓声が徐々に静まり返り、静寂の間に変わると玉座に座っていたカルカが静かに立ち上がった。
「モモン殿。此度のアベリオン丘陵にて出現した10,000にも及ぶアンデッドの大群を単独で討伐、聖王国の女王として心より御礼申し上げます」
「…畏れ多くも、有り難き御言葉」
悟は出来るだけ恭しく頭を下げ続けた。因みに何故らしくも無い難しい言葉を使えるのかと言うと、武人建御雷とギルドの一室で一緒に見た某大河ドラマの影響によるものである。
「聖王国の存亡に関わる事態を貴方は鎮めたのです。『英雄』が如き所業とは正にこの事。しかし、貴方は冒険者の最下級である銅級とお聞きしましたが?」
「ハッ…数日前に冒険者となったばかりでございます」
「それはそれは…此度の手柄を考えれば余りに不釣合い。故に私カルカ・ベサーレスはカリンシャの冒険者組合組合長とその役員達と相談の上、貴方にオリハルコン級への昇級を推挙致しました所、了承の意を頂きました」
悟は驚きのあまり思わず顔を上げそうになるが何とか堪える。最下級からまさかの上から2番目の階級へ飛び級となったのだ。しかし、悟本人としてはのんびりと階級を上げていくつもりであった為、早速彼の人生計画に大きな狂いが起きてしまった。
(はぁー……まぁ聖王女からの好意を無碍にするわけにもいかないし、そもそも御礼の気持ちとしての昇級…下手に恨めないよなぁ)
ぶっちゃけた話、ありがた迷惑なのだ。
下手をすれば同業者の先輩達に要らない妬みを買いかねない。そんなの面倒以外の何物でもないのだ。
「あ、有り難き幸せに…ございます」
そんな彼の気持ちなど知るはずも無いカルカは優しい微笑みで静かに頷いた。その隣に立つ団長のレメディオスも彼女に同調するカタチで力強くウンウンと頷いている。
多分彼女は何も考えていない。
「無論、これだけでは褒美として些か物足りません。加えてローブル聖王国聖王女より褒美を贈呈いたします…これへ」
カルカの言葉に高官の1人が恭々しく短剣を持ってくると、彼女はそれを両の手で規律正しい作法で受け取り、悟の前へ持って来た。
「…有り難き幸せ」
「更に聖王女、および聖騎士団団長、聖王国神官団団長、九色より連名でモモン殿への感謝状を贈呈致します」
感謝状はともかく、聖王女が短剣を与えると言うのは貴族や騎士の中で目覚ましい戦果を挙げたものに対する勲章的な意味合いを持つ。
これには南部貴族達への牽制の意味も含まれている。
アンデッドの大群が丘陵地帯に出現したと言う報告は既に聖王国南部まで届いている。それをたった一人で鎮める程の実力者のモモンは既に聖王国の民達にとっては『英雄』のような存在なのだ。
この事実が南部まで届くのも時間の問題ではあるが、そんな英雄を真っ先に聖王女自らが褒美を賜わす事で民達の関心や支持を大きく集約、又は改善する事に繋がる。また、名だたる実力者となった彼を自身の陣営に引き込む意味も含まれていた。
地理的要因もある為、仕方が無いとしか言いようは無いが、南部貴族達は聖王女派にまんまと出し抜かれた事になる。故にこの場に参加している南部貴族の者達は不機嫌にこの祝典の様子を座して眺めていた。
悟に短剣と感謝状、オリハルコン製の冒険者プレートが贈呈されると大歓声は今日一番の声量となった。変わらず微笑みを向けるカルカ、まるで自分の事のように誇らしげにドヤ顔を決めるレメディオス。自身の人生計画に大きな支障をきたしてしまいションボリ気味の悟が揃っている。
大歓声と拍手喝采が鳴り止まない中、カルカはずっと頭を下げた状態の悟に対し言葉を掛けた。
「モモン殿。もしご迷惑で無ければ……素顔を見せてはくれませんか?」
この要望に悟の肩がビクンと跳ね上がる。
「す、素顔…でございますか?」
「ハイ…!」
「そ、それは…御眼の汚れにございますれば─」
「構いません。さぁ…」
不味い、かなり不味い。
言わずもがな兜の下は凶悪な髑髏なのだ。そんな素顔をこんな大衆の前に晒す訳にはいかない。
幻術で欺ける事は可能かも知れないが、あの大衆の中に幻術を見破る
「で、では……」
こうなればままよの気概で悟はゆっくりと兜を脱ぎ始めた。
周囲に一斉に騒めきが起きる。
カルカやレメディオスもその素顔を息を呑む。
「……面を上げられよ」
カルカの言葉に従い、ゆっくりと顔を上げる。
「なるほど。南方のお生まれなのですね」
「は、ハッ…」
大公衆の面前に晒した悟の素顔は、
黒髪、黒目、やや褐色寄りの肌…話に聞く南方出身者の特徴と人間だった鈴木悟をモデルにしている。ただリアルの鈴木悟は余りにも痩せこけた病的な外見をしている為、多少盛っている。
顔立ちは至って平凡。ブサイクでは無いが、特別イケメンという訳でもない。可も無く不可も無い……『普通』の顔立ちだ。
「我儘を聞いて下さり、誠に感謝します」
「いえ、そのような事は」
聖王女自らの賀詞を受けた悟は直々にオリハルコン製冒険者プレートを首へ掛けられた。
再び湧き上がる大歓声、大喝采。
ある意味人生最大の山場を乗り越えた悟はカリンシャの迎賓室へ戻った後、備え付けの大きいベッドへ倒れるように横になった。
「……何でこうなった」
こういう時は寝て忘れるに限る。しかし、眠る事が出来ない体が恨めしい。ほぼ完全に燃え尽き症候群と化した悟は茫然自失の状態で一夜を過ごした。
◇
聖王国団副団長のグスターボはカリンシャ城内の待機室で自身の愛ペットの栗鼠と戯れていた。日夜胃痛に苦しむ彼にとってこの時こそが正に至福の一時である。
それに幾分か胃の調子も良い。
それは彼にとって大きな朗報が届いた事に起因する。
(団長の気紛れは本当に参るが、こういう時の気変わりは正直ありがたい)
カストディオ団長からの指令である『謎の魔法詠唱者の捜索』が取り止めになったのだ。その代わりに、つい先日のアンデッド騒動の大功労者、『“漆黒の英雄”モモンの調査』である。眉唾な噂程度の人物の捜索よりも遥かに楽だ。
愛栗鼠を愛でていると部屋のドアがノックも無しに開かれる。
「…失礼するぞ、グスターボ」
「…イサンドロ? どうした?」
入って来たのは同じ副団長のイサンドロだ。同じ副団長と言っても彼は自分と違い、九色の一色を与えられている。そして、カストディオ団長の問題行動に胃を痛めている同士でもある。
そんな彼が何やら気落ちしたかの如き落ち込み具合で部屋に入ってきたのだ。また団長に無茶振りをされたのだろうか。
彼はもう一つの椅子に腰掛けると項垂れながら口を開く。
「……なぁグスターボ、お前の知恵を俺に貸してくれないか」
「おいおい、俺とお前の仲じゃないか。水臭いぞ、遠慮なく言ってみろ。また、団長…か?」
「まぁ…そうなんだが」
グスターボはやれやれと疲れ果てたため息を吐き漏らす。一難去ってまた一難、それも今度はイサンドロと来たもんだ。胃痛仲間として見過ごす訳にはいかないと、グスターボは彼に詳しい話を聞く事にした。
「……して団長は、なんと?」
「それが…友人の恋路を応援したい…と」
「……はぁ? こ、こ、恋路?……だ、誰の?」
イサンドロは大きなため息一つ吐いた後、意を決して答えた。
「………ベサーレス聖王女陛下の、だそうだ」
グスターボは思わず口をあんぐりと開けた。
愛栗鼠が持っていた木の実を彼の開かれた口の中へ隠し入れても気が付かないくらいの驚きだ。
「あ、新しい…パターンで参ってる。“妙案を考えろ”と言われても」
「王族の恋路に関わるなど…荷が重すぎる」
一般的な聖王国内の平均婚姻年齢が18〜20歳。『ローブルの至宝』、『聖女』と謳われる聖王女のカルカはもう20代半ばに差し掛かる。
これまで恋愛どころか結婚の気配すら無かった事と公私共にカストディオ姉妹と居る事が多い為、同性愛者なのではとの噂が立っていた。
「……し、して相手は? まさか以前話にあった、バハルス帝国の『鮮血帝』…では無いだろうな?」
名君だが冷酷無慈悲で評判なかの『鮮血帝』と婚姻となれば角が立つどころか棘が立つ。慈悲深い聖王女には評判的な意味で不釣り合いである。しかし、イサンドロは首を横に振る。その反応を見て良かったと胸を撫で下ろしたのも束の間、彼の口から火炎球が放たれた。
「……モモン殿、だそうだ」
グスターボの顎が外れた。
レメディオス
「カルカ様……色を知る
ケラルト
「……」