Holy Kingdom Story   作:ゲソポタミア文明

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時間ある時に執筆しないと牛歩ペースになる予感

誤字報告・感想ありがとうございます
モチベ上がります


第12話 気疲れモモン

 ローブル聖王国首都ホバンスにある王城。その書斎室で、聖王女は職務に取り組んでいた。

 

 亜人部族との小競り合いが要塞線で繰り広げられていた時は、民や兵士達の士気向上や直ぐに指示を出す為、彼女は要塞線から最も近い城塞都市カリンシャの城に在住し職務に当たる事が多かった。

 

 

「はぁ…」

 

 

 カルカは時折、溜息をつきながら机に置かれた様々な羊皮紙へ筆を走らせる。部屋の窓から差し込む陽光と暖かい風にカーテンが靡き、そこから見える首都は平穏で活気あふれる声が微かに聞こえて来る。

 

 

「おや? お疲れですかな、陛下」

 

「あっごめんなさい、大臣」

 

「…少し休憩しますか?」

 

「い、いえ、大丈夫よ。執務に支障は無いわ」

 

 

 そう言うとカルカは再び筆を動かした。しかし、ものの数分おきにピタリと止まったかと思えば、自然と窓へ顔を向けて溜め息を吐いている。

 

 執務の補佐を担当している大臣は、そんな彼女の姿を朝から何十回も目の当たりにしていた。

 

 アンデッド騒動が起きて以降、亜人部族達が襲撃してくる頻度がめっきりと減ってしまった。無論、国内の問題はそれだけではない。しかし、カリンシャはもとより北部聖王国に住まう人々は久しぶりの平穏な時間を噛み締めていた。

 

 これも全て1人の英雄のお陰である。

 

 ──瞬きの平穏。

 

 王女も民も関係なく、その儚いひと時を噛み締めるように過ごす。

 

 カルカもその一人……という訳ではなかった。

 

 

「ふぅ……」

 

 

 ある程度の執務を終えたカルカは漸く羽根ペンを机に置き、一息吐く。大臣が労いの言葉を掛けてお茶の用意を侍女に伝えようとした時、彼女は先程と同じく窓を眺めながら声を漏らした。

 

 

「ねぇ、大臣。今度カリンシャへ赴く予定はいつ頃かしら?」

 

「まだ予定は立っておりません、聖王女陛下」

 

「…やっぱり、我が国の前線に立つ兵達の士気の為にも、もう暫くカリンシャに居るべきじゃ─」

 

「兵達を憂うその御心、誠に素晴らしいものと心得ます。しかし、陛下の仕事は兵達の士気を昂らせるだけではありません。この国の為、他にもやらねばならない執務は御座います」

 

「だからこそ、その執務をカリンシャで─」

 

「首都ホバンスは物流や各主要都市部との連絡路などのあらゆる面で利便性があります。カリンシャはほぼ東部末端部にありますれば、不測の事態などの急務において致命的な遅れが発生する可能性があります」

 

「……」

 

「その様な顔をしても駄目ですよ」

 

 

 可愛らしく頬を膨らませて不満を訴えて来るが大臣には通用しない。彼女とは聖王女の座に君臨する前からの付き合いだからこその砕けたやり取りだが、彼の言い分が至極尤もである事は彼女も良く理解している。

 

 故にそれ以上の我儘は言わず、心底残念そうに溜息を吐いた。

 

 

「…ねぇ、大臣。ひとつ聞いて良いかしら?」

 

「はい、何でしょう」

 

「…み、身分の違いって、大事だと…思う?」

 

 

 彼女の心情の変化を薄々勘付いていた大臣はその言葉を聞いて確信した。朝から何となく察してはいたが、いざ()()()()()()を匂わせる質問を投げ掛けられると流石に動揺してしまう。

 

 だが彼女も既に20代半ば。

 婚約の気配すら無いと来れば色々と焦る気持ちも理解出来る。

 

 

「身分の違い、とは?」

 

「えっと……い、いえ‼︎ 何でもありません」

 

 

 敢えて何も気付いていない風に質問を返す。すると、彼女は急に慌てたように席を立つと必死に動揺を隠しながら扉へ歩き出した。

 

 

「ど、どちらへ?」

 

「す、少し自室で休みます」

 

 

 そう言い残し彼女は執務室を後にする。明らかにいつもの彼女とは思えない狼狽に大臣は目が点になった。

 

 

「参りましたなぁ…」

 

 

 侍女に用意させたお茶を啜りながら木漏れ日の窓を仰ぐ。

 

 

 侍者も連れずに自室へと戻ったカルカはベッドの前に立つと、そのまま倒れる様に横になる。フカフカのベッドにうつ伏せで寝る姿はとても聖王女とは思えないモノだったが、この場には自分以外は誰もいない。

 

 彼女の中で燻っていた思いが一気に溢れ出た。

 

 

「くふうぅぅぅ〜〜〜‼︎‼︎ モモンさ…いえ、モモン様ぁぁ〜〜〜♡」

 

 

 カルカはその着のままで枕を抱き締めながらキングサイズのベッドの上を身だしなみなど露ほども気に掛けず何度もゴロゴロと転がった。

 

 

「はぁ……これが、この感情が『恋』というものなのですね、お母様。この胸の高鳴り…あぁ、心が破裂しそう♡」

 

 

 美しく長い金髪は大分乱れてしまったが当の本人は少し落ち着いたらしい。枕を抱き締めたまま天井を見上げて「はぅ…」と静かに吐息を漏らした。

 

 何もない筈の天井に心底恋焦がれるあのお方(モモン)の姿が浮き出て来る。カルカはベッドから上体を静かに起こすと彼の姿が映る天井を紅潮した顔で愛おしげに見上げた。

 

 

「黒い髪…黒い瞳……あぁ貴方様の全てが私の心を締め付けて来ます。こんなにも殿方に魅入られるなんて初めて…♡」

 

 

 心ここに在らずとは正にこのこと。

 

 正直、レメディオスやケラルトよりも先に恋に身を焼かれる体験をしてしまった事に少なからず罪悪感を抱かないワケではないが、彼女の乙女心は既に冷めやらぬ熱により燻られている。

 

 しかし、彼女はこの国に君臨する聖王女。モモンは元放浪騎士の冒険者。身分に違いがあり過ぎるこの恋が成就する事は無いかも知れない。それでも彼女は彼を諦めるという選択が出来ずにいる。そもそも選択肢にすら入って無い。

 

 

(令嬢の中には英雄と結婚した者がいるという話を昔聞いた事がありますし、小さい頃に聞いた英雄譚でも姫と英雄が結ばれる事は多いです)

 

 

 故に「自分でも問題無いのではないか?」と言う淡い希望をカルカは抱いていた。

 

 若くして聖王国の王として君臨し続けてきたカルカは、自身の『結婚』の意味は重々承知している。当然、恋に浮かれて聖王女としての責務を疎かにする気は毛頭無い。だが、それでも生まれて初めて抱いたこの恋心を手放したくなど無いのだ。

 

 

「この機会を逃したら30を過ぎても……いいえ、一生結婚など夢のまた夢となるかも知れません」

 

 

 普段は表に出さないが彼女は非常に強い結婚願望を抱いている。しかし、聖王女という立場もあってか男性との出会いも極端に少なく、気が付けば既に20代半ばに差し掛かってしまった。

 

 挙げ句の果てに「我儘は言いません。糸の一切ついていない、私という人間を愛してくれるお婿さんを!」とかなり焦っている。

 

 この強い結婚願望から彼女は極秘裏に肌年齢等を維持する為の新しい信仰系魔法……通称『美容魔法』の研究・開発を進めており、可能性の追求にほんの少しも余念が無い。実はカストディオ姉妹でさえ、カルカが美容魔法の研究・開発をしている事を知らない。

 

 ずっと抱き締めていた枕をベッドの上へ置き、大きな鏡と様々な化粧道具などが綺麗に並べられている豪華な化粧台の前へ座る。

 

 

「モモン様はどういった女性が好みなのかしら? 髪は長い方が良い? それともレメディオスみたいに短い方が好み? お好きな色は何なのでしょう? 食べ物は? 趣味は?……私はこんなにも貴方様を想っているのに何も知らない」

 

 

 鏡に向かい呟きながら精巧な作りの櫛で自慢である煌びやかな長い金髪を優しくとかし始める。恋をした愛らしい乙女の顔であり、想う相手の事を何も知らないと言う悲壮顔が入り混じった表情をしている。

 

 知りたい…あぁ、知りたい…

 

 彼の好きなモノ、好きなコト

 

 彼が嫌いなモノ、嫌いなコト

 

 彼の全てを知りたい

 

 彼の愛を、全てを自分に向けさせたい

 

 

(駄目…こんなに髪を乱したら…綺麗に、もっともっと綺麗にならないと…)

 

 

 静かに、そして一心不乱に自身の髪や肌のチェックを行う。

 

 

「ふぅ……そろそろ戻らないと」

 

 

 これからは毎日あの御方に出会う事を想像して身嗜みを整える。自分とは違い彼は自由に行動する事が出来る為、いついかなる時に彼と出会うかも分からない。

 

 カルカは部屋を後にする。

 未だ冷めやらぬ恋の熱を胸の内に抱きながら…

 

 

 城塞都市カリンシャの冒険者組合の安宿。

 その一室に今も利用し続けている悟は机の上に置かれた金銀銅貨を黙々と小分けしていた。

 

 

「えーっと、この分はマジックアイテム用のお金で、コッチは面白そうな武具や防具を買うお金、それからコッチは1週間分の宿代で、あとは貯金かな」

 

 

 貧乏性故に金銭管理が細かい悟は今日まで冒険者稼業で稼いだお金を定期的に計算している。謂わゆる家計簿と言うヤツだ。

 

 

「はぁ〜…しっかし、随分と出歩き難くなっちゃったなぁ」

 

 

 心底残念な声を漏らしてしまう。

 彼はアベリオン丘陵で発生したアンデッド騒動を単独で解決した英雄として国を挙げての大祝典と恩賞を受けて以降、何処へ出掛けようにも引っ切り無しに声をかけられるようになってしまった。

 

 

「漆黒の英雄様!」

「モモン様!」

「聖王国の救世主‼︎」

 

 

 どれも好意と尊敬、感謝の黄色い声であり、普通であれば有り難い事ではあるのだがプライベートはほぼ無いに等しい。何処へ行くにも声を掛けられ、その度に出来るだけ丁寧に応えてはいるがやはりストレスは溜まる。

 

 気ままな一人旅を謳歌したかったが自身の不注意のせいでこんな事になってしまった。自業自得と言われればそれまでなのだがやはり『自由』は欲しい。

 

 

(幾ら肉体的疲労の無い、アンデッドの身体と言っても精神的な疲労は溜まるんだよなぁ…)

 

 

 ならさっさとこの街から抜け出して他の街か別の国へ行けば良いのだが、中々そうもいかないらしい。事態は彼が思っているよりもずっと複雑になっていたのだ。

 

 

 実は悟はカリンシャの冒険者組合の組合長に拠点を移したい旨を何日か前に伝えていたのだ。「色んな所を見て回りたい」と隠す事なく素直に伝えたが、組合長は腕を組んで少しの間難しく考えた後、神妙な面持ちで答えた。

 

 

「すまない、モモン君。出来ればまだこの街に留まってくれはしないだろうか」

 

 

 一瞬、彼の言っている意味が理解出来なかった。

 

 理由を聞くと、要するに自分という存在が城塞都市カリンシャを始め、聖王国の兵達の士気向上や国全体の治安改善に貢献し、そして何より人々の心の拠り所となっているのだと言う。

 

 悟はそれを聞いて唖然とした。

 

 確かにこの国が抱えている問題に関しては悟もある程度は理解している。様々な負の連鎖が重なってしまい国内情勢は悪化の一途を辿っているらしい。しかし、まさか自分のミスを処理しただけでそんな事態になってしまっているとは想像していなかった。

 

 

(言われてみれば…カリンシャの活気が大分増してる様な気がする)

 

 

 元の活気など知る由もないが、何はともあれ自分という存在が居るだけでも人々にとっては大きな意味を持つ事は間違いないようだ。何か歯痒い気持ちになるがそこまで言われると「それでも出ていきます」とは言い辛くなるというもの。

 

 

(無理矢理に出ていけば、後々の行動にどんな影響が出るのか予想出来ない。ましてや国を挙げての祝典もやった手前だと尚更か……はぁ〜)

 

 

 まさか国際指名手配みたいな扱いになるとは信じたくないが、可能性はゼロでは無い分やはり不安だ。

 

 

(それにしても、まさかたった1人にここまで依存するって、この国大丈夫なのか? いや、『依存』は俺も同じだったか……)

 

 

 亜人部族との衝突云々は悟に関係無いが、1万体のアンデッドを生み出してしまったと言う負い目は感じている。聖王国に対しての『泣きっ面に蜂』をかましてしまった手前、ここは大人しく従う方が良さそうだ。なにより『ユグドラシル』に縋っていた自分、そして〝出て行く〟〝居なくなる〟事の寂しさや辛さを痛いほど理解しているのも彼を思い留まらせた要因でもあった。

 

 

「…分かりました。暫くは此処を拠点に活動していきたいと思います」

 

「おぉ! 分かってくれたか、モモン君! その代わりと言っては何だが、今君が利用しているのは例の安宿なのだろう? ならばこの街で一番高い宿を使うと良い。無論、費用は全て組合が請け負わせていただく!」

 

 

 何故か興奮しながら前のめりに迫って来る。

 どこか必死そうにも見える彼の言動に正直引いた。

 

 

「あーいえ、大変恐縮ですが今まで通りの宿を利用したいと思います」

 

「い、いやしかしだな! …ゴホン、モモン君は既にこの街、いや…この国の英雄と言っても過言では無いのだ。そんな人物が新米冒険者が利用する様な安宿に泊まり続けるとなれば、君の沽券に関わるのだよ」

 

「オリハルコン級とは言ってもまだまだ冒険者のイロハも理解し切れてないので、新米冒険者も同然です。それに豪華な部屋とかは…まぁ何と言いますか、気が休まらないと言いますか」

 

「そ、そうか。君がそこまで言うなら、仕方ない…では、依頼の斡旋を組合を挙げて行わせてくれ給え。階級に見合った依頼を厳選しようではないか。そうすればより広い人脈を形成は勿論、その人脈を通した特別な依頼なども──」

 

「ありがとうございます。ですが、自分の依頼は自分で見つけたいんです。無論、指名依頼などがあれば受けようとは思います。まぁ、内容にもよるでしょうが」

 

「あっ……そう、かね。ま、まぁ無理強いはしないよ、は、ハハハハ…」

 

 

 先程までの勢いと興奮は何処へやら。組合長は苦笑いを浮かべながら座っていたソファへ腰を下ろした。その姿に心がチクリと痛む。

 

 

「申し訳ありません。せっかくのご厚意を…」

 

「ッ!? ご、ゴホン! …いや、気にしないでくれたまえ。君には君にあった生き方と言うモノがあるのだから。だがね、モモン君、これだけは覚えておいてくれ。もし君が望むのであれば我々冒険者組合はいつでも全力で応える準備はあるという事を」

 

「あっハイ…ありがとうございます?」

 

「うむ。さて、貴重な時間を取らせてしまったね。用件は以上だ」

 

「ハイ。では失礼させて頂きます」

 

 

 悟は扉を開けて組合長の部屋を後にした。

 やれやれと思いつつも少しだけ申し訳ない気持ちになったのも事実だ。

 

 兜越しに頬を掻きながら先ほどの自分の応対を思い出す。

 

 

(うーん、流石に全部を断ったのは不味かったか? でもなぁ… )

 

 

 悟は何も小心故に断っていた訳では無く、彼なりに色々と考えた末で組合長の厚意を断っていたのだ。

 

 組合の厚意に甘えると自分よりも長く冒険者稼業を続けている人達から色々な反感を買ってしまうリスクがあった。

 

 もう一つは『鈴木悟』がリアルに居た頃に聞いた話なのだが、相手企業からの厚意を素直に受けてしまうと最悪弱味を握られてしまう可能性があるらしい。特に向こう側が用意したホテルなどは注意が必要だ。隠しカメラや盗聴器、美人局などどんな罠が仕掛けられているか分からない。

 

 

(後者に至っては完全にたっちさんから昔聞いた愚痴をたまたま思い出しただけなんだけど、でもまさかここに来てあの人の愚痴が活かされるとは思わなかったよ)

 

 

 ウンウンと自身の経験と判断に誤りは無い…筈と半ば強引に納得する事にした。

 

 ありがとう、たっちさん。

 

 

「さてと、それじゃ帰る前に軽く組合の掲示板でも見るとするか。オリハルコン級だけど面白そうな依頼があればも──」

 

 

 組合長の用件も終わり油断し切っていたのが運の尽き。彼が組合の一階へ姿を現した瞬間、その場にいた冒険者達が一斉に此方へ視線を向けてきた。

 

 

「うおぉぉ‼︎ モモンさんだぁぁ‼︎‼︎」

 

「うわビックリした」

 

 

 今では彼は多くの同業者達の憧れ的存在だ。

 街中を出歩くだけでも多くの民衆から声を掛けられ、迫られる。それは同業者達が相手でも例外では無い。

 

 何とか上手くやり過ごしたモモンは掲示板は諦めてそのまま安宿へ帰る事にした。

 

 

(はぁ…ほんと精神的に疲れる)

 

 

 こう言う時こそ発動して欲しい精神抑制効果だが、キャパオーバーでないとやはり発動しないらしい。本当に使い勝手の悪い種族的特性である。

 

 

 

 モモンが退室した後の組合長室では、部屋の主である組合長の他、また別の人物が彼と向かい合う形でソファに座していた。

 

 組合長がその人物に対し深々と頭を下げる。

 

 

「も、申し訳御座いません。まさかモモンく…いえ、モモン殿があそこまで無欲で謙虚な人物であったとは…」

 

 

 彼が頭を下げていた人物……聖王国神官団団長ケラルト・カストディオは特に気にするわけでも無く、用意された紅茶を優雅に口へ運んでいた。

 

 彼女は組合長とモモンとのやり取りを隣室で聞き耳を立てていたのだ。

 

 

「いいえ、彼を此処に縛り付けておく言質を取る事が出来ただけでも十分です。他の要望は飽くまでついでに過ぎません。御礼申し上げます、組合長」

 

「は、はい‼︎ あ、ありがとうございます!」

 

 

 姉同様に整った顔立ちをした彼女は微笑みを向けた。しかし、どこか腹に一物ありげで腹黒そうな印象の微笑みは、組合長の緊張をほぐすどころか却って肝を冷やさせる事になった。

 

 生きた心地でない青褪めた組合長を他所にケラルトはモモンについて考えていた。

 

 

(ですが、出来る事なら組合が用意した高級宿と高い報酬依頼の斡旋を受けて欲しかった所ですね)

 

 

 彼女の主目的は既に達成されたも同然だが、やはりもう一押しが為されなかった事は残念と思っていた。

 

 組合が用意した高級宿には常にケラルトの配下を数名配置し、彼が利用する部屋は勿論、チェックアウトの際の行き先も逐一把握する計画だ。しかし、まさかあのオンボロ安宿の方が彼にとって落ち着くなど誰が予測出来るだろうか。

 

 更に組合が斡旋した依頼は、彼女の息のかかったその手の業界の実力者や豪商達が依頼主になる予定でもあった。その過程で彼と友好関係を築き、彼に関する様々な情報を手に入れる事で間接的にパイプが繋がっている自分へとそれらの情報が入ってくる仕組みだ。行く行くは聖王女派閥の貴族から指名依頼を出して、直接的に聖王国政府との繋がりを築いていく。

 やがて彼の名声と実績が国としても無視出来ない物となってきた所で、彼を一介の冒険者から『九色』の新たな人員として迎え入れる。

 

 組合長が彼に提案した内容は全て彼を抱き込む為のケラルトが仕掛けた『餌』なのだ。しかし、逃がした魚は大きい。

 

 だがここまで美味い話を悉く断られると色々と勘繰りたくなるのは彼女の性分だろう。

 

 

 

「確かにあそこまで無欲だと却って怪しいですね。元々そう言う性格と言われればそれまでなのだけれど……まさか私が隣室に居る事を見抜いて?」

 

 

 今度は冷酷さに満ちた視線を組合長へ向けた。ケラルトは彼が何か余計な事をしでかしたのではないかと疑ったが、当の本人はたまったモノでは無い。

 

 

「い、いえいえ‼︎ その様な真似は決して‼︎」

 

 

 その言動から嘘では無い事を瞬時に見抜き、視線を外した。隣で安堵の溜息が聞こえる一方、ケラルトは顎に手を当てて考え込む。組合長から提案された内容はどれも一介の冒険者であれば破格であり、逆に断る方が難しい。

 

 

(私が潜んでいる事が悟られないよう、隣室には幾つもの魔法を掛けていた。優秀な盗賊(シーフ)でも見抜く事が困難な筈だ。仮に彼が魔法でソレを探ろうとすれば私が気付かない筈がない)

 

 

 純粋に無欲と言うのは少し考え難い。 

 

 そもそも彼が使ったと言う例の強力なマジックアイテムだが、彼曰くそれは旅の道中にあった遺跡から偶然見つけた物でそれを拝借している時点で無欲とは言い難いものがある。

 

 

(でもそんな強力な代物を迷い無く使っただけでも結構物欲観念が欠如してるかもしれませんけど…)

 

 

 次に魔法を使って此方の狙いに気付いたと言う点だが、これも考え難い。

 先に述べた通り少しでも魔力を使う素振りがあればケラルト自身が気付く筈だと自負しているからだ。また、彼は第3位階魔法まで扱えると聞き及んでいる。魔法詠唱者の中でも数少ない天才のみが行使出来る領域にある時点でも十分凄い事だが、信仰系第5位階魔法まで行使できるケラルトからすれば敵では無い。

 

 因みに彼女が第5位階魔法まで扱えると言うのは非公式であり、その事実を知っているのはほんの一握りだけである。

 

 

生まれながらの異能(タレント)と言ってしまえばキリがないけれど…)

 

 

 だがケラルトはその可能性は一先ず保留にした。『タレント』まで考察の候補に挙げてしまったら何でもありになってしまうからである。

 本人の才能や得意分野と『タレント』が見事にマッチする確率は極めて稀であり、大半が全く関係の無い能力であったり、そもそも扱う機会すら無かったりが殆どだ。可能性はゼロでは無いが此処は敢えて保留とする。

 

 

(そうなると…彼はこうなる事を見越していた、と考えるのが一番妥当かしら? 此方の狙いをある程度予測していたのであれば、先程の組合長と彼とのやり取りも合点がいく)

 

 

 どうやらモモンは相当な場数を踏み、用心を常日頃から心掛けているかなりの切れ者らしい。そして、何よりも自分自身を客観的立場から見て判断する事が出来ている。

 

 そう結論付けたケラルトは「うっふっふっふ」と一層腹黒さの篭った笑い声を出した。

 

 

(かなり有能な存在ね。何としても彼をこの国へ縛り付ける事がこの国の、カルカ様のため)

 

 

 是非とも欲しい人材だ。そして、叶う事なら『九色』などではなく正式に聖王国政府の人間として置いておく為、爵位を与える事も考慮するべきだろう。

 

 だが物事には順序がある。

 

 徒に早まった行動を取れば却ってチャンスを失いかねないのだ。今は焦らず、外堀から埋めていくのが肝要であると、ケラルトは自らを諌める。

 

 

(恐らく他国も動き出す筈…特に法国はすぐ隣で起きた出来事もあって関心は高い)

 

 

「警戒は必要ね」と聖王国の英雄が他国に奪われないよう対策を練る必要があるとケラルトは感じていた。この国の救世主であり人々の支えとなったモモンをみすみす奪われるような事があってたまるものか。

 

 警戒すべきは国外だけに限らない。カルカを陥れようと企む南部貴族を主軸とした保守派も警戒対象だ。もう既にモモンの存在は連中に認知されている。

 

 

「あっ、そうでした組合長。今日はついでに回収させて貰います」

 

「かしこまりました」

 

 

 組合長は少しその場を離れると自身の机の引き出しを開けて、その中から纏められた無数の羊皮紙や手紙などを両手に抱えた。

 それらをケラルトの下へ持っていく。

 

 

「ご苦労さま。……チッ、やっぱり」

 

 

 羊皮紙には全て『モモン殿へ』と書かれていた。贈り主はケラルトの予想通り、南部貴族ら保守派からである。

 

 

「はい。日に日に南部貴族からモモン殿へのアプローチは増しています」

 

「先日は使者が現れたのよね?」

 

「適当な理由を付けてあしらいました。多分また来るでしょうが…」

 

「来るとしても精々三下くらいでしょうから、また来るようなら同じようにあしらって下さいね。対応に困るようなら私に連絡を」

 

「かしこまりました」

 

「あら?」

 

 

 汚物を見るような視線で適当にモモン宛の手紙や羊皮紙を眺めていると、その中に1つ珍しいモノがあった。

 

 

「…これは王国からね」

 

「そうです。しかし、贈り主は申し訳ありませんが、聞き覚えのない貴族でして─」

 

「それで良いのですよ。腐り切った王国貴族の名前を覚えるくらいなら道端の石ころを数えていた方が………」

 

「け、ケラルト様?」

 

「……考え過ぎかしら」

 

 

 真剣な顔で王国の三流貴族からの手紙を眺める。しかし、何かを結論付けたのか、ケラルトは軽く頭を左右に振った後、他の手紙と一緒に魔法で燃やした。

 




漆黒聖典のコードネーム?でweb版でも判明してない人いますよね?
第3席次(厨二)、第十一席次(エッッ)、第六席次(特大剣)

何か良い案があれば気軽にコメ欄に書いてくれたら良い感じのやつを使いたいです
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