Holy Kingdom Story   作:ゲソポタミア文明

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いつも誤字報告・評価・感想ありがとうございます

今回は漆黒聖典の第三席次と第11席次のコードネームが出てきます。

普通に外見等を見ての予想でしか無く、また本編でも未登場である

漆黒聖典隊員達の性格もほぼオリジナルと予想でしか無い為、注意です


第13話 漆黒聖典

 月夜に照らされる深夜のアベリオン丘陵。

 

 夜行性のモンスターや血に飢えた亜人がいつ何処から飛び出してくるかも分からない為、昼間とは別の危険な雰囲気に満ち溢れている。しかし、そんなモンスターや亜人達でさえ今は近付くのを恐れる場所が存在した。

 

 そこは巨大なクレーターが形成されており、地面が剥き出しになっている窪みには草木は一本も生えていない。何か得体の知れない強大な力によって綺麗に切り抜かれた、或いは消滅した痕跡は、古くから丘陵地帯を住処とする亜人達にとって非常に恐ろしい場所と化している。また、この恐ろしい場所が聖王国の要塞線から比較的近い事もあり、亜人達は自然と要塞線へ近づく事も中々出来ない状況が続いているのだ。

 

 

「なるほど。確かに強力なマジックアイテムを行使したという話も納得出来る」

 

 

 射干玉色の長髪に紅玉の瞳を宿した中性的な顔立ちをした青年が目の前に広がる大きなクレーターを見て呟く。また、彼の他に全く異なる武装・服装をした男女10人(・・・)も同様にクレーターを興味深そうに眺めていた。

 

 

「思った以上に深いな…魔法最強化(マキシマイズ・マジック)を行使してもここまでの威力は生み出せまい」

 

「やはりマジックアイテムを?」

 

「そう考えるのが妥当であろう。その者がかの逸脱者に匹敵する術者であれば話は別だがな」

 

 

 漆黒の魔術師風のローブを纏い周囲に6つの黒い宝玉らしき物を浮遊させている男と、彼とはまるで正反対の緑の上質な神官風の服装を纏う長い金髪の女性が談論している。

 

 

「何か分かったか?」

 

「そうですね。先ず1つは周囲に負のエネルギーは殆ど感じ取れませんでした。聖王国の聖騎士や神官達がこの辺一帯を浄化したのでしょう。流石と言うべきですね、かなり丁寧に仕事をしております」

 

「あれほどのアンデッドが現れた後だ。聖王国なら念には念を入れて浄化を施すのは当然の事だろう。また1万体のアンデッドが出現するような事態があってはならない」

 

「えぇ、そうですね」

 

 

 神官風の女性の言葉を受けた青年は一先ず聖王国が仕事をこなしてくれていた事に感心した。聖王国の国内事情を考えれば浄化対応に遅れが出る事も考慮していたが、どうやら杞憂だったらしい。もしもの時は彼女に一働きして貰う必要があったが、主目的の任務に支障が出るような事態は出来る限り避けたかったからだ。

 

 

「ではあのクレーターについてはどうだ?」

 

 

 青年の問い掛けに魔術師風の男が答える。

 

 

「少なくとも竜王の類で無い事は確かだ。あの地からは竜王が行使する魔法独自の魔力の残滓が感じられん」

 

「それはつまり…破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)の復活による影響では無い、と捉えて問題無いか」

 

「その可能性は低いと見ている。そう捉えて貰って構わん」

 

 

 元より破滅の竜王復活に備える為、今回の任務に出動した彼ら『漆黒聖典』だが、どうやら今回のアンデッド騒動とかの竜王は無関係である可能性が高い事が判明した。

 

 

「如何いたしますか、隊長?」

 

 

 他の隊員から指示を求められた青年こと漆黒聖典『第一席次』である隊長は少し考える。土の神殿で発生した爆発事件の原因が破滅の竜王の兆しでは無かったとするならば、一体何が原因なのか分からず振り出しに戻った形になってしまった。

 しかし、彼らの任務は飽くまで『破滅の竜王が復活していた場合、神器を用いて支配下に置く』事であり、土の神殿の爆発事故を探る事では無い。

 

 

(だが、神器を纏ったカイレ様を連れて下手に動くワケにはいかない)

 

 

 隊長は再び魔術師風の男である第三席次こと『四大精霊』に問い掛ける。

 

 

「他に何か分かることはないか? 例えば何位階相当の威力を有していたとかは」

 

 

 『四大精霊』は自身の周囲に浮遊している六つの妖しい宝玉を操る。それは不気味な淡い紫紺の光を発しながらクレーターの周囲を漂い始めた。

 

 

「正確な所は不明だが、途轍もなく強力だと言うのは間違いない。少なくとも第八位階は下るまい」

 

「第八位階…ッ」

 

 

 その言葉に全員が息を呑む。

 第八位階となれば法国における大儀式級の魔法である。そんな危険で貴重なマジックアイテムを例の男…モモンは保持していたのだ。

 

 

「おいおい、それってかなりヤバいんじゃないか?」

 

「〝ヤバい〟なんてモノじゃないですよ。それが事実ならモモンという人物は他にも危険なマジックアイテムを持っている可能性が高いと言うことです。一個人が持っていい様な代物ではありませんからね」

 

 

 両手に異なる盾を持つ戦士風の装いをした筋肉質の男…第八席次『巨盾万壁』の言葉を、非常に優しげな雰囲気を纏う金色のショートボブヘアーをした男、第五席次『一人師団』が肯定する。

 

 

「ウチにも第七位階魔法とかが封じ込められてる『魔封じの水晶』は何個かあるけど結構貴重品だし、私的にはそのモモンって男とそいつが見つけたって言う遺跡に興味があるかなぁ〜って思うけど、ソイツ見つけるの隊長〜?」

 

 

 1人の少女が大分蓮っ葉な口調で上司である隊長に話し掛けた。大きなとんがり帽子を被り薄花色で三つ編みおさげの長髪の、下着同然の格好をした少女、第十一席次『無限魔力』の言葉遣いに関しては元々の性格が不遜である為、既に大半が諦めている。

 

 『無限魔力』の意見を隊長は首を横に振って否定する。

 

 

「いや、それ以上の行動は任務内容を逸脱してしまう。先ずは本国へ連絡し指示を仰ぐべきだろう」

 

「ふーん。まぁ責任とか御免だし、その方が良いかもねぇ」

 

「…その不遜な言葉遣いどうにかならんのか?」

 

 

 彼女の言葉遣いもとい性格を未だに許容しきれていない『四大精霊』は不快そうに注意するが、当の本人は心底ウザそうな態度で大きなとんがり帽子を利用して視線すら合わせようとしない。

 

 

「はぁ? 何でアンタなんかに文句言われないといけないワケ? そもそもアンタがもちょっと正確に調べることが出来れば良かったんじゃないの?」

 

「貴様ァ…」

 

 

 あまりの態度に静かに怒りを燃やす『四大精霊』とそっぽを向いている『無限魔力』。2人の犬猿の仲は今に始まった事では無いが、まとめ役でもある隊長からすれば悩ましい問題である。

 

 

「まぁまぁ、お二人とも落ち着いて。確かに言い方は良くありませんでしが、彼女の不満は逆に言えば貴方の力を信頼しているからこそなんですよ。そうですよね?」

 

 

 二人の喧嘩の間に入ったのは『一人師団』だ。彼は持ち前の笑顔を向けながら、彼女に詰め寄る『四大精霊』を諌める。一方の『無限魔力』は肯定も否定もせず「フン」と鼻を鳴らしてその場から離れて行った。

 

 隊長はこの場に彼がいた事を神に感謝した。

 

 

「すまない。またお前に手をかけさせた」

 

「いいえ、お気になさらず。人類の守り手たる者同士が争い合うなど笑い話にもなりませんから」

 

「あぁ、全くだ」

 

「くだらん喧嘩は終わったかぇ?」

 

 

 そこへ白銀の生地に天に昇る龍が金糸で刺繍された旗 袍 服(チャイナドレス)を纏った老婆がやれやれと言った様子で話しかけて来た。老婆こと法国の重要人物カイレに隊長は「お見苦しい所をお見せしました」と謝罪する。

 

 『一人師団』はカイレへ一礼した後、2人の会話の邪魔にならぬよう数歩後ろへ下がった。

 

 

「破滅の竜王の危機は杞憂であった事は人類にとっては喜ばしい事ではあるが、肝心の爆発事故の原因は不明のままじゃな。それでこれからどうするつもりじゃ?」

 

「一先ず道中で見つけた洞窟へ一度引き返します。そこで本国へ報告した後、これからの指示を確認します」

 

「ふむ。それが妥当じゃろう」

 

「隊長…」

 

 

 隊長とカイレ、少し下がった場所に立っていた『一人師団』とは違う別の声が聞こえた。しかし、3人はその声に驚く事は無く平然としている。3人が声の聞こえた方向に顔を向けると、何も無い空間からスゥーッと1人の人間が片膝を地面に付けた状態で現れた。

 顔だけでなく頭部全体をも包み込む赤色の全身タイツに鎧を付けたアサシン風の男。金属板の様な物で鎧を補強している、突如として現れたこの人物は第十二席次『天上天下』である。

 

 

「東から山羊人(バフォルク)の偵察部隊が接近している。数は15。此処へ到達するまで1時間は掛かる。かなり遅々とした歩調だ、余程此処が怖いらしい」

 

 

 周囲を警戒していた『天上天下』からの報告を聞き、隊長はそうかと呟き考える。

 

 

「それでも偵察を送り込む、と言う事は亜人たちが再び活発化するのも時間の問題だな。あまり長居は出来ない」

 

「どうする、隊長?」

 

「例の洞窟へ引き返す。お前は先に行って洞窟内部の安全性を再度確認して来て欲しい」

 

「分かった」

 

 

 命令を受けた『天上天下』は軽く頭を下げた後、今度は空間に姿を隠し消えていった。彼が行動を開始した事を確認した隊長は、今度は他の隊員たちへ向けて指示を出した。

 

 

「傾聴」

 

 

 この一言で周りの隊員達は一斉に隊長の話に身を傾けるべく顔を向けた。隊長は一通り見て確認した後に話を続ける。

 

 

「これより道中で見つけた例の洞窟へ一度引き返す。その後、本国と連絡を取り指示を仰ぐ。道中の最優先事項はカイレ様を本国へ護送する事にある。不測の事態が発生した際は事前に通達した通りのメンバーで散開し本国へ帰還する。各員気を引き締めて行動にあたれ」

 

「「「了解」」」

 

 

 ハッキリと答える者から気怠そうに答える者と様々な返答があった。

 

 

(正確には最優先で護るべきはワシではなく神器『ケイ・セケ・コゥク』じゃがな)

 

 

 だがしかし、と漆黒聖典らを見てカイレは改めて感心する。個の塊と言っても良い漆黒聖典の隊員を瞬時にまとめられる器量と実力を有するのは、やはり彼を置いて他にいないだろう。

 

 

(実力だけで言えばあの娘(・・・)の方が上じゃが……アレは危険過ぎる)

 

 

 カイレの脳裏にある人物が浮かび上がる。

 〝あの娘〟とは法国が秘匿している存在であり切り札でもある。『漆黒聖典』に属しては居るがあまりにも存在そのものが危険である為、公的な席次は与えられず『番外席次』という例外中の例外と言う事になっている。

 

『絶死絶命』──

 

 それが番外席次に与えられた圧倒的強さ故の異名である。万が一、彼女の存在が大っぴらになれば評議国の竜王達は間違い無く法国へ攻めて来るだろう。

 

 

「では、カイレ様」

 

「うむ」

 

 

 漆黒聖典は道中で見つけた洞窟へ向けて歩き出した。

 

 

 洞窟へ辿り着いた漆黒聖典は早速〈伝言(メッセージ)〉を使い本国へ連絡を取っていた。薄暗い洞窟内だが既に『天上天下』によって中の安全は保障されている。

 

 

「傾聴。新しい指令だ。聖王国へ潜伏し、冒険者モモンについて探りを入れろ、との事だ。不可抗力以外の接触は禁止。第三者を通しても同じだ」

 

 

 その言葉を聞いてあからさまに落胆する者から安堵する者と様々な反応が見られる。

 

 

「カイレ様はどうするのですか?」

 

 

 一人の隊員が当然の疑問を聞いて来た。カイレが神器を身に纏って同行した目的は破滅の竜王を支配下に置く為であり他国への潜入任務では無い。そもそも彼女とその神器を無闇に移動させるのはあまりにも危険過ぎる。

 だが隊長はその手の質問は当然聞いて来るだろうと思っていた。

 

 

「カイレ様は本国へ帰還する。無論、その護衛役となる隊員達も含めてだ。聖王国への潜伏調査は数名の隊員のみで行う」

 

「それは誰と誰でしょう?」

 

「まず一人は『天上天下』、そして『無限魔力』」

 

 

 自身の名を呼ばれたことに『天上天下』は軽く頷き、『無限魔力』は不満げな表情を浮かべながら「げっ」と声を発した。どうやら彼女としては潜伏調査の任務は嫌だったらしい。

 

 

「ちょっとちょっと‼︎ 何で私が!?」

 

 

 怒りながら詰め寄る『無限魔力』だが、隊長はあっけらかんと答える。

 

 

「今回の調査任務に於いてお前の探索に長けた能力がベストだと上は判断した。『天上天下』は言うまでも無い」

 

「でも調べるだけなら『天上天下』だけでもいいじゃん‼︎ 何で私もなの!?」

 

「モモンなる人物が英雄の領域に達している可能性が高いからだ。上としては第九席次の穴埋め要員に考えているらしい。だったら集められる情報はより多く、そして確かな物であった方がいいだろう」

 

「え〜〜、もぅそれ責任重大じゃん…」

 

「任務を終えたら長期休暇と働きに見合った褒賞を出すらしい。それから、今回の任務の責任者は『一人師団』という事になっている」

 

「えっ、本当? じゃあやる‼︎」

 

 

 責任者は自分ではない上に、褒賞と休暇の話が出た途端、やる気に満ちた態度を見せる彼女の現金な反応に溜息を吐きたくなる気持ちを隊長は我慢した。それを気の毒そうに見つめる『一人師団』だが、決して他人事では無い。これからは彼が彼女の面倒を見なければならなくなるのだ。

 

 

「次に護衛役として、『一人師団』それから『人間最強』」

 

「なるほど。了解しました」

 

「ガキのお守りかよ。冗談キツイぜ、隊長さん」

 

 

 案の定、『一人師団』は不満一つ溢す事なく微笑みながら了承し、もう一人の大男は不承不承と肩を竦める。その大男は白髪白髭白胸毛を蓄えた半裸の姿をしており、百戦錬磨の筋骨隆々とした体躯で背中には巨大な斧が備わっている。

 

 彼が第十席次『人間最強』である。蛮族の戦士を彷彿とさせる風貌をしており、その見た目通りの好戦的な性格をしているが、自分よりも強いと認めた者に対しては意外と従順である。

 

 

「っつーわけだ。変な事はすんなよ‼︎ ガハハ‼︎」

 

「ちょっ、痛い痛いって!? イタタタ‼︎ 撫でんな馬鹿ぁ‼︎」

 

 

 『人間最強』がその大きな手で『無限魔力』の頭を大きな尖り帽子ごとグシャグシャと乱暴に撫でた。見るからに痛そうで、案の定痛かったらしく、彼女が「触んなゴリラ!」と怒鳴ってその手を振り解こうとしている。だが膂力の差故に全く振り解けない上に彼は止めようともせず、面白がって撫で回し続けた。2人のじゃれ合いを『天上天下』は腕を組みながらやれやれと呆れながら眺める。

 

 

「はぁ…すまないが後は頼む」

 

「はい、お任せ下さい」

 

 

 あとは貴重なもう一人のまとめ役の『一人師団』に任せて、隊長ら他の隊員達はカイレを連れて本国へと帰還の途へ就いた。

 

 

 ローブル聖王国の東に広がるアベリオン丘陵。此処には血気盛んな亜人部族とモンスター達が日夜跋扈する危険な場所であり、亜人との争いやモンスターの間引き以外の目的でこの様な危険地帯を通る様な事は殆どない。しかし、聖王国の要人や商人など人々が国と国とを行き交う為の公道は存在する。

 

 アベリオン丘陵との境に築き上げられた堅固な要塞線の北方に王国へ通じる公道があり、人々はその唯一の道を使って国境を越えているのだ。公道はお世辞にも整備されているとは言えないが、安全に移動出来る道は他に無いため仕方が無い。  

 

 公道を通る商隊や旅人を狙った野盗や亜人、モンスターの襲撃も多いのだが、国は公道を巡廻・警備する程の余裕は無く、隣国の王国もアテは出来ない。その為、その護衛を冒険者に依頼する案件が非常に多いのだ。

 

 

「この前、この道を通った下請け商人が野盗集団に襲われたって聞きましてな。いや〜貴方の様な冒険者が護衛依頼を受けて頂いて本当に心強いですよ」

 

「いえいえ、ロフーレさん。私なんてまだまだ若輩もいい所です」

 

「ハハハ、本当に噂通り謙虚な方で! まぁもしもの時はお願いしますよ、モモンさん」

 

「ハイ、お任せ下さい」

 

 

 冒険者モモンとしてローブル聖王国城塞都市カリンシャを拠点に活躍し始めてからもう2ヶ月が過ぎようとしていた。

 

 流石に2ヶ月も過ぎれば人々のモモンを讃える声に多少の落ち着きは出てきているものの、声を掛けられる事は相変わらず多い。それでも外出し難いほどでは無い為、少し前から本格的に冒険者稼業を再開している状態である。冒険者の活動を再開するまでは、ユグドラシルには無かったアイテムを街の市場で買ったり、あとは遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)を使った周辺諸国の情報収集や、この世界の読み書きの練習と結構ワンパターンのルーティンが多かった。

 

 

(騒ぎになりたく無かったから遠見の鏡でこっそり組合の掲示板も見てたけど、特段目ぼしい張り紙は無かったし、そもそもオリハルコン級の俺が下階級の依頼を下手に受けるわけにもいかないからなぁ)

 

 

 組合の掲示板に貼られている様々な依頼書にはその難度に見合った冒険者階級が書き記されている。自身の階級より上の任務を受ける事は組合の規定により基本的に不可能だが、その逆であれば問題は無い。

 例えば今の悟はオリハルコン級だが、その下であるミスリル級やプラチナ級、金級などの依頼を受ける事は可能だ。しかし、規定上違反では無いが、それによって下階級の冒険者達が受ける依頼が著しく減ってしまうと言う問題が発生してしまう。ただでさえ冒険者の収入は不安定な上に命懸けなのだ、自分達の貴重な収入源である依頼を奪うような輩は格上の冒険者であっても許されるものではない。

 

 たとえそれが『英雄』と謳われる者であっても同じに違いない。冒険者はやはり自身の階級に見合った依頼を受けるべきなのだ。

 

 

(組合の印象も良くないだろうし、やっぱり今回みたいな少し難易度の高い依頼を今後は中心に受けて行く必要があるな。本当はもっとマイペースにやりたかったけど…こればっかりは仕方ない)

 

 

 極貧生活をリアルで味わった事のある彼だからこそ理解出来る。自己満足によって彼らを衣食住に困るような事態に陥らせるなど言語道断だ。

 下の階級の冒険者達は一つ一つの依頼報酬が少ない分、それなりの数をこなして金を稼がないといけない。それは武具や防具、必要なアイテムから宿代、食事代、移動代と様々だ。

 

 因みに今回の依頼はプラチナ級で王国のロフーレ商会の商隊を王国のビョルケンヘイム領内まで護衛するというものである。偶々、聖王国で商いの用事で訪れていた際、あのアンデッド騒動(悟の不始末)に遭遇してしまい、行きと同じ護衛では些か不安がある為、聖王国の冒険者組合に依頼を出したらしい。

 

 

「モモンさんは王国に来た事はありますかな?」

 

「いえ、私は遥か南方から聖王国へ流れ着いた浪人でして、王国や帝国などにはまだ一度も」

 

「そうでしたか。もし宜しければ、エ・ランテルを訪れてみるといいでしょう。あそこは帝国や法国とも領土を面している為、人や物の往来が盛んな街です。行ってみて損はないでしょう」

 

「それはそれは。時間がある時に是非、ゆっくり観光してみたいものです」

 

 

 依頼主と軽く談話をしていると、悟の代わりに上空からの周囲の警戒に当たらせていた骨のハゲワシ(ボーン・ヴァルチャー)より報告が入った。

 

 

「…止まって下さい」

 

「えっ?」

 

 

 公道の先の脇道からゴブリンの群れが飛び出して来た。ゴブリンであれば何も問題は無いと依頼主であるロフーレが安堵したのも束の間で、そのゴブリンの群れの後から直ぐに別のモンスターが現れた。蜥蜴にも蛇にも似た全長約数十メートルの巨体を持ち、緑色の硬い鱗、鋭い爪、あらゆる物を噛み砕く大きな牙と顎、王冠の如きトサカを持つ八本足の伝説級のモンスター。

 

──数多の戦士達の天敵、ギガント・バジリスク。

 

 

「なぁッ!?…ぎ、ギガント・バジリスク!! 何故伝説級のモンスターがこんな所に!」

 

 

 商隊の人達は突如、目の前に都市一つ滅ぼせる伝説級の魔獣が現れた事で悲鳴をあげている。ロフーレとて恐怖に引き攣った顔で震えてはいたが、やはり商会の責任者故か直ぐに取るべき行動を取った。

 

 

「み、みんな急いで引き返すんだ‼︎ 積荷は全部此処へ置いて行け‼︎」  

 

 

「し、しかし、ロフーレさん! それでは積荷が…!」

 

 

 商隊の一人は我が耳を一瞬疑った。

 あの荷車の中には貴重な品物が積んである。万が一積荷に何か有れば商会にとって少なくない被害が発生する事は目に見えている。自身の命に関わる危機が目の前に現れたと言うのに、商会の事を考えてしまったのは彼がそれほどまでにロフーレ商会に尽くしているが故であり、だからこそロフーレ自身もこの人物を雇っているのだ。

 

 だがロフーレはそんな彼の懸念などお構い無しに、諭すように言った。

 

 

「死んだら何も残らん、命あっての物種だ‼︎」

 

 

 そう告げると彼の背中を押して早く逃げろと必死に促した。

 

 

「なるほど。此方には気付かず、目の前のゴブリン共を食べるのに夢中のようですね」

 

「も、モモンさん、貴方も早く‼︎ 戦っても勝ち目は無い、逃げる事は決して恥ではありませんぞ‼︎」

 

 

 今度は護衛として雇ったモモンに逃げるよう促すロフーレであったが、彼はその場から動かずにギガント・バジリスクを黙って見据えていた。

 

 

「ロフーレさん、此処は私に任せて、貴方は仲間達と一緒に避難して下さい」

 

「な、なんと……ッ!?」

 

 

 絶句した。相手はたった一体で都市一つを滅ぼす事も出来る伝説級の魔獣ギガント・バジリスク、石化の視線や即死級の猛毒の体液を有し、分厚い鱗はミスリルにも匹敵するバケモノだ。アダマンタイト級冒険者チームでもなければ倒す事など不可能で、モモンの力を疑う訳では無いがそれでも勝ち目など無いに等しい。

 

 

「む、無茶だ‼︎ 無駄死にですぞ‼︎」

 

「どちらにせよ、ヤツは追いかけて来ますよ。そうなったら多かれ少なかれ皆さんに被害が出てしまう。そして何より、今ここでヤツを倒さなければ、次にこの公道を通る人々の脅威になってしまう」

 

 

 モモンは背中から二本のグレートソードをゆっくりと引き抜くと、片方の剣先をギガント・バジリスクへ向ける。

 

 どうやらギガント・バジリスクもゴブリンを食べ終えたらしく、次なる獲物としてモモンを視界に捉えたようだ。蛇とも蜥蜴とも取れる長い舌でゴブリンの血で塗れた口元を舐めると、ギラリと連なる鋭利な牙を剥き出す。

 

 

「ロフーレさんは下がっていて下さい。直ぐに終わらせます」

 

 

 モモンがそう告げた瞬間、彼は大地を蹴ると瞬く間にギガント・バジリスクとの距離を詰めた。対するギガント・バジリスクは猛スピードで自身へ突っ込んで来るモモンに向けて大きな顎を開けて猛毒の体液を噴射する。並大抵の耐毒効果を持つアイテムなど意味を成さないほど強力な即死級の猛毒の噴出液がモモンへ降り掛かろうとするも、彼はそれを全身鎧を纏っているとは思えない軽快なフットワークで左右へ飛び退きながら容易く躱した。

 

 毒液を全て避け切られてしまった事に驚くギガント・バジリスクは、怯まず接近して来るモモンに強い本能的危機感を瞬時に抱く。

 

 ギガント・バジリスクの瞳が妖しく光る。

 奥の手の『石化の視線』を発動させたのだ。

 

 

「お? 石化の視線か?」

 

 

 視界に入る生き物全てを石化するギガント・バジリスクの切り札とも言える特殊技術(スキル)は、悲運にも空を飛んでいた鳥や荷車に繋がれていた為逃げられなかった馬を巻き込み、瞬く間に彫刻の様な石に変える。しかし、レベル100であるモモン(鈴木悟)に対しギガント・バジリスクのレベルは20後半である為、抵抗(レジスト)成功により状態異常は無効化される。

 

 

「お生憎様、俺に石化能力は効かないんだ」

 

 

 自身の奥の手が通じない事に驚くギガント・バジリスクにモモンは距離を更に詰めると、一気に跳び上がり二本のグレートソードを大きく振りかぶった。

 

 

「ぜやぁああッ‼︎」

 

 

 モモンが放つ漆黒の一閃がギガント・バジリスクの頭部を切断。切断面から血を噴き出しながら頭部の無いギガント・バジリスクの身体は激しく痙攣しのたうち回る。やがて徐々に痙攣が収まると間も無くピクリとも動かなくなった。

 

 

「ギガント・バジリスクは確か眼球と鶏冠が高く売れたはず」

 

 

 モモン…悟がギガント・バジリスクの死体を見下ろしながら追加報酬の算段をしていると、逃げていた筈のロフーレたちが恐る恐る戻って来た。どうやら途中からギガント・バジリスクの嘶きが聞こえなくなった事に気付き、気になって様子を見に来たらしい。

 

 

「モモンさん、あなたまさか、ひ、一人でギガント・バジリスクを?」

 

「えぇ、もう安心ですよ」

 

「い、一体で都市一つを滅ぼせる伝説級の魔獣を…ひ、一人で…」

 

「え、えぇ、まぁ。あのぉ…どうかし──」

 

「モモンさんッ‼︎‼︎」

 

 

 ロフーレは物凄い勢いで悟へ詰め寄るとその手を強く握り上下へぶんぶんと振り始めた。その目は爛々と輝き潤んでおり感動と感激に溢れているのが見て分かるが、当の悟はただ困惑するばかりだった。気が付けば周りにロフーレ商会の人たちも集まり自分を声高に讃え、感謝を述べている。

 

 

「貴方の実力を疑っていたわけじゃないが、やっぱり貴方は本物の英雄だ‼︎」

 

「ど、どうも、です」

 

 

 みんなの過剰とも取れる反応に悟は再び自身の認識のズレを改めて認識した。久し振りのまともな依頼の戦闘という事もあり、すっかりその辺の注意を怠ってしまったらしい。

 

 

(まぁ結果的に依頼は無事に達成出来そうだから良かったけど…コレがまた変に噂にならなきゃいいんだけどなぁ)

 

 

 彼の懸念は残念ながら当たった。商隊護衛依頼の最中に突如現れた伝説級の魔獣ギガント・バジリスクの単独討伐。この話はロフーレの人脈により王国中に浸透してしまい、聖王国でも難なくギガント・バジリスクを運んで帰って来た彼の姿にかつての祝典に匹敵するほどの大歓声が上がり、また暫く続いたと言う。

 

 それに対して悟が再び溜息を吐く日々が続いた事は言うまでもない。




執筆の原動力となりますので感想等のご意見お待ちしております

冥府魔道(導)…仏教用語で悪魔が住む世界。悪の道、異端の道、邪道
        常に争いの絶えない怒りに満ちた世界
        相手を恨む感情、信念、生き方

奸智術数…悪知恵、よこしま、欺く策略

・↑を正規に修正しました。
 掠りもしなかったですね(笑)

一応モデルの四字熟語です
漆黒聖典は四字熟語や遊び字などオリジナル要素が多いですが、2人には既存の四字熟語を使いました

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