Holy Kingdom Story   作:ゲソポタミア文明

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第18話 指名依頼

 城塞都市カリンシャの冒険者組合で起きた騒動から半月が経過した。

 『漆黒』の冒険者モモンは仕事としては初めて訪れる首都ホバンスの街中を馬車に乗って移動していた。

 

 

「今日も街は平穏そのもの。要塞線に亜人部族が攻めてくる回数が著しく低下しており、街に住まう民達が臨時徴兵される事も少なくなりました。それもこれも全てモモン様のお陰でございます」

 

「大袈裟ですよ。私などよりも、常日頃から国を守る為に身を粉にして務めている、この国の兵士や聖騎士の皆さまの尽力あっての平穏です」

 

 

 モモンは同乗している従者から賛辞を贈られていた。冒険者になってから幾度となく言われ続けた内容を無碍にしない程度に応える。ここ最近、こう言った言動に対するあしらい方が板に付いてきていると自負していた。

 

 

(ありがたい事だとはいつもながら思うけど、ここまで沢山の人に褒められるなんて経験は今まで無かったし、耐性が無いのは仕方無いよな)

 

 

 それでも人はどんなに過酷な環境でもいずれは慣れる生き物なのだと改めて実感する。尤もリアルの世界は決して慣れてはいけない環境であるが、アレはもう慣れとかそういう次元の問題では無い。

 

 リアルでの嫌な思い出を苦々しい表情を兜の中で浮かべながら考えている間にも、従者との会話は続けていた。モモンはそれを適当に相槌を打ってやり過ごす。

 

 

 

「モモン様の御活躍は近隣諸国の果てまで轟く事でしょう。何れはアダマンタイト級となるのも決して夢では──」

 

(それにしたってこの人、出発してからずっとこの調子だけど、よくここまで褒め言葉を矢継ぎ早に出せるよな。やっぱりこういう状況には慣れてるとか?)

 

 

 ここまで言われると、呆れを通り越して少しだけ彼に感心してしまう。

 

 何故モモンは今、従者を名乗るこの男と一緒に馬車へ乗っているのかというと、数日前に組合を通してモモンに対する指名依頼が入ったのだ。「詳しい依頼内容は直接会ってから話したい」との要望らしく、移動手段として依頼主から馬車と従者が用意された。

 

 モモンとしては別に徒歩でも構わなかったが、相手は既に馬車を用意していたのだ。その為、先方の好意を無碍にするワケにはいかず、渋々乗車しているというワケである。

 

 

「──モモン様はやはり…っと、話に耽っている間にどうやら目的地が見えてきたようですな」

 

「どうやらそのようですね」

 

 

 モモンは「長かったなぁ〜」と内心思いながらも、馬車の窓から見える首都ホバンスが誇る最も尊くも神聖な建造物…大聖殿に目を向けた。

 

 

(アンデッドの俺には圧倒的に不似合いな場所だなぁ〜……バレないよね?)

 

 

 そんな心配事を他所に馬車は真っ直ぐ大聖殿へと進んで行った。

 

 

 この国の信仰の中心とはよく言ったものだ。

 

 王家が住まう王城に次ぐこの都市で最も大きく目立つその建造物は、かつてギルドメンバーと一緒に見た参考資料集の中にあった『失われた世界遺産図鑑』の1つ『アヤソフィア』を彷彿とさせる。大きな正門を潜り抜けた先には手厚く整備された中庭と石畳の通路が綺麗に整備されていた。

 

 

(凄い。普通にお城顔負けの造りだ)

 

 

 それでも仲間達と築き上げたナザリック地下大墳墓には到底劣ると感じていると、本殿へ続く幅広い階段の前へ馬車は停まった。

 

 

「長旅お疲れ様でした。ご到着に御座います。さぁモモン様、此方へ」

 

「ありがとうございます」

 

 

 馬車から降りたモモンは従者に促され、案内されるまま階段を登り、大聖殿本殿へ入って行く。中も想像通り精巧な造りをしており、厳かで静かな空間を清潔感のある神官服を纏った人々や修道女が行き交っていた。

 

 依頼主が居るとされる部屋までの道中、すれ違う聖職者達は上品に軽く頭を下げてくれた。モモンも礼儀として頭を下げるが、その僅かなやり取りでさえ緊張感で気を張ってしまう。

 

 出来るだけ人と会わない事を移動中願いながら、暫く歩いていると1つの部屋の前へ到着した。どうやら此処に依頼主がいるらしい。

 

 従者が扉をノックして自分が到着した旨を伝える。

 

 

(さて、姉の方(・・・)は祝典で一回見かけたけど…噂に聞く頭脳明晰の妹はどんな人物なんだろうか? )

 

 

 モモンは無いはずの胃が痛くなる感覚を覚える。だが、ここまで来て逃げるワケにはいかない。と言うか出来ない。半ばヤケクソの気持ちでモモンは開かれた扉の先へ歩を進めた。

 

 扉を潜った先は小さな洋風の屋内庭園だった。

 

 天井は一面ガラス張りで太陽の光が心地よく庭園を照らしている。そして、庭園の中心にあるガゼボには円形のテーブルと複数の椅子が用意されていた。

 庭園の奥にはまた別の部屋へ通じると思しき扉が複数。

 

 

「お待ちしておりました。私が今回の依頼主、ローブル聖王国神官団団長のケラルト・カストディオと申します」

 

 

 ガゼボの前に立つ1人の神官服を纏い、茶色の腰まで伸びた綺麗な長髪が特徴的な美女──ケラルト・カストディオが礼儀正しいお辞儀をして出迎える。

 

 

(この人が噂に聞くケラルト・カストディオか。神殿の最高司祭にして天才カストディオ姉妹の妹…とても悪評がある風には見えないけどなぁ)

 

 

 その顔は噂通り姉と瓜二つだった。

 モモンは彼女の元へ歩み寄ると頭を下げて自己紹介をする。

 

 

「お初にお目に掛かります。私がオリハルコン級冒険者『漆黒』のモモンです。今回、高名なるカストディオ様からのご指名の依頼を頂き、光栄の至り」

 

「私も〝救国の英雄〟である貴方様に御依頼を受けて頂き、誠に感謝申し上げます。こうして直接お会い出来ただけでも嬉しい限りでございます」

 

 

 天性の美女から向けられる微笑み、丁寧かつ物腰柔らかな口調は一般的な男性であれば間違い無く心を射抜かれていただろう。

 

 とてもではないが、噂に聞くような腹に一物ありげな雰囲気や腹黒い印象は微塵も感じられない。寧ろ〝もう1人の聖女〟と言われてもおかしくないのではないかと思うくらい、慈愛に満ちた美女であるとさえ感じ取れる。

 

 

(昔神殿で勤めていた神官系の冒険者達は〝ある意味一番怖い人〟って震えながら言ってたけど…うーん、全然そんな感じしないな。やっぱり変な先入観を持つのは良くないな!)

 

 

 実際に会ってみない事には人の良し悪しは分からないと改めて実感してモモンは、彼女を知るとされる人達からの評価はそこまで当てにはならないと踏んだ。こんなに優しそうな人が腹黒いワケがない。

 

 

「それで…()()()()()()()は」

 

 

 モモンはケラルトの後ろに佇む2人へ視線を向けて尋ねる。2人は同時に恭しく頭を下げた。

 

 

「それでは改めまして、同じく『九色』が1人、『桃』を下賜されております。聖騎士団副団長のイサンドロ・サンチェスと申します」

 

 

 彼とは面識がある。アンデッド騒動の際、初めて接触してきた聖騎士団の副団長だ。噂では団長の相手に大分胃を痛めているらしい。

 

 そして、もう1人が前へ出てきた瞬間、モモンは思わず身を強張らせた。

 

 

「お初にお目に掛かります。『九色』が1人、『黒』を下賜されている、聖王国兵士長のパベル・バラハと申します」

 

 

 あの凶悪な眼付き…間違いない。

 モモンがこの世界へ訪れたばかりの頃、一番最初に出会った人間だった。

 

 

(ま、マジかァァァ!? ど、どうする‼︎ どうすればいいんだ!? まさかこんな所で会うなんて思わなかったぞ‼︎)

 

 

 動揺のあまり『精神沈静化』が発動してしまったが、冷静を取り戻したからと言って状況が解決してくれる筈も無い。出るはずも無い冷や汗が噴き出る感覚を何となく感じていると、ある事を思い出した。

 

 

(ん? いや待てよ、よくよく考えたら俺、この姿(モモン)になってからはパベルさんとは一度も会ってない)

 

 

 彼と出会った時の自分はありのままの姿…死の支配者(オーバーロード)だった為、今の姿を見られたとしても魔法で創られた全身鎧を破り、その上で幻術で創られた姿を看破されない限り、正体を見破られる心配は無いのだ。

 

 余程の失態を犯さなければ最悪の事態が起きることはない。自身の焦りが杞憂であると分かった途端、心の中で大きな安堵の溜息を吐いた。

 

 

(ふぅ〜〜焦ったぁぁ〜……いやでも、こういう偶然もあるんだなぁ。うん、気を引き締めよ)

 

 

 モモンは気持ちを切り替え、2人に対して頭を下げる。

 

 

「初めまして。どうか、お見知り置きを」

 

 

 この時、パベルの眼がピクリと動いた気がしたのだが気のせいだろう。注意深く行動するのは当たり前だが、行き過ぎた警戒はかえって視野を狭くし、そして余計な先入観を抱かせてしまうのだと実感した。

 

 ふとガゼボへ目を向けると、従者達がテーブルに香りの良いハーブティーを準備している所だった。

 

 

「さぁ、どうぞ御席へ。詳しい依頼内容をお話しします。勿論、受けるか否かは内容を聞いてからで構いません」

 

「わかりました。失礼します」

 

 

 モモンはケラルトに促されるまま席へ着いた。

 

 

 

 

「なるほど。公道の調査を行う者達の護衛ですか」

 

「はい。昨今のアベリオン丘陵は余りにも異例の事態が立て続けに発生しております。亜人部族達の不穏な動き、ズーラーノーンによって引き起こされた1万体にも及ぶアンデッドの大群、滅多に現れないギガント・バジリスクの出現…いずれも聖王国の安全保障に関わる事態です」

 

 

 ハーブティーの良い香りが仄かに香る小さな庭園で、モモンはケラルトからの指名依頼の内容説明を聞いていた。

 

 アンデッド騒動は完全にモモンの失態によるものではあるがそれ以外は彼の及ばない所だ。半年以上もこの国に留まればそれらの事情はある程度耳に入る為、確かにそう言った面を考えれば異例の事態尽くしだ。

 

 

(オマケにこの国は聖王女派と保守派に二分されている。隣国の王国と比べれば全然マシとは言われるけど…これだけ問題が山積みなのに国が1つに纏まり切れてないってヤバくないか?)

 

 

 何だか本格的にこの国が可哀想になってきた。

 

 何はともあれ、アベリオン丘陵が敵対している亜人部族の支配下にある以上、唯一の隣国との架け橋である公道まで安全が著しく脅かせる事態になっているのは許容し難い事態だ。

 

 

(俺が商隊護衛で通った公道か……あの後、ロフーレさんも言ってたけど、ギガント・バジリスクみたいな伝説級で危険なモンスターが現れるのは滅多に無いらしいな)

 

 

 今回、ケラルトは交易路としても極めて重要な公道の調査依頼で、国を代表して自分を指名して来たのだ。尤もモモンは調査する側ではなく、調査隊の護衛なのだが、確かにオリハルコン級に相応しい依頼であると言える。

 

 

「ギガント・バジリスクに敵うモンスターや亜人は決して多くありません。不運にも遭遇した者は貪り食われたのかも知れませんが、ただ単に惨殺された者もいないとは限りません。アンデッド騒動の件を鑑みれば、再びあの時の様な事態が起きる可能性もあります」

 

「その調査隊に神官職の方々も派遣する、と?」

 

「はい。我が国の生命線ゆえ念には念を入れなければなりません。当然、杞憂で済むのであればそれに越した事はありませんが」

 

「確かに。あの公道が脅威に晒されている可能性がある事は聖王国にとって死活問題。それで、その調査隊の編成は如何なさるのでしょうか?」

 

 

 モモンの問いにケラルトは視線をパベル達九色の面々へ向けた。

 

 先に口を開いたのはパベルだった。

 

 

「道中の安全は元より、具体的な調査任務に関しては我々が務める手筈となっております。そして…」

 

 

「我ら聖騎士団も調査隊の護衛につきます。また、万が一負のエネルギーが蓄積されている節が見受けられた場合は、我らと神官団より派遣される部隊が浄化作業を行います」

 

 

 続けて副団長のイサンドロの説明が入る。

 一通り終えるとケラルトが口を開いた。

 

 

「今回最も懸念すべきは調査任務中に亜人部族が襲撃してくる可能性が高いことにあります。まだ公には発表されておりせんが、アンデッド騒動の後、驚くほど大人しくなっていた亜人部族が活動を再開し始めているとの情報も入っています」

 

「なるほど。ちなみに、その亜人部族の中でも特に気をつけるべき対象はいるでしょうか? 可能であればそれらの特徴や特殊技……武技などが分かると助かります」

 

 

 モモンはケラルト達が知り得る亜人部族に関する情報を聞いた。

 

 『十傑』という数ある亜人部族達の中でも英雄級に匹敵すると言われている10体の強者達、〝豪王〟〝魔爪〟〝氷炎雷〟〝白老〟〝黒鋼〟〝七色鱗〟〝獣帝〟〝灰王〟〝螺旋槍〟〝牙王〟と其々大層な異名を持ち恐れられている。そして、各々の装備類、扱う武技、魔法、職業、種族的特性など…。

 

 

「中でも目立って活発になっているのは山羊人王侯(バフォルク・ロード)、〝豪王〟の異名を持つバザーです」

 

「〝豪王〟ですか…」

 

「かつて『黄』のカンパーノ班長を追い詰めた実力者です。尤も、その時のバザーも本気ではなかったでしょう」

 

 

 カンパーノの名前が出てきた事でモモンはあの日の出来事を思い出した。特別強いとは思わなかったが、彼のお陰で本格的な武技を体験出来たのは間違いない。

 そういう意味では彼に世話になったと言えるだろう。

 

 

(この世界基準で考えれば十分強者の部類に入るとは思うけど。なるほど、そのバザーとか言う王侯の亜人はもっと強いのか)

 

 

 もしかしたら亜人でしか会得出来ない武技なんてモノもあるかもしれない。

 

 その時、何か強烈な視線を感じた。

 

 モモンは兜のスリット越しに視線の主へ恐る恐る目を向ける。

 

 視線の主はパベルだった。

 凶悪な曇りなき眼光で先程からモモンから視線を微塵も外さない。睨み付けていると言ってもいいくらいだ。

 

 

(な、何で? 俺何か変なこと言いましたか?)

 

 

 身に覚えはサッパリない。

 

 お陰で先程から説明をしてくれているケラルトの話も全くと言って良いほど頭に入ってこない。

 

 あまりのプレッシャーに耐え兼ねたモモンは思わず視線ではなく、顔の向きを彼から逸らすように動かしてしまった。

 

 視線の先には他の部屋へ通じると思しき扉の1つ。モモンは気を紛らわす為にその扉を集中して凝視する。

 

 

「──以上が説明に……モモン、様?」

 

 

 モモンの不自然な行動に流石のケラルトも思わず首を僅かに傾げた。彼女の変動に気付いたモモンは、慌てて彼女に顔を向き直した。

 

 

「す、すみません。つい気になったもので…は、話は大体分かりました」

 

「……そうですか」

 

 

 ケラルトの目が僅かに細められる。

 

 今度は彼女からの異様な圧のある視線を感じる。恐らく途中から話を聞かなかったであろう自分に対する不満の現れだろう。

 

 モモンは自身の席から僅かに見える一面ガラス張りの天井窓へふと目を向けた。青空と陽光が差すその光景は幻想的で、未だ重苦しい沈黙が流れている最中を一瞬だけ忘れさせてくれた。

 

 

(あー…鳥がいるよ……。ってアレ?)

 

 

 天井窓の縁に止まっている鳥。その奥に広がる大空を優雅に飛ぶ、真紅の色彩の羽を持つ鳥に気付いた。

 

 真 紅 の 梟(クリムゾン・オウル)だ。

 

 

「……あんな所に」

 

 

 気がつくと顔も天井窓へ向けており、ボソリと呟いたその一言が聞こえたのかパベルが物凄い形相と勢いで、モモンが見ていた方向と同じ天井窓へ顔を向ける。

 

 窓の縁に止まっていた鳥達が一斉にバサバサと飛び立っていく。

 

 

「……ッ!?」

 

 

 彼の迫力に思わず「ひぇ…‼︎」と声を上げそうになったが、寸前で留めた自身を褒め称えたい。

 

 特に会話も無い、異様な行動のやり取りにイサンドロはやや困惑気味だった。そして、ケラルトはいつの間にか元の優しい微笑を浮かべる顔に戻っている。

 

 

「……ではモモン様。私達の御依頼、御受けいただけますでしょうか?」

 

 

 途中会話をよく聞いていなかったモモンとしては下手をすれば重要な情報を聞き漏らしてしまったのかも知れないので、一概に「良いです」とは言えない…のが本音だ。若しくは「もう一度…」と再度詳しい情報を聞きたかったが、余所見していた手前そんなことを言えるはずがない。

 

 ならば自ずと答えは決まってしまった。

 

 

「問題ありません。よろしくお願いします」

 

 

 依頼を受けるしかない。

 期待に全力で応えるのが挽回のチャンスだ。

 

 今の自分はオリハルコン級冒険者なのだ。

 受け入れるしかない。

 

 

(あー……怖かった。あっそうだ)

 

 

 依頼を受けると決まると、モモンは各々と握手を交わした後、既に用意して貰った宿へ案内されることとなったが、退出する前にモモンはケラルト達へ体を向けて思い出した事を口にする。

 

 

「カストディオ神官団長殿、そしてサンチェス副団長殿。カストディオ聖騎士団長殿にも、よろしくお伝え頂けると幸いです」

 

 

 こうした社交辞令の言葉は社会人として当然の義務だ。ここに来てやはり社畜時代の経験が活かされるあたり、クソみたいな社会環境でも馬鹿には出来ないと実感する。

 

 

「……はい、必ず」

 

 

 ケラルトは変わらず優しい微笑を向けてくれていた。

 

 

 

 

 小さな庭園部屋に残ったのはケラルトを始め、九色の2人のみ。因みに従者達は退出している。

 ケラルトは残っている自身のティーカップのハーブティーへ口を付ける。

 

 

「ふぅ…一先ずはモモン殿が我々の依頼を受ける、と言う当初の目標は達成出来ました。ですが、まさかここまで見抜かれるとは想定外でした」

 

 

 ケラルトの言葉に同調するように他の2人も力強く頷く。彼女も一見冷静に見えるが、ティーカップを取る手は僅かに震えていた。

 

 恐れ慄いているのだ。

 

 モモンという英雄級の実力者の洞察力に。

 

 そして、()()()()()()()()彼の度量に。

 

 彼女もまたギリギリだったのだ。

 

 

「もうよろしいですよ、姉様」

 

 

 ケラルトが扉の一つに向けて話し掛けると、その扉が開かれた。すると扉の奥から堂々とした足取りで彼女の姉…聖王国聖騎士団団長レメディオス・カストディオが現れたのだ。

 

 奇しくもレメディオスが出てきた扉はモモンが途中ずっと視線を向けていた扉だった。

 

 

「やはり気付かれたか? ケラルト」

 

「えぇ、恐らく。他の扉にも囮として何名か配置しておりましたが…姉様が潜んでいた部屋の扉しか見ておりません。何より決定的なのは彼が去り際に放った一言です」

 

 

──カストディオ聖騎士団長殿にも、よろしくお伝え頂けると幸いです──

 

 

 先の行動を考えれば、あの扉の先にレメディオスが潜んでいると見破っていなければまず出てこない言葉だろう。

 

 モモンは此方の狙いを最初から見抜いていた。 

 

 今回彼女を連れて来たのはモモンの戦士としての力量を正確に見極める為だ。しかし、敢えて姿を見せなかったのは相手を萎縮させない為、そして、余計な警戒心を抱かせない為である。

 

 レメディオスは腕を組み、らしくもなくうぅむと悩み考えながらパベルへ問いかけた。

 

 

「私は野伏(レンジャー)では無いのだが…パベル兵士長はどう感じる?」

 

「かの御仁は『野伏』や『盗賊』に類する能力を発動している様には見受けられませんでした。本当に…何の気なしに突然、としか言いようがありません」

 

 

 困惑気味に答えるパベルにレメディオスは眉を顰める。

 

 

「だが、現にモモン殿は私が潜んでいる部屋を見破っているのだぞ。こう言った事態を含め活躍する為のお前では無いのか?」

 

「申し訳ありません」

 

「姉様、彼の実力は本物ですよ。それは姉様も御承知のはず。そんな彼が見落とすなどあり得ません」

 

 

 己の不甲斐無さに謝罪するが、ケラルトがすかさずフォローに入り彼を庇った。流石のレメディオスも妹からここまで言われればそれ以上パベルを責め立てる事はしなかった。

 

 

「むぅ…となると、モモン殿はどうやって」

 

「姉様の目にはあのお方はどう映りましたか?」

 

 

 ケラルトからの質問にレメディオスは「ふむ」と少し考え込んだ後に答えた。

 

 

「正直言って戦士としての技量は感じられなかったな。その辺の素人と何ら変わりない立ち振る舞いだった」

 

 

 どうにも腑に落ちないと言った様子で語る彼女を見て、ケラルトは確信した。

 

 

(やっぱり、辞職したカンパーノの言っていた事は本当だったって事ね)

 

 

 ケラルトは視線をパベルへ向ける。彼もケラルトの意思を汲み取ったのか僅かに頷いた。

 

 

(本当に戦士としては大した事が無いのかもしれないわね。つまり本職は別…『魔法戦士』を名乗ってまで本職を隠し通す意味はなに?)

 

 

 右手を口元へ当て考え込む。

 仮に職業を偽っていたとしても、装備品まで戦士職に拘る必要は何処にあるのだろう。そんな事をすれば間違いなく戦闘において邪魔でしか無い。態々自身を追い込むなど狂気の沙汰だ。

 

 

(彼の異様な洞察力……まさか本職は『盗賊(シーフ)』? いえ、それは怪しい。斥候系の職業であれば完膚なきまでにカンパーノが敗北するなどありえません)

 

 

 近接戦闘は不得手とする斥候系職業では純戦士職であり『九色』の1人であったカンパーノが一方的に負けるなど考えられない。一応、パベルはカンパーノに一度勝利してはいるものの、今の彼と戦うとなると「勝てるかどうかは分からない」のがパベルの見解だ。

 

 

 

(それにモモンは真正面から彼とぶつかって勝利している。ハッキリ言って姉様くらいの実力者でなければ不可能ね。でも、モモンはそれが出来た)

 

 

 戦闘内容と結果を聞けば、モモンは戦士職と考えるのが妥当だ。だが、姉様の分析力(野生の勘)を以ってしても「彼は戦士としては素人」と判断している。

 

 

(敢えて素人の立ち振る舞いを? 確かに自身を探ろうとする者達を欺くという意味では効果的と言える。それもカンパーノとの戦闘でも緩めずに膂力だけで圧倒して、貫き通した…そう考えると理解は出来る)

 

 

 魔法の類を発動させた様子も見られなかった以上、此方の探りを見抜いたのもその一環だろう。

 

 一雫の汗が彼女の頬を伝う。

 

 

(なんて人物…)

 

 

 恐ろしい。

 完全に此方の意図を見抜く頭脳と洞察力。

 己の戦士としての力を隠し通してもカンパーノに勝利を収める程の実力。

 

 何故そこまでして己の素性を隠し通したいのかは不明だが、一つだけ確かな事がある。

 

 

「絶対に敵に回すのだけは避けなければなりませんね」

 

「ん? どういう事だ、ケラルト」

 

「彼は自らの実力を欺くために高度な演技をしていた。そして、今回の接触で私達が下手に動かないよう釘を刺してきた。最後に姉様が潜んでいたのは見抜いていたと、敢えて口に出して言ってきたのはそういう意味でしょう」

 

「なんだと…‼︎」

 

 

 レメディオスは驚愕すると右の口角を上げた。

 

 

「流石だなモモン殿は‼︎ 次こそは是非、直接会って話がしたいものだ‼︎」

 

 

 単純にモモンの計り知れない実力に歓喜する姉を見て、ケラルトは眉間に指を当てて溜息を吐く。やはり姉のモモンに対する考えは単調だ。

 

 

(まぁ何はともあれ、彼に対して探りを入れるのはやめておくべきでしょう。少なくとも警戒はされたと捉えた上で今後について考えなければ)

 

 

 モモンとの信頼関係を築き、ゆくゆくは自陣営へ引き込む。そして、あわよくばカルカの恋路を叶える。ケラルトはカルカの為、聖王国の為、より一層、粉骨砕身の覚悟を持って取り組むよう覚悟を決めた。

 

 

(そう言えば、彼は天井窓を見ていましたね)

 

 

 ケラルトは自分達の仕掛けとは全く関係の無い所へモモンが顔を向けていた様子を思い出していた。慌ててパベルが同じ場所を顔を向けていたが、特に何か反応するでもなく視線を元に戻していた。

 

 

「バラハ兵士長。あの時、貴方はモモン殿の後に天井窓を見てましたね。アレは何故ですか?」

 

「……妙な気配がしたもので」

 

「妙な気配?」

 

 

 訝しげに表情を僅かに歪める。

 彼の視線が再び天井窓へ移ると、他の面々もつられて同じ場所へ顔を向けた。

 

 

「念の為、部下に探らせましたが、異常は見受けられませんでした。杞憂に過ぎなかったかと…」

 

「そう。でもモモン殿は動いていた…彼も何か感じ取っていた可能性もありますね」

 

 

 パベルはあの時、モモンがボソリと呟いた言葉を思い出した。

 

 

── ……あんな所に──

 

 

(間違いなく彼は何かに気付いていた。だが、痕跡が見つかったという報告は出ていない)

 

 

 あの言葉の意味をパベルは考えていたのだ。 

 何気ない一言…にしては些か不穏が過ぎる。

 

 

(まさか…我々以外の者か?)

 

 

 モモンとの依頼内容に於ける会談場所と指定は直前まで極秘として扱われていた。更にこの大聖殿には〈警報(アラーム)〉を始め、あらゆる探知魔法を無数に設置しているだけでなく、一級実力者の斥候部隊も無数に護衛として配置していた。

 

 この厳重な警備網を掻い潜るなどあり得ないが、ここでパベルはある可能性が脳裏に浮かぶ。

 

 

(……まさか法国が動いている? 噂に聞く六色聖典の何かが…)

 

 

 もし事実なら法国はモモンを狙っていると言う事になるだろう。

 

 

「ケラルト様…ひとつ懸念が」

 

 

 杞憂かも知れないがあくまで可能性として報告するべきだろう。

 

 パベルは自身が考えた内容をケラルトへそのまま告げた。

 

 

 首都ホバンスの人通りの少ない某所。

 

 何もない筈の物陰の空間からスゥーっと何かが片膝を地面へ着けた状態で浮かび上がった。

 

 漆黒聖典第十二席次『天上天下』が現れた。

 

 

「ふぅーー、いやぁ焦ったぜ。まさかコッチの存在に気付くとはな」

 

 

 彼は思わず安堵の溜息を吐いて、その場へ腰を下ろす。

 

 

「アレはマジで気付かれた? いや、何となく気配を感じ取った、の方が正しいか。オマケに〝凶眼の射手〟にまでバレかける始末…もしマジでバレてたら始末書じゃ済まないかもなぁ」

 

 

 全身に冷や汗をかいた後だが、彼が装備している伝説級マジックアイテムの効果で不快感など微塵も感じられない。

 

 もう一呼吸置いた後、『天上天下』はゆっくりと腰を上げた。

 

 

「さてと、んじゃまぁさっさと報告しに行きますか。ここはアイツのフクロウに任せて、と」

 

 

 『天上天下』は再び姿を空間へ溶け込ませた。





『十傑』の1人〝牙王〟はオリジナルです。
登場するかどうかはまだ未定です。

沢山のご感想のお陰で良い感じにモチベが上がっております。

仕事も相変わらずですが無理をしない範囲で頑張りたいと思います。
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