◇
隣国を繋ぐ唯一の公道。その調査隊の護衛という指名依頼を受けたモモンだったが、今のところモンスターや亜人による襲撃が無い為、特に大きな支障も無く順調に経過していた。
調査隊は護衛部隊を含めた150名と中々の人数ではあるが、公道の距離を考えればこれでも少ない方だ。しかし、下手に人数を増やしてしまうと襲撃された時に護衛部隊が守りきれない可能性が高くなり、被害が拡大してしまう。その為、多過ぎず、そして少な過ぎない人数での任務となるのだ。時間は多少掛かるが被害を最小限に抑えるには仕方がない。
「これは…
「争い合った形跡があるな…どうやら縄張り争いはまだ続いてるらしい」
「亜人同士で潰し合ってくれるなら万々歳だ」
公道よりアベリオン丘陵側のやや離れた場所にで、数名の斥候と聖騎士が無造作に転がる亜人族の死体を調べていた。周りを見渡せば更に十数体程の亜人達の死体が見受けられる。
本来であればそのまま放置しても問題無かったのだが、先のアンデッド騒動の後ではそういうわけにはいかない。また1万体のアンデッドが発生しないとは限らないのだ。
神官団がやって来ると死体が転がる周辺一帯の魔法による浄化作業が始まった。
「よし。亜人どもの死体から装備品を剥ぎ取れ」
調査隊護衛部隊の指揮官であるイサンドロが部下達へ鹵獲作業の命令を下す。
亜人達が装備している武器や防具などの大半はまともに整備されていない物ばかりなので売り物にすらならない。しかし、放置していても他の亜人族がいずれ回収してしまう為、それなら再利用されないよう回収した方が良いという判断のもとで行われている。回収された装備品は事前に用意していた荷車へ次々と運び込まれた。
死体から剥ぎ取った装備品の中にはマジックアイテムや上質な武器も稀にだが見つかる事もある為、決して無駄では無いのだ。
そんな彼らの一連の行動をモモンは離れた所から見守っていた。彼の隣にはパベルが佇んでいる。
「今のところ襲撃はありませんね。出会う亜人部族はどれも死体ばかり。事前に伺った情報には亜人部族が徒党を組んでいると…」
モモンの質問にパベルは答える。
「仰る通りです。ですが、元々亜人部族は〝自分達こそが最強〟と信じて疑わない野蛮な連中ばかりなのです。幹部級なら兎も角、アレらのような下っ端達は未だに他の部族との縄張り争いを続けています」
「なるほど。まとめ切れていない、と」
「はい。手柄欲しさに蹴落とし合い、出し抜き合いは当たり前。そんな連中ですから」
聖王国の派閥争いもそうだが、亜人部族達も決して例外では無かったと言う事らしい。『力がある者が絶対』の弱肉強食・実力主義が大半の亜人にとっては当たり前なのは知っていた為、あらかた予見はしていたもののコレは想像以上に酷い。だが、亜人部族が徒党を組んだ際の兵力は10万以上である為、数の暴力は馬鹿にできない。
自分であればレベル的にも雑魚ばかりなので烏合の衆でしか無いが、現地の人々からすれば十分過ぎるほど脅威だ。ただでさえ亜人種は人間種よりも身体能力が優れている為、10万の兵力は今の聖王国の現状を考えればかなり絶望的と言える。
(確かに。下手に弱味は見せられないな)
更に『十傑』と言う存在。聖王国にも『九色』がいるのだが、全員が戦闘能力に優れている訳ではない。中には長年の功労者故に下賜された者、優れた芸術家として下賜された者だっている。
純粋に考えて単純な戦力差で言えば圧倒的に不利だ。それに『九色』の1人であり、戦力としても優秀だったオルランド・カンパーノが辞職している。政府は未だに
暫くした後、調査隊は更に歩を進めた。
◇
調査隊一行は緊張の面持ちで公道を進む。神官団や斥候部隊は勿論、護衛の聖騎士団さえ額から流れる汗を拭っていた。
それもその筈。彼らが今通っている場所こそ、モモンが討伐したとされるギガント・バジリスクが出現した地点なのだ。
早速、隊は停止してその場の調査を始める。
「足跡…それから残骸となった荷馬車らしき物の一部だけ、か」
「亜人達が荒らした形跡もあるが…それだけか」
「積荷だけ他の荷馬車に移したらしいから盗める物も無かっただろうに」
調査の結果、確かにギガント・バジリスクはモモンの証言通りの場所に出現しており、その足跡やゴブリンなどのモンスターや亜人を食い荒らした形跡も近辺で見つかった。
そして奇妙な発見もあった。
かの伝説の魔獣は東方よりやって来た事も判明したのだがその痕跡を追っていくと、途中で不自然に途切れていたのだ。
まるでそこへ
「これは…なんと奇妙な」
パベルは足跡が消えた地面を指で軽く撫でながら思案する。
東方からやって来たとなればアベリオン丘陵を横断したと言う事になる。ギガント・バジリスクの様な伝説の魔獣となれば、亜人部族はかなりの騒動となっていた事だろう。しかし、亜人部族達が動いた形跡も無い。
それに道中で見つけた亜人同士の縄張り争いだ。ギガント・バジリスクほどの強大なモンスターが現れれば、連中は自分達の縄張りで大人しくするのが普通だ。
パベルは更に注意深く周囲を観察する。
(近くに巣穴に使えそうな洞窟や穴蔵も無し。やはり此処へいきなり現れた、としか言いようがない)
痕跡と周辺の状況から彼が導き出した答えは─
「…召喚モンスターだとでも言うのか!?」
飽くまで仮説だがそうとしか考えられなかった。そして、それは決してあり得ない事も理解している。
(そ、そうだ。あり得るはずがない‼︎)
まず召喚自体は聖王国では珍しくは無い。実際、神官団や聖騎士団は〈
召喚そのものは問題ではない。
召喚する対象が問題なのだ。
仮にそんな芸当が出来る者が居るとするなら、そいつは間違いなく英雄の領域に到達している存在だろう。だが、ギガント・バジリスクを召喚出来るほどのテイマーなら必ず話題になっている筈だ。
1体で街一つ壊滅出来る大戦力。
国はいかなる褒美を贈呈してでも召し抱えたいだろう。
「これは…一度3人で話し合う必要があるな」
パベルは薄らと気味の悪い感覚を抱きながらその場を後にした。
◇
その晩の調査隊の野営地。その中で一際大きな天幕の中では神官団の代表者と護衛隊隊長である聖騎士団副団長イサンドロ、斥候部隊隊長である兵士長パベルが会議を行っていた。3人で囲むテーブルの上には数枚の羊皮紙が置かれており、今回の調査の結果内容が書かれている。
「何とか一通りの調査は終わりましたな」
「えぇ。幸いにも道中、危険なモンスターや亜人部族との衝突も無く最後まで遂行出来たのは斥候部隊の尽力あってこそ。深く感謝申し上げたい所だが、まだ帰路がある故正式な御礼は帰国後で」
神官団の代表者とイサンドロからの言葉を受けて、パベルは小さく頭を下げた。2人が彼の返答を受け取った事を確認したパベルは話を始める。
「先ず今回の調査で判明した事は、先のアンデッド騒動に匹敵する事態は起こり得ないこと。そして、亜人部族達の活動が本格的に活発化していること。最後が、ギガント・バジリスクが何処からやって来たのかが不明だということ。以上の3点です」
「…ギガント・バジリスク。『黒』のパベル殿ですらその出処は掴めなかったと…」
神官団代表者の言葉にパベルは申し訳なさそうに頭を下げた。
「申し訳ありません。例のギガント・バジリスクが東方より来たと言う痕跡は見つけたのですが、辿る途中、痕跡が消えてしまっていたのです」
2人は羊皮紙の数枚へ目を通すと、その顔がみるみる青褪めた表情に変わる。イサンドロは胃の辺りを抑える始末だ。
「…そ、それで、そのギガント・バジリスクは召喚された可能性がある、と?」
「飽くまで仮説です。ですが、他に説明のしようが無いと、あの周囲で調べた中では断言させていただきます」
2人は額から嫌な汗を流す。
確かに、伝説の魔獣を召喚するなど到底信じられない。しかし、聖王国では右に出る者はいない
「……このまま調査を続行しますか? 」
パベルの凄みのある視線に身じろぐ2人は互いに顔を合わせた。
謎を追求しようとしたらまた新たな謎が出てきたのだ。それも下手に軽く流せる様な事態でも無い為、より確実な情報を手に入れるには調査の続行は必要だろう。
調査できる機会があるならなるべく実施するべきである。場合によっては国家の危機に匹敵する事態になり得るかもしれない。
「……それが良いでしょう」
「しかし、此処はアベリオン丘陵とほぼ隣り合わせ。亜人部族との衝突のリスクを考えても、あまり長居は出来ません」
「承知しております。延長滞在は長くても1日。もし亜人部族との衝突が起きた際は直ぐに調査を中止して撤退を最優先とします」
パベルの言葉に納得した2人は大きく頷いた。
この何とも気味の悪い調査任務はまだ少しだけ続きそうだ。
◇
野営地から少し離れた小高い丘の上にモモンは佇んでいた。
「なるほど。もう少し護衛依頼は続くってワケか」
実はモモンは、〈
「しかし、ギガント・バジリスクって、この世界では本当に危険なモンスターなんだなぁ」
もうこの世界に来て何度目になるか分からない、価値観のズレを改めて感じる。
「それにしても、興味深い話を聞いたな」
モモンがあの会議の中で特段興味を引かれたのは、自分が討伐したギガント・バジリスクは野生ではなく、誰かが召喚した可能性があるという件である。もしそれが事実なら何者かが故意に自分に、そのギガント・バジリスクをぶつけた事になる。
問題はその狙いだ。
(レベル100の俺を本気で倒す気なら、最低でもレベル90以上は無いとほぼ無理だろう。まぁ召喚モンスターにもよるけど、もしその気ならギガント・バジリスクなんて雑魚を使う意味が分からない)
つまり相手はギガント・バジリスクなら粗方倒せると自負している存在…現地人である可能性が高い。
『ユグドラシル』のプレイヤーなら、余程の初心者で無ければ先ず選ばない。更に加えると、天使系最上位の
(やれやれ。なんかきな臭い感じになってきちゃったかなぁ…っと、誰か来たか)
モモンが考えに耽っていると、パベルが此方へ近付いている事に気付いた。
「此処においででしたか、モモン殿」
「えぇ。少し夜風に当たりたくて。お疲れ様です、バラハ殿。会議の方はよろしいのですか?」
「はい。……モモン殿、実は公道調査なのですが、あと1日ほど、延長する事が決まりました。モモン殿にはまだ少しだけ、負担を掛けてしまいますが…」
申し訳なさそうに口にするパベルだが、モモンは気にするでもなく応えた。そもそも盗み聞きしていたのでとっくに知っていたなど言えるはずもないが。
「いえ、お気遣い無く。少しでも公道の安全を確保する為に必要な事でしょうから」
「御理解頂きありがとうございます。モモン殿は誠、寛大な御心をお持ちで」
「そんな、大袈裟ですよ。このぐらいオリハルコン級冒険者として当然のことです」
一言、二言と言葉を交わした2人は、暫く無言のまま夜空に覆われたアベリオン丘陵の景色を共に眺めた。お世辞にも緑豊かとは言えない丘陵地帯だが、それでも満天の星の下であれば中々見応えのある景色だとモモンは染み染みとそう感じた。
「それにしても、良い星空ですね」
パベルが夜空を見上げながら話しかけて来た。
「えぇ、本当に見事な星空です」
「この丘陵地帯も半年前には1万体のアンデッドが犇き合っていたとは…中々信じられません」
「そ、そうですね…本当に信じ難い出来事でした」
「貴方もそう思いますか、
「えぇ、そう思います」
「…………えっ?」
モモンの『精神抑制化』が働き、間の抜けた声が漏れ出てしまった。
「やはり…貴方でしたか」
パベルはその凶悪な眼光をモモンへ向けた。
そして、懐に手を忍ばせながらゆっくりと歩き、距離を詰めて来る。
(……やらかしたなぁ)
モモン──鈴木悟は心底、残念そうに深い溜息を吐いた。
こうなっては仕方がない。
ありのまま受け止めよう。
そう思った。
書籍16巻読みました〜
いや〜衝撃的な展開と情報が盛り沢山でしたね〜
早く17巻が読みたい反面、終わってほしくないと言う気持ちもあります(泣)
皆さまからの感想がサイコーのモチベですので、ご感想のほどお待ちしております