Holy Kingdom Story   作:ゲソポタミア文明

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いや〜死に掛けましたが何とか生きてます


第20話 I believe in you

 人が本気で焦った時は思考が停止する。

 

 鈴木悟はかつてのギルドメンバーの1人に言われた言葉を再び思い出していた。これまで彼は幾多の危機的状況を奇跡的に回避してきたが、今回に限りそれは難しそうである。

 

 

(えっ? い、いつ…バレたんだ? バレる要素なんて何も無かったじゃないか?)

 

 

 その通り、自身の正体がバレてしまったのだ。

 相手はこの世界に来て初めて接触した現地人であり、『九色』の『黒』を下賜されているローブル聖王国兵士長のパベル・バラハである。

 

 気が付けば精神抑制化が発動していた。

 幸か不幸か、冷静になった途端、脳裏に過ぎったのは『殺す』と言う選択肢だ。種族特性とカルマ値極マイナスがその選択を迷いなく支持するが、瞬時に彼はそれを否定した。

 

 それを選んだら最後、自分は二度と『鈴木悟』へ戻れなくなる。

 

 心身ともにアンデッド(モモンガ)になる事を彼は恐れたのだ。

 

 

(……やらかしたなぁ)

 

 

 こうなったら仕方がない。

 ありのままを受け止めよう。

 

 そう思った。

 

 パベルは彼の目の前まで近付くと、懐に片手を忍ばせた状態で止まった。相変わらず此方を睨み付ける視線は恐ろしいが、状況が状況故に彼から目が離せなかった。

 

 油断出来ない、緊張で張り詰めた空間が二人の周囲を覆う。

 

 

(一体…何をする気なんだ?)

 

 

 彼の脳裏に浮かんだのは自分のようなアンデッド種に効果的な信仰系マジックアイテムである。この世界のマジックアイテムを基準に考えるなら彼の脅威となり得る代物は出て来ない様に思えるが、可能性はゼロじゃない。

 

 伝説級(レジェンド)以上が出て来る可能性だってある。

 

 

(そうなると、物によっては無傷では済まないかもしれないな…)

 

 

 当然、身の危険が及ぶ事態となれば彼とて無抵抗と言う訳にはいかない。その場合、彼には一時的に気を失って貰った後に〈記 憶 操 作(コントロール・アムネジア)〉で自分と出会ったあの日を一部改変させて貰う。

 

 するとパベルは懐からある物をゆっくり取り出した。

 

 それは一つの小さな空瓶だった。

 

 

「…それは?」

 

「私の…御守りです」

 

 

 パベルは震えた小さな声で答えた。

 

 意味が分からない悟は、目に涙を溜めるパベルと彼が見せている空瓶を交互に見た。そこで漸くその空瓶が何処かで見た記憶のある物である事に気付き、思い出した。

 

 

下 級 治 癒 薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)…!」

 

 

 あの時、死に掛けていたパベルへ手渡したユグドラシルのポーションだったのだ。

 

 下級治癒薬はユグドラシルでは何処でも手に入るゴミアイテムだったので、別に使った後どうなろうが知ったことでは無かったし考えてすら無かった。偶々、アイテムボックスに大量に入っていた物で、彼のレベル的に見ても丁度いいと思い使ったに過ぎなかったのだ。

 

 まさかあの時の空瓶を彼が大事そうに御守りとして持っているとは思わなかった。

 

 

「やはりコレはポーションの類だったのですね。まぁ何はともあれ、私が貴方に救われたのは事実です」

 

 

 パベルは微笑んでいる。その目は変わらず凶悪だが、敵意は微塵も感じられない。

 

 彼は下級治療薬の空瓶を再び懐へ仕舞い込むと、躊躇いもなく悟の手を取り力強く両手で握った。

 

 

「あの時の御礼……今ここで申させて欲しい。ありがとうございました…‼︎ そして、大分遅れてしまった非礼を…お詫び申し上げる…!」

 

 

 パベルはポロポロと涙を零しながら、何度も何度も感謝の言葉を小さくも力強い口調で述べ続けた。そして、彼の感謝の言葉はまだ終わらない。

 

 

「それに、貴方は私の愛娘ネイアも助けて下さった。貴方が居なければ…今頃ネイアは…ネイアは……うぅ…うぅぅ…‼︎」

 

 

 半年前、父親の身を案じたが為に家出をしたネイアはカリンシャで途方に暮れていた所、人攫いに遭ってしまうが、モモンと名乗る漆黒の全身鎧を纏った冒険者が彼女を助けたのだ。それを知ったパベルは直ぐにモモンと名乗る冒険者を探そうとするが、行動を起こすよりも前に彼は見つかった。 

 

 1万にも及ぶアンデッドの大群をたった1人で殲滅した新米冒険者…それがモモンだった。

 

 無論、彼は直ぐにでも彼の下へ訪れて娘のネイアを助けてくれた件に対しキチンと礼を言おうとしていたのだが、昨今の情勢から中々その機会は訪れなかった。また、時間がある時に訪れようともしたのだが偶然、商隊護衛の依頼に出ていた為、会う事は叶わなかった。

 

 

「え、えっと……そのぉ…」

 

 

 一方、悟はまだ困惑していた。精神安定化が発動しない程度だが、それでも頭の中はパンク寸前だった。様々な疑問が頭をよぎるが先ず先に聞きたいのは〝どうやって自分の正体が分かったのか〟である。

 

 

「な、何で…私が…鈴木悟だと…?」

 

 

 漸く涙を止めたパベルが彼の質問に答える。

 

 

「…瞬く間に数々の偉業を成し遂げ、名声を高めた冒険者モモン。貴方がアベリオン丘陵に現れてから彼も現れた…コレは偶然にしてはあまりにも被り過ぎていると思いました。当然、単なる偶然である可能性もありました。しかし、貴方に会ったことで可能性が確信へと変わりました」

 

「えっ?」

 

「『声』ですよ。初めて会った時の貴方と先日、モモンとして初めてお会いした時に聞いた貴方の声が全く一緒だったのです」

 

 

 自身の迂闊さを改めて痛感させられる。

 確かに彼と出会った時に会話をしており、野伏(レンジャー)と言う職業上彼が自分の声をハッキリ覚えていても不思議ではない。もしかすると、喋り方や動きの癖なども彼は直ぐに察知していた可能性だってある。

 

 

(いやいや、こればっかりは仕方ない。声から正体がバレるなんて想像付かないし…うーん、何か対策は…まぁ無い事は無いけど、貴重なユグドラシル金貨を失う羽目になる)

 

 

 尤も死の支配者(オーバーロード)の自分を知っているのは彼だけなので、バレてしまった以上対策も何も必要無いとは思うのだが声を変える手段は確かにある。しかし、それは口唇蟲なるユグドラシルの弱小モンスターで、装備すると自身の声を変更する事が出来る特殊なモンスターだ。しかし、口唇蟲はアンデッド種ではないのでユグドラシル金貨による召喚が必要になる。

 

 ユグドラシル金貨は最終日に買った大量の花火によって殆ど無い。召喚しようと思えば出来なくはないが、ユグドラシル金貨はほぼ完全に消えてなくなるだろう。

 

 一先ず、口唇蟲の件は置いておくとして、もう一つの疑問点を口にする。

 

 

「私の正体が分かっているのなら……何故貴方は、逃げ……いや、攻撃しようとしないのですか?」

 

 

 少しずつ冷静さを取り戻した悟が一番感じた疑問だ。自分はアンデッドの最高位種族である死の支配者(オーバーロード)で、この世界の価値観で考えるならアンデッドは生きとし生けるもの敵であり忌避すべき存在だ。

 

 

(油断を誘っている? いや、そんな風にはやっぱり感じられない…)

 

 

 普通に考えるならパベルがこうして気さくに話し掛けてくること事態が異常である。

 

 

「アンデッド騒動の件もです。私の正体をご存知であるなら、私を先に疑うべきでしょう」

 

 

 ほぼ投げやりな気持ちで核心的な疑問をぶつける悟だが、パベルの表情は変わる事は無かった。

 

 

「えぇ、理解してます。全ては『ズーラーノーン』によるものである事は判明しています。貴方は彼らに狙われていたのですね?」

 

(…えっ? ず、ズーラー…?…何でアイツらが出てくんの?)

 

 

 悪の秘密結社『ズーラーノーン』。突如、その名前が出てきた事に焦る悟は、それと自分に何の関係があるのかサッパリ分からなかった。

 

 

「半年前、アベリオン丘陵で『死の螺旋』を実行したズーラーノーンの目的は強大な負のエネルギーを生み出し一帯を死の大地へ変えること。第二のカッツェ平野を生み出し、新たなアンデッドの巣窟を創り出そうとしていました」

 

 

 悟は「え? そうなの?」と思ったが、よくよく考えれば彼らに〈記憶改変〉を施したのは自分で、『あの騒動はこの一帯を死で埋め尽くすのが狙い』と言う体にしてあるのを思い出した。

 

 

「では何故、彼らがその様な計画を練り、そして実行したのか。何故アベリオン丘陵なのか…その答えは貴方と言う稀有な存在(アンデッド)が関係しているのだと分かったのです」

 

「わ、私…ですか?」

 

「強大な力を持ち、尚且つ友好的なアンデッドなど彼らが黙って見過ごす筈がありません。そして、アンデッド騒動を引き起こした動機を考えても、彼らの狙いは貴方を負のエネルギーで誘き寄せることである事は明白」

 

 

 唖然とする悟だが、彼の眼は真っ直ぐだ。恐らく冗談を言っているつもりは一切無いのだろう。しかし、何故こうも自分を「害あるアンデッドではない」と決め付ける事が出来るのだろうかと疑問に感じてしまう。

 

 

「何故…そこまで私を…信じて下さるのですか?」

 

「貴方が私と、娘のネイアを助けたからです。ただのアンデッドがこの様な善意ある、正義を行う筈が御座いません。貴方は私にとって返し切れない大恩人であり、アンデッドだからと言う理由で迫害や傷付ける真似を私は決して致しません」

 

 

 熱意のある言葉だ。

 やはり嘘を言っている様には思えない。

 

 しかし、彼は何とお人好しなのだろうか。恩人だからという理由だけで簡単に人……アンデッドを信じるなど危険極まりない。

 

 

(もしその行動全てが、貴方を抱き込むための工作だったらとは考えないのか…)

 

 

 だからなのだろう。悟の彼に対する好感度はかなり高い。種族の垣根を超えて、ここまで素直に相手を信じる事が出来る彼の心を純粋に尊敬するし、少し羨ましいとさえ思う。

 

 対して自分はまるで猜疑心の塊だ。

 

 何事にも裏はある、企みがある、損得勘定で相手は動いているなど相手を心の底から信じ切れずにいるのだから。

 

 唯一彼が信頼出来る存在と言えば、それはかつてのギルドメンバー達だろう。逆に言えばギルドメンバー以外、誰も信用出来ないとも言える。

 

 注意力や警戒心を抱く事は決して悪いことでは無いし、寧ろ自分の身を守る為には必須である。しかし、少し…ほんの少しでも相手に対し心を開く余裕はあっても良いのかも知れない。

 

 

「私は…ただの偽善者ですよ。周りが言うような英雄でも何でも無いです」

 

「そんな事はありません。少なくとも私にとって貴方は英雄です」

 

「私は…聖王国の人達に嘘をついているんですよ。バレるのが怖くて、ずっとずっと嘘を貫き通している卑しいアンデッドです」

 

「私は決してそのように思ったことは御座いません。それに貴方は、それでも人が住まう世界で暮らしたいからこそではありませんか? 確かに見た目はアンデッドそのものでしょうが、不思議とその性格は普通の人間と変わらない気がしてならないのです」

 

 

 悟は何を言っても自分を肯定して受け止める彼を見て、感動と同時に何処か可笑しく感じてしまい小恥ずかしそうに兜越しに頬を掻いた。

 

 

「ハハハ、やっぱり自分は変ですかね?」

 

「フフ、そうかも知れませんね。ただ私も変わり者ですから、この外見も相まって、どこか親近感の様なモノを感じているのかも知れませんね」

 

 

 気がつくと緊張の糸が緩んだ、砕けた空気が2人の周りを包み込んでいた。

 

 多少の誤解はあったが、それでも自分の正体を知って尚信じてくれる人がいる。それが分かっただけで何故心が軽くなったように感じるのだろう。  

 

 

「私は貴方に出会えて良かった。そして、私の名誉に賭けて誓います。決して貴方の正体を他者に告げるような事は致しません。この事実は墓まで持っていきます」

 

 

 パベルの自分の手を握る力が僅かに強くなる。

 

 彼の決意は本物だ。

 

 それなら自分も彼を信用しよう。

 

 




今回はキレがいいので少し短めでした。

気を失う瞬間の記憶ってマジで残らないの初めて体験しました。
皆さん、安全第一で生きましょう。

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