Holy Kingdom Story   作:ゲソポタミア文明

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長らくお待たせしてしまい申し訳ありませんでした。

今回は少し長めです。


第23話 想定外の遭遇

 時はモモンが山羊人(バフォルク)の隊長クラスを仕留めた頃にまで遡る。彼はこの世界に来て初めて己の素性を知った上でも受け入れてくれた、友人と言える存在のパベルの事が気掛かりだった。

 

 

(さて、他の雑魚もいなくなった事だし。早くパベルさんの所へ駆け付けないと)

 

 

 調査隊の本隊へ山羊人の集団が急襲を仕掛けてくる旨を伝えるべく、モモンはこの場からパベルを逃していた。しかし、やはり気掛かりなのは本隊が居る野営地である。モモンは山羊人の主力部隊にバザーがいると睨んでいたからだ。バザーがどの程度の強さなのかは分からない。しかし、少なくともレベル20半ばのパベルが警戒する程の相手であれば少なくとも30は下らないだろう。

 

 相手がモモンなら何の問題もなく仕留める事は出来る。しかし、パベル達のようなこの世界基準のレベル程度しかない存在にとってはやはりかなりの脅威となり得るのは間違いない。

 

 

(その前に、先ずはこの近辺にもう山羊人達が潜んでいないか入念に確認しておかないとな。問題ないとは思うけど、面倒な芽は早めに摘んでおいた方がいいだろう)

 

 

 尤もその前にモモンが〈絶望のオーラⅡ〉を発動させた時に大半が一目散に逃げ出して行った為、伏兵の心配は杞憂に過ぎないと思っていた。しかし、念には念をと言う。

 

 早速、モモンは自身が覚えている限りでは上位の探知系魔法の1つを発動させて、周囲の索敵を始めた。

 

 

「…誰か居る?」

 

 

 早速、感知した事に内心驚くと共に、此処から多少離れた場所に潜んでいるのを確認する。動物か或いはモンスターの類かと思ったが、明らかに此方の様子を伺いながら息を潜めている姿をしていた為、この辺りに住まう亜人か何かだと判断した。

 

 モモンは続け様に〈浮遊する視界(フローティング・アイ)〉を発動させて、感知対象が潜伏している場所まで文字通りに視界を飛ばす。

 

 

(うーん、見るからに〈不可知化(アンノウアブル)〉を使ってるなぁ)

 

 

 彼は視界に捉えている存在を見ながら心の中で呟いた。〈不可知化〉は〈不可視化〉の上位互換であるが、モモンがよく使う〈完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)〉の下位互換でもある。相手が何者であれ、本気で気付かれずに此方を探るつもりなら、〈不可知化〉程度の魔法を使うなど先ず考えられない。

 

 

(となると、コイツは〈完全不可知化〉を使えない。〈不可知化〉しか使えないと見るべきか。でも〈不可知化〉の習得レベルは60だったはずだ)

 

 

 もし視界に映るコイツが純粋に〈不可知化〉を発動出来るのだとするなら、この世界基準で見ても破格の強さを持つ存在であり、自身にとっても脅威となり得る存在でもあると言うことになる。

 

 

「…敵か味方か。まぁ覗かれている側としては、良い気分ではないな」

 

 

 覗き魔は此処から少し離れた先にある木の陰に隠れているのは既に判明している。

 普通に此方から出向いては逃げ出してしまうのは何となく察しがつく。ならば逃げる暇すら与えなければいいだけの事だ。

 

 少しだけ相手の度肝を抜く事にしよう。早速モモンは転移の魔法を使い、覗き魔の背後へ移動した。無論、あらゆる不測の事態を想定した補助(バフ)や罠は設置済みである。  

 

 

(相手も敢えて〈不可知化〉しか扱っていない可能性だってある。少なくとも今回は情報収集のみに専念して、次回か…いや、そのまた次回で確実に勝てるようにしておかないとな)

 

 

 少なくとも相手が仮にガチビルド構成のプレイヤー並みであったとしても逃げ切るくらいの準備はしている。情報収集に専念しようと心に決めた。

 

 モモンは別段、戦闘狂ではないのだが、こういった身体を張った情報の探り合いのような展開は結構好きだったりする。

 

 

「〈上位転移(グレーター・テレポーテーション)〉」

 

 

 瞬く間に覗き魔の背後から少しだけ離れた位置へと移動した。モモンは自身が行使出来る隠密系魔法の中でも最高位である〈完全なる不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)〉は使わず、漆黒の全身鎧で仁王立ちの状態だ。此処で下手に手の内を曝け出しては不利になるのは此方なので敢えて姿は晒しておく。

 

 覗き魔は直ぐに視界の先にいた自分が消えた(転移した)事に少しだけ動揺していた。その後、直ぐに背後の気配を察知したのか此方へゆっくりと振り返る。

 

 

(意外と落ち着いてるな。それなりに場数を踏んでると見ていいかも知れない)

 

 

 覗き魔は声を上げるでも慌てふためくでもなく、此方へ視線を離さないままゆっくりと足音を立てずに忍び足で移動する。モモンは彼の動きに合わせて顔を動かした。

 当然これは相手の姿は此方には分かっていると言うあからさまなアピールでもある。もし相手が〈完全不可知化〉などの隠密系のスキルや魔法を隠し持っているのなら、頃合いを見て使うだろうし、無ければ別の手段を取るか若しくは戦うかを選択するだろう。尤も、これは何方にしても相手が更なる奥の手を使わざるを得ない状況へ持っていくモモンの策でもあった。

 

 

(ッ‼︎)

 

 

 姿がバレている事を察したのか、覗き魔はこれ以上動かずにアッサリと〈不可知化〉を解いてしまった。赤色の全身タイツに鎧を付け、更に複数箇所に金属板を付けたアサシン風の男性らしき人物が姿を現した。

 

 

「……む?」

 

 

 モモンはこの時、姿を現した覗き魔の装備を見てある違和感を覚えた。いや、違和感と言うよりデジャヴに近い。

 

 

(この世界では異質でも『ユグドラシル』ならよくある様なデザインの装備……もしかしてアレって)

 

 

 モモンが気が気でない心境など他所に覗き魔が先に2人の間にある沈黙を破った。

 

 

「なるほど。これ以上は無意味という訳か。やはり()()()()()気付いていたのか。末恐ろしいぜ、全く」

 

(『あの時から?』…あー、山羊人と戦っていた時からって意味か。そうか、あの時点で既に見られていたのか)

 

 

 モモンは自らの迂闊さに改めてため息を吐きたくなる。しかし、相手は情報収集系の魔法やスキルを使ったワケではないので、モモンが仕掛けていたカウンターが発動しなかったのも十分頷ける。今後は探索に長けたアンデッドを喚んで定期的に周囲を探らせる方が良いかもしれない。

 

 覗き魔の男は両腕を上げてヒラヒラと手の平を動かした。

 

 

「まず初めに言っておく、俺はお前と敵対する気は全く無い。俺の十八番が効かないんじゃどうしようも無いしな」

 

「ほう。潔いんだな」

 

「事実だからな」

 

 

 覗き魔の男──漆黒聖典第十二席次「天上天下」は肩を軽く竦めた。

 

 彼がここに居る理由は、言わずもがなローブル聖王国で久方ぶりに現れたオリハルコン級以上の冒険者である『漆黒』のモモンの情報収集である。彼の数々の偉業が果たして嘘か実かを確かめるべく、スレイン法国は特殊部隊『六色聖典』の中でも最強の部隊『漆黒聖典』に調査任務を下命していた。そこで、調査任務に派遣された隊員の中で最も隠密能力に長けた「天上天下」が主に行動をしているのだ。

 

 彼は今まで多くの任務をこなし、当然数え切れないほどの場数を踏んでいる。自身の隠密能力に高い自信を有してはいるが慢心は無い。実際、彼の姿を見破れる者がいない訳ではないのだから。そして、その数少ない見破れる者の1人にモモンも含まれる可能性が高く、それは今しがた確信へと彼の中で変わった。

 

 元々、モモンが何かしらの方法で此方に気付いたであろう様子は今回の公道調査依頼の打ち合わせの際にあり、その時点でこれまで以上に警戒して尾行を続けていた。しかし、それも見破られてしまった。

 

 

(何らかのマジックアイテムか、それとも奴が持つ生まれながらの異能(タレント)か。どちらにせよ、俺に取っては厄介が過ぎる)

 

 

 逃走に専念すれば逃げきれなくもないだろうが、彼の力は未だに未知数な所が多く確信は無い。戦闘面に関しても「天上天下」自身、多少腕には自信はあっても所詮は隠密職だ。モモン程の実力者を相手に戦い勝てる見込みがあるとは到底思えなかった。

 

 下手に怪しい動きを見せたり、生半可な敵対行為ではかえって相手が強い警戒心を抱く事となりかねない。彼らの任務はモモンの調査であり、抹殺では無いし、そもそも此方からの接触は控えるべしとの命令である。そもそも本国が余程の事情が無い限り、戦闘行為も含めた彼との接触は許しはしない。当然、緊急事態は除いてだが、今がまさに緊急事態だ。しかし、この状況での戦闘行為が得策とは「天上天下」は思っていなかった。

 

 では何が最善か。

 

 「天上天下」が選んだのは『降参』である。

 

 

「敵対の意思はない、か。まぁ此方としても争いは望んではいない。だが、此方の問い掛けに幾つか答えてもらいたい。状況が状況だから手短にすませる」

 

「了解した。だが俺自身も答えられない事も多いから、そこは理解して貰えると助かる。俺にも立場ってモンがあるしな」

 

「…いいだろう」

 

 

 モモンの言葉に「天上天下」は頷いた。半分賭けに近かったが、やはり彼は話し合いに応じられる理性的な人物らしい。

 

 

「先ず、お前は何者だ?」

 

 

 普通に考えれば当たり前の疑問をモモンは問いかけて来た。そして、それこそが厄介な内容である。「天上天下」は必死に脳裏で考えた上で答えた。

 

 

「スレイン法国の者。それしか答えられない」

 

 

 「天上天下」は何処の人間であるのかは答えることにした。しかし、その国の何処に所属しているのかについては答えるつもりは無い。少なくとも法国は遅かれ早かれ彼と接触する必要がある筈であるから、〝スレイン法国の者〟である旨は伝えても問題無い筈だ。

 

 

「スレイン法国? 聖王国の隣国が何故私を嗅ぎ回る」

 

「アンタの功績が聖王国だけで拡まってると思ってるなら大間違いだ。既に俺らの国は勿論、王国や帝国にだって、アンタの名前は届いてる」

 

「え? そうなの?」

 

「なんだ知らないのか? 王国の貴族あたりから〝是非お会いしたい〟みたいな手紙とかは届いているんじゃないのか?」

 

 

 モモンは腕を組んで首を傾げながらこれまでの冒険者稼業の記憶を思い出していた。しかし、生憎とそんな話や手紙が来た試しは一度も無い。

 

 

「いや、そう言った…と言うよりも、他国から手紙が届いた事は一度も無いな。言われてみれば、聖王国でもお偉いさんからの依頼や謁見の話とかもあまり無いな」

 

 

 「天上天下」は彼の言葉に違和感を覚える。普通に考えれば短期間でオリハルコン級にまで到達した冒険者が現れたとなれば、貴族やらが接触を図ってくる筈なのだ。それも数十年間ぶりに現れたオリハルコン級冒険者ともなれば尚更である。

 

 素顔は兜で隠されている為、窺うことは出来ないが彼の仕草を見るにどうにも虚言を吐いてる様にも見えない。

 

 

(なるほど。聖王国が彼に他国へ関心を向けさせない為に裏で動いていたと見るべきか)

 

 

 どうやら聖王国は何がなんでもモモンを手離す気は更々無いらしい。それにこの国の現状を踏まえると、南部から届く彼宛ての手紙にも入念な監査が入っていると見て良いだろう。

 

 一方のモモンは彼の思案など気にも留めずに「自分ってそんなに興味無いのかな」と勝手に地味な傷心に浸っていた。やがてこれ以上自虐的になるのは良くないと思ったのか、再び「天上天下」への質問に切り替わる。

 

 

「お前が使っていた〈不可知化(アンノウアブル)〉は魔法か? それともマジックアイテムか?」

 

 

 少しの間を置いて「天上天下」は話した。

 

 

「悪いがそれは答えられない」

 

「そうか。では、お前の名前は?」

 

「それも言えない」

 

「ふむ。他に仲間は?」

 

「残念だがそれも言えない」

 

「なるほど。まぁ答えられないのも無理はないか。恐らく法国から密命を受けていたのだろうからな」

 

「悪いな。だが、何度も言うようだがアンタと敵対する気は全く無い。これは本当だ」

 

 

 モモンは腕を組んだまま考えた。恐らく彼に敵対の意思がないのは本当だろう。もし、敵対する気があるのなら、何処かに潜んでいるかも知れない仲間と共に何かしらのアクションは起こしている筈だ。しかし、まだ油断を誘うため潜んでいる可能性も否定出来ない。

 

 それに彼に仲間がいる可能性も当然高い。近くに居るかどうか微妙だが、国の密命を受けているであろう人物が単独で動くとなれば諸々の事情を考えてもかなり効率が悪い。故に単独である可能性は低いと見て良いだろう。

 

 彼自身の実力に関しては〈不可知化〉を魔法かスキルで使っているなら少なくともレベルは41以上と分析して良い。しかし、マジックアイテムによるモノであれば何とも言えない。

 

 

(あーでも、扱える魔法やスキルを基準にレベル分析して鵜呑みにするのはあまり良くないよなぁ)

 

 

 『ユグドラシル』では見た事のない武器や儀式魔法などと言うモノがある位だ。何でもかんでもそうやって分析して決め付けるのは命取りになりかねない。

 

 

「それからその装備、なかなか珍しいモノを持ってるな。それは法国でもかなりの一級品なんじゃないのか?」

 

 

 モモンが彼を見て真っ先に聞きたかった質問だ。彼の記憶が正しければ『ユグドラシル』で見たことのあるアサシン職専用の装備品である。

 

 

「悪いがそれも答えられねぇ」

 

 

 案の定の答えが返ってくる。

 

 モモンが聞きたい質問は粗方終えたが、やはり殆ど答えてくれなかった。しかし、念押しに敵対意思はない事を伝えてくるあたり、本当に敵では無いのかも知れない。

 

 

(少なくとも〝今は〟が正しいか)

 

 

 楽観視するつもりは無いが急いて突っかかっても下手に相手を刺激するだけである。モモンとしては冒険者ロールプレイを邪魔さえしてくれなければそれで良いと考えていた。

 

 無論、彼らの監視が度を越えなければに限る。

 

 

「此方としては、そっちからの手出しさえなければ、法国がどうしようと知ったことでは無い。当然、法国へ拠点を移す気は少なくとも今は無いと捉えてもらって構わない」

 

「なるほど。理解した」

 

 

 嘘偽りないモモンの訴えに「天上天下」は頷いた。返答は肯定ではなかったが、少なくとも此方の意思は伝わったのだと信じたい。

 

 すると、野営地の方から一際大きな衝撃音が聞こえてきた。どうやら少し話をし過ぎてしまったらしく、モモンは心の中で舌打ちをして「天上天下」に背中を向ける。

 

 

「悪いがこれ以上は話す時間は無い。これで失礼させてもらう。次からは監視ではなく、普通に訪問してくれた方がコッチとしては助かる」

 

「…善処はするよ」

 

 

 少し引っ掛かる言い方ではあったが気にする時間は無い。そうこうしている間にも調査隊は山羊人の軍勢と戦っているのだ。もたもたはしていられない。

 

 調査隊に多少の受傷者が出たとしても、モモンの無限の背負袋(インフィニティ・ハヴァサック)にはまだ下級治癒薬(マイナー・ヒーリングポーション)の予備は沢山ある為、神官達の治癒魔法で間に合わない分は惜しみ無く使うつもりではある。しかし、既に死んでいる者に対してモモンが出来る事は非常に限られてくる。

 

 先ずモモンは種族がアンデッドであり、死霊系特化の魔法詠唱者である為、〈死者蘇生(レイズデッド)〉や〈蘇 生(リザレクション)〉と言った信仰系魔法を行使することが出来ない。他に蘇生する方法が無いわけではないが、非常に限られている。

 

 一番はポーション類で済むことだ。

 

 モモンは〈上 位 転 移(グレーター・テレポーテーション)〉を使って一気に野営地まで移動した。

 

 その光景を間近で見ていた「天上天下」は声にもならない声を微かに漏らしながら驚嘆する。

 

 

「〈転 移(テレポーテーション)〉だと!? おいおい…第五位階魔法まで扱える戦士とかアリかよ」

 

 

 本来であればこのまま彼の跡を追い、野営地での戦闘を観察するべきなのだが、普通にバレてしまった上に、「これ以上の監視はするな」と言われてしまえば下手に監視を続けるのは危険だ。

 

 自分達に対する彼の印象が最悪なものになってしまうリスクは冒せない。

 

 だが、収穫があった。

 

 「天上天下」は純戦士系の様に動きだけで相手の技量や強さを測る術に自信は無いが、少なくとも英雄級に匹敵する亜人を圧倒する実力と目撃したのは〈転移〉だけだが、第五位階魔法を行使出来ることは判明した。

 

 

(『漆黒』のモモン…知れば知るほどトンデモない男だ。「一人師団」にもあとで無闇矢鱈に梟を飛ばさないよう伝える必要があるな)

 

 

 対面し、話し掛けて改めて解ることもある。

 

 彼の名と武勇は更に近隣諸国へ広まるのは明白だ。そして、益々諸外国は彼を欲しがり、聖王国は更に彼を手放さないだろう。

 

 良くも悪くも彼は台風の目となる。

 

 故に──

 

 

(是非とも人類守護の為、法国へ来て頂きたいものですね)

 

 

 遥か上空を優雅に舞う真紅の梟(クリムゾン・オウル)を通して、一部始終を把握していた「一人師団」ことクアイエッセ・ハゼイア・クインティアは拠点としている宿屋の一室で静かに思案していた。

 

 

 

「ささ、どうぞどうぞ! ごゆるりとお寛ぎ下さいませ、モモン様‼︎」

 

「…いえ。お構い無く」 

 

 

 見事に公道調査隊の護衛依頼をこなしたモモンは、首都ホバンスに数日ほど滞在する事となっていた。

 

 

(うぅ…漸く慣れたと思ったけど、やっぱりこういうのは慣れないなぁ)

 

 

 モモンは戻って早々、ホバンスで最も高級な宿屋へ半ば強引に連れて行かれていた。そこに出迎えてきた高級宿屋の案内人により、最も豪華な部屋へ案内された。彼の手慣れたおべっかは正直ちょっと引くレベルである。

 

 明らかに調査隊の誰かが〈伝言〉か或いは早馬で知らせたのだろう。

 

 国の依頼をこなしたと言えど、ここまで高待遇にするのはやはり理由がある。

 

 それも想定外の理由だ。

 

 

(バザー、だっけ? 『十傑』の1人を倒したのがやっぱり大きかったみたいだなぁ)

 

 

 モモンの読みは大正解である。

 山羊人の軍勢による奇襲、それを指揮する『豪王』バザーの討伐。

 

 現在、国は調査隊からの調査報告を精査しまとめている状況である為、正式な発表こそまだ少し先にはなるものの、聖騎士団副団長イサンドロ・サンチェスと兵士長パベル・バラハら『九色』が内の2人を筆頭に、調査隊全員から同じ旨の報告が上がっていた。

 

 ここまで来れば単に金銭の支払いだけで済ませる訳にはいかない。しかし、祝杯を上げるにもその準備する時間がない。この首都で最高級宿へ招待する他に方法は無いのだ。無論、宿代など諸々の経費は国が持つし、正式な祝宴はまた後日となる。

 

 絶賛面倒臭いイベントが立て続けに起きる準備が大急ぎで進められている事に気付かぬまま、モモンは一先ず適当な机の上にバザーから剥ぎ取った装備品を並べ置いた。

 

 因みにバザーの装備品の殆どはマジックアイテムなのだがイサンドロたち曰く、「討ち取ったのはモモン殿なので所有権はモモン殿にあります」とそのまま貰い受ける事となった。

 

 これには色々な事情があるのだが、取り敢えずは割愛とさせて頂く。

 

 

(フフフ。何だかんだ言っても、アイテム収集は楽しいんだよな〜)

 

 

 収集家(コレクター)魂に熱が入るモモンは、たとえ大した効果も無いゴミアイテムであっても、ユグドラシルには無かったアイテムを入手するのは非常に楽しいと感じていた。

 

 可能ならもっと自由に世界を旅して、前人未踏の秘境や摩訶不思議なダンジョンなど、ユグドラシルとはまた違う冒険を楽しみたい。しかし、どういうわけかそれが出来ない状況になってしまっている。

 

 

「…あっ、アイテムと言えば」

 

 

 ジワジワと憂鬱になる気持ちを振り払い、モモンは無限の背負袋から数種類の消費型マジックアイテムを取り出した。

 

 今となっては希少なアイテムばかりである。

 

 

「中級〜下級アイテムはまだあるとして、上級以上のアイテムは心許ないなぁ」

 

 

 モモンは不安げにため息を吐く。特にレアリティの高い消費型アイテムを見てより一層不安が募る。

 

 ユグドラシルなら適当な店や町、或いはフィールドを探索などすればそこまで苦労せずに入手できるのが大半だ。しかし、ここは異世界であり、この世界で作られるアイテムなどは基本的に性能が頗る低い。そのくせ高い。

 

 たとえ下級であってもユグドラシル産のアイテムは此処では未知の領域に属する最高品質。その最たる例が下級治癒薬なのだが、要するにユグドラシル産アイテムに匹敵する代物は2度と手に入らない事が問題なのだ。

 

 

「不味いよなぁ。結局、バザーを倒した時は偶然死者が居なかったから良かったけど、最悪死者が出てたらコレを使わざるを得なかったのかも知れないし」

 

 

 呟きながらモモンは真なる蘇生の短杖(ワンド・オブ・トゥルーリザレクション)を手に取り眺める。

 

 

「アーティファクトを装備して漸く使える俺の数少ない蘇生手段。使い所は見極めないと不味い」

 

 

 しかし、このまま問題を放置しておくのは自身の性分に合わない。

 

 

「やっぱりこの世界でも同品質のアイテムを作れるか試すべきか?」

 

 

 この世界に来てやらなければならない事が山積みである事を改めて認識したモモンだが、悩ましい問題ではあるもののこれも一つの探究であると捉えている節があった。

 

 そこへ扉をノックする音が聞こえて来た。

 

 モモンは慌てて散らかしたアイテムを仕舞い込んでから、「どうぞ」と扉の先にいる人物に声を掛ける。

 

 現れたのは先ほどの案内人だ。

 

 

「お寛ぎのところ失礼します。実はモモン様にお客人がお見えになってございます」

 

「お客人…?」

 

 

 案内人が恭しく頭を下げながら引き下がる。

 入れ替わる形で1人の女性が数人の男性を引き連れて入ってきた。

 

 

「失礼します。お疲れのところ、申し訳ありません。どうしても火急の用件がありましたので」

 

 

 上品な佇まいで現れたのは公道調査の依頼主であるローブル聖王国神官団団長のケラルト・カストディオだった。後ろの男たちとは面識は無い。しかし、装いから見ても護衛では無いのは確かだ。では、一体何者なのだろう。

 

 

「これはこれは。お久しぶりで御座います、カストディオ神官団長殿」

 

 

 モモンは内心かなり動揺している。出来る限りの平静を装うが、彼女ほど地位のある者が「火急の用事」で態々来たのだ。動揺するなと言う方が無理な話である。

 

 一方、ケラルトは美しく整った微笑みを浮かべたままである。

 

 

「畏まらなくても結構です。突然、来訪したのは(わたくし)どもの身勝手な都合によるものですから」

 

「身勝手などと…」

 

 

 モモンは社交辞令として応対をするが、ケラルトは小さく首を左右に振った。

 

 

「良いのです。それよりも、此度は私どもの御依頼を見事に叶えて下さったことは感謝に堪えません。それも山羊人の軍勢を退け、かの『豪王』バザーを討ち倒したと報告を受けた時は大変驚きました。英雄が如き所業とはまさにこのこと。この様な形で申し訳ありませんが、皆を代表して御礼申し上げます」

 

 

 ケラルトと後ろの男性たちは深く頭を下げた。

 

 

「近いうちに国を挙げての式典を開く予定で御座います。今回の依頼の褒賞も含め、その時に改めて御贈り致します」

 

「わ、分かりました。その時は有り難くお受け致します」

 

 

 本来であればこの様な地位のある者が国益に適う働きをしたモモンに対し、非公式の場で御礼を伝えるのは普通であればあり得ない事だ。モモンの偉業を加味するならばもっと大々的な式典を開き、公的の場で感謝を述べる事ことが通例である。普通であればケラルトの行動はある意味では国の品位を損いかねない行為だ。

 

 それでも、来訪したのにはやはりそれなりの理由があった。それは彼女の背後にいる者達にも大きく関係している。

 

 ケラルトはゆっくり頭を上げて、話を続ける。

 

 

「ご理解頂き有難う御座います。それと、今回来訪した理由なのですが…」

 

「はい」

 

「誠に差し出がましいことでは御座いますが、モモン様に1つお願いがございます。実は、モモン様が山羊人襲撃の際に、聖騎士達に使用した例の真紅のポーションを幾つかお譲り頂きたいのです」

 

「え? あのポーションをですか?」

 

「はい。実は私の背後にいる方々はホバンスの薬師組合の組合長とその幹部達なのです」

 

 

 ケラルトの背後にいた男たちは改めてモモンに対し頭を下げた。しかし、なぜ下級治癒薬を欲しがるのか、なぜ薬師組合のお偉いさん方が来たのか、モモンにはさっぱり理解出来なかった。

 

 彼の疑問を聞かれずとも答えてくれたのはやはりケラルトだった。

 

 

「今回の襲撃で誰1人命を落とすことなく依頼を遂行出来たのはモモン様を始めとする皆々の働きは勿論、真紅のポーションによるものが大きいと私たちは判断しました」

 

 

 彼女の言葉を聞いて、モモンはようやく理解出来た。

 

 確かにあの戦いで多くの聖騎士や神官たちが負傷していた。中にはパベルの様に深手を負っている者も少なくなかった。その為、モモンは下級治癒薬を惜しみ無く使いまくったのだ。そのおかげで数名完治とまではいかぬまでも全員の命を救うことが出来た。

 

 神官たちの治癒魔法だけでは全員の治療など到底間に合わず、各々が所持していた青色のポーションなども殆どが既に使い切っていた。モモンがあの時、下級治癒薬を使わなければ少なくとも三分の一は命を落としていただろうと言われている。

 

 

(なるほど。ユグドラシルでは初期アイテムとは言え、この世界では破格の効果を持つ。なら、そのサンプルをなんとか手に入れて、国からのバックアップのもと薬師組合で造らせれば、戦場で兵士が死ぬ確率を格段に減らす事が出来る。やがては戦死した分、不足した兵力を補うために徴兵制を強化させる必要もなくなるし、そうなれば商業や農業の働き手が減ることも無い)

 

 

 無論、これはモモンにとっても将来的に大きなメリットに繋がる。

 

 ユグドラシル産のアイテムを現地でも造ることが出来るという実例が出来るのだ。当然、全てが上手くいけばの話であり、そこまで行き着くまで相当の時間を要する可能性も高い。しかし、もうこの世界では手に入らないユグドラシルのアイテムを作る事が出来れば、有限と言う心配に悩まされる事は無くなる。

 

 

(ゆくゆくは上級治癒薬(ハイ・ヒーリングポーション)最高級治癒薬(エクス・ヒーリングポーション)…いや、もしかすると賢者の秘薬(エリクサー)も造れたりするかもしれないな!)

 

 

 ハッキリ言ってこの世界のポーションはかなり残念でショボい。その為、ポーション作成の技術自体はかなり低いのかもしれない。その点、モモンは素人なので全くわからない。しかし、試す価値は十分ある。

 

 

「あれほどの効果と即効性のあるポーションの価値は重々理解しています。しかし、どうかこの国の未来の為にも、モモン様が持つポーションをお譲り頂きたいのです。当然、相応の対価を支払います」

 

 

 いつにも増して真剣な面持ちで懇願してくる彼女に続いて、薬師組合の組合長たちもダメ押しとばかりに声を上げてきた。

 

 

「我々薬師組合からもお願いで御座います! 是非ともモモン殿が持つ件のポーションを…!必ずや成果を見せてご覧に入れます‼︎」

「何卒!」

「何卒‼︎」

 

 

 ケラルトはともかく、薬師組合の人たちは何処か職人魂的な熱意に満ちていた。やはりポーション作成にも携わっている仕事柄、惹かれるモノがあるのだろう。

 

 無論、モモンの答えはとっくに決まっている。

 

 彼は懐から下級治癒薬を3本ほど取り出すと、薬師組合の連中は「おぉ‼︎」と声を上げながら目を爛々と輝かせ釘付けとなった。

 

 

「それがそうなのですね…話には聞いておりましたが、確かに初めて見るポーションです」

 

 

 一方、ケラルトも専門職では無いため彼らほどでは無いが、見たことの無い真っ赤なポーションを目の当たりにして目を見開いていた。

 

 

「ではサンプル用として3つほどお渡しします」

 

「おぉ…こ、これぞまさしく…!」

「で、伝説のポーション…ッ」

「か、『神の血』…」

 

(え? 『神の血』? なにそれ?)

 

 

 アンデッド種のモモンにとっては大した使い道が無いだけでなく、価値も下から数えた方が早いくらいのアイテムでしかない下級治癒薬だが、やはり彼らにとってはそうでは無いらしい。

 

 

(『神の血』ってワードも気にはなるけど……もう薬師組合の人たちはポーションに夢中みたいだし、機会があったら今度聞いてみよう)

 

 

 彼らは恭々しく下級治癒薬を受け取ると、眼を血走らせてブツブツと聞き取れない程度で話し合いを始めていた。あとは専門職である彼らに任せて、今後の成果を期待したいところである。

 

 

「すみません、モモン様。つかぬことをお伺いしますが、あのポーションは一体、何処で手に入れたのでしょうか?」

 

 

 そそくさと隣へ移動して来たケラルトが、薬師組合の人たちに聞こえない声量で話しかけてきた。彼女の疑問は至極当然だし、モモンも彼女たちの立場なら同じように問い掛けていただろう。

 

 しかし、どう説明するべきか。

 

 

(ユグドラシルの店で買ったとか、倒したモンスターからドロップした、なんて説明した所で理解なんか出来るはずも無いし)

 

 

 そこで『モモン』という人物の設定を利用する事にした。

 

 

「私が南方から来たと言う話はご存知かと思いますが、その旅の道中で偶然見かけた遺跡の奥深くで、大量の赤いポーションを見つけたのです」

 

「そうだったのですね。確かに南方の大砂漠は未知な土地ではあります……しかし、かの土地の遺跡からその様なポーションが見つかったのは驚きです。モモン様がアンデッド騒動で使った伝説のマジックアイテムも改めて納得がいきますね」

 

「もしかしたら、まだ他にも見つかってない遺跡があるのかも知れませんね」

 

「まだ他にも……なるほど」

 

 

 気が付くと、ケラルトは右手の顎に当てながら静かに思案していた。

 

 正直、今のでっち上げが果たして吉と出るか凶と出るかは不明だが、周辺諸国は南方について殆ど分かっていないという情報を信じる他無い。何かあったとしてもそこは完全に未来の自分に押し付ける事で無理矢理解決する事とした。

 

 

(うーん、南方か…行ってみたいなぁ〜)

 

 

 叶うことなら近い将来、南方へ冒険しに行ってみたいという呑気な思いを抱いていた。そう言えばこの世界へ来てからの冒険といえば、聖王国内が殆どだ。そろそろいい加減にまともな冒険をしてみたいモノである。

 

 

(今回の依頼の報酬にもっと自由に活動したい旨を伝えてみるのもありかもしれない。うん、そうした方がいい!)

 

 

 数日後、モモンは首都ホバンスの王城へ招致される事になるとは露ほども考えていなかった。




赤いポーションは聖王国の名もなき薬師組合の方々の手に渡りましたとさ

バレアレ家
「羨ましい…」
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