Holy Kingdom Story   作:ゲソポタミア文明

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新型コロナ陽性を受けました。
咳と痰のみで発熱は今のところありません。

養生します


第24話 アダマンタイト級冒険者

 公道調査の護衛依頼から翌日の事。

 モモンはバラハ家の邸宅へお邪魔していた。

 

 

「大したもてなしも出来ず、申し訳ありません。白湯でよろしかったでしょうか?」

 

「い、いえ。お構い無く…」

 

 

 家に居たのはパベル1人で、娘のネイアは母親の買い出しの手伝いに出掛けているらしい。

 

 尤もモモンにとってはその方が都合が良い。彼はモモンがこの世界に来て唯一と言って良い、自身の正体がアンデッドであることを知る友人だからである。しかし、だからと言って今の全身鎧姿を外すワケにはいかない。

 

 パベルはテーブルを挟み向かい側に座るモモンの前に白湯の入った湯呑みを置いた。モモンは飲食不要のアンデッドである為、パベルがそれを知らずウッカリ用意したとは考え難い。 

 これは例え相手がアンデッドとは言え、友人であるモモンに対する礼儀であり心配りでもある。

 

 そんな彼に内心感謝しつつも、モモンはこの場にいる状況が気が気でなかった。圧迫されそうな罪悪感の念に苛まれ、中々彼に視線を合わせる事が出来ずにいたのだ。

 

 

「何やら落ち着かない様子で?」

 

「あ…そ、その…」

 

 

 こう言う状況に慣れていない為、中々踏ん切りが付かなかったが、彼の優しさに甘えて何も言わなければ、この先一生後悔するかも知れない。

 

 モモンは意を決して顔を上げ、兜越しではあるが彼に視線を合わせる。

 

 

「本当に申し訳ありませんでした‼︎」

 

 

 頭を深々と下げて精一杯の謝罪を口にした。

 周りくどい事は言えない、そもそも頭の悪い自分にはそんなの思いつかない。最もシンプルなカタチで謝るべきだと思ったからだ。

 

 そんな彼の行動に驚いたパベルは鋭く眼を見開くと、その謝罪の意味をすぐに理解した。

 

 

「モモン殿が謝る必要はありません。貴方のお陰で皆が助かったのです。勿論、この私も含めてです」

 

「…自分がもっと早くに駆け付けていれば─」

 

 

 優しく語り掛けてくるパベルだが、その優しさが今のモモンには辛い。怖くないと言えば嘘になるが、それでもいっそのこと罵詈雑言をぶつけてきた方がマシとさえ思えてしまう。

 

 それでも、やはりパベルは優しかった。

 

 

「良いのです。貴方が居なければ私はもうとっくに死んでいたのですから。寧ろ、私の方が貴方に感謝と謝罪を申さねばならない立場です」

 

 

 今度はパベルが頭を下げて来た。

 

 謝るべきは自分なのに何故彼が謝るのか彼にはサッパリ理解出来なかった。モモンは酷く狼狽えながら、席を立ち何とか彼に頭を上げるようお願いする。

 

 パベルはゆっくり頭を上げた。

 

 

「では…受け入れてくれますか?」

 

 

 モモンは些か納得はしていないが、これ以上友人に頭を下げさせるわけにいかない為、仕方なく受け入れた。

 

 

「は、はい。分かりました」

 

「ではモモン殿もこれ以上の謝罪は…」

 

「はい、もうやりませんよ。しかし、まさか『九色』を辞める事になるとは…」

 

「仕方の無いことです。遅かれ早かれでしたから」

 

 

 パベルは事実上『九色』の座から降りていた。正確には次期候補者を見つけるまでは在籍する事になっているものの、既に戦力外となった状態ではカタチだけもいいところである。

 

 彼はバザーとの戦いで瀕死の重傷を受けるが、モモンから施されたポーションにより一命を取り留める事が出来た。しかし、後遺症が残ってしまったのだ。

 

 彼の右腕は既に弓の弦を引く事が出来なくなってしまったのだ。

 

 

「確かにもう弓は引けませんが、日常生活には何の支障もありません」

 

「ですが、パベルさん…」

 

「命があるだけ儲けです。こうして家族と平穏な日々を過ごす事が出来るだけで、私は幸せ者なんです」

 

 

 右腕を押さえながら話す彼の表情は穏やかだった。だが、彼の十八番とも言うべき弓矢が扱えなくなってしまった事にモモンは強い罪悪感を抱かざるを得なかった。

 

 

(俺があの時、下級治癒薬では無く、賢者の秘薬(エリクサー)あたりを使っていたら結果は違っていたかも知れない。クソッ、下級治癒薬であの治癒力だったから油断してた…)

 

 

 仮に上級の治癒薬を使った時としてもパベルが後遺症も無く完治するという保証も無かった。しかし、モモンはあの時、上級の治癒薬等を使うという発想はなかった。「大量にある下級治癒薬で事足りるなら」という貧乏性が頭の中に浮かんでしまった結果である。

 

 上級の治癒薬を使えば後遺症も無く完治できたかも知れない。しかし、その保障もない。もはや入手不可に等しい、数にかなり限りのあるユグドラシル産の消費型アイテムを使う事を天秤にかけてしまっている。

 

 

「実はですね。本音を言えば、一線を退いた事にホッとしてるんですよ」

 

「え?」

 

 

 パベルは日光が差し込む窓を眺めながら、変わらず穏やかな表情で語り続ける。

 

 

「バザーに殺されかけてからと言うもの、私は暇さえあれば家族の事ばかり考えるようになりました。仕事柄、私たちはいつ死んでもおかしくありません。なので、家族と過ごす時間がとても愛おしく、儚く感じてしまうのです」

 

 

 彼は視線を窓から自身の手へ向けた。

 その開かれた手は僅かに震えている。

 

 

「怖いんですよ。家族を置いて死んでゆくのが。ハハハ、『九色』の1人に数えられている者が…本当に情けない話です。いつの間にか、戦場に我が身を置く事が億劫になって、今回の怪我を言い訳にして身を引こうと言うのですからね」

 

 

 モモンは自嘲気味に乾いた笑みを浮かべる彼を兜越しに見つめる。

 

 

「私は…貴方を情けないなどと思っていません。私にも決して手放したくない、大切なモノがありますから」

 

「それは…モモン殿の故郷の事ですか?」

 

「…まぁ、みたいなものです。いや、それ以上に大切な居場所です」

 

 

 ギルド『AOG』──鈴木悟にとってかけがえの無い居場所である。しかし、そんなモノはもう此処には無い。かつてのギルドメンバー達もこの世界にいる可能性はゼロに等しい。

 

 それでも「あると信じたい」と思うのは、執着心が過ぎるかも知れない。それでも彼にとっては人生そのものと言っても良い居場所なのだ。

 

 

(叶う事なら戻りたい……でも、ギルドメンバーが居ないAOGは、AOGじゃない。やっぱり、ギルドメンバーが居てこそのAOGなんだ)

 

 

 俯きながら思わず強く手を握りしめていたと気づき、ハッとしてパベルへ顔を向ける。

 

 

「す、すみません。つい考えごとを…」

 

「いえいえ。かつての居場所を想う事は悪い事ではありません」

 

「……えっと、『九色』を辞めた後はどうなさるおつもりで?」

 

 

 懐かしくも寂しい思いを誤魔化す為、モモンは話題を切り替えた。

 

 

「知り合いの店を手伝おうと考えてます。ですが、それもまだ当分先かも分かりません。正当な次期『九色』の候補者を見つけて育て上げるまでは、一応『黒』のままです。それに…」

 

 

 彼は椅子から立ち上がり、その場でピョンピョンと跳ねた。もう弓は引けずとも、脚の方は問題無いらしい。

 

 

野伏(レンジャー)の技術まで失ったわけではありませんから」

 

 

 そう語って笑う彼を見て、少しだけ罪悪感が軽くなった気がした。

 

 

(…あぁ、俺は大馬鹿野郎だな)

 

 

 自分の正体を知っていても尚、変わらず友として接してくれる。にも関わらず、自分はいつの間にかかつてのギルドメンバーとの再会を望んでいる。

 

 余りにも失礼じゃないか。

 彼の優しさと器量を踏み躙る行為だ。

 

 

(簡単じゃないかも知れないけど、少しずつでも良いから過去の事は忘れて、今を見て生きていこう)

 

 

 最後に「アンデッドだけど…」と思いながら、自分自身もっと大人にならなければならないと戒めた。

 

 

「それはそうと…モモン殿は聖王国以外へ足を運びたいとは思わないのでしょうか?」

 

「え?」

 

「その…確かに国の事情もあるのは重々承知していますが、一言も愚痴をこぼさないと聞いておりました。なので、ちょっと気になって……無理をしてはいないか、と」

 

 

 目線が泳ぎ頬を掻く彼を見て、モモンは『精神安定化』の効果が現れるくらい感動していた。

 

 周りは自分を『英雄』と讃え、国から褒美を頂いても尚、モモンは未だに真に求めている『冒険』というものを堪能出来ずにいた。息が詰まりそうな日々を送り、黙って国から出て行こうかと脳裏によぎる事もあるが、それによって国が大きく混乱してしまう事態に陥るのはモモンの望むところでは無い。

 

 ずっと妥協し、ワガママを押し殺し、窮屈で鬱屈とした日々だった。相談できる相手も中々居らず、周りは自分の本音など露ほども気に留めていない。

 

 

(うぅ、まさかパベルさんが俺の心境を真っ先に察してくれるとは……!)

 

 

 感動の余韻に浸る間も無く、モモンはありったけの不満を彼にぶち撒けた。

 

 病み上がりの彼に不満を口にするなどおかしいと思うだろう、訳のわからない言葉もあっただろう、文脈的にも理解し難い話もあっただろう、それでもパベルは話を折らず静かに耳を傾けてくれていた。

 

 どれほど話していたのかさえ忘れてしまった。

 

 しかし、心は軽く穏やかだ。

 

 

「すみません……愚痴ばかりで…」

 

「そんな事ありませんよ。大変でしたね」

 

「うぅぅぅ〜パベルさん…ッ!」

 

「では、モモンさんはもっと世界の知見を広める為の『冒険』がしたい、と?」

 

「え、えぇ…贅沢を言えば、ですが」

 

 

 彼は迷惑どころか優しく微笑み気遣ってくれた。

 

 正直、今のモモンは自分の望みが叶わなくても良いとさえ思っている。それくらい心は晴れやかだった。

 

 モモンはパベル宅を後にした。

 

 見舞いと謝罪を目的に訪問したつもりが、後半からは愚痴を溢すだけとなっていた。帰路に就くモモンは今頃になって恥ずかしさがジワジワと湧き上がるが、決して不快では無かった。

 

 

(今度は俺がパベルさんの愚痴を聞ければいいな)

 

 

 そんな事を考えている彼の背中を見送っていたパベルは腕を組み静かに呟いた。

 

 

「彼の望みが叶うかは不明だが…提案する価値はあるかも知れないな」

 

 

 

 昔、ギルメンの誰かが言っていた。

 

──人生とはその日の天候のようなもの、晴れる日もあれば曇る日もあり、雨が降ったり、嵐が来たり──

 

 要するに何が起きるか分からないのが『人生』なんだと言いたいらしいが、随分とまわりくどい言い方を考えたものだ。

 

 でも実際その通りだ。

 

 一体誰が仮想世界ゲームのアバターで異世界転移する羽目になるなんて想像が出来るだろうか。

 

 最初はかなり混乱した。しかし、意外とすんなり受け入れる事が出来た。

 

 元々、仮想世界こそ自分の世界みたいな気概があった分、現実世界(リアル)に対する思い入れとか未練とかが皆無だったのも受け入れることが出来た要因だったと思う。あんな荒廃した世界(ディストピア)、よほどの富裕層か、家庭に恵まれていなければ戻りたいとは思わないだろう。

 

 ゲームのアバターの姿で異世界転移してしまったのならやるべきことは1つ……冒険だ。

 

 生まれ変わったらこの姿で、この未知の世界を知り尽くしたい。自分の冒険は、本当の人生はここから始める…そんな風に考えていた。

 

 

(なのに…何でこうなっちゃうんだよぉ〜〜)

 

 

 鈴木悟──モモンは心の中で情けない弱音を吐きながら大きな扉の前に佇んでいた。彼が今いる場所は首都ホバンスの王城内で、玉座の間の扉の前である。

 

 彼は公道調査の護衛依頼の最中、奇襲を仕掛けてきた山羊人の軍勢を撃退。率いていた〝豪王〟バザーを見事に討ち倒した事で大功績を手にした。

 

 その結果、ローブル聖王国は彼の大功績に相応しい褒賞を与えるべく王城へ招き入れたというワケである。

 

 

(まぁカリンシャの時みたいに大観衆の前でやられるよりかはマシだけど、だとしてもだよなぁ)

 

 

 流石に聖王国側の都合上、城塞都市カリンシャの時のような大観衆の前での祝典を開く準備は出来なかった。しかし、『聖王女』カルカを始めとする多くの王族貴族たちなどが目の前にある扉の奥に居るのだと考えると無いはずの胃にチクチクした痛みを感じる。

 

 

(でも普通に了承しちゃった手前、「やっぱり結構です」なんて言えるわけ無いしな。あ〜考え無しに受け入れるんじゃ無かったぁ〜‼︎)

 

 

 後悔先に立たずとは正にこのことである。

 もう引き返せないのなら成るようになれだ。

 

 目の前の扉がゆっくりと開かれる。

 

 

(上手く凌ぎ切るしか無い…ええい、ままよ‼︎)

 

 

 この期に及んでモモンは少し先の未来の自分に全てを丸投げする事を選んだ。

 

 開かれた扉の先にあった玉座の間は、元々使者を歓迎する為の空間である為、大した広さは無い。しかし、流石というべきか、壁に柱、窓ガラスの枠組みに至るまでの細部は見事なまでに精巧な装飾が施されていた。窓から降り注ぐ陽光が良い具合に部屋全体を荘厳な雰囲気に仕立て上げている。しかし、今のモモンに感動する暇は無い。

 

 玉座の前まで敷かれている真紅の絨毯の左右には歓迎用の礼装を身に纏った王族貴族達が整列しており、此方へ一斉に視線を向けてきた。

 

 

(うっ…上位物理無効化Ⅲと上位魔法無効化Ⅲは解除していない筈なのに全身に突き刺さるこの感じ)

 

 

 早くも全身に嫌な汗をかいたような感覚になるが、このまま立ち止まっていては何も始まらない。意を決してモモンは歩き始めた。遅過ぎず、しかし、「早く終わらせたい」という気持ちに駆られて足早にならぬよう注意する。

 

 一歩目を踏み締めた瞬間、王族貴族達からの拍手喝采が玉座の間全体に響き渡る。通り過ぎる度に時折聞こえる賛美の声も今のド緊張状態のモモンには全く頭に入ってこない。

 

 

(精神安定化がずっと発動してるこの感じめっちゃ不快だぁ)

 

 

 周りには見えないだろうがずっと緑色に発光している。

 

 緊張と鎮静を繰り返すこの何とも言えない不快感は恐らく同種族でも共感してくれる人はいないだろう。

 

 

(あー、もう玉座まで来ちゃうよ)

 

 

 座具は三段型の壇上に設置されていた。その上には天蓋があり、ローブル聖王国の紋章と共に四大神信仰の紋章も掲げられている。

 

 玉座には当然のことながら『聖王女』カルカ・べサーレスが(おわ)していた。如何にも清廉な聖女と言った雰囲気と慈愛と優しさに満ち溢れた微笑みを向けている。

 

 心無しか少し頬が紅潮している風に見て取れるが、恐らく頬紅(チーク)の類だろう。

 

 いつぞや見かけた聖騎士団長のレメディオス・カストディオを側に侍らせているが、神官団長である妹のケラルトは今回も見かけない。

 

 

レメディオス()と違ってケラルト()は忙しいのかな?)

 

 

 かなり失礼な事を内心考えつつ、壇上の近くまで歩いたモモンはその場で片膝を突いて跪いた。

 

 

「面をお上げください」

 

 

 鈴を転がすような声がカルカから聞こえて来た。

 

 

「カルカ様より許可がおりた。モモン殿、面を上げられよ」

 

(あっぶね! 頭上げるとこだった! なるほど、侍者の言葉が出てから頭を上げるのか)

 

 

 次いで聞こえてくるレメディオスの言葉により、漸くモモンは頭を上げる事が出来た。正直、このまま頭を下げていたいのだが言われてしまったのなら仕方ない。

 

 モモンはゆっくりと頭を上げ、〝ローブルの至宝〟と謳われるカルカの尊顔に視線を向ける。

 

 

「ッ……あっ」

 

(えっ? 逸らされた?)

 

 

 ところがカルカは此方と視線が合った瞬間、慌てて視線を横へ逸らしてしまった。

 

 突然の拒否的行動に動揺するモモンだが、彼の同じく後ろの王族貴族達からも点々とだが動揺と声が僅かに聞こえる。

 

 

「(カルカ様?)」

 

「ッ!? ( な、何でもありません)」

 

 

 同じく違和感に気付いたレメディオスが小声で声を掛けると、ハッと我に返ったかのようにカルカは反応した。そして、1つ小さく咳払いをした後、再び顔をモモンへ向ける。

 

 

(さっきより顔が赤いような…大丈夫か?)

 

 

 紅潮しているだけでなく、どこかソワソワした感じも見て取れる為、やはり彼女はどこか体調がよろしく無いのかも知れない。

 

 ここは彼女を早く休ませる為にも余計な事は考えず淡々と済ませるべきだろう。

 

 

「此度の功績は他に類を見ぬほどの偉業と捉えても過分ではありません。『十傑』が一角、〝豪王〟を見事に討ち果たした事は、この場にいる皆々は勿論、多くの民に安寧を齎すものと心得ます」

 

「恐れ多くも過分なるお言葉。恐悦至極に存じ奉ります」

 

「いいえ、決して過分では御座いません。貴方の成し遂げた事は誠に大義あるものです。存分に誇るべきでしょう」

 

「…はっ」

 

 

 先程の体調の優れなさそうな雰囲気から一変した切り替えの早さは流石と言う他ない。

 

 

「そこで、聖王女カルカ・べサーレスの名の下に此度の功績に相応しい褒美を与えます」

 

 

 カルカが淑やかに玉座から立ち上がり、壇上から降りて跪くモモンの目の前まで歩み寄ってきた。侍者が開いた小箱を持って現れると、カルカは中から1つの冒険者プレートを取り出した。

 

 無論、ただの冒険者プレートではない。

 

 アダマンタイト製の冒険者プレートだ。

 

 

「城塞都市カリンシャの冒険者組合より話は既に通しております。我々、聖王国政府としても満場一致で異議を唱える者はおりませんでした」

 

 

 アダマンタイト級冒険者を示す冒険者プレートをカルカはモモンの首へゆっくりと掛けた。

 

 

「今ここに宣言いたします。ローブル聖王国史上初となるアダマンタイト級冒険者『漆黒』のモモンの誕生です」

 

 

 再び玉座の間に万来の拍手喝采が響き渡る。

 

 一見、微動だにせず跪いているモモンだが、その内心はかなり動揺している。と言うよりも、精神安定化が連続して発動している為、周りには見えないが全身緑色に発光しているのだ。

 

 

(アダマンタイトォォォ‼︎?? 幾ら何でも早過ぎじゃないかァァ‼︎)

 

 

 今すぐ周りの目など気にせず頭を抱えながらのたうち回りたい気分だが、寸前の所で理性が働きストップを掛ける。

 

 

(オリハルコン級でも窮屈な思いをしてるのに、最高ランクのアダマンタイト級になんてなったらそれこそ胃に穴が開くレベルじゃないかァァ‼︎ 俺に胃は無いけどォ‼︎)

 

 

 今回の功績の褒賞としてモモンは国外への自由な行き来を申し立てる予定だった。精神安定化が働くとは言え、流石に冒険意欲を抑え込むのには限界がある。ストレスは溜まる一方だ。

 

 それがアダマンタイト級になってしまったら国は益々自分を下手に国外へ出してはくれないだろう。

 

 

(うぅぅ、何としてでも暫くはオリハルコン級で活動していくつもりだったのに…ヤバい泣きそう。あっ、精神安定化が…)

 

 

 其々の国に在する冒険者の最高ランクはある意味、国威の1つでもある。ローブル聖王国は今まで諸外国に大きく劣っていたのだが、モモンと言う存在が現れてからその情勢も大きく変化した。

 

 アダマンタイト級冒険者は多くの冒険者達と冒険者を目指す者達にとっては永遠の憧れのような存在であり、目指すべき存在なのだ。

 

 最高ランクの冒険者が現れたとなれば、モンスターによる被害が大きく減る事は勿論のこと。新たに冒険者を目指す者達が自然と集まって来る。それは人々と往来が活発化し、都市や街の経済がまわり、何かしら優秀な人材が自国へ拠点を移すなど、アダマンタイト級が生まれ出た国や街に齎される恩恵は大きい。

 

 故にアダマンタイト級冒険者に対し、他国はヘッドハンティングを狙うべく間接的に干渉したりアピールを仕掛けてくる。

 

 ローブル聖王国に在する冒険者達は周辺諸国と比べてお世辞にもあまり強いとは言えない。

 

 亜人部族が跋扈するアベリオン丘陵という地形的問題がある為、仕方の無い事ではある。『九色』だけでは補いきれない今だからこそ、亜人部族に対する抑止力や騎士や民達に安心感を与えられる『英雄』が必要になる。

 

 当の本人はそんな事情など知る由もないが…。

 

 

「ア、アリガタキシアワセ」

 

 

 感情の無い言葉が出てしまう。しかし、心ここに在らずのモモンと違い、周りは初のアダマンタイト級冒険者誕生を心から祝福している。

 

 

「更に聞き及ぶところによれば貴方は多数の負傷した騎士や神官達に貴重なポーションを使ったそうですが?」

 

「ハイ。ですが、本来ポーションとはそういう目的で作られた物です。使わなければそれこそ宝の持ち腐れであります。人の命には代えられません」

 

「まぁ…! 何と素晴らしき御言葉でございましょう」

 

 

 カルカを含め周りにいる者全員が感嘆の声を口にする。

 

 モモンとしては人命救助と言う目的は勿論のことだが、護衛依頼を受けた手前、多数の死者を出してしまっては今後の冒険者稼業に支障をきたす程の不信を買われてしまう恐れがあったのも事実である。故に自分は単なる善人ではない、と割り切っているが、周りはそうではないらしい。

 

 特にカルカに侍しているレメディオスは両方の口角を上げてキラキラとした目で此方を見つめている。

 

 因みに使用した分の下級治癒薬(マイナー・ヒーリングポーション)の代金について、ケラルトからはしかるのちに支払うと言われたが、モモンとしてはユグドラシル産のアイテムを作ってくれるだけで十分なので「代金は不要です」と伝えてある。

 

 これにはケラルトも大層驚いた様子だったが、流石に何も支払わないというわけにはいかないとの申し出を受けた。そこでモモンはポーション開発に於ける進展状況や試験的運用の優先権を出したところ、二つ返事で了承を得た。

 

 

「ところで、つかぬことをお聞きしたいのですが、よろしいでしょうか?」

 

「はい。何でございましょうか」

 

 

 カルカが少し躊躇いつつも口を開いた。

 

 

「モ、モモン殿には…い、許嫁などはいらっしゃいますか?」

 

「……はい?」

 

 

 僅かに頬を赤く染めたカルカの口から思い寄らなかった言葉が聞こえてきた。周りもギョッとした反応を見せるものもいるが、それ以上に困惑しているのは言われている本人である。

 

 いきなり「結婚を前提にお付き合いしてる人いますか」と言われて驚かない人などいるだろうか。

 質問の意味をそのまま受け止めるなら、言わずもがな答えはノーである。異性と付き合った経験すら無く貞操を守り続けている。辛い。

 

 

「い、許嫁にございますか?」

 

「い、居たらで結構です。その場合は、許嫁の方を聖王国へ招待しようかと、思い、まし…て」

 

 

 何とも踏ん切りの付かない喋り方に違和感を覚えるが、成程と彼女の意図に漸く気づいた。

 よくよく考えればわかる事である。

 

 

(なるほど。設定上は放浪者だけど、何処かで恋人なりを作っている可能性を考慮して聖王国で纏めて保護しようって寸法なのか。確かに、そうした方がいつかその恋人がいる場所へ帰ってしまう事態を防ぐことが出来る)

 

 

 見た目によらず中々抜け目の無い策を考えるカルカに強い感心を抱いた。

 尤も彼女の考えは杞憂に過ぎないのだが、最高位冒険者を何としてでも聖王国に留めて置きたいという意味では正しい行為だろう。

 

 

(やっぱり若年で国のトップに立つだけの事はあるんだなぁ。俺には無理だ、うん絶対無理。一国の王様とか絶対窮屈だし、そもそもそんな器じゃないし)

 

 

 そうなると彼女のソワソワした態度はやはり体調不良によるものが大きいのだろう。今も彼女は緊張した面持ちで自分の答えを待っている。

 

 

「恥ずかしながら、そのような方はおりません」

 

「ッ‼︎ ほ、本当にいらっしゃらないのですね?」

 

「は、はい」

 

「(良かった…)」

 

 

 やけに食い下がってくるなと思ったが、許嫁がいないと分かった途端、「良かった」という小さな呟きと安堵の溜息が聞こえた気がする。

 

 

(あー、なるほど。遠い南方から来た設定だから、恋人を探すための手間とか準備に時間を掛ける必要が無くなったからか。ん? だとしたらかなり失礼じゃないか?)

 

 

 彼女は抜け目の無い策を練る一方で、やはりどこか抜けている所があるようだ。普通であれば多分、失言では済まされないのかも知れないが、幸い自分以外に聞かれている様子は無さそうだ。

 それに彼女は恐らく体調が良くない。ここは自分も聞かなかったことにして水に流すのが『漢』と言うものだろう。

 

 その後も続いた恩賜の儀礼だが、特に支障も無くスムーズに進んだ。心なしか聖王女のソワソワした態度もあまりしていない様に見える。

 

 

「モモン殿には、アダマンタイト級冒険者に相応しい働きを期待しています」

 

「ハッ。ありがとうございます」

 

 

 終わった。やっと終わった。

 

 少し困惑する事はあったが無事に乗り切った自分を心の底から褒めてやりたい。

 

 カルカが再び玉座へ腰掛けようとした。

 その時だった。

 

 彼女は突然ふらつき、倒れてきた。

 

 

「ッか、カルカ様ッ‼︎」

 

 

 真っ先に反応したレメディオスが倒れる彼女へ手を伸ばすも僅かに届かない。

 

 このままでは彼女は硬い床へ倒れてしまう。その場合、打ち所によっては傷が出来たり、最悪死に至る場合だってある。

 

 しかし、彼女が床へぶつかる事はなかった。

 彼女が倒れた先にはモモンが居たのだ。

 

 

 「おっと…!」

 

 

 モモンは倒れて来るカルカを抱き止めた。

 

 やはり体調が優れなかったのだと思ったモモンは心配そうにカルカの顔を覗く。

 

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

「う、うーん……」

 

 

 モモンの呼び掛けにカルカはゆっくりと目を開ける。

 視線の先には煌めく漆黒の両頬付き兜(クローズド・ヘルム)、今自分は漆黒の英雄の腕の中にいる事に気付いた彼女は一気に顔面が紅潮した。

 

 

「ひゅ……ッ!」

 

「カルカ様ッ‼︎」

「お気を確かに!」

「早く神官を呼ぶんだ!」

 

 

 目を覚ましたかと思いきや声にならない悲鳴を上げて再び気を失ってしまった。

 慌てて駆け付けて来る侍者たちが必死に声を掛けていたが、モモンは訳もわからず静かに狼狽えていた。

 

 

「退け!」

 

 

 そこへレメディオスが現れた。

 彼女は群がる従者達を退かせると、彼の腕に抱えられていたカルカをソッと抱きかかえた。

 

 

「感謝する、モモン殿。後ほど改めて礼をする」

 

 

 レメディオスは後ろ流し目にそう言い残し、その場を後にする。お姫様抱っこの形で去り行く彼女の後ろ姿はかなりグッと来るものがあった。

 

 

(何だあのイケメンは)

 

 

 モモンは片膝を突いたまま彼女の後ろ姿を黙って見送る。

 以前、ギルメンの1人であるペロロンチーノが話していた「おっぱいの付いたイケメン」とは正に彼女の事を指すのだと理解出来る。

 

 玉座の間は未だざわめきが続いていたが、その後に現れたカルカの兄を名乗るカスポンド・べサーレスによる進行の下、無事に終える事が出来た。

 

 

 

 

「ふぅ…疲れた」

 

 

 最後までトラブル続きだったが何とか無事に事なきを得たモモンは、精神的に疲弊しながら国が用意してくれた高級宿屋の自室に設置されているベッドへ横たわっていた。

 

 鎧姿のままなのはやはり油断ならないからである。先の法国の件も考えると、これまで以上に気を張り詰めて過ごさなければならないのだ。

 

 

(あーー、そう言えばこの鎧を着続けてどのくらい経ったんだろう? 臭いとか汚れとかの心配はしてないけど、気持ち的にはそろそろサッパリしたいところだなぁ)

 

 

 羽を伸ばしたい。

 

 切実にそう願う日々が続いている。

 

 

(もういっそのこと。この国を出て自由気ままに人里離れた土地で過ごしてみよっかなぁ)

 

 

 自由と冒険、というこの世界に来てから兼ねてより望んでいた異世界ライフを未だ堪能していない。確かに全てを投げ捨てる覚悟であればそれも十分可能だろう。しかし──

 

 

(パベルさんに迷惑は掛けたくない。この前、愚痴をこぼしたばかりじゃないか……)

 

 

 自分勝手をするのは簡単だ。だが、それによって彼との友情が壊れてしまうのだけは避けたい。

 

 

「何か良い方法とか無いかなぁ…」

 

 

 そこへドアをノックする音が聞こえた。

 モモンは慌ててベッドから起き上がり、扉の先に居る人物へ「どうぞ」と声を掛ける。

 

 

「お休みのところ申し訳ありません。モモン様に面会したい方がお見えになられております」

 

 

 使用人からの説明の後からフードを深く被った人物が1人だけ入って来た。見るからにお忍びと言った風貌だが得体が知れない。

 

 

「申し訳ありません。本来ならもっとしかるべき日時を事前に伝えた上で訪問するべきなのですが、事情によりこのような夜分にお邪魔させて頂きました」

 

「いえ、お気になさらずに。失礼ですが、貴方様は?」

 

 

 声質から男性だと分かる。男性の知り合いは確かに居るがそれでも数える程度な上、彼の声にはあまり聞き覚えが無い…と思う。

 

 モモンの問い掛けに男性はフードを取り、その姿を晒した。

 

 

(ん? この人見たことあるぞ)

 

 

 見た記憶はあるが、どうにも朧げでよく思い出せない。少なくともごく最近である事は間違いない。

 

 彼が思い出すよりも先に男が丁寧に答えてくれた。

 

 

「会うのはこれで2度目でございますが、こうして正式に言葉を交わし、自己紹介をするのは今回が初めてで御座いますね。私、ローブル聖王国貴族のカスポンド・べサーレスと申します。知っての通り、カルカ・べサーレス陛下は実の妹であり、故に私は王族出身の貴族でございます。今回は折り入って御相談があってお忍びで参りました」

 

 

 モモンは漸く思い出した。

 

 

(あーー‼︎ 式典に居た人だ! そう言えば聖王女のお兄さんって言ってたっけ。でも、なんでそんな人が俺に?)

 

 

 モモンが疑問を口にするよりも先にカスポンドが周りに人がいない事を確認した後、神妙な面持ちで口を開いた。

 

 

「聖王国南部で蔓延る……悪党退治を依頼したいのです」

 

「南部? 悪党退治?」

 

 

 アダマンタイト級冒険者初の依頼が始まる。

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