コロナ感染でダウンして、治った後も後遺症酷いですが私は生きてます。
「コロナなんて罹ったモン勝ち」なんていう輩もいますがアレは罹るようなモンじゃ無いです。
◇
時間は数時間ほど前…モモンが儀礼を終えたばかりの頃まで遡る。
儀礼中、突如倒れ気を失ってしまった聖王女カルカ・べサーレスは王城内の一室にて床に就き養生していた。部屋の中には侍者の他に聖騎士団長のレメディオス・カストディオともう1人、カルカの実の兄であるカスポンド・べサーレスも居た。
「大事御座いませんか?」
既に目を覚ましベッドの上から体を起こしている彼女にカスポンドは一貴族として容態を案じる。
「えぇ。今はもう大丈夫です」
「それは重畳。されど油断は禁物で御座います。恐らく過労による気疲れでしょう」
カルカはその言葉を受けて申し訳なさそうに俯いた。
「周りの皆に迷惑を掛けてしまいました。あの様な場で気を失うなど…なんたる失態」
「気にする事は御座いません。ここ最近色々な事が立て続けに起きましたから」
彼の言う通り、最近の聖王国内外では様々な事柄が起き過ぎていた。
国内税収率と自給率、労働力の著しい減少、治安の悪化、増える国防維持費、南部保守派閥との関係悪化、アベリオン丘陵の亜人部族が徒党を組み軍を招集、それと入れ替わる様な形で現れた1万に匹敵するアンデッドの大群勢の出現、滅多に現れなかったギガントバジリスクの出現、『十傑』の1人である〝豪王〟バザーの討伐、『九色』2人の引退、聖王国史上初となるアダマンタイト級冒険者の誕生など悩ましい問題から心が晴れるような明るい話題などが挙がる。
覚悟の上で国の最高責任者の座に就いたとは言え、カルカの心身の疲労は計り知れないものである。寧ろ、今日までよく倒れなかったと褒めるべきだとカスポンドは思った。
「カスポンド殿の言うとおりですカルカ様‼︎ 多少休んでいても罰は当たりません‼︎ 仮にそのような輩が現れるようならば、この私が斬り伏せてご覧に入れましょう‼︎」
レメディオスの声が室内に響く。
思わずカルカとカスポンドは互いに顔を合わせて苦笑いを浮かべた。彼女の裏表の無い実直な性格はカルカの心の拠り所となっている為、カスポンドとしては感謝しか無い。そのせいで苦労も多いがそんなことは今更だろう。
「カストディオ団長殿の言うことも尤もです。今はゆっくり養生なさって下さい」
「…はい」
カルカの体調に大事は無かったが、あのような場で気を失い倒れたことを気に病んでいた。特にあの場にはカルカに不満を抱く南部貴族たちも集っていたのだ。余計な弱味を彼らに見せてしまった事で、今後の聖王国の運営に何かしらの支障が出る可能性がある。
カスポンドはそんな彼女の心情を察していた。
王と貴族という立場以前に2人は兄妹なのだ。傷心の実の妹を責めようなどは思っていない。寧ろ申し訳ないと言う気持ちの方が強い。
(私が王になる才能が無かったばかりに…過酷な運命を背負わせてしまった。裏工作を講じられない妹に譲ったのは間違いだっただろうか…)
本来なら古来の慣わしに従い兄であるカスポンドが先代に代わる新たな『聖王』となる筈であった。彼は決して無能では無い。逆に優秀な才覚を持っていると言っても良いほどであり、温厚で慈悲深い性格をしている。しかし、より優秀な妹には勝てないと彼自身が察したのだ。その為、彼は裏でできる限り妹を支えながら貴族社会で生きていく事を決めた。自身よりも遥かに優秀で、王としての素質もある妹に任せた方がこの国の為に良いと判断して王位継承権を自ら放棄したのだ。
王位継承権を持つ優秀な人物が複数存在するという事は其々を支持する派閥が生まれ、敵対する派閥同士による争い事が生まれてしまう。カルカとカスポンドの2人も例外では無かった。しかし、兄のカスポンドが王位継承権を自ら放棄した為、国を二分しかねない内戦を回避する事が出来たと言っても良い。
賢明な判断と言えるが、問題が起きなかったわけでも無い。
前例の無い女性の聖王よりも男系長子であるカスポンドこそ次期聖王に相応しいとする保守派の貴族や国民たちが反発の意を示したのだ。しかし、肝心のまつり上げる対象であるカスポンド自身が血族同士の争いを嫌っており、王位に立つ気も無いのだ。これでは武器を取ってカルカを推挙する敵対派閥と戦うのは難しい。そもそも先代聖王と神殿勢力からの強い後ろ盾がカルカにはあり、カスポンドには無かったのも内戦が起きなかった要因の一つとも言える。
こうして史上初の『聖王女』が誕生したのだが、そのお陰で保守派の多い南部の貴族たちからの敵意を買ってしまったのだ。アベリオン丘陵の亜人部族達との争い、増え続ける徴兵動員、疲弊する民達、不足する人材と物資…加えて保守派閥からの反発と妨害工作など、何枚もの板挟みに遭っているカルカは間違いなく精神的に疲弊していた。
(カストディオ姉妹の武威により何とか自身の権威と両派閥の均衡は保たれているが、いつ何がきっかけで崩れてもおかしく無い)
主に南部で活動しているカスポンドの大まかな役割は南部と北部…つまり聖王女派閥と保守派閥との調整役である。彼も色々と板挟みに遭う事も多いが過酷な貴族社会を生き抜いてきた彼の手腕は本物だ。
カルカはあまりにも真っ直ぐ過ぎる。カスポンドも遠回しではあるが彼女をサポートはしている。しかし、それにも限界はある。
(決め手に欠けたままでは不味い…『十傑』の1人を討ち倒したのは僥倖だ。アベリオン丘陵は再び落ち着きを見せつつある。ほんの一時でしかないだろうが、国内問題へ傾注出来る機会だ)
彼女の聖王国統治に於ける何かしら大きな功績を上げなければならない。カスポンドは侍者へ部屋から出るよう促した後に口を開いた。
「陛下。お疲れのところ申し訳ございませんが、申し上げたき儀が御座います」
「はい、なんでしょう?」
「南部の情勢についてです…」
その言葉を聞いただけでカルカの目線は細くなり、明らかな不安と不快感が現れる。当然これはカスポンドへ向けたものでは無い。
カスポンドも報告する中身なだけに本来ならば日を改めて場を設ける必要があるのだろうが、こちらの状況を察したカルカはそのまま話を続けさせる。この様な事態に備えてこの部屋を含め、王城内には防音効果のあるマジックアイテムを設置している部屋が複数存在している。
「南部に於いて実態を掴みきれていない犯罪が多数発生しております。窃盗や盗難と言った小さな犯罪から誘拐、人身売買など多岐に亘ります。無論、警備隊の増強や巡廻の時間を増やすなどの対応をしてはおりますが、どうにも此方が動くよりも前に逃げられてしまう事が多く、捕まえたとしても殆どが使い捨ての小物ばかりで、無罪放免として釈放される者も少なくありません」
悲痛な表情でカスポンドの話を真剣に耳を傾けるカルカと、その傍らではギリリと歯噛みして怒りを隠すでもなく露わにするレメディオス。
色々と言いたい事はあるのだろうが、カスポンドは話を続けた。
「中でも酷いのは麻薬の蔓延です」
「麻薬…!」
カルカは目を見開いて驚いた。
流石にそのような危険なシロモノまで聖王国内で蔓延しているとは想像すらしていなかった。
「浮浪者やならず者が犇めく治安の悪い下町を中心に蔓延しているようで。麻薬を売り捌き、それが一般の民達の日常にまで浸透しつつある状況です。懸命に麻薬の押収などの対応はしておりますが、正直に申し上げますとイタチごっこも同然でキリがありません。麻薬の売買をしていた浮浪者から出所を探ってはいますが……状況は芳しくありません。出所を巧妙に隠しているようです」
「あぁ…なんと嘆かわしい事でしょう」
「加えて…明確な証拠はありませんが、南部の冒険者組合とそれに属する冒険者達も、犯罪に一役買っているとの情報も…」
「……頭が痛くなる話ばかりですね」
額に手を当て項垂れるカルカを見て、カスポンドは心中を察した。
一難去ってまた一難。彼女の心労を考えるとこの様な時に話すべきでは無いかも知れないが、手遅れになる前に対処する必要がある為、そうも言っていられない。
それにもう一つ懸念すべき事がある。
「実は…数名の南部貴族がこの麻薬騒動に関わっている可能性が浮上しました。しかし、任意での聴取を彼らは拒否した為、執政官立ち合いのもと半強制的に聴取を行うとしましたが…十分な調査も無く無罪放免と相成りました」
「ふざけるなァ!!!」
レメディオスは怒りの形相で近くの壁に拳を叩きつける。壁は見事に凹んでしまっていた。
「何故厳正に調査しないのだ!? 正義の名の下に真実を明らかにし悪を罰するべきではないのか‼︎」
彼女の収まり切れない怒りが爆発する。周りの物に当たり散らすのはいただけないが、彼女の気持ちはカルカも同意である。
「落ち着いて、レメディオス。先ずは彼の話を聞きましょう」
「……はい」
流石の彼女も怒りをぶつけるべき相手はカスポンドでは無いことは理解している。カルカに諌められ何とか怒りを抑えた彼女は身を引いた。
「ありがとうございます。先ず南部で起きているコレらの問題は、明らかに組織的なモノである可能性が高いです。それもかなりの規模です。少なくとも南部の司法、行政、恐らく商業に至るまで様々な業界までその魔の手は伸びていると考えるべきでしょう」
「既にそこまで……今の今まで気が付きませんでした」
カルカは露骨にショックを受けている。自分の統治が中々上手くいっていない事は理解してはいたが、ここまで謎の犯罪組織による侵食を許していたとは思ってもいなかった。
「無理もありません。私も関与の疑いのある貴族達が不当に無罪と判決されるまでは、つまらないゴロツキが組織化した程度にしか受け止めておりませんでした」
「…どこから手をつけるべきでしょう。単純に警備体制を強化したところで、犯罪組織と癒着している者達が証拠などを揉み消してしまうのは明白です」
「やはりここはカルカ様自らが動いて悪党どもとそれに手を貸す裏切り者どもを断罪すべきかと思います」
自信満々で間に入るレメディオスに対しカスポンドは冷静に首を横に振る。
「それは剣呑でございますカストディオ団長殿。ただでさえ折り合いの悪い南部貴族を中心とする保守派閥に、政治的仇敵と言っても過言ではない陛下を前面に出してしまったら、一層強く反発してくる事は必定でございます。失礼ながら…〝横暴だ〟何だと声高々に叫びながら陛下へ反旗を翻す可能性もございます。最悪、聖王国が二分するキッカケとなるやも知れません」
「うぐぐ…その時は私が1人残らず斬り伏──」
「其は本末転倒。もしくは国内の動乱を絶好の機会とばかりにアベリオン丘陵の亜人部族がこぞって雪崩込む事でしょう。要塞線の管轄は北部である為、南部がそう簡単に手を貸すとは思えません。国力が弱体化する事など目に見えているのに犯罪組織と手を組むような連中ですぞ。寧ろ、仇敵を背後から攻め込んでくれる者として手を組む可能性さえあります。そうなれば夥しい数の民草が命を落とすことになりましょう。無論、貴女様の実力を疑う訳ではございません」
「む、むぐぐぐ……」
カスポンドから下手にカルカを表立って動かせない旨を冷静に説明を受けたレメディオスは、単純な武力だけではどうしようもない問題で、要するに何も出来ない事を無理矢理理解させられた。歯軋りして怒りに肩を震わせながら両拳をミシミシと握る。
「だ、だがこのまま手を拱いているわけにはいかんぞ!」
「分かっているわ。要は出来るだけ騒ぎにならないよう穏便に事態の解決を進めれば良いのよ」
「なるほど‼︎ 流石はカルカ様‼︎ ならば隠密行動に長けた者を使えば良いのですね!」
「え、えぇ…まぁそういう事です」
カルカは理解力に乏しいレメディオスの為、今後どうすれば良いのかを簡単に説明した。しかし、やはり何処かズレた認識をしているらしく、「なら話は簡単だ」と言わんばかりに自信に満ちた顔をしている。
下手に彼女が暴走する前にカスポンドが話を続けた。
「実を申し上げますと、この話は既にケラルト殿へ伝えております」
「……ケラルトに?」
「むう? カスポンド殿、それは幾ら貴方とは言え無礼ではないか。いの一番に主君たるカルカ様へ報告するのが当然ではないのか?」
レメディオスの不満は尤もだ。
国の一大事となり得る事案の報告を、主君ではなく配下であるケラルトにのみ伝えていたのだ。普通であれば先に主君であるカルカへ伝えるべきであり、カスポンドの行動は主君を軽んじていると言われても仕方のない事である。
しかし、これには当然理由がある。
「レメディオス団長殿の仰せごもっともでございます。しかし、例の犯罪組織の息が掛かった者が北部に居ないとは限りません」
「か、我々が奴らと繋がりがあると言いたいのかッ!?」
「違います。レメディオス、貴女は少し黙ってて」
このままでは話が進まない。
カルカはやや強い口調で彼女を黙らせた。
「最初に此方が動くよりも前に連中は逃げていた、と申しましたね。アレは麻薬の取り締まりも例外ではありません。それは──」
「内通者が居る、と言うのですね」
「はい、そう考えるのが妥当かと」
つまりは犯罪組織に此方の動きが筒抜けになってしまう可能性が高い為、迂闊に伝令や手紙などのやり取りが出来ないのだ。確実な方法は直接出向いて伝えると言う何とも手間暇の掛かる方法なのだ。あとは信頼に足る人物へ言伝を頼むという手段もあるが、例の犯罪組織との繋がりを虱潰しに調べる時間はハッキリ言って無い。
南部に居を構えているカスポンドは北部とやり取りを行う際、否が応でも手紙や伝令などに頼らざるを得ない。〈
式典の為、首都へ訪れたカスポンドは幸運にもケラルトに会うことが出来た。その際に南部の状況について一通り伝えると、彼女は南部に蔓延る謎の犯罪組織の調査を隠密行動に長けた信頼出来る者達に依頼すると応えてくれた。
式典で彼女が居なかったのはその為である。
「実は陛下にお伝えしたい事がもう一つ…昨今の状況を垣間見た結果、陛下にもお伝えした方が良いと判断しました」
「何でしょう? 分かっているとは思うけれど、幾ら私でも南部情勢を無視してまで押し通せる事には限度がありますが…」
カスポンドはひと呼吸置いてから話を続けた。
正直、この話をした後の彼女の反応が少し怖いのだ。下手したらまた卒倒しかねない。
「アダマンタイト級冒険者へ昇格した『漆黒』のモモン殿を暫くの間、南部へお送りしたいと考えております」
「ッ!? そ、それは…‼︎」
思わぬ人物の名前が出てきた事でカルカはベッドから立ち上がってしまった。明らかに動揺しているがそれも無理もない話である。既に一部の者には周知の事実であるがカルカに恋心を抱かせてしまっているのだ。そんな彼が同じ聖王国内とは言え、自身の影響力が乏しい南部へ行ってしまうのは許容し難い事態と言っても過言では無い。
主君の意外な反応にレメディオスもギョッとしてしまい、その視線に気付いたカルカは何とか心を鎮めて静かに座り直した。
「ご、ごめんなさい…つい」
「いえ、お気になさらず」
「……一応聞きますが、彼を南部へ派遣する目的は言わずもがな、謎の犯罪組織に関わる事ですよね?」
「はい。巧妙に隠れている犯罪組織を炙り出す為に、モモン殿を利用するのです。聖王国史上初となるアダマンタイト級冒険者を〝利用する〟と言うのは些か気が引けますが、事は国の安寧に関わります」
「なるほど。貴方の狙いは良くわかりました」
カルカとて想い人が自身の手の及ばない危険な場所へ赴かせたくなど無い。彼女は心が引き裂かれる様な思いに駆られるが、国政と私情は完全に別として捉えていかなければならないのだ。この切り替えの早さも彼女の強さと言えるのかも知れない。
「い、一体何が分かったのですか、カルカ様?」
案の定、レメディオスは理解出来ていない。
果たして此処で彼女に伝えるべきかどうか少し迷うところではあるが、既にここまで話を聞いた以上は下手にはぐらかすと却って彼女による悪意の無い不測の事態が起きかねないので、カルカは優しく、そして出来るだけ分かり易く説明をした。
「南部に一石を投じるのです」
「一石? 石を投げるのですか?」
思わず「はぁ?」と言いたくなる気持ちをカスポンドは抑える。彼女はふざけてなどいない。純粋に疑問を投げ返してきたに過ぎないのだ。
不敬ながらも主君の心労を察したカスポンドがここから説明を始めた。
「飽くまで例えです。具体的に言うと、モモン殿を何かしらの理由…つまり依頼を受けて頂き、南部で活動して頂くのです」
「むう? つまり『犯罪組織の調査』を依頼するということ…なのか?」
レメディオスは頭を傾げながら呟くが、カスポンドは首を左右に振る。
「それでは彼が聖王女派閥に属する何者かによって遣わされたと認識されてしまいます。例えば『某貴族の館の護衛』や『街の治安維持』など、適当……と言えば失礼かと思いますが内容は何でも良いのです。あげた2つの例ですが、南部の治安はアベリオン丘陵の亜人部族との争いで疲弊している北部と比べても残念ながら治安は悪いです。それに貴族が自身の財産を守る為、冒険者を護衛として依頼する事は珍しくありません」
「…だが、それが何故一石を投じる事につながるのだ?」
眉間に皺を寄せて必死に整理しようとしている彼女を見て、下手に長くは話せないとカスポンドは察した。
「『アダマンタイト級冒険者』と言う存在は国威にも関わる存在である事はカストディオ団長殿も重々承知でしょう? 聖王国史上初のアダマンタイト級冒険者誕生という一大事が南部全域に拡がるのに時間は掛からないでしょう。そんな人物が南部へやって来る…そうなると犯罪組織はどのように動くと思いますか?」
カスポンドの問いにレメディオスは暫く腕を組んで考えた。
「うーん……バレない様に隠れたり、活動を控えたりする?」
カスポンドは珍しく自信なさげに答える彼女に否定せず頷いてみせた。
「確かに。それで僅かな動きの変化を見抜き、隠れた敵を見つけるという手も考えられるでしょう。ですが、それだけではありません。恐らく連中はモモン殿に勧誘と言うカタチで接触してくるでしょう」
「何だと!? それは…ま、不味いのではないか?」
「勿論、モモン殿には勧誘を受けさせるつもりは御座いません。要するに囮として活用し、連中の実態を探ろうというワケなのです」
南部の冒険者組合に属している冒険者達の内の幾つかが例の犯罪組織に加担している可能性が高いという報告が上がっている。中にはミスリル級もいるのではないかという話も出てきている程だ。ここまで勢力的に冒険者組合にまで浸透してくるとなれば、聖王国史上初のアダマンタイト級冒険者を彼らが放っておくはずも無い。アダマンタイト級という称号により得られる恩恵は凄まじい。連中としてはなるべく早くモモンと接触したいだろう。アダマンタイト級冒険者という戦力もさることながら、様々な業界や貴族社会、政商、政府との人脈構築に非常に役に立つ。
アダマンタイトになって日が浅いうちに是が非でも欲しいはず。
「陛下、ご許可を頂きたく」
カルカは顎に手を当てて思案し答えた。
「分かりました。国内を蝕む犯罪組織の駆逐は早急に取り掛からなければなりません。『弱き民に救いを、誰も泣かない国を』…必ず成し遂げる為にも」
◇
「……なるほど。事情は察しました。要するに囮捜査の様なものですね」
「理解が早くて助かります。アダマンタイト級へ昇級したばかりである貴方にこの様な依頼を出してしまった事は誠に心苦しく思います。ですが何卒、この国の平和と安寧の為に……」
時は戻って首都ホバンスの高級宿屋の個室で、モモンとカスポンドは南部で蔓延っている犯罪組織の話をしていた。そして、モモンには『偽装依頼』を受けて貰い、その最中に連中と接触してほしい旨を伝えたのだ。
(なんかたっちさんが好きそうなシチュエーションだなぁ。でも、南部ってそんなにやばい事になってたのか…魅力的な所も無かったしあんまり行きたくないんだけど、アダマンタイト級冒険者になったからには協力しないわけにはいかないかぁ)
正直、いつぞや起きた冒険者組合での騒動がキッカケで自然と南部聖王国へ行くのが億劫になっていた。偏見もいいところだがやはり第一印象は大事だし、あんな連中をミスリル級にしている組合にも問題がありそうだ。
(でも、状況を聞くとこのままじゃ北部にまで連中は侵食して来そうだし、見て見ぬ振りは出来ない。やっぱり此処は──)
「つかぬ事をお伺いしますが、モモン殿は冒険者として国外へ赴きたいというご希望があるとか?」
「え?」
カスポンドの言葉にモモンは一瞬思考が止まった。別にバレたからどうという事は無いのだろうが、何故ほぼ初対面と言っても良い彼が自分が今抱えている切実な悩みを知っているのかと言う疑問が過った。
「確かに本来は国の垣根など関係無く活動するのが『冒険者』です。従ってモモン殿が鬱屈を抱えながらも我々の事情を案じて聖王国内に縛られ続けるのは、我々としても非常に心苦しく思います」
申し訳無さそうな表情で頭を下げる彼にモモンは「そんなことは無いです」とは言えなかった。普通なら建前として相手を不快にさせないよう気を配る必要があるのだろう。しかし、モモンとしては「国外へも出掛けたい」と今まで言えなかった分、ストレスも溜まっていた。流石に精神安定化の効果で大爆発する様な事は無いかもしれないが、このまま本音が伝わらなければ互いの為にもならない。
モモンはコレが千載一遇の機会と踏み、批判覚悟で口を開いた。
「すみません……本当なら私の口からキチンと伝えようとは思っていたのですが、お手を煩わせてしまったようで」
「いえいえ、とんでもないことです! 我々は今までずっと貴方に甘えてきていました。ならば、我々も微細ながら貴方の想いに応えるのがスジというものです」
「では、許可して頂けると?」
少し身を乗り出して聞いて来るモモンに対し、カスポンドは頷く。
「直ぐにとは参りませんが、もし貴方様が今回の依頼を受けて頂けるのであれば、依頼完遂後には私が国へ便宜を図り、必ずやモモン殿の希望に応える事が出来るよう尽力させて頂きます」
モモンは俄然やる気が出てきた。
つまり今回の依頼をこなせば『自由』が手に入るも同然なのだ。この世界へ迷い込んで以降、待ちに待った『冒険』が出来る。そんな期待に胸を膨らませずにはいられなかった。
(多分、働き掛けてくれたのはパベルさんだろう。ふふふふ、やっぱり持つべき者は友達だな!)
モモンとカスポンドは固い握手を交わす。彼はカスポンドの特命とも言える依頼を受ける事を決めた。何なら自分1人で犯罪組織を壊滅させても良いとすら考えている。
「具体的にどうすれば?」
「私の息の掛かった有力貴族の護衛と言う事にして、一度南部要所のデボネという都市へ赴いて貰います。著しく治安が悪化している南部では冒険者に館の警備や護衛を依頼するのは珍しくも何ともありません。その貴族の領地はなかなかの郊外で耕作地帯が広がっているのですが、情報によれば妙なゴロツキが彷徨いているらしいです。彼の与り知らぬ所で何やら良からぬことを企んでいるのではないか、と踏んでおります」
「なるほど。護衛や警備の範囲内であれば行動に制限は?」
「特にありませんが、あまり不自然な動きは控えて頂きたく思います」
「偶発的な戦闘は?」
「……お任せします。が、出来れば生きたまま捕らえて頂きたいです」
その後、カスポンドは部屋を後にした更に数日後、モモンへ南部貴族からの指名依頼で館の警備とその貴族自身の護衛を受ける事となった。
アダマンタイト級冒険者として最初の仕事と言う事もあり、組合から出る時は盛大な見送りを受ける事になってしまった。また、アダマンタイト級となればその依頼料もオリハルコン級以下の比では無く、思わず目玉が飛び出る位の高さだったと言う。
(あんな金をポンと出せるって……これから来るかも知らない指名依頼は貴族や政商クラスになるのかぁ……疲れる)
これから自分の今生を賭けたと言っても良い依頼へ赴くと言うのにテンションが下がってしまった。
「そう言えば、王国や帝国にも今の自分と同じアダマンタイト級冒険者が居るんだっけか。もし何処かで逢えたなら色々と話を聞いてみたいなぁ。アダマンタイト級ならではの悩みとかさ」
まだ見ぬ同級同業者との出逢いにちょっとした期待を抱きながら、彼は組合を後にした。
カスポンドとカルカの絡みってどうすれば良いのか分からないから
取り敢えずは君臣の関係として書かせてもらいました。