Holy Kingdom Story   作:ゲソポタミア文明

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非常に長らくお待たせしてしまい大変申し訳ございませんでした。

一年以上も空けてしまいましたが投稿再開します。

ブランクもありますし、相変わらず不定期投稿ではございますが改めてよろしくお願い申し上げます。


第27話 南部へ伸びる八本指

バハルス帝国帝都アーウィンタールは皇城のとある豪華絢爛な一室にて皇帝ジルクニフは長椅子に凭れ掛かりながら一枚の報告書に目を通していた。

 

 

「ふむ。この報告が本当なら、モモンは私が想像していた以上の人物だったという事になるな」

 

 

薄ら笑みを浮かべるジルクニフの傍に居たフールーダが小さく頷く。

 

 

「幾重も裏は取れております。まず間違い御座いません。しかし、私もこの情報を耳にした時は大変驚きましたぞ、陛下」

 

 

ジルクニフが手にしていた報告書は冒険者『漆黒』のモモンに関する報告書である。彼は極秘裏にモモンの情報を集めるようフールーダに指示を出しており、その報告書に目を通していた。

 

 

「爺の経験から見ても此奴はやはり異例なのか?」

 

「……僅か半年でアダマンタイト級へ昇格した者など、少なくとも私の経験上は見たことも聞いたことも御座いません」

 

 

 フールーダはジルクニフから報告書を受け取り、改めてその中身へ目を通す。その中でも突飛した内容が2つ…。

 

 

─ギガント・バジリスクの単独討伐─

─〝豪王〟バザーを一騎討ちにて撃退─

 

 

〝豪王〟の詳細は不明だが実力は人間でいう『英雄級』に相当する実力者らしく、ギガント・バジリスクに至っては難度90に匹敵する伝説級のモンスターだ。無論、対策次第で何とかならない相手ではないが、問題なのはコレらを単独で成し遂げた事である。

 

この情報を耳にした時のフールーダは、またしても強力なマジックアイテムを使ったのかと心身ともに昂ったのだが、純粋な近接戦闘のみで倒したのだからまた別の意味で驚嘆していた。

 

 

「フフフ、俄然興味が湧いてきたぞ」

 

 

一方、ジルクニフはとても上機嫌だ。

 

単純に一人の男として、英雄への憧れが無いと言えば嘘になるが、それ以上にモモンの実力がより一層未知数となった事による好奇心もある。そして、そんな前代未聞の英雄級…恐らくフールーダのような『逸脱者』の可能性だって有り得る。もしそうなら聖王国は元より周辺諸国も黙ってはいないだろう。無論、その中には帝国も入っているが、汚職で腐り切った王国の様に下卑た考えは持ち合わせていない。

 

 

(ここは公式に祝いの手紙を聖王国へ送るべきだろう。“皇帝ジルクニフからモモン殿へ賛辞を贈っていたと伝えて頂きたい”、と忘れずに一筆入れる。コレが重要だ)

 

 

他国…特に王国の頭の悪い低俗な貴族共は是が非でも彼の恩恵に与ろうとするだろう。次いで竜王国だが此方は国の存亡が懸かっているため、一概に愚かとは言い難く、寧ろ同情したいくらいだ。彼が義侠心の化身の様な人物と言うのなら可能性は無くはないが、王国も含めて彼を直接的に自国へ引き込むことは聖王国が許しはしないだろう。

 

ここで下手に招待するのは悪手だ。

聖王国に余計な警戒心を抱かれかねない。

 

 

(恐らく法国も動いているだろうが、いかんせん秘密主義の強い国だ。不気味なほど動向が掴めん)

 

 

少なくとも先の2国のような手は使わないはずと、不本意ながらも余計な心配は抱く必要が無いのは良い事だ。

 

 

「そこまで陛下が言うんなら、何もせずただ手を拱いてるだけなんて事はしないでしょう? 実際のところ陛下はどうなさるおつもりで?」

 

 

皇帝であるジルクニフに対し随分砕けた口調で話しかけて来たのは、バハルス帝国が誇る帝国四騎士が一人『雷光』のバジウッド・ペシュメルである。

 

幾ら帝国最強の四人の騎士が一人とは言え、彼の態度は普通に懲罰に値すると言ってもおかしくは無い。だが、ジルクニフはそれを許容している。それは彼が平民の出であり、王族貴族社会の礼儀作法に疎いと言う理由もあるが、その表裏の無い性格がジルクニフの彼に対する強い信頼と信用の証でもある。

 

彼はバジウッドの口調など微塵も気にせず自然体で答えた。

 

 

「ああ。先ずは聖王国へ新たなアダマンタイト級の誕生を祝う親書を送るつもりだ。その中にはモモンへの賛辞の言葉を伝えてほしい旨と贈り物も一緒にな」

 

「贈り物ですか? 手紙はまだ分かりますが、何で贈り物まで用意する必要があるんで? 確かに喜ばれるでしょうけど…」

 

 

ジルクニフはバジウッドの疑問を嫌な顔ひとつせずに答える。

 

 

「先ずは相手に好印象を与える事が大事だ。モモン殿に“帝国は自分をちゃんと評価してくれている”と言う印象をな。贈り物に関してはただの金銭や観賞用の工芸品ではなく、実用性のある高品質な代物を用意する。それで彼の大きな手助けに繋がれる事が出来れば最高だな。彼の我が帝国に対する印象は確実に良くなる。」

 

 

少なくとも悪印象を抱く事はないと一言付け加えると、バジウッドが「なるほど」と頷く。その後、「だが…」とジルクニフの話は続いた。

 

 

「ここで注意しなければならない事は、決して『我が国へ来てほしい』などと言った直接的に彼を招待する様な文言は使わない、という事だ」

 

「あーー、何となくそれは分かる気がしますね。“またか…”って気になりますよそりゃ」

 

 

これにはバジウッドもジルクニフから説明を受ける必要も無く苦笑いを浮かべる。

 

大体の国や貴族からのモモンへ宛てた手紙の内容がそれだからだ。フールーダの調査と帝国と繋がりを持つ王国貴族からの情報で判明しており、実際はもっと上から目線の内容が多かった。『貴公のチカラは我の為にある』や『破格の待遇で仕えさせてやる』と言った内容ばかりなのだ。

 

流石に聖王国も手紙の内容は事前に目を通した上でモモンへ通しているだろうが、大半はその場で破り捨てられるか燃やされているのがオチだ。

 

 

「でも聖王国のカストディオ姉妹ってかなりの切れ者って聞きましたよ。政に関与してる分、陛下の狙いに勘付いて贈り物を無かった事にするかも知れませんよ?」

 

 

バジウッドの言葉にジルクニフは片方の口角を上げる。

 

 

「正確には妹のケラルト・カストディオだがな。それと質問の答えだが、だからこそ贈る意味がある」

 

「は、はい?」

 

「まだ先の話になるが、私が聖王国へ赴いた際、モモンへお目にかかりたい事を伝え、彼に会ったとする。その時、私は“先日貴公へ贈った品物は役立てているか?”と問い掛ける。そこで彼が肯定した返事をするのであれば良い。だが、もしそこで『そんな物は知らない』などと言った、受取っていない趣旨の返答があれば…聖王国に対する不信感が彼の胸中に芽生える」

 

 

ジルクニフは聖王国からモモンを自国へ引き込もうと画策していた。基本的に冒険者組合は国とは関係無い事は承知しているが、聖王国の様に近隣情勢などの影響で国と繋がっている組合もある。その為、聖王国は是が非でもモモンを他国へ取られてしまう様な事態は防ごうとしている。聖王国側の気持ちはジルクニフ自身理解しているつもりではあるがそれを汲むかはまた別である。

 

親書と贈り物が無事彼の元へ届けば帝国に好印象を与え、もし聖王国が妨害工作を仕掛ければ聖王国に対する不信感が芽生える。

 

どちらに転んでもジルクニフの狙い通りに動く算段なのだ。

 

 

「その芽生えた不信感が後々に大樹へ成長し…聖王国を見限る。まぁそこまで上手く事が進むとは思えんが、少なくとも種さえ蒔ければそれで良い」

 

「なるほど。どう転んでも将来的に帝国の利益に通じる布石になる、ですか。いや〜〜本当に陛下は考える事が恐ろしいですね。ちょいと聖王国が可哀想に思えてきましたよ」

 

「フッ。まぁその前に法国あたりが何かしらの動きを見せるだろうが、その時は潔く身を引くつもりだ。彼の国と争った所で良い事など一つも無いからな。さて、爺」

 

「はっ」

 

 

ジルクニフは静かに佇んでいたフールーダへ声を掛ける。

 

 

「早速、モモンへ贈る品物を決めたいのだが、私としては魔化が施された武器防具よりもマジックアイテムが良いと思っているのだが、どうだ?」

 

「仰せご尤もかと。武器や防具は実際に触れて確かめなければ、たとえ魔化された武器であっても相性が悪ければ意味が御座いません。しかし、マジックアイテムであれば物にもよりますが、使い手に関わらず扱える物が多いかと」

 

「ふむ。やはりそうか。では、どのようなマジックアイテムが良いかは四騎士達と爺とで決めてくれ。門外漢の私が決めるよりもずっと良い物を選べるだろうからな」

 

 

ジルクニフは別件の為、部屋を後にする。部屋に残された四騎士達とフールーダの間でモモンへ贈るべき品物について話し合いが行われるのだが、その半分以上がフールーダのマジックアイテム談義になってしまったのは別の話。

 

 

 

 

スレイン法国が最奥。神聖不可侵の部屋にて7人の神官長達が集い円卓を囲っていた。行われている神官長会議の議題は、聖王国へ潜伏している漆黒聖典達からの報告内容についてである。

 

 

「──以上が『一人師団』からの報告内容です」

 

 

土の神官長レイモンの言葉を受けた各神官長達の反応は様々だ。ある者は腕を組んで唸り、ある者は何度も出された報告書へ目を通し、ある者達は隣り合う神官長同士で話を始める。

 

 

「彼らのチカラを軽んじるつもりは無いが…やはり前例が無い以上、俄には信じ難い」

 

「だが漆黒聖典が偽りを報告するとも思えんぞ」

 

「然り。彼らの実力は本物だ」

 

「ふむ……ギガント・バジリスクを単独で討伐、か。我が国で、それほどの偉業を成し遂げる事が出来る者がどれほどいるか…」

 

「それにアベリオン丘陵の『十傑』が一角、〝豪王〟バザーを相手に一騎討ちで勝利を収めたその功績は紛れもなく英雄級そのものであると言って良いだろう」

 

「『漆黒』のモモン。その功績と実力に偽り無し、か?」

 

 

話だけを聞けばモモンの実力は本物であり、法国が人類の守り手という国是を有している以上、新たな英雄の誕生は本来なら喜ばしい事である。しかし、問題もあった。

 

 

「本来であれば、彼を我が国へ直ぐにでも『誘致』するべきなのでしょうが、彼の我々に対する第一印象はあまり芳しくはないでしょう。こればかりは失態…と言うよりは不運という他ありません」

 

 

レイモンの言葉に他の神官長達が唸る。最も隠密行動に長けた『天上天下』が彼に看破されてしまったのだ。事情はあれどコソコソと自身の周りを探られるのは良い心地はしないだろう。

 

 

「アベリオン丘陵で『天上天下』が彼と接触したタイミングが不味かった。山羊人の襲撃中ともなれば我々に対し不信感を抱かれても仕方が無い」

 

「然り。だが彼の実力を測る上では必要な状況であったのも事実だ」

 

「はてさて。どうするべきか」

 

「やはり早期に面識を得るという名目で接触を図るべきでしたか」

 

「それでは却って聖王国に警戒心を抱かれてしまう。後々の彼との接触に支障を来たす様な事に繋がりかねない」

 

「現に今がその支障を来している最中なのだがな」

 

「空いた第九席次を早急に埋めたい所ではあるが……無理強いは悪手が過ぎるな」

 

 

法国は『人類最後の砦』の責務もとい使命を抱えている以上、一人でも多くの英雄達を欲している。その為、貴重な人類の守り手となり得る存在の無駄な消耗は避けたいのが本心だ。

 

 

(ガゼフ・ストロノーフ暗殺失敗のような事態にならないと良いのだが…)

 

 

ガゼフ・ストロノーフは周辺諸国最強と謳われる王国の戦士長である。無論、その実力は本物で、数年前の王国で開かれた御前試合で優勝し、その強さを示した。その後、元アダマンタイト級冒険者のローファンより剣の指南を受け、やがて国王の懐刀である戦士長に任命された人物だ。しかし、今の王国は王族派と貴族派に二分されていて国としての纏まりがほぼ無い状態であるが、一番の問題は最大の犯罪組織『八本指』をのさばらせている事である。それも一部の王族と貴族派閥と強い繋がりを構築している為、それを利用した麻薬の流通は特に酷い。

 

この弊害は王国内のみならず帝国にまで及び、やがては他の近隣諸国にまでその魔の手を伸ばすだろう。

 

 

(ガゼフ・ストロノーフそのものはとても誠実な男だが…実に勿体無い)

 

 

今の王国は腐り切った果実だ。早急に摘み取らなければ他の果実に悪影響を与えかねない。

 

故に法国はガゼフ・ストロノーフ暗殺計画を企てた。

 

王国がガゼフという最高戦力を失えば、戦力が著しく低下するのは明白である。そうなれば、後は帝国を焚き付けて王国を攻め落とさせ、王国は全て帝国領となり時の皇帝に統治してもらう。

 

 

(腐敗した王国に比べ、現バハルス帝国の皇帝は優秀だ。彼だけではなく、その周りの高官や将兵達は勿論…なにより『逸脱者』フールーダ・パラダインがいる)

 

 

しかし、かの皇帝が『鮮血帝』と呼ばれるに至った経緯は知っている。権力闘争の邪魔となる兄弟と無能な貴族達への大粛清の結果、統制を阻む者が消えた分、深刻な人手不足に陥っている。故に現皇帝には更に苦労を掛けることになるだろうが、王国があのまま肥沃な土地に無駄に居座るより遥かにマシだ。申し訳無いがこれも人類のためだと彼には粉骨砕身の精神で取り組んで貰う他無かった。

 

 

(尤も、計画は既に破綻してしまったが……クソッ、ズーラーノーンどもめ)

 

 

アベリオン丘陵で発生した1万を超えるアンデッドの大量発生。その原因は秘密結社『ズーラーノーン』の十二高弟の一人が儀式魔法を行った事によるものであると法国上層部らは結論付けている。そして、そのアンデッドの大群から現れた伝説級アンデッドの『デスナイト』の出現によりガゼフ・ストロノーフ暗殺計画は完全に御破算となった。

 

 

(対集団・対殲滅に特化した魔法戦闘部隊たる『陽光聖典』が全滅する事態などデスナイト以外考えられん。なにより最高位天使を使用したとなれば尚更だ)

 

 

法国が誇る特殊部隊である『六色聖典』――その中で最も対外実行作戦を主任務とする陽光聖典を失ったのは余りにも大きな損失だった。

 

これにより人類の領域内に潜む亜人種の間引きが満足に行えなくなってしまっただけでなく、現在ビーストマンの国による侵略を受け、国家存亡の危機に瀕している竜王国への定期的な増援も難しい状況となってしまった。

 

 

(陽光聖典の再編成が完了するまでは、竜王国への増援は火滅聖典から何人か引き抜いて対応する他あるまい)

 

 

レイモンは他の神官長達が談合する光景を眺める。未だ会議はモモンへの対応を今後どうするべきかでああでもないこうでもないと意見や提案が飛び交っている。

 

 

「皆さん。申すに及ばない事とは存じますが、今一度再確認の為に……現在、法国はモモン殿の件も含め、あまり悠長な事はしていられない状況にあります」

 

 

神官長達の視線が一斉にレイモンへと集まる。彼の言葉に誰一人として口を挟んだり反論をしようとするものはいない。 

 

 

「改めて状況を一つずつ整理していきましょう」

 

 

その言葉に皆が頷き、各々が担当している問題に一人ずつ神官長達が答えていく。

 

 

「陽光聖典の再編成は、急遽ではあるが次期隊員候補生から割り当てるつもりだ。だが、一人二人の穴埋めならともかく、0からの編成となれば直ぐには揃えられん。優秀な候補生でも加入条件を満たせていない者が殆どな状況だ。訓練内容の改良も図ってはいるが、どうしても時間は掛かる。特に隊長を務めていたニグン・グリッド・ルーインに匹敵する代わりを揃えるのは…期待しないで頂きたいとだけ伝えておこう」

 

 

陽光聖典の再編成問題を担当している風の神官長ドミニク・イーレ・パルトゥーシュは、彼自身もかつては陽光聖典に所属していた。その経緯もあり今回の問題に対処しているのだが、この場の神官長達の中で特に異種族に対する敵意が強い分、陽光聖典が全滅してしまったという問題には腸が煮え繰り返る程の怒りを抱いている。

 

 

「やむを得ません。隊長、副隊長を除く隊員の加入条件の一部簡略化を図りましょう。第三位階の信仰系魔法の習得を、第二位階まで下げるなど……個々の質はどうしても落ちるでしょうが、その分、数を増やし、隊の連携能力の向上に取り組むべきです」

 

「ゴブリンやオーガが相手ならともかく、竜王国への支援……ビーストマンが相手となると難しいと言わざるを得ん」

 

「竜王国への支援要請には火滅聖典から幾人かを向かわせようと思いますが、ベレニスはどう思いますか?」

 

 

レイモンの問い掛けに火の神官長にして紅一点のベレニス・ナグア・サンティニが顎に手を当て思案しながら答える。

 

 

「確かにエルフ王国との戦況は、油断出来ない状況なのは変わりないけれど、比較的優勢に事は進んでいるわ。()()()はまだ出て来ていないようだし、強い個体も最初と比べて数が圧倒的に少なくもなっているから、何名か前線から下げること自体は可能ね。流石に陽光聖典ほどの規模は送れないけれど」

 

「それで結構です。ありがとうございます。現地の将軍達の意見も交えて詳細な人数を決めましょう」

 

 

法国が竜王国に対しここまで熱心に支援要請に応えている要因は、人類の守り手という立場もそうだが、それ以上に彼の国がビーストマンの国との緩衝地帯の役割を担っているからである。当の竜王国側からすれば堪ったものではない。それでも法国が自国を見捨てずに支援してくれているのは人類の守り手としての責務故と受け止めている者が大半である。

 

実際、その認識は間違いではないが、竜王国がビーストマンによって攻め落とされた場合、その脅威は法国へ向けられる可能性がある。

 

 

(水明聖典の報告によれば、ビーストマンはここ十数年の間にその数を爆発的に増やしていると聞く。奴らの食糧事情と繁殖能力を加味すれば、竜王国で進軍が止まるとは到底思えん)

 

 

仮に止まったとしてもそれはほんの一時だけ。また人口過密と食糧危機に陥るようであれば彼の国は際限無くその狩場を広げるだろう。

 

それに法国は未だエルフの国と戦争状態にある。戦況が優勢とは言え、未だエルフの王は動かず、そして健在である。楽観は出来ない。

 

 

(エルフの王…デケム・ホウガンの力は未知数。少なくとも『逸脱者』の領域には到達しているだろう)

 

 

たった一人の強者で戦場は右にも左にも動く場合がある。エルフの国の王都まであと一歩の所まで迫っても一向にエルフ王が動かないのには何かしらの策謀があると将軍達は予見している。優勢に進めている法国としても慎重にならざるを得ないのだ。

 

故にエルフの国と決着が付くまで、竜王国には何としても持ち堪えて貰わねばならない。

 

 

「次に破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)の調査の件ですが、アベリオン丘陵より北東のトブの大森林を探るべきではないかと考えています。如何でしょうか?」

 

 

レイモンの提案に他の神官長達が互いに目を合わせる。

 

 

「ふむ。レイモンよ、その理由を聞かせてもらいたい」

 

 

丸メガネが特徴の闇の神官長マクシミリアン・オレイオ・ラギエが皆の疑問を代弁して問い掛けた。

 

 

「はい。まず最も懸念のあったアベリオン丘陵ですが、先のアンデッド騒動以降、目立った異常事態の発生が確認されなかったのは風花聖典、水明聖典の調査により確定しています」

 

 

その言葉に風の神官長であるドミニクと水の神官長のジネディーヌが同意の頷きを見せる。

 

 

「漆黒聖典からの報告も加味すると、これ以上の調査は時間の無駄であると考えました。トブの大森林は王国の辺境に位置する広大な森で殆どが手付かずの状態です。さらに『東の巨人』、『西の魔蛇』、そして『南の大魔獣』もとい『森の賢王』が各々の縄張りを張っているとなれば件の竜王もそこで静かに復活の時を待っている可能性がある、と考えられるからです」

 

 

トブの大森林は法国の近隣に存在するエイヴァーシャー大森林にも劣らない広大な森である。そして、その森を有する王国は満足に手を加えていない。故に人類未到にして未知数な森であり、法国としても竜王の件とは別の調査対象でもあった。しかし、エルフ王国との戦争や王国の弱体化工作などにより自然と調査優先度が段々と低くなってしまっていたのだ。

 

 

「なるほど。確かにかの森も未知の領域であるな」

 

「では調査隊は如何する?」

 

「申し訳ないけれど、流石に火滅聖典の隊員を引き抜く事は許容できないわ」

 

 

問題はその危険な調査へ赴くメンバーだが、それもレイモンは既に決めていた。

 

 

「調査隊は引き続き『漆黒聖典』に一任させようと思います。無論、唯一『ケイ・セケ・コゥク』を扱えるカイレ様も同行します」

 

 

 この場にいた数名が僅かに眉を顰めた。

 

 

「再び法国の至宝を国外へ出さねばならぬとは…必要な事であるのは百も承知だが、いやはや」

 

「仕方ありますまい。破滅の竜王といざ相対するとなれば『ケイ・セケ・コゥク』のチカラは必要不可欠となります。アベリオン丘陵の件も含めて、レイモンの判断は間違いでは無い」

 

「然り。それに漆黒聖典が護衛に付いておるのだ。決して不測の事態が起きる事は無い」

 

 

法国の至宝『ケイ・セケ・コゥク』──

それは600年前に突如として降り立ち、人類を亜人族の脅威から救った六柱の神々がこの世に残した最至宝の一つである。白銀の生地に天に昇る龍が金糸で刺繍された異国の服であり、効果は〝精神支配無効化や種族に関係無く、対象を強制的に精神支配する〟という破格のものである。

その価値は文字通り〝世界一つ〟に匹敵し『叡者の額冠』の比ではない。

 

そんな最秘宝を再び国外へ出すことに苦い思いを抱きながらもその必要性は各々理解していた為、概ね賛同を得ることが出来た。レイモンとて昨今の不測の事態が起き続ける情勢の中、『ケイ・セケ・コゥク』を動かすことを躊躇う皆の気持ちはよく理解しているつもりではある。

 

ここまで静観に徹していた最高神官長が両肘を円卓に立てて寄りかかりながら口を開く。

 

 

「うむ、何とか形は成されたか。今尚、法国…いや、人類は厳しい状況下にありますが、皆が心を一にし、奮励努力を尽くせば必ずや救いの兆しが見えることでしょう。かつて六大神が我ら人類を救済してくれたように」

 

 

その言葉に各神官長達が同意の頷きを返した。

 

第九席次の後釜、土の神殿の再建、陽光聖典の再編成、破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)の懸念、竜王国からの再三に渡る支援要請、エルフの国との戦争、ガゼフ・ストロノーフ暗殺失敗……しかし、芳しくない事ばかりが続く中、現れた唯一の吉報もある。

 

ローブル聖王国に彗星の如く現れた新たな英雄『漆黒』のモモンである。彼が冒険者として台頭し始めてからアダマンタイト級へ至るまでの期間は恐ろしい程に早く、飛躍そのものと言って良いくらいだ。しかし、彼は余りにも謎が多過ぎる。

 

 

(今は積極的な彼の調査は控えざるを得ない。しかし、いずれ法国へ招く以上彼の正体はキチンと把握する必要はある。『漆黒』のモモン…彼の登場が我が法国、そして人類の未来の為となる事を祈る他無い)

 

 

そんな想いを胸にレイモン達は今日も安月給の中、激務に励むのであった。

 

 

スレイン法国の某建物内にあるステンドグラスの窓が並ぶ薄暗い廊下を漆黒聖典の隊長が歩いていた。

 

 

(やれやれ、ゆっくり出来る日はいつになれば訪れるのだろう)

 

 

彼は心の中でそう呟き、小さな溜息を吐く。

ここの所は特に十分な休みが取れていない。

 

漆黒聖典の隊長としての仕事は元より、日々の鍛錬、様々な魔法やマジックアイテムの実験、そして、偽装身分としての仕事など多岐に亘る。オマケに今日も朝から国の上層部から「子作りに励め」と催促される始末と来た。最後に関しては正直もう辟易している。身を固めろだの、子供は多い方が良いだの、そのくせ相手は神官長会議で決めるだのと言いたい放題だ。

 

 

(上の方々の気持ちも分からなくはないのですが、だとしても自由がほぼ無いと言うのは流石に嫌気がさしますね)

 

 

法国の上層部がここまで彼の私生活に介入してくるのには理由がある。彼が漆黒聖典の一員にして皆を纏める隊長という役職を有しているのもあるが一番の理由は彼の血筋だ。

 

彼は六大神の血を継ぐ存在の『神人』であるからである。

 

『神人』とは潜在的に強くなれる可能性を有する六大神の血を引く者の中で神の力に目覚めた者の呼称である。現在、法国はその血を覚醒させた者が3人存在し、内2人は漆黒聖典の隊長と番外席次『絶死絶命』の二つ名を持つ彼女である。残りの1人は元神官長で今は補佐役に務めている。

 

法国の切り札的存在であると同時に大きな危険を孕む爆弾のような存在でもある。もし彼らの存在が外部…それも『真なる竜王』の生き残りに知られようものなら即時開戦は必然であり、最悪国を滅ぼしかねない。

 

故に神人の存在は秘匿扱いであり、隊長に偽装身分を与えられている理由でもある。

 

 

「…ん?」

 

 

暫く廊下を歩いていると壁に寄り掛かる人影が目に入った。

 

その人物…彼女の容姿は10代前半の少女で長い髪は片方が白銀、もう片方が漆黒の色をしている。髪と同様瞳の色も左右で異なっている。一言で言えば美しいが、何処となく妖艶な雰囲気を漂わせている。

 

彼女こそ法国最強にして不敗の切り札。漆黒聖典の番外席次『絶死絶命』ことアンティリーネ・ヘラン・フーシェであり、隊長と同じ『神人』の一人でもある。

 

彼女の手にはルビクキューなる六大神が広めた玩具があり、隊長には目もくれずにカチャカチャと弄り続けていた。

 

 

「これ…1面揃えるのは簡単だけど、2面揃えるの難しいよね。アナタはどう? 2面揃えたことある?」

 

「えぇ。私は3面までなら揃えた事があります」

 

 

隊長の言葉にルビクキューを弄るアンティリーネの手が止まる。隊長は直ぐに己の失言に気が付き、ハッとする。疲れが溜まって返答を誤った事に冷汗が皮膚を伝う。

 

 

「……そう。凄いのね」

 

 

そう言うとアンティリーネは再びルビクキューをガチャガチャと弄り始めた。しかし、その手の動きには僅かな苛立ちが垣間見える。これ以上機嫌を損なわせると面倒が増えると確信した隊長は己の油断を諌め、話題を変えようとするも先に話を始めたのは彼女の方だった。

 

 

「最近、神官長達が熱心に会議を開いてるわね。何か面白いことでもあったの?」

 

「報告書は既に届いている筈ですが…?」

 

「読んでない。アナタの口から教えて」

 

 

すっぱりと答える彼女に隊長は内心溜息を吐いた。しかし、不機嫌にさせてしまった手前、彼女の要望通りに最近の出来事を簡潔に伝えた。

 

 

「……そのモモンって人、強いのかな?」

 

 

彼女のルビクキューを弄る手が止まる。今度は苛立ちでは無く単純な興味によるもののようだ。

 

 

「詳細は未だに不明ですが、10,000を超えるアンデッドの殲滅、単独でのギガント・バジリスクの討伐、英雄級に匹敵する〝豪王〟バザーとの一騎打ちで勝利を収める。異例の早さでのアダマンタイト級への昇級も含めて考えても、まず弱くはないでしょう。神官長の各々方は彼を法国へ誘致し、空いた第九席次の穴埋めにしたいとの事です」

 

「そっか。ねぇ?…私とそのモモンどっちが強いと思う?」

 

 

隊長は予め用意していた言葉を返す。

 

 

「貴女ですよ」

 

「そっか……残念、敗北を知れると思ったのに」

 

 

即答した隊長にアンティリーネは少し肩を竦めて、右手を自身の下腹部へそっと当てた。

 

 

「そのモモンが自分に勝てる男なら彼と結婚して子供を産んであげても良いと思ったのに」

 

 

彼女は恍惚とした笑みを浮かべながら下腹部を優しく撫でる。

 

彼女はその複雑な出自と境遇から大分歪んだ性格をしていた。圧倒的強さを持つが故に敗北を望んでいるが、その裏にはその相手が自分よりも強者であるならその人物の子を孕んで更なる強者の母体になる事を渇望している。

 

傍から見れば狂気そのものだが、そうなっても仕方の無い彼女の境遇を考えると哀れみの方が勝る。

 

 

「もし彼が此処へ来るようなら…手合わせしてみたいな」

 

「一応、神官長の方々にはお伺いを立ててみますが、当分先の事になるかとは思いますよ」

 

「そう……」

 

 

彼がこれからトブの大森林へ破滅の竜王の調査へ赴く事など微塵も触れず、「あとは興味無し」と言わんばかりの態度で再びルビクキューを弄り始めた。

 

隊長はその事に不満を抱く事なく彼女へ一礼してその場を後にする。廊下にルビクキューを弄るカチャカチャという音だけが残った。

 

 

ローブル聖王国南部の某所の薄暗い建物の中で一人の益荒男が腕を組みながら事の顛末を傍らの部下数人と共に眺めていた。

 

 

「ほう…噂通りだな」

 

 

益荒男…巨大犯罪組織『八本指』の警備部門の長にして『六腕』最強の男である〝闘鬼〟ゼロが口角を上げて凶悪な笑みを浮かべていた。そんな彼とは反対に他の部下達は驚愕の表情を浮かべる。

 

 

「なんという早業…ッ」

「おいおいマジかよ…」

「とんでもない奴が来たねぇ…」

「むぅ…」

 

 

彼らもゼロと同じ『六腕』のメンバーである。

〝空間斬〟ペシュリアン、〝千殺〟マルムヴィスト、〝踊る三日月刀(シミター)〟エドストレーム、〝不死王〟デイバーノック…そんな一同が目を見開き驚いていた。

 

彼らの前には血の海が広がっていた。そこにフードを被った男が微動だにせず斃れ伏している。袈裟懸けに奔る鋭い傷痕からは今なおドクドクと血が流れ落ちている。この男が既に事切れているのが誰の目から見ても明らかだった。

 

その死体の傍らに佇む一人の男がいた。

男の手にはこの世界では珍しい『刀』が握られており刀身には鮮血が付着している。

 

 

「俺の〈領域〉にお前の不可視化は通用しない。残念だったな」

 

 

そう吐き捨てた男の細身に見える体は相当に鍛え込んでいて鋼のように引き締まっており、身なりは機動力重視で鎖着とズボン、ベルト、ポーション入りポーチを着け、マジックアイテムのネックレスと指輪を装着している。無精髭を蓄え、自分で適当に切ったかの様なボサボサの髪をしており、四方に伸びて纏まりが無いいわゆる蓬髪に近く、特徴的とも言える蒼色をしていた。

 

男はヒュンッと刀を振り、付着した血を飛ばすと腰に備えていた刀鞘へ納刀する。

 

 

「さて、と。俺はアンタらのお眼鏡にかなったかな?」

 

 

蒼髪の男は軽い態度でゼロへ語り掛ける。

 

 

「あぁ。『六腕』最弱とは言え〝幻魔〟サキュロントを討ち倒したのは見事だ。ブレイン・アングラウス…噂に恥じぬ実力だな」

 

 

ゼロは組んでいた腕を解き、ブレインの目の前まで歩み寄る。

 

 

「フッ、面白い男だ。武者修行の為に王国最大の犯罪組織へ与しようとするとはな。傭兵稼業は割に合わんか?」

 

「それなりに実戦の機会はあったが、ここ最近はその相手もピンキリで物足りなさを感じてたんだ。金払いは悪くないんだが、あそこに居続けても俺は強くなれないと悟った。俺はあんな所で燻っていられないんでね」

 

「更なる修羅を求める、か。成程、その強さへの飽くなき貪欲…やはりキサマは俺とよく似ている」

 

 

凶悪に笑うゼロはブレインにかつての自分を重ねていた。ただひたすらに強さだけを求めて己を鍛え、より強い相手、より過酷な環境へ自らを置く。やがてゼロは修羅の道こそ更なる強さを手に入れる為に必要な事なのだと悟り、現在まで歩みを止めずに進み続けてきた。

 

『八本指』などただ便利な立場を利用しているに過ぎない。所詮は足掛かりなのだ。今の環境に満足している連中と自分は違う。やがては周辺諸国最強のガゼフ・ストロノーフを超え、その称号を手に入れる。そして、自分は更なる修羅へその身を置くだろう。

 

この男…ブレイン・アングラウスもそうなのだ。それはやがて自身に相対する運命でもある。

 

 

「じゃあ俺を新しい『六腕』の一人として認めてくれるか?」

 

 

ブレインは既に自分は合格したものと思っているが、ゼロは彼の予想とは真逆の返答をした。

 

 

「いや、まだだ」

 

「はぁ?」

 

 

彼の答えに納得いかないブレインは苛立ちを露わにするが、ゼロは構わず話を続ける。

 

 

「不合格というワケではない。確かにお前の強さは認めている。現役の『六腕』の一人を倒したのだから当然だ」

 

「だったら──」

 

「だが、お前は一つ大事なことを見落としている」

 

いまいちピンと来ないブレインは片眉を上げて怪訝な表情を浮かべる。

 

 

「『信用』だ。今のお前に足りないものは組織からの『信用』なのだ。かつてキサマが所属していた傭兵団では単純な強さだけを求められていたのだろうが、此処ではそれだけでは足りん。キサマは己の有能さを組織に証明せねばならんのだ」

 

 

ブレインは頭をボリボリと掻きながら「なるほど」と口を開く。

 

 

「確かにアンタの言う通りだ。腐っても警備部門のアタマ張ってるだけの事はあるな」

 

「フッ、褒め言葉として受け止めておこう。なに、キサマの実力なら我らの信用を勝ち得るなど造作もなかろう。少なくとも俺はそう思っている」

 

「こりゃまた高く買われたな。ま、売り込んだのは俺なんだが…」

 

「飽くまで今のキサマは『六腕候補筆頭』で仮置きだな」

 

 

そう言うとゼロはポケットへ手を入れ、何かを掴みそれをブレインへ差し出した。掌の上には幾つもの指輪があった。其々が独特な造形をしていたり、色んな宝石が埋め込まれていたそれら全てがマジックアイテムである。

 

それを見たブレインは目を見開いてヒュ〜っと口笛を吹く。

 

 

「期待の新人に対する細やかなプレゼントだ。遠慮無く受け取るが良い」

 

 

ブレインは無数のマジックアイテムとゼロに何度か交互に視線を向けて僅かに片方の口角を上げる。

 

 

「俺の見立てだと市販で出回ってる代物よりも大分高価みたいだな。なるほど…この程度のマジックアイテムを用意する事ぐらい造作もないってことか。まだ『信用』を得ていない俺にこうも簡単に渡すくらいにな」

 

「無論、我らのチカラはこんなものではないぞ。より高価で強力なマジックアイテムを手に入れる事も可能なのだ」

 

「こりゃ…へへへ、益々魅力的だ」

 

 

ゼロの掌に置かれた無数のマジックアイテムの指輪をブレインは迷い無く受け取った。

 

 

「いいぜ。せいぜい、アンタらの信用を勝ち得るよう地道にやらせてもらうさ」

 

 

ゼロは内心ほくそ笑んだ。

 

 

(正確には『八本指』ではなく警備部門(組織)…つまりは俺の信用を、だがな)

 

 

巨大犯罪組織『八本指』は全体として見るなら一つの組織に違いはない。だがその実態は一枚岩ではなく、己が管轄する部門の利益の為に、組織内で利権の奪い合いや騙し合い、蹴落とし合いなどが当たり前に横行している。

 

弱肉強食の組織…より幅を利かせた部門こそ『八本指』という巨大組織に於いて最も強い力と影響力を有するのだ。それは自然と人、モノ、金が集まり更なる力を手に入れる。

 

ブレインの実力を認めているのは事実であるが、それでもゼロにとっては己を高める為の有能なコマに過ぎない。

 

 

「早速だが、キサマには仕事をして貰うぞ」

 

「あー、小難しい仕事はパスで頼む。俺は学があるワケじゃねえんだ」

 

「心配するな。場合によってはお前の腕っ節が振える仕事だ」

 

「なら良かった」

 

 

ゼロは話を戻す。

 

 

「『八本指』は王国のみならず周辺諸国にもその版図を広げようと画策している。既に気付いているだろうが、此処ローブル聖王国南部もその一つであり、最も成功している場所と言える」

 

「あぁ。でないと此処へ連れて来た理由が分からない」

 

 

ブレインはどの部門が此処で活動しているのか聞こうと思ったが口には出さずに留めた。此処までの移動中、南部へ入ってから幾つもの大量の木箱と麻袋、そして、浮浪孤児と思われる身なりの汚い子供達が檻の中に入れられているのを見てきた。

 

 

(奴隷部門、だったか? 王国で奴隷禁止法が出来てからすっかり大人しくなったと噂で聞いていたが…なるほど、聖王国南部で息を吹き返そうとしてるってワケか)

 

 

正直小気味良い話ではないがただ強さを求めるブレインにとっては雑念でしかない。今自分はそれを嬉々として利用する組織へ身を置こうとしているのだ。

 

 

「……だが少々問題ごとが立て続けに起きてな、幾らか計画を修正する羽目になった。故にとある部門の関係者が南部へ出向き直接統率する事となったのだ」

 

「…今までは現地の息のかかった役人で間接的に動かしてたってワケか?」

 

「あぁ。それも結局は信用の問題なのだ。聖王国南部を失うのは組織として無視は出来ん」

 

(ふーん、こりゃ相当南部に投資してるな)

 

「そこでキサマ…ブレイン・アングラウスにその某部門の関係者の護衛を任せる」

 

 

ブレインは少し驚いた表情をした。

 

 

「これまた随分と責任重大だな」

 

「元々はサキュロントを送る予定だったが、お前の方がより確実と判断したまでだ。聖王国南部の活動が盤石となれば、キサマを正式に新たな『六腕』として歓迎しよう」

 

「いつになる事やら」

 

「フッ、そう時間は掛からんだろう。余程の不測の事態が起きん限りはな。これからその関係者の元へ向かう」

 

「分かった。因みにその関係者の名前って?」

 

「コッコドールだ。詳しくは会わせた後に話す」

 

 

ブレインは移動を始めたゼロ達の後へ付いて行く。

 

 

(もう後戻りするつもりはねえ。俺は必ず強くなる、そしてお前を超えてやるぞ、ガゼフ!)

 

 

その心は強固な覚悟と強さと欲望で満たされていた。

 

 

同じくローブル聖王国南部の都市デボネ。

南部の要所として名高いこの都市の某市場にて料理人風の男が角材を持って人ごみの中を走っていた。

 

 

「くっそぉ〜〜!!どこ行きやがった、あの食い逃げ女ぁ!!」

 

 

料理人の男は人が隠れそうな路地裏を覗き込んではまた別の場所へ走って移動するを繰り返し、人々の注目を所々で集めていた。

 

その人ごみの中に交じって料理人を眺めるフード付きマントを深々と羽織る人物がいた。口には干し肉を咥えており、他にもパンや果物、酒瓶などを両手に抱えていた。

 

 

「(やだねー。たかが10人前の料理を食い逃げしたぐらいで血相変えちゃってさー。か弱い乙女がお腹を空かせてたんだから大目に見てほしいよねー)」

 

 

彼女が小声でそう愚痴ると踵を返してそのまま人ごみに紛れて移動を始める。

 

 

「あれ? 此処にあった商品は?」

「うぇ? お、俺の買った酒が無いぞ!」

「り、リンゴが石ころに変わってる!?」

 

 

彼女が通った後の露店で色々な騒ぎが聞こえるも知らん顔で持ち前の俊敏性と機動力でその場を難なくやり過ごす。

 

 

(あークソ、不味った。どうやってこの国から抜け出せばいいんだぁ?)

 

 

彼女…クレマンティーヌは途方に暮れていた。

色々あって聖王国から抜け出せず南部にて盗人行為で食い扶持を繋ぐ日々を送っていた。

 

 

「げーと…だっけ? アレまた使ってくれないかなぁー」

 

 

かつてアベリオン丘陵からローブルのカリンシャまで一瞬で飛ばした大儀式級に匹敵する魔法を思い耽りながら、彼女は街中の屋根の上で酒瓶を仰いだ。




自分自身設定をド忘れしてしまう(致命的)場合があるのでヒヤヒヤしてます

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