Holy Kingdom Story   作:ゲソポタミア文明

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非っっっっっっっっっっっ常ぅぅぅぅぅぅに長らくお待たせ致しました。

お久しぶりで御座います

仕事と積みゲー処分に勤しんでる内にエグい月日が経ってしまいました
誠に申し訳ございませんでした


第28話 老候

ローブル聖王国が王都ホバンスは、この国の中心地に相応しい賑わいと活気に満ち溢れていた。

ふと外を見渡せば大勢の人々が街道を行き交い、多くの商品を載せた多くの荷馬車がそれらを牽く馬の小気味良い蹄の音と共にゆったりと進む。

小鳥達は暖かさを注いでくれる陽光に照らされながら、今日という日の平穏を祝うかの如く羽音を微かに響かせて大空を舞う。

 

常にアベリオン丘陵の亜人部族達との衝突に備え、張り詰めた様な空気感が漂う東の要塞都市カリンシャとは些か違う。それは王都が要塞線から離れた場所に位置しているからでもあるが、信仰および政治の中心である王都が聖王国北部…いや、聖王国全体で見ても一番治安維持に力を入れているからでもあるだろう。なにより此処は聖王女カルカの御膝下であり、神官団や聖騎士団の本拠地でもある。

 

悪党や狼藉衆の悪事など、この王都では正義の鉄槌によって悉く打ち砕かれる事であろう。

 

しかし、そんな王都に暗い影を落としかねない話が、王城の執務室にて行われていた。

 

 

「まさかそこまで悪化していたなんて…」

 

「カルカ様……」

 

 

ケラルトの報告に執務室で受けていたカルカは悲痛に暮れた表情を浮かべ、ケラルトもそんな彼女の心情を察して顔を歪める。

 

こういう時は大体、レメディオスの実直さに多少なりとも心に和みが出てくるのだろうが、生憎彼女は現在、聖騎士団の訓練指導の為、出払っている。

 

視線を机の上へ落としていたカルカは一呼吸置いて、ゆっくりと視線をケラルトへ戻す。

 

 

「本当なのケラルト? 南部の治安悪化に『八本指』が関わってるのは」

 

「……南部の都市部で広がりつつある麻薬が『黒粉』である事が判明した以上、『八本指』の関与はほぼ確実かと。ここまで満足な証拠も掴ませずにその活動範囲を拡げている手腕も、正体が『八本指』なら納得出来ます」

 

 

ケラルトが神殿勢力を介したツテと信頼出来る独自の人脈で手に入れた南部の詳細な情報に加え、陰謀渦巻く貴族社会の中で、聖王女派閥の一員として陰で支え続けたカルカの実兄カスポンド公から得た情報を照らし合わせた結果、導き出された答えだった。

 

リ・エスティーゼ王国を裏から蝕む巨大犯罪組織『八本指』…その魔の手が聖王国南部へ伸びていたのだ。

 

 

(読みが甘かった。まさか保守派がここまで見境が無かったなんて)

 

 

ケラルトは己の不甲斐無さに苛立ちを募らせる。

 

カルカと敵対する保守派を彼女はこれまで細心の注意を払って監視し続けていた。そして、少しでもカルカに害を為さんとする者がいれば、姉レメディオスと共に容赦無い報復を実行し、そのチカラを証明し続けることで過激思想の保守派を抑え込んできたのだ。

 

地理的要因もあり、南部は北部と比べて保守派の諸侯貴族が多い。しかし、だからと言って何の手も打たない訳では無い。南部には保守派を偽る聖王女派の貴族やケラルトの息の掛かった商会が存在している為、常に監視の目を光らせている。

 

 

(……せめて老候が御健在なら、情勢も変わっていたでしょうけど)

 

 

南部においてケラルトが特に頼りにしている人物がいる。その者は齢80にして先代聖王から王家を支え続けた忠義者であり、蹇蹇匪躬な働き故に『九色』の1人に選ばれた大貴族…『紫』の〝ご老侯〟ことアンスバッハ侯である。

 

元々北部に自身の所領を有する最古参の貴族であったが、南部で保守派が結集しつつある事態を憂慮した先代聖王との談合の末、長年統治し続けてきた己の所領を手放す事を決めた。そして、南部の要所デボネを含めた北部との玄関口一帯を新たな己の所領としたのである。

 

ご老候が睨みを利かせれば、南部の保守派貴族達の殆どが烏合の衆に過ぎない。彼の存在は正しく良い牽制となっていた。しかし──

 

 

「ご老候…アンスバッハ候がまだ存命であるからこそ、『八本指』の横行跋扈がこの程度で済んでいると捉えるべきなのかしら。それとも…」

 

「その考え方は間違いでは無いとは思います。ですが、老候は既に御齢80を超えております。側使えの神官が居るとは言え、何時までも息災というワケにはいかないかと。実際、老候は数年前より重病を患っており、日に日に衰弱しつつあるとの話も上がっております」

 

「えぇ。その話は私も聞き及んでいます。ここ最近はベッドから起き上がれずにいるとも…そんな状態でも統治者としての責務を果たそうとする姿勢は、亡き御父様の代からこの国を支え続けた忠臣と言えるでしょうね」

 

「はい。ですが、それも……」

 

 

2人とも眉を顰め、深刻な表情を浮かべる。

 

ご老候の威光により南部の保守派はこれまで押さえ付けられてきた。しかし、逆に言えばご老候の威光が無くなれば過激派が一気に反聖王女を旗印に活動してしまうという意味でもある。実際、ご老候が老衰と病によって床に伏す時間が増え始めた頃から、徐々に南部の治世に不穏な影が覆い始めたと言えるだろう。

 

 

(大きな後ろ盾を持たない保守派からすれば『八本指』の甘言は魅力的だったはず。私や姉様と渡り合う術を手に入れる為に、奴等がこの国でチカラを蓄える手助けを…チィッ!)

 

 

『八本指』が何時からこの国に根を下ろし始めたのかは不明だが警戒を怠った訳では無い。しかし、現に『八本指』の活動を今日まで見逃していたのは事実だ。

自責の念に駆られているケラルトの気を紛らわせるわけでは無いが、カルカは彼女に質問を口にする。

 

 

「ケラルト。もし老候を除くなら、南部で最も権威を持つ人物は一体誰になると思います?」

 

 

カルカの問いにケラルトは直ぐに気持ちを切り替えて答える。

 

 

「衆目の一致するところ、ボディポ侯がそれにあたるかと…」

 

 

「やはり…」とカルカは僅かに眉を顰める。

 

ボディポ侯は南部の保守派貴族筆頭である。

保守派貴族との繋がりは勿論、多くの商会や組合など幅広い人脈を有しており、老候を除けば彼に敵う南部の貴族は皆無と言っても過言では無い。

 

彼こそが保守派の要であり首魁なのだ。

 

 

「『八本指』との繋がりを証明する…何か証拠は無いのかしら。麻薬の線でその辺を割り出すことは?」

 

 

ケラルトは目を閉じて首を横に振る。

 

 

「残念ですが確たる証拠は…。不十分のまま問い詰めても先方が知らぬ存ぜぬで、はぐらかして来るのは明白です。以前、執政官立会のもとで、良からぬ疑いを持つ南部貴族を半強制的に詰問しようとした実例もあり、南部諸侯から強い反感を買っています」

 

「そう…南部から任意で協力を得ることは、なら難しいでしょうね」

 

 

もしあの時、何かしらの証拠を見つけていれば、多大な反感に怯まずもっと深くまで探りを入れていれば、結果は変わっていたかも知れなかった。  

 

 

(カルカ様の為、自らを剣であり盾であると誓っておいてこの体たらく……)

 

 

ケラルトは己の不甲斐無さが故に斯様な事態にまで事が悪化してしまった事を悔いていた。ただ頭を下げることしかできなかったのだ。

 

 

「頭を上げて頂戴、ケラルト。今回の件は全て私の力不足に他なりません。責めるならこの国の()()()である私が責められるべきです」

 

 

彼女の言葉に「そんな!」とケラルトが慌てて顔を上げる。

 

 

「違います! カルカ様が責を負う必要は何処にも──」

 

「いいえ、ケラルト。これは私が南部の保守派諸侯と、争いではなくて融和を重んじた結果です。もっと早くに強く押し通す事が出来る心の強さを持っていれば、かように事態が悪化することは無かったでしょう」

 

 

想像以上に悪の芽は既に南部の隅々まで行き届いていた。司法、行政、商会、組合…ここまで汚染されれば、既に毒されている王国の現状を見て分かる様に、後はただ腐り行くのを待つばかりになってしまう。そして、奴らの悪事拡大に拍車を掛けている要因は間違い無く、南部の保守派諸侯貴族による手回しだ。

 

 

(そうでなければ、ここまで急速に事態が悪化した要因の説明がつかない)

 

 

いくら『八本指』と言えど、本来の拠点である王国から離れたこの地で、誰からの支援も無くここまで勢力を伸ばす事など不可能だ。カルカはそう思案して、先のご老候の容体を思い出す。

 

 

(聖王国が分裂せずにいるのは老候の存在が大きい。もし老候が病没すれば、保守派は一気に南部を政治的に制圧して来るのは明白ね)

 

 

残された時間は多くない。恐らくタイムリミットはご老候が存命している間だろう。それまでに雌雄を決しなければならない。

 

連中が老候に手を出さないとも限らない。

 

 

「弱き民に幸せを、誰も泣かない国を…」

 

 

思わず声に出てしまった。

自分がこの国を背負った時に…いや、背負う前からの信念であり、国是と決めた言葉。

 

その言葉に同調する様にケラルトは静かに頷く。

 

 

「その為にも、此度のカスポンド王兄殿下が提案した一手は、大きな意味があります。連中を追い詰める確実な決め手を……彼がそのキッカケとなる事を祈るばかりです」

 

 

でなければこの国は分裂し、最悪内乱が起きてしまうかも知れない。実の兄であるカスポンドとご老候の存在は南部の平定に於ける重要な存在なのだ。

 

 

(あの御方ならきっと…この国を再び救って下さるはず)

 

 

漆黒の全身鎧を纏う1人の英雄を思い浮かべた。彼が再びこの国の窮地を救うために立ち上がっている。

 

思わず胸が締め付けられる様に痛む。

 

彼に重荷を背負わせてしまったという責任もあるだろう。だが、それだけでは無い、もっと熱い何かが燻っている。

 

 

(モモン様…)

 

 

カルカは静かに想いを寄せる彼の名を心の中で呼んだ。

 

 

 

聖王国南部の要所デボネ──

南部に位置付けされている都市だが正確には北部と南部の境界に位置しており、人々が行き交う中継地点として栄えている。リ・エスティーゼ王国の交易都市エ・ランテルを思い起こさせると評価する人もいるが実際の賑わいではエ・ランテルの方が上であると言わざるを得ない。しかし、デボネが聖王国を代表する都市のひとつである事に変わりは無い。

 

そんなデボネの中でも一際目立つ建物が存在する。都市を一望出来る高い丘に建てられた立派な邸宅は、豪華絢爛では無いにせよ落ち着いた雰囲気ながらも権威的な存在感を都市全体に示していた。この邸宅こそデボネとその周辺地域を治める領主であり『九色』は『紫』を先代聖王より下賜されている〝老候〟ことアンスバッハ侯爵が邸宅である。

 

アンスバッハ侯は他の『九色』とは違い武功では無く、長年の忠臣義士たる働きが評価されて賜っている。齢は既に80を過ぎているがその統治、政治手腕は衰え知らずで、南部の要所であるデボネを長期間管轄するほど聖王国政府は彼に高い信頼を置いていた。

 

 

「・・・・今日も今日とて。空は曇り空か」

 

 

街を一望出来る書斎兼自室の窓から老人…アンスバッハ候は灰色の曇天空を眺めボソリと呟く。

 

年齢相応の深い皺、白髪と白髭だが猛禽類の如き鋭い眼光はその身に纏う強かな雰囲気はまさに古強者を思わせる。

 

しかし、寄る年波には勝てぬと言うもの。

 

ここ数年の彼は病気で床に伏せる時間が日に日に増えつつあり、周りが如何に高く評価し領民からの信頼も厚いと言えど、こればかりは避けられない運命なのである。

 

現に彼は今もベッドから離れられない程に老いと病に蝕まれていた。もう永らく使っていない書斎の机はメイド達が毎日掃除こそしているため埃は無いに等しいが、長年愛用していた書斎机さえ使えぬほど弱りきった自分を映しているようで中々辛いものがある。しかし、弱い姿を見せるワケにはいかぬのもまた事実だ。まだ隠居してはおらず、またするわけにはいかない。先代聖王から賜った所領を現在の状況で手離すワケにはいかない。

 

 

コンコンッ

 

扉をノックする音を聞いた老候はベッドから上体を起こし出来るだけ背筋を伸ばした。

 

隠居するわけにはいかない理由の一つが扉の前まで来ている事を知っているからである。

 

 

「アンスバッハ殿、お久しゅう御座いますな」

 

「良くぞ参られた、ボディポ殿」

 

 

メイドが開けた扉から現れたのは白と金が交ざった髪をした初老の男性だった。歳は老候よりもやや若く整然とした身なり服装から同じ貴族であることは容易に想像が付くだろう。何かを含むような眼をしているものの、老齢で毅然とした貴族としての風格が小さな所作からも伝わって来る。

 

彼こそ聖王国の保守派筆頭として名高く、南部でも老候に匹敵し得る権勢を誇る大貴族、ボディポ侯爵その人である。

 

南部に於けるその権威は凄まじく彼が治める領地に留まらない。その影響力は貴族社会は言わずもがな政界、商会、隣国との人脈も広く、政治的手腕もその地位に相応しい実績と経験を有している。リ・エスティーゼ王国で言うところの『六大貴族』に相当する人物なのだ。

 

ボディポに続いて入室してきた2人は、身なりから貴族である事は窺える。しかし、貴族然とした服装を身に纏っているというより()()()()()()が正しく、所作も些かダラシがない。一応、格上の貴族たる老候を前に出来る限り礼節にのっとろうとはしているものの不慣れさが目立つ。

 

この2人がボディポ侯の腰巾着なのは疑うべくも無い。しかし、確かな能力と高い地位は自然とそこへ金と人の流れが起きるもの。彼を支持する貴族の殆どがその威光を笠に着て利益を得ようと企んでいる者が大半を占めている。だが、三流貴族とは言え数はチカラ。先代聖王の頃より続くその権威は、やがて無視出来ない勢力と化したのだ。

 

老候…アンスバッハ候が南部で最も懸念している人物である。

 

 

「お加減は如何でございますかな?」

 

 

メイドに用意された椅子へ腰掛けながらボディポは問い掛ける。彼の左右斜め後ろに用意された2つの椅子には他2人の貴族が静々と腰を下ろした。

 

 

「少しずつ良くはなっておる」

 

「ハハハ、あまりご無理なさるな。後刻、私が贔屓にしている薬師を遣わそうか?」

 

「痛み入る。だが、気持ちだけで充分だ」

 

「薬は苦手と申すか? 老候ともあろうお方が? はははは!」

 

 

まるで床に伏した友人と久し振りに語らうような雰囲気であるが、実際の互いの胸中は穏やかなものでは無い。互いに警戒し合い、探りを入れようとしているのだ。現にボディポは老候の病状を特に気にしており、場合によっては己が領地より薬師を派遣しようと提案してきた。

 

 

(キサマの魂胆は分かっておるわ)

 

 

老候はこれ以上の弱みを政敵に晒さない為に、病に侵され衰弱しつつある自分を偽りながら強気で応える。

 

早速、己の元へ訪問した理由を尋ねる。

 

 

「して。此度は何用で参られたのか」

 

「ふむ」

 

 

ボディポ侯は静かに瞳を閉じて間を空ける。

 

老候が最も疑問を抱いているのは彼が自らの元へ訪れた目的である。先代聖王の御遺命に従い聖王国の安泰に力を尽くしている。この国に混沌を招こうとしているボディポとは相容れない。水と油のような関係だ。

 

そんな彼が何故、老候の屋敷へ訪れたのか。

 

事前に送られた手紙には「話がある」程度の内容しか書かれていない為、全くの謎である。

 

 

(狡猾なヤツのことだ、ワシを嘲笑う為だけで態々訪問して来たとは思えん)

 

 

子飼いの三流貴族を引き連れて来たのも何か目的があってのことだろう。老候は僅かに冷汗を流し、黙って彼の発言を待った。

 

 

「その前に…貴公は昨今の聖王国の情勢をどのようにお考えか? 腹蔵無く申されよ」

 

 

ボディポ侯は静かに眼を開けて、逆に老候へ問い掛ける。

 

 

「…治安著しく乱れているは火を見るよりも明らかであろう。早急に手を打たねばこの国は内部から崩壊するは必定、と危惧しておる」

 

 

老候は偽りなく自身が思う所を述べる。

嘘は言っていないがほぼ当たり障りの無い返答とも取れる内容でもある。しかし、ボディポは小さく頷いて応えた。

 

 

「うむ。私も同意見である。聖王国を今一度立て直すには、諸侯の志を一にして奮励努力に務めることが肝要。よって、先ずはその障害となる、獅子身中の虫を退治せねばならぬ」

 

「…獅子身中の虫、とな?」

 

「昨今の聖王国の情勢平らかならざるは正に、己が権威に胡座をかいて治世の黒白を怠りしが原因である。されば、悪党どもがこれを好機と捉え活発化するは自明の理にあらずや?」

 

「……其はつまり、現聖王府への不信か?」

 

「そこまで申さぬが、執政の主座が揺らいでおるのは獅子身中の虫なる不忠者が蔓延るが故と心得ておる」

 

 

ボディポの言葉に老候は猛禽類の如く鋭い眼を向ける。2人の若者貴族はその気迫に思わず視線を逸らしてしまうが、ボディポは涼しげで老候から視線を動かさなかった。

 

 

「保守派筆頭の貴公からすればそう見えるのだろうな」

 

「其はまた別儀である。国政に過ちあらば、たとえ主君であろうと国の為、民の為に諫言するは当然のこと。理非曲直を反故にするのは、由々しき仕儀であると言わざるを得ず。聖王国の安泰を図る為にも、獅子身中の虫を早急に叩き潰さねばならぬ」

 

「ほう。では聞くが、貴公が言う獅子身中の虫とは誰か?」

 

「その前に…貴公に構えてお尋ね申し上げたい」

 

 

ボディポが老候を見据える。

 

なかなか回りくどいヤツだと老候が僅かな苛立ちを覚え、彼は神妙な面持ちで話し始めた。

 

 

「貴公が最近、屋敷の外へ出たのはいつ頃か?」

 

 

老候は彼の質問の意図が読めず鼻白む。

 

実際、ここ半年以上は屋敷から出ることは滅多になかった。それどころか此処書斎室の椅子にさえ座る機会もめっきり減っている。書斎の机はメイド達が綺麗にしてくれてはいるものの、最近使い込まれた形跡は無い。ボディポは同室の書斎机へ僅かに視線を向けていた。恐らくそれを察しての言葉であろうがだとしてもその意図が読めない。

 

 

「なるほど。では、領内の巡察も儘ならぬ事で御座いましょう。その場合は誰かを遣わして、と?」

 

「如何にも。病に取り憑かれてこのザマではな」

 

「ふむ…合点がいくなぁ」

 

 

ボディポは少し間を置いてから再び口を開く。

 

 

「実は我らが貴公の元へ火急に訪れたる理由は他でも無い。アンスバッハ候…貴公の領内に於いて不穏の影が見られておる。我らはそれを確かめるべく、こうして参上した次第」

 

「何だと?」

 

「昨今、聖王国全体で問題となっている犯罪組織にも深く関わっている恐れがある。有り体に申せば、貴公に犯罪組織との癒着を疑っているのだ」

 

 

老候は表情にこそ出さなかったが、思いもよらぬ言葉に愕然とした。つまり彼らは自分を詰問に来たと言うのだ。しかもそれが聖王国に蔓延り、その脅威を火が燃え広がるように拡大しつつある謎の犯罪組織との関わりを疑われているのだ。

 

ボディポが何を企んで訪問して来たのか、その意図が見えて来た。

 

 

「ふん、埒もない。冗談では済まされぬ愚言だ」

 

「ふむ…」

 

 

ボディポは髭を撫でながら落ち着いた様子で話を続けた。

 

 

「当家の密偵によると貴公が領内の巡察へ遣わした使者達だが予定の場所とは別の地へ赴き、何やら商人風の怪しき者達と密談を交わす様子を目撃したと言う報告があった。また、これと似た報告が信じるべき筋からも上がっている」

 

「なに?」

 

 

ボディポは背後に座る2人の若輩貴族へ目を向ける。2人は軽く頭を下げた後、口を開いた。

 

 

「憚りながら、私が治めている領内でもアンスバッハ候のご使者と名乗る者が怪しげな一団と接触している目撃情報が御座いました。それから間も無く、領内で多数の野盗どもが辺境の村を襲う事例が相次いでおります」

 

「恐れながら…右に同じく」

 

「偶然…にしては些か怪訝に御座いますなぁ。それに、我が領地にも同様の報告がありました。我ら3名以外の領地でも……無礼を百も承知で尋ねるが、此度の聖王国を揺るがす犯罪組織の活発化に貴公の関与が?」

 

「ある筈がなかろう。そこまで我らに疑念を抱くならば然る後に──」

 

「もはや遅い」

 

 

老候の言い分をボディポが突っぱねる。

 

 

「誠に勝手ながら既にこちらで執政官の立ち合いのもと詮議を執り行わせていただいた」

 

「勝手なことを……何も聞いておらぬぞ」

 

 

老候は苛立ちを露わにする。

そして、内心焦りもあった。

 

まさかボディポがここまで強行を仕掛けてくるなど夢にも思っていなかったのだ。彼は狡猾だが決して危ない橋を渡る度胸を持ち合わせない男だ。つまり、ここまで彼を動かすのは相応の算段あってのこと。

 

彼が述べた自身と犯罪組織との癒着の詮議もまた然り。国内に蔓延る犯罪組織について、老候はかねてより具に調べていたが、まさか貴族達がここまで籠絡されていたのは誤算だった。

 

 

「その結果、信じられぬ事が判明致した」

 

 

ボディポの言葉に背後の若輩貴族の一人が幾つかの羊皮紙を取り出して、それを老候へ恭々しく手渡した。

 

老候は羊皮紙を広げてその内容を確かめると、その皺がれた顔が不快に歪む。

 

 

「貴公の領地は犯罪組織の温床である」

 

 

そこに書かれた内容にはかいつまんで言えば聖王国内で蔓延る犯罪組織の拠点が幾つか書かれており、その大半が老候と彼と志を共にする南部の数少ない同胞の領地だった。

 

無論、温床の地には要所デボネが含まれていた。

 

 

「今ひとつ。中でも最も懸念すべきは麻薬の蔓延である。こちらもその栽培拠点を詮議にて聞き取りし内容を照らし合わせ、具に調べ上げた。そして、これがその結果である」

 

 

再び老候へ羊皮紙が手渡される。

 

 

「これは…」

 

 

この内容に老候はほぞを噛む。

麻薬の栽培拠点の悉くが自身の子飼い貴族達の領地の辺境だったのだ。

 

麻薬栽培拠点に利用されていた、と言うべきか。

 

 

「俄には信じ難い」

 

「しかし、現にこうして執政官立ち合いの元、確認が取れておる。貴公も少なからず罪は免れまい」

 

「…べサーレス陛下は、聖王府からの返答はなんと?」

 

「これらの届け出はまだ聖王府に出しておらぬ」

 

「なに?」

 

 

老候は怪訝した。これら執政官立ち合いの詮議ならば聖王府ならびにカルカにもその旨を届けない筈がない。ここで老候の疑惑は確信に変わった。

 

ボディポは本気で国家転覆を企てている。

 

 

「貴様……」

 

 

老候は怒りで顔を歪ませた。

対してボディポの態度は鷹揚だった。

 

 

「老候殿。貴公の無念は察するに余りあり」

 

 

ボディポは椅子から立ち上がると老候の肩へ優しく手を置いた。

 

 

「貴公が先代聖王陛下の御遺命に従い、その忠義を今日まで貫いておるその志は同じ古株の私がよく分かっている。此度の一件、貴公が知る由も無いことも含めてだ。此処で貴公ほどの者が部下の不祥事で失脚するのは余りにも勿体無い。それは貴公も本意では無かろう」

 

 

ボディポの穏やかな顔で顔色の優れない老候へ静かに耳打ちをする。

 

 

「此度の件、私に任せてはくれまいか?」

 

「なに?」

 

「考えてもみよ。今の貴公ではマトモに領地を治める事さえままならぬではないか。それこそ部下の不祥事を見抜けず、自領が犯罪組織の温床と化していることも気付かずに、のう?」

 

 

老候は何も言わなかった。

それを是と捉えたボディポは上機嫌に話を続ける。

 

 

「このままでは南部は知世の黒白がままならなくなってしまう。そうなれば国の弱体化は申すに及ばず、そこに付け込んだアベリオン丘陵の亜人部族どもが攻め込んでくればどうなる? このまま手を拱いていてはこの国の行く末は闇のまた闇である。今の聖王陛下はこれを討ち祓うチカラも、度胸も無い」

 

 

ボディポは老候の側から離れ、今は使われていない書斎の机へ歩み寄り綺麗に掃除された机をなぞる。

 

 

「だが、私には出来る。内部崩壊を防ぎ、外部からの脅威を打ち倒し、この国をひとつに纏めることが出来る」

 

「……貴公の望みはなんだ?」

 

 

病に侵されている事とは別に弱々しくなった老候の声が静かに部屋の中で聞こえた。その言葉を聞いたボディポは僅かに口角を上げる。

 

 

「ははは。なに、難しい事ではない。貴公には後に一筆したためてほしいのだ。自治領の統治権を私に譲渡する、と」

 

「先代聖王陛下より賜りしこの領地を貴公に渡せと仰せか?」

 

 

睨み付ける老候にボディポはどこ吹く風と言わんばかりの態度を崩さない。

 

 

「貴公には旧領へ戻ってもらい、そこで静かに余生を過ごしていただく。無論、不自由な思いはさせぬ。そのための斡旋も私に任せくれ。まぁ貴公のご存念次第だが…出来る事なら我らの申し出を受けていただきたい」

 

 

ボディポは書斎机から椅子を引い優雅に座る。

その雰囲気は正に勝利を確信した者の如き余裕が見えていた。

 

 

「断っても一向に構わぬが…状況が状況ですからなぁ。聖王陛下への報告は勿論のこと、行政への報告にはキチンとした内容を纏めたいが故、時間は掛かるであろうな。いやはや、面倒なことは誠に御免被りたいのう。はははは」

 

 

その言葉の意味を老候は正しく受け止める。

 

──ここで屈服せねば貴公と貴公の仲間は破滅の道を辿ることになるぞ──

 

彼は本気の脅しを掛けてきたのだ。

 

 

「まぁ、貴公にも色々と思う所はあろう。身辺を整える暇は欲しかろう。しかし、国の安寧、民の平穏を想うなら早いに越した事は無い」

 

「……心遣い痛み入る」

 

 

彼は己のその同胞達だけでなく、己の背後にいる者を使って国を、民を人質に取っているのだ。

そして、今の老候に拒否する選択肢はない。

今は雌伏の時である。

 

 

「うむ。やはり貴公は聡明であるな。心置きなく、養生なさるが良い。ククク」

 

 

ボディポは内に秘めた野心の如き下賎な笑みを浮かべながら2人の若輩貴族を連れて部屋を後にした。部屋を出て廊下を歩くと1人のメイドが頭を下げて道を開けていた。ボディポはその内の1人の前を通り掛かると小さな包み紙を手渡す。

 

 

「(頼むぞ)」

 

 

通り過ぎざまに、メイドへ見向きもせずにそう伝えるとそのまま廊下の奥へと去っていく。

 

 

静かになった自室で老候は静かに思案する。

 

既に行政の多くは彼の手中に収まっていると見て良いだろう。犯罪組織と自身の部下が癒着していると言う話も到底信じられるものでは無いが、潔白を証明するには時間が掛かる。そんな事をボディポが許してくれるとは思えない。彼はあらゆる証拠を揉み消し、捏ち上げるだけの権威を知らず知らずの内に手に入れたのは間違い無いだろう。

 

その背後にあるのは例の犯罪組織であるが、そこまでのチカラを有する組織となれば数はかなり限られる。そして、極秘裏の調査で手に入れた僅かな手掛かりからその犯罪組織が何なのかも想像出来た。

 

 

(『八本指』…ここまでシマを伸ばしてくるとは)

 

 

老候は無念にほぞを噛む。『八本指』の存在を警戒していなかったワケではない。しかし、まるで霧を捕まえようとするかの如くその尻尾をなかなか掴ませないでいた。ましてや、南部の保守派貴族筆頭であるボディポ侯まで籠絡するなど連中がここまで迅速に根を伸ばしていたのは完全に予想外だった。

 

老候は自身の枕の下へ手を入れると、そこから1つの封蝋された手紙を取り出した。

 

 

(べサーレス陛下の投じた一石にこの国の運命を委ねる他無いのか。いや、病に侵された老耄と言えど出来ることはあるはず)

 

 

そう奮い立った時、部屋の扉をノックする音が聞こえた。もうそんな時間かと思い老候は部屋に入るよう声をかける。

 

 

「失礼します。侯爵様、お薬のお時間です」

 

 

1人のメイドが入って来る。

その手に持つ本には水の入ったグラスと1つの小さな包み紙があった。

 

 

大勢の警護のもと、豪華な馬車の一団がデボネを後にする。

 

馬車の中にはつい先ほどまで老候と談合をしていたボディポ侯と2名の若輩貴族が乗っていた。

 

 

「見事、老候に一泡吹かせてやりましたなぁ!ボディポ侯殿」

 

「もはや老候はがんじがらめも同然!なにも出来ますまい」

 

 

上機嫌に話す2人の向かいに座るボディポは、神妙な面持ちで静かに話した。

 

 

「いや、あやつがこの程度で折れる心な訳がない。必ずや何かしらの策を練るだろう」

 

 

思いもよらない言葉に2人は互いに顔を見合わせた。

 

 

「病に侵されていると言えど、眼は死んではいなかった。それに奴は我らの背後にいる者が何なのかも最初から勘付いている節が見られる。流石に確信は得られていない様子だったが、此度の私との話で確信へと変わった事であろう」

 

「な、なんと…」

 

 

床に臥した老耄と言えど『九色』の『紫』を下賜され、老候の異名でその政治手腕を長年振い続けてきただけの事はある。彼が病に侵されていなければ何処かで妨害が入っていたか、早い段階でコチラが追い込まれていただろう。

 

しかし、神は我らに味方をしてくれている。

でなければここまで事が上手く進む筈がない。

 

聖王の座に相応しくない現聖王女カルカ・べサーレスを引き摺り下ろし、正統な血筋を持つ王族の男児を据え置く。

 

これでローブル聖王国はあるべき姿に戻るのだ。

 

 

(ただし、実権を握るのはこのボディポ家であるがね。クククク…)

 

 

王族の血は何もカルカやカスポンドだけではない。先代聖王亡き後、歳の関係上、次期聖王の有力候補だったのがカスポンドを置いて他に無かっただけなのだ。そのカスポンドを旗印に蜂起を起こそうとしたのだが、そのカスポンド本人が王位継承権を放棄してしまったが為に全てが御破算となってしまった。

 

 

(旗印となる次期聖王候補は既に用意してある。まだ若年で政の判断など出来る器ではないが、その方が都合が良い。何よりも今の私には『八本指』がいる。奴らのチカラを利用すれば、我が野望が成就する日もそう遠くはない)

 

 

ボディポは怪しい笑みを浮かべる。

しかし、楽観視は危険だと認識している。

 

何より厄介なのは政敵よりも自陣の後ろ盾である『八本指』だとボディポは思っていた。それはリ・エスティーゼ王国の現状を見れば一目瞭然である。

 

 

(奴らもまた我らを良いように利用しているつもりだろう。だが、私は王国の馬鹿貴族とは違う。奴らが我らの敵となる事を想定した備えは既にしてある)

 

 

自身は危険なチカラを手に入れたと言う自覚に改めて気を引き締めねばならないと固く誓う。

 

 

「し、しかし、南部のほぼ全てが我らの陣に入ったも同然です。北部も『八本指』からの援助でことの他、渉外が進み我らの勢力は増すばかり」

 

「然り然り。残る障害も数える程度です。カルカ・べサーレスの懐刀であるカストディオ姉妹さえ押さえ込めば…」

 

「勝ったも同然ですな!」

 

 

またも2人が上機嫌におだててきたが、ボディポは「カストディオ姉妹」と言う言葉に苦い顔をする。

 

 

「カストディオ姉妹、か……」

 

 

ボディポは政敵として幾たびもカストディオ姉妹に辛酸を舐めさせられてきた。特に妹のケラルト・カストディオには強い遺恨があった。

 

 

(姉のレメディオスは武力としては脅威であったが、『八本指』というチカラを得た今ではその脅威は取り除いたも同様だ。問題はケラルトだが……ふむ、残り少ない手脚を捥ぎ取ってやるか)

 

 

ボディポはニヤリと笑う。

それを見た2人の貴族が僅かに身震いした。

 

 

 

数日後、大雨が降り続ける真夜中。

カスポンドは自身の書斎室で永 続 光(コンティニュアルライト)に照らされながら黙々と執筆作業をしていた。

 

そこへ慌てて廊下を掛ける足音が聞こえる。

足音は書斎室の前で止まる事なく、その勢いのままノックも無く開かれた。

 

 

「で、殿下!一大事に御座います!」

 

 

まさかノックもせずに執事が入って来ると思わなかったカスポンドは一瞬、驚いたが直ぐに只事ではないと察した。

 

 

「どうした? 何があった」

 

 

落ち着いた口調のカスポンドだが執事は汗を拭わずに慌てて話を進めた。

 

 

「そ、それが行政の遣いで!へ、兵士達が押し寄せて来まして!」

 

「行政? 兵士だと?」

 

 

その言葉に眉を顰めた。

まるで訳がわからないからだ。

しかし、執事が冗談を言うはずもなく、兵士がこの雨の中を駆けて来たとなれば火急の事態に他ならない。

 

カスポンドが改めて詳細を執事より聞こうとした時、無数の金属が擦れる音と共に兵士達が執事を押し除けて入って来た。

 

 

「退け!」

 

 

押し除けられた執事は尻餅をついたが、そんな執事のことなどお構い無しに兵士たちがゾロゾロと書斎室に入って来てはカスポンドへその鋭い眼を向ける。

 

 

「カスポンド・べサーレス王兄殿下ですね」

 

「い、如何にも。私がカスポンドだ。一体、こんな夜更けに何の用なのだ?」

 

 

物々しい雰囲気に少したじろぐカスポンドだが、何とか気丈に振る舞った。そして、彼らの目的はどうやら自分のようだ。

 

すると兵士の一人が紋章が施された一枚の高品質の羊皮紙を取り出すとそれを周りに宣言するかのように言葉を発した。

 

 

「カスポンド・べサーレス王兄殿下。貴殿をフェルナンド・アルバレス・ボディポ侯爵の暗殺を図りし嫌疑により身柄を拘束させていただきます」

 

「なっ!?」

 

 

唖然とするカスポンドなどお構い無しに兵士たちが囲み始める。

 

 

「ま、待て!それは何かの間違いだ!私がその様な企てなどする筈がない!」

 

 

兵士たちは容赦無くカスポンドを取り押さえるとそのまま連れ去ってしまった。「私ではない!」と必死に無実を訴えるカスポンドの叫びは雨風の音によって消し去られて行った。

 

 

一方、鈴木悟ことモモンは──

 

 

「これは……?」

 

 

とある裏路地で打ち捨てられていた人一人入れるくらいの大きい麻袋を見下ろしていた。




名前が判明したいない『老候』は『アンスバッハ』
フルネームが判明していない『ボディポ候』は『フェルナンド・アルバレス・ボディポ』とさせていただきました。

別に覚えておく必要はありませんので御安心を。

また相変わらず不定期投稿ですのでご理解いただきたいです。
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