Holy Kingdom Story   作:ゲソポタミア文明

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第29話 モモン、デボネへ行く

カスポンドより事実上アダマンタイト級冒険者として初の依頼を受けたモモンは南部の要所デボネへ訪れていた。

 

 

「南部には数える程度しか行ったことないけど、要所というだけあって中々の賑わいだな〜」

 

 

今のモモンは南部と北部を行き来する某商会の護衛と言う依頼を受けていた。無論、これは南部で活動する際に怪しまれない為のカモフラージュである。また、その某商会も表上は南部保守派、しかし実際は聖王女派閥に属する貴族による斡旋で、例の犯罪組織に悟られないよう入念な準備を重ねたが為に幾日も時間を要したとの事らしい。

 

 

(デボネまでの護衛依頼は何事も無かった。さて、ここからが本番だ。頑張れ俺!)

 

 

既に護衛依頼を達成したモモンは本命であるカスポンドからの依頼をこなす為、暫く南部へ滞在する覚悟でいた。

 

 

「それにしても北部と南部の中継都市というだけあって広いなぁ〜。ホバンスの時みたいに迷いそうだ」

 

 

モモンは首都ホバンスにも劣らない広さを有するデボネに素直な感想を口にする。かつての指名依頼でホバンスを訪れた際、意気揚々と首都の探検に出掛けたらあまりの広さに速攻で迷子になった時を思い出していた。

 

 

(いい大人が迷子とか情けないとは思いつつも、新しい街並みや色んな店を赴くまま見つけていくあの時間は楽しかったなぁ〜)

 

 

迷子を楽しんだあのひと時はまさしくモモンがこの世界で望んでいた『冒険』そのものだった。結果的に購買意欲に抗えずに散財してしまったのだが、微塵も後悔はしていない。

 

 

(ま、変なアイテムだったり工芸品とかばかりだったけど。街の経済を潤したと考えれば消費者としての義務を果たしたようなモンだし、そもそも俺の心が潤ったし)

 

 

例えゴミ同然のマジックアイテムだろうが何だろうがユグドラシルには無かったアイテムを集めてしまうのはアイテムコレクターの性分なのだと改めて実感する。

 

 

「パッと見は治安はそこまで酷くはなさそうだけど……」

 

 

南部に属する大都市なだけにもっと危険な雰囲気を想像していたが、どうやらそれは杞憂に過ぎなかったようだ。

 

 

「そう言えば王国にはエ・ランテルって言う交易都市があるみたいだし、いつか観光で訪れるのもいいな〜。楽しみだな〜」

 

 

漆黒の全身鎧(フルプレート)を纏った偉丈夫が発するとは思えない能天気な言葉だ。しかし、この任務を見事に達成すれば国外活動の許可…即ち自由を得られると考えれば無理もない話である。

 

 

「お、おいアレって」

「『漆黒』、じゃないか?」

「この国初めてのアダマンタイト級冒険者の!?」

 

 

大通りを歩けば人々が振り向き様に呟く声が聞こえて来る。だが南部に訪れる事が殆ど無かったからなのか、視線は少し気になるものの北部の様に自分に寄り集まる事は無かった。

 

北部の民衆には申し訳ないがちょっと快適とさえ思えてしまう。

 

 

(まぁ。自分という存在が南部に居る事を犯罪組織へアピールする意味もあるし。さて、連中はどんな反応を起こしてくれるかな)

 

 

一際目立つ偉丈夫な漆黒の全身鎧は『漆黒』のトレードマークである。ローブやらを羽織って隠す訳にはいかない。

大事なのはモモンが此処に居る、ということを奴らへ教えること。聖王国史上初のアダマンタイト級冒険者『漆黒』のモモンはこれ以上無い超一級のブランド品なのだ。

 

 

(称号ひとつで様々な業界とのコネクションを構築出来る、か。国威に繋がる分、その影響力も凄まじい。人モノ金の流れもまた然り…確かに、魅力的だろうな)

 

 

尤もそれは扱う側にもよる。

世の中を正しくする為に活用する者もいれば、裏社会で絶対的な影響力を得る為に狙う者もいるだろう。

 

 

「ふふふ、正に今の俺は餌そのものか…あっ」

 

 

普通の冒険者ライフでは先ず味わえない状況に高揚感が湧き上がるもすぐに精神抑制が働いてしまい、平常心へ戻ってしまった。便利でもあり不便でもあるアンデッドという種族特性に辟易するモモンだが、すぐに気持ちを切り替えて囮捜査としての責務を果たそうと気を引き締──

 

 

「よし!先ずは色んな店を回ろう!」

 

 

──・・・・気を引き締めて行った。

 

 

囮捜査は順調だった。様々な店を回りまくり、色々なマジックアイテムやら生活用品やらを買い漁りまくる。

 

 

「あー…堪能した」

 

 

囮捜査(観光巡り)に夢中になり過ぎてしまい気が付けば夜になっていた。人々は自宅に帰っては家族と過ごし、汗水垂らして働いていた人々は其々がお気に入りの酒場へ入り浸り賑やかに酒を飲み交わす。

 

北部でも毎日のように見かけた光景だ。

 

 

(……夢中になり過ぎたかな?)

 

 

大通りに等間隔で設置された永 続 光(コンティニュアルライト)を眺めながらモモンは心の中で呟く。

 

 

(い、いやいや、俺という存在をアピール出来たから問題無い!)

 

 

その割には時間も忘れて楽しんでいた気もするが考えても仕方ない。改めて囮調査を実行すべく、昼間街中を見て回った中で特にキナ臭いと思った裏路地へ足を運ぶ。

 

 

「人気の無い場所なら仕掛けて来ると思うんだが…うーん、流石に定番過ぎたか?」

 

 

真昼間の人通りの多い市場で声を掛けてくる事は無かったし来るとも思っていなかった。しかし、今は真夜中で灯りなんて殆ど無い裏路地ならば接触には絶好の機会だろう。

 

 

(〈生命探知(ディテクト・ライフ)〉にそれらしい反応は無し、か)

 

 

反応があってもその辺の路肩に座り込む浮浪者くらいだった。まさか読みを間違えたのかと考えが過ぎる。

 

 

(……デボネはハズレか? いや、まだ様子見の段階かも知れないし)

 

 

モモンがゴミ置き場らしき場所の前を通り過ぎようとした時、ゴミの山へ無造作に置かれていた麻袋の一つがモモンの前へドサッと転がり落ちて来た。

 

 

「おっふ」

 

 

驚いて思わず変な声を出してしまった。

考え事をしていたので完全に油断していたモモンは羞恥しながら麻袋を避けて進もうとする。

 

 

「ん?」

 

 

モモンは足を止めて麻袋を見下ろす。

 

地面へ打ち捨てられている麻袋に〈生命探知(ディテクト・ライフ)〉が反応していたのだ。

 

 

「これは……?」

 

 

人一人余裕で入れそうな麻袋の口が中途半端に縛られている。まさかと思ったモモンは麻袋の口を縛っているヒモを解いてその中を見た。

 

 

「あっ」

 

 

麻袋の中には無数の酒瓶を抱いて心地良さそうに眠っているクレマンティーヌが入っていた。

 

 

「むにゃむにゃ……ひっく! うぃ〜…」

 

(なんでコイツこんな所に?)

 

 

色々と状況が飲み込めないモモンだが取り敢えず見知った相手ではある。それにこんなゴミ溜めの、しかも麻袋の中で酔って眠っているのは流石に放って置けない為、気は進まないが彼女を起こす事にした。

 

 

「おーい、起きろ。えっと…クレマンティーヌ、だったか? おーい」

 

「うーん…むにゃむにゃ…ん?ん〜〜…ん??」

 

「ん?起きたか?」

 

 

モモンはクレマンティーヌを揺すって起こそうとする。すると目を覚ました彼女が眠い目を擦りながら体を伸ばし、夢心地から醒まさせた目の前の存在(モモン)を認識しようとした。

 

 

「……ぎ」

 

「ぎ?」

 

 

そして、ハッキリと捉えた。

もう会う事は無いと思っていた『バケモノ』を。

 

 

「ぎゃあああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」

 

「へぶっ」

 

 

人気の無い路地裏に響き渡る絶叫と共にクレマンティーヌの右拳がモモンの顔面()へ直撃する。

 

 

今では使われなくなった建物の一室でブレイン・アングラウスは武器の手入れをしていた。〈永 続 光(コンティニュアル・ライト)〉が掛けられたランタンをテーブルに置き、つい先ほど手入れを終えた自身の愛刀が美しく照らされる。

 

磨き上げられた愛刀をブレインはふふんと満足げに鼻を鳴らし鞘へ納める。何の気なしにテーブルへ目を移せばランタンの他にも無数の指輪やネックレスが置かれていた。防御力強化、筋力強化、持久力強化、毒耐性強化、集中力強化などの魔法が込められた一級品のマジックアイテムばかりである。

 

 

「俺の選択は正しかった」

 

 

それらを眺めながらブレインは確信する。

かつて『死を撒く剣団』の用心棒をしていた頃と比べて装備の充実度が格段に増していた。待遇は悪くなかったがあの洞穴の中で籠り続けていても、これほどまでのマジックアイテムを揃えることが果たしてあっただろうか。

 

 

「だが、もっとだ。俺にはもっともっとチカラが必要だ」

 

 

しかし、ブレインはこれでも満足はしない。かつての敗北を塗り替えられるほどの勝利を得る為にはこれでは足りない。

 

ガゼフ・ストロノーフ ──かつて敗北を知らなかったブレインに敗北を味合わせた現王国戦士長にして周辺諸国最強の戦士として名高い男。

 

あの時の雪辱を果たす為にもブレインはただ只管に力を求め、己を鍛え、その為に必要な武器や道具を欲する。その果てに見つけ出したのがこの『刀』であり『八本指』なのだ。

 

 

「必ず俺は…お前を超えるぞ。ガゼフ」

 

 

ブレインは既に修羅へ堕ちる覚悟を決めている。

もう後戻りをするつもりは毛頭無い。

 

その時、彼が居る部屋へ近づいて来る足音が聞こえて来た。

 

 

「邪魔するわよ〜。ご機嫌よう、アングラウスちゃん。私が用意したお部屋、気に入ってくれたかしら?」

 

 

扉をノックして入って来たのは華奢な身体をした坊主頭に厚化粧の男だった。彼の名はアンペティフ・コッコドール。『八本指』の奴隷売買部門の長を務める人物である。

 

 

「ブレインで良い。あぁ、快適に使わせて貰ってる。しかし、今でも驚きだ。まさか俺の護衛対象が『八本指』が内の“一本〟だったとはな」

 

「ふふ、それだけゼロに期待されてるって意味よ」

 

 

ブレインは奴隷売買部門長の彼を護衛する役目を担っていた。

 

 

「私もゼロと同様に、貴方の事を高く買ってるのよ。前まで私の護衛担当だった『幻魔』は『六腕』の一人とは言え、なんかいまいちだったのよねぇ」

 

 

コッコドールは断りを得ずその辺の椅子に腰掛けてブレインと向かい合った。

 

 

「でも貴方はその『幻魔』…サキュロントを一騎打ちであっという間に斃したんだから、とても心強いわ。それに良い男だしね」

 

 

彼の態度に怪訝な態度ひとつ見せず、軽く鼻で笑って質問に答える。

 

 

「今の俺は飽くまで『六腕候補筆頭』扱いらしい。組織の信用、だったか? それを得られるように努力はするつもりだ」

 

「うふん♡ 応援してるわよ、ブレインちゃん。貴方みたいな強くてイケメンな男が側にいるお陰で、思い切り仕事に専念出来るわ。王国で斜陽傾向だった私の奴隷売買がこの聖王国で息を吹き返しつつあるんだから。今後も貴方のことは贔屓にさせて頂くわね」

 

「ハハ、それは責任重大だな。なら期待に応えられるようにしねぇとな」

 

 

ブレインは椅子から立ち上がり扉へ向かい歩き出した。

 

 

「うふ♡ あ、そーだわ。ねぇブレインちゃん、ウチの商品を味見していかない? ブレインちゃんなら喜んで融通してあげるわよ。ちょうどそれなりの上玉が王国から届いたのよ〜」

 

 

ブレインは振り返らずに片手を挙げてヒラヒラと手の平を動かして応える。

 

 

「折角だが遠慮する。ちょっと酒でも飲んでくる」

 

 

そう言ってブレインは部屋を出て行ってしまった。残されたコッコドールは頬杖を突き、彼が出て行った扉を見つめながらクスクスと笑う。

 

 

「あら? もしかして私と同類だったかしら♡」

 

 

そんな言葉を知ってか知らずかブレインは背筋に何かゾクリとするものを感じて身震いした。

 

ブレインが廊下を歩いていると怪しいフードを羽織った数名が彼の前に颯爽と現れた。一瞬身構えるブレインだが、すぐに『八本指』に属する人間だと察して警戒を解く。

 

 

「ブレイン・アングラウス殿。我々は暗殺部門のものです」

 

「おう、どうした」

 

 

ブレインが尋ねると男の一人が彼へ近づき耳打ちをする。その内容を聞いたブレインは一瞬目を見開くも直ぐに口角を上げてニヤリと笑った。

 

 

「そうか。フッ、最初の首級としては申し分無しだな。おい、アンタ」

 

 

ブレインは暗殺部門の適当なヤツを指差して言った。

 

 

「俺の目付役に来た例の死者の大魔法使い(エルダーリッチ)……えっと、『不死王』だったか? ソイツに伝えとけ。俺の活躍をしっかりその腐った目に焼き付けて、ゼロに報告しろってな」

 

 

クレマンティーヌと思いがけない再会を果たしたモモンは、カスポンドが事前に準備してくれていたデボネでは有数の高級宿の一室へ移動していた。

 

 

「え?…何してんの?」

 

 

普通に椅子に座っていたモモンは困惑していた。何故なら部屋に到着するなりクレマンティーヌが突然、見事な土下座を披露してきたからである。

 

 

「ほほほほほ本当にももももももも申し、申し訳ありままませんでしたたたたた」

 

 

彼女は恐怖でガタガタと震えまくっていた。確かにいきなり顔面を殴られてビックリはしたがダメージは無いし、そもそもあんな雑な起こし方をした上に全身鎧の偉丈夫が目の前にいたら驚きもする。

 

 

「と、取り敢えず頭を上げてくれ」

 

「は、はひぃ!!」

 

 

クレマンティーヌが勢い良く上体を起こす。

顔面蒼白ではあるがかなり姿勢の良い正座をするあたりこの子は結構礼儀正しいのかもと思い始めてきた。

 

 

(流れと言うか勢いで彼女を連れて来ちゃった手前、今更「帰れ」とは言えないし。まぁ、取り敢えず身の上話くらいは聞くべきだろ)

 

 

一方のクレマンティーヌは話どころでは無い。

今の自分は生きるか死ぬかの瀬戸際にいると本気で考えていた。

 

 

(な・ん・で!アイツがここに居るんだぁー!!?? いやいや!確かに前みたいな転移魔法使ってくれないかなーって思ってはいたけどさぁ!!なにもあんなタイミングで再会することないだろ!? 思わず防衛本能で殴っちまったし!!あぁー!!私の人生も此処で終わりかぁぁ!!??)

 

 

彼女の心情は察するに余りある。ヤバい奴を驚きのあまり殴ったら半ば強制的に高級宿へ拉致されたのだ。

 

 

(こんな場所に連れて来たってことは…そ、そういうことか?)

 

 

連れて来られた場所が場所だけに危害を加えた責任をその身体で支払えと言ってくるのだと思ったが、この考えは直ぐに否定した。

 

 

(い、いや。それならアイツが今も全身鎧を着続けてるのはおかしい)

 

 

それはつまり自身を警戒している証拠でもある。

自身の身体が目当てなら脱いでいる筈だし、そもそも最初の時点で襲っていただろう。しかし、彼はそれをしなかった。

 

 

(って言うか、コイツ自体がもうワケが分からない!)

 

 

彼女から見たモモンは強力なアンデッドを使役出来るタレントを持ち、第9位階魔法を扱える逸脱者を超えた存在だった。しかも意図は不明だが何故か戦士職が如き振る舞いと装備までしていると来たもんだからもう訳がわからない。

 

相手が単なる魔法詠唱者(マジックキャスター)ならスッと行ってドス! で終わるのだが、目の前のアイツはそれで終わる様な存在では無い、と彼女の勘がそう警鐘を鳴らしている。

 

 

(わたし程度が推し量れる様な存在じゃない…!)

 

 

超越者(オーバーロード)』──

そんな言葉が頭の中をよぎった。

 

 

(ととと、兎に角今の私が出来るべき最善の策はただ一つ!!!!)

 

 

全力で謝罪して許しを得ること。

仮にこの身体を求めて来ても躊躇なく差し出すつもりだ。命が助かるなら何だってする。

 

 

「さてと、先ずは…」

 

 

モモンがそう呟きながら椅子から立ち上がり此方へ近づいて来た。

 

 

「ひぃ…!」

 

 

ビクリと肩を振るわせるクレマンティーヌの近くまで歩み寄ると手の平を翳して〈清掃(クリーン)〉の魔法を発動させる。

 

 

「へ…?」

 

 

呆然とするクレマンティーヌを他所にモモンは元の座っていた椅子へ腰掛けた。

 

 

「…な、何を?」

 

「いや、臭かったから」

 

「臭……あー、いや。まぁそうか…」

 

「ん?もしかして普通に風呂に入りたかったのか? それならそれで構わないが──」

 

「い、いやいやいや!えっと…そこはどっちでも良いと言うか何と言うか…そ、そのぉ…ゆ、許してくれるんです、か?」

 

「なにを? 許すも何もないと思うが?」

 

「え?」

 

「え?」

 

 

その後、なんとか平静を取り戻したクレマンティーヌは部屋に置かれたダブルベッドの上に両脚を両腕で抱える姿勢で座る。

 

 

「なるほど。だから麻袋に入って寝てたのか」

 

「う、うん。ほら、前も話したけど、私も逃げるのに必死だからさ」

 

 

やっと会話らしい会話が出来たモモンはアベリオン丘陵で別れて以降のクレマンティーヌの身の上話を聞いていた。

 

路頭に迷った末に南部へ流れ付き、ひもじい思いをしつつも法国からの追手に見つからないよう敢えて見窄らしい風貌で日々を送っていたとのことだ。麻袋を被り、ゴミ溜めで寝ていたのもいつ来るか分からない法国の追手に見つからない為だったらしい。

 

あの酒瓶は何だったのかと問いたくなるが嫌なことが立て続けに起きれば飲みたくもなるだろうと思い敢えて触れないようにした。

 

 

(まぁ。ズーラーノーンに代わる新しい隠れ蓑を探してたってのもあるけどねー)

 

 

神妙な面持ちのクレマンティーヌは「嘘は言ってませーん」と内心思いながら気付かれないよう舌をチラリと出す。

 

 

(法国から隠れるために南部へ逃げたってのは事実だけど、私だって浮浪者生活を続けるなんて真っ平だよ)

 

 

アンデッド騒動後、法国が極秘裏にアベリオン丘陵の調査に動くと踏んだクレマンティーヌは、カリンシャは勿論、北部に居座り続けるのは危険と直ぐに判断した。最初はリ・エスティーゼ王国へ逃げる為、首都ホバンスを介して北の街道を目指そうと考えたが、法国の六色聖典がそれを許してくれるとは思えない。

 

 

(それこそ漆黒聖典が出張ってきたらもう最悪なんてもんじゃない)

 

 

モモンは法国が誇る大儀式魔法〈次元の目(プレイナー・アイ)〉を無効化したかのような発言をしていた。最初こそ半信半疑だったが未だに自分を探しに法国の刺客が現れる気配が無い事を考えれば事実なのだろう。その後、何やら物騒なことも言っていた気もするが、兎にも角にも監視を欺いた或いは無効化したと言うのならその異変を法国は察するはずだ。

 

スレイン法国最強の英雄部隊『漆黒聖典』──

かつてクレマンティーヌが所属していた部隊である。思い出すだけでも忌々しい居場所だった。

 

事態の緊急性と法国の情勢を鑑みるなら漆黒聖典だろう。そうなれば王国へ続く北の街道は近すぎるため聖王国から出る事も出来ない。故に今は少しでも現場に近い北部から離れるしか無かった。

 

 

(くぅ〜!ひもじい思いだったなー。来る日も来る日も食い物を盗んで過ごす宿無しの日々…。でも神さまは私を見捨ててはいなかった!)

 

 

ある日、彼女は漆黒聖典とズーラーノーンに所属していた時に何となく耳に入っていた聖王国南部には暗躍する謎の裏組織が居るという情報を偶然思い出したのだ。早速探り始めた彼女は、それこそ最初は自分の身を隠せるくらいには利用出来れば良いくらいの期待しかなかった。しかし、南部で暗躍する裏組織の正体は良い意味でクレマンティーヌの期待を裏切る事となる。

 

 

(いや〜まさかだったよねー、クスクスクス!)

 

 

裏組織巨大犯罪組織『八本指』──

それが聖王国南部で暗躍している謎の裏組織の正体である。

 

彼女がその正体に辿り着けたのもまた偶然だった。自らを隠すために裏路地で意地汚い浮浪者生活をしていたある日の深夜帯のこと、怪しげな集団が今は使われていないであろう建物の中へ入っていくのを見かけたのだ。

 

フードを羽織ってはいたが偶々1人の素顔をフードの隙間から捉える事が出来た。

 

『八本指』奴隷売買部門長

アンペティフ・コッコドール ──

 

その瞬間、彼女は閃いた。

 

 

(『八本指』の情報網と人脈、そして凡ゆる業界とのコネは相当なものだろうし、私の隠れ蓑にこれ以上無いくらい最高な組織じゃーん)

 

 

秘密結社『ズーラーノーン』も隠れ蓑としては申し分無かったが『八本指』ほど多分野に手を伸ばしているとは言い難く、色んな意味で融通も利かない。それに対して『八本指』には様々な部門が存在する分、応用も利きやすいだろう。

 

 

(当然、それだけの待遇を受ける為にはそれに相応しい実力を示さないといけないだろうけど、組織の中で一番強い奴を殺す方が手っ取り早いかなぁー? ヒヒヒ)

 

 

無論、本気では無い。

飽くまで彼女が求めているのは身の安全と安心なのだ。下手に組織の重役に就くつもりは毛頭無い。

 

 

(とにかく、今日は祝い酒を飲んで明日には売り込み掛けようと思ったんだけど……)

 

 

クレマンティーヌは目の前の椅子に座り腕を組んで考え込んでいるモモンを見やる。

 

 

(まさかこんなバケモノにまた出会すなんてねぇ…)

 

 

いっその事、またアベリオン丘陵の時のように自分を評議国あたりに移動させてくれるよう頼み込むべきだろうか。『八本指』に加入するよりそっちの方が手っ取り早いし悪くないのではと思える。

 

大事な時に規格外のバケモノに出会してしまうとは、やはり自分はとことんツイてないとしみじみ思う。もはや諦めの境地だった。

 

 

「なあ、ひとつ聞いて良いか?」

 

「ふぇ!?」

 

 

腕を組むのを解いたモモンが話しかけ始めた。

クレマンティーヌに緊張が走る。

 

 

「おまえ、南部で暗躍する裏組織について何か情報を持ってないか?」

 

「そ、それって……」

 

 

その後、モモンが此処へ訪れた経緯を聞いたクレマンティーヌは心の底から自身の僥倖を神に感謝したと言う。

 

 

カルカの執務室には聖王女カルカ・べサーレスの他、彼女の懐刀であるカストディオ姉妹、そして、副団長のグスターボが同席していた。

 

場の空気は極めて重苦しい。

 

 

「なぜ…そんなことに?」

 

 

書斎机に座しているカルカが両手で顔を押さえながら弱々しい声でこの場に誰かに問いかける。

 

何とも言い難い空気を破ったのは神官団団長のケラルトだった。

 

 

「分かりません、カルカ様。しかし、王兄殿下がボディポ侯の暗殺を図ったとして南部の監獄に収監されているのは事実です。行政の申し分によれば、暗殺を図ったのはカスポンド・べサーレス王兄殿下の他、数名の北部貴族です。そして、その内の何名かは既に罪を認めているとのこと」

 

「し、証拠は!?」

 

「暗殺計画に賛同する為の書状が御座いました。その書状には計画に賛同した各貴族の印章が御座いました。そこには王兄殿下の印章も…」

 

 

カルカはショックのあまり眩暈で椅子から倒れそうになるも傍に侍っていたレメディオスが優しく受け止めた。

 

 

「カルカ様!!」

 

「こんな…こんなことが…」

 

 

狼狽するカルカを介抱するレメディオスは、キッと射殺すような鋭い瞳をグスターボへ向ける。

 

 

「カルカ様を寝室へ運ぶ! オマエは聖騎士団を動かす準備をしろ!!」

 

「れ、レメディオス団長!?な、何をなさるおつもりで──」

 

「決まっているだろ!!ボディポ侯を討つ!!そして奴に加担し、カルカ様を陥れようとする南部の貴族どもを皆殺しにするのだ!!」

 

「いけません、団長!!そんな無茶な──」

 

「どこが無茶だ!!!この国に蔓延る全ての悪を討ち破るのに遠慮などあろうものか!!」

 

「姉さま!!」

 

 

姉の暴走に見かねたケラルトが静止に入る。

 

 

「落ち着いて…姉様。お願いだから落ち着いて」

 

「……くっ」

 

 

ケラルトが神妙な面持ちでレメディオスの肩を掴んで静かに訴え掛ける。そんな妹の圧に押された形でレメディオスは少なからず冷静さを取り戻した。しかし、ギリリと歯軋りを立てるその怒りに満ちた表情からかなりギリギリで保っている事が分かる。

 

レメディオスが近くのソファへカルカを寝かせると、出来るだけ刺激しないようケラルトは自らにも言い聞かせるように話し始めた。

 

 

「ボディポ侯がカルカ様を慕う貴族をここまで思い切ったやり方で排除出来たと言うことは、それだけの影響力が南部だけではなく、北部にまで及んでいたということなの」

 

 

貴族の印章が使われるなどカスポンドほどの人物なら先ずあり得ない事だ。しかし、現に彼はその印章を悪用され、暗殺計画の主犯格に加担したという証拠の捏造までされてしまったのだ。

 

ボディポはそれをやってのけた。

相当なコネと人材が無い限りは不可能である。

 

それこそ国家レベルの組織力が無ければ──

 

 

「だが!!このままでは奴らの──」

 

「もしここで王兄殿下を擁護する訴えをしたら、同じくボディポ侯暗殺計画を図った一味の烙印を押されてしまう。ましてや姉様がボディポ侯ら保守派貴族の粛清に聖騎士団を動かすなんて以ての外なの。そうなると聖騎士団団長レメディオス・カストディオはクーデターを企てたと仕立て上げられる」

 

「なっ!?わ、私が、この国の守護者たる我々聖騎士団がクーデターなんてデタラメも──」

 

「そう出来るだけのチカラをボディポはこの短期間で手に入れた可能性が高い。それに、私達が早合点で動けばカルカ様は益々不利になるわ」

 

「か、カルカ様の…!」

 

「“全ては政敵を除かんとするカルカの陰謀〟…そう言って奴らはカルカ様に独裁者の烙印を押す可能性がある。そうなれば恐らくカルカ様は失脚してしまうわ。いいえ、もしかしたら最悪……全ての罪をなすり付けて処断されることだって」

 

「だったら!!……だったら…どうすれば良い?」

 

 

泣き籠った声で知恵者たる実妹と腹心の部下であるグスターボの両名へ縋るような思いでその答えを求める。しかし、グスターボは俯いて歯噛みするのみでケラルトもまた目が泳いでいた。

 

どうすることが正解か分からない。

しかし、何もしなければ間違いなくボディポがこの国の全てを支配してしまう。それだけは断じて避けなければならない。

 

 

「モモン……」

 

「「っ!?」」

 

 

ケラルトが思わず口に出た言葉…それは現在、南部へ極秘裏に犯罪組織の調査に当たらせていた聖王国史上初のアダマンタイト級冒険者の名前だった。

 

この国の窮地を何度も救ってくれた御仁。

まさに英雄譚に出てくる救国の勇者そのもの。

 

 

「モモン様に…賭けるしか」

 

 

智略家たるケラルトとは思えない懇願にも似た細々しい言葉は2人の耳にはしっかりと入っていた。

 

どうかこの国を救って下さい…どうか。

 

ローブル聖王国の命運が1人の英雄に託された瞬間であった。




ツアレだと思ったらまさかのクレマンティーヌ

ぶっちゃけツアレよりクレマンさんの方が好きやねん
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