Holy Kingdom Story   作:ゲソポタミア文明

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今回は騒動の締め括り会みたいなもんですね


第32話 大粛清

夜の更けた首都ホバンスは聖王国の首都と言うだけあって、絶え間ない灯りが至る所に見受けられる。特にこの国、延いてはこの首都の象徴とも取れる建造物には惜しみなく〈永続光(コンティニュアルライト)〉が施され、夜でもその存在感を示していた。

 

ローブル聖王国の神殿勢力に於ける信仰の中心とも言えるこの大聖殿もその中のひとつである。

 

 

「まさかボディポ侯がここまで行動するなんて…」

 

 

ローブル聖王国神官団団長ケラルト・カストディオは大聖殿内にある自身の執務室で頭を抱えていた。

書斎机の上に置かれた1枚の羊皮紙、それはケラルトの息が掛かった南部貴族からの報告書である。南部で何かしらの動きがあった場合はこうして非定期的だがケラルト宛に暗号化された羊皮紙が届くようになっている。今となっては貴重な協力者だ。

 

彼女が頭を抱えている原因はその羊皮紙の内容にあった。

 

 

── 『紫』のアンスバッハ侯 死去──

 

 

先代聖王より仕え続け、老いて病に蝕まれてもカルカの為、聖王国の為に南部の保守派貴族を押さえ続けてきた聖王国最高齢貴族の死去である。

 

高齢と死病に侵されて以降、日に日に衰弱しつつあるのは知っていたが、政局が南部保守派へ傾きつつある最中このタイミングでの訃報は此方側にとって大きな痛手であった。

 

恐らくボディポ侯の手によるものだろう。

でなければこんなにも都合が良過ぎる事が立て続けに起きよう筈がない。

 

凶報はこれだけでは無い。

先のカスポンド王兄殿下がボディポ侯の暗殺を企てたと言う謂れ無い罪によって投獄されて以降、他にも聖王女派閥に属する或いは協力している貴族たちを根拠のない出鱈目な罪状で捕縛、投獄すると言う前代未聞の大きな動きをつい先日見せてきたのだ。

 

南部の権勢を一気に手にしたボディポ侯は此処で勝負をかけて来たらしい。

 

王国の犯罪組織『八本指』の力を借り、一部とは言え司法にまでその魔の手を伸ばした保守派を押さえ付ける邪魔者はほぼいないと言って良いだろう。

 

ケラルトは内心舌打ちをする。

 

 

(これがアイツの厄介なところ。見え透いた野心家ですが決して無計画な馬鹿ではない。何か事を起こす時は必ず事前に準備を進めてから事を運ぶ)

 

 

ボディポ侯が不穏な動きを見せた時は必ず早々に手を打たなければならない。だが逆を言えば下手に時を与えなければ未然に防ぐことが出来る。南部保守派はボディポ侯を除けば烏合の衆に過ぎない無能が多い。故にこれまでは必ずボロを出していたのだ。その前にケラルトは凡ゆるツテを通してヤツの邪な野望を頭から押さえ付け続けてきた。

 

 

(こうなる事ならもっと早い段階でアイツを捕らえるべきでした…が、今となってはどうしようもないですね)

 

 

敬愛するカルカを害する者には容赦無いケラルトだが、これまでボディポ侯を謀反の疑いで処断する事だけは出来なかった。

それは良くも悪くもケラルトが国の政治界隈にも携わっている事にも起因している。もしボディポ侯を捕縛し、謀反で処断でもすれば必ず保守派閥からの激しい反発を受ける事が予想されていた。雑魚貴族はどうでも良い。問題は国内の事後処理に忙殺する最中にアベリオン丘陵で亜人部族たちが行動を起こす可能性が示唆されていたからだ。

 

聖王国はなにも北部だけで成り立っている訳ではなく、本国防衛の要は北部が食糧生産や物流面では南部が担う面が強い為、下手に国内を混乱させる訳にはいかない。

もう一つはボディポ侯は雑魚保守派貴族という名の虫を引き寄せる灯りなのだ。奴のおかげで保守派は分かり易く纏まっていると言える。政敵が誰なのか、或いは保守派と繋がっている北部貴族を見つける手段でもあった。

 

過去を悔いても仕方ない。

そんな事をすればキリが無い。

分かってはいてもそう考えざるを得ない、そんな自分が情けなくて仕方ないのだ。

 

 

(唯一の救いは神殿勢力と聖騎士団までは流石に汚されていなかったということ。ですが、それでも今我々に出来ることは限られている。それにしても、まさか『八本指』がここまでチカラを持っているとは…流石に王国を裏から支配していると言われるだけの事はあるわけね)

 

 

恐らく南部に巣食っている『八本指』はほんの極一部の勢力に過ぎないだろう。本腰を入れてくる前に何としてでも潰さなければならない。

でなければ──

 

 

(王国の二の舞になる…)

 

 

ケラルトの全身に悪寒が走る。

王国の…あの腐り切った果実のような国単位の犯罪組織の温床となるのは絶対に御免だ。そうなればもうこの国は手の施しようが無い所まで行ってしまうだろう。

 

やはり一番は早急に国内の『八本指』を潰すこと。そうすれば自ずと南部保守派のチカラは削がれる筈だが出来るならとうにやっている。存在の確証を得るのにも時間を要したのだ。証拠を掴み、国内の拠点を潰すのは容易では無い。

 

 

(…やはりここは国内の反発覚悟で聖騎士団を動かすべき? いいえ、それは余りにも剣呑過ぎる。そんな動きを見せた途端、連中は必ず撹乱作戦を仕掛けて来る)

 

 

実力行使に出れば国内に著しい混乱が生じるのは必定だが、『八本指』は手籠にした南部保守派を使ってより苛烈な手段を取るに違いない。

私利私欲の為なら人を人とも扱わない外道共だ。賊や貴族の私兵、もしかすれば名の無い冒険者たちを使い辺境の村や街を荒らしに荒らしまくるだろう。

 

そうなれば兵や警備隊だけでは秩序を維持出来ず、聖騎士団も動員せざるを得なくなる可能性がある。夥しい数の怪我人が出るのは想像に難くなく、彼らの治療の為に自らの神官団も動くしない。

 

そうなれば『詰み』だ。

もう手の施しようが無い。

 

 

(やはり…今の希望は…)

 

 

彼女の脳裏には救国の英雄と謳われるローブル聖王国初のアダマンタイト級冒険者『漆黒』のモモンが浮かぶ。

 

偽装依頼を通じて南部に蔓延る犯罪組織を秘密裏に探り、場合によっては接触を図るという高度な依頼だ。今となってはまさかここまで追い込まれるような事態になるなど完全に想定外で、これでは満足に彼をサポートする事さえ出来ない。仮に依頼を達成出来たとしても得た成果が何も功を成さない可能性だってある。

 

そう考えれば絶望的と言えなくもない。

だが同時に希望でもある。

 

 

(根拠なんて無い。けれど、これまで数多くの偉業を成し遂げた彼なら…!)

 

 

無意識に手を組んで瞳を閉じ、小さく項垂れる。

 

まさに神に祈るように、今はモモンの活躍を祈る他なかった。

 

 

『恐れ入ります!カストディオ神官団長、至急ご報告したいことが!』

 

「ッ!?」

 

 

突然、頭の中に聞こえてきた声に驚き目を見開いた。

 

ローブル聖王国はバハルス帝国のように〈伝言(メッセージ)〉を限定的だが活用をしている。

尤もそれは緊急性を要する内容に限り、確証を得る為に必ず現地へ赴いて確認をするなどの二度手間もある。かつて〈伝言〉による虚偽情報の蔓延によって滅びた国があり、本国含めた周辺諸国は〈伝言〉に対する信用はあまり高くなく、寧ろ低い方と言えるが、その利便性には目を見張るものがあるとも踏んでいた。

 

兎にも角にも部下からの〈伝言〉がケラルトに使われているという事はそれだけ重要かつ緊急性を要する事態が起きたという意味だ。

 

 

(まさか…ボディポ侯がまた何か仕掛けて?)

 

 

考えるだけで嫌な汗が額に滲み、動悸が強くなる。それでも平静を装って報告を聞く姿勢は流石と言えるだろう。

 

 

「……な、なんですっ、て?」

 

 

その内容を聞いたケラルトの思考が一時的に停止した。

 

僅か数秒後、思考が追いついた彼女は慌てて執務室を飛び出し、近くの部下へ指示を出す。

 

 

「大至急デボネへ使者を!! 聖騎士団も同伴させるように!!」

 

 

真夜中の大聖堂は昼間でも見られない慌ただしさに満たされた。

 

 

 

ブレインが目を開けるとそこは見知らぬ天井だった。いや、見知らぬと言うより何処にでもあるお世辞にも綺麗とはとても呼べない木製の天井だろうか。

 

今の自分は横になっていることに気付くが眠気と倦怠感で直ぐに起き上がれるような状態では無い。全体的な感触的にベッドの上に寝かせられているようだ。両の手足や指が動く感覚から四肢は無事であることに取り敢えず安堵する。

 

目が痛く感じるほどの光が差し込んだ。

 

彼は光が差し込んできた方へ視線を向けるとそこには窓がある。薄汚れた窓から陽光が差し込んできたのだ。微かに鳥の囀り声も聞こえてくる。

 

 

(生きてる…?)

 

 

ここで漸く彼は生きている実感が湧いた。

そして少しずつ思い出していた。

 

クレマンティーヌと名乗る女の軽戦士、アダマンタイト級冒険者『漆黒』のモモンに敗北したこと。

 

そして──

 

 

「目が覚めたか」

 

 

声の聞こえた方へ顔を動かすと、そこには漆黒の全身鎧を纏った偉丈夫がもう一つのベッドに座り、此方を見ていた。

 

アダマンタイト級冒険者『漆黒』のモモン──

 

 

「も、モモ……ハッ!?」

 

 

何かを思い出したブレインは慌ててベッドから飛び起きて腰へ手を回す。だがそこに自身の相棒とも言える存在はいなかった。

 

 

「ッ!?」

 

「探しているのはコレか?」

 

 

いつの間にかモモンの手にブレインの鞘に収められた愛刀が握られていた。ブレインは「返せ」と言う言葉が出掛かるが今の自分にそんな事を言う資格は無いと考え寸前で思い止めた。

 

何も言わずに小さく項垂れたブレインを見たモモンが「実は」と話し始める。

 

 

「刀使いは珍しくてな。お前が眠っている間に少し調べさせて貰った。勝手に拝借してすまなかった、返すよ」

 

 

モモンは柄をブレインに向けて刀を差し出すが、直ぐに受け取らずに警戒するブレインを見て肩を竦める。

 

 

「心配するな、別に何も細工はしてない。何なら調べても構わない」

 

 

ブレインは少しずつ腕を伸ばし、差し出された愛刀の柄を掴む。それでもモモンが何か仕掛けてくる様子は見らない。

彼はブレインが刀の柄を握ったのを確認するとあっさり手を離してしまった。何か仕掛けてくる様子はなく、敵意も殺気も感じない。

 

問題無いと踏んだブレインは視線をモモンから逸らさず静かに愛刀を引き寄せた。警戒を維持したまま刀を抜くもモモンは至って平静だった。まるで此方が斬り掛かっても問題無いと言わんばかりの余裕っぷりに、逆に警戒し続けている自分が間抜けみたいに思えてきた。

 

 

「はは…」

 

「ん?」

 

「いや、なんでもない…」

 

 

まるで怯えた仔犬だ。

さぞかしモモンには今の自分が間抜けに見えたことだろう。

そう考えると何だか馬鹿らしく思えてきた。

 

警戒を解いたブレインは引き抜いた刀の刃を真剣な眼差しで眺める。持ち手や視る角度を変えてるが特に違和感や異変も感じない。

 

 

(何かされた様子は無い……へへ、当然か)

 

 

自嘲するブレインはそのまま刀を鞘に収め、力が抜けたようにベッドの上にドスンッと座る。肩に掛けられた刀が再び抜かれる様子は見られない。

 

 

「アンデッド、だったんだな…」

 

 

視線を合わせず達観した、或いは諦めたような表情で薄汚い窓を眺めながら問いかける。あわよくば見間違いであってくれと願う気持ちも無い訳ではないだろう。

 

モモンは口で言うより実際に見せた方が雄弁だと言わんばかりに素顔を隠しているその兜を取った。

 

 

「どうだ。これでハッキリしたかな?」

 

 

その素顔を見たブレインの身体が強張る。

背中からイヤな冷汗が滲み、息を呑んだ。

 

肉や皮が一切無い完全な髑髏の(かんばせ)に赤黒い眼光、後頭部からは後光が如き漆黒のオーラが発されている。

 

 

(あの時は失血で意識がボヤけてたのもあったから、見間違いかと思ったが……はは)

 

 

誰がどう見ても並大抵のアンデッドでは無い。

少なくともブレインがどんな手を使っても勝てる相手では無かったのだ。

 

 

「そうか… やっぱり夢じゃなかったか」

 

「二度目ともなれば流石に驚かないか」

 

「いやいや、すげぇ驚いてるよ。一周回ってってヤツさ」

 

 

乾いたように笑うブレインを見たモモンはそう言うものなのかと思い、兜を被り直した。

別に正体を知られたのだから外しても良いとは思うかもしれないが、アベリオン丘陵で遭遇したスレイン法国の覗き魔の件もある。いつ誰が覗き見ているのか分からない以上、下手に素顔を晒し続けるワケにはいかない。

 

 

(流石にずっと被りっぱなしは精神的にキツいところがあるしなぁ。蒸れる事は無いけど、やっぱり窮屈感は否めない)

 

 

いつもフル装備で姿を隠しているワケでは無いがそれでも思いっきりありのままの姿で大手を振って歩ける日を夢見てしまう。

 

 

「此処は?」

 

「聖王国北部にある城塞都市カリンシャだ」

 

「北部、か…。どのくらい眠ってた?」

 

「ふむ、2日くらいだな」

 

「そうか。随分、眠ってたんだな」

 

 

木漏れ日が差し込む薄汚い窓を見ながらブレインは呟くと、今度はモモンへ身体ごと向けて話しかけてきた。

 

 

「何で俺を殺さなかった? 俺が何者なのか知ってるはずだろ」

 

 

ブレインが抱いている一番の疑問だった。

自分は巨大犯罪組織『八本指』の一員だ。そんな人間を役人に引き渡さず、あまつさえ手元へ置いておく意味が分からない。一員と言ってもまだ日が浅いブレインだがあの組織が如何に凶悪かつ冷酷な組織なのかは知っているつもりだった。

 

こうして捕縛されている組織の人間を放っておく訳がない。内情を詳しくは知らないブレインだが、『八本指』は必ず口封じの策を弄して来るはずだ。或いは命乞いをした敵方へ降った裏切り者か、仕事をこなせなかった無能を粛清し組織への見せ締めとして殺しに掛かってくるだろう。

 

こうしてブレインと一緒に居るのはモモンにとってデメリットでしかない。如何にモモンの正体が強大なアンデッドでも国一つを支配する裏組織である『八本指』と正面からやり合うのは危険だ。

 

 

「あぁ、知っている。その上で助けた」

 

 

あっけらかんと答えるモモンにブレインは苦笑いを浮かべる。

 

 

「…本当に特異なアンデッドだな。いや、俺が奴らに報復される事を見越した上で敢えて生かした、て線もありえるか」

 

 

それならまだ納得はいくと同時に随分と回りくどい事を好むアンデッドだと思った。しかし、モモンは首を横に振ってその説を否定する。

 

 

「少し語弊があるな。確かに犯罪組織に身を置くお前が、口封じか或いは粛清の対象になる事は見越していた。だが、それはお前が苦しむ様を見るためでは無い」

 

「じゃあ何のためだ?」

 

「ふむ。端的に言えば…『餌』だな」

 

「餌、だと? ……あー、いや。なるほどな」

 

 

ブレインは漸く合点がいった。

モモンの目的は最初から『八本指』そのものであると理解したのだ。ある意味、犯罪組織と言う名の『習性』を利用した方法とも言える。

 

だが相手はあの『八本指』だ。

そう易々と引っ掛かるとは思えない。

 

 

「俺の存在を聖王国は知ってるのか? コッコドールや他の連中も捕まってるなら俺が『八本指』に属していた事くらいもう情報が行ってるだろ」

 

「その辺は心配ない。冒険者組合と聖王国神官団を通して話は付けてある」

 

「つ、付けてあるって…いやいやそうは――」

 

「今日からお前は俺の『預かり』というカタチになる。お前の行動は俺の目が届く範囲に限るが、一応聖王国の兵士や聖騎士に追われるような事はない」

 

「……はぁ、流石はこの国の英雄サマだな。国からの信用はバッチリってか」

 

「周りが勝手に持ち上げているだけさ。俺自身は別にそんなつもりは無い」

 

「英雄ってのはそう言うモンさ。周りが勝手に評価して、いつの間にかなってんだよ。本人の意向とか関係無しにな」

 

 

聖王国の英雄が人間では無くアンデッド。

彼の国からしたら悪い冗談だが本人はそれを望んで手に入れた訳では無い。

 

そうなるとやはり解せない。

モモンは何故人間の世界へ溶け込もうとしているのか、何故冒険者稼業をするのか、何故人々を苦しめるのでは無く助けるために行動するのか。

 

考えれば考えるほど稀有で特異なアンデッドだ。

 

ブレインはそんなモモンと組んでいた一人の軽戦士の女を思い出す。

 

 

「ところで、お前のツレはどうした?」

 

「ん? 誰のことだ?」

 

「クレマンティーヌ・ハゼイア・クインティアだよ。アンタのツレだろ?」

 

「別にツレじゃないぞ。あとアイツはもう此処には居ない」

 

「…そうか」

 

「というか、アイツそんな長い名前だったのか。ふーむ、クレマンティーヌしか知らなかったなぁ」

 

「…は?」

 

 

ブレインが色々とツッコミたい衝動を抑えている間、モモンは淡々と説明をした。

 

クレマンティーヌはモモンからの餞別を受け取った後、〈転移門(ゲート)〉でモモンと最初に出会ったアベリオン丘陵某所まで送ってもらい、そこで別れた。

 

彼女は南方へ向かうと言っていた。

南方には広大な砂漠が広がっており、そのど真ん中には『八欲王』が作り出した浮遊都市があると言う。彼女は「そこでイチから人生をやり直してみるのも良いかもねー」と話していた。

モモンとしては個人的に協力して貰いたい計画があったのだが、追われる身である彼女をこれ以上引き止めるわけにはいかずそのまま送り出して上げる事にした。

 

別れ際、彼女と交わした握手で心がホッコリしたのを今でも覚えている。

 

 

──ありがとう──

 

 

その時の彼女はいつもの嘲笑するような笑顔ではなく、何となく彼女の心からの笑顔だったような気もした。

 

モモン…鈴木悟はあの時に寂しさに似た懐かしさを思い出した。あの時(・・・)、引き留めていればまた結果は変わっていたのだろうか。

 

後悔にも似た感情が込み上がるもそれはもう過去の事として鈴木悟は首を横に振った。

 

大事なのは今であり、これからなのだ。

 

 

「……どうかしたのか?」

 

「ッ! あぁ、いや…何でもない」

 

 

ブレインの声で鈴木悟…モモンはハッと我に返る。いつの間にか物思いに耽っていたらしい。

 

 

「まぁいいか。居ない方が俺としては助かるかな」

 

「ほう? それはまた何故だ」

 

「日に2度の敗北を喫した。しかも最初の敗北は侮辱的な敗北だった、と言えば察しがつくか?」

 

「……代わりに謝っておく」

 

「いいよ、別に」

 

 

随分と誠実なヤツだとブレインはまた苦笑いを浮かべる。

 

だが1日で2度の敗北は正直言って堪えている。どんな自信過剰な強者やモンスターが相手でも一刀のもとに斬り伏せて来た。その自信を打ちのめして来た手前、いざ自分がその立場になると想像以上に気が滅入る。しかも死なないよう手心を加えられたとあっては尚更だ。

正直引きこもりたい。

 

 

「はは、アイツの横槍がどーでもよく感じるな」

 

「アイツ?」

 

「デイバーノックってヤツさ。『八本指』の最高戦力『六腕』の1人だ。まぁ、アンタが来る前にクレマンティーヌが仕留めたぜ。気にくわねぇエルダーリッチだったよ」

 

「……チッ!」

 

(なんかすげぇ嫌そうだな)

 

 

デイバーノックは一応無事である。

アイツが『八本指』の中でも結構な重役を担っているとクレマンティーヌから聞いたので嫌々ながら〈負の接触(ネガティブ・タッチ)〉で取り敢えず回復させたのだ。

 

 

(あの熱狂ぶりは異常だろ…いくら魔法を探求し続ける死者の大魔法使い(エルダーリッチ)と言えどそこまでの反応するもんなのか?)

 

 

思い返してみればかつてアベリオン丘陵のアンデッド騒動で貴重なマジックアイテムを使用して事を収めたと報告した時、魔術師協会からの質問の嵐は凄かった。大勢が血走った目で「どんな効果を持つアイテムなのか」「他にも似たようなアイテムを持っているのか」など答えようにも答えられないくらいの勢いで、言葉より実物を見せた方が早いと判断して第七位階魔法が込められた魔封じの水晶を見せた時はもう発狂なんてレベルじゃなかった。

 

だがそんな中でもデイバーノックは異常だ。

あのセクハラアンデッドめ。

 

魔法を研究、探究するものは皆こうなのか。

或いはデイバーノックが特別なのかは知らないが、どうか彼だけがそうで在ってほしいと願うばかりだ。

 

何故か知らないが彼はモモンに心の底から敬服の念を抱いており、「貴方様こそ偉大なる深淵の主」とか何とか訳わかんないことを言い始める始末。一通り無視したモモンは取り敢えず彼を王国へ送り返す事にした。

 

慈悲とか面倒臭かったからでは無い。王国へ帰した意味はちゃんとある。

聞いたところ彼は『八本指』警備部門に属する最強の6人が内の1人でその6人を『六腕』と言うらしい。

つまり組織内ではそこそこ幅の利く役職だ。

『八本指』の本拠地たる王国へ送り返したのは組織内の情報をモモンへ報告させる為、要はスパイである。加えて今後、ローブル聖王国へ介入しないよう出来る限りの妨害工作をするよう頼んでもある。しかし、一応任務に失敗した立場なので何処まで妨害出来るか分からないらしい。それでも情報を錯綜させ、多少の時間は稼げるとの事なのでその辺は是非とも期待したい。

 

それにあたり是非とも納めたい物があると言って来た。暫く待った後に持って来た代物は『八本指』の足止め、そして聖王国の膿を出し切るために非常に有用なモノだったので、彼を殺さなくて本当に良かったと思う。

 

 

(でも叶う事なら出来るだけ関わりたくないな…)

 

「んで、この後はどうすんだ?」

 

「ん? そうだな。じゃあ早速頼みたい事が──」

 

「ッ!? あー、悪い。その前に頼みがある…」

 

 

そう話すブレインはどこか言い辛そうだ。

傷は治ったと思ったのだがどこか後遺症でも残っていたのだろうか。

 

 

「なにか…食わせてくれねぇか」

 

 

ブレインの腹の虫が鳴った。

モモンは黙って懐から金の入った袋を取り出す。

 

 

 

ローブル聖王国は建国史上初の大騒動に見舞われていた。

 

要所デボネで存在が明るみになった違法娼館。

そこで無理矢理働かされていた女子供達がデボネの神殿へと運ばれた事が全てのきっかけだった。

 

哀れな彼女達を保護しただけで無く、高価なポーションを使い治療をし、彼女達に精神的治療を施して欲しいと訴えて来た御仁がいた。

 

アダマンタイト級冒険者『漆黒』のモモン。

 

彼は他にも気を失っている捕縛された数人を連れて来た。明らかに違法娼館で働かされていたとは思えず、この者たちは一体何なのか問い掛けた。

 

 

「コイツらは『八本指』の人間です。そして、コイツは奴隷売買部門の責任者コッコドールです」

 

 

絶句する神官たちを他所に「これも頼む」と、幾つもの巻物(スクロール)を手渡してきた。

 

この巻物こそデイバーノックがモモンへ是非とも納めたいと言っていた代物である。

 

巻物に書かれた内容は名簿(リスト)や詳細な物資、資金循環の帳簿(レジャー)が大半だった。

違法娼館を利用した貴族は勿論、『黒粉』の生産記録、横流しされた物資やマジックアイテム、賄賂の流れなどがこと細かに記されていたのだ。ご丁寧にその行き着く先や贈り主の貴族は勿論、その貴族が贔屓にしている商会の名前まで書かれている。

神官たちは直ぐに神官団長ケラルト・カストディオへ緊急時用の〈伝言〉を使いことの顛末を報告した。

 

ケラルトの使者たちが到着後、それらを具に調べ上げた結果、南部の保守派貴族が巨大犯罪組織『八本指』と癒着している事実が発覚したのだ。

 

『八本指』によって齎される利益を享受する対価にかの組織が聖王国南部で根を張る手助けをしていたという大スキャンダルである。

数多の犯罪行為に裏から手を回し、或いは不都合な事件を貴族の権利を用いて揉み消し、カネや武器、高価なマジックアイテムと言った賄賂を受け取っていた。その潤沢なマジックアイテムと装備を扱う魅力に抗えず、繋がりを得ようとする冒険者たちも少なからず。

『八本指』の影響力に肖る多くの貴族が辺境の農村部や集落で恐るべき麻薬『黒粉』こと『ライラの粉末』の栽培・生産に協力していたのだ。

南部の要所デボネでは『八本指』奴隷売買部門による違法娼館が蔓延っており、聖王国各所で誘拐した女子供がそこで『八本指』と繋がりを持つ貴族達の慰み者にされていた。誘拐された者の中には少なからず国外の者も居たという。

 

コッコドールへの尋問は滞りなく行われた。

 

此処が王国ならその人脈を利用し釈放まで平穏に過ごす事もできただろうが、此処は聖王国だ。

苛烈な拷問にコッコドールは何度も助けを求めた。当然助けなど来るはずもない。

 

やがて彼は洗いざらい白状した。

自供したモノの中には国家転覆を企むボディポの暗躍もあったとのこと。

 

自供内容と巻物の内容を照らし合わせ齟齬がないことを確認すると聖騎士団の動きは早かった。

 

 

「ええい!!離せ!!私を誰と心得るか!!」

 

 

主犯格ボディポ侯爵は捕まった。

国家転覆を図り、王国の『八本指』と繋がりを得る事でチカラを付け、国外に犯罪と恐怖を撒き散らし、『紫』の老候暗殺を実行した重罪人。

 

彼曰くどうやら『八本指』には保守派との繋がりを隠す為、帳簿や名簿を破棄するよう要望を出しており、そのための資金もふんだんに贈っていたらしい。だが『八本指』は彼の裏切りに備え、密かにそれら名簿などを破棄せず保護していたのだ。それだけではなく彼が個人的に企んでいる悪事も調べ上げていた。

 

『八本指』はいずれ彼が聖王国を牛耳る際、彼を強請り脅しを掛けるために取っていたネタだったのだろう。それが結果的に彼の捕縛に繋がったのだから僥倖と言う他無い。

 

彼が捕まれば後は芋蔓式だ。

 

保守派貴族の罪状は『八本指』との癒着、犯罪の助長と隠蔽、ボディポ侯との共謀などキリがない。そもそもボディポ侯以外烏合の衆でしか無い連中が勢いを取り戻した聖王女派閥もといカストディオ姉妹による粛清から逃れられるワケがなかった。

 

捕縛された貴族たちが聖騎士達に対して赦しを乞う姿が何度も見られたと言う。

 

 

「た、頼む見逃してくれ!!」

「カネなら払う!!いくらでも払う!!」

「私を処断すれば聖王国の損失だぞ!!」

「ボディポに唆されたのだ!!私は無実だ!!」

「叛旗を翻したのは我らの本意では無い!!」

「そうだ!!我々は被害者だ!!」

 

 

それは貴族と言うより下らない罪で捕まった小悪党のようだったが、そんな者達の助命嘆願をレメディオス・カストディオ聖騎士団長が聞き入れる筈が無かった。

 

レメディオスは聖剣サファルリシアの剣先を床へ突き立て威圧と敵意剥き出しに言い放つ。

 

 

「黙れ、カルカ様とカルカ様の理想を穢す下郎どもめ!!貴様らが迎える末路は死罪だけだ!」

 

 

保守派貴族はただ項垂れる他なかった。

まさに大粛清である。

 

聖騎士団が貴族制圧に動いた際、手練れの私兵部隊とぶつかることはあったが聖騎士達は誰一人怯むことは無く、「正義を!!」の掛け声と共に悉くを鎮圧して行ったという。

 

因みに保守派へ流れた聖王女派閥の貴族も若干名は南部保守派と共に捉えられたが、家族や領民を人質に取られ従わざるを得なかった者も少なくない。

レメディオスは「裏切り者だ」と断固処罰するべきと譲らなかったが、十分な情状酌量の余地のある貴族まで処断すれば後々の執政に不信感を抱かれるリスクがある。また、粛清後に深刻な人手不足に陥るのは目に見えている為、少しでも人手を確保しなければ内政に忙殺されてしまう。アベリオン丘陵という不安要素もあるので下手に国外対策まで疎かになるような事態は避けなければならない。

結果的にカルカ様が言うならばとレメディオスが折れるカタチで収束した。

 

神官団も聖騎士団に負けず全力で動いていた。

南部の各地で犯罪の温床となった地域や奴隷売買が秘密裏に行われている店舗、麻薬栽培で過酷な労働を強いられている辺境の村々の保護を聖騎士団と共に行動していた。被害を受けた民達や聖騎士達の治療と補佐に専念し続けていたのだ。

 

当然、これらは統治している貴族の意向など無視して進められている。そもそもその貴族も粛清対象なので関係ないのだが、何事も無ければ貴族が神官団を突っぱねる事も出来たのだが、追い詰められている現状、ここで下手な反抗は却って自分の首を締める事に繋がる為、強く出られずにいた。

またケラルトも狡猾な手段を取っており、「協力するなら処罰について一考する」と持ちかけていた。追い詰められた貴族達はアホみたいにこの言葉を信じたのだが、結果は言うまでもない。

 

こうしてボディポ侯を筆頭とした南部保守派貴族はその大半が粛清対象となった。

 

モモンの働きが無ければまず成し得なかったが、号令を掛けたカルカ・べサーレスの英断もまた大きい。彼女が慈悲深い心からいつもの如く右往左往していれば間違いなく南部保守派は雲隠れないし証拠隠滅に奔走した事だろう。

 

 

「英雄が築いた救いの道を無駄にしてはなりません!!」

 

 

全てを察した彼女の一言によって聖騎士団と神官団が全力で動く事が出来たと言える。

 

ブレイン・アングラウスに関してはコッコドールの自供で新たに加入した『八本指』のメンバーであることが明かされていた。また手練の剣士という事もあり、最初はレメディオスが討伐に当たろうと考えていたが、今回の大功労者であるモモンから「彼の身柄を預からせて欲しい」と言われて仕舞えば、誰も反論しようとはしなかった。仮に彼が何かしら悪事を企んだとしても「モモン様ならなんとかしてくれる」という信頼もあったのも事実だった。

 

かくして聖王女派閥は長年の政敵を打ち破ることに成功したのだ。

 

 

数日後、リ・エスティーゼ王国よりある一団を乗せた豪華な馬車がローブル聖王国目指し進んでいた。

 

 

時を同じくして、モモンは安宿のベッドの上にうつ伏せで倒れていた。同じ部屋にいたブレインが気の毒そうにモモンを見下ろしている。

 

ぐるんとモモンは兜を被った状態でブレインへ顔を向けた。

 

 

「誰か助けて」

 




駆け足気味すみませんでした。
あまり長く引っ張る程でもないと思った一話にまとめさせました。

ーーーー
個人的考察コーナー
『ダヴはオリーブの葉を運ぶ』(世界級アイテム)
作者曰く「なにこれ」

ノアの方舟で大洪水で荒れ果ててしまった世界を調べるためにノアは鳩と烏を放ち、カラスは戻って来る事はなかったがオリーブの葉を咥えた鳩が戻ってきた事から大洪水が終わり、安息の地があることを示したとされている。

古くより鳩は平和の象徴
オリーブはギリシャでは英知の証、ヨーロッパでは人間の勇気を表している

敢えて「鳩がオリーブの葉を咥えて運ぶ」と記載している事から都合の良い感じに解釈すると『災害(争い)の終わりと平和(和平)の訪れ』と受け止めました。

そこで私が導き出した効果は
『敵ギルドとの強制敵対解除』です

卵から鳩が孵り、オリーブを葉を咥えて敵対ギルドへ飛び立っていく
そして鳩は敵ギルド内の何処かに同じような卵を産んで消える
敵ギルドはギルド内に隠された鳩の卵を見つけるまで相手ギルドとの敵対行為や相手ギルドに所属しているプレイヤーに一切の危害を与える事が出来なくなる(これは使った側のギルドも同じ)

卵が見つかるとその卵からは烏が孵り何処かへ飛び去ってしまう
強制和平が解除されて再び敵対行動が可能になる
(『ダヴはオリーブの葉を運ぶ』はランダムでユグドラシルの何処へ再配置)
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