Holy Kingdom Story   作:ゲソポタミア文明

35 / 39
あけましておめでとうございます

滅茶苦茶長く待たせてしまって申し訳ありませんでした

エルデンリング ナイトレインが面白くて面白くて執筆が中々進みませんでした


第35話 白金鎧と鈴木悟

この世界に来て初めての強者。

ソイツは月を背景にして微動だにせず、ただ悟を見下ろすだけだった。

 

 

(どうする。先に仕掛けるか…)

 

 

今のところ白金鎧に敵対行為は見られない。なんとも不気味な静寂のみが続いている中、悟は先に仕掛けるべきかどうかで悩んでいた。

 

 

(奴との距離はそれなりに離れてはいるが、ここまで俺が設置した探知系魔法をすり抜けて来るほどだ。どんな手を使ってくるのか分からない)

 

 

装備だけ見るなら間違いなく前衛職タイプだが、肝心の武器が見当たらない。恐らく特殊技術(スキル)か或いはマジックアイテムで今は見えてないだけで、戦闘が始まった途端に得物を取り出すだろう。相手が扱っている武器を知るだけでも戦闘時の対処方法は大きく異なるので、それさえも分からないのはかなり痛い。

 

 

(〈飛行(フライ)〉を使っているようには見えない。多分マジックアイテムで代用しているんだろうが…いや待てよ、生まれながらの異能(タレント)の可能性も考えれば他にも…くそっ!情報だ!圧倒的に情報が足りん!!)

 

 

悟は心の中で悪態をつく。

彼の基本戦略は情報収集である。念には念を入れ、石橋を何度も叩いて渡るくらいに用心深く慎重な鈴木悟は、確実に勝てる状況を整えてから勝負を仕掛けるのが基本中の基本だ。場合によっては相手の手札を把握、分析する為に敢えて完膚なきまでに負ける事さえ厭わない。

 

結果的に自分が勝てば良い。その為にはどんな卑怯な手段も躊躇なく使うし、「正々堂々」「真っ向勝負」など真平御免。運営に抵触しなければ反則上等の心構えなのだ。

 

では今の状況はどうだろう。

 

 

(あの装備もブラフの可能性だってある…チッ!何もかもが足りな過ぎる)

 

 

ハッキリ言えばかなり危険な状況だ。

基本戦略の「き」の字も出来ていない状態でいきなりドンパチを始めようものなら仮に相手がガチビルドだった場合、相手の出方や戦闘スタイルにもよるが結構な確率で悟は敗北する可能性がある。ここがゲームの世界…『ユグドラシル』なら再戦なんてやろうと思えばいつでも出来る為、意固地になる必要はないが此処はリアルな世界だ。

 

敗北はそのまま死に繋がる。

 

 

(死に物狂いで撤退するか、それとも土下座でもなんでもして命乞いをするか……とにかく奴を欺く手段を考えなければ)

 

 

今の悟は多くの神器級アイテムの装備品で身を固めている。そう易々と負けるとは思っていないが此処は未知な力が多い世界だ。自身を一撃で殺し得る武技やタレントが無いとも限らない。

 

 

(補助魔法を掛けようにも相手がそれを許してくれるのかどうか……最悪、魔法発動が開戦の合図とも受け取られかねない)

 

 

相手が何も仕掛けてこないのは交渉の余地があるからなのか、それとも罠なのかは分からない。しかし、こんな膠着状態がいつまで続いても事態は好転しない。むしろ今この状況が相手に何かしらの有利な事態が働いている可能性だってある。

 

そこで悟が導き出した答えが──

 

 

「…こんばんは」

 

「……っ」

 

 

人間の基本(アンデッドだけど)…先ずは挨拶だ。

初対面に対して挨拶は基本中の基本であり社会人以前の常識だ。それはこの世界でも身分差を除けば基本的に同じである。

 

悟の挨拶に対して白金鎧は僅かに反応を見せた…ように見えた。いかんせん不自然なくらい微動だにしないので本当に中身が入っているのかさえ疑いたくなるレベルである。

 

 

「…こんばんは」

 

 

どうやら言語的コミュニケーションが取れる理知的な人物であるらしい。声質的には男性のようだが、どこかくぐもったような違和感を感じるのは頭部を覆う兜の影響からなのだろうか。

 

どちらにせよ言葉が通じるなら此方に敵意が無い事を相手に伝える事は可能なので悟は会話を続ける。

 

 

「今日は良い満月ですね」

 

「……確かに良い夜空だ」

 

 

此方の言葉に合わせてくれてはいるが白銀鎧の男は此方に向ける視線を外す気配はない。当たり前と言えば当たり前だが相当警戒しているようだ。

 

 

(そりゃそうか。どういう訳か俺の名前も知ってるみたいだし)

 

 

白金鎧がユグドラシルのプレイヤーで自分と同じく此処へ転移して来たのか、それとも白金鎧の男自体は現地人だがこの世界へ来ているプレイヤーから『モモンガ』の話を聞いたのか。どちらせよ、自分がモモンガだと知った上で接触を図って来たのなら碌な目的では無いかも知れない。

 

 

(色々とやらかしちゃってるからなぁ…)

 

 

伊達に悪名高い極悪DQNギルドのギルド長を務めてはいない。非公式裏ボス扱いされてる上、自身のビルドや取得魔法、スキルなども掲示板に記載されてるくらいには恐れられてる自覚はある。ロマンビルドプレイヤーがPvP勝率5割は、ガチビルドプレイヤーを戦慄させるには十分な実力なので当たり前かも知れない。

 

堂々と空中に佇む白金鎧に悟は再度声を掛ける。

 

 

「アンデッドの自分を見ても驚かないんですね。こうやって話ができるアンデッドは珍しいんでしょう?」

 

「…確かに珍しい。でも、知っているとは思うが、世の中には取引と言う範疇であれば生者とも会話が出来るアンデッドもいる。まあ外見に反し、ここまで理知的な会話が出来る個体はそうそう見かけないが」

 

 

この答えに悟は謎の白金鎧に対する警戒レベルを少し上げた。彼が何者で何処から来たのかは不明だが、近隣諸国の者だとしても普通なら忌避されるアンデッドに対してこの落ち着きようは相当な経験…場数を踏んでいる。

 

 

「色々と勘繰りたくなる気持ちは分かる。が、そう警戒しないでくれ。今は君と争うつもりは無いよ」

 

今は(・・)、ね……敵ではないが味方というわけでも無いか)

 

「今からそっちへ降りても構わないかい? 流石にこの位置から話し続けるのは礼儀に反すると思ってね」

 

「ええ、分かりました。少し話しづらいですしね」

 

 

白金鎧の男がゆっくりと地面へ降り立つ。

近からずも遠からずの距離だが魔法詠唱者の悟からして見れば十分な距離とは言えず、どちらかと言えば此方にやや不利な状態だろう。

 

 

「君の名前は…モモンガ、で合っているかな?」

 

 

白金鎧の男の言葉は淡々としていた。

この世界ではモモンと名乗っているのだが、今の自分はありのままのモモンガの姿を晒している為、下手にモモンと名乗る事は出来ない。

 

 

「ええ、まあ……そうですね。あの、どうやって私の名前を?」

 

「ん? 先ほど自分から”モモンガ”と名乗っていた様に聞こえたんだが…」

 

「あっ」

 

 

全身が緑色に発光する。

余りの大失態に思わず手で顔を覆い深いため息を吐いてしまう。

 

 

「えぇ、確かに…言いました…うん、言ってましたね…」

 

「…取り込み中だったかな? すまない、盗み聞きするつもりは無かったんだが、偶然聞こえてしまってね」

 

「いえ、あなたが悪いわけじゃありませんので…」

 

 

白金鎧の彼が自身の名前を知っていたのはコレで納得した。だが、もう一つ気になる点もある。

 

 

「あの、何処かで聞いたことある、というのはどう言う…?」

 

「ああ、君の名前を聞いて古い知人を思い出していたんだ。でもアクセントが似通ってるだけで実際は違うがね。似たような名前をした人物なんてこの世界には沢山いるよ」

 

「なるほど…」

 

 

平然と答える彼の口ぶりからは嘘を言っているようには思えない。確かに似通った名前の人なんて探そうと思えば見つかるものだろう。しかし、彼の態度は不自然なくらい一貫して堂々としたものがある。

 

 

「…あなたの名前を聞いても?」

 

「…これはすまない。私の名前は……リク」

 

「リク?」

 

 

少し俯きながら呟くように答えた白金鎧の男。

悟はその言葉を聞き漏らさず、再び確認するように聞き返す。

 

 

「あぁ。私の名前は…リク・アガネイア」

 

 

顔を上げて今度はハッキリと答えた。

──リク・アガネイア、当たり前だが初めて聞く名前だ。

 

 

「リク・アガネイア、さん…ですね」

 

「ああ。アガネイアと呼んでくれると助かる」

 

 

だが悟はその名前は偽名の可能性が高いと踏んでいる。

 

 

(挙動が少し変だった上に名乗るまで間があった。即席で思い付いた偽名か? まあ自分も『モモンガ』で通したからおあいこみたいなものか)

 

 

兎に角、自身を殺す気で来たなら態々名前まで名乗る必要は無いし、そもそもこうして悠長に会話をする意味もない。普通なら奇襲なり何なりで仕留めに掛かる筈だ。それをしないと言うことは彼の言う「今は争う気がない」というのも嘘ではないだろう。

 

 

「では、アガネイアさん。色々と聞きたいことがあるのですが、よろしいですか?」

 

「あぁ、構わない」

 

「……あなたは王国の者ですか? それとも帝国ですか?」

 

「どちらにも属していない。世界各地を放浪する者だ」

 

「放浪……その身なりだと何処かの国に属している上級騎士ってイメージが強いですが…」

 

「そう見えてしまうのも無理はない。だがこの鎧は私が昔、旅を始めた頃に偶然遺跡で見つけた代物さ」

 

「遺物ですか…」

 

 

悟は品定めをするように頭の先から足先までその姿を改めて観察する。一応、モモンとして活動してる自分も、身に纏っている漆黒の全身鎧は放浪の末に遺跡から見つけた物という体になっている。

 

 

「非常に優れた性能を有しているんだが…深く考えずに身に付けたのが不味かった。この白金鎧には深刻なデメリットがあってね」

 

「デメリット?」

 

「周囲に誰かが居る間は外すことが出来ないんだ」

 

「それは……不便ですね」

 

「だが、利便性もある。身に付けている間は飲食や睡眠、排泄行為が不要になる」

 

「…なるほど」

 

 

もしアガネイアの言葉が事実なら、その身に纏う白金鎧には複数の特殊効果がある。一つが先ほどの〈飛行(フライ)〉に酷似した効果、もう一つが維持する指輪(リング・オブ・サステナンス)のように飲食・睡眠を不要とする効果など最低2つを持っている事になる。

 

 

(まぁ、現地の人からしたら確かに破格の性能だろうが……ユグドラシル産の武具では無さそうかな)

 

 

悟は静かに落胆した。

彼はこの世界に自分以外のプレイヤーの痕跡があることは『六大神』や『八欲王』、『口だけの賢者』と言った神話・伝承を通して何となくだが察している。転移した時代が異なる仕組みは不明だが、複数のプレイヤーがこの世界に来ている、と言うことはそのプレイヤーが身につけている装備品などが時代を通して人伝なり遺跡の遺物なりで残っている可能性があると踏んでいたのだ。この世界にはユグドラシルのモンスターや魔法といったシステムもどう言うわけか組み込まれている為、決してあり得なくは無い。

 

 

(あわよくばユグドラシル産アイテムの収集…それこそ世界級(ワールド)アイテムの存在だってあり得る)

 

 

そうなれば益々この世界を冒険しない訳にはいかない。コレクターとしても、自身の安全のためにも、ユグドラシル産のアイテムは是非とも手に入れたいからだ。しかし、アガネイアが纏っている白金鎧は違うだろう。

 

 

(データクリスタルの貴重な容量(メモリ)に『飲食不要』の効果を組み込むなんて勿体無いこと、初心者でも先ずやらない。そんな種族的問題点なんて装飾品(アクセサリー)で幾らでも補填出来る)

 

 

プレイヤーの遺物ならそんな物に容量を消費するならもっと別の弱点を補う効果に使う筈だ。つまりアレは現地産の武具という事になる。

 

 

(……知ったところで奪うつもりは無いし、そもそも彼の言ってることが事実じゃない可能性の方が大きいし)

 

 

鵜呑みする気は無いが何も情報が無いより遥かにマシだ。

 

 

「私の元に現れた理由は?」

 

「偶然だよ。旅の途中、見るからに怒りを露わにする君を見つけたのだ。特に他意はない」

 

 

確かに彼が纏う鎧の効果であれば荷物が無くともさほど問題にはならないだろう。しかし、偶然と片付けるにはあまりにもタイミングが良過ぎる気がした。

 

 

「さて、そろそろ私も君に聞きたいことがあるんだが、良いかな?」

 

 

アガネイアの言葉に思わず緊張が走る。

”コッチは質問に答えたんだから、ソッチも質問に答えろよ”という圧が伝わるのは気のせいだろうか。

 

彼はコチラの質問を無視することも「答えられない」と返答することも出来た筈だが、真偽はともかく一応は全ての質問に答えてはくれていた。そうなると悟が”質問に答えない”という選択肢が自然と無くなってしまったのだ。

 

 

(こればっかりは仕方ない。素直に応じるか)

 

 

相手の返答内容が本当か否かも分からない状態で、此方も虚言で答えるかそれともある程度誤魔化すかどうか…この匙加減はアガネイアの質問内容次第である。

 

 

「君は…自分が持つその強大な力を振るおうとは思わないのかい?」

 

「……え?」

 

 

想像の斜め上どころか直角90°の問いが来たことに思わず間の抜けた声が漏れてしまった。

 

 

「君がその気になればこの国…ローブル聖王国を始め、近隣諸国を自分の支配下に置くことさえ決して不可能じゃない。それだけのチカラを君は持っているだろう?」

 

 

心なしか彼の両目が鋭く光ったように感じた。

それと同時に場の空気が一気に張り詰める。

 

数秒の沈黙の後、悟は何の気なしに空を見上げた。

 

 

「見てくださいよ、あの満天の星」

 

「……え?」

 

 

予想外の答えに今度はアガネイアが気の抜けた声を上げた。構わず空を見上げる悟に、アガネイアは釣られるようにゆっくりと顔を上に向けた。

 

特に何も変わらない、見慣れた星空があるだけだった。

 

一体何が言いたいのか分からないアガネイアに、悟は話を続ける。

 

 

「何度観ても飽きない…本当に綺麗な空ですよね。まるで『宝石箱』みたいだ」

 

「宝石…箱?」

 

 

あの星空を『宝石箱』と比喩する彼の言葉にアガネイアは「ふむ」と声を漏らす。

 

 

「確かに。言い得て妙だね」

 

「星座、知ってますか? オリオン座とか白鳥座とか蠍座とか…他にも北斗七星とか」

 

「占星術の類で用いる概念だと記憶している。星の羅列や位置に意味を見出すことだと。君の言うソレらは知らないが」

 

「私だって友人から聞き齧った程度の知識ですよ」

 

 

星空を見上げ続ける2人。

いつの間にか場の張り詰めた空気が嘘のように無くなっていた。

 

 

「さっきの質問の答えですが……私は自分のチカラをそんな事の為に使う気はさらさらありません。そりゃあ、身を守る為に多少は力を使うことはあるでしょうけど…支配がどうとかなんて私は微塵も興味ありませんよ」

 

「……世界に混沌を齎す気は無い、と?」

 

「その混沌を齎すって意味がよく分かりませんが……私はこの美しい世界を自由気ままに旅をして、観てまわりたいんです。放浪……と言うより、『冒険』がしたいんです」

 

「冒険……?」

 

 

僅かに首を傾げるアガネイアに悟は構わず夢中に話を続けた。

 

 

「緑豊かな大自然、青い空、白い雲、険しく連なる山々、広大な砂漠、前人未到の秘境、古代の遺跡……美しい星々。そんな世界を冒険したい、それが私の望みです。あとは…」

 

「ん?」

 

「……その感動を分かち合える仲間と出逢えたら、もっと最高です」

 

「……」

 

 

アガネイアは静かに悟を見据える。

勝手に語りふけていた事に気付いた悟が慌てて謝罪をする。

 

 

「あっ…す、すみません! なんか勝手に話を進めてしまって」

 

「いや、構わないよ。寧ろ、話を聞けて良かったと思っている」

 

 

()()()()()()()と言うことは恐らく(モモンガ)の言っていることは事実なのだろう。世界の秩序を破壊し、覇を唱えようとする野心は持ち合わせていない。

 

非常に有用(・・)だ。

 

彼も利用できるかも知れない。

 

 

ズキン…

 

彼の胸に鈍い痛みが走る。

それが物理的なものではない事は理解している。

 

 

(この世界の秩序を守る者としての責務がある……今更だよ)

 

 

しかし――、とアガネイアは何も答えず、黙してモモンガを見据えていた。

 

 

──俺にもしものことがあったら…仲間達と一緒に守って来たあの国を…人類の居場所を守ってくれないか──

 

──今の私は父上の遣いに過ぎん…どうするかは父上が裁定すること、私が及ぶ所ではない──

 

──……ツアー、お願いだ──

 

── ……父上の、竜帝の言葉は伝えた。そもそもお前達に拒否権は無い……やるしかないのだ──

 

 

彼との最後の会話は今でもはっきりと覚えている。

 

 

(もし、私が彼の願いを突き放さなければ……あのような結末を迎えることは無かったのだろうか)

 

「あのぉ…どうかしましたか?」

 

 

モモンガの声にハッと我に返った。

目の前にいるのはモモンガであり、彼ではない。

 

改めて自分にそう言い聞かせたアガネイアは話を再開した。

 

 

「すまない、少し考えごとをしていた。冒険、か……そうだね、それは良い冒険だね…すまないが、最後にもう1つ聞いても良いかい?」

 

「え?」

 

「“ズルヴァン・アカラナ“…もしくは“ズルヴァカーナ“という名前に聞き覚えは?」

 

 

悟は顎に手を当てて考え込む。

名前と言うからには人の名前なのだろうが、生憎聞き覚えが無かった。

 

 

「いえ、分かりませんね」

 

「そうか。いや、知らないならそれはそれで構わない」

 

 

それ以上の事は何も聞かなかった。

アガネイアが旅をし続けている理由の人なのだろうかと悟は考えた。心なしか何処か辛そうな雰囲気を感じ、どう声を掛けたら良いか分からなかった。もしかすれば彼の友人の名前だったのかも知れない。

 

 

「おっと、だいぶ時間を取らせてしまったね。勝手で申し訳無いが、私はここで失礼させて貰うよ」

 

「え?」

 

 

まるで思い出したように突然、話を終わらせようとするアガネイアに対し呆気に取られてしまう悟であったが、自分も宿屋にブレインを放ったらかしにしていた事を思い出した。

 

 

(勝手にキレて、勝手に意固地になって…戻ったらブレインに謝らないとな)

 

 

初対面だったが、知らない誰かと話している内に少し前のモヤモヤ感がいつの間にかスンと消えていた事に気付いた。

 

 

(結局、この鎧の人が何者なのかは分からずじまいだったけど……悪い人では無い、ような気がする多分)

 

 

悟はアガネイアの元へ歩み寄ると骨の右手を差し出す。今度はアガネイアの方が呆気に取られ、じっと差し出された骨の手を見つめていた。

 

 

「機会があればまた会いましょう、アガネイアさん」

 

 

その言葉を受けたアガネイアは一度悟へ視線を上げた後、同じく右手を差し出して固い握手を交わす。

 

 

「こちらこそ。キミと話ができて良かったよ、モモンガ」

 

「次は警戒無しの穏やかな空気で」

 

「あぁ……そう願いたい」

 

 

静かに、だが嵐のようなひと時だった。

 

アガネイアは最初のように空を飛んで行き、悟はその背中を見えなくなるまで見送った。

 

 

「本当に誰だったんだろうな、あの人は…いや」

 

 

悟は最後に彼と交わした握手の感触を思い出す。

 

恐らくだが、中は空っぽだ。

 

 

「……本当に人だったのか?」

 

 

もしかしたら自分はかなり厄介な存在に目を付けられたのかも知れない。今後はより一層注意して行動するべきだろうが…

 

 

(アダマンタイト級冒険者で救国の英雄扱いされてる現状でどう注意せよと?)

 

 

覆水盆に返らずと言って良いのか分からないが、「目立たない」という事はもはや無理だろう。

やれやれと肩を竦めた悟はこれ以上考えるのをやめた。

 

 

「…ま、未来の俺に任せるしかないか」

 

 

ある意味で諦めの境地、または慣れである。

こうなったらなるようになれば良い。

どう頑張っても身の丈以上の立ち回りなど出来はしないのだ。

 

それよりも今やるべき事がある。

 

早速、冒険者モモンの姿に戻った悟は〈転移門(ゲート)〉をブレインがいる部屋へ繋げた。

 

 

「悪い、大分遅くなっ…た?」

 

 

酒臭い部屋に戻るとそこには新しい酒瓶を片手に持ったブレインが堂々と椅子に腰掛けてこちらを睨んでいた。あまりの異様な雰囲気に一瞬たじろぐ悟だったが、ブレインの顔は悟が此処を出て行った時よりもかなり真っ赤になっていることに気付いた。もう酩酊状態と言ってもおかしく無い。

 

 

「お、おい…大丈──」

 

「やっと帰って来たな、こんのヤロウ」

 

「あ、はい」

 

 

ブレインが椅子から立ち上がるとふらついた足取りで悟に近づいて行く。悟が出て行ってからどれだけ飲み続けていたのかは部屋の中に散乱する酒瓶の量からして察した。しかし、こんな状態でもある程度真っ直ぐ歩けるのは武人としての技量なのか単純に酒に強いだけなのか。

 

目の前まで歩み寄るとブレインは持っていた新しい酒瓶を悟の前へ差し出して来た。悟は何も言わず、ゆっくりと酒瓶を受け取る。

 

 

「俺はお前が何者なのはよく知らないし、どんな過酷な人生を歩んで来たのかも知らん」

 

 

酒臭い、いかにも酔っ払いのそれだが不思議と悟は彼に対して嫌悪感は微塵も浮かばなかった。何故なら自身を見据えるその瞳が真剣で、とても真っ直ぐに感じたからである。

 

 

「でも俺は…これからもお前と研鑽を積みたいと思ってるし、お前の事を知りたいと思ってる。お前が何者かなんて関係ねえ……だからそのぉ…コレは……こ、“これからも宜しく“って意味と…そのぉ…さっきは不躾な事を聞いて…悪かった」

 

 

突然、謝罪を口にしたブレインが頭を下げる。

 

呆れた悟は深い溜息を吐いた。

無論、ブレインに対してでは無く、自分に対してだ。

 

 

(……なんか謝られちゃったな)

 

 

そもそもブレインに非は無いのに彼が謝る意味がよく分からない。しかし、彼なりに己の非を見出した結果、こうして謝罪をして来たのだろう。

根が真面目な彼らしいと言えば、そうなのだが。

 

とにかく、頭を下げたのが彼だけというのは許容出来ない。

 

 

「お前が責任を感じる必要はない。あの時は俺の身勝手な我儘……癇癪を起こしてお前に当たり散らした俺の責任なんだ。だから、頭を下げるべきは俺の方さ……本当にすまなかった」

 

 

今度は悟が深々と頭を下げる。

社畜時代に培われた処世術(スキル)は伊達ではないと自負しているが、今回ばかりはそんな意識は無い。ブレインを余計に気遣わせ、煩わせてしまった己の不甲斐無さによる誠心誠意の謝罪だ。

 

悟が頭を下げていることに気付いたブレインは動揺した。謝罪したはずが、まさか謝罪される展開になるなど思ってもいなかったのだろう。

 

 

「はっ!? い、いや…なんで──」

 

「お前は何も悪くない。俺が勝手に壁を作り、勝手に拒絶したんだ。お前なりに距離を縮めようとしたというのに……お前に頭を下げさせてしまった」

 

「い、いやいや! だから俺は──」

 

「頼む…謝罪させてくれ」

 

 

慌てふためくブレインは頭を上げるよう悟に言おうと思ったが、彼の見事な謝罪の姿はまるで微動だにしない。こちらが折れない限り、彼はずっと頭を下げ続けるだろうと思ったブレインは大きく溜息吐く。

 

 

「わ、わかった。受け入れる…受け入れるよ、モモン。だから頭を上げてくれないか」

 

「ありがとう…ブレイン」

 

 

悟はゆっくりと頭を上げた。

そこで緊張の糸が切れたのか、ブレインがいつもの調子で頭をガシガシと乱暴に掻いてもう一度大きな溜息を吐く。

 

 

「はぁ〜〜、ったく。謝る筈が謝られるとはなぁ……まいったぜ」

 

「事実だからな。さてと…随分と飲んだみたいだな。まぁ飲んでくれと言ったのは俺なんだが」

 

 

悟が部屋の中を見渡す。

ここを出て行く前もそこそこ空いた酒瓶が転がっていたが、今はその時の倍近くは散らかっていた。ブレインへ顔を向けると彼はバツが悪そうに視線を逸らす。

 

 

「お、お前が帰って来るのを待ってたら落ち着かなくてな……ちょっと酒でも飲んで落ち着こうと思ったらこうなっちまった」

 

「……ちょっとでこうなるもんなのか?」

 

「あー…マジで悪いとは思ってる。で、でも、本命はちゃんと未開封だからな」

 

「本命?」

 

 

その言葉に悟は手渡された酒瓶を思い出した。

改めてその酒瓶を眺めると悟はある事に気付く。

 

 

(随分と小洒落た加工の酒瓶……普通の酒じゃなさそうだな)

 

 

庶民の手に届く安酒らしい酒類は覚えてはいないが、なんとなくは分かっているつもりだ。しかし、ブレインが手渡したコレは明らかに他の酒とは違う。

 

悟がコレが何なのか聞くとブレインは頬を掻きながら答えた。

 

 

「こ、この店で一番良い酒を見繕って来たんだ」

 

「むぅ…俺は酒が飲めないんだが──」

 

「だぁぁもう!! 先ずは酒を開けてみろって!」

 

 

痺れを切らしたブレインが「勘弁してくれ」と言わんばかりに紅潮して、早く酒瓶を開けるよう促す。そんな様子を見た悟はそれ以上は何も言わず、言われた通り酒瓶を開けた。

 

 

「……ッ!? これは」

 

 

小気味良いコルクを開ける音と共に悟は鼻腔に感じる芳醇で上品な香りに気が付いた。何度か瓶口を近付けて嗅いでみるが、不快なドきついアルコール臭はせず、寧ろとても心地良い気分に浸った。

 

 

(魅了や酩酊なんて状態異常は効かない筈だよな……はぁ、でもコレは)

 

 

中々に良いものだと思った。

一通り香りを楽しんだ悟はブレインへ顔を向け直す。

 

 

「お前でも楽しめる酒を選んだんだ。どんな香りが好きかなんて知らないからよ……ど、どうなんだ?」

 

「……あぁ、本当に…本当に気に入ったよ」

 

「そ、そうか……っ!」

 

 

その言葉を聞いたブレインに安堵の表情が現れる。本当に悩みに悩んだのだろうなと思った悟は静かに笑った。

 

すると、何を思ったのか悟は頭兜を消すと貰った高い酒を呷り始める。

 

 

「お、おい…!」

 

 

呼び止めるブレインの言葉を無視して悟は酒を一飲み…したつもりだった。

 

案の定、瓶の口から流れた酒は骨しかない悟の口腔に含まれる事は無く、下顎の骨からドバァと溢れて床へ溢してしまった。一飲み分を溢した後、悟は残っている分を確認してからコルクで再び蓋をして無限の背負袋(インフィニティ・ハヴァサック)へ大事にしまい込む。

 

 

「ふむ…やっぱり飲めないから。ほら、此処から流れ落ちてしまう」

 

 

そう言いながら悟は下顎の骨へ指を指しながら話す。

 

 

「……ぶはっ!!」

 

 

その言葉を聞いたブレインは思わず吹き出した。

 

 

「あっははははは!!!!!!」

 

「フッ…フフフフフ…! ははははははは!!!」

 

 

ブレインが笑い、悟も笑う。

しかし、間も無くアンデッドの特性である精神安定が働き、その喜びの昂りが一気に抑え込まれてしまった。

 

 

「ははは…! ちっ…!」

 

「んぁ? どうした?」

 

「いや、なんでも……あー、もういいか」

 

「ん?」

 

「アンデッドの種族特性の一つの『精神安定』が働いたんだ。喜びも怒りも悲しみも、一定値まで昂ると一気に抑制されてしまうんだ…それが今しがた発動した」

 

「便利…とは言えないみたいだな、その様子だと」

 

「あぁ。まぁ助かってる事も多いと言えば多いんだが……煩わしくないと言えば嘘になるな」

 

「そうか…だったらよ」

 

 

そう言うとブレインは残っていたまだ開いてない酒瓶を持って悟の肩へ迷いも無く組み始めた。

 

 

「その抑制が効かなくなるくらい楽しめばいいじゃあねぇか!!」

 

「ったくお前は……よし、やってみるか!!」

 

 

2人はその後、夜明けまで酒を酌み交わした。

無論、悟は酒など飲めないし、ブレインもそれを理解している。ブレインと一緒に酒を呷るアインズだが、案の定酒は剥き出しの下顎から溢れてしまう。

 

それを見てブレインとアインズが笑う。

 

何度も精神安定が発動しても2人の笑い声が絶えることは無かった。

 

2人の会話は何ともくだらないモノばかりだが、2人の酒の肴には十分過ぎる効果を発揮した。

 

ブレインはプレゼントした酒は飲まないのか?と聞くが悟は「いつか本当に飲める時のために」と此処で空にする事を拒否したのだ。それを無碍にしないブレインは「そうだな」とだけ答えると、また一本新しい酒瓶を開けるのだった。

 

そして、2人は文字通り宿屋の酒を飲み干した。

 

後日、宿屋の主人は「昨夜はお楽しみでしたね」と満面の笑みで2人を見送ったと言う。

 

文字通り楽しんだのでしても何もしなかったのだが、宿屋にあった酒をただの2人で空にしたと言う話は聖王国の英雄モモンが泊まった宿屋という事も相まって瞬く間に広がり、並行して「英雄モモンはとてつもない酒豪」という逸話も広まったと言うのだが、本人には知る由も無い。

 

 

 

大広間の台座で鎮座するツアーは静かに思い更けっていた。

 

 

(此度のぷれいやー…モモンガは恐らく善なるものなのかも知れないが、もう少し情報が欲しい所だな)

 

 

自陣に引き込むでも、敵対するでも無い。

まだ早計だろうと踏んだ最強の竜王は、様子見を決めた。此処に評議員が居れば「悠長だ」と声を出す者もいただろうが、味方となり得る場合も十分あると言う意味でもある。

 

 

(過去に転移して来たぷれいやーの例もある。確定するにはまだ早い)

 

 

少なくとも傲慢で過信と野心に満ちたぷれいやーで無いことには安堵していた。ぷれいやーによってはツアーが遠隔操作する白金鎧では分が悪い場合もある為、情報収集に専念出来る時間が得られるのは願っても無い。

 

 

(だが、願わくば……彼とは敵対したくは無い)

 

 

それはモモンガのチカラを恐れての言葉…と言うよりも、かつてのトラウマに近い感情が理由だった。

 

 

(……彼が、君が憧れていたぷれいやーなのかい?)

 

 

──“モモンガ“?──

 

──あぁ。私が死の支配者(オーバーロード)を選んだのも、その人に憧れてたからなんだ──

 

──だが、君の話を聞く限りでは彼は──

 

──ユグドラシルの『魔王』!そこが良いんじゃないか──

 

──…そう言うものなのかい?──

 

──そう言うものさ!男なら誰だってカッコいい存在に憧れるものだろ?──

 

 

 

かつてを思い出したツアーは思わず笑みが溢れる。

 

 

「その憧れは…どことなく君によく似ていたよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──そう言えば、君が管理する人間たちは君のことを…──

 

──『ズルヴァカーナ』って呼ぶようにしたんだ…普段の名前だとむず痒くてさ…それに長いし──

 

 

──それも大概だと思うけどな…大して変わってもいないような──

 

──い、いいんだよ、名前のまんま崇められるのは…流石に気疲れしてしょうがないんだよ──

 

──人間たちも妙に言いにくそうだったよ、時が経てば多少訛ってしまうかもしれないね──

 

──それならそれで構わないさ。それでもなんか恥ずかしいし──

 

──そう言うものなのかい?──

 

 

「私は、この世界を守る責務がある……もしその時が来たら…どうか赦してくれ、スルシャーナ(・・・・・・・)




個人的考察
『スルシャーナ』は現地人が訛って伝えられた名前で真名(PN)は『ズルヴァン・アカラナ』だった説

善のアフラマズダと悪のアンリマンユを生み出したゾロアスター教の真相であり始まりの存在であり善と悪の原理を産み出した超常的存在。とりまスルシャーナはユグドラシルのラスボス(非公式)のモモンガに憧れた厨二病プレイヤーでモモンガとは違ったスタンスと設定に肖った「悪の象徴」を目指した。

ズルヴァン・アカラナだと訛ってスルシャーナへ至るのは少し難しい気がしたので小心者の彼はとりまそれっぽい取ってつけたような『ズルヴァカーナ』で信仰するよう命じる。

ズルヴァン
ズルヴァン・アカラナ
ズルワーン
ズルワーン・アカラナなど他にも呼び名はあるもよう


──
『グライアイ』(WI)
使用者が知りたい・見つけたい情報を何でも教える効果。
元ネタはギリシア神話の怪物「三姉妹の老婆たち」で三姉妹で共有していた目玉をペルセウスに奪われた事で彼が望む神具の在処を教えたと言う。

世界の守りを得ているプレイヤーの情報を得ることは不可能だが、ワールドアイテムの在処や入手方法のヒントはくれる。

二十のひとつでは無い為、何度でも使用出来るがその代わりに膨大な経験値もしくは金貨を必要とする。ただし、世界の守りなどで失敗した場合は支払った対価は戻ってくる。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。