Holy Kingdom Story   作:ゲソポタミア文明

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第37話 祝賀会の前日

現在の要塞線は数ヶ月前とは大きくかけ離れていた状況にあった。無論、東に広がるアベリオン丘陵の亜人部族からの侵入を防ぐという聖王国防衛の要である為、軍備に余念は無い。

 

大きく変わったのは緊迫感である。

 

数ヶ月前までは激化する亜人部族達の襲撃により、要塞線にいる聖騎士や兵士たちは常に張り詰めた空気の中にいた。

人間を食糧としか見ていない亜人たちの襲撃に備えるための最前線。その空気の中にいるだけでも心身ともに疲れてしまうものなのだ。

 

大きく変わったキッカケはただ一つ。

ローブル聖王国史上初のアダマンタイト級冒険者。

ズーラーノーンの邪悪な計画によってアベリオン丘陵に現れた一万体にも及ぶアンデッドの大群、亜人王『十傑』の一角である『豪王』バザーの撃退。

 

挙げればキリが無い偉業ばかりである。

 

特にバザーの撃退は亜人部族達にとっての大きな牽制となった為ここ最近は襲撃は一度もない。数ヶ月前の張り詰めきった空気は弛んでいるとまでは行かないがまるで嘘のように落ち着いている。

 

 

「此処に来る度にいつも思うけど、よくこんな長いの作ったよなぁ」

 

 

私用で要塞線に訪れていたモモンは、独りごちりながら城壁添いに歩いていた。今回彼が此処へ訪れた目的は、友人であるパベルと此処で落ち合う約束をしていたからである。

 

因みにパベルがこの場所を指定した理由は、モモンを配慮しての事だった。

 

 

「えっ!? も、モモンさんだ!!」

「は?……ま、まじかよモモンだ!!」

「モモンさん!!」

「モモンさぁん!!」

「モモン様!!」

 

 

案の定、自分を見かけるなり要塞線に配置されている兵士達からの声があちこちから聞こえてくる。モモンはそんな兵士たちに対し、鷹揚に手を振って応えた。

 

 

「おぉぉぉ!!」

「も、モモンさんが僕に手を振ってくれたぁ〜!」

「馬鹿野郎!モモンさんは俺に手を振ってくれたんだ!」

 

 

更に熱狂的な黄色い声が聞こえて来る。

正直、本当に待ち合わせ場所がここで良いのかと心配になってきた。

 

 

「持ち場を離れるな!!馬鹿もん!!」

 

(うわびっくりした)

 

 

いきなり聞こえた怒鳴り声の方へ目を向ければ獣かモンスターかを模した二本のツノを備えた特徴的な兜を被った男が現れた。謂わゆる隊長クラスなのだろう。

 

隊長が現れた途端、先ほどまで熱狂的だった兵士たちが慌てて自らの持ち場へと戻っていった。

 

 

「まったく、最近亜人どもの襲撃が無いので兵士たちに緩みがでておりますな。モモン殿も緩みきった兵達を見てさぞや驚いたでしょう。いやはや、お恥ずかしい」

 

 

兜越しに頭をかきながら隊長の男がモモンへ近付いてきた。正直、この人の怒鳴り声の方がビックリしたのだが、変な声を出さなかった自分を褒めてあげたい。

 

 

「そんなことはありませんよ。それだけ此処が安定してきていると言う意味でもあります。何時も気を張ったままでは気疲れを起こしてしますし、多少の気の緩みは必要ですよ。それに、こうして聖王国が平穏を保てているのはこの要塞線で日夜有事に備えているこの国の聖騎士達や兵士達の存在があってこそです」

 

「な、なんと…っ!? 我々のことをそこまで……! 我が国の英雄たるモモン殿にそこまでの評価を頂けるとは…か、感無量です!」

 

 

強面の隊長が目頭を押さえ涙ぐむ。

モモンとしては別に大したことを言ったつもりは無いのだが、彼らからすれば国家存亡の危機を救ってくれた大英雄からの言葉なのだ。ある意味、王族や大貴族からの叱咤激励よりも大きな力を発揮するらしい。

 

 

「なにやら盛り上がっているな、モモン殿」

 

 

聞き慣れた声へ顔を向けると、足音ひとつ立てずに歩み寄るパベル・バラハがいた。

 

 

「パベルさん…!」

 

「久しぶりだな、モモン殿」

 

 

久しぶりの友人との再会に自然とモモンの声が明るくなる。

 

パベルも友人との再会に思わず笑みが溢れるが、口元より下は黒いマスクで覆われている為、剥き出しになっている目元が歪んで三日月になっているくらいしか窺えない。相手を射殺さんとする凶悪な鋭い眼を向けられては並大抵の者であればそれを笑みとは察する事無く、間違いなく恐怖のみを与えるだろう。実際、強面の隊長の顔が引き攣っている。しかし、向けられている当のモモン本人は微塵も恐怖を感じていない。

それが純粋な笑顔であると知っているからだ。

 

 

「呼び出した側だと言うのに、遅れてしまい申し訳ない」

 

「いえ、私も今到着したばかりでしたから。身体の方はもう大丈夫なんですか?」

 

「えぇ。ただ、一線から引いた代わりに部下達の育成に骨を折っているよ」

 

「どうか身体は大事にして下さい。パベルさんはまだまだこの国に必要な人なんですから」

 

「ははは、流石にそれは買い被り過ぎだ。だが、世辞でも嬉しい」

 

「うーむ、本当のことを言ったつもりなんですけど…」

 

 

 

周りの兵士たちは、改めて2人が仲睦まじい関係であるという噂が本当なのだと実感した。

 

モモンは言わずもがな、パベルも殺人的な怖さの眼を除けば人格者である。人格者同士が惹かれ合うというのはある意味自然なのだろう、と誰もが思っている。

 

強面の隊長も何度かモモンと話したことがある手前、無礼とは思いつつも救国の大英雄たる彼とここまで仲良くなっているパベルに対し妬ましさを感じていた。

 

彼だけではない。

周りの聖騎士や兵士たちも同様である。

 

生きる伝説、真の英雄…そんな英雄譚から出来たような憧れの存在と親友のようになりたいと思うのも無理はない。

 

 

(モモン殿とバラハ兵士長殿は、アベリオン丘陵で″豪王″バザーとの戦いを共にしてから親しい間柄になったと聞く……フッ、やはり互いに背中を預け、死線を潜り抜けた者同士となれば、固い絆で結ばれるというものか)

 

 

羨ましいが、果たして自分に似たようなことが出来るだろうか。強面の隊長は「否」と心の中で呟きながら小さく首を左右に振る。

 

 

(かの英雄に付いて行くなど、無理な話だな。それこそバラハ兵士長殿のような強者でなければ不可能なことだ。我らは我らの為すべきを成し、この国を守って行かねばならぬ)

 

 

いくら背伸びしたところで英雄にはなれない。

しかし、身の丈にあった役目を果たし、この国を守り、憧れの英雄を少しでも支えることくらいは出来る筈だ。

 

名前も覚えられていない──そもそも名乗ってない──要塞線の一隊長の男は心の中でそう誓った。

 

 

「お二方、ここではなんです。彼方の小砦の中でゆっくりと話をされては?」

 

 

強面の隊長の言葉にモモンは「そうですね…」と呟きながらパベルへ顔を向ける。

 

そこへ小砦から突然忙しない音が聞こえてきた。

謎の物音にモモンが首を傾げる一方、何かを察したパベルは苦笑いを浮かべ、強面の隊長は溜息を吐きながら目をおさえている。

 

 

「どうやら取り込み中のようですね。申し出はありがたいですが、歩きながら話そうと思います」

 

「俺もモモン殿と同意見だ。すまない」

 

「い、いえいえ、お気になさらず」

 

 

2人がその場を後にする。

小砦に強面の隊長が入るや否や怒鳴り声が響き渡った。

 

 

モモンとパベルは要塞線の城壁上の通路を歩いている。

 

通り過ぎ様にすれ違う兵士達や聖騎士達からの声にモモンは手を振って応えたりしていたが、特に煩わしいとは思わなかった。

 

救国の大英雄と『九色』の一人が街中ではなく防衛の最前線たる要塞線に居る。

恐らく何かしら重要な話があるのだろうと、周りの聖騎士や兵士たちがそう判断して、変に絡んでこないのが大きかった。

 

 

「そうでしたか。ついにお嬢さんが野伏(レンジャー)に」

 

「そうなんだ‼︎ 最初は聖騎士を目指そうとしていたが、やはり本人も剣の才能が無いことを気にしていた。以前、モモン殿からのアドバイスを伝えたら素直に聞いてくれたらしい」

 

 

パベルは娘が己の才能を活かせる道へ進んだことを嬉々として話していた。その後も未だに芋虫が苦手であること、弓の扱いが上達していること、ネイアが所属する部隊はパベルとは違う事が心配であることなどを話し続ける。

全て愛娘ネイアの話ばかりだが、モモンは嫌な反応ひとつせず、真摯に話を聞き続けた。

 

 

「──だからなぁ……違う部隊へ配属されたら、手塩にかけて育てた娘が良からぬ輩に変な何かされないのではと心配で心配で…」

 

「大丈夫ですよ。あの子は強い子です。パベルさんの子供なんですから」

 

「そう言ってくれると心強い。そうだ!ネイアはモモン殿のことをとても気に掛けていたよ!」

 

「え? 私の?」

 

「ネイアにとってもモモン殿は恩人だ。アナタに強い憧れを抱いている。ネイアもいつか君の役に立てる日が来るのを目指して精進していたよ」

 

 

モモンはネイアの事を思い出す。

パベルの鋭い眼光を受け継いだ彼女だがその心はとても優しく家族想いの良い子だ。時折、パベルの自宅へ赴いては多少会話をする間柄ではある。彼女が弓の鍛錬に力を入れているのも知っている。

 

 

(そんな彼女も今では聖王国の野伏部隊に所属か…)

 

 

なんだかしみじみ思う。

まるで親戚の叔父さんの気分だ。

 

 

「さて……そろそろ本題に移りたい。モモン殿」

 

 

突然、パベルが真剣な口調に変わる。

2人はそのまま城壁上の通路を歩き続けた。

 

 

「話というのはアベリオン丘陵の亜人部族についてだが……」

 

パベルが立ち止まり鋭い眼を左右に動かし周囲を警戒する。その後、その視線をモモンへ移した。

 

パベルの動きを察したモモンは静かに〈静寂(サイレンス)〉の魔法を周囲にかける。

 

 

「感謝する……。これはまだ非公式の情報だが、俺の部下が数名アベリオン丘陵の状況を把握する為に調査へ向かった。いくら今が平穏とは言え、奴らの動きを常に出来るだけ把握しておく必要がある」

 

「えぇ。それには同意します」

 

「うむ。それで、斥候へ向かった部下たちが偶発的に複数体の馬人(ホールナー)という亜人と遭遇した。予期せぬ遭遇戦だったが……危険な丘陵地帯へ送り込める部隊だ。雑兵相手なら油断しない限り後れを取る事はない」

 

 

どうやら戦闘が勃発した斥候は皆無事らしい。

モモンは冒険者活動のツテで得た情報から馬人と言う亜人の情報を思い出していた。

 

 

「確か…人型の馬のような外見をした亜人ですね。脚力と瞬発力が脅威的と聞いています」

 

 

モモンの言葉にパベルは頷いて返した。

 

 

「えぇ。馬人自体は問題ではない……問題なのは奴らの武具だ」

 

「武具?」

 

 

予想外の答えに思わず聞き返してしまった。

部族の差異はあれど亜人が武器や防具の類を扱うことは別に珍しくもない。

寧ろ当たり前とさえ言える。

 

刀鎧蟲(ブレイダー)人蜘蛛(スパイダン)石喰猿(ストーンイーター)など生まれながらにして備わっている武器を扱う部族もいれば、多少原始的な造りでも武具を扱う部族も多く存在するのだ。

 

 

「奴らが持っていた武具が…どれも精錬されたモノだったらしい」

 

「精錬された武具?」

 

「奴らが扱う武具の大半は原始的か、殺した兵士や冒険者から奪ったものだ。此方の武器を見様見真似で作る部族もいるが……その造りは基本的にお粗末だ。人を殺す分には問題は無い程度の、だが」

 

「なるほど。でも、その馬人たちが纏っていた武具はそうではなかった、と?」

 

「あぁ。魔化が施されていないにも拘わらず、馬人の体躯にピッタリ合った鎧に、鉄製の剣と槍。汚れや凹み、刃こぼれも殆ど無い、新品そのものだったそうだ」

 

 

聞けば聞くほど不可解だ。

盗んだり追い剥ぎした武器や防具なら魔化が施されてもいない限り、種族によるサイズの違いから装備できないことが多い。しかし、話を聞く限りではその馬人達の武具は自分達の種族に合った造りをしていたらしい。

 

モモンは顎に手を当てて考え込む。

 

 

(バザーみたいな王侯種(ロード)やそれに近い強個体(英雄級)ならありえるか? バザーはマジックアイテムの武具を身に纏ってたし……)

 

 

亜人部族の王や英雄級の猛者はマジックアイテムや比較的優れた武具を装備する。強者には強者に相応しい武具を与えると言うのは人間も亜人も変わらないらしい。

 

今しがた話に出てきた馬人たちはどうだろうか、と考えるがモモンはすぐにそれを否定した。

 

 

(いや、違うな。もし斥候達が遭遇した馬人が英雄級の強個体だったら、全員が無事に戻って来ると言うのはちょっと考えられない)

 

 

生まれながらにして強者の亜人…その強個体となれば、現地の人間にとっては大きな脅威だ。一対複数ならともかく、複数対複数の状況であればかなり厳しいだろう。いくら斥候に選ばれた者達とは言え、現地の平均レベルを加味すれば最低でも1人か2人は戦闘不能になっていても可笑しくないし全滅だって十分あり得る。

 

そうなると考えられる可能性は──

 

 

「もしかすると、鍛治職に優れた馬人が現れた可能性がありますね。魔化も無く、自らの種族に合わせた普通の武具を生産するとなれば…」

 

 

モモンの言葉にパベルが顎に手を当てて思案する。

 

 

「なるほど…確かにその線も考えられる。しかし、その現象が複数かつ同時に発生した、となればどう思う?」

 

「複数?…同時?」

 

 

パベルは静かに頷いた。

 

 

「急に装備が充実し始めたのは馬人だけでは無いんだ。洞下人(ケイブン)蛇身人(スネークマン)鉄鼠人(アーマット)…そしてゴブリン。遭遇戦となったのは馬人だけだったが、判明している分だけでも相当な部族の武具が調えられつつある。判明していないだけで他の部族も同様の状況であると判断しても良いだろう」

 

「それは……異常だ」

 

「同感だ。此処も今は平穏だが、それは嵐の前の静けさに過ぎない。恐らく…そう遠くない未来、亜人部族は今度こそ勝利を確信して攻め込んでくるやも知れん」

 

 

大侵攻──

そんな言葉が脳裏に浮かぶ。

 

もし亜人連合軍が攻め込んできた場合、幾ら難攻不落な要塞線と言えど突破される可能性が高い。

 

 

「しかし、何故亜人達がそこまでの武具を……一体どうやって手に入れたのか」

 

 

大きな疑問はそこだ。

モモンは少し前にアベリオン丘陵について調べたのだが、あの丘陵地には亜人種以外にも人間種が住んでいる事が分かった。

 

闇小人(ダークドワーフ)はドワーフの名を冠する人間種から察するに鍛治職に優れた種族である。種族としての戦闘能力は周囲の亜人種達と比べて数段劣るため弱肉強食のアベリオン丘陵では下位にあたるが、その優れた鍛治技術(スキル)を活用して上手く生き残っている。

 

 

(確か山羊人(バフォルク)に作成したマジックアイテムや武器防具を定期的に送る代わりに、庇護下に入れてもらうことで他の亜人部族からの侵攻を防いでるとか……自分たちの強味を活かして生き残ろうとするあたり強かだよなぁ)

 

 

生き残るために『十傑』の庇護下に入る。

弱者故の生き残る為の策である。

 

 

(あれ?……待てよ)

 

 

モモンの脳裏にある考えが浮かび上がる。

 

 

「パベルさん…私はとんでもない過ちを起こしたのかもしれません」

 

「え?」

 

 

モモンの言葉にパベルは首を傾げた。

 

 

「自分が…山羊人の王、“豪王”バザーを倒したせいで、連中と取引をしていた闇小人が新しい後ろ盾を得るために他の亜人部族と取引を──」

 

「なるほど。しかし、それはあり得ないでしょう」

 

「はぇ?」

 

 

まさかの言葉に思わず間の抜けた声か出てしまった。

 

 

「闇小人の集落は極めて小さく、山羊人の縄張りに大体が囲われるように存在している。地図で見ればリ・エスティーゼ王国の国境とかなり近い位置に接してはいるが険しい難所に隔たれているから、実質山羊人の縄張りの中と受け止めて良い」

 

「は、はぁ…なるほど」

 

「取引で山羊人の庇護を受けているとは言っても、どちらかと言えば従属に近い立ち位置だそうだ。裏で他部族と取引に応じようものなら山羊人たちの怒りを買うことになるからな。そうなれば真っ先に潰されるのは自分たちだから、山羊人の縄張りが壊滅状態にでもならない限りはまずあり得ないだろう。それに斥候の報告にも山羊人内で混乱が起きている様子は見られなかったそうだ。亜人王が敗れても縄張りが健在な部族も、前例が無いわけではない。元々強い部族故に他部族から攻め込まれ難いというのもあるが……とにかく、モモン殿が気にする必要は何処にもない」

 

 

パベルがモモンの背中をポンと叩く。

彼の言うことも尤もだし、モモンの知らない情報をも持っているのならきっと正しいのだろう。

 

 

「バザーが存命なのも山羊人達が内部崩壊していない要因でもあるでしょう。疑う気はサラサラありませんでしたが、あの時のモモン殿の判断はやはり正しかった」

 

「あ、ありがとうございます……しかし、そうなるとどうやって」

 

「実は……『八本指』が絡んでいるのではないか? と事態を知っている上層部は考えている」

 

「『八本指』?」

 

「あぁ。コッコドールが牢獄内で先日首無し死体となって見つかったのは知っているな?」

 

 

モモンは静かに頷く。

これは早朝に聖騎士団副団長のグスターボ経由で内密に知らされたのだが、聖王国南部で暗躍していた『八本指』奴隷売買部門の長、コッコドールが何者かに殺されたらしい。首が綺麗に切断されていて、まだ頭部は見つかっていない。

 

聖王国からすれば祝賀会前日に行われた犯行で、しかも首都圏の厳重な監獄を掻い潜られたのも含めて顔に泥を塗られたも同然の行為だ。しかし、イタズラに騒ぎを起こす訳にもいかず、聖王国政府は極秘裏に箝口令を敷く他なかった。

 

 

「しかし、何故『八本指』だと?」

 

「コッコドールの尋問中、奴は興味深いことを言っていた……“密輸部門が何かを企んでいる”と」

 

「密輸部門?」

 

「事態を知る上層部の話では、王国内で製造した武具を密輸部門がアベリオン丘陵へ流しているのではないか? と言う意見が上がっている」

 

「なるほど。奴らからしてみれば、私は奴らの計画を潰し、看板に泥を塗った張本人……随分と狡い真似を」

 

「あぁ、如何にも悪党らしい……。私がモモン殿に伝えたかったことはコレが全てだ。明日の祝賀会、どうか注意して欲しい。無論、我々も協力して周囲の警護に当たる」

 

「えぇ。もしまた仕掛けてきたら…また奴らの出鼻を挫いてやりますよ」

 

「フフフ、警備する側の私が心強いと感じてしまうよ……それからモモン殿」

 

「ん?」

 

「貴方に…聖王国にとらわれない自由な冒険者活動を、と思い私なりのツテを使ったのだが……また厄介ごとに巻き込んでしまった。本当に…本当に申し訳無かった」

 

 

パベルが心の底からの謝罪を口にする。

友の心痛を理解している分、その心情はかなり重い。

 

 

「どうか謝らないでください。聖王国に危機が迫っているとなれば、見過ごす訳にはいきませんから」

 

 

一方、モモンは気にもしていない。

自身の隣で頭を下げ続けるパベルの顔を慌てて起こすよう促す。

 

自由が欲しくないと言えば嘘になるがそれも場合によりけりだ。仮に自由の身になった後でさっきの話を聞いていれば真っ先に聖王国へ戻って行くつもりだ。

 

 

(なんだかんだ言って、聖王国には色々と思い入れがある。それに、大切な友人が愛する国なんだ。だったら俺もその為に一肌脱ぐのは友として当たり前のこと)

 

 

アンデッドだから肌なんて無いけど、と内心自嘲しながら涙を浮かべるパベルの眼を見据える。

 

 

「俺は…貴方の優しさに甘えてばかりだな」

 

「それは私も同じですよ、パベルさん」

 

 

 

話を終えたモモンは城塞都市カリンシャへと戻った。この国は良くも悪くも自分を飽きさせないイベントが立て続けに起きるものだなとしみじみ思う。

 

未だにこの世界は未知な出来事が多い。

 

寿命の無いアンデッドである自分には時間がたっぷりあるのだから、自由な冒険の前に色々と寄り道すると言うのも悪くはないだろう。

 

 

 

モモンが要塞線へ赴いていた日の真夜中。

首都ホバンスが某廃屋の2階で、『闘鬼』ゼロは板で打ち付けられた窓の隙間から見える首都の景色を眺めていた。

 

永 続 光(コンティニュアルライト)が掛けられた街頭が都市を照らす中、一際目立つ光で包まれている建物にゼロは目を細める。

 

王城の敷地内に隣接しているドーム型の建造物が明日の祝賀会の会場となる予定だ。吹き抜けの大きなダンスホールの構造となっており、数日前から大量の荷物を載せた荷馬車が引っ切り無しに王城もといあのダンスホール会場へ向かって行っている。

 

 

(眩しいな……腹立たしいほどに)

 

 

腕を組み、仁王立ちで眺める都市の光景にゼロは内心煮え沸るような怒りを抱いていた。

 

彼は思い出していたのだ──

過去の自分を――

 

畑の作物は根こそぎ奪われ、野盗に襲われ、到底生きてはいけぬような重税により村は壊滅に瀕していた。

その日の食い物すらなく、大勢が飢えに苦しむ地獄の日々…しかし、その土地を統べる貴族の館はいつも様々な欲望に満たされた光に溢れていた。悲惨な農民たちの暮らしなどどうでも良いと考える連中が住まう場所である。

 

生きる世界が違う。

この世は理不尽の塊だ。

奪う者と奪われる者。

 

幼き頃のゼロは誓った。

 

 

(俺は…奪う側になる!)

 

 

その為には『力』が必要だった。

奪う為の力、奪われない為の力。

 

だからゼロは『力』を欲した。

強欲に、貪欲に。

 

血反吐を吐き、泥水を啜るような日々を送り続けながら、遂に彼は『力』を手に入れた。

『八本指』警備部門の長、そして『六腕』最強という『力』を──

 

だが、まだ足りない。

もっと『力』を手に入れなければならない。

 

そこへ何者かが階段を上がってくる音が聞こえた。ゼロは組んでいた腕を解き、背後の扉へ振り返る。

 

 

「ここに居たのか、ボス」

 

 

扉を開けて入って来たのは『六腕』の一人、『空間斬』ペシュリアンだった。

 

 

「お前か…ペシュリアン」

 

 

無骨な全身鎧を纏ったペシュリアンの両手には1本ずつ酒瓶が握られている。

それを見たゼロはフンッと鼻で笑った。

 

 

「下で他の連中と一緒に飲まなかったのか?」

 

「あぁ。俺はアンタと飲みたい」

 

 

歩み寄るペシュリアンから片方の酒瓶を差し出されたゼロは素直に受け取ると、2人は適当な場所へ腰を下ろした。

 

ゼロは渡された酒を呷り、ペシュリアンも兜を脱いで同じように酒を呷る。

 

 

「つい先ほどイジャニーヤから連絡が入った。件の連中が我々に呼応する事を確約したらしい。既に所定の位置へ向かうよう通達はしている」

 

「そうか…カジットはどうだ?」

 

「下水道で準備に勤しんでいる。今の所は順調らしい」

 

「アイツは使える。必要なモノがあれば用意してやれ」

 

「無論だ」

 

 

明日に向けた準備は今のところ滞り無く順調と言える。新たに得た戦力を使えば、モモンのみならずブレインや『蒼の薔薇』さえ討ち取ることも十分に可能だ。

 

 

「随分と嬉しそうだな、ボス」

 

「む?」

 

 

思ってもなかった言葉にゼロの酒を飲む手が止まる。

 

 

「この部屋に上がる前、ボスの気配は怒りで満ちていた。だが、明日の報復戦の話をした途端にボスの気配が怒りから歓喜に近いモノに変わった」

 

「そうか…そうだったか」

 

 

強めに酒瓶を床に置いたゼロは自身の表情を確認するように片手で自身の口元を隠すように触れた。そして、ニヤリと獰猛な笑みを明確に浮かべる。

 

 

「モモンは…俺が更なる高みへと昇る為の礎になる、と思っているからだろうな。奴にはそれだけの力があると俺は睨んでいる」

 

「ブレイン・アングラウスとデイバーノックの2人を倒すほどの強者だ。油断ならぬ大敵には違いない」

 

「確かにモモンには『六腕』の看板に泥を塗ったという恨みはある。だが、それに劣らないほどの高揚感も抱いている。ヤツを…王国最強の戦士、ガゼフ・ストロノーフを討ち破る前に、今の俺が居る高みの『位置』を知る絶好の相手になると、直感している」

 

 

肩を振るわせながらクスクスと笑うゼロの右拳はギリリと強く固められていた。

 

 

「なるほど。流石はボス…いや、ゼロだ。高みへ昇る資格がある真なる強者というのは、やはりお前みたいな奴のことを言うのだろう」

 

 

ペシュリアンは今一度酒を呷る。

何処か親しみ深い口調で話す彼にゼロは懐かしさを思い出していた。

 

 

「思えば…俺が勧誘してきた者の中で、俺に真っ向から挑んで来たのはお前だけだったな、ペシュリアン」

 

「フッ…もう過去の話だ。彼我の力量差さえ見極められない、自信と過信に満ちた傭兵くずれだっただけだ」

 

「お前はその時から強かった。そして、今のお前は当時より強い」

 

「世辞はよせ」

 

「阿呆、本音だ」

 

 

ペシュリアンは元々傭兵だったが強さを追い求め続けた結果、より多くの実戦を積み上げる為に野盗の用心棒に身を落とした。長剣を極限の細さまで削った『ウルミ』と呼ばれる武器を扱い、野盗団を討伐に来た冒険者達を悉く返り討ちにして来た。

 

やがて彼は自らの戦士としての実力に強い自信を抱くようになっていくが、その出鼻を挫く出来事がある日起きたのだ。

 

『闘鬼』ゼロの襲撃である。

 

キッカケは偶然だった。

野盗団の襲ったとある商隊が実は『八本指』密輸部門と関係の深い商人のものであったらしく、護衛の警部部門の構成員をペシュリアンが討ち破ってしまったのだ。

 

ゼロはその落とし前で野盗団の殲滅に出向いた。

そして、圧倒的な強さで野盗団を蹂躙するゼロにペシュリアンが立ち塞がる。

 

 

「あの時の俺は野盗どもの皆殺しもそうだが、噂に聞く類稀なる剣の才能を有する用心棒……お前に用があった」

 

「“その才能を俺の為に使わないか”だったな…。その時の俺は格下に見られた怒りに支配され、その申し出を断った」

 

「俺が直接勧誘した者の中で、俺に挑んで来たのはお前が初めてだった……正直、新鮮な感覚だった」

 

「まぁ、結果は散々だったな」

 

「何度も言うが、その時からお前は強かったぞ」

 

 

勧誘を受けたペシュリアンは戦士としての矜持を侮辱されたと思い、愛剣のウルミを振るいゼロへ襲い掛かる。

 

光の反射のみを残して鋭利な斬撃を遠距離から次々と繰り出してくるペシュリアンの剣捌きは見事なものだった。

 

一進一退の攻防の末、勝利を得たのはゼロ。

地面に伏したペシュリアンにゼロは今一度声を掛ける。

 

 

──キサマはまだ強くなる…俺もまだまだ強くなる…俺の下でその腕を更に磨いてみせろ──

 

 

初めての敗北。

自分は強さに貪欲だと自覚していたが、目の前で自分を見下ろしているゼロはもっと強さに貪欲な強者だと初めて気付いた。

 

この男のようにもっと強くなりたい。

この男の下で更に強さに貪欲でありたい。

 

自分の弱さを知らしめ、更なる成長の機会を与えてくれたゼロに、ペシュリアンは惹かれるようになっていた。

 

やがて彼は『六腕』の中でもゼロに次ぐ実力者として一目置かれる存在へと成り得たのである。

 

 

「明日は我々の威信を賭けた襲撃になる。事が上手く進めば、我々の看板に更に箔がつく事にもなるだろう」

 

「あぁ、任せてくれ」

 

 

互いにニヤリと笑うと同時に酒を一気に呷った。

 

激動の日まで1日足らず…

 

 

 




個人的考察コーナー
武技「神技一閃」
…クリティカル率の向上

武技「危険察知」
…攻撃に対する認識能力の強化

武技「剛撃」
…物理攻撃力の強化

武技「剛爪」
…亜人種専用武技。物理攻撃力の強化(斬撃効果も付与)

武技「疾風加速」
…速さの大幅強化

武技「疾風走破」
…敏捷性の大幅強化
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