年度末と年度始で仕事が滅茶苦茶忙しく……いやぁ〜マジで大変でした。
ローブル聖王国の首都ホバンスは、夜だというのに都の人々の大半が広場や大通りを埋め尽くし、飲めや歌えのどんちゃん騒ぎを繰り広げていた。
広場では軽快な音楽を奏でる演奏団がおり、優美に舞う踊り子たちに大衆はさらに沸き立っていた。吟遊詩人も音楽に合わせて冒険譚や奇譚を朗々と歌い上げる。人々は愉快な空気に感化され、友人や家族、あるいはその場で知り合ったばかりの誰かと手を取り合い、輪になって踊っていた。
今日は、聖王国の生まれ変わりを祝うめでたい日である。
そんな首都の中でも、一際豪華な光に満ち溢れているのが王城敷地内にあるドーム型の建物だった。ここが祝賀会のメイン会場であり、内装も外装も極めて絢爛豪華な造りとなっている。
広く吹き抜けになったダンスホールには、聖王国中の有力貴族、大商人、そして周辺諸国からの賓客たちが大勢集っていた。
その中に、もちろん──
「凄い場所だなぁ……遠くから見えてはいたけど、まさかここまでとは思わなかった」
──モモンの姿もあった。
非公式ながら、南部で暗躍していた『八本指』と保守派閥の壊滅に大きく貢献した功労者であり、数多の偉業を成し遂げた大英雄を招待しないはずがない。
モモンは会場の荘厳な造りに、素直に感銘を受けていた。
「おーおー、すげぇなこりゃ。俺完全に場違いじゃねぇか」
隣ではブレインが呆れたように呟いていた。
無論、彼はモモンとは違い、国から正式な招待を受けていたわけではない。しかし目付役であるモモンが「どうしても」と連れてきたのだ。聖王国政府は、犯罪組織に加担していた過去を持つ彼を祝賀会に招くことに少なからず懸念を抱いていたが、自国の英雄がそこまで言うのであれば、下手に拒否もできなかった。また、カリンシャの人々には彼の気さくな人柄に好印象を抱いている者も多いという情報もあったため、上層部は特例として参加を認めたのである。
「っていうかモモン、お前その格好で来て本当に良かったのか?」
「お前こそ。普段のまんまだろ」
モモンはいつもの漆黒の全身鎧、ブレインも普段着のままだった。周囲が華やかな礼装で身を包んでいる中で、二人の姿は別の意味でひときわ目立っていた。
聖王国側からは礼装の貸与を打診されたが、モモンは丁重に断っていた。適当に「落ち着かない」と理由を付けて謝罪すれば、向こうも強くは勧めなかった。
(そもそも、この鎧の下は剥き出しの骨なんだし。幻術で誤魔化せても触れられれば即座にバレる。それに、この世界にはあらゆる幻術を看破する《タレント》を持つ者もいるかもしれない。用心に越したことはない)
自分の正体を明かせばこんな気苦労は不要なのだろうが、アンデッドに対するこの世界の認識は最悪に近い。特に宗教色の強い聖王国ではなおさらだ。パベルやブレインのような例外は稀だった。
(……それにしても、俺のようなアンデッドがわざわざ人の多い場所を選んで活動する必要なんて本来ないはずだ。それでもこうして人ごみの中に身を置くのは、まだ人間の「人恋しさ」が残ってるからなのかなぁ……)
そこへ、どこか聞き覚えのある声がモモンに語りかけてきた。
「これはこれは、モモン殿! お久しゅうございますな!!」
顔を向けると、かつて商隊護衛の依頼で顔見知りとなった、リ・エスティーゼ王国でも有数の大商人・バルド・ロフーレの姿があった。
此度の祝賀会には聖王国内の有力者だけでなく、周辺諸国の著名人も多数招かれている。ロフーレもその一人なのだとすぐに理解したモモンは、久しぶりに会う彼と固い握手を交わした。
「お久しぶりです、ロフーレさん。息災そうで何よりです」
「いやいや、こちらは随分と変わりましたぞ。これも全てモモン殿のお陰です」
「私の、ですか?」
「あの一件以来、私もすっかり貴方のファンです!! いや〜、今思い出しても興奮しますよ! ただ一人であの伝説の魔物ギガント・バジリスクを討ち倒した勇姿! 今でも鮮明に憶えておりますとも!!」
ロフーレは大袈裟な身振り手振りで、あの街道での出来事を語り始めた。その様子はまるで英雄譚を唄う吟遊詩人のようで、聞いているこちらが恥ずかしくなるほどだった。
「いつかは成し遂げるだろうと確信はしておりましたが、まさかこんな短期間でアダマンタイト級にまで上り詰めるとは……! まさに前代未聞!! 今では周辺諸国にまでその名を轟かせている『漆黒の英雄』モモン!!……伝説の始まり、その一端を見ることができたことを、私はとても誇りに思っておりますぞ!」
「き、恐縮です……」
鼻息荒く顔を近づけてくるロフーレに、モモンは驚きを通り越して少し恐怖さえ感じた。しかし彼の話はまだ終わらない。
「実は『是非その話を聞きたい』と各界から引っ切りなしでしてな。おかげさまで新しい商談を結ぶきっかけにもなっております」
ロフーレはそこで一旦言葉を切り、満足げに目を細めた。 そして、にこやかな笑みを浮かべ、声のトーンを少し親しげに落として続ける。
「それに……モモン殿のような方が、こうして我々と親しくお付き合いいただけるというのは、商人としてこれ以上ない喜びです。特に聖王国との交易ルートが再び活発化が期待できる今、最も信頼できる冒険者の方とのつながりは実に心強いものですからね。例えば、護衛依頼の優先調整や、珍しい素材・情報の提供など……
ロフーレの言葉には、
僅かな反応を見逃さぬよう、ロフーレは僅かに目を細めてモモンを見据える。しかし、モモンはその深い含みには全く気付かず、純粋に善意として受け止め、落ち着いた丁寧な口調で答えた。
「ありがとうございます、ロフーレさん。お心遣い大変光栄です。 護衛や素材の件で何かお手伝いできることがありましたら、冒険者として可能な範囲でお受けいたします。ただ、私は商売の方面にはあまり詳しくありませんので……ご期待に添えないかもしれませんが、その点はご容赦ください。 それでも、こうしてお会いできたことを嬉しく思っております。今後とも、良きお付き合いをさせていただければ幸いです」
モモンのやんわりとした返事を受け、ロフーレは一瞬だけ目尻をピクリと動かすが、すぐにいつもの明るい笑顔に戻った。
「ははっ、相変わらず謙虚で誠実でいらっしゃる! では、また後ほどゆっくりお話ししましょう。失礼いたします」
ロフーレは丁寧に一礼し、その場を離れていった。
(明確に線引きをして来ましたな。なるほど、他国の政に巻き込まれない警戒心はキチンと抱いていると言うわけですか)
流石はモモン殿、と心の中で頷きながら、ロフーレは聖王国の貴族達との顔合わせに向かった。
ロフーレの背中が見えなくなったタイミングで、ブレインが小さくため息をつき、モモンの肩を軽く突いた。
「バルド・ロフーレ。王国の大商人とも仲良しとはなぁ」
「ん? まぁ、仲良しというか仕事の関係で偶々印象が強く残ってたくらいの関係だろ」
「それがデカいんだろが。にしても、ギガント・バジリスクを単独で討伐……普通なら眉唾程度の噂話で信じはしなかったが、お前を知った後だと普通にあり得るわな。それにしても、相当高く買われてるなぁ、お前は」
その言葉にモモンは首を傾げる。
「ん? そうなのか?」
「は? お前、本当に何も気付かなかったのか?」
ブレインは呆れたような、しかしどこか諦めた口調で続けた。
「アイツがしてたのは、ただの護衛や素材の話じゃねえぞ。『各界の連中もお前と繫がりたがってるから、俺が周旋してやるよ』って暗に言ってたんだよ。 要するに、モモンと太いパイプを作っておきたい連中と周旋を図ってお前とそいつらに大きな恩を売ろうって腹だ。尤もらしい言葉で綺麗に包装してるけどな」
モモンは兜の中で目を丸くした。
そこまで深く考えたつもりなど無かったからだ。
ロフーレの言葉の裏には「各界の有力者たちもモモン殿との繋がりを強く望んでいる。もしモモン殿が望まれるなら、私がその橋渡しを喜んで務めましょう」という意図が、丁寧に、しかしはっきりと暗に織り込まれていたのだ。
冒険者稼業にあたって武器防具、マジックアイテムや情報を得る手立てが増えるのは大きな利点ではある。しかし、デメリットもある。有力者と言えど怪しい組織との繋がりを持つ可能性もある為、最悪よからぬ犯罪に加担させられるリスクもあるのだ。また、政治に於ける厄介ごとにまで巻き込まれかねない。
ロフーレが暗に迫った提案は、危険も大きいのだ。
「え……そうなのか? ただ、ロフーレさんが交易の活性化を喜んでいて、これからも冒険者としても協力できることがあるなら嬉しいな、と純粋に思っただけなんだが?」
モモンは少し間を置いて、感心したように兜の角度を軽く下げた。
「なるほど……本当に商売熱心なんだなぁ。あんな風に多くの人々の利益を考えながら、こうして積極的に動く……彼の商人魂には素直に感心するな。フフ、勉強になる」
ブレインは思わず額に手を当て、深いため息を吐いた。
「……お前は本当に純粋すぎるんだよ」
ブレインは呆れながらも、どこか憎めない様子でモモンの漆黒の肩を軽く叩いた。
照明がわずかに落とされ、音楽がぴたりと止まる。広大なドームの天井にかけられた
ローブル聖王国の現女王──カルカ・べサーレス。
優美でありながらも、芯の強さを感じさせる佇まい。純白を基調とした豪奢な礼装に、聖王の証である黄金の冠を戴き、彼女は静かに微笑みを浮かべながら集まった賓客たちを見渡した。
やがて落ち着いた、しかしよく通る声がホール全体に響き渡った。
「本日は、ようこそローブル聖王国の祝賀会へお越しくださいました。遠くよりお越しいただいた周辺諸国の賓客の皆様、そしてこの聖王国を支えてくださるすべての皆様に、心より御礼申し上げます」
カルカ女王は軽く息を吸い、穏やかでありながらも力強い視線を会場に巡らせた。
「今日という日は、単なる勝利の祝いではありません。我がローブル聖王国が、長い闇の時代を乗り越え、新たに生まれ変わったことを、皆と共に喜び、誓う日であります。官も民も、貴族も商人も、冒険者も……すべての者が手を携え、互いを尊重し合いながら、より強く、より優しい国を築いていく。誰もが泣かず、誰もが希望を抱いて生きられる、そんな聖王国を、共に創り上げていきましょう」
彼女の言葉は、あからさまに過去の闇や『八本指』、保守派閥の壊滅を公言するものではなかった。しかし、集まった者たちの中には、その真意をしっかりと汲み取っている者も多かった。
「どうか今宵は、堅苦しい話はひとまず置いておき、この新しい始まりを、心ゆくまでお楽しみください。聖王国の未来に、乾杯を」
カルカ女王が優雅に杯を掲げると、会場全体から温かな拍手と「乾杯!」の声が湧き起こった。
音楽が再び流れ始め、照明も明るさを取り戻す。
モモンはその挨拶をじっと聞いていた。
「……良いことは言ってるんだけどなぁ」
隣で腕を組んでいたブレインは小さく肩を竦める。
「『誰も泣かない国』 ……単なる国の改善化を指すなら良いが、本気で言葉通りの国を創る気でいるなら、言っちゃ悪いが正気とは思えねえな」
「あぁ。だが、あの若さで一国のトップに君臨しているんだ。こういう場で皆を一つにまとめられるのは並大抵のことじゃない。その点については、彼女は立派にやってるとは思ってる」
「やだねやだねぇ〜、国の上に立つってのは。ちょっくら酒貰ってくる」
「…ほどほどにしてくれよ」
ブレインは軽く手を挙げてその場を離れ、飲み物の並ぶテーブルの方へと歩いていった。
モモンがブレインの背中を見送っていると、ふと視界の端に人影が近づいてくるのが入った。
派手な衣装を纏う、ふくよかなお腹をした中年の男と、その傍らに控える可憐なメイド姿の少女──いや、少女ではない。耳が長く尖り、兎のような特徴を持つ亜人だ。
(亜人のメイドか。兎の耳…
そんなことを考えていると、中年の男が声を掛けてきた。
「これはこれは、漆黒の英雄モモン殿! お目にかかれて光栄ですぞ!」
中年の男──バハルス帝国の闘技場興業主として知られているオスクは、大仰に両手を広げ、にこやかに近づいてきた。兎人のメイドは無言で一礼し、主の少し後ろに控えている。
「バハルス帝国より参りました、オスクと申します。闘技場の興業を主に手掛けておりますが、今日は聖王国の素晴らしい祝賀に招かれ、感無量でしてな。……それにしても、噂に違わぬお姿。漆黒の全身鎧に包まれたその威容、まるで闇そのものが歩いているかのよう! ギガント・バジリスクを単独で討ち果たしたという勇姿も、なるほど納得ですわ。ふふ、実に興奮しますなあ。私の闘技場で、あのような強者が暴れるところを想像するだけで……くくっ、背筋がぞわぞわと」
オスクの目がわずかに細くなり、唇の端が不自然に吊り上がる。どこか病的な熱を帯びた視線がモモンの鎧を舐めるように這った。メイドはそんな主を横目で見ながら、微かに肩をすくめるような仕草をした。
モモンは兜の中で軽く眉を寄せた(もちろん表情は見えない)。
ぶっちゃけ引いている。
「き、恐縮です、オスクさん。帝国の闘技場は、強者たちが集う名高い場所と聞いています。私のような冒険者には少し場違いかもしれませんが」
「ははっ、謙遜なさいますな! ところで……」
キラリと目を光らせたオスクは声を少し落とし、さりげなく周囲を確認するような素振りを見せた。
「皇帝陛下も貴方の活躍に大変興味を抱いておられると、噂で聞いておりますぞ。皇帝陛下は有能な者であれば身分や種族など問わない御方ゆえ、もしやモモン殿の元へアプローチを掛けているのではありませんかな〜と思った次第でございます。私としても、あの聡明なエル=ニクス皇帝陛下のお眼鏡にかなった人物とお近付きになれればと言う思いでしてハイ」
「帝国の皇帝から?」と疑問を抱くモモンだったが、すぐに内心で「あの贈り物か」と即座に思い出した。
(何日か前、聖王国経由でバハルス帝国から届いたマジックアイテム……確か『疲労蓄積を大幅に抑える』効果のヤツだったけど……ぶっちゃけ大したものじゃなかったなぁ)
一応、そのマジックアイテムをブレインにも見てもらっていた。彼曰く「昔の自分なら喉から手が出るほど欲しがったかも」との事らしい。
つまり「今は別に欲しくない」である。
(まぁ、今は完全上位互換のマジックアイテムをあげてるし、「今は別に」って答えるのは当然と言えば当然か)
それでもこの世界からしてみれば非常に高価なマジックアイテムであり、ブレインの見立てでは少なくとも金貨100枚はくだらないかも知れないとの事だ。でも流石に皇帝からの贈り物を売るのは常識的に考えてもあり得ない為、仕方なく
正直、最近の出来事なのにオスクに言われるまですっかり忘れていた。しかし、そんな本音を口にするわけもなく、モモンは落ち着いた声で答えた。
「ええ、確かに帝国より非常に高価なマジックアイテムをいただきました。私のような卑しい身分の者にここまで目を掛けていただけるとは思いもよりませんでした。陛下のご厚意に、深く感謝しております。もし機会があれば、直接お礼を申し上げたいところですが……」
オスクの目が、一瞬だけ大きく見開かれた。
「ほう……! 本当にマジックアイテムが? これは初耳ですなあ。まさか陛下がそこまで……ふむふむ、驚きましたぞ。流石はモモン殿、帝国の関心を集めるのも当然ですな!」
(……なーんか、演技が少し大袈裟すぎる気が)
モモンはそう思いつつも流石に口には出さなかった。
オスクは満足げに頷き、話題を切り替えた。
「さて、もし帝国へお越しの機会があれば是非とも我が闘技場へお立ち寄りください。参戦していただければ、観客は沸き立ちましょう。歴代最強と名高い武王ゴ・ギンとも、ぜひ武を競っていただきたい! では、失礼いたします。またどこかで」
オスクは軽く一礼し、兎人のメイドを伴ってその場を離れていった。去り際にメイド姿の兎耳が小さく揺れた。
モモンは二人の背中を見送りながら、「闘技場かぁ〜」と呟く。
(話には聞いてたけど、やっぱり興味あるなぁ。それに武王も気になるなぁ〜。歴代ってことは『武王』は襲名式ってことか…歴代最強かぁ)
観客席に座って賭け事に興じるのも良いかもしれない。他にも帝国は見所が多い国としても有名な為、モモンの冒険心は一層くすぐられる事となる。その結果、かの鮮血帝から目をつけられていると言う事実をスッカリ忘れてしまうのであった。
モモンとある程度距離が離れたのを確認したオスクは自身のメイド──首狩り兎に静かに声を掛けた。
「─首狩り兎。モモン殿を見た感想を教えてくれ」
「超級にやばい」
低い声で答える首狩兎がその見た目からは不釣り合いなゴツくて大きい手をオスクにさりげなく見せた。
オリハルコン級冒険者と同等の実力を持つ彼は、個人契約で雇われている傭兵でもある。彼は一流の戦士兼暗殺者としての実力以外にも、相手を見抜く目を有している。これはタレントでは無く、戦士や暗殺者として多くの修羅場を潜り抜けた経験から来るモノである。
ただし、具体的な強さ、というより強者か否か程度のものだ。
「ほう。やはりモモン殿はそれほどまでの戦士なのか」
「どうだろう。多分だけど戦士としては俺と同じか少し劣るくらいだと思う」
「……なるほど。モモン殿は魔法戦士だったな。だが、魔法に特化しているようには見えんのだが…」
「魔法に関しては分かんない。でも、やばい。腹の底が見えない感じ……とにかく、アレはやばい」
首狩り兎がチラリと自身の手をオスクに見せた。
外見からはあまり似つかわしくない、ゴツくて丸い、戦い続けた者の拳だった。
オスクの目に良からぬ熱が宿る。
「……どこを見ている、変態」
オスクと首狩り兎が去った後、帝国観光を楽しそうに想像していると、次の来訪者がすでに近づいていた。
今度はオスクと入れ替わるように、聖王国中の貴族や商人たちが次々とモモンの元へやって来た。次期当主や次男・三男といった立場の人々、さらには有力商会の代表者たちも含まれている。彼らの目的はほぼ同じだった——アダマンタイト級冒険者「漆黒の英雄モモン」との親交を深め、なんらかのコネクションを作っておきたいというものだ。
「モモン殿! この度はお目にかかれて光栄ですぞ。私はローブル聖王国の——」
「失礼いたします、モモン様。南方交易で名を馳せる——の者ですが、ぜひ一度お話を——」
「英雄のお姿を間近で見られるなんて……ぜひ今後とも——」
モモンは兜の中で内心困惑しながらも、一人ひとりに丁寧に対応した。笑顔は見えないものの、声のトーンは常に穏やかで礼儀正しく、相手の話にしっかり耳を傾け、適度な相槌を打ち、必要最低限の社交辞令を返す。ときには「恐縮です」「光栄です」「お心遣いありがとうございます」といった言葉を繰り返しながらも決して深入りはせず、一定の距離を保っていた。
次から次へと人が入れ替わるため、モモンはほとんどその場から動けなくなっていた。まるで人気スポットにたたずむ像のように、貴族や商人たちが列をなして挨拶に来る光景は会場の一角でちょっとした騒ぎになっていた。
少し離れた柱の陰から、その様子を眺めている者が1人──ブレインだ。
彼はすでに手に高い酒が注がれた杯を持ち、モモンの周りに群がる人々の波を呆れたように見つめていた。
「あーあ、もみくちゃにされちゃってまぁ。本当に人気者だな。まぁ、そんだけ『アダマンタイト級冒険者』の看板がデカいって意味でもあるわけなんだが」
ブレインは小さくため息をつき、酒を一口含んだ。人だかりの中心に立つ漆黒の全身鎧は、相変わらず丁寧に頭を下げ、誰かの言葉に耳を傾けている。兜の角度やわずかな仕草から、モモンが内心かなり困惑しているのが手に取るようにわかる。
ブレインは苦笑を浮かべ、杯をもう一口傾けた。
(悪いな、モモン。お偉いさん達の相手なんて学の無え俺に無理だ)
周囲の喧騒とは無縁の場所で、ブレインはどこか憐れむような目でモモンの姿を眺め続けていた。時折、モモンがこちらをチラリと見るような気がしたが、気のせいだと決めつけてはさりげなく視線を逸らし酒を仰ぐ。何か言いたげな雰囲気が見てとれたが、すぐに次の来訪者に気を取られてしまう。
「ま、頑張れよ。英雄さま」
ブレインは別のテーブルに置かれた酒瓶を手に取ると、その場を後にした。
◇
一方、ドームホールのやや高い位置にあるバルコニーから、その光景を静かに見下ろしている者たちがいた。
聖王国最高位神官にして神官団団長——ケラルト・カストディオと、その腹心の副官たちだ。
ケラルトは穏やかな微笑みを浮かべながら、著名人たちの海に呑み込まれている漆黒の英雄の姿を眺めていた。しかしその瞳の奥には、計算尽くの妖しい光が宿っている。
「ふふ……上手く泳がせていますわね、モモン殿」
副官の一人が小さく頷く。
「はい。王国や帝国から招待された他の著名人たちも、モモン殿に挨拶に行きたくともなかなか近づけません。あの混雑ぶりでは、さすがに無理でしょう。全て狙い通りです」
会場には確かに、他国の有力者や著名人も数多くいる。しかし彼らはモモンとの接触を望みつつも、人垣と聖騎士たちのさりげない誘導によって阻まれ続けていた。
これはケラルトの策だった。
聖王国にとってモモンがどれほど重要で、慕われる存在であるかを国内外にアピールする絶好の機会であり、同時に「国を挙げて彼を大切に扱っている」ことを知らしめる場でもある。ただし、ケラルトの見立てでは、聖王国の国益に直結するような人物との挨拶は許容範囲としていた。
中には我慢できず、無理矢理にでもモモンに近づこうとする王国の貴族も現れたが、警備を担当する聖騎士たちが即座に割って入り、「ごった返していますので怪我をされては大変です」と丁重に、しかし有無を言わせぬ態度で制止するなどの徹底した管理ぶりである。
さらに離れた一角では、『蒼の薔薇』のメンバーたちが集まっていた。彼女たちはモモンの異常な人気ぶりに唖然とし、言葉を失っている。
ラキュースが小さく呟いた。
「……あれが、例の漆黒の英雄……?」
ケラルトは事前に『蒼の薔薇』に対して、モモンに依頼の用事があることを承知している旨を伝え、後で別室にてゆっくり話をする機会を設けると約束済みだった。
ケラルトの視線が、ゆっくりと会場中央に移る。
そこではカルカ女王が、国内外の著名人たちと優雅に会話を交わしていた。
(この後、カルカ様がモモン殿と仲睦まじく、たっぷり会話する場面を作れば……周辺諸国に対して「彼のヘッドハンティングは許さない」という強い釘を刺せますわ。これで後日、頃合いを見てパベルから聞いたモモン殿の要望——国外での冒険者稼業を実現させる布石にもなります)
さらに副次効果として、この祝賀会をきっかけにカルカの「恋路」が成熟する助力にも繋がると、ケラルトは内心でほくそ笑んでいた。
その時、ホールの一角がざわついた。
レメディオス・カストディオ団長と、二人の副団長が、黒い鎧を纏った少数の一団を連れてモモンの元へ堂々と進んでいく。思わぬ集団の登場に、モモンを囲っていた来賓たちは慌てて道を空けた。
これもケラルトの策の一つであり、珍しく姉のレメディオスの意見を積極的に取り入れたものだった。
レメディオスはモモンの前に立つと、いつもの真っ直ぐな目で一礼した。
「モモン殿、久しぶりです。今日は祝賀会にご参加いただき、ありがとうございます」
そして彼女は後ろに控える黒い鎧の一団を振り返り、マントを靡かせ声を張り上げた。
「彼らを紹介しましょう‼︎ この者たちは、新たに設立する予定の騎士団——『漆黒騎士団』の面々です‼︎ デザインは聖騎士団と同じですが、色は漆黒。新規・古参を問わず、救国の英雄であるモモン殿に強い憧れを抱く者たちで構成されています‼︎」
会場から驚きと称賛の声が一斉に上がった。
「し、漆黒騎士団……?」
「モモン殿の名を冠した騎士団だと?」
「なんと……!」
ドヤ顔で自信満々言い放ったレメディオスに対し、モモンは精神抑制を発動させながら心の中で大声を上げる。
(な、なんじゃそりゃああああ!!!???)
しかし、幸か不幸か精神抑制の効果のおかげで何とか平静を保ちつつ、モモンは社交辞令として、落ち着いた声で応じた。
「こ、光栄です。皆さんが聖王国のために力を尽くしてくれることを、心より願っています。どうか頑張ってください」
確かに衝撃ではあったものの、漆黒騎士団の装備は見て、内心では「ちょっとカッコいいかも」と思っていたりしていた。
すると副団長の一人が一歩前に出て、丁寧に頭を下げた。
「モモン殿。この漆黒騎士団の指南役を、ぜひモモン殿にも担っていただきたいのです。指南役として時折、お力をお借りできれば……」
モモンは一瞬、思考が止まった。
(きききき、騎士団の指南役……!? 無理無理無理!!そんなガラじゃないし、そもそもまだ戦士として訓練中だよ!! っていうか俺は冒険者なのに、騎士団の運営に深く関わればマジで冒険者稼業終わるぞ!?)
精神抑制を連続で発動しながら内心焦りまくるモモンだが、副団長はすぐに付け加えた。
「ですが、ご心配は無用です。モモン殿はあくまで冒険者として、指南役という立場でお願いするだけですので。無論、団長の座に据え置こうなどとは
(な、なーんだ。その程度なら大丈夫かぁ)
その言葉を聞き、モモンは心底安堵した。
「わかりました。可能な範囲で、お手伝いさせていただければと思います」
モモンはそう答えると、副団長たちは互いに顔を見合わせては笑みを浮かべ、団長のレメディオスは分かりやすいくらいに嬉しそうな笑みを浮かべると固く握手を交わした。周りから拍手喝采の音が響き渡る。
遠くのバルコニーからその様子を見ていたケラルトは、不敵な笑みを浮かべながら静かに頷いた。
(計画は順調……さあ、カルカ様。次はあなたの番ですわ)
ケラルトは副官に目配せし、カルカに声を掛ける準備をさせた。
しかし——。
握手を交わしたまま、レメディオス・カストディオは手を離そうとしない。キラキラと真っ直ぐな目でモモンを見つめ、興奮気味に言葉を続けた。
「モモン殿! 実はモモン殿に是非、頼みたい事があります!!」
「はい。なんでしょうか?」
モモンとしては重い役を担わされる心配が無いという安堵と油断からなんの気無しにレメディオスの要望に耳を傾ける。だが、レメディオスの言葉に2人の副団長がギョッとした。
それは事前の打ち合わせには無かったからだ。
つまり、レメディオスの思いつきである。
ほぼ同時にケラルトも不敵な笑みが消え、嫌な汗が頬を伝う。
(……姉様……!? また余計なことを……!)
いつもの冷静さが揺らいだケラルトは、慌てて腹心たちに姉を止めるよう指示を出そうとするが──
「『漆黒騎士団』たちの後学の為に、是非私と手合わせを願いたい!!」
「えぇ。構いません………よ?」
──遅かった。
ケラルトから血の気が引いていく。
漫画版の新刊買いました〜
アニメ版では尺の都合で無かった描写があって非常に読み応えありましたし、強制選民させられたクアゴアたちの悲惨な末路がより濃く描かれていてとても面白かったです。
考察(っていうか場当たり的な予測)コーナー
ーー
・実はユグドラシルのワールドアイテム全てが現地に召喚されている説
……ただしプレイヤーが保有している場合はプレイヤーが、ギルドに保管されている場合はギルドが転移される。保有者無しのワールドアイテムはランダムで現地世界の何処かに転送される。