Holy Kingdom Story   作:ゲソポタミア文明

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第39話 レメディオス・カストディオ

会場に隣接する広い庭園は、祝賀会の喧騒から少し離れた静かな空間だった。

石畳が美しく敷かれた円形の広場は、公開演武を行うのにちょうど適した広さで、周囲には松明と永 続 光(コンティニュアルライト)が並び、夜目にも鮮やかに照らされている。

すでに数百人の来賓と聖騎士たちが輪になって集まり、興奮したざわめきが広がっていた。

2階のバルコニーからは、カルカ女王とケラルト神官長、そして『蒼の薔薇』の面々が見下ろしている。

 

 

「まさかここでモモンの本気の剣が見れるとは運がいいぜ。あれだけの偉業を成し遂げた戦士だ、どれほどのものかじっくり目に焼き付けさせてもらうぜ」

 

 

そのうちの一人、戦士ガガーランは興奮を隠しきれずに、バルコニーの手すりに身を乗り出していた。

 

 

「はぁ……ちょっと、ガガーラン」

 

 

ラキュースは軽く諫めながらも、内心では同じように期待を膨らませていた。

 

 

(相手は聖騎士団長レメディオス・カストディオ……聖王国が誇る英雄級の戦士。モモンさんにとっても申し分ない相手だわ。この手合わせは、モモン殿の真の力量を測る絶好の機会になるかもしれない)

 

 

一方、イビルアイは腕を組み、仮面の下で目を細めていた。

モモンがどのような魔法を織り交ぜて戦うのか興味はあったが、戦士と魔法詠唱者の完璧な両立など不可能だと、彼女は正しく理解していた。

 

 

(周囲が神がかり的な強さを期待しすぎているようだが……やれやれ、過度な期待は失望に変わるだけだろうに)

 

 

とはいえ、興味がないわけではない。短期間でアダマンタイト級に上り詰めたのだから、少なくとも弱いはずがない。イビルアイは他のメンバーより余裕のある態度で、2階から見下ろし続けた。

カルカは手すりに軽く寄りかかり、心配そうに眉を寄せていた。白い指がわずかに震えている。

 

 

(……レメディオスったら、本当に……。二人とも大怪我をしたらどうするの…)

 

 

そのすぐ隣に立つケラルトは、表面上は穏やかな微笑みを保ちつつ、内心では完全に青ざめていた。

 

 

(姉様の馬鹿……! 本当に馬鹿……! せっかく計画通りに運んでいたのに、なぜここで「手合わせ」などと……!)

 

 

ケラルトの指が手すりを強く握りしめ、爪が白くなる。最悪の展開が次々と頭をよぎった。

もしモモンが勝てば、聖王国最高戦力である聖騎士団長が公開の場で敗北を晒すことになる。それはアベリオン丘陵の亜人部族に絶好の攻撃機会を与えかねない。彼らはすでに謎の装備充実化を進め、活発に動き始めているという報告がある。国内の敵はほぼ一掃できたとはいえ、まだ十分に回復していない。この祝賀会という諸外国の賓客を大勢招いた場で、情報が外部に漏れるのを防ぐ術はない。

 

仮にレメディオスが勝ったとしても、事態はそれほど好転しない。試合の内容にもよるが、聖王国の最高戦力と互角に渡り合ったとなれば、モモンの経歴に箔がつく程度で済むだろう。彼の性格からして、敗北を「辱められた」と感じ、聖王国に嫌悪を抱くこともないはずだ。

 

問題は、この場でモモンが周辺諸国の著名人たちと交流を持ってしまったことにある。彼は異例の速さでアダマンタイト級に到達した人物として知られている。つまり「異例の強さ」を期待する者も少なくない。もしここで完敗すれば、人によっては「期待外れだった」と落胆する可能性もある。そうなれば、モモンはもちろん、彼を異例の速さで昇級させた聖王国および冒険者組合への不信にも繋がりかねない。

 

さらに、この場にはリ・エスティーゼ王国の『蒼の薔薇』もいる。下手に敗北を晒せば、彼らに付け入る隙を与える恐れもある。

 

どちらに極端に転んでも、将来的な聖王国の損失は計り知れない。

 

 

(姉様は本気でモモン殿の実力を知りたがっている。試合とはいえ、彼の偉業を加味すれば、あの姉様が「試合然とした」戦いをするはずがない)

 

 

最も望ましいのは絶妙な引き分けだ。しかし、姉にその加減ができるとはとても思えない。

 

 

(間違いなく姉様はモモン殿の実力を信用している。その前提での『手合わせ』……不味いわね)

 

 

次に最悪なのは、モモンがこの手合わせで冒険者稼業を続けるのが困難な怪我を負うことである。

ケラルトが事前に姉に話を通せていたなら、また違っただろう。しかし、残念ながら今回の件は完全に姉の独断だった。

 

 

広場の中央では、モモンとレメディオスが向かい合っていた。

 

 

「……レメディオス団長、手合わせと言うことですが、その……武器はどうすれば?」

 

「互いの得意とする武器を使いましょう。私は聖王国に伝わる伝説の聖剣サファルリシアを、モモン殿はそちらの対の大剣を」

 

「は? あー、いやその……よ、よろしいのですか? ただの手合わせでそんな——」

 

「より実戦に近い方が新兵たちのためになります! さぁ、モモン殿!!」

 

(あー、マジかぁ……)

 

 

レメディオスは白銀の鎧を身に着け、腰に佩いた聖剣を軽く抜き放ち、嬉しそうな笑みを浮かべている。その目は完全に燃えていた。

 

 

「や、やめてください、団長!!」

 

 

副団長グスターボの悲痛な叫びは、残念ながら本人には届いていない。もう一人の副団長イサンドロは青ざめた顔で頭を抱え、絶句している。

 

 

「どうか遠慮なく本気でお願いします! 私は歴代最強と呼ばれたこの身に誇りを持っています。手加減などされたら、かえって侮辱です!」

 

 

堂々と佇むモモンだったが、内心では盛大に叫んでいた。

 

 

(本気とか言われても無理だろおおおお!! ある意味で俺が本気出したら一瞬で蒸発するだろ!!)

 

 

精神抑制のフル稼働である。

モモンの本気である、死の支配者として戦うことなど、言うまでもなく不可能だ。

助けを求めるようにブレインのいる方向へ顔を向ける。視線に気づいたブレインの反応は、酒を片手にサムズアップだった。控えめに言って引っ叩きたい。

 

溜息を吐いたモモンは「ええい、ままよ!」と心の中で叫び、静かに頭を下げた。

 

 

「では……軽く、お手柔らかにお願いします。レメディオス団長」

 

 

モモンは背中から二本の大剣を鷹揚に抜いた。

周囲からどよめきと期待の声が上がる。

 

 

「これは凄い……聖騎士団長と漆黒の英雄の直接対決だぞ」

「モモン殿は魔法戦士だと聞いたが、果たしてどこまで通用するか……」

「レメディオス団長が本気なら、並の冒険者など一瞬で終わるだろうが……」

 

 

ブレインは少し離れた場所で見守りながら、苦笑いを浮かべていた。

 

 

(あーあ、面倒なことになったなぁ……でも、良い機会かもな)

 

 

ブレインは僅かに口角を上げて思案する。

 

彼はモモンとの戦闘訓練をそろそろ切り上げるべきだと思っていた。その理由はモモンがブレインの動きに合わせるようになってきたからである。

“相手を倒す〟と言う意味では続ける事に意味はある。しかし、あくまで訓練の一環となれば話は別なのだ。

 

 

(あのまま一対一(タイマン)の戦闘訓練を続けたら、俺の動きに慣れて(くせ)が出来ちまう。そうなったら他の戦士との戦闘に致命的な隙を作るキッカケになる)

 

 

ブレインとしてはモモンの選手としての技量はもう及第点をクリアしている。もっと他の強者と戦い、臨機応変な対応力を付けては一層技量を高めていく頃合いなのだ。

 

尤も、ブレインが想定していた展開とは大きく違うが、コレも悪くは無いだろうと受け止める事にした。

 

 

モモンとレメディオスが一定距離を保ちながら、ゆっくりと逆方向に歩み続ける。

やがてレメディオスが聖剣を構え、軽く足を踏み鳴らした。

 

 

「参る——!」

 

 

白銀の閃光が石畳を蹴り、モモンに向かって一直線に突進する。

 

 

(速い……!)

 

 

上段からの真っ直ぐな一撃を、モモンは真正面から片方の大剣で受け止めた。金属同士が激しくぶつかり合う衝撃音が庭園全体に響き渡る。

すかさずもう片方の大剣を突き出すが、レメディオスは最低限の動きで難なく躱す。その隙にモモンは鍔迫り合いをしていた剣を受け流し、遠心力を乗せた二本の大剣を横薙ぎに繰り出した。

 

 

「〈不落要塞〉!」

 

「ぐっ……!」

 

 

しかし、防御系の武技を発動させたレメディオスはそれを剣で受け止め、モモンは体勢を崩される。

その瞬間、レメディオスが鋭い突きを放つ——が、それはモモンに届く前に何らかの『壁』に弾かれた。

 

 

「なに!?」

 

 

レメディオスは即座に距離を取り、息を整えながら言った。

 

 

「なるほど。私と同じ〈不落要塞〉か……もしくは別の防御系の武技を発動したと言うわけか。流石だな、モモン殿」

 

「まぁ……お返し、というヤツですよ」

 

 

レメディオスの口角が吊り上がる。

 

並大抵の戦士であれば、あの一撃で終わっていたはずだ。だがモモンは難なく対処してみせた。久しく味わっていなかった、手応えのある相手との斬り結びに胸が高鳴る。

 

 

(構え、太刀筋、足捌き……。大聖殿で見せた素人同然の動きは、やはり演技だったか。だが、何故そんな真似を?)

 

 

相手を油断させるため――もしそうなら、モモンは心理戦にも長けた相当の手練れということになる。

 

彼の出自には未だ不明な点が多い。だが、そこまでしなければ生き残れない環境で生きてきたのだとすれば納得もできた。

 

一方その頃、モモンは内心で安堵の悲鳴を上げていた。

 

 

(あっっぶねぇ!! 解除し忘れてたけど、逆に良かったぁ!!)

 

 

先ほどレメディオスの攻撃を弾いた現象――その正体は、常時発動型特殊技術(パッシブスキル)『上位物理無効化Ⅲ』である。

 

ブレインとの訓練では解除していた。だが今回の祝賀会で、まさか戦闘になるとは思っておらず、完全に失念していたのだ。

 

 

(……いや、でもこれは解除した方が良いよな?)

 

 

結果的にレメディオスが都合良く勘違いしてくれたおかげで誤魔化せた。だが、このまま発動し続ければ、逆に怪しまれる可能性もある。

 

 

(落ち着け、落ち着け……。今できることをやるんだ。ブレインとの訓練を思い出せ)

 

 

モモンは静かに深呼吸した。

 

今の自分には切り札もある。必ずしも“戦士として”勝つ必要はない。

 

レメディオスは剣を構えたまま、弧を描くようにモモンの周囲を移動する。対するモモンもまた、正面を維持しながら剣先を向け続けた。

 

 

「〈魔法の槍(マジックランス)〉」

 

 

突如として放たれた魔法に、レメディオスの目がわずかに見開かれる。

 

魔法の槍(マジックランス)〉――〈魔法の矢(マジックアロー)〉よりも貫通力に優れる無属性攻撃魔法。ただし必中効果は存在しない。

 

細長い光弾が一直線にレメディオスへ襲い掛かった。

 

剣ではなく魔法。

一瞬の驚愕。しかしレメディオスは即座に対応する。飛来する光槍を寸前で躱すと、その勢いのまま一気に踏み込んだ。

 

下段から鋭く斬り上げる。

 

 

「〈剛撃〉!」

 

 

対するモモンも、大剣を振り上げながら同じ武技を発動する。

 

 

「〈剛撃〉」

 

激突──

轟音と共に凄まじい衝撃が迸った。

互角に見えた拮抗は、しかし僅かに崩れた。

 

 

「ぐぅっ!」

 

 

力負けしたレメディオスの身体が数メートル後方へ弾き飛ばされたのだ。

即座に着地し剣を構え直す。だが、その表情には隠し切れない驚愕が浮かんでいた。

 

 

(私が……力で押し負けた……!?)

 

 

武技を用いたとはいえ、人間相手に純粋な膂力で押し負けた経験など、団長就任以来一度もない。

 

対照的に、モモンは堂々とその場に立ち尽くしていた。

 

まるで、この結果が当然だと言わんばかりに。

 

レメディオスの頬を一筋の汗が伝う。

 

一方でモモンは──

 

 

(よし、良い感じに調整できたな)

 

 

内心でガッツポーズを決めていた。

 

純魔法詠唱者である鈴木悟に、本来戦士としての技能はない。当然、この世界独自の特殊技術――武技も使用できない。

 

先ほどの〈剛撃〉も、実際には武技ではなく“武技擬き”だ。

 

その正体は、無詠唱化した自己強化魔法。

 

種を明かせば単純な話である。だが、知らなければ見抜けない。

 

ブレインとの訓練を経て、モモンは武技を模倣する技術をある程度確立していた。

 

 

(〈上位筋力増大(グレーター・ストレングス)〉じゃ強すぎるし、〈下位筋力増大(レッサー・ストレングス)〉じゃ弱すぎる。調整が難しいんだよなぁ……)

 

 

武技擬きの厄介な点は、効果を細かく調整しなければ不自然になることだ。

だが逆に言えば、それさえ見極められれば問題はない。

 

 

「次はこちらから行きましょう――〈疾風加速〉」

 

 

同時に、無詠唱化された〈魔法二重化(ツインマジック)加速(ヘイスト)〉が発動する。

 

 

(速いっ!!)

 

 

レメディオスの視界から見れば、それは完全に自己強化系武技だった。

 

モモンは一気に間合いを詰める。

 

レメディオスもまた、小細工なしに真正面から迎え撃つ構えを取った。

 

次の瞬間。

モモンは前方へ大きく跳躍すると、その場で高速で回転を始めた。

 

 

「なにっ!?」

 

「〈秘技・奈落〉!」

 

 

頭上から、二本の大剣が暴風のように叩きつけられる。

 

無詠唱化された〈筋力増大(ストレングス)〉に加え、〈超力(パワー・オブ・パワー)〉まで重ねられていた。

 

ブレインですら、真正面から受けるのは避けたいと評した一撃。

 

ちなみに、この武技擬きの名付け親もブレインである。

なお、モモン本人は最初、これを〈スーパーメリーゴーランドアタック〉と命名しようとしていた。

 

迫る二振りの大剣。

 

当初、レメディオスは〈不落要塞〉で受け切るつもりだった。

 

だが──本能が警鐘を鳴らした。

 

 

「ッ!! 〈回避〉!」

 

 

咄嗟に真横へ飛び退く。

 

直後、二本の大剣が石畳へ叩きつけられた。

 

凄まじい轟音と衝撃──

砕け散った石畳が周囲へ弾け飛び、小規模なクレーターすら形成する。

 

 

(複合武技……! 先ほどの一撃といい、モモン殿の技はどれも凄まじい……!)

 

 

レメディオスが心中で賞賛を送っていると、土煙の中から大剣を構えたモモンが一直線に駆け出してきた。

 

何かしらの自己強化系の武技の使用──そう判断したレメディオスも即座に迎え撃つ。

 

 

「〈能力向上〉! 〈知覚強化〉!」

 

 

身体能力を底上げする武技と、動体視力を強化する武技。

強化なしでは不利だと判断した結果だった。

 

直後──激突。

 

凄まじい連撃の応酬が始まる。

モモンの二本の大剣と、レメディオスの聖剣が超高速でぶつかり合い、弾き、弾かれる。

 

金属音が暴風のように鳴り響いた。

 

並の武器であれば、とうに耐え切れず粉砕されていただろう。

 

だが両者の武器は違う。

 

英雄級の戦士に相応しい業物同士が、凄絶な火花を散らしていた。

 

観戦する人々から歓声は上がらない。

 

賞賛の声すらない。

 

そこにあったのは──沈黙だった。

 

英雄と英雄。

 

もはや“手合わせ”などという生易しい領域を超えた、本気の激突。

 

誰もがその光景を一瞬たりとも見逃すまいと、ただ必死に目へ焼き付けていた。

 

目を見開き、息を呑み、手に汗を握る。

 

歴代最強と名高い聖騎士団長の実力を、多くの者が知っている。そして救国の英雄──ローブル聖王国史上初のアダマンタイト級冒険者、その偉業もまた誰もが知っていた。

 

 

「す、すげぇ……」

「こんな戦い、滅多に見られねぇぞ……」

 

 

誰かが漏らした呟きに、誰もが心中で同意する。

超人的な剣戟は、やがて僅かずつ均衡を崩し始めた。

 

徐々に――レメディオスが押し始めていたのだ。

 

相変わらずモモンの剣速は凄まじい。

だが、漆黒の鎧へ聖剣が届く回数が少しずつ増えている。

 

モモンが一歩下がれば、レメディオスが一歩前へ出る。

 

その積み重ねが、確実に流れを傾けつつあった。

 

 

(いける……!)

 

 

猛烈な攻勢に油断はできない。

それでも、このまま押し切れる――レメディオスは確かな手応えを感じていた。

 

自然と口角が吊り上がる。

 

周辺諸国最強と名高いガゼフ・ストロノーフ。

 

彼以外にも、ここまで自分を追い込む強敵が存在した。

 

その事実に、レメディオスは歓喜していた。

 

 

「────」

 

「……っ!?」

 

 

モモンが何かを呟く。

 

次の瞬間、右手の大剣がレメディオスへ迫った。

 

レメディオスは迷わず迎え撃ち、聖剣でその一撃を受け止める。

 

──重い。

 

だが〈能力向上〉によって強化された今なら問題なく受け切れる。

 

──そのはずだった。

 

 

「なっ!?」

 

 

剣を通して、再び衝撃が走る。

同じ方向から、まるで“もう一撃”叩き込まれたかのような衝撃。

 

困惑するレメディオスへ、モモンは間髪入れず追撃する。

 

今度は左手の大剣による鋭い突き。

 

レメディオスは聖剣で受け流す――が。

 

 

(また来るっ!)

 

 

直感と〈知覚強化〉が警鐘を鳴らす。

 

レメディオスは瞬時に後方へ飛び退いた。

 

直後、何もない空間を“見えない何か”が貫いた。

 

押していた流れを、予想外の攻撃によって断ち切られる。

 

幸い、モモンは追撃してこない。

 

漆黒の戦士はその場に静かに立っていた。

 

息一つ乱れていない。

 

あの全身鎧の効果か。

 

それとも、元々常軌を逸した体力を持つのか。

 

レメディオスの装備にも疲労軽減効果を持つ物は存在する。

 

ならばモモンも、同等――あるいはそれ以上のマジックアイテムを持っていても不思議ではない。

 

レメディオスは呼吸を整えながら問いかけた。

 

 

「一体……何をした?」

 

「別になんてことはありませんよ」

 

 

モモンは両手の大剣を左右へ広げる。

 

 

「〈二重(ドッペル)〉」

 

「……なるほど。魔法か」

 

 

直後、二本の大剣に青白い刀身が重なるように現れた。

 

説明はそれだけ。

 

だがレメディオスには十分だった。

 

おそらく一度攻撃、あるいは防御に使えば消滅する。そして再使用には、先ほどのように魔法の詠唱が必要なのだろう。

 

そう判断した。

 

一方でモモンは、内心で胸を撫で下ろしていた。

 

 

(咄嗟の思いつきだったけど、意外となんとかなるもんだなぁ……)

 

 

先の応酬──実はかなり危うかった。

やはりまともな剣技だけなら、レメディオス相手に到底勝負にならない。

 

 

(いやほんと、ブレインと特訓しといて大正解だったわ……)

 

 

正直に言えば、ここまでブレインとの特訓を思い出しながら、応用と機転でどうにか誤魔化しているだけだった。

 

かなりギリギリである。

 

先ほどの剣戟も、〈筋力増大(ストレングス)〉に加え、〈全能力強化(フルポテンシャル)〉、〈幸運(ラック)〉、〈敏捷力増大(デクスタリティ)〉まで重ね掛けして、ようやく成立していた。

 

 

(うぅ……周りの反応を見るのが怖い。このままじゃ色んな意味で保たん……!)

 

 

早急に決着をつけるべく、モモンは再び駆け出した。

 

まだ距離があるにもかかわらず、大剣を一閃。

 

僅かに遅れて、魔法で形成された青白い大剣がレメディオスへ襲い掛かる。

 

レメディオスは難なくそれらを弾き返した。

 

直後、魔法の大剣は霧散する。

 

その瞬間──モモンが動いた。

 

二本の大剣を平行に構えたまま、その場で大きく一回転する。

 

 

(武技は乗っていない……!)

 

 

レメディオスは瞬時に見抜いた。

 

遠心力を乗せた一撃。

 

だが、武技による強化はない。

ならば――押し勝てる。

 

 

「〈剛撃〉!!」

 

 

聖剣へ攻撃強化の武技を乗せ、真正面から迎え撃つ。

 

──激突。

 

やはりモモンの膂力は凄まじい。

しかし武技を発動したレメディオスの一撃の方が上回っていた。

 

弾かれたモモンの身体が大きく仰け反る。

 

再び追撃の機会。

 

そう判断したレメディオスだったが――直後、異変に気付いた。

 

 

「〈秘剣・転輪〉!」

 

「!?」

 

 

仰け反ったモモンは、その勢いを利用して跳躍。

派手な回転と共に、レメディオスの背後へ着地した。

 

 

(お、おぉ〜!! う、上手くいっ──)

 

「ちっ! 〈空斬〉!」

 

(えぇっ!? ちょ、待──!?)

 

 

モモンの感動など、当然レメディオスには伝わらない。

 

初見の挙動に一瞬動揺した彼女は、距離を詰められる前に遠距離武技を選択した。

 

放たれた斬撃が空を裂く。

 

対するモモンは即座に魔法を発動。

 

 

「〈深き霧(ディープミスト)〉!」

 

白い霧が煙幕のように周囲へ広がる。

 

レメディオスの放った〈空斬〉は、その中へ吸い込まれるように消失した。

 

弾かれた感触はない。

 

やがて濃霧はレメディオスの周囲にまで広がる。

 

 

「なるほど……。斯様な策も使えるか。手数の多さこそ魔法戦士の利点というわけだな」

 

 

感心したように呟きながら、レメディオスは静かに目を閉じた。

 

 

「〈可能性知覚〉……〈知覚強化〉」

 

武技を発動。

全神経を周囲へ研ぎ澄ませる。

 

ブレインの〈領域〉には及ばない。

 

だが、視界を封じられた状況で敵を相手取るには、これが最善だった。

 

 

(……さぁ来い!)

 

 

加えて、歴戦の戦士としての直感。

 

そこへ――背後から迫る大剣の一撃。

 

既にモモンは回り込んでいた。

 

だがレメディオスは動かない。

 

刹那──

レメディオスの身体が紙一重で滑るように動いた。

 

 

「〈流水加速〉!」

 

「なっ!?」

 

 

今度はモモンが驚愕する番だった。

 

一瞬で背後を取られる。

 

モモンは即座に振り向き、迎撃しようとする。

 

だが──

 

 

「〈剛撃〉! 〈神技一閃〉!」

 

 

閃光──そう錯覚するほどの速度だった。

次の瞬間、モモンは全身へ走る激痛と、身体が浮き上がる感覚を覚える。

 

視線を横へ向けると、夜の都市の灯りが見えた。

 

そこで初めて、自分が吹き飛ばされているのだと理解する。

 

 

「〈剛腕剛撃〉!!」

 

 

さらに追撃。

上段から叩き落とす一撃。

 

モモンは咄嗟に二本の大剣を交差させ、防御姿勢を取った。

 

だが――防ぎ切れない。

 

今までで最も重い衝撃が全身を貫いた。

 

弾くことも、流すこともできない。

モモンの身体は豪速で地面へ叩き落とされる。

 

凄まじい轟音と共に石畳が砕け、小規模なクレーターが形成された。

 

 

「うっ……! ぐっ……!」

 

 

今日一番のダメージにモモンは苦悶の声を漏らす。だがアンデッドである彼の痛覚は瞬く間に薄れていた。

 

それでも、石畳へ走る大きな亀裂が、先ほどの一撃の凄まじさを物語っていた。

 

 

(これはマズい!!)

 

 

モモンは即座にダメ押しの追撃を察知した。

 

咄嗟に地面を転がるように回避する。

 

直後──レメディオスの聖剣が、先ほどまでモモンがいた場所へ凄まじい勢いで叩きつけられた。

 

激しい轟音──

まるで巨岩が高所から落下したかのような衝撃が地面を震わせる。

 

間違いない。

先ほどと同じ武技を重ねている。

 

 

「くっ! 避けたか!」

 

 

立ち上がったレメディオスの声には、僅かな悔しさが滲んでいた。

 

今の一撃で決めるつもりだったのだろう。

モモンは即座に起き上がり、大剣を構えようとする。

 

だが、その隙をレメディオスは逃すつもりがない。レメディオスは一気に距離を詰め、猛然と畳み掛けてきた。

 

 

(うわっ、速っ!?)

 

 

間髪入れぬ猛攻。

モモンは度肝を抜かれながらも、苦肉の策として最後の切り札を発動する。

 

 

〈絶望のオーラ〉──

 

 

「っ……!!」

 

 

──レベルⅠ

 

本来ならそこまで強力な効果ではない。

だが、予想以上に効果は覿面だった。

 

レメディオスの表情に一瞬驚愕が走り、その動きに明確な乱れと隙が生まれる。

 

 

(よし、通った!)

 

 

今度はモモンが攻勢へ転じた。

 

大剣の“刃”ではない“面”の部分を用い、無防備になったレメディオスの胴へ強烈な一撃を叩き込む。

 

 

「ごはっ!!」

 

 

まともに直撃を受けたレメディオスの身体が豪快に吹き飛ぶ。

 

十数メートル先の石造りの装飾物へ激突。

鈍い破砕音と共に土煙が舞い上がった。

 

その衝撃に、モモンは内心で冷や汗を流す。

 

 

(やっべぇ!!! やり過ぎたか!?)

 

流石に焦る。

しかし──

 

土煙が晴れるより早く、レメディオスが姿を現した。

 

片手に聖剣を握ったまま、口元から流れる血をもう片方の手で乱暴に拭う。

 

モモンは生存していたことに安堵する。

だが当のレメディオスは、自身の傷などまるで気にしていなかった。

 

むしろ実に嬉しそうな笑みを浮かべている。

 

 

「今の一撃、見事でした! 流石はモモン殿だ! アダマンタイト級に相応しい強さです!」

 

 

なんか突然良い感じに収束に向かい始めた。

この機を逃すわけにはいかない。

 

 

「ありがとうございます。カストディオ団長殿も素晴らしい強さでした。正直、私はかなりギリギリでしたよ」

 

「ははは! ご謙遜を」

 

 

レメディオスが笑う。

そして、ふと思い出したように尋ねた。

 

 

「ところで、最後のアレは何だったのです? あれもモモン殿の武技でしょうか?」

 

「えっ」

 

 

モモンは一瞬固まった。

まさか〈絶望のオーラ〉──最高位アンデッドの種族スキルです、とは口が裂けても言えない。

 

 

「え、えぇ……まぁ、そんな感じですね……」

 

若干歯切れ悪く答える。

だがレメディオスは気にした様子もない。

 

 

「なるほど! しかし魔法を組み込んだ戦術、実に見事でした! 新兵たちにとっても良い教訓になったことでしょう!」

 

 

そう言ってレメディオスが振り返る。

その先には、先ほど紹介された“漆黒騎士団”の騎士たちがいた。

 

全員が、目を輝かせながらこちらを見ている。

 

 

(うわぁ……)

 

 

流石に何の反応もしないのは悪い気がした。

モモンはぎこちなく片手を上げる。

 

その瞬間──

 

「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」

 

漆黒騎士団が感涙しながら絶叫した。

怖い。

 

 

「次も是非、手合わせを願いたい」

 

「えぇ。こちらこそ」

 

 

レメディオスが右手を差し出す。

モモンも応じ、固い握手を交わした。

 

――その瞬間。

 

 

「「お、おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」」

 

 

周囲から凄まじい大歓声が巻き起こった。

戦いの最中、息を呑んで抑え込んでいた熱狂が、一気に爆発したかのような歓声。

 

そのあまりの声量に、モモンの肩がビクッと跳ねる。

 

 

「すげぇ! 本当にすげぇ!!」

「あの団長と互角に渡り合うなんて……!」

「漆黒のモモン様ばんざぁぁぁい!!」

「モモン様ぁぁぁぁ!!」

 

 

割れんばかりの歓声が夜空へ響き渡る。

その余韻に誰もが酔いしれていた。

 

だが──

 

 

「じょ、女王陛下ぁぁぁ!!」

 

 

突如、場違いな絶叫が響いた。

歓声の中を掻き分けるように、一人の衛兵が血相を変えて駆け込んでくる。鎧は土埃に塗れ、肩で息をしていた。その尋常ではない様子に、周囲の熱狂が急速に冷めていく。

 

玉座近くにいたカルカが眉を寄せた。

 

 

「何事ですか?」

 

「ご、ご報告します!! 都市内各地でアンデッドが多数出現!! 現在、市民への襲撃が始まっております!!」

 

 

その報告に場の空気が凍り付いた。

 

 

「なんだと!?」

 

 

レメディオスの声音が低くなる。

衛兵は震える声で続けた。

 

 

「す、既に各区域の衛兵隊と聖騎士団が対処を開始しております! ですが数が多く……っ!」

 

 

直後──

 

「も、申し上げます!!」

 

さらに別の衛兵が駆け込んできた。

こちらも顔面蒼白だった。

 

 

「都市内部に正体不明の武装集団を確認!! 各地で放火、襲撃、略奪を開始しています!!」

 

「武装集団だと……!?」

 

「はっ! 加えて……城内にも多数侵入!! 現在、城内の騎士たちが迎撃中です!!」

 

 

ざわり、と空気が揺れる。

 

先ほどまでの熱狂が、瞬く間に不安と動揺へ変わっていった。

 

遠方から悲鳴が聞こえる。

 

そして――爆発音。

 

夜空の一角が赤く染まっていた。

誰かが叫ぶ。

 

 

「火事だ!!」

「南区画が燃えてるぞ!!」

「アンデッドだ!! 逃げろぉぉ!!」

 

 

都市全体が急速に混乱へ呑み込まれていく。

聖騎士や衛兵たちも即座に動き出していた。

 

 

「市民の避難を優先しろ!!」

「城門を閉鎖しろ!」

「第二、第三部隊は西区画へ向かえ!!」

「負傷者を運べ!!」

 

 

だが報告は止まらない。

 

 

「東区画でもアンデッド発生!!」

「武装集団が貴族街へ侵入!!」

「数が多すぎます!!」

 

 

明らかに異常事態。

単なる暴動でも、偶発的な襲撃でもない。

何者かが、最初から都市を混乱へ陥れるために仕組んでいた。

 

レメディオスの目つきが鋭くなる。

 

 

「……計画的か!」

 

 

その横で、モモンも周囲を見回していた。

 

 

(いやいやいやいや、ちょっと待って!? なんか急にヤバいイベント始まってない!?)

 

 

空気が一変している。

先ほどまで祝賀会だったとは思えない。

 

そこへブレインがバルコニーから飛び降りて颯爽とモモンの元へ駆け寄る。

 

 

「よう、モモン。いや〜、モテる男は辛いねぇ」

 

「は?」

 

「分かんねぇか? 奴らだよ」

 

 

 

都市を見下ろせる高所。薄暗い建物の屋根の上で、四つの影が混乱する王都を見下ろしていた。

 

 

「ククク……実に良い仕事をしてくれる」

 

 

筋骨隆々の大男――“六腕”のゼロが凶悪な笑みを浮かべる。

その隣では、全身鎧を纏ったペシュリアンが同意するように静かに頷く。

 

 

「ハハハハ!!最高だねぇ!!」

 

「フフフ、聖騎士団も随分慌てているようだねぇ」

 

 

さらにマルムヴィストとエドストレームが不敵に笑う。

 

眼下では炎が上がり、悲鳴が響き、アンデッドが街を蹂躙している。武装集団が市民を襲い、衛兵たちと各地で激突していた。 

 

その地獄絵図を眺めながら、ゼロは獰猛に口角を吊り上げる。

 

 

「さぁて――″復讐〟と言う名の宴の始まりだ」

挿絵(AIイラスト)はあった方が……

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