理由はシンプルに仕事がクソ忙しかったからです
◇
朝方、城塞都市カリンシャのとある屯所は騒然となっていた。それは屯所前の門で発生しており、夜半には全く異常が無かった故に兵士達は困惑していたのだ。
「私たちは街の娘を誘拐して人買いへ売ろうとしました」
「他にも何回か同じように子供を攫っては売り払ってました。どうか私たちを逮捕して下さい」
強面のゴロツキが両膝を地に付けながら集まってくる兵士達に向けて自らの罪を何度も告白していたのだ。
この異様過ぎる光景に兵士達は逮捕どころではなく、上層部へ報告した後、事態の収拾に勤しみ出した。
「どうやらこの者達は何かしらの精神支配の魔法を受けているようです。〈
魔術師組合から派遣されてきた魔法詠唱者の調べによると、この人相の悪い2人組は精神支配の魔法を受けて自身の罪を告白しているらしい。
とある聖騎士が魔法詠唱者に「何者が魔法をかけたの分かるか?」と聞いた。
〈支配〉や〈魅了〉などの精神支配系魔法を掛けられたとしてもその記憶はしっかりと残っているのが普通なのだ。聖騎士はそれを理解している上で魔法を掛けた者を突き止めようと考えていたのだが、魔法詠唱者は首を横に振って答えた。
「それは既に試しました。ですが、〝記憶にない〟〝覚えてない〟と言った返事しかなかったのです」
聖騎士は困り果てた。
告白の中身が本当かどうかは別にしても実際に何人かの戦争孤児が行方不明になったという報告が至る所で上がっていた。その際、不審者の目撃情報が出てきており、目撃者からの情報を元に描いた人相描きと2人組の特徴が見事に一致していた。その甲斐もあり2人組の逮捕はほぼ確実と見ている。尤も彼らの告白内容を色々と調査し照らし合わせてからになるのだが、それは今は問題では無い。
問題なのは彼らに精神支配の魔法を掛けた者が誰なのかが分からない事だ。
魔法詠唱者は話を続けた。
「過去に彼らが関わっていた失踪事件の中身を幾つか照らし合わせていますが、今のところ筋が通っております。つまり、話の内容は真実である可能性は高いかと」
聖騎士は腕を組んで少し考えた後に魔法詠唱者へ問い掛けた。
「〝記憶にない〟〝覚えていない〟…そう答えたのだな?」
まるで念押しするように聞いてくる聖騎士に魔法詠唱者は怪訝に思いながらも頷いた。
聖騎士は魔法の効果が切れるまで待ってから再度彼らから事情聴取を行うよう指示を出した。
それから暫く待った後、精神支配の効果が切れた2人を先程と同じ質問で問い詰めるが、2人は精神支配を受けていた時と全く同じ事を述べた。
──覚えていない 記憶がない──
魔法詠唱者は彼らの魔法を掛けた人物を知らないと言う話は本当であったことに驚愕した。聖騎士も唸るように再び考え込んだ。
(〈支配〉や〈魅了〉を掛けられていてもその記憶は残る。だが、彼らは〝記憶にない〟の一点張りだった。初めは魔法を掛けた者に口止めされていただけかと思っていたが……違ったのか)
〈魅了〉や〈支配〉を掛けた人物が「自身に関わる情報を話すな」と命令或いはお願いをしたのであれば魔法が切れるまで待てばそれで済むことだ。しかし、結果は魔法が解ける前と変わらなかった。唯一違った点は「俺たちは無実だ‼︎」と必死な形相で訴えかけてくるようになったくらいだろう。
無論、彼らの言い分を聞き入れるつもりはない。既に裏は取れているのだ。
(物理的に強い衝撃を頭部に与える事でごく稀に記憶が無くなると言う話もあるにはあるが……それはあまり現実的ではないな)
聖騎士──グスターボ・モンタニェスは魔法詠唱者に再度問いかけた。
「俺はあまり魔法に詳しいわけじゃないんだが、『特定の記憶だけを消す』魔法って…あるのか?」
「私が知る限りでは不可能です。記憶を操作する魔法なんて聞いた事もありません。……恐らく、もしそれが可能な魔法詠唱者がいるとするなら……例の『逸脱者』ただ1人かと」
その言葉を聞きグスターボは瞬時にバハルス帝国主席宮廷魔法詠唱者の姿を思い浮かべた。英雄の領域を超えた第六位階の魔法を行使できるまさに〝生きる伝説〟と呼ぶに相応しい人物。
「フールーダ・パラダイン……」
ボソリと呟くグスターボだが直ぐにその可能性は皆無だと頭の中の犯人リストから彼の名を消した。そもそもフールーダは帝国の最高戦力にして切り札とも呼べる存在だ。それほどの人物を無闇矢鱈と国外へ出すなど考えられないし、こんな所へ来て一体帝国に何の得があるわけでも無い。
飽くまで『記憶を操作する魔法を扱える者』と言う話の中で可能性の段階で彼の名が上がってきたに過ぎず、今回の犯人とは別義である。
「…引き続き調査は続けてくれ。どんな事でも良い、何か分かった事があれば直接俺に通すんだ」
「はい、分かりました」
これ以上詮索しても意味はないと踏んだグスターボはその場を後にする。
屯所から出て馬に乗り帰路に就くと、吐きたくも無い大きな溜息を吐き漏らした。後ろから追従する部下達は彼の溜息を聞かなかったように無視する。下手な気遣いをしたところで結局は気休めにしかならないからと、上司であるグスターボ自身が「いつもの事だから無視しろ」と命令しているのだ。
(はぁー…全く、カストディオ団長は相変わらず無茶を仰る)
「命令を受ける側の身にもなれ」と心の中で呟きながらグスターボはキリキリと痛む胃の辺りを優しく摩る。
彼は上司である聖騎士団団長のレメディオス・カストディオから数日前に受けた命令を思い出していたのだ。
──アベリオン丘陵に現れたという謎の凄腕魔法詠唱者を見つけ出せ──
(……って、無茶言うなよ)
改めて団長に対し強い苛立ちを感じる。彼女は歴代最強の聖騎士団長の名に相応しい実力を有しており、この国で『戦力』という意味に於いては彼女ほど心強い存在はいない。しかし、あまりにも頭脳が残念すぎるのだ。「妹のケラルトに知力を持っていかれた」とこっそり揶揄する者も少なくない。
「あの腕っ節の強さを少しでも頭脳に活かせたらどんなに嬉しいことか…」
思わず心の声が口から漏れ出てしまうが、それを咎める部下は1人もいない。皆も彼の言葉に心底から同意見だからである。
頭を使わず
正直、ありがた迷惑な信頼だ。この傍迷惑な信頼の為に、自分は胃痛と言う代償を払わされているのだと思うと涙が出る。彼女のアホな言動を御する事自体はさして難しくは無いが、その代わり一瞬も気が抜けない。
団長であるレメディオスが何か問題を起こせば、その火消し役や後始末をするのはいつもグスターボともう1人の副団長にして胃痛の友であるイサンドロ・サンチェスなのだ。彼とは何度も苦労話に花を咲かせ、涙を流し酒を酌み交わしたことか…。
(いつ何処で何やらかすか分からないからなぁ〜……あー胃が痛い)
件の魔法詠唱者についてはグスターボもレメディオス達と同様、報告は聞いている。副団長と言う役職の他、彼女の無謀な行動を諌める為にもそういった重要な情報を事細かに把握する必要があるからだ。
グスターボ自身も興味を引く内容ではあったが、聖王国の現状を踏まえればそんな事にかまけていられるほどこの国に余裕が無い事も重々理解している。
だからこそ今回の団長命令は無茶苦茶なのだ。
亜人部族との小競り合いは年々増加し、徴兵される兵達は勿論、聖騎士団も皆忙しなく国の為に戦い、働き続ける毎日だ。民達の不満や不安の訴えも増え、南部との折り合いも悪くなる一方だ。
謎の凄腕魔法詠唱者捜索隊など満足に作れる訳がない。
情報だって少な過ぎる。漆黒のローブを纏っている以外の情報が皆無に等しいのだ。唯一遭遇したパベル自身も「怪我のせいもあってよく認識出来なかった」と話している。おまけに彼がいた所が亜人族やモンスター達が跋扈するアベリオン丘陵で、今尚そこを彷徨っているならお手上げだ。
(これがいつもの気まぐれや思い付きなら、適当にちょっと難しい理屈っぽい理由を付けて、団長に諦めてもらうのがセオリーなんだが、今回の件は厄介だ…なにせ聖王女陛下が絡んでいる。あ〜本当に胃が痛い)
グスターボは再びお腹を摩る。
レメディオスの性格は読んで字の如く『猪突猛進』。それは彼女の主君にして親友であるカルカが絡む事案となれば、より盲目的で一直線に行動してくるのだ。並大抵の言い訳では彼女は決して納得しない、「必ず遣り遂げろ‼︎」と激昂するのが関の山だ。
正直、癇癪を起こした子供よりも厄介である。
(その魔法詠唱者が聖王国内に居るっていう保証も無いのにどうすんだよ‼︎ デタラメにも程があるっつーの‼︎)
文句が止めど無く溢れてくるが言っても仕方がない。取り敢えず虱潰しに要塞線から近い街へ転々と移動しながら聴き込み等の方法で探し続けるしかないのだ。だが、この途方の無いと思われていた捜索活動も一片の光明が奇跡的に見え始めている。
「先の一件……もしかすると『当たり』かも知れんな。不明瞭な点も多いが、僅かな可能性は出て来たぞ」
眉唾な情報を頼りに万が一の可能性を信じることにしたグスターボはもう少しこの街で件の魔法詠唱者を探す事にした。
捜索活動をしていると言うアピールの意味も込めて…。
(バラハ殿に聞こうにも今何処にいるのか分からないし…地道にやるしかないか。この一件がひと段落したら、ペットのリス達に存分に癒されよう)
改めてグスターボは謎の凄腕魔法詠唱者の捜索を再開するのだった。
◇
時を遡ること半日前…悟ことモモンは凶眼の少女ネイア・バラハの案内のおかげで無事に城塞都市カリンシャの冒険者組合へ辿り着くことが出来た。
(いやぁ、まさかバラハさんに娘がいたとは…しかも眼が父親ソックリなんて…遺伝って凄いなぁ〜)
カリンシャでこの国の事を色々と聞いて回っている内に、アベリオン丘陵なる場所で出会ったパベル・バラハについて知る事が出来た。
彼は聖王から与えられるこの国独自の称号である『九色』の内の一色である『黒色』を与えられている。『九色』は国や聖王の為、最も貢献した人物にのみ与えられる非常に誉れ高き称号であり、この称号を付与されている者は読んで字の如く9人しか存在しない。パベルはその9人のうちの1人という事になる。
更に彼はこの国で弓矢に於いては右に出る者がいないほどの実力者らしくかなりの有名人だった。それは外見的な意味合いも含めてなのではないか、とも思うのだがとにかく彼は凄い人らしい。
悟はそんな彼の娘に偶然出会ったのだ。
(でも、なんであんなにボロボロで薄汚れた格好をしていたんだ? 住所も此処ではないとなると……)
お腹を空かせていたのも何か事情があるようで結構気になるところではあるのだが、その話題になりかけた時、彼女の雰囲気が一気に暗くなったのが見て取れた。どうやらあまり触れて欲しくなかったようなので、敢えて悟はスルーする事にした。
この感情や雰囲気を読み取るスキルはリアルでの社畜人生で培われた賜物である。
(まぁ、誰にも触れられたくない事情のひとつやふたつあってもおかしくない年頃だろうし、下手に関わるのは悪手だよなぁ)
しかし、お節介焼きの悟はネイアがどうしても気になっていたので去り際にちゃっかり
(ちょっとした『恩返し』の意味もあるけど)
彼女の事は影の悪魔に任せる事にして、悟はこの世界に来て2度目となる
「身分証明の取得と……就活だな!」
異世界だろうが関係無い。鈴木悟は社会人としての義務である労働を果たさねばならないのだ。幾ら魔法が使えると言っても、社畜の性分故なのか何故か定職に就かないと落ち着かないからである。
(っていうか俺、
何故か妙に悲しくなる。涙が出ている気がするのはアンデッドなので気の所為だろう。
早速、悟は意を決して冒険者組合の受付へと歩いて行く。
冒険者組合の内装は大体想像通りの作りになっていた。建物は石造りの2階建て、依頼書の様な羊皮紙が大きな掲示板に張り付いていて、複数人掛けのテーブルが片隅に幾つも置かれており、受付カウンターには受付嬢がいる。
何ら不思議な事はない、大体がRPGゲームでよく見かける配置となっていたのだ。
問題があると言うのなら──
(……全く読めん)
───掲示板に貼られている依頼書の文字が何一つ解読出来なかった。
甘い認識ではあったが、口頭でのコミュニケーションが上手く出来ても筆記による伝達まで通じるとは決して限らない。『異世界転生・転移あるある』の1つとも言えるこの事態に直面していた。
(この世界ではもう
悟は自身の
早速、片眼鏡を使い掲示板に貼られている依頼内容へ目を通した。
「………うーん、本当に殆どがモンスター退治ばかりだな」
既に聞いていた通りだったのだが、『冒険者』とは名ばかりのモンスター退治専門の職業という現実に直面すると改めて肩を落としたくなる。しかし、仕事に浪漫を求めるなど贅沢だと再度自分に言い聞かせながら依頼書へ再び目を凝らす。
「えっと…ゴブリン小隊討伐報酬は銀貨10枚。トロールの群れ…オーガとゴブリン…銀貨25枚…ふむ…これは、おっ? 金貨5枚……ふむふむ」
重要となってくるのはやはり報酬…現地通貨の確保だ。悟の手持ちには多少のユグドラシル金貨はあるが、ゲーム最終日に花火を大量に購入したせいもあり大分消費してしまっている。
金銭面の余裕は無い。
故に働いてお金を稼ぐしかないのだ。
(ざっと見た感じだと目ぼしい依頼は無いな。まぁ慣れる一環という事で何か適当な依頼をやってみるか)
悟は掲示板の前から離れ、今度は受付へ向かい歩き出した。既にカウンターには受付嬢が凛とした姿勢で待っていた。
「冒険者組合へようこそ。どのようなご用件でしょうか?」
絵に描いたような営業スマイルで受付嬢は挨拶してきた。悟も軽く挨拶をした後、組合へ来た用件を伝える。
「すみません、冒険者登録をしたいのですが」
「はい、新規登録で御座いますね。ありがとうございます。では、登録するにあたって必要書類への記載をして頂きますので、少々お待ち下さい」
頭を下げた後、受付嬢は必要書類を取りにカウンターの奥へ消えて行った。
その間、悟はカウンターの前に立って待ち続けているのだが、案の定背後からの視線が気になる。
(この格好は目立ち過ぎだったかな? 自分としては顔も隠れる全身鎧の中では結構お気に入りのヤツをモデルに創ったつもりなんだけど…)
彼が装備している漆黒の全身鎧は、ナザリック地下大墳墓の第九階層にある自室の衣装部屋に置いてあった全身鎧を参考に〈
悟としては目立ち過ぎず、顔含め全身を隠せる一番ベストで特に大した代物でも無いものを選んだつもりだったのだが、どうやら現地装備の価値基準を見誤ってしまったらしい。魔法で創ったに過ぎない防具でも現地人からしてみれば超一級品に見えるようだ。
(……何となく視線の中に妙な敵意も感じるなぁ〜)
心の中で面倒臭そうに溜息を吐いたが、実際その認識は結構当たっている。
『冒険者』はモンスター専門の退治屋と揶揄される通り常に危険と隣り合わせの職業だ。依頼中に命を落とす事など珍しくも無い為、出自や国籍、素行に関係なく簡単に冒険者登録出来る理由の1つは
悟に敵意の籠った視線を送る輩の殆どが、そういったオイシイ依頼を取り合う競争敵が増えた事によるものであった。中には彼の装備類を見て「いいとこの貴族が冷やかしに来た」と思い込んでいる者もいるが、大半は前者だ。
(命懸けで戦う仕事らしいから、もっと周りと助け合う職業かと思っていたけど…やれやれ、現実はシビアだなぁ)
などと考えている内に受付嬢が書類を持って、カウンター奥から戻ってきた。
「お待たせしました。此方の羊皮紙に書かれている項目に記入をお願いします」
「分かりました。さて、と………あっ」
早速、羽根ペンを手に取り記入しようとした時、ある事に気付いた悟はペンを握る手を止めた。
(現地の文字が書けねェェェェ‼︎‼︎)
鈴木悟、痛恨のミス。現地語を読めるようになって油断したのか、現地の文字で書く事を完全に想定していたかったのだ。
受付嬢がペンを握ったまま手を止めている自分を「どうしたのか?」と不思議そうに見てくる。
それが悟を余計に焦らせる。
「あ、あのぉ……?」
痺れを切らし受付嬢が声を掛けてきた。
「すみません……私の故郷の文字でも…だ、大丈夫でしょう、か…?」
恐る恐る尋ねた。受付嬢は困った苦笑いを浮かべていたが、「取り敢えず書くだけ書いてみて下さい」と言う言葉に従い、思いっ切り日本語で書いた。
「よ、読めません……」
案の定、読めなかったらしい。
代筆を頼めないか確認したところ、料金は掛かるが可能との事だったので素直にお願いする事にした。
手続きは無事終えたが、現地語の読み書きを早急に練習し会得する必要が生まれてしまった。
◇
「あー……色々と疲れた。精神的な意味で…」
無事に冒険者となり身分証明が出来るようになった悟だが、手続きで色々と問題が起きてしまった事もあり、依頼は明日受ける事にした。
彼の首には銅製のプレートがぶらさがっていた。これが彼の身分を証明する証となる『冒険者プレート』である。冒険者の認識票であるプレートは全部で8階級存在し、新米冒険者の悟が付けているプレートは最下級の
実績を積むことで受ける事が出来る昇級試験で、見事合格出来れば晴れてワンアップ上へ昇級出来る仕組みとなっている。
(でも、最高位がアダマンタイトって…幾らなんでも柔らか過ぎるんじゃないか?)
この世界に於ける鉱物資源の
聖王国には存在せず王国に2チーム、帝国に2チーム、竜王国に1チーム存在するようだが、中でも抜きん出て活躍しているのは王国のアダマンタイト級冒険者チームで『蒼の薔薇』と言うらしい。
(女性のみで構成された冒険者チームかぁ…ペロロンチーノさんあたりが喜びそうなチームだな)
もしそのチーム内に合法ロリがいるのなら、彼は滝のように感涙を流していた事だろう。そんなことがあるはずが無いと我ながら馬鹿らしいことを考えたものだと掠れた笑いが出てくる。
(聞く限りだとアダマンタイト級は周囲から…特に同業者達からは大分英雄視されてるんだなぁ。もっと嫉妬心とかそう言うのが多いと思ったんだけど……いや、今は我が身を優先して考えよう。少なくとも新入りはあまり歓迎ムードでは無いっぽかったし)
悟は首にぶら下がっている銅板プレートを軽く撫でながら明日からの事を考えた。
基本的には
報酬金の分け前は減るが、この職業でやっていくつもりなら誰かとチームを組む事が一番賢いやり方なようだ。それは『ユグドラシル』でも同じ事である為、その辺りは悟も理解出来る。単独行動ではどうしても役割に限りが出てしまう為、バランスの良いチームが必然となってくる。
「あー…そう言えば、代筆代金の支払いで一悶着あったなぁ。やっぱり無闇にユグドラシル金貨を出したのは不味かったか。でも、持ち金それしか無かったし…」
現地語を書けない悟は受付嬢に代筆を頼んだ事で金銭を払うハメになってしまった。あまり持ち合わせの無い貴重な金をこんな形で消費してしまう事に軽く落胆しながら、取り敢えずユグドラシル金貨を1枚分だけカウンターへ出した。
その時、受付嬢の顔が金貨を受け取るなり段々と怪しくなった。まじまじと何度も裏表を返しながら金貨を見た後、「しょ、少々お待ち下さい‼︎」と小走りで奥の部屋へと消えて行ったのだ。
やはり現地通貨以外は不味かったかと、浅はかな自身の行動を後悔しながら実に15分……片手で持てるくらいの袋にギッシリと現地通貨を詰め込んで持って来てくれたのだ。営業スマイルからは止めどなく汗が溢れていた事から、両替に大分苦慮したのだろう。
ちょっと罪悪感を感じる悟はかなりの額が詰め込まれた袋を受け取りながら心の中で謝罪する。オマケにかえって周囲から色々な意味で益々注目の的となってしまった。
「はぁ、取り敢えず勧められた宿へ行くか」
何故かこの街で一番冒険者達に馴染み深い安宿を悟は勧められていた。あの金貨と釣り銭の量から別に金無しと見られたわけでは無いのだろうが、悟としては別に不満は無い。寧ろ、安宿なら節約にもなるだろうしアンデッドの肉体である悟には宿など不必要なものだからだ。
飽くまで『彼はそこを拠点にしている』という体が出来ればそれで良い。
早速、例の安宿へ歩を進めようとした時、ネイアの影に潜ませていた
「………え、マジ?」
何と彼女が暴漢に襲われているという衝撃的な内容だったのだ。場所は此処からそう遠く無い噴水のある広場らしいが、流石に夜更けもいい時間帯な為、人通りは全くと言って良いほど無いらしい。
「人攫いだと? やり方と世界は違えど、悪党のやる事は相変わらずゲスいな……」
悟はリアルでほぼ毎日起きている反政府テロ組織による破壊テロ活動事件を思い出していた。現代社会に対する不満を持つ事には同意するが、かといってそれで他人を巻き込んで良いというわけでは決して無い。
政府を『エゴの塊だ‼︎』と連中は揶揄するが、他者の犠牲を厭わないお前達のやり方も同じ『エゴの塊』という奴じゃないか。
(身勝手な正義を振りかざすヤツほど迷惑なモノは無いな。っと、あんまり悠長な事を考えている暇は無さそうだ)
何より彼女には借りがある。
それを返す意味も含め、悟はすぐさま彼女が襲われている場所へ急行した。万が一、暴漢達が馬鹿をやらかしそうになった時は
(借りの有無に関係無く助けるつもりだったけど、〝誰かが困っていたら、助けるのは当たり前〟……ですよね? たっちさん)
悟はかつての友人にして恩人の
◇
ネイアが目を開けた先には見覚えのない天井があった。
「うぅ……此処は?」
意識がボンヤリとして中々状況を理解出来ない。自分は今横になっている、少し硬いがベッドの上に寝かされているようだ。
目だけを動かして周りを見渡すが、やはり此処は身に覚えのない場所なのは間違い無いらしい。ゆっくりと上体を起こし、眉間に手を当てて必死に何が起きたのかを思い出そうとする。
「えっとー…確か広場で…座って…パンを食べて…お腹一杯で眠くなって…夜にな……あっ‼︎」
彼女は徐々に思い出してきた。あの人気の無い夜の広場で自分は人攫いに遭いかけていた。もう自分は終わりなのだと、過去の思い出や後悔が脳裏を駆け巡った時……何処かで聞き覚えのある声の人に助けられたのだ。
あの時の安心感を今になって思い出したのだ。しかし、肝心のその声の主…つまり自分を人攫いから助けてくれた人が中々思い出せない。でも、確かに知っている声だったし、気を失う瞬間に自分はその人の名前を口にしていた筈だ。
「も、モモン……さん」
そうだ、思い出した。自分を助けてくれたその人物の名前が自然と口から漏れ出た。
「はい、何ですか?」
「……え?」
突然、部屋の片隅から返事をするように聞こえてきた声に間の抜けた声で返してしまった。顔を向けると、見覚えのある漆黒の全身鎧を纏った男が椅子に座っていた。
モモンである。
「良かった。大事は無さそうですね」
「え、あ…は、はい…っじゃなくて‼︎ ありがとうございます‼︎‼︎」
理解が追いつけず緩い返事をしてしまったネイアは慌てて訂正し、深々と頭を下げて助けてくれた礼を述べた。彼は慌てて立ち上がり「頭を上げて下さい」と言ってくるが、上げられるはずがない。
食べ物を分けて貰っただけで無く、奴隷にされる寸前の所を助けてくれた大恩人なのだ。
「いえいえ‼︎ 本当になんて御礼をすれば……あれ? 服が…」
頭を下げたことで、目が覚める前に比べて衣服が大分小綺麗になっているのに気付いた。
「あぁ。ちょっと汚れてたり所々破れていたので──」
「あっ。そ、そういう事…ですか…?」
何かを察したネイアは羞恥心のあまり両腕で身体を抱いて顔が紅潮させてしまった。危ない所を助けられただけで無く介抱までして貰った手前、文句などある筈が無いのだが、やはり年頃の娘という事もあるのだろう。
生まれて初めて家族以外の異性に自身の裸体を晒してしまった恥ずかしさから、俯いて紅潮する顔の頬をジワリと滲む涙がポロポロと流したく無いのに流れてしまう。
(あぁ…恩人を前に私…もう本当に…面倒くさい女だなぁ……穴があったら入りたいよぉ)
一方、モモンこと鈴木悟は目の前の少女が突然紅潮しながら嗚咽しながら涙を流して蹲ってしまったという現状に理解が追いつかず、思考が一時停止してしまった。
しかし、すぐに脳内でペロロンチーノが助走をつけて彼の頬を引っ叩いてくれたおかげで彼女が泣いてしまった訳に気付いた。
「ちちちちたちちち違います違います‼︎ 別に服を脱がしたりとかは全然ッ‼︎‼︎ もうほんとっ全ッ然‼︎‼︎ 〈
何とか必死の弁明で誤解は解けたが、今度は早とちりで恩人を困らせてしまった事による不甲斐なさと嫌悪感でネイアは再び涙を流してしまう。
彼女を落ち着かせ、諸々の事情を聞き終える頃には、既に深夜12時を超えてしまっていた。
なかなか話が進まず申し訳無い