Holy Kingdom Story   作:ゲソポタミア文明

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ありがたいことこの上ないですわ


第7話 何か忘れているような…

 ローブル聖王国とスレイン法国の間に存在する巨大丘陵地帯であるアベリオン丘陵。多種多様な亜人部族が日夜縄張り争いを繰り広げるこの場所も、今だけは血に塗れた日常とは毛色の違う雰囲気になっていた。

 

 

「「オォォォ……オオォォォォォォォ‼︎‼︎」」

 

 

 身の毛がよだつ悍ましい死の咆哮が丘陵地帯に響き渡る。その咆哮に応えるように続々と呻き声の様な雄叫びが聞こえてきた。

 

 そう…様々な亜人部族が蔓延るこのアベリオン丘陵は、5体の死の騎士(デス・ナイト)達を筆頭とした総勢10,000弱の様々なアンデッド達により支配されているのだ。

 我が物顔でゆらりゆらゆらと丘陵地帯を闊歩するアンデッドの大群勢には、歴戦の亜人部族の戦士達も遠目から手を拱いて見ているか、避難する事しか出来ない状況に立たされている。

 

 

「おいおい、長ぇことこの要塞線に配属されているけどよぉ……こんな夥しい数のアンデッドは初めて見たぞ」

 

 

 要塞線東の砦の班長であるこの筋骨隆々の大男…オルランド・カンパーノは遠眼鏡から見えるアンデッドの大群勢を眺めながら呟いた。彼は国の功労者や実力者にのみ聖王から与えられる九つの色の称号の1つである『黄』を下賜されている。

 

 彼は単純な強さだけで『九色』の一色を与えられた腕利きの戦士であるが、性格は非常に粗暴かつ傲慢で、事あるごとに問題行動を起こしている。それは、彼がまだ一兵士に過ぎなかった時から現れており、〝俺に命令するなら、まず戦って俺の背中を地面に付けてから言え〟と言うとんでも無い行動に出た。

 上官は勿論、貴族が相手でも一切容赦は無く暴力事件を頻繁に起こしている。故に10回以上も降格処分を受けているのだが、逆に言えばそれほどの問題行動を起こしても降格処分で済んでいるとも言える。

 

 無論、それには理由がある。

 

 貧弱な貴族に顎で使われる事を嫌い、腕力に任せた彼の生き方に感化された者達を惹きつけているからに他ならないのだ。それは街中に蔓延るタチの悪い荒くれを、軍である程度管理出来る環境下に置くことで、街の治安改善の一助にもなっていたりしている。

 

 ある意味カリスマ的なものなのだろうが、そんな事など本人の知る由も無い。

 

 

(旦那が命懸けで持ってきた情報だと、丘陵には亜人達が徒党を組みつつあるって聞いたんだが……何でアンデッドが?)

 

 

 『旦那』と呼ぶ人物の働きをカンパーノは決して疑ってはいなかった。つまり今起きている出来事はそんな彼でさえ見抜けなかった、或いは予想出来なかった不測の事態。それが『アンデッドの大量発生』と言う形で起きている。

 

 幸いにもそれは直接的な聖王国への被害を齎してはいないものの、いつどのような被害が起きてしまうのかは想像に難くない。

 

 

「流石にあれだけの数が攻めてきたら、此処も無事じゃ済まねぇだろうな」

 

「カンパーノ班長閣下。増援の件でしたら、私が確認して参りますが…」

 

「うん? いや、そいつには及ばんさ。そう言うのは旦那達の仕事だ。俺らの役割は此処を死守する事だけよ」

 

 

 部下達から深く尊敬されている彼は『閣下』などと呼ばれているが、彼や周りもその呼び方については誰も気にしていない。乱暴者だが、戦士としての矜持は持っている彼には、歴戦の強者である兵士や騎士達も彼の部下達と同様に敬意を抱いていた。

 

 

「現れた大群がアンデッドでまだ良かったですよ。相手がアンデッドなら対策は決まっているようなものですから」

 

「そうとも限らねぇぞ。低位のアンデッドなら大した脅威じゃねぇが、魔法に絶対の耐性を持つ魔法詠唱者の天敵の骨 の 竜(スケリトル・ドラゴン)や物理攻撃の効かない死霊(レイス)だっている。厄介な能力を持つ種類が多いのがアンデッドの特徴だ。流石の俺も実体の無ぇ敵を叩っ斬るチカラは持ってねぇからな」

 

 

 そう言いながらカンパーノは腰に備えている8本もの同じ片手剣を軽く撫でた。重装革鎧を着込んだ巨躯と幾つもの剣を携えている外見は見るものに威圧感を与える歴戦の強者の雰囲気を醸し出していた。

 

 

「変わりないようだな、カンパーノ班長」

 

「お? こりゃどーも、お晩でーす」

 

 

 突如、声をかけられたカンパーノは驚きもせずに音も無く静かな歩き方で姿を見せた細身の男へ顔を向けると猛獣の如き笑みを浮かべた。

 

 格好ではカンパーノとは真逆の軽装革鎧の男は、凶悪殺人者の如き鋭い眼を持っていた。

 彼こそカンパーノが『旦那』と呼ぶ人物…パベル・バラハである。〝凶眼の射手〟は陰の呼び名で、表では〝夜の番人〟の異名を持ち、聖王国最高の隠密にして百発百中の弓矢の超名手でもある。

 

 

「……上官に対する態度では無いな。不敬極まり無い、何度注意される気だ」

 

「こいつは失礼しました、兵士長殿」

 

 

 彼の言動から相当な苛立ちを感じ取ったカンパーノは、素直に姿勢を直し彼に謝罪した。

 

 

(へへ、虫の居所が悪かったみてぇだな。おー、おっかねぇ)

 

 

 

 

 パベルはアベリオン丘陵で命懸けの情報収集任務を遂行した後、カリンシャにて聖王女を始めとする『九色』を冠する他の数名達への報告と事情聴取に数日の時間を要してしまった。お陰で彼は帰宅する事も出来ずカリンシャで待機する羽目になり、時折こうして状況確認のために要塞線へ訪れているのだ。

 

 そんな時、彼は愛娘のネイアと思い掛けない再会をしてしまう。

 

 首都で妻と一緒に居る筈のネイアが、何故カリンシャに居るのかは分からない。あり得ない場所での再会で混乱する最中、娘のボロボロの身なりに気付いた。数秒の沈黙の後、何とか声を掛けようとするが、ネイアは突然顔を真っ赤にしながら「お父さんの馬鹿‼︎」と怒鳴り声を上げ人混みの中へと消えてしまった。

 

 連続して起きた予想外の事態に呆然と立ち尽くすパベルが漸く頭を働かせて娘を追いかけようとした時、部下の1人が慌ててやって来ると、アンデッドの大群勢が出現したという報告を受けた。

 家に帰ることも出来ず、カリンシャの人混みへ消えて行った娘を探す暇も無いパベルは鬱屈した日々を送る事となる。

 気掛かりはやはり愛娘のネイアだ。何故片道で数日も掛かる場所であるカリンシャに居たのか、今彼女は何処にいるのか、今もそれは分からないままだ。

 

 

(アンデッドの大群……まさかサトル殿が?)

 

 

 此度のアンデッド大量発生の原因が、アベリオン丘陵で自身の命を救ってくれた謎のアンデッドであるサトルが関係しているのではないかと考えた。

 

 

(あの人は確かにアンデッドだ。しかし、そんな事をするような者には見えなかったのだが…)

 

 

 あのアンデッドは確かに希少にして異質な存在と言えるが、何か悪さをする様な人物にも見えない。しかし、それでも「アンデッドだから…」と言う理由で何度も脳裏によぎってしまう。命の恩人を犯人扱いするのはかなり気が引けるが、友好的なアンデッドの出現と前例の無い丘陵地帯のアンデッド大量発生が無関係とは到底思えない。

 

 

(その道理で考えるなら、家に帰れず娘を探す事も出来ない原因は……)

 

 

 パベルは自分なりの答えを導き出すと、心の中で小さく溜息を吐いた。

 

 

(いや、元はと言えば自分が下手を打ったせいだ。少なくとも娘の件はアンデッドの大量発生とは無関係と言っていい)

 

 

 家庭事情すらアンデッドのせいにしようと考える自分に強い嫌悪感と苛立ちを覚える。

 

 とにかく今はアベリオン丘陵で大量発生しているアンデッドの問題を対処しなければならない。娘の事も気になるが、代わりに手の空いている部下に捜索を頼んでいる為、何とかなるだろう。

 

 色々な事を考えている内にカンパーノの所まで到着した。相変わらず生意気な態度でいつもであれば軽く流すのだが、今日は苛立ちもあってついつい強めの口調で叱ってしまった。だが、パベルはその事に対して悪いとは思っていない。

 態度含め彼は色々と問題が多過ぎる為、ここで少し厳しめに注意する必要がある。尤も彼は軍人と言うより傭兵に近い為、今後態度を改めるという事はないだろうが言わないよりはマシである。

 

 

「……他の上官に対してもそのくらい素直に態度を改めれば良いだろうが」

 

「へへへ、すんませんねぇ、旦那。俺は俺より強い奴以外に頭を下げるなんざ真っ平なんでさぁ」

 

「ったく、お前は」

 

 

 文句はあるがこれ以上言っても意味がないのはパベルも理解している。砕けた態度ではあるもののカンパーノが彼の言う事を素直に聞いているのは、彼に勝利したからに他ならない。

 

 

「ところで旦那。何か悩みでもあるんですかい? なんか随分と虫の居所が悪いみたいですが」

 

「まぁ…色々あったんだ。早くこの件を片付けて家族のもとへ帰りたい」

 

「へへ、成る程。ご自慢の娘さんは息災ですかい?」

 

「……分からない」

 

「え?」

 

 

 カンパーノは彼のいつもの調子を取り戻すつもりで自然と娘であるネイアの話を振ったつもりだった。パベルは超が付くほどの娘想いの父親で、耳にタコが出来るくらい自慢の愛娘の話をしてくるくらいだ。最近ではその娘自慢の話が一度や二度程度で済むための術を見つけ出す始末である。

 

 だが、パベルは「分からない」の一言だけ話すと、愛娘の話題はそこで終わってしまった。これは只事ではないとカンパーノは直観的に理解した。娘の話になると悪鬼羅刹の如き表情で()()()()()なるパベルだが、今は不機嫌でそのような表情になっている。

 

 歴戦の猛者であるカンパーノでさえ、身の毛のよだつ光景だ。

 

 

(こう言う場合は…ソッとしておくのが一番か?)

 

 

 予想外の事態に対する対処法を自問自答しながら導いたカンパーノはそれ以上話題を振ることはしなかった。

 妙な気不味さを感じ取ったパベルは咳払いをする。

 

 

「ゴホン……それでアンデッド達に何か変化は?」

 

「変わりありませんねぇ。不気味なアンデッドの大群勢が遠目から現れてはまた奥に引っ込むの繰り返しです。お陰で砦の兵士達はみんな生きた心地がしねぇもんだから気が滅入ってますよ。これも亜人どもの策略ってヤツですかねぇ?」

 

「何とも言えんな。亜人どもがアンデッドを大量召喚して操っている可能性もあるが……迂闊に近づく事も出来ない現状、このまま防御に徹する他無い」

 

「かぁ〜〜! ヤダねぇヤダねぇ。遂に亜人どもも小細工を使った心理戦を仕掛けてくる時代になっちまいましたか」

 

 

 カンパーノは大きな溜息を吐いた。単純な近接戦闘を好む彼にとってこの状況はかなり退屈でもどかしいモノがあるのだろう。

 

 

「小細工なんて規模じゃ済まんだろう。アンデッドの数は10,000は下るまい」

 

「まぁそうですけどねぇ。最近じゃ、此処へ攻めて来る亜人部族も雑魚ばかりで名のある亜人は殆ど見かけないんですよ」

 

「フフ、確かにな。お前はただ戦えればいいって言う様な男では無いからな」

 

「俺は別に亜人を殺す事が好きなわけじゃないんですよ? 俺は強ぇ奴と戦って、自分が強くなるのが好きなんですよ」

 

「なら〝豪王〟はどうなんだ? 昔戦った事があるだろ?」

 

 

 パベルの言う〝豪王〟とはアベリオン丘陵に棲まう亜人部族の一種、山羊人(バフォルク)の王バザーの異名である。かつてカンパーノはバザーと死闘を繰り広げ、援軍が到着するまで持ち堪えていた。しかし、〝破壊王〟とも呼ばれているバザーを前に手持ちの武器全てを破壊されてしまったカンパーノからすれば、事実上の『敗北』と受け止めている。

 

 

「いえ、まだヤツには勝てませんよ。ヤツに勝つには英雄といわれるようにならねぇと」

 

「奴だけじゃない。〝魔爪〟〝獣帝〟〝灰王〟〝氷炎雷〟…それに〝螺旋槍〟」

 

「へへへ、超えなきゃならねぇ強者で一杯ですねぇ」

 

 

 いつの間にかパベルの表情がだいぶ柔らかくなっている。カンパーノ自身が意図していた訳ではないのだが、彼との会話でパベルが抱いていた心配事や悩み事が少しだけ紛れたらしい。

 

 

「ところで旦那。援軍の件はどうなってんですかい?」

 

「あぁ。国は今回も冒険者組合へ緊急の依頼を出す方針らしい。早ければ明日にでもカリンシャあたりに貼られる事になるだろうな。神殿勢力からの協力も仰いでいる」

 

「アンデッドの数が数ですからねぇ。あんま大した人数は集まんねぇんじゃないですか? 前も亜人部族が攻めて来た時なんか、金級冒険者すら来なかったじゃないですか」

 

「そうだが、なりふり構ってはいられまい。ただでさえ人手が不足しているんだ。その分、報酬はたんまり出すらしい」

 

「へー、そうですかい。今回はマトモな数が来るといいですね」

 

 

 2人は城壁から見えるアベリオン丘陵から視線を離さなかった。此処のところ嫌な事ばかりが立て続けに起きており、国政も南部との衝突により傾きつつある。

 王国ほどでは無いにせよ、何か大きな…国を揺るがすほどの僥倖か吉報が無い限り、この国は内側から崩壊してしまいかねない。

 

 

「旦那。ひと段落付く事があれば、たっぷり休暇を取って一家団欒ってヤツを堪能して来てくださいや」

 

「……あぁ、そうするよ。お前はどうするんだ?」

 

「俺ですかい? うーん……武者修行?」

 

「ハハハハ、お前らしいな!」

 

 

 一家団欒──その言葉でパベルの脳裏には行方知れずの愛娘の姿が浮かんでいた。

 

 

 

 何とか落ち着きを取り戻したネイアは、向かいの椅子に座っている悟に事の顛末を全て話した。彼女の話を聞いた悟はさてどうしたものかと腕を組み静かに悩んだ。

 

 

「成る程。それで家に帰ろうにも帰れなくなってしまったと?」

 

「は、はい……考え無しで恥ずかしい事だと思います」

 

「そんな事はありませんよ。確かに何も言わずに出て行ってしまった事は良くないことですが、父親を想っての行動は素晴らしいと思います」

 

「ありがとうございます…そう言われると、そのぉ…少し気が紛れます。でもそんな父にも、私は……はぁ」

 

 

 呆れた溜息が安宿の狭い一室によく響いた。

 話を聞く限り、一番の問題は彼女の母親らしい。最初は普通に帰って、素直に謝ればいいと思った悟であったが、どうも彼女の母親の話を聞く限りでは叱られる程度では済みそうに無いようだ。

 

 最悪、殺されるかも知れないと顔を真っ青にして肩を震わせる彼女を見るにかなり怖い母親らしい。まさかと思いネイアにある事を恐る恐る確認するが、彼女はそれを全力で否定した。どうやら別に虐待を受けているわけでなく、寧ろ年頃の娘の気持ちに寄り添う肝っ玉母さんと言った感じだ。ただ、怒ると物凄く怖いらしい。

 

 正直、神妙な面持ちで話す時の彼女の視線の方が怖い気がするのだが、思っていても言わないのが大人である。

 

 聞けば母親は元聖騎士だったらしく、ネイアも同じように聖騎士を目指したい旨を両親に告げていた。しかし、父親のパベルは賛成とは言い難く、母親は言わずもがな断固反対だった。

 

 リアルでは教師をしているかつてのギルドメンバーの『やまいこ』さんは、生徒の進路相談で親子の意見のぶつかり合いを目の当たりにした事があると言っていた。あの世界では進学する子どもなんてほんの一握りしかいない為、進路などほぼ決まっている様なものなのだが、バラハ家の場合はちょっと過激らしい。

 

 

(一人娘の進路に真っ向から反対するにしたって、剣は向けないだろ流石に…)

 

 

 あろうことか彼女の母親は頑なに聖騎士を目指そうとする我が子に対し、現役時代の剣を取り出すとその切先を突き付けたのだ。「どうしてもと言うなら自分を倒してみろ‼︎」と告げられたネイアは当然、そんな事など出来るはずも無く、不承不承ながらも表向きは諦める事にしたとの事だ。

 

 ネイア曰く、一触即発の事態にならなかったのは父親のパベルが必死に間に入った事が大きかったようで、あの日に関しては心の底から父親に感謝していた。

 

 

「…念の為、もう一度聞きます。本当に虐待は──」

 

「気持ちは分かりますが…それは本当にありません」

 

「そ、そうですか…」

 

 

 彼女の落ち着いた様子から悟の懸念はどうやら杞憂らしい。それ自体は良い事だが、母親の逆鱗に触れないようどうやって謝るかが重要になってくる。

 褒めるときは普通に褒めてくれる肝っ玉お母さんだが、怒る時は全力で怒ると言う、常に0か100の人らしいので対処に困る。

 

 

(何とか手を貸してあげたいけど、見ず知らずの人がしゃしゃり出て来たらかえって状況は悪くなるだけだろうなぁ)

 

 

 「他所様に迷惑掛けて‼︎」とブチ切れる姿が何となく想像出来る。しかし、このまま結果を恐れて時間だけが過ぎていくのも良くない。時間が経てば経つほど状況は悪くなる一方だ。

 

 故に、悟が出来ることはただ1つ…彼女の背中を押して上げることだけである。

 

 

「とにかく、このまま恐れていては何も進まないでしょう。却って状況が悪くなるだけですし、ここは勇気を振り絞って、正面から謝りましょう。誠心誠意で謝ればきっと分かってくれます。ですが、多少叱られる事だけは覚悟して下さい」

 

「…は、はい」

 

 

 気は引けているが彼女もこのままではいけない自覚は持っているらしい。今日はもう遅い為、家に帰るのは明日にした。早めに休むよう彼女に伝え、悟は彼女が寝ている間に遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)を使い、聖王国首都ホバンスに転移門(ゲート)を設置した。これで一瞬で移動出来る。

 

 

(彼女にとって明日が大勝負だな。さてと、俺も明日こそは仕事をしないと)

 

 

 悟も明日は初めての冒険者稼業を行う予定だ。お互い大きな一歩を踏み出す者同士、心の中で健闘を讃え合うのも悪く無い。

 

 

(まぁ、明日が仕事デビューなんて彼女の知った事ではないから、実質讃えるのは俺1人なんだけど)

 

 

 軽い冗談を考えながら悟は明日からの冒険者デビューという事もあり、胸ワクワクで夜を過ごした。

 

 

「そう言えばここ最近、 何かを忘れてる気がするんだが…まいっか」

 

 

 

 その頃、アベリオン丘陵のとある一角で今なお増え続けているアンデッドの大群勢を遠目から眺めている人影がいた。

 

 

「まさか…本当の事を言っていたとはな」

 

「ねぇ? だから言ったじゃーん。カジッちゃん、私が嘘ついてると思ってたのぉー? 傷付くなぁ」

 

 

 1人は赤黒いローブを身に纏い、頭髪も髭も眉毛も無い、窪んだ目と痩せこけた血色の悪い顔色をした不気味な男。もう1人は黒いフード付きのマントで身を隠した金髪ボブカットの若く瑞々しい女性だ。

 

 

「ふん、内容が内容だからな。眉唾程度にしか受け止めとらんかったわ」

 

「酷いなぁー。私だって命懸けで法国の至宝だって持ってきたのにぃー」

 

 

 前者は遠巻きから見えるアンデッドの大群勢を興味深げに、後者はそんな前者の反応を面白そうに眺めている。

 

 

「だが……あれほどのアンデッドの大群が何故アベリオン丘陵に? カッツェ平野ならともかく」

 

「さぁねぇー。でも、カジッちゃんが5年も掛けて準備して来た負のエネルギーよりも凄いンじゃ無い?」

 

「うーむ…」

 

 

 〝カジッちゃん〟と呼ばれている男は、自らが5年の歳月を費やして準備して来た苦労が否定された様な複雑な気持ちを抱いた。だが、それも彼が目指す最終目的の為を思えば取るに足らないプライドというものだ。寧ろ、予定ではもっと掛かるはずだった期間を一気に短縮する事が出来るかも知れない僥倖を噛み締めるべきだろう。

 

 

「どれどれ、試してみるか。場所が場所だからな、下手に近づくと此方が危うくなる」

 

 

 男は懐から妖しく光る片手ほどの球体を取り出して頭上へ掲げた。

 

 

「『死の宝珠』よ…!」

 

 

 更に淡く光を放つ球体を暫く掲げた後、男は目を見開いて驚愕した。

 

 

「おぉ…! おぉぉおぉぉ! 何という膨大な負のエネルギー! ワシが5年も掛けて集めた量とは比べ物にならんぞ⁉︎」

 

「おー、やったじゃーん」

 

 

 男は歓喜した。あれだけの負のエネルギーを我が物にすれば間違いなく目指していたモノに成れる事を…だが、同時に懸念も存在した。

 

 あのアンデッドの数は明らかに異常過ぎるのだ。死の気配と霧で覆われているカッツェ平野でさえ、あんな数のアンデッドは見た事がない。

 

 

(明らかに誰かの手によって喚ばれたものだろう。だが、一体誰が? 死の宝珠で探った時にはアレらを操る者の気配は感じ取れなかったが…)

 

 

 あの規模のアンデッドともなれば骨の竜(スケリトル・ドラゴン)死者の大魔法使い(エルダー・リッチ)を超える、未知の強大なアンデッドが存在する可能性も高い。それを操ることが出来る可能性のある者となれば、彼が知る中ではほんの数名しかいない。

 

 

(だが、その者たちと思われる死の気配は感じ取れなかった……杞憂だったか? 単なる偶然か?)

 

 

 どちらにせよこの機を利用しない手はない。

 悲願を達成する為なら多少強引な手を使っても構わない。

 

 

「おい、クレマンティーヌ」

 

「ふっふ〜ん♪ 言われなくても分かってるよカジッちゃーん。この前拉致したアイツを連れてくればいいんでしょ?」

 

「あぁ、話が早くて助かる」

 

 

 クレマンティーヌと呼ばれる女性は邪悪な笑みを浮かべる。これから彼が起こそうとしている計画は、彼女にとっても大きなメリットがある。

 

 

(まさかこんなに早く法国から逃げ切るチャンスが到来するなんてねぇー)

 

 

 地理的にも距離が近いためリスクもあるが、その分法国としても無視出来ない状況になる事は間違いない。故に法国は目の前にあるアンデッドの脅威を取り除く為に行動を起こす筈だ。

 

 そうなれば連中も裏切り者の捜索などに専念できる事も無くなると言うもの。クレマンティーヌはその機会をより確実なモノにしてくれるであろう、男の計画に手を貸すのだ。

 

 

(カジッちゃんの計画がどこまでいくのかは気になるけど、私は頃合いを見てトンズラこかせてもらいますよぉー)

 

 

 周りにある利用できるものは何でも利用する。   

 全ては自分の為に他ならない。

 

 




なんかクレマンティーヌ主人公の脱出ゲームがマジで出来るみたいですね
色んなエンディングルートがあるんだろうけど、どれもバッドエンドの予感な気がします

第一印象がまんま魔界村っすわ
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