Holy Kingdom Story   作:ゲソポタミア文明

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第9話 ごめんね、カジッちゃん

 つい感情とその場の勢いで死の騎士(デス・ナイト)達に正座を命令してしまい、何故か釣られるカタチで他の10,000近いアンデッド達も一斉に正座をしていたが、悟は一先ずこんな事になった経緯を死の騎士(デス・ナイト)達に聞いた。  

 

 

「なるほど、天使を召喚する連中から始まり今に至るワケ……はぁぁ〜〜」

 

 

 案の定、聞けば聞くほど彼らは何も悪く無いのだ。自身の不甲斐なさと杜撰さに思わず両手で顔を兜越しに隠してしまう程に。

 

 

(穴があったら入りたい…この子達は何も悪く無いじゃないか)

 

 

 心優しい死の騎士(デス・ナイト)達は心を通じて必死に〝主人は何も悪く無い〟ことを、〝全ての非は自分達の不甲斐なさにある〟と訴えかけて来る。

 それがかえって悟のメンタルを擦り減らしているとも知らずに健気に全ての罪を被ろうとしているのだから本気で泣けてくる。いやもう心が泣いている。

 

 

「『報連相』は基本中の基本なのにそれをキチンと教えなかった自分が悪いんだ。お前たちは命令を忠実に守っただけなんだから、気に病む必要はない」

 

 

 社会人としての基本を何も知らないこの子達に教えなかったのだ。全ての自分に非があるのは至極当然のこと。「自分の為を想うなら、ここは謝罪を受け入れてほしい」と伝えると、死の騎士(デス・ナイト)達はかなり困惑と動揺しながらも、主人である自分の意思である為にぎこちなく承諾してくれた。

 

 ほんの少しだけ肩の荷が降りた気持ちになるが、やらねばならない事はまだある。

 

 

「さてと、ここまで増えたアンデッド達をどうするか」

 

 

 悟は振り返った先に広がるアンデッドの地平線へ目を遣る。自分が創り出したアンデッドなら消す事は簡単に出来るが、アレらは蓄積された負のエネルギーにより自然発生している為、倒す以外の方法は無い。地道に斬り伏せる事も可能だが、ぶっちゃけて言えば面倒臭い。

 

 何より聖王国が何かしらの手を打って来る前に何とか処理しなければ後々かなり面倒臭い事になりかねない。それで聖王国側に犠牲者が出れば寝覚めが悪いと言うものだ。

 アンデッドだから寝る必要は無いがこれは気分の問題だ。

 

 

「ん? 待てよ……天使を召喚する連中?」

 

 

 ここで悟は彼らの言い分に1つ引っかかる点があったのを思い出した。

 ここまでアンデッドが増えたきっかけはその『天使を召喚する連中』であり、そこから段々とアンデッドの数が増えたと言う。それまでは亜人もモンスターも此方を見るなり逃げて行っていたそうだ。

 

 

(…まさか何処ぞの国の人に手を出したんじゃ?)

 

 

 もしそうなら明確な国際問題待ったなしである。未来永劫お尋ね者になってしまう可能性も高い。尤も自己防衛以外の戦闘を認めていない為、彼らがその『天使を召喚する連中』を殺し尽くしアンデッドに変えたとしても先に手を出したのが向こう側なのは明白だ。

 

 この子達は自己防衛の為、行動したに過ぎないのだ。しかし、そんな理屈が通るとは思っていない。苦渋の決断だが、今後のことを考えるならやはり『証拠隠滅』を図った方が良い。

 

 

(この子達には悪いけど、高位の魔法で──)

 

「やはり見間違いでは無いみたいだな。それほどのアンデッドを平伏させるとは…お主一体何者だ?」

 

 

 不意に背後から初めて聞く声が聞こえてきた。

 振り返るとそこには赤黒いローブを纏う男と似たような黒いローブを纏う集団が小丘の上に立ち此方を見下ろしていた。

 

 

「…お前達は?」

 

「質問をしているのはワシらの方だ。む?…そのプレートは……貴様、冒険者だな?」

 

「あぁ、つい先日なったばかりの、聖王国の銅級冒険者だ」

 

 

 悟は絵に描いたような怪しい集団を注意深く観察する。明らかに善人では無いが、ただの悪党とも思えない。

 

 彼らの大まかなレベルを測定した。

 取り巻きみたいな連中はレベル20前後で、一風変わった雰囲気を持つ赤黒いローブの男はレベル25前後とやや高い。しかし、中でも1番高いのはレベル35前後の人物だ。

 

 

(他の奴らと違って杖を持ってない…つまりアイツは魔法詠唱者じゃない可能性もあるか? いや、別に魔法詠唱者は必ず杖系の装備が必須ってわけじゃないしあんまり関係ないか)

 

 

 取り敢えず最も警戒すべきは1番レベルの高いアイツだろう。悟は警戒しながらも彼らの正体を探ろうとした。

 

 

「一応、質問には答えてるんだ。先ずは名前くらい名乗ったらどうだ?」

 

「ふん。お前の態度次第だな」

 

「ねぇーカジッちゃーん、殺さないの?」

 

 

 例のレベルが高い奴が耳打ち…どころか此方などお構い無しに普通トーンで『カジッちゃん』なる人物へ話し掛けていた。その声質から、どうやら若い女性らしい。

 

 

「カジッちゃん、と言うのか? 随分、変わった名前なんだなぁ」

 

「戯けた事を申すな! ワシの名はカジット・デイル・バダンテールだ! そんなふざけた名前な訳があるまい‼︎」

 

「はいはい。よろしくね、カジットさん」

 

「ッ⁉︎ ぐ、ぐぬぬ…」

 

 

 うっかり自分で自分の名を口にしてしまった事に気付いたカジットは、ボロを出すキッカケを作った女をひと睨みする。一方の女は口笛を吹いて知らん顔だ。

 

 

「これほどのアンデッドを平伏させるとはな……お主、やはり只者ではあるまい」

 

「買い被りだな。俺はただの新米冒険者だ」

 

「偽りを申すな。10,000体ものアンデッドを平伏させる者が〝ただの新米冒険者〟な筈が無かろう」

 

 

 悟は改めて謎の黒ローブ集団を観察する。先ほどから質問をしているのは赤黒いローブを纏うカジットなる男だけだ。口調に態度、取り巻き連中の一歩引くような姿勢から見て、ほぼリーダー格と見て間違い無いだろう。しかし、単純なレベル基準で言えばカジットは2番だ。1番は例の女である為、強さの序列で上下関係が決まる組織ではない事が伺える。

 

 

(あの女の態度はどう見ても目上の人に対するそれじゃない。んー、多分だけど用心棒的なポジションかも知れないな)

 

 

 カジットとその部下達は恐らく魔法詠唱者。その線で行くなら、彼女は前衛型戦士職と考えるのが自然だろう。魔法詠唱者という可能性も無くはないが、それではバランスが悪過ぎる。

 

 

 

「あっそ。俺は本当に〝ただの新米冒険者〟なんだが。それで納得いかないならご勝手に」

 

「…魔法詠唱者では無いだろうな。此奴の言うことが正しければ、戦士としても大した事が無いようだ……十中八九『タレント』であろう」

 

「ん…? タレント?」

 

 

 僅かに反応した悟を見たカジットは「やはりそうか」と自らの予想が的中した事にニヤリと笑った。

 

 一方、悟は聞き慣れない言葉に心の中で首を傾げた。

 

 

(『タレント』? 芸能じ…なワケないか。直訳すれば『才能、才能がある人』なんだが、この世界独特の特殊技術(スキル)の呼び名か?)

 

 

 実は彼の考察は当たっている。

 生まれながらの異能(タ レ ン ト)とはこの世界独自の能力で、先天的に何かしらの特殊能力を有した者を言う。その種類は、何の役にも立ちそうにない微妙な能力から国一つを滅ぼしかねない強大な能力まで様々である。仮にタレントを持っていても、自分に噛み合わない事も多い。その為、自分に合ったタレントを持つ者はかなり希少なのだ。

 

 カジット達はその中でもかなり強大なタレントを持つ人物を現在所持(・・)している。故に悟もその類の何かだろうと考えていたのだ。

 

 

「まぁ良い。お主の名は?」

 

「…モモンだ」

 

「そうか。では、モモンとやら。お主のそのチカラ、ワシらの為に使ってみる気は無いか?」

 

 

 まさかの勧誘に一瞬驚いたが、見た目からして「悪者ですよー」の自己主張の激しい連中の仲間になどなるはずが無い。最恐DQNギルドのギルドマスターの言葉とは我ながらとても思えないが、多分あの連中はそんな生易しいモノではないだろう。

 

 ここは少し加入しそうな雰囲気を出しつつ、情報を引き出すのが良いだろう。

 

 

「…お前達が何者なのかにもよるな。話はそれからだ」

 

「『ズーラーノーン』…聞いた事はあるだろう?」

 

 

 いいえ聞いた事ありません。

 とは言わず、分かっているフリで顎に手を当て考える素振りをみせた。

 

 

「お主のタレントは〝アンデッドを従属させる〟…まさに我々の為にあるようなチカラよ。我らの仲間になるのであれば悪いようにはせん。それよりもワシと同じ『十二高弟』の席を1つ譲る事もやぶさかでは無い。ワシが掛け合ってやる」

 

 

 脈ありと踏んだのか聞いてもいない事を次々と話してくれる。なんていい人(馬鹿)なんだろう。しかし、今話していた内容が虚偽と言う線もあり得る為、話半分程度に受け止めておく。

 

 向こうもそのつもりで勧誘していると考えたが、あの気分良さげに話す素振りから多分本気かもしれない。実におめでたい。

 

 

「……福利厚生はどうなっている? ちゃんと保障されているのか?」

 

「ふ、ふくり……こう、せ…?」

 

 

 悟の言葉の意味が分からないカジットは分かり易く困惑した表情を見せた。彼の部下達も意味不明の言葉が出て来たことに互いに顔を見合わせながら混乱している。

 

 勧誘を蹴る為口に出したに過ぎなかったが、当然というべきかこの世界の文明水準に『福利厚生』などと言う言葉も無ければ制度も無いようだ。だが、リアルでも『福利厚生』などあってないような制度である為、贅沢な不満というやつなのかもしれない。

 

 

「やれやれ、『福利厚生』が出来ていないのであれば話にならんな」

 

「むぅ…では断ると言うのだな?」

 

「あぁそうだ。と言って大人しく引き返すようには見えんな」

 

「当然。お主のような『タレント』は我ら『ズーラーノーン』にこそふさわしいというモノ。抵抗するようなら容赦せんぞ?」

 

 

 その瞬間、彼の部下たちが一斉に身構えた。何となく分かり切ってはいたが、やはり戦う羽目になったかと溜息を吐いた。

 

 

「そう簡単にいくと思うのか?」

 

「そのつもりだ。最悪、背後にいるアンデッドだけでも置いて行って貰えれば此方としてはそれで良い。元々はそれが狙いだからな」

 

 

 カジットは懐から妖しく光る球体を取り出し、それを上へ掲げた。

 

 

「『死の宝珠』よ、辺り一帯の負のエネルギーを吸収するのだ‼︎」

 

 

 彼がそう叫んだ瞬間、『死の宝珠』なる球体が眩く紫色に光り輝き始めた。悟は死の宝珠を興味深く観察する。

 

 

(ユグドラシルでは見た事のないアイテムだな。似たようなのはあるけど…ちょっと欲しいかも)

 

 

 冷静に分析している間にも膨大な負のエネルギーが死の宝珠へ集約されつつあった。一方のカジットは想像通り、想像以上の膨大な負のエネルギーがあっという間に溜まった事に歓喜の声を上げる。

 

 

「フハハハハハ‼︎‼︎ 素晴らしい、素晴らしいぞ‼︎まさかこれほどまでとは…ッ‼︎」

 

(何をするのか少し興味はあるが…放って置いてもあんまりいい事は無さそうだな)

 

 

 悟は手の平をカジット達へ向けた。

 

 

「〈魔法効果範囲拡大化(ワイデンマジック)電 撃 球(エレクトロ・スフィア)〉」

 

 

 彼の手の平から無数の電撃の球体が出現、膨れ上がるとカジット達へ向けて一気に放出された。その動きを瞬時に察したカジットは慌てて後ろへ向けて声を上げた。

 

 

「く、クレマンティーヌ‼︎」

 

 

 無数の電撃の球体が着弾する寸前で、クレマンティーヌがカジットを抱えてその場を飛んで躱した。しかし、反応が遅れた彼の部下達はそのまま一気に膨れ上がり広範囲に飛散した膨大な電撃に巻き込まれてしまった。

 

 

「さてと、コレで残りは2人だけになったな」

 

「き、貴様…そのナリで魔法詠唱者だったと言うのか⁉︎」

 

「まぁ、コッチが本職だし」

 

 

 クレマンティーヌに担がれていたカジットは焦った。戦士だとばかり思っていたが、見た事のない魔法を扱う魔法詠唱者だったのだ。コレでは頼みの綱であるクレマンティーヌの見立ても当てにできない。

 

 

(あの魔法は一体何なのだ⁉︎ 〈雷 撃(ライトニング)〉に似ているが違う…それにあの範囲にあの威力…ッ)

 

 

 魔法詠唱者としても明らかに只者ではない。更に奴の背後には未だに10,000体のアンデッドがいる。まともにやっても勝ち目はない。

 

 

(クレマンティーヌで先にヤツを仕留め、残ったアンデッド供は例の小僧を使い支配下に置くというワシの計画がこうも一気に狂うとは…!)

 

 

 どうやって対処するか必死に考えるカジットをクレマンティーヌは乱暴に降ろした。そして、数歩前へ出ると腰の刺突武器(スティレット)を2本取り出した。

 

 

「次はお前か?」

 

 

 悟の問い掛けに対して、クレマンティーヌは被っているフード越しに彼を静かに見つめていた。そこにはいつもの相手を小馬鹿にしたニヤついた表情ではなく、一流の戦士らしい素の彼女が現れていた。

 

 

「へー、アンタ魔法詠唱者だったんだー」

 

「言っておくが隠してたワケじゃないぞ。この格好はまぁ…趣味みたいなもんだ」

 

「ふーーん……魔法詠唱者としては一級品ってとこだねぇ」

 

 

 するとクレマンティーヌは背後にいたカジットの方へ振り向いた。何故自分に振り向いたのか理解出来なかったカジットだが、彼女はいつものニヤついた顔を見せてきた。

 

 瞬間、何かを察したカジットは慌てて身構えるが、少し遅かった。クレマンティーヌはスティレットの持ち手をくるりと変えて、柄の部分を使い彼の腹部目掛けて思い切り殴ったのだ。

 

 

「ガハッ⁉︎ な、何をォ…ッ」

 

「ごめんねぇ、カジッちゃーん」

 

 

 英雄の領域に達している彼女の一撃をマトモに受けてしまった彼は強烈な激痛と共に膝から崩れ落ちると、そのままうつ伏せに倒れてしまう。

 

 恨みがましい瞳で見下すように佇む彼女を睨み付けながら、呪詛のような声で呟いた。

 

 

「クイン…ティアの…片割れ、めェェ……」

 

 

 彼はそのまま意識を失った。

 

 

「…一体何の真似だ?」

 

 

 まさかの仲間割れに悟が驚いていると、クレマンティーヌが再び此方の方へ向き直った。今度は自分かと一瞬身構える悟だったが、彼女は突如としてスティレットを腰に納め直すと、ヒラヒラと両の手を自身の顔くらいの位置まで上げた。

 

 

「は〜〜い、降参で〜す」

 

「…は?」

 

 

 まさかの降伏宣言である。あまりに唐突過ぎた為、一瞬思考が停止してしまったが、確かに彼女から敵意らしい敵意は感じ取れない。すると彼女は手を挙げたままゆっくりと此方の方へ歩み寄ってきた。その動きを察した死の騎士(デス・ナイト)達が自分を守る為、殺意剥き出しでタワーシールドを構え前へ出てきた。

 

 

「あ、あのさ…ソイツらはアンタの命令は聞くんだよ、ねぇ? じ、じゃあ…ちょ〜っと下がらせてくれないかなー?」

 

 

 死の騎士(デス・ナイト)の動きに一瞬、彼女の動きが強張る。極端にビビっている風には見えないが演技をしているようにも見えない。

 悟は死の騎士(デス・ナイト)ごときに(ゴメンね)ビビるようなら大した事はないだろうと改めて思い、言われたように死の騎士(デス・ナイト)を制止させた。

 

 

「お前はアイツらの仲間じゃ無かったのか?」

 

「んー、身内には違いないけど『仲間』って言うほどの意識や信頼関係は皆無って感じかなぁ。ぶっちゃけて言うと新入りだったし」

 

「ふむ。お前は確かぁ…クレマンティーヌ、だったか? 」

 

「う、うん、そうだけど」

 

 

 悟は顎に手を当てながら彼女を観察する。

 

 

(うーん、まぁ多分嘘はついて無さそうだな)

 

 

 一方のクレマンティーヌは、人生最大の賭けに生きた心地がまるでしなかった。

 

 

 (相手が魔法詠唱者ならスッと行ってドスッ! …で終いなんだけど、殺した途端、アイツの背後にいる連中が暴走しないとも限らないしねぇ)

 

 

 彼女が警戒している相手は目の前の男()と言うよりも、彼が服従させているアンデッド達にあった。戦士として絶対的な自信を持つ彼女でも、10,000近い数のアンデッドを相手に逃げ切れると思うほど自惚れてはいなかった。

 特にタワーシールドを持つ禍々しい鎧を纏った5体のアンデッドは、今のクレマンティーヌで勝つのは至難の業であると認識していた。

 

 

(漆黒聖典にいた頃の装備が有れば、勝てないまでも逃げ切ることは出来てたかもしれない。でも、今はあまりにも分が悪過ぎる)

 

 

 カジットは例のタレント持ちを使った儀式魔法で、あのアンデッドの大群を目の前の男に代わって支配下に入れようと考えていた。だが彼自身も、支配下に置けるか否かは分からないと言っていたのだ。

 彼にとって1番重要な事は、膨大な負のエネルギーを得る事にある。その先にある彼の目的までは図り兼ねるが、その為なら少なくとも周りの犠牲など厭わない節があった。

 

 クレマンティーヌからしたら堪ったものではない。

 彼女がズーラーノーンに身を置いているのは、法国からの追手を振り切るための隠れ蓑として丁度良かったからであって、組織に忠誠を誓ったつもりは毛頭無いのだ。

 

 

(例の儀式…『死の螺旋』だっけ? それで街一つをアンデッドで埋め尽くされた『死都』に変える。私はその騒ぎに乗じて法国からの追手を振り切って、ズーラーノーンからも抜ける。後は評議国あたりで暫く身を隠そうかなぁーって思ってたんだけど…)

 

 

 彼女がカジットの計画に協力しているのもソレである。正直、ズーラーノーンに加入して早々に逃走の機会が訪れたのは僥倖だった。それがまさかの計画変更…城塞都市エ・ランテルではなく、法国の目と鼻の先にあるアベリオン丘陵。そして、10,000のアンデッドを服従させるというこれまた希少なタレントを持つ、謎の漆黒の全身鎧を纏う凄腕の魔法詠唱者の出現。ここで再び逃走計画に大きな狂いが出てしまったがもう後戻りは出来ない。

 リスクは大きいが早く法国から解放されたい彼女がこの千載一遇の機会を逃す訳にはいかなかった。

 

 

「……なるほど。お前の言い分は分かった。取り敢えずは〝仲間を売るから見逃してくれ〟という捉え方でいいか?」

 

「そ、そりゃあアンタにとってあんまりメリットの無い事だとは思うけど、こう言うのも何だけどさぁ…カジッちゃ─じゃなくて、カジットってズーラーノーン最高幹部の1人なんだよォ? 結構な手柄になると思うしぃー」

 

「そもそも『ズーラーノーン』とは何だ?」

 

 

 クレマンティーヌは「え? そこから?」と少し意表を突かれてしまったが、取り敢えず変な疑問はさておき素直に彼へ説明した。

 

 

「まぁ平たく言えば『悪の秘密結社』だねぇ。死霊系魔法詠唱者から構成された組織で、アンデッドを使って色〜んな過激な活動してるよぉ。だから近隣諸国からめちゃくちゃ嫌われてる…お分かり?」

 

「ほう、悪の組織か…」

 

 

 悟は「たっちさんなら『正義降臨』の背景と一緒に飛び出して行っただろうな」と考えながら、一つの妙案が脳裏に浮かんだ。

 

 

「……これはチャンスだな」

 

「え?」

 

「ひとつ聞きたい。お前はなんでズーラーノーンとか言う組織にいるんだ? 聞く限りでは入りたくて入った風には聞こえないんだが」

 

 

 クレマンティーヌは悩んだ。普通なら多少なりとも嘘をつくべきなのだろうが、この男に対してその行為は果たして『吉』と言えるのだろうか。流石に〝嘘を見抜く〟タレントを持っている訳では無いだろうが、彼女の勘が「嘘をつくのは不味い」と警告している様に感じた。

 

 彼女は自身の勘を信じる道を選んだ。

 

 

「まぁ〝国が嫌になった〟からかなぁ?」

 

「国が…?」

 

 

 悟は首を傾げる。彼女もまぁそう言う反応が普通だよなと思いながらも話を続けた。

 

 

「正確に言えば、前に所属していた場所が嫌になった。何かといえば私を見下したり、ダメ出ししたり、『お前は出来損ないだ』なんて日常茶飯事。もうやんなっちゃってさぁ〜……それで国を飛び出したってわけ。素直に『辞めます』なんて言える場所じゃなかったし、もう国を捨てて行くしかなかった、うん」

 

「ふむ…」

 

 

 彼女は「嘘は言ってないよぉ〜」と我ながら上手い言い訳に自画自賛したくなった。だが肝心なのは彼がどう受け止めたかである。クレマンティーヌは自身の言い分を聞いた彼が腕を組んでウンウンと頷いているのを静かに見つめる。

 

 その悟は彼女の話の内容に共感していた。

 

 

(それはもう立派な『パワハラ』と言うやつだ。オマケに個人の尊厳も傷付けるなんて、とても正気の沙汰とは思えない。全くもってけしからん!)

 

 

 彼女の言い分に納得しながら静かに怒りを覚えていた。リアルも似たような職場環境が多いという記憶と相まって、同情心も湧いてくる。

 

 

(でも見た感じ、彼女はそれなりにヤバい仕事をしていたのかも知れないけど……)

 

 

 悟は広がるアンデッドの地平線を眺めた。

 

 

(俺もやらかしてるしなぁ…)

 

 

 我ながら卑怯な手段と思えなくも無いが、何の後始末をしないより遥かにマシだ。それに放って置いてもいい事なんて一つも無い。かえって近隣諸国に迷惑をかける事になってしまう。

 

 この事態は出来るだけ早く対処はしておいた方がいい。

 

 

(ゴメンなぁ…無計画な俺のせいで)

 

 

 彼は改めて死の騎士(デス・ナイト)達へ罪悪感に満ちた視線を送る。だが、彼らは自らがこれから受ける運命を憂うよりも自分の身を案じてくれている。

 

 それがかえってツライ。

 

 せめてもの償いに今回で得た教訓を胸に刻み、二度と同じ過ちを繰り返さない事を心の中で静かに誓った。

 

 

「…お前の話、分からんでもない。つまりは国の追っ手から逃げ切れれば良い訳だな? その為に、このアンデッド達を使ってもっと場を掻き乱してほしい…そういうことかな?」

 

「良かったぁ話の分かる人で…あ、そだ」

 

 

 何かを思い出した彼女は元の場所へと戻って行った。何か忘れ物かなと思っていると、彼女は小脇に何やら青年らしき人を抱えながら直ぐに引き返して来た。

 

 

「誰だソレ?」

 

「カジッちゃんが儀式で利用する為に用意した強力なタレント持ち」

 

「……なんだ拉致までしてたのか?」

 

「ま、そゆこと。言っとくけどコレもカジッちゃんの指示だったからね」

 

 

 自分は関係ありませんと言わんばかりの態度だが、それよりも悟が気になったのは青年の身なりだ。衣服とは言い難い薄絹を纏い、全裸が透けて見えている。

 最も気になったのは頭に付けているサークレットだ。蜘蛛の糸のようなキメ細かさの金属糸の所々に無数の小粒の宝石が付いており、まるで水滴が付着した蜘蛛の巣のようだった。

 悟は瞬時にこのサークレットがマジックアイテムの類であると見抜くと〈道具上位鑑定(オール・アプレイザル・マジックアイテム)〉を発動する。

 

 

(『叡者の額冠』……ユグドラシルには無かったマジックアイテムだ。〝装備した者の自我を奪い、装備者そのものを高位の魔法を発動させるためのアイテムに変化させる〟……え、こわ)

 

 

 悟からしたらメリットよりもデメリットの方がデカい。明らかな『デバフアイテム』だ。オマケに『叡者の額冠』以外の装備が大幅に限定される、視力を失う、一度装着すると安全に取り外すことが不可能とあるのだから余計にヤバい。もし安全に取り外すとしたらこのアイテムそのものを破壊するしか方法が無い。

 

 

(ん? でも装備出来るのは女性のみ…じゃあ何で彼は装備出来てるんだ?)

 

 

悟はこの疑問をクレマンティーヌへ尋ねた。

 

 

「あれれ〜? もしかして知らない? コイツ、エ・ランテルじゃ結構有名人で、『あらゆるマジックアイテムを使える』って言うタレント持ちなんだよ、本当に知らなかったのォ?」

 

 

 その言葉に悟は愕然とした。

 種族や職業に関係無く、どんなマジックアイテムでも…それこそギルド長しか使えないギルド武器さえも使えるというのならとんでもないぶっ壊れ能力と言える。だから彼は『叡者の額冠』を装備出来たのだ。

 

 正直、こんなデバフアイテムの為に使うのはかなり勿体無い気がする。

 

 しかし、生粋のアイテムコレクターである悟にとっては、ユグドラシルに無かったマジックアイテムと言うだけでも欲しい代物だ。

 

 

「このアイテムはどうした?」

 

「ウチがいた国の最秘宝の1つで、逃亡する時に腹いせで強奪して来たんだぁ。別に悪いとは微塵も思ってないけどねぇ。え? もしかして欲しいのぉ?」

 

「欲しくない、と言えば嘘になるが…仕方無い」

 

 

 悟は彼女に抱えられたまま意識を失っている青年の頭部へ手を翳した。

 

 

「〈上位道具破壊(グレーター・ブレイクアイテム)〉」

 

「えぇ…ッ⁉︎」

 

 

 『叡者の額冠』は粉々に砕け散った。それを見て驚きの声を上げるクレマンティーヌだが、悟は勿体無かったなぁと少しガッカリしていた。

 

 

(勿体なかったけど、人の命には代えられない。うーん、でもさっき明らかに種族的思考に引っ張られてたなぁ)

 

 

 カルマ値−500は伊達では無いと改めて気を引き締め直した。

 

 

「あ、もしかして壊したら不味かったか?」

 

「あーー…いや、別に」

 

「なら良かった。それじゃあ──」

 

 

 突如、悟達の上空に亀裂が走った。クレマンティーヌは気付いていない様だが、悟はその異変を瞬時に感じ取った。話を中断したかと思えばいきなり空を見上げる彼の動きを彼女は不思議に思った。

 

 

「へ? どしたの?」

 

「対情報系魔法の攻性防壁が起動したな」

 

「え?」

 

「何者かが情報系魔法を発動して此方を監視しようとしていたらしい」

 

「ウゲッ⁉︎」

 

 

 クレマンティーヌの顔色が一気に青褪めた。

 

 

「ヤバい……ふ、風花聖典の連中だ。私の居場所が、ば、ば、バレちゃったぁぁ…」

 

 

 頭を押さえて明らかに動揺している彼女に、悟は「大丈夫だと思うぞ」と呑気に答えた。

 

 

「…ど、どゆこと?」

 

「攻性防壁が起動したからな。殆ど覗かれてはいないだろう。寧ろ、監視しようとした奴らの方がヤバい」

 

「え? …え?」

 

「対情報系のカウンター対策をしてなかったら、広範囲化した〈爆  裂(エクスプロージョン)〉が……まぁその程度でソイツらが参るわけないかぁ」

 

 

 何がなんだか分からない彼女を尻目に悟は、相手の心配をしていた。寧ろ、情報系魔法を扱える者がいると言う事が分かっただけでも大きな収穫と言える。

 

 

(もっと強力な対情報系の魔法を張り直す必要があるな……)

 

「ね、ねぇ…本当に、大丈夫、なの?」

 

「ん? あぁ、問題無い」

 

「そ、そう…」

 

「じゃあ、早速取り掛かるからお前は避難してくれ」

 

「え? ひ、避難?」

 

「巻き添えを喰らいかねないからな」

 

 

 そう言うと悟は〈転移門(ゲート)〉を発動させた。突然、何も無い所に楕円型の漆黒の空間が現れた事に、クレマンティーヌの目が点になる。

 

 

「な、な、何、それ…?」

 

「何って…ただの〈転移門(ゲート)〉なんだが」

 

「ゲー、ト…? それって…な、何位階の?」

 

「第9位階だが?」

 

「だいきゅ…⁉︎」

 

「え? 代休? なんだ疲れたのか? なら丁度良いな。今繋げた場所はカリンシャで俺が泊まっている宿部屋だ。お世辞にもきれいでは無いが、俺にベッドは必要無いしな。ほら、行け」

 

「ち、ちょっと待って‼︎ な、何がなんだか─」

 

「いーから、さっさと行け」

 

「って、ああぁああああーーーーッ⁉︎⁉︎」

 

 

 見たことも聞いた事も無い魔法を前に混乱している彼女を気にも留めず、悟は彼女を摘み上げるなり〈転移門〉の中へ放り投げた。

 

 

「何驚いてんだか…唯の〈転移門〉じゃないか」

 

 

 彼女のリアクションに首を傾げる悟だが、直ぐにそんな事も忘れて、視線をアンデッド達の方へ向ける。

 

 

「さて…一瞬で終わらせるからな」

 

 

 悟を中心に無数の青白く光る魔法陣が立体的に出現。そして、一定の時間が経過すると、彼は心の中で謝罪しながら魔法を発動させた。

 

 

「超位魔法〈失墜する天空(フォールン・ダウン)〉」

 

 

 超高熱源体によって生じた絶熱が天空に出現、アンデッドの大群に向かい地面へ激突すると同時に広範囲へ一気に膨れ上がる。

 10,000もいたアンデッドの大群は一瞬で2,000体近くまで消滅した。

 

 

 

 〈転移門〉へ放り出されたクレマンティーヌは、城塞都市カリンシャの安宿の小汚い部屋に到着した。

 

 

「あぁぁぁぁーーーっと、と、とッ‼︎」

 

 

 何とか姿勢を直し無様に床へ転がる事だけは回避し、見事にベッドへ着地した。

 

 

「こ、此処は……まさか本当に?」

 

 

 直ぐに周囲を警戒した彼女だが、どうやら彼の言った通りの場所へ到着した事を確認する。汚れた窓からは確かにカリンシャの風景があった。

 

 

(アイツ何者だよ…見た事ない魔法ばっか使って…だ、第九位階とか…え、英雄の領域なんてモンじゃねぇよ‼︎ もう神話の類じゃねぇか⁉︎)

 

 

 今更ながら全身から嫌な汗が出てきた彼女は、取り敢えずはあの窓から出て、この場から離れようと歩み出した。

 

 

(評議国はもう遠すぎる……こうなったら聖王国の南側を通って南方へ……ん?)

 

 

 妙な視線を感じ取ったクレマンティーヌが振り向くと、部屋の隅で怯えたように縮こまっている少女がいることに気付いた。

 しかもかなり目付きが悪い…ある意味自分より狂悪だ。

 

 

「こ、こんにち、は……」

 

「……こんにちは」

 

 

 涙を溜めながら必死な笑顔で挨拶をしてきた少女に、クレマンティーヌも思わず釣られて挨拶を返してしまった。その後、気不味い沈黙の間が数秒後続いた後、彼女は窓を開けて飛び出して行った。

 

 部屋の隅で縮こまっていたネイアは、その後ろ姿を黙って見送った。

 

 

「な、なんだったの……あの、人…?」

 




裏切りムーブのクレマンちゃん

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