牙獣の守護者   作:星月

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トリガー

「弁明があれば何か聞こうか?」

 

 黒のショートカットに鋭いツリ目の少女が目の前の少年に厳しい視線を向けて言う。

 凛とした顔つきに中性的な話し方、腕を組んで仁王立ちする姿の少女・真木理佐からは威圧感すらも感じられ、彼女の目の前で正座する少年の体は自分の部屋にいるにも関わらず、生まれたばかりの小鹿のように震え上がった。

 

「どうしてまだ今月が始まって半分も経っていないのに、もう今月のお小遣いがなくなって、挙句の果てに幼馴染から出世払いで借りなきゃいけないような状況になるのか。わかりやすく教えてもらえる?」

「……男には色々とあってな」

「こっちを見て言え」

「はい」

 

 凄みの聞いた声に、視線をそらそうとした少年は半ば強制的に視線を真木へと戻す。

 サラサラとした黒髪、目と同じ黒色の瞳、同級生と比べても目立つ長身に適度に引き締まった身体。

 名前は(かなめ)(りん)。真木にとっては同級生であり幼馴染にあたる少年である。

 

「まあ、その、な? 避けられぬ出費があったというか。どうしようもなかったというか」

「両親へ報告した方が早いかな」

「それだけはやめてくれ!」

 

 言葉を濁していた枢だが、両親への報告という中学生にとっては死刑判決に等しい脅しをうけると、あっさり白旗をあげた。

 やはり何かしら後ろめたい事情であるという事がはっきりした。

 後はその内容によってこの後の対応が変わるのだが。

 

「……今週から新しいイベントが始まって」

「始まって?」

「ガチャも追加実装されたんだけど、あともう少しで天井というところで本命だけが出なくて。もうここまで来たら引くに引けないから追わないといけないのにもうジュエルも予算も尽きて……やめて! 無言で両親に伝えようとしないで!」

 

 必死の形相で真木からスマホを奪い取ろうとする幼馴染の情けない姿に、真木は深々とため息を吐いた。

 枢凛。彼は近年の若年者にありがちな、ソシャゲの罠にドップリと使ってしまっていた。

 

 

 

 

「凛。あなたもボーダーに入る気はない?」

「ボーダー? なんで?」

 

 かろうじて両親への密告をふせぐことには成功したものの、結局お金を借りる事は出来ず、枢がどうやってこの危機を乗り越えようかと考え始めたのがつい先ほどの事。

 趣味に本気で取り込む幼馴染を見て、真木が突如「ボーダーに入る事を決めた」と打ち明けた。

 ボーダーとは今から一年と少し前に出来た、近界民という異形の怪物から枢たちの暮らす三門市を守るために設立された防衛組織だ。地上の武器とは異なる特殊な武器を操るこの組織は市民からも隊員を募っているという。決して戦闘員だけを集めているというわけでなく、技術者や彼らを支援する者も募集しているという知らせを聞き、真木はサポートする側として入隊を望んだ。

 枢は「まあ理佐が戦わないなら良いんじゃないか」と返すに留め、さほど興味を示していなかったのだが、続けられた誘いの言葉に首を傾げる。

 

「俺は別に格闘技とかやっていたわけじゃないし、ゲームみたいに自分も戦いたいみたいな変な自意識はないぞ?」

「知ってる。でも、それなりに身体能力があるのは事実でしょう? スポーツはどの種目でもクラス内でそれなりに動けるくらい得意だし、運動神経だって良い。前は色々な部活に誘われていたのだから」

「レギュラー争いとか嫌いなんだよ。追う立場でも追われる立場でもしんどい。変ないざこざとか作りたくないし」

「そうね。追うのはその、天井? だけで十分よね」

「おい」

 

 「冗談よ」くすりと笑って横髪を掻き上げる真木。

 

「でもこのままその恵まれた能力を野放しにするのは惜しいと思ったから」

「……それだけか?」

「後はその乱れた生活リズムをどうにかしようと思って。凛、一応幼馴染であるあなたがそのようにダメになるのは見るに堪えなくて」

「誰がダメ人間だ!?」

 

 枢が前のめりに反論をぶつける。

 失敬な。ただ帰宅部である特権を活かして早めに帰宅し、イベント周回に励んでいるだけだというのに。

 ちなみに、後にこれを聞いた真木はただ一言、「働け」とつぶやいたという。

 

「でも凛にとって悪い話ではないから。ボーダーに入ればボーダー推薦といって高校の推薦をもらえるというし」

「マジで?」

 

 ここぞとばかりに枢の興味がわき上がった。

 現在枢と真木は中学三年生になったばかり、高校受験を控える時期である。そんな中で真木の情報提供は枢にとって非常に魅力的であった。正直部活に入らなかった時点で推薦をもらう事など諦めていたのだが、ここにきてそのような希望が生まれるとは考えてもいなかった。

 枢は決して成績が良い方ではない。学年全体で見て真ん中に入るかどうかと言ったところであり、まだ部活を続けている同級生たちが引退後、本気で受験勉強に専念すれば順位は悪くなるかもしれない。決して余裕がある立場ではないため、彼女のこの知らせは再考させるには十分なものだった。

 

「ええ。事実、高校だけでなく大学推薦をもらう事もできるって。まだ先の話だけど、大学側の内定をもらっている人もいるとか。DANGERを読めなくても推薦の話が来たというし」

「そんな人まで推薦もらえるってどんだけ推薦の枠多いんだ? 絶対レベル低いだろ」

「ううん。ボーダーの中でも随一の実力者みたい」

「ボーダー隊員って皆アホなのか?」

 

 まだどのような人がいるのかさえ知らない中、枢の中でボーダー隊員の株が大暴落を続ける。ちなみに枢がこの時『アホ』と評した人物と対面するのは少し先の事であるのだが、彼が知る由もなかった。

 

「成績と強さが必ず比例するというわけではないという事ね。ボーダーにとっても捨て置けない人材だからこそ推薦の話をもらえたのだろうし。ま、そんなわけだから考えてみてもいいんじゃない? 新たな環境で卒後の選択肢が増える可能性があるのだから」

「まあな。確かに悪くはないんだろうけど」

「それに給料も出るのだから、趣味に割けるお金も増える」

「その話、詳しく」

 

 『給料』すなわちお金。学生の彼にとっては喉から手が出るほど欲する単語が飛び出し、枢が前のめりになって真木の顔をのぞき込む。「近い」と肩を押し返された。枢は泣きそうになったが長男であることから何とか持ち堪えた。

 

「防衛任務という任務があって、それに参加する事で給料をもらえるみたい。よりトップチームになれば任務の参加とは別に固定給も貰えるって話」

「最高じゃん」

 

 高校の推薦をもらえ、さらに給料をもらえる。受験勉強の負担がなくなる上にお金も貰えるとなれば一石二鳥だ。予想をはるかに超える高待遇に枢の中の天秤が大きく傾いた。

 

「——決めた」

 

 即断即決。

 乾いた音が部屋中に響く。枢が両手を合わせて立ち上がった。

 

「俺もボーダーに入る! 理佐、入隊の手続きとかはどこでできるんだ!?」

「そう言うと思って、もう用意しておいたよ。じゃ、これに書いていこうか」

「さすが!」

 

 こちらの動きを予測し、準備を済ませておいた幼馴染に惜しみのない称賛を送り、早速入隊手続きの書類に必要事項を記載していく。

 自分でできる事は終わった。後は両親に話し、説得して保護者のサインをもらうのみだ。

 

「ん。出来たね」

「おう。後はこれを出して終わりか?」

「そうね。書類を提出したら後は」

 

 突如、真木は得意げに鼻を鳴らす。

 

「入隊試験に備えて、勉強しておこうか」

 

 その発言でピシリと部屋の空気が凍り付いた。

 

「……ごめん。なんて?」

「入隊者には体力テスト、学力テスト、面接が行われる。だからそれに備えて勉強しようって」

「聞いてないんだけど!?」

「言ってないから」

「先に言ってくれよ!」

 

 「結局試験あるのかよ」枢は瞬く間に言葉を荒げ、不満を露わにする。やはり勉強からは逃れられないのか。どこまでも付きまとう学生の本業に枢は頭を抱え込んだ。

 

「いや、待て。DANGERを読めなくてもボーダー隊員になれるんだろ? なら勉強なんてしなくても大丈夫だって。体力テストもあるならそっちで稼いでやる!」

「取れるなら備えておくことに越したことはないでしょう」

「知った事か! 俺は俺の得意分野で」

「凛」

 

 なおも反論を続けようとする枢だったが、彼の喚き声を遮って真木が彼の名を呼ぶ。

 

「勉強しろ」

 

 短く、簡潔に、それでいてハッキリと力強く。

 真木理佐の怒声が枢を撃ち抜いた。

 

「うす」

 

 この言葉に、この顔に反論できる猛者がいるならば教えて欲しい。

 枢はすぐさま肯定の意を示し、「そう。それでいい」と真木の許しを得るのだった。

 怖い。幼馴染なのに全然優しくない。

 

 そして彼の決断から約10日後。

 入隊試験を無事にクリアした枢と真木はボーダー隊員として新たな一歩を踏み出す事となる。

 これから先に待つ新たな出会い、そして戦いの渦に飲み込まれていく事を、まだ二人はしらない。

 

 そしてそれから約一か月後のある出来事。

 

 

「おい理佐! テストの点数とかはやっぱり入隊にはほとんど関係なかったという噂を聞いたんだけどどういう事だ!?」

「黙って働け」

「うす」

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