牙獣の守護者   作:星月

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出会い

「うん。はい。なるほど。わかった。……思ってたのと違う!」

 

 ボーダーに属する支部の一角・玉狛支部に枢の叫びが木霊した。

 ちょっと待ってくれ。

 確かに今日は雷蔵の指示の元、レイガストの先輩であるという隊員にアドバイスをもらおうとしたはずなのだ。

 しかし現実はどうだ?

 

「これは方向性が違う。レア度も属性もあっているけどすり抜けを食らったようなもんだ」

 

 映像でレイガストを持った手で勢いよく近界民を殴り飛ばすレイガストパンチを繰り出す光景を眺めて、枢はわかりにくいたとえを溢した。

 攻撃手と言えば剣を主体とした戦いを繰り広げるという話だったのに。『攻撃手(アタッカー)というかボクサーの間違いでは?』そう考えるのも仕方のない事であった。

 少なくとも絶対に雷蔵さんが想定していた使い方ではないと思う。枢に紹介した恩師の事を思い返し、心の内で涙を流した。

 

「どうだ。参考にはなったか?」

「あっ。レイジさん。お疲れ様です」

 

 タイミングを見計らってその先輩隊員・木崎レイジが背中から声をかける。

 用事の為に外出しており、それまでの間は好きに録画を見ていてくれと言われていたのだが。

 

「その、なんといいますか。俺にはちょっとレベルが違うかなって?」

「そうか。雷蔵から中々動きが良いと聞いたからできるかと思ったが、少し難しかったか」

 

 少しではないです、とは口が裂けても言えない。

 

「ええ。雷蔵さんからレイガストの話を聞いていたんですけど、予想を超えるイメージでしたので」

「まあレイガストは使用者も少ないからそう思ってしまうのも仕方がないのかもしれないな。しかし今は少ないからこそ自由に動けると俺は考える」

「と、言いますと?」

 

 腕を組み、冷静に語る木崎の表情は真剣そのものだ。

 少なくとも腕っぷしで勝つという筋肉馬鹿ではないようだ。

 聞く価値があると判断した枢は姿勢を正し、傾聴の姿勢を取る。

 

「他の隊員もレイガストに対する固定観念が少ない。決まったパターンが定まっていないからこそ、色々な型を作れるはずだ。お前もレイガストをメインに据えるならば、トリガー構成もそれに準じたものにすると良い」

「なるほど」

 

 一理ある話だと枢が大きく頷く。

 弧月のような人気の武器と違い、そもそもレイガストは王道となる戦いが確立されていなかった。その分相手も敵の戦いを想像しにくく裏をかきやすい。だからこそ各々の適した戦い方で、それを活かした組み合わせで武器を構成するという木崎の意見は的を射ている。

 

「俺にとっても珍しいレイガストの後輩だからな。訓練相手が必要とあらば、時間のある時でよければ相手になろう」

「ありがとうございます!」

 

 確固たる意見を持つ先輩隊員という存在は非常に頼もしい。枢は喜んで木崎の手を取った。

 

 

 事実、木崎を師と仰いで事で枢の戦い方は確立された。格闘センスの高い木崎という存在は枢にとってよい刺激だったのである。

 木崎と模擬戦を幾度となく繰り広げて意見を交わしつつトリガー構成を検討し。

 一か月も経つ頃には新たなトリガーの使用感、戦闘にも慣れつつあった。

 そろそろ個人戦に臨んでもポイントをそう落とすことなくはないだろう。そう結論に至ると枢は正規隊員後、初の個人ランク戦に臨む。

 

「やばい。楽しくなってきた」

 

 予想通り、相手にとってはレイガストという慣れない敵との戦闘という事もあって、枢の戦闘スタイルに相手が慣れぬまま枢は連戦連勝を記録した。

 あまり慣れないうちから挑んでは負けてしまうのは必至とここまで我慢した甲斐がある。溜めた鬱憤を晴らせて枢が喜びを感じ始めた頃。

 

「——よう。おめーか? 最近ランク戦で暴れてるっていう新入りは?」

 

 ブースを出たところで、何かヤバそうな相手につかまった。

 ボサボサの髪にギザギザの歯、幼馴染の少女を彷彿させる鋭い眼光。

 一目見てわかる。これは相手にしてはマズいタイプだ。枢の判断は早かった。

 

「いえ。人違いです。おそらく最近上がって来た俺と同期の辻って弧月使いです」

 

 枢は逃げ出した。

 

「まあそういうなって」

 

 逃げられない!

 足早に去ろうとした枢の肩に手をまわして男は続ける。

 

「最近は歯ごたえのあるやつがいなくてな。ちょっと肩慣らしに付き合ってくれよ?」

「すみません。ちょっとご飯を食べにいく予定もあるので」

「なんだぁ? 腹でも減ってんのか? なら終わった後飯でも奢ってやるからよ。一戦やろうぜ」

「やりましょう」

 

 先輩からのおごりとなれは話は別。

 枢という男は現金な男であった。

 相手からようやく快く了承を得た事で好戦的な男——影浦雅人が口角をあげる。

 

「じゃあさっさと始めるか」

 

 

 

 

「チッ!」

 

 戦いが始まってから約一分が経過。

 影浦は短く舌打ちする。

 彼の両の掌から生えた小型の刃・スコーピオン。軽さが特徴的なこの刃から繰り出される高速の連続攻撃は、これまでも多くの敵を切り伏せてきた。

 しかし今この武器は相手の体に一度も届く事無く、淡々とさばかれていく。

 

「ふぅ……」

 

 腕の動きに合わせて振るわれた刃を防ぎきり、枢が大きく息を吐いた。

 凌いではいるが、これまで戦ってきた相手とは二回りも練度が違う。一秒たりとも油断が出来ない相手であった。

 

「マジで硬ぇな、その盾は!」

 

 影浦の二つのスコーピオンが重なり、一つの刃と化すとまるで鞭のように細長く変形して枢に襲い掛かる。影浦の得意技・マンティス。蛇腹剣のような独特な刃は、並の相手では対応する事すら出来ぬまま両断されたことだろう。

 だが、その攻撃が枢を貫く事はなかった。枢は右足を軸にその場で勢いよく一回転。両手に持った盾モードのレイガストを勢いよく振るって影浦の猛攻を受け流す。

 両手に掲げた強固な盾は本人のトリオン能力の高さもあって簡単には突破を許さない。

 このままでは埒があかない。ならば、と影浦が勝負に出ようと一歩前に出る。

 ——その瞬間。

 

「スラスター、オン」

 

 影浦の体に鋭い感覚が突き刺さる。

 それとほとんど時を同じくして、枢の体が凄まじい勢いを得て迫った。

 優秀なトリオン能力を持つ者に稀に発言するという能力・副作用。

影浦も持つそれは『感情受信体質』。自分に向けられる他人の意識や感情を肌で感じ取り、攻撃などの際にはいち早く察知できるという戦闘では優位に立つ能力だ。

その副作用を持つ影浦でも回避は間に合わなかった。踏み出しの瞬間を狙われ、反応が遅れてしまう。

 

「ッ」

 

 それでも、反撃がわかっていた影浦は強引に右へ足を蹴った。

 突撃を図った枢の直線状からギリギリのところで離脱する。

 スラスターは一回限りの加速オプションだ。一度躱してしまえば追撃はない。

 

「スラスター、オン」

 

 ただしそれは普通の相手ならばの話。

 相手はメインとサブの両方にレイガストを手にしている枢である。

 枢の目が回避した影浦を捉えると、即座に影浦の体に先ほどと同様の刺激が走った。

 直後、二度目の加速が枢に加わった。

 すでに無理やり回避行動を取っていた影浦に逃げ場はない。

 盾が衝突し、鈍い音が響く。枢の突撃が容赦なく影浦を襲った。

 

「やろう……!」

 

 影浦が壁際へと押し込まれる。

 スラスターによって勢いを伴ったレイガストはトリオン体でも踏ん張る事はできない。

 スコーピオンを展開した腕に力を籠めて抵抗するのが精一杯だ。このまま背後の壁に叩きつけられるのだけは回避しようと歯を食いしばった。

 すると、またしても新たな刺激が、それも上部から影浦へと突き刺さる。

 

「テレポーター」

 

 突撃を敢行していた枢の姿が一瞬で眼前から消え、影浦の真上に転移した。

 一瞬で使用者の位置を変えるというトリガー、テレポーターだ。

 眼前からの衝突に備えていた相手の死角から容赦なく体当たりを仕掛けた。

 

「チイッ!」

 

 すると影浦も負けじと凄まじい反応速度を披露する。

 真正面からの負担がなくなった瞬間、素早く右へと転がり込んだ。

 先ほどまで影浦がいた場所に枢が鈍い音を立てて落下する。アスファルトの地面に丸い破壊痕が形成された。直撃を受ければ被害は避けられなかっただろう。

 相手の猛攻を防ぎきる堅牢な守りから繰り出される瞬時のカウンター。これは確かになれない相手では攻略は難しいだろう。

 

「野郎!」

 

 だが、この日枢が相手にしていたのは影浦雅人。

 枢より1シーズン早くボーダーに入隊し、この時すでに頭角を現していた猛者である。

 素早く態勢を立て直した影浦がスコーピオンを手に、お返しと言わんばかりに枢に突撃する。

 負けじと枢はレイガストを前面に展開、防御を試みたが。

 

「甘えんだよ!」

 

 影浦は突如スコーピオンをしまうと、右手で敵のレイガストの上部をつかんだ。すると影浦は右足を固定点として跳び上がり、勢いよく回転。右足の踵に展開したスコーピオンの刃を、がら空きである枢の背中に突き刺した。

 

「がっ……!」

「戦闘体活動限界。枢、ダウン」

 

 この一撃が致命傷となり影浦が一本目を獲得する。

 経験もポイントも上である影浦が優勢。順当と言える勝利だろう。

 だがまだ一本目でありながら、影浦は自身の疲労を感じ取っていた。

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