その後の個人戦は影浦が先輩の意地を見せて8対2で勝利を収めた。
慣れないレイガストという武器を担う相手に、しかし多彩な攻撃で攻め崩し、強引に押し切った形である。
それでも中身は非常に充実したものだった。
影浦を相手に一歩も退く姿勢を見せない枢との戦いは一戦に要した時間も長く、久々に骨がある新入りを見つけたと戦いの最中にも関わらず笑みを深くし、
「おらっ。遠慮すんな。どんどん食ってけ!」
「ごちそうさまです!」
いつの間にか二人は普通に打ち解けていた。
影浦の実家であるお好み焼き屋さん・『かげうら』の一席に陣取り、影浦の真向かいに座った枢が焼き終えたお好み焼きへと箸を伸ばす。
ランク戦の前に交わした約束を守り、影浦が枢に夜ご飯を奢る事となったのだ。
次々とお好み焼きの生地が机の上に運ばれ、諄々と鉄板の上に敷かれていく。
「カゲがこんな風に後輩を連れてくるなんて。ゾエさん嬉しいよ……」
「気持ち悪い事言ってんじゃねえぞ、ゾエ!」
軽快に笑う影浦を見て、彼の対面に座る巨漢・北添の瞳から涙があふれる。影浦と北添は仲が良く、時間が合う時にはこうして影浦の家に食事に来るらしい。
「久々に面白ぇやつが出てきたってだけだ。近接戦でこんなに試合が長引くなんてまずねえしな。その分緊迫感が出てスリルがある。久々に良い暇つぶしになったぜ」
「どうも。俺もこんな強い相手と戦ったのは初めてですし、こうして先輩にご飯奢ってもらえてうれしいです」
「うんうん。良いコミュニケーションを築けてる」
中々いない骨のある後輩。怖さはあるが強く、面倒見の良い先輩。
両者の関係は良好で、大きな問題はまず起こらないだろう。影浦と枢の会話を見て、北添は「そうだ」と手を叩く。
「枢君、君はこの先どこか部隊に入る予定とかはあるの? ないなら、カゲやゾエさんたちのチームに入ってみない?」
「部隊?」
北添の提案に、枢はピンとこなかったのかお好み焼きを頬張りながら首を傾げる。
「部隊って、嵐山隊みたいなやつですよね? 特に予定はないですけど入った方が良いんですか? 仲が良い人がいればそれぞれ集まって組んでも良い、みたいな感じだと思ってましたけど」
「そうそう。イメージとしてはあってるけど、やっぱり入った方が良いと思うよ。部隊ランク戦と言ってね、部隊で戦うランク戦もあるし、防衛任務だって部隊単位で動くことになるから、連携がとりやすくなるんだよね」
「なるほど」
「それに部隊ランク戦でA級になれば、特権も増えてトリガーも改造できるようになったりするし、固定給も貰えたりするし」
「マジですか?」
あまり興味のない話題であったのだが、突如給料の話となり、枢の目がキラリと光る。
「もちろん。部隊は戦闘員は四人まで入れて、オペレーターの子にも一人声をかけているんだけど、戦闘員は中々カゲの気性に合わせられる人が少なくてね」
「おいコラ、ゾエ」
「だから平気そうな枢君はどうかなって思ったんだ。カゲもここまで言うくらいだから実力は問題なさそうだし、レイガストならうちの弱点を補完できそうだからね」
影浦の声を無視し、北添が説得を続ける。
事実、枢にとって悪い話ではないが北添・影浦の二人にとってもこの勧誘は部隊の弱点を補えるという意味合いを含んでいた。
攻撃手・影浦、銃手・北添という組み合わせは攻撃力に関しては申し分ない。それどころか他の部隊を圧倒できる火力を誇るだろう。
その一方で防御、機動力という点で不安が生じる。
特に影浦は攻撃重視の性格であるし、北添は的が大きく足が遅い。防戦一方になれば厳しくなる展開が予想された。
だからこそ防御が固く、スラスターで即時離脱もできるレイガスト使いである枢という新星が、北添の目には魅力的に映った。
「どうかな? 別にこの場で決める必要はないけど、ちょっと考えてみない?」
「ぜひともよろしくお願いします」
「……えっ? 決断早。ゾエさんもビックリ」
「こいつは結構簡単にのってくるぞ。ランク戦もそうだったからな」
話を持ち帰る事すらなく、枢が二つ返事であっさりと北添の誘いに応じるのだった。
こうしてこの二週間後、次のシーズンが始まる直前で新チーム・影浦隊が結束され、そして彼らの快進撃が始まっていくのだった。
「マジでA級昇格が目前な件」
影浦隊がB級上位入りを果たすのに長い時間はかからなかった。
攻撃手界でランカー入りを狙える影浦をエースに、銃手では珍しく単騎で火力がある上に盤面を荒らすことができる北添、堅い防御から素早いカウンターをみせる盾役の枢。
瞬く間にランク戦を勝ち上がり、気づけば影浦隊は昇格試験を受けられるB級二位の圏内に入っていた。
固定給がもらえる立場が目前に迫り、枢は逸る心を抑えきれなかった。
「しかもレイガストの個人ポイントも上がって武器別の順位ではトップ3だし。これは強い」
「トップ3って、たしか正規隊員でレイガストを使っている人は今のところ3人だけじゃなかった? しかも調子に乗るなって木崎先輩に怒られていたでしょう?」
「……誰かと思えば理佐か。やめろよ、俺の立ち位置がバレルだろ」
「何を気にしているんだか」
調子のよい発言に鋭い指摘をしたのは、幼馴染の真木だった。
そう言ってため息をこぼした彼女のうしろには、見た事のない長身とリーゼント頭が特徴的な訓練生が控えている。
「よう。お前が真木ちゃんと仲良いってやつか?」
「どうも。一応理佐とは長い付き合いですけど、どちら様で?」
「おっと、悪い。俺は当真っていう。今度真木ちゃんと部隊を組む事になったんだ」
「これはどうも。……部隊。理佐が、ついにか」
リーゼントを揺らし、当真が人懐っこい笑みを浮かべる。
入隊以降、真木はどの部隊にも属さずずっと中央オペレーターとしての業務に励んでたと聞いていたが、彼女にも部隊に入る時が来たとは。
いつかは来るべき当然の時とはいえ、枢は彼女が部隊に属するという姿を思い描けなかった。
「理佐が他の隊員たちと仲良くチームに入るとはびっくりだな。俺が部隊に入るって報告した時も『そう』としか言わなかったし。てっきり俺の私生活を監視するために俺と部隊を組む事を考えてたりしてるのかなと思ってたわ」
「確かにそれも手だとは思ったけれど。たまに顔を出すのが一番かなって。毎日会うようではタイミングを図られそうだから、その方が警戒して少しは習慣を改めるでしょう」
「おっ? 策士か?」
というか監視について反論はしないのか。
幼馴染とはいえ、他人の生活習慣を正そうとここまで策を巡らす彼女の思慮深さには肝が冷える。
ひょっとしたら同じ部隊の方がかえってプレッシャーが少なかったかもしれない。
「なるほどねえ。真木ちゃんの尻に敷かれているわけだ。こりゃ大変だ」
「そんなことないけど」
「当真先輩も気を付けた方が良いですよ。絶対この先苦労しますから」
「おう。そこは真木ちゃんと長く付き合いがあるその言葉を信じるぜ」
当真も同じ考えを想定していた為、素直に従う。真木だけはただ一人否定はするのは自覚がないためなのだろう。
「しかし真木ちゃん、か」
ふと当真の真木に対する呼び方を思い返して、枢はじっと真木を見つめる。
「ふーん」
「凛、なに? 私の顔に何かついてる?」
「いや、先輩に『真木ちゃん』って呼ばれてるんだなってビックリして。同級生とか他の人には『真木』か『真木さん』って呼ばれる事が多いから新鮮に思ったんだ」
「まあ、確かにそうね」
同級生からは尊敬や恐怖の対象となる事も多く、だいたいはさん付けが多い。
年上からは普通に呼び捨てにされる機会が多かった。
そのため彼女がちゃん付けで呼ばれる姿というのは非常に新鮮であった。
「なんなら俺も今度からそう呼ぼうか。先輩たちに倣ってさ」
「あなたにそう言われるのは気持ち悪いからやめて」
「……泣きそう」
「何時ものように下の名前で呼びなさい」
呼び方を変える事を提案するも、真木の一見冷たい言葉に切り捨てられ、枢は涙を流した。
彼女を「理佐」と下の名前で呼ぶことの方がはるかに珍しく、それを許す相手は今のところ彼しかいないのだが、枢がそれに気づくことはなかった。
「ハッハ。面白い関係だな、お前らは。ああ、そうだ。ちょっと一つ言いたい事があったんだけど。ちょっと耳貸してくれよ」
「何ですか?」
二人のやり取りに感心しつつ、当真がある事を耳打ちすべく、真木から少し離れた場所へと枢を伴って移動した。
「お前の幼馴染、怖ぇな」
「でしょ?」
男二人が真木に聞かれないように小声で本音をぶつけ合う。
「初対面だったけど開口一番に『働け』だったぞ。俺の方が年上なのに」
「いや、それが普通なんですって。理佐は『こうしたらどう?』とか『こうした方が良いんじゃない?』とかないですから。俺が今まで何度理佐に怒られた事か」
「めっちゃ気持ちが籠ってんな。昔からこんな感じなら、お前も相当苦労してるんだな」
「わかってくれますか……!」
本来は幼馴染と言えば優しく人当たりのよい関係が多いため共感を得られない場合が多いのだが。
ようやく理解ある人物と出会え、枢は涙を浮かべて当真と硬い握手をかわす。
こののち、さらに冬島が当真・真木の部隊に加わり、真木に恐怖を恐怖心を抱く者たちの同盟が結成されるのだが、枢は知る由もなかった。
「おい、凛! さっさと出ろよ! カゲやゾエが待ちくたびれてるぞ!」
「ちょっと待って光。リンゴ食べちゃったから後数分待って」
「またゲームやってんのかお前は」
オペレーターの仁礼に急かされても、枢は椅子に深く腰掛けて動こうとしない。
無事にA級に昇格を果たしたことで金銭的にも精神的にも余裕が出来たのか、枢は変わらずマイペースな生活を送っていた。
こうなってしまってはどれだけ仁礼が声を荒げても動こうとしない。
困ったものだと仁礼が愚痴をこぼすと、突如影浦隊の作戦室の扉が開いた。
「楽しそうね、凛。……冬島」
「はいよ」
部屋の中に入って来たのは真木と冬島の二人だった。
真木が名前を呼ぶと、たちまち冬島が慣れた手つきでパソコンのキーボードをたたく。
「あっ? えっ? ……あの、ねえ、真木ちゃん? 冬島さん? 二人ともいつからそこに? 冬島さん、なんで無言でパソコンを操作してるんですか? おい、まさか。ちょっと真木ちゃん!? 真木さん!?」
「そう呼ぶなと言ったでしょう」
「理佐ああああああA」
枢の必死な訴えも空しく、冬島の起動したテレポートのトリガーにより、枢の姿が一瞬で部屋から消えた。
「わりーな、助かったぜ」
「いえ、いつもの事なので。……まったく。相変わらず、困った人」
彼女を読んだ仁礼の謝罪を受け入れ、真木はくすりと小さく笑う。
幼馴染二人の関係性は、この先もずっと続いていくのだった。
「理佐は鬼か!? 鬼か! 俺がトリオン体だったからよかったけど、いきなり作戦室から基地外の空中に飛ばすやつがいるか!?」
「いやー。見事な反応だったね。ナイススラスター。着地地点もばっちりだよ」
「そりゃあと少しで受け身もとれぬまま地面に叩きつけられるとなれば必死になりますよ!」
突如空中に投げ出されたものの、間一髪で起動したスラスターにより影浦・北添の隣へと降り立った枢。
北添が呑気に称賛する中、枢は息を整えながら、怒りを発散させるのだった。
「テメーが遅いからだろ。いつまでちんたらやってんだ」
「それでもやり方があるでしょ!」
「うっせ。文句があるなら戻ってから本人にぶつけろ。……行くぞ。いつも通りテメーが前だ」
なおも幼馴染への不満を続ける枢を無視し、影浦が一足先に歩き出す。
影浦隊には余計な戦略や作戦はない。
各々が好きなように動き、各々が囮となり、敵を撃破する。
それが得意な必勝パターンであり、それができるだけの地力があった。
「……はあ。枢、了解」
「じゃあ、行こっか」
「ああ。敵が出るか知らねえが、ヘマすんじゃねえぞ」
「誰に言ってるんですか」
他愛ないやり取りをしながら3人は警戒区域のエリアを歩き回っていく。
精鋭部隊であるA級・影浦隊。昇格を果たしても気負う様子は見られない。
彼らの戦いは、まだまだ始まったばかりだ。