第17話 鳩のオモテとウラ
夏が過ぎ、季節はもうすぐ秋になろうとしていた。9月は、残暑が酷く天気予報では猛暑日、真夏日という言葉をよく目にしたが、10月にも入るとその暑さが多少なりとも収まり、少しは快適になり始めた。
萊智は、夕暮れ迫る街を歩いていた。バイトを終わらせ、疲れ切った身体をゆっくりと動かして家に帰る。その後は夕食を食べてレポートをやって…
現実が、彼に重くのしかかる…気が重い、面倒、その言葉が頭の中を堂々巡りしていた。
その中、ふとある事を思い出した。「そういえば最近、デジタルセイバーに顔を出してないな…」それもそうだ。夏休みはほぼ毎日行っていたが、9月に入った途端、1週間に一度は顔を出そうとも思ったがバイトやレポートや気が向かない、だのなんだの適当な理由を自分に言い聞かせて結局1ヶ月以上顔を出していない。
──これは今週末行くしかない──
彼はそう決意した…本当に行くかどうかは保証できないが。
その週の土曜日、デジタルセイバーにはサイヴァーを除いた4人がいつものようにいた。彼ら4人は、ここ1ヶ月以上会っていない彼の心配もしていたが、便りがないのは良い知らせと思いあまり詮索はしなかった。
だが、それにしたってこの4人はここにしょっちゅう顔を見せすぎでは?と思うだろう。だが、彼ら4人はサイヴァーとは違いこのデジタルセイバーに務めることが本職である。だから言ってしまえば通報が無ければ暇だ。実際、ここ1ヶ月大きな事件は起きていない。精々小競り合い程度の小規模な襲撃。世界が平和になるという点ではいい事だが、それはつまりこの4人の失業を意味している、がその心配はしばらくはないだろう。
何故なら私が…おっと、少々長く話してしまったようだ。やはり歳を取ると長く話してしまうようだな…ところで私が誰であるか、それはこの後説明するとしよう。
改めて、デジタルセイバーの様子を見てみようじゃないか。
「そろそろ10時か…」一犀は席を立つとスマートライザーをズボンのポケットに入れた。
「イッチ、何処か行くの?」相変わらず椅子に座ってタブレットを眺めているメリアが聞いた。
「ああ、今日は紅茶同好会の集まりがあってね。」一犀は「お土産が欲しいかい?」と聞いたが「いらない」とメリアは答えた。その回答に一瞬、彼は戸惑ったが、気を取り直して「行ってきます」と言ってここを後にした。
続いて、紬葵と紅葉が支度を終えてこちらも出かけようとしていた。
「私達、これから本部に行ってくるから。」紬葵はメリアに声を掛けた。
「はいはい、お気をつけて〜。」メリアは一瞬顔を上げて2人を見送った。
2人がここから居なくなるまでメリアは見送った。
2人が居なくなり、ここにはついに自分1人となった。
「本部、私そんな好きじゃないからね〜なんでか分からないけど。」
メリアは普通の声で話した。そして、タブレットを机の上に置いた。
「そういえば最近、やってなかったな…今度こそ、思い通りになるといいけど。」彼女は拳を力強く握りしめた。
その頃、萊智は自分の住まうマンションの自室で月曜日提出のレポートの佳境に入っていた。
「後はこの考察を書き終わらせれば…」萊智は目を真っ赤にさせて執筆し、そしてついに終わらせた。
「いよっしゃ!!やってやったぜ!!ぐへ!!ぐへへへ!!」金曜の夜に手をつけ、途中で睡眠するつもりだったが、どうやら翌朝までやっていた様だ。彼の精神状態はとても不安定、目の下にはクマができており、深夜テンションを超えて徹夜テンションとなっている。「大丈夫?」と声を掛けてやりたいぐらいに。
しかし、変な精神状態で睡眠する気には一切なれない萊智は、机の上にあるスマートライザーを手にして、何を思ったかこのタイミングでデジタルセイバーに向かうべく白銀の光に包まれた。
デジタルセイバーの本部は、東京から少し離れた自然の中に白い壁を輝かせて佇んでいた。本部の中は国家機密であり、簡単に入れるような場所ではない。
本部では主にバグビーストとスマートライザーの研究が行われている。
バグビーストは生態や、人間に憑く原理など、スマートライザーについては、未だ解明されていない部分…特にサイヴァーとセンスがたどり着いたシンクロアップデートについて。研究員たちは日夜その研究に勤しんでいる。
紅葉と紬葵はその研究室を抜けて、更に進む。そして、最深部にある鉄製の扉の前に立った。
しばらくするとその扉が轟音と共にゆっくりと開いた。そして、その先には東京を一望できるよう窓ガラスが一面に貼られている部屋が広がっていた。長官室…それがこの部屋の名前だ。そしてそこに唯一置かれている黒いデスクには男が座って2人を眺めていた。
「久々に顔出すからみんな喜ぶかな」そんな事を萊智は着くまでの一瞬、考えた。そして、光は収まり、瞬きをした。
その彼の目の前には、いつもの賑やかなデジタルセイバーではなく、電気の消された部屋に、真紅の鳥のバグビーストの姿があった。
「誰だ…?」」萊智は咄嗟に聞いた。そのバグビーストは、彼の声を聞くや否や彼の方向を向いて、目を丸くさせた。その光景はまさに鳩が豆鉄砲を食ったようだった…
「待っていたよ、紅葉隊長、そしてペンシル」男は老いた見た目に反してハリのある声で話した。
「ご無沙汰しております、長官」紅葉は長官…
「早速本題に移る前に、少し世間話でもしようか…そうだな、
「…メリア…いや、ピジョン・バグビーストについて。」
「ごめん、私だよ」ピジョン・バグビーストからメリアの声がした。更に彼の目の前でメリアの姿に戻った。萊智はこの出来事に混沌を極めていた。
「えっと…」萊智は、何か言葉を発しようとした。何故メリアがバグビーストなのかとか、敵なのか…ただ、それよりも動揺が上回って言葉が詰まって出てこない。
「…そっか、完全に話したつもりでいた…まだ君は知らなかったよね」メリアはとりあえず彼に座るよう促した。
「私ね、バグビーストなんだ。それも鳩の…」いつもの雰囲気からは感じない真剣な表情で彼女は話を始めた。
「…私、記憶がないの…」萊智は、初めて聞いた話に耳を疑った。しかし、メリアは話を続ける…
彼女が発見されたのは今から5年前、デジタルセイバーの戦闘部隊ができるよりも前のことだ。
当時のデジタルセイバー、その頃は電脳科学研究所と呼ばれていた。そこでは『データ世界に人間が入る』と言う実験を行われていた。その実験で作られた初期型のサイヴァーを身につけた柿崎が初めて電脳世界に入った時、人間態のメリアが見つかった。傷だらけで、今にも死にかけていた彼女を彼は助けたい、その一心で連れ帰った。
彼女は無事に現実世界に入ることができたが、彼が初めて持ち帰って来たという事もあり即座に研究材料になってしまった。
彼女にとっては、何故そこで倒れていたかも分からないのにいきなり連れてこられて、勝手に研究材料にされる…人間の言葉すら知らない彼女は助けを求めることすらできなかった。
その行為を辞めさせたのも、また柿崎だった。彼は彼女を研究に連れ出そうとする研究員に銃を向けた。
「彼女は、道具じゃない…生き物だ」彼は言い切った。その言葉に胸を打たれたか、もしくはその銃に撃たれるのが怖かったからか、研究員たちは彼女を執拗に研究に連れ出すことをやめた。
同じ頃、電脳世界からバグビースト達の攻撃が始まった。その猛攻に対応すべく戦闘部隊が作られた。選ばれたメンバーは、当時研究員を従えていた紅葉と、サイヴァーに変身できる柿崎、そしてメリアの3人。メリアには、ピジョンに変身できるスマートライザーを受け取り、彼女も戦士となった。
しかし、と言う事は幼そうに感じる彼女が実はデジタルセイバーの中では一番上の先輩戦士という事になる…。
「前に、イッチのこと助けてって言ったことあったでしょ?」彼女は彼に聞いた。彼もまた覚えていた。皆川さんが攫われた時、彼女が怪我でもして手助けできないからそう言ったと思っていた。しかし実際はその後も普通に戦闘に参加していた為不審に思っていた。
「あれ、私が現実世界に怖くて出られないからで…」
研究所で受けた仕打ちが彼女にとって大きなトラウマになっていた。
「…あれ?でも俺がグラスホッパーやピーコックを倒した時も外に出てなかったっけ…?」他にもスパイダー戦の時もそうだ。
「変身した状態なら、多少の時間平生を保って外には出られる…でも長時間だったり、変身せず外に出るのは怖い…。」メリアの怯えたその姿を、萊智はどんな心境で受け止めればいいか分からなかった。記憶喪失で、怪物で、外にトラウマを持ってる…そんな人物に会ったことも聞いたこともない…。
「時々、さっきみたいに誰もいないところでバグビーストの姿になるの…」
「それはどうして?」彼は混乱しながらも聞いた。
「…この姿が嫌いだから…私がこんな酷い目に遭ったのは私がバグビーストだから…次こそこの姿に変身できないかなって…できた試しがないから今もこうなんだけどね。」メリアは最後に「ごめんね」と言った。
「…それはメリアさんが謝ることじゃないよ。むしろ、仲間のことが知れて、俺は嬉しい。話してくれてありがとう」彼女の心にに彼の言葉は嬉しかった。そうやって、過去を知っても軽蔑しない、自分に対して優しくしてくれる…その姿が同時にかつての柿崎と重なった。
「やっぱり、似たもの同士だよ、2人は…」
「そうか…彼女は特に変化なしか」
長居は紅葉の報告に頷いた。
「しかし…やはり彼は面倒なものを作ってくれたよな…電脳世界に、スマートライザーに…」彼は老人にしてはしっかりとした足取りで窓際に歩いた。
「彼…?」紬葵は、そのことを知らなかったが為に、疑問が口に出てしまった。
「…君は知らなかったのか。てっきり隊長が話していると思っていたのだかね…」長居は一呼吸置いてその人物の名を口にした。
「『
在電博の名を聞いた瞬間、紅葉の背筋が凍った。そう何度も聞きたくない名前…忘れようとしても忘れられない名前…。
紬葵は、隊長の動揺する姿に気がついた。もしかしたら、何かあるのでは…そう察した。
街にオウムのバグビーストが出現。しかし、人に危害を加える様子はない。それを見兼ねて攻撃を止めたメリア、その彼女に迫るのは同じ味方のペンシルの刃だった。
次回、第18話 掴めない自由の翼