仮面電脳戦記   作:津上幻夢

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第18話 掴めない自由の翼

「…君は知らなかったのか。てっきり隊長が話していると思っていたのだかね…」長居は一呼吸置いてその人物の名を口にした。

 

「『在電博…それが彼の名だ。ここの電脳科学研究所時代からの主任にして、電脳世界の概念とスマートライザーの生みの親…」

 

在電博の名を聞いた瞬間、紅葉の背筋が凍った。そう何度も聞きたくない名前…忘れようとしても忘れられない名前…。

 

紬葵は、隊長の動揺する姿に気がついた。もしかしたら、何かあるのでは…そう察した。

 

「彼は私が大学の教授をしていた頃からの知り合いで、同じ電脳科学を究めていた。彼は非常に優秀だった…私が妬ましいと思うほど。そんな男だ。」長居は、紬葵の目の前に立った。

 

「柿崎君を招き入れたのも彼だ。彼はここに、電脳科学に有益な事ばかりしていた…だからこそ今も君達が安心してバグビーストに立ち向かえる。その点は感謝しなければね」そして彼女の肩を軽く叩いた。

 

紬葵はどう答えるべきか分からなかった。賞賛すべきかもしれない…だが、それと同時に長居は在電の事を嫌悪している…

 

「彼の話はこの辺にして本題に入りましょう」紅葉は長官の話を遠回しに断ち切った。

 

「そうだな…やはり老いというのは良くないね…つい喋り過ぎてしまう。今日はサイヴァーとセンスの話だ」

 

「…という事は、シンクロアップデートについてですね」

 

「流石、君は頭の回転が速い。シンクロアップデートと名付けた現象、スマートライザーの隠された力を一時的に解放させて戦う力に変える。その力の解放のさせ方についてだ」

長居は窓の光が入らないようブラインドを下げて空間に映像を映し出した。

 

「これはシンクロアップデートした時の2人の脳波を示したデータだ。どちらも変身する際、著しく数値が上昇している」彼の言う通り、オシロスコープの波形のようなグラフには、萊智と一犀の脳波が映し出され、それぞれゲーミングフォームとムービーフォームに変身した際、大きくグラフが上昇していた。

 

「つまり、スマートライザーが変身者の一定値以上の脳波を観測した際力を解放するようにプログラムされているという事だ。まさに変身者と変身アイテムが『シンクロ』していた訳だ。」長居は映像を消して紬葵の方を向いた。

 

「これは仮説だが、もしこの説が正しければ君も、そしてメリア君も同じようにシンクロできるはずだ」彼は彼女を指差した。

 

「…私も、あのような力を…」スマートライザーとシンクロ…自分にもできるのだろうかという不安がふと心に湧いた。

 

 

 

 

その頃、電脳世界ではグリットが3体のバグビーストを集めていた。

「コンドル、アウル、パロット。お前達でここをこの後制圧しろ。デジタルセイバーがやって来たら消せ。」

 

「…初めての実戦だ、腕が鳴るな」鋭い爪を持つコンドル・バグビーストが言った。

「…この後って事は昼間か、調子狂うな」大きな瞳が特徴的なアウル・バグビーストが続けて言った。

「…」白い身体のパロット・バグビーストは何も口にしなかった。寡黙な性格だから…ではなさそうだ。何故なら目が怯えている、身体も震えている。明らかに恐怖を持っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ頃、デジタルセイバーでメリアと萊智は特に別段変わらず出動に備えて待機していた。萊智は持ち込んだ小説を特に変わった様子を見せず読んでいた。

一方、メリアはいつものようにタブレットでネットサーフィンしているように見えるが、実際は手が動いておらず、何度も何度も萊智の方には目線を向けていた。彼女は彼がどうしても気になって仕方なかった。

 

「ねぇ、私の事気にならないわけ?」メリアは気持ちの痒みに耐えきれず遂に聞いた。

 

怒っていると勘違いした萊智は持っていた小説を手から滑らせ落としそうになった。

「ごめんなさい!何か気に触るような事しましたか?」

会話が噛み合っていない…メリアは更に問う。

 

「だからさ、私が怪物だって事気にならないの?襲われるんじゃないかとか、思わないわけ?」

 

「…だってメリアさんは俺の仲間ですから、そんなこと思わないですよ」萊智は当たり前の事を話すかのようにハッキリと伝えた。

その目が本気であると彼女は感じた。

 

「ごめんなさい…勝手に怒鳴って。他の2人は私が怪物だって知った時ちょっと距離を置かれた事があって、その事を思い出しちゃって」

 

「こちらこそ、心配させてごめんなさい」謝罪すべきはこちらなのにまた謝られた事にメリアは不意に笑ってしまった。

 

「君って本当、馬鹿だよね。人の事簡単に信じちゃう。でも、そういうのいいと思うよ」萊智は彼女に信頼されている、より絆が深まったかのように感じた。

 

 

その時だった。室内にアラートが鳴り響いた。バグビーストが街に出没した事を知らせるそれに2人は即座に反応して立ち上がった。

 

そしてスマートライザーを取り出し変身シークエンスに入った。

[[Server connection…]]

「「変身!!」2人は声を揃えて台詞を放つ。

[Rider Cyver!][Rider Pigeon!]

 

変身した2人は即座にバグビースト出現地点に白銀の光に包まれてテレポートした。

 

 

 

 

そのアラートは研究所にいる紬葵達のところでも鳴り響いた。

 

「早速出撃か…期待しているよ、ペンシル」長官は部屋を出て行く紬葵に向かって言った。彼女にその声は聞こえていたが、敢えて彼女は答えなかった。自信がなかったと言ってもいいかもしれない。

彼女はその思考を一旦片隅に置き、気持ちを切り替えて変身した。

 

 

 

 

 

現場である噴水広場では丁度フリーマーケットが行われていた。そこに現れたのはコンドル、アウル、パロットの3体と大量のノイズの姿があった。

 

フリーマーケットに来ていた人達は突然の襲来に驚き逃げ惑っていた。そこへ駆けつけたのはサイヴァーとピジョンだった。

 

「デジタルセイバーのお出ましか…俺が狩ってやる!」コンドルは2人の姿を見つけるや否やノイズの軍団を2人に向けさせた。

 

「おいコンドル、そんなに大群で攻めるなんて…はぁ、昼間だから活力が湧かない…」アウルはコンドルに促そうとするがフクロウの特性を持っている為昼間はどうやら力が著しく低下するらしい。

 

「えっあっ…」一方パロットは、先程からそうだがどこか挙動不審だった。それに他の2人と違い誰かを襲う様子も見られない。

 

「いきなり大群で攻めてくるのかよ!」サイヴァーは左腕をキュアに変え腕に巻きついている蛇を鞭の様に振り回す。そしてノイズを薙ぎ払い大群を一瞬にして分断させた。

 

「サンキュー、ライ君!」ピジョンは左腕を新たに身につけた力の一つであるミュージックモードに変えた。そして弓を左手で引いた。音符を始めとした音楽の記号を纏ったエネルギーが矢の先端に集中、そしてその矢が放たれノイズに着弾、それと同時に大きな振動で周りの敵を一瞬にして破壊した。

 

一方サイヴァーは左腕は変えずそのままゲーミングフォームに変身、そしてゲーミングフォームの剣でノイズ達をすれ違い様に次々と切り裂く。そしてノイズの集団の後ろにいた怪我人に対してキュアの回復能力を使用した。一瞬にして治療が完了し市民達はサイヴァーに礼を述べながら逃げていった。

 

「…第二ラウンドは俺からだ!」コンドルは一瞬にして壊滅したノイズの集団のことなんか気にせずサイヴァーに向かって走り出した。

自慢の鋭い爪をサイヴァーの鎧に振り下ろした。サイヴァーは咄嗟に左腕で受け止めた。そしてコンドルと距離を取るとキュアの回復能力で切られた左腕を回復した。「こんな事できるんだな」どうやらまぐれで起きた出来事みたいだが。

 

 

「仕方ない、昼間だけど本気出すか!」アウルもまたノイズを片付けたピジョンに向かって走り出した。右腕にはクナイを持ち彼女の懐に一瞬にして入り込んだ。そのクナイに彼女は気づかず左肩を切られてしまった。アウルは倒れた彼女に再びクナイを突き刺そうと試みるがそれよりも早くバスターを起動したピジョンの剛腕によって阻止され逆に自分が倒れてしまった。

 

彼女は立ち上がりアウルに反撃を試みようとしたその時、違和感に気がついた。

 

それは、パロットについてだ。先程から一切攻撃をしてこない、味方がやられても動けずにいた。その様子に彼女はふと攻撃の手を緩めてしまった。

「その隙、見逃さない!」アウルが棒立ちしたままのピジョンを蹴り飛ばした。ピジョンは先程とは違い倒れはしなかったが後ろに下がってしまった。

 

「何でアイツは戦わないんだ…」彼女の中にはふと一つの希望が見えた。もしかしたら「自分と同じ」かもしれない…と。

 

 

「はあっ!!」攻撃を躊躇しているパロットに斬撃が振り下ろされた。その攻撃でパロットは地面に倒れた。

 

「待たせたわね、援軍よ」その斬撃の正体は遅れてやってきたペンシルだった。いつもなら心の底から喜べる事だが今日は状況が違った。

 

「待って、そいつを攻撃しないで!」アウルとの戦闘をそっちのけに更に攻撃をしようとしていたペンシルに対して叫んだ。そして彼女はパロットを守る様に立ちはだかった。

 

「メリアさん?」サイヴァーは目の前に集中していたばかり突然の出来事に混乱した。何故彼女がバグビーストを庇うのか。

 

そう思ったのはペンシルも同じだった。

 

「何で…バグビーストは倒さないと…」ペンシルは攻撃を止めピジョンに聞いた。

 

「だって、彼はまだ誰も傷つけてない…むしろ戦いを拒んでいる。攻撃する必要なんてない!」ピジョンは確証のない自論遠話した。

 

「…」庇われている彼自体、突然の出来事に混乱していたが、それと同時に少なくとも彼女は味方であると確信した…自分のことを分かってくれていると…。

 

ペンシルは構えていた剣を下ろした。いくらバグビーストとはいえ、メリアの例もある…彼女の言っていることにある程度の信憑性を感じた。

 

しかし、その時だった。『バグビーストは全て殲滅しろ…期待している、ペンシル』自身の耳元にそう通信が入った。声は紛れもなく長居長官だった。

そうだ…バグビーストは倒すべき存在…倒さないと、私は強くなれない…そう彼女の心に黒い存在が訴えた。彼女は迷った。実際はほんの1、2秒の出来事だが、今の彼女にはそれが何十時間の様に感じた。そして迷った末彼女は答えを出した。

 

「……ごめん!」ペンシルはピジョンを切った。そして更にその後ろのパロットを蹴り飛ばした。

 

「何するの!彼に戦う意思がないのは本当…」「だとしても…殲滅対象に変わりはない」彼女は感情によって動く正義のヒーローではなく悪人を始末する処刑人の様な声で言い放った。

 

「…だったら私は全力で守る!」パロットを再び切り裂こうとするペンシルをピジョンは全力で殴り飛ばした。しかし、それと同時にペンシルの斬撃が彼女に激突、2人は相打ちで変身解除してしまった。

 

「太刀筆さん!メリアさん!」サイヴァーはコンドルにダメージを与えて直様戦場で野晒しになっている2人の元に駆け寄った。

 

「組織が守ってくれないなら、私個人で守る!」メリアはそう言うとピジョン…ではなくピジョン・バグビーストに変身、パロットを抱えるとそのまま電脳世界へ逃亡した。

 

 

「パロット…我々を裏切る気か!」コンドルは立ち上がるとその後を追って飛び立っていった。アウルもその後を追う様にその場を去った。

 

 

 

 

「太刀筆さん…」サイヴァーは下を向いたままの彼女を見つめていた。

 

 




逃げ出したピジョンとパロット、しかしその先にはバグビーストの兵士が待ち構えていた。デジタルセイバーは彼女の居場所を即座に発見して殲滅に向かうが…

次回、第19話 平和へ飛ぶ

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