異世界科っ! ~異世界を教える学校~   作:柴田柴犬

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神咲月奈 その選択

無断で城下から出て、あまつさえ魔獣と戦ってしまった俺とエイルハルトへのお説教が終了したのだが――

 

「こえええ……。王妃様……、マジでこえええ……」

「は、母上は……、魔王が襲ってきていた時代に、賢者様とも一緒に戦ってた時期もあるらしいからな。僕とフェリスや姉上が生まれる前だけど……」

 

 二十年前の戦いを身を持って知っている王妃様は、実戦経験のない俺達がどれだけ危険な事をしたのかよく分かっているのだろう。

 俺とエイルハルトの二人は、反論も出来ずにただ黙っているしかなかった。

 

「それと、エイジ殿」

「は、はいい!?」

 

 俺だけお説教継続かと思わず背筋をピンと立てて、慌てながら返事をしてしまう。

 だが、王妃様からは俺に頭を下げながら感謝の言葉を告げられただけだった。

 

「エイルを……息子を守っていただいてありがとうございました」

「あ、いえ! そんな! むしろエイルハルトが城壁の外から出るのを止めなかった俺が悪いですから!」

 

 俺は慌てて両手を振る。

 しかし王妃様は懐かしむように語り掛けてくる。

 

「倒した魔獣を兵が見分しましたが……、『光刃』を使うなんて、そんなところもイツキに似てるなんてね」

「先生が得意だったらしいですよね。あと、接近戦での立ち回りは武宮先輩の攻撃を躱してるうちに身についたみたいで……」

「ユキさんもかなりの使い手みたいだけど……、貴方やセレネとそう年が変わらない娘が」

 

 王妃様の第一印象としては、俺や月奈はこの世界に召喚された頃の先生と変わらないが、先輩だけは雰囲気が違っていたらしい。

 まるで、数多の戦場を駆け抜けて来た様な風格を感じたとかなんとか。

 

「先輩……、こことは違う世界に召喚されて戦っていたらしいですから」

「そう……、それで」

「いっつも山科先生に辛辣なツッコみしてます。こないだバルクスさんが来た時も、思いっ切り頭をぶん殴ってました」

「ふふふ。イツキの事だから、そういった事も出来るように接していたのかもしれないわね。異世界に召喚された者同士、気心の知れた友人みたいになれるように」

 

 な、なるほど……、先輩って先生への態度がかなりキツいとは感じていたが、先輩がストレスをためないように先生が頑張っていた可能性もあるのか。

 

「王妃様は先生のこと、信頼してるって感じがします。なんて言うか……、親友みたいな」

「そうね。その表現がしっくり来るかもしれないわ。私にとって大切な人の一人よ」

 

 王妃様は優しげな笑みを浮かべる。この人は本当に先生を大切に思っているんだろうなって分かる笑顔だった。

 だからこそ、自分の娘を異世界の先生の元へと送る選択ができたのだろう。

 

「さて、貴方達は夕方には元の場所に帰らなければならないし、ここまでにしておきましょうか」

 

 そう言うと、王妃様はどこかへ行ってしまった。

 

「そっか……、エージも姉上も帰っちゃうんだな……」

「ああ、危ない事もなったが、面白い経験だった」

 

 エイルハルトと一緒に廊下を歩きながら、しんみりとした雰囲気になってしまっていた。

 みんな集まる事になっていた謁見の間まで行くと……。

 

「つ、月奈……だよな? その恰好……」

「その、どうかな?」

 

 そこへ行くと、月奈が制服ではなく、この国の貴族の令嬢といったドレスを身に着けていた。

 いつもはツインテールにしている髪はストレートにされており、星や月が象られた髪飾りで留められている。

 普段の彼女を知っている俺でもドキッとするぐらい綺麗な女の子がいた。

 思わず見惚れてしまう。

 呆けている俺にいつの間にか隣に来ていた先輩が肘で小突いてきて。

「さあ、久能君! ちゃんと褒めてあげなさい。可愛いよ月奈、思わず抱きしめたくなっちゃった……って!」

「先輩、ここは空気読んで欲しい気がします」

「だってお手本を言ってあげないとモジモジしそうだし?」

 

 先輩のおかげで緊張が解けたのは良いが、雰囲気は台無しだ。

 まあ、確かにここは素直な感想を言おう。

 

「月奈、本当にお姫様みたいに綺麗だ。見違えたぞ」

「えっと、ありがと……」

 

 俺の言葉に、顔を真っ赤にする月奈。

 うん、やっぱりお世辞抜きにしても美少女だ。

 

「うんうん。私の若い頃のドレスだけど、サイズがぴったりで良かったわ~」

 

 さっき俺をお説教していた王妃様がニコニコしながら月奈のところへとやってくる。

 どうやら、王妃様の昔の服をリメイクした物らしい。

 

「本当に……、娘を育てていただいた方々には感謝してもしきれない。またこうして会える日が来るとは夢にも思わなかった……」

 

 王様――月奈の父親が泣きだしたいのを我慢しながら、俺たちに向かって頭を下げる。

 

「いや、俺は何もしてないですし、今の言葉は月奈の……、あちらのご両親と先生に伝えておきます」

 

 俺の返答に、再び涙ぐむ国王陛下。

 

「よし、じゃあ……シャシン撮りましょう! その四角いのってシャシンも撮れるんでしょ? フェリスから聞いたわよ。ニホンも凄いわね。こんな小さな物で色々な事が出来るなんて」

 

 王妃様、スマホについてフェリスから聞いていたらしい。月奈だって着飾っているのだから、家族集合写真を撮るにはいいタイミングだろう。

 俺が撮影者になろうとしていると……。

 

「久能君も入ったら? 私が撮影するから」

「いや、俺は部外者ですし……」

 

 そう言うと、先輩は俺へと耳打ちしてきた。

 

「大丈夫。この場で、お義父さん、お義母さん、月奈さ……セレネさんは俺が必ず幸せにしますって言えば良いわ。その一言で部外者じゃなくなるから」

「先輩、俺は結婚の挨拶しに来たわけじゃないです!」

 

 先輩、割と本気で言っているっぽい。目が真剣そのものだ。

 

「やれる時にやっておかないと、私みたいに――」

「その自虐ネタはもういいです!」

 

 まったく、この先輩もかなりの天然かも、そう思っていると、腕を掴まれる。

 

「さあさ、エージ様も入ってください!」

「そうだぞエージ。早く来てくれ!」

 

 双子が俺も写真に入って欲しいらしく、引っ張ってきたのだ。

 そんな様子を見て、王妃様がクスリと笑う。

 

「少ししかいなかったのに、もうこんなに仲良くなっちゃって」

 

 結局、俺も入っての集合写真となってしまった。これは後で先生にもデータを送っておこうといった話になった。

 

 

 

 

 

 ――そして、俺達が帰る時刻が近づいていた。

 俺達三人、荷物をまとめ、帰る準備を整え、あとは『送還術式』で帰るのみとなっていると、エイルハルトが今まで我慢していたのを爆発させるかのように月奈へ抱き着く。

 

「姉上……、本当に帰るのか!? 僕達の姉上なんだから帰らなくったって良いじゃないか!!」

 

 エイルハルトの言葉に、月奈は困った表情を浮かべる。

 周りを見るとフェリスも、月奈の本当の両親も同じ気持ちなのが、その表情から伝わってくる。

 大人の二人は自分達の事情で月奈を日本に送ってしまった手前、そこまでの我儘をいう訳にはいかないといった様子だ。

 月奈は抱き着いているエイルハルトと一緒に王と王妃の前まで歩み寄る。

 

「わたしは……、こちらに残る事はできません」

 

 月奈は二人の目を真っ直ぐに見て言った。

 

「わたしには、あちらで育ててもらった両親も、友人もいます。そちらを捨てる事は出来ません」

 

 月奈の言葉を王や王妃も真剣な表情で聞いていた。

 授業で先生も言っていた。異世界に行くという事は、日本に残して来た人達と全てと別れを告げる事だと。

 そして、その言葉を口にすることが月奈にとって自分ができる精一杯の誠意だった。

 

「けど……」

 

 月奈が一瞬目を閉じ、再び口を開く。

 

「わたしはずっと守られてきました。日本の父と母に。山科先生に。それに……」

 

 月奈は一度言葉を区切る。

 

「この国が戦火に晒されても、わたしを守り抜こうとした本当のお父さんとお母さんに。だから……、ありがとう。わたしを守ってくれて。生きていてくれて、ありがとう……」

 

 月奈の目から涙が零れ落ちる。

 それを見た瞬間、俺も涙が出そうになるのを必死に抑えた。

 俺はあいつが子供の頃、本当の親に会いたいと言って泣いていたのを知っている。その両親と別れるのは辛くないはずはない。

 それでも、自分の意思で決めたんだ。

 そこまで言うと、月奈はフェリスとエイルハルトを抱きしめながら。

 

「ちゃんとお父さんとお母さんの言うこと聞いて頑張ってね。エイルは危ない事しないで。フェリスも元気でね」

 

 二人への最後の言葉を贈り、離れていく。

 月奈は俺達が待っていた魔法陣まで来ると、エイルハルトが俺へと近づいてきた。

 

「エージ、姉上を頼んだぞ!」

 

 そう言って拳を突き出してくる。

 俺もその拳に自分の拳をコツンと当てて。

 

「ああ、約束だ」

 

 そう言うと、満足そうな顔をしながら離れて行った。

 

「じゃあ、久能君。『送還術式』、頑張ってみましょうか」

 

 先輩の言葉に従い、先生から受け取った本の該当するページを開き、詠唱を開始する。

 それに呼応するように、魔法陣が光を放っていた。そして詠唱が完成し、部屋全体に眩いばかりの光が満ちる。

 思わず目を閉じてしまったが、次に目を開けた時には――

 

「時間どおりですね。どうでしたか? エルドリアは」

 

 目の前には、山科先生が立っていた。

 辺りを見渡すと、そこはいつもの部室で、窓の外を見ると、もう日が落ちかけている。

 

「えっと、戻って来たんですかね?」

 

 そう尋ねると、山科先生はニッコリ笑って。

 

「はい、みんな揃って無事帰還ですね」

 

 俺達は戻ってきたのだ。

 それを確認すると。先輩が先生を部室の外に引っ張っていた。部室から出る瞬間、俺を一瞥(いちべつ)する。

 俺と月奈、二人きりになった薄暗い部室で月奈の頭を撫でながら。

 

「よく頑張ったな。偉かったぞ」

 

 そういうと、月奈は大粒の涙を溢しながら抱き着いて来ていた。

 

「ごめん。もうちょっとこのままでいていい?」

「ああ。そんな顔だとおじさんも、おばさんも心配するからな。好きなだけ泣け」

 

 そう言ってやると(せき)を切ったように泣き始めた。

 

「わああああああぁ~ん! わだじ……」

「そうだな。お前はよくやったよ。本当に立派だ」

 

 その日は月奈が泣き止むまで、ずっと抱きしめ続けていた。

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