恋姫世界で匈奴出身のオリ主が頑張ったりする話   作:ニタマゴ

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第1話 転生

 厳かな装束に身を包んだ父は、無言のままに私へ銀製の盃を差し出した。

 私は緊張感と高揚感に包まれながら、震える手で盃を受け取った。父は横に控える祭祀官から銀製の酒器を受け取り、その中身を私が捧げ持つ盃へと注いだ。

 注がれた白濁した液体からツンと鼻を衝くにおいが広がった。主に馬の乳から作られる馬乳酒に独特の香りであった。

 

「われらがテングリよ。天と地の諸々の神々、精霊たちよ。蒼く清浄な長生の上天より降されし、駿馬鷂鷹の如く世を治められし、あの世へと至った先祖たちよ……」

 

 父が祝詞を紡いでいくが、私は手元の盃になみなみと注がれた馬乳酒をこぼさないことに全神経を注いでいたため、父と祭祀官のありがたいお言葉と祝詞は、ほとんど耳に入らなかった。

 

「わが子に十五に至りし者あり」

 

 祭祀官の神々や祖先への感謝の言葉と馬や羊の繁殖を祈る祝詞が終わると、父がひときわ大きな声で新たな祝詞を唱え始めるのが聞こえ、私の意識はようやく父たちの方へ向けられた。

 父は私の成人を神々に報告し終えると、目で私に祝詞を唱えるように促した。私はそれに従って母や弟、そして家臣たちの集団から歩み出た。

 

「尸利の子の烏利、烏利の子の羌渠、羌渠が子の於夫羅。テングリと祖霊の加護により齢十五を重ねたり。恩寵に謝し、こののちの恩賜を望まん」

 

 なんとか作法も間違えずに祝詞を唱え終わると、捧げ持つ盃を東西南北の四方へ振り、大地に馬乳酒を捧げる。

 それを見た祭祀官は骨器の盃より聖水を四方に撒き、私の祝詞に重ねるように新たな祝詞を唱え始めた。

 

──はぁ、なんとか無事に終わった……

 

 この祭祀自体はまだまだ続くが、今回の最大の目的である私の成人儀礼自体はすでに終わった。この後には宴会を開き、その場で神や先祖へ捧げられた供物の分配を父に代わって執り行うという大任があるにはあるが、神前での告白に比べればそう気負う必要もないと思えた。であるから肩の力も抜けてしまうのも仕方がなし、と思う。

 そんなことを思っていると、突然、ザァーとひときわ大きな風が吹き、少し身震いした。

 すでに春に入ったとはいえ、山には雪が残り、まだまだ肌寒い時期ではあった。

 しばらくして、風が吹くでもないのに再び体が震えた。

 

──こんな時に風邪でもひいたのか? 

 

 そんなのんきな感想を抱いたが、その直後に全身を今まで感じたこともない悪寒と頭痛に襲われた。

 激痛を感じたのはほとんど一瞬だった。歯の根が合わないほどの耐え難い激痛は、十五歳の健康な肉体をもってしても耐えることなどできず、私は声をあげることもなく倒れた。

 

「玄烏!?」「兄さま?」「どうなさった若様!?」

 

 いくつもの声が耳に入ったが、もはや声をあげることさえも出来ずに、私は意識を失った。

 

 

 

 まぶたを透かして生ぬるい感覚が伝わってくる。どうやら額に濡れた布のようなものが置かれていたようだった。

 不快なそれをどけようとしたが、腕どころか指すらもロクに動かせない。

 仕方がないのでなんとか首を振り、目を覆う濡れた手ぬぐいのようなものを振り落とした。

 長い時間目をとじていたからか、飛び込んできた光の眩しさに思わず目をつむる。

 しばらくはぎゅっと目をつむっていたが、何度か瞬きをして目を慣らし、周囲を眺めてみる。

 貧血でもおこして倒れたのだろうか、私は大きなベッドの上に寝かされていたようだ。

 掛け布団に使われてるのは、天然ウールか、はたまた化学繊維か、良く分からないがなかなか暖かく、しかも手触りもいい高級そうなものだった。

 壁にも高級そうな絨毯や毛皮、鹿の角で作ったオブジェのようなものが並べられており、ドラマで見るような豪邸の一室といった趣だ。

 いろいろとあたりを見回していると、ふと枕元に金属製の水差しが置いてあることに気づいた。その水差しには、騎乗の人物が狩猟をしている様子が繊細に描かれていた。その脇にはちんまりと小ぶりなグラスがあったが、これもまたきれいな唐草模様の装飾が施されていた。これらは素人目に見てもかなり高価なものであり、ますますここは何処なのか、自分はなぜこんなところで寝ていたのか、という疑問が湧いてきた。

 しかし、そういった疑問を押し退けて急激に湧き上がってきた感情、いやもっと原始的な衝動があった。

 

──水だ……水を飲みたい

 

 眠りから覚めた体は、水差しを目にしたとたん、思い出したかのような猛烈な飢餓感に襲われた。

 水差しを取ろうと、体を動かそうとするも、全く動かない。手足が棒のように……なんて言ったりするがまさにそれだ。「無理やりにでも」と、全身に力を入れたが体中の関節が痛み出し、ギチギチと悲鳴を上げた。

 その痛みと全身から襲い来る倦怠感は、今の今まで水を求めていた本能を一転して睡眠の泥沼へと誘いはじめた。私の懸命な抵抗の甲斐なく、意識は深い眠りの底へと沈んでいった。

 

 

 

 先程からどれだけ時間が経ったのだろうか。

 いまだに全身を猛烈な倦怠感が襲い、水を求める飢餓感も健在であったが、自分を保っていられる程度には私も落ち着いた。

 

──ここが病院なのかどうなのかわからないが、たぶんその種の建物なのだろう。しかも、見ず知らずであろう私にこんな高級そうな部屋を宛がってくれているのだ。ちょっと声を出せばすぐに看護師なりなんなんりがやって来てくれるのではないか。人さえ来れば、水分補給も食事も、寝汗で気持ち悪くなっている服の着替えも思いのままだ。

 

 そんなくだらないことを考えながら声を出す。いや、出そうとした。

 私の喉から出てきたのは、ヒューヒューと耳障りな音だけであった。

 「あれっ」という言葉が脳内に響き渡り、背筋が冷たくなるのを感じた。

 なんとかして声を上げようとしたが、喉がカラカラでうまく発声することもできず、ただ唸るような音が響くだけだった。

 どうやら私が思っていた以上に、私の体は深刻なダメージを負っていたらしい。

 頭ではあれこれと物を考えられるというのに、体の方ではうんともすんとも言ってくれない。これはちょっとした恐怖体験である。

 このまま誰も来ないんじゃないか、もしかしてこれは植物状態ってやつなのか、というように、不安がとりとめのない妄想となって頭の中に現れては消えていく。

 

──そういえば、なんで私はこんなところに? 

 

 数々の妄想の泥沼からようやく実りのありそうな疑問が浮上してきた。

 先程は飢餓感のためにほっぽり出してしまった疑問であるが、今の状況でこれ以上に重要なことはない。

 私は記憶をたどろうとするが、どうにも靄がかかったように思い出せない。それどころか、つい先ほどまで頭の片隅に存在していた家族や友人たちの存在、工業地帯のど真ん中にあったビルの立ち並ぶ故郷の風景すら、思い出そうとすればするほど沼の奥深くへと沈みこみ、存在したのかどうかすらあやふやなものへとなっていく。

 普通ならこの状態に恐怖するはずであるが、なぜか理性も感情もそれを当たり前のこととして受け入れており、驚きや一抹のさびしさを感じはしたが、大きく心を揺さぶられることはなかった。

 そうして沼へと沈みゆく記憶たちを眺めているうちに、代わりとばかりに、心にぽっかりと大きな穴が開いたような感覚が湧きだしてきた。

 その喪失感は徐々に大きくなっていき、焦燥さえ感じるほどのものとなった。

 なにか大事なものが存在していないという不安。理性や感情よりももっと深く、魂と肉体とを結びつける大事な糸を見失ってしまったかのような、形容しがたい不安とさびしさが魂魄から湧き上がってくる。

 駄々をこねる子供のように地面を転がりながら泣きわめきたいという衝動に駆られたが、体がそれを許さない。声を上げて泣きわめきたくとも喉はただ耳障りな音を鳴らすだけだった。

 私は、どうすることもできずに、ただ不安に包まれ涙を流すしかなかった。

 

 どれだけの時間、私は泣いていたのだろうか。

 外で日が暮れ始めたのだろう、私の寝る部屋の中に、刻一刻と暗闇がその手を伸ばし始めていた。

 忍び寄る夜の気配は私の不安な気持ちに拍車をかけたが、どうすることもできない。あれからというもの、私は不安と焦燥で眠ることもできずに、ただただ涙を流していた。

 もう絶望やら飢餓感やらなんやらのネガティブな感情でどうにかなってしまいそうだと思い始めた頃、突然部屋の扉が開いた。

 部屋に入ってきた人物は持っていた蝋燭で、部屋の中央に置かれた机の燭台に明かりを灯すと、私の寝るベッドへと腰を下ろした。

 

「ごめんなさいね、玄烏(げんう)。今日は母もお父様もあなたのそばにいられなくて……」

 

 その女性は私に話しかけながら私の髪を手櫛で梳いていたが、ふと私の顔を見るとその手が止まった。

 女性は目を真ん丸にあけて私を凝視したと思ったら、「ああ!」と一声発して私を抱きしめた。

 

「玄烏! よかった、ああ、よかった! 目が覚めたのね」

 

 彼女は涙を流しながら私をしっかりと抱きしめ、静かにではあるが、あらゆる感情をこめて「よかった、よかった」と何度もつぶやいていた。

 そんな彼女に対して、私の方も大いに泣いていた。この涙が先程までのものとはまったく別種のものであることは言うまでもない。

 彼女……いや、私の母に「玄烏」と()()で呼ばれた瞬間、初めからそこに存在していたかのように、玄烏としてのこれまでの記憶を()()()()()。それと同時に先程まで感じていた、魂と身体とを繋ぐ糸を見失ってしまったかのような不安とさびしさは、母の呼びかけと同時に消え失せた。この時の私は、綿毛のようにこの世界をただよっていた魂がようやくこの世界に根を下ろしたかのような、そんな不思議な感覚に包まれた。

 

「は、はは……ははうえ……ははうえ」

 

 私はかすれた声で母を呼びながら、抱きしめてくる母の温もりを感じ、生きているという無上の喜びを抱いたまま眠りに落ちた。

 

 

 

 私が目覚めてから三日が経った。

 あの覚醒と母との再会──再会というのもおかしな話だが、そうとしか言い表せない感覚だ──の後、私は再び眠り続けていたそうだ。

 その間に母と父、そして弟は、できうる限りつきそっていてくれたと、私の世話をしてくれている侍女や召使から聞いた。特に母は文字通りの付きっきりであり、私が目を覚ました時に目にした母の姿は、三日間片時も離れずに看病していたのだ、もともと白い顔はさらに青白く、その蒼白の顔にただ鬼気迫る意思を宿した瞳だけが浮かんでいるというものであった。こんなことを言うべきではないが、率直な感想としては幽鬼そのものだった。

 母の容姿を一言で言うのなら花顔柳腰といった感じであるが、その意志の強さはこのことからもわかるとおり、並みの男では比べる土俵にも上がれない。

 そんな男顔負けの意志の強さを持つ母であったが、私が三日間の昏睡から目覚めると、取り乱すこともなくすぐさま医者を呼び、容体を診させて問題ないことを確認し、侍女たちに私の世話を任せるやいなや倒れるように眠ってしまった。

 まったく、尊敬すべきは母である。

 

 さて、その後のことであるが、まず父が私のもとに現れた。

 父は寡黙な人であるから、あまり言葉をかけられることもなかったが、「よく頑張った」という一言が、胸の奥深くにまで刻み込まれた。父は多忙な人だから、母のように私に付きっきりというわけにはいかなかったが、それでも私を心配することひとしおでなかったことが、その言葉から伝わってきた。安っぽい言い方だが親子の絆とでもいうものだろうか。

 

 二度目に父が訪れたときには、母と弟とともに一人の老人を一緒に連れてきた。

 話は逸れるが、私の唯一の兄弟である弟の名前は、呼廚泉(こちゅうせん)というなんとも珍妙なものである。そうはいっても私も似たようなもので、於夫羅(おふら)というのが私の名だ。もはやほとんど消え失せてしまった記憶の底から、愉快な雪だるまのようなものが思い浮かんだが、なぜだろう。ちなみに父の名は羌渠(きょうきょ)という。

 それはともかく、父たちは私に体調について二、三質問すると、ずいぶんと奇妙な格好をした老人を招き寄せた。

 その老人の服装というと、極彩色の羽の冠をつけ、これまた派手な首飾り、貴石のビーズ装飾を身につけ、実にケバケバしい。

 

「久しぶりじゃのう。わしのことは覚えておるかな」

 

 奇妙な装いの老人は、深い皺の刻まれたその顔に予想外に人好きのする笑顔を浮かべ、そう問いかけた。

 

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