銀座にある高級な喫茶店。
そこにカイとキリトの2人は訪れていた。
だが、男2人でお茶しに来た訳ではない。
ある人物から呼び出されたからだ。
「お~い、キリト君、カイ君。こっちこっち」
席に案内しようとしたウェイターに、待ち合わせと告げると、奥の窓際の席に居た男が無遠慮に大声で呼ぶ。
男の名は、菊岡誠二郎。
総務省総合通信基盤局高度通信網振興課第二別室もとい通信ネットワーク内仮想世界管理課、通称《仮想課》に所属する国家公務員だ。
SAO事件後、目覚めたカイ達の元に現れ、色々と事情聴取をした男だ。
菊岡の前の席に座ると、ウエイターがお冷とおしぼり、メニュー表を持ってくる。
「ここは僕が持つから何でも好きに頼んでよ」
「もとからそのつもりだ」
「ごちそうになるよ」
そう言い、2人はメニュー表を見て、絶句した。
明らかに値段が高いからだ。
一番安いのでも1200円もする。
「ええと……パルフェ・オ・ショコラ……と、フランボワズのミルフィーユ……に、ヘーゼルナッツ・カフェ」
「えっと、レアチーズケーキのベリーソース掛けと、エスプレッソを」
「かしこまりました」
ウエイターは一礼して、去って行く。
「で、俺たちを呼んだ理由を話してもらおうか」
「またバーチャル犯罪か?」
「君たちは話が早くて助かる」
そう言うと菊岡は、タブレット端末を取り出しカイ達に渡してくる。
「いやあ、それがねぇ。ここに来て、バーチャルスペース関連犯罪の件数がまた増え気味でねぇ……」
「へえ。具体的には?」
「仮想財産の盗難や毀損が11月だけで100件以上、VRゲーム内でのトラブルが原因で起きた現実での傷害事件が12件、傷害致死が1件」
「ああ、そう言えばニュースでやってたな。ヘビープレイの為にドラック使って錯乱、模造の西洋剣を研いで、新宿駅前で振り回す。確か、2人亡くなったな」
「救われない話だけど、こう言っちゃなんだが全体でその程度の件数なら…………」
「その通り。全国で起きてる傷害事件数から見れば、微々たる数だし、これを以ってVRMMOが社会不安を醸成しているなんて短絡的な結論は出やしない。だが……」
「VRMMOは現実世界での他人を傷つけることへの心理的障壁を下げる。それは認めるよ」
キリトがそう言った所で、ウエイターが注文された品を持ってきた。
全て並べ終え、「以上でお揃いでしょうか」と尋ねられ、カイとキリトは頷く。
そして、ウエイターは伝票を置いて、静かに去って行った。
「ゲームでのPK行為……ある意味では、現実での殺人の予行練習みたいなものだ。毎日あんなこと繰り返してたら。現実でもって考える奴が居ても不思議じゃない」
そう言い、キリトは運ばれたミルフィーユを一口食べる。
「しかしねぇ、僕はPK行為が無駄にしか思えないんだ。殺し合うよりもみんなで仲良くして楽しんだ方がいいじゃないか、そう思うだろう?」
「それには俺も大いに大賛成だ」
菊岡の言葉に、カイはそう言う。
「だが、ALOをしてるなら分かるだろ?MMORPGはリソースの奪い合いだ。それこそ、フルダイブ技術が生まれる前からな」
「エンディングのないネットゲームにユーザーを向かわせる
そう言い、ヘーゼルナッツ・カフェを一口飲む。
「社会的構造である他者に憧れる劣等感と他者を超える優越感、人間の本質にして根幹とも言えるものだ。そのバランスが上手く取れているからこそ、こうやって暢気にデザートを食っているんだろ」
「なら、そういう君達はどうだい?バランスは取れているかな?」
菊岡の含んだような言い方にカイとキリトはニヤリと余裕の笑みを浮かべて応える。
「ああ、これでも俺ら彼女居るからな」
「お陰様で、十分とバランスはとれてるさ」
「なるほど、その一点において僕は君達が死ぬほど羨ましい」
菊岡はそう言って、コーヒーを口に運ぶ。
「まぁそんな心理的なものも含めてなんだけど、何らかのフィジカルな影響を現実のプレイヤーの肉体に及ぼす……ということは考えられないだろうか?」
「それは『ゲーム世界の影響でリアルの身体能力が増す』というような感じでいいのか?」
「うん、そんな感じ」
「そもそも、フルダイブ機器が神経系に及ぼす影響というのはまだ研究が始まった段階だからなぁ………」
「それにフルダイブ中は寝たきりの状態だから基礎体力は確実に落ちるだろ?体の動かし方とか、技の型とかの精神的な面はともかく、流石に肉体的な面は無理じゃないか?」
「てか、そんなこと、俺らよりアンタの方が詳しいだろ?」
「大脳生理学の先生に話は聞いたが、チンプンカンプンでね。さて、随分と遠回りしてしまったが、本題に移るとしようか」
菊岡は、少し目つきを鋭くし手にしたタブレットをカイ達に見せる。
そこには2人の男の写真があった。
「右の男性は11月9日、左の男性は11月25日、その日に亡くなっている」
その言葉に、カイとキリトは息を呑んだ。
「死因は2人とも心不全。身体に外傷はなく、犯罪性は薄いとされ、事件性はないと判断された。だが、この2人にはある共通点があった」
「共通点?」
「VRMMOさ。この2人は、同じVRMMOをやっていたんだ。タイトルは《ガンゲイル・オンライン》、通称GGO。知ってるかい?」
「もちろん。日本で唯一プロの居るゲームだからな」
「でも、悲惨な話だが、そう言う変死はよくある話だろ?飯代節約の為に、ゲーム内で食って満腹感を得て、現実での食事時間をプレイ時間に充てる。ダイエット目的で、ゲーム内でしか食事しない。一人暮らしだと発作を起こしてそのままなんて、今じゃ普通だ」
「そう。VRゲーマーの変死は、今やよくある話だ。だが、この2人には、更にある共通点がある」
菊岡はそう言い、何かのスクリーンショットを見せる。
そこには、黒ローブを被り、モニターに何かを向けるプレイヤーの姿が映っていた。
「さっきの右側の写真の男性、GGOでは《ゼクシード》って名前で、GGOではトップに位置するプレイヤーでね。亡くなったと思われるこの日、《MMOストリーム》と言うネット放送局の番組に出演していたんだ」
「ああ。Mストの《今週の勝ち組さん》って奴か」
「そう言えば、放送中に出演者が回線落ちして、番組中断って話聞いたな」
「多分それだ。出演中の事だったから、ログで死亡推定時刻は秒単位で分かっている。で、ここからは未確認情報なんだがその同時刻、GGO内で妙な事が起きていたそうなんだ」
「妙な事?」
「《MMOストリーム》の番組は、GGO内でも放送されていてね。町のとある酒場でも放送されてたんだ。で、問題の時刻に、この画像の人物が、モニターに向けて裁きを受けろ、死ねなどと叫んで銃を発砲したんだ。で、その発砲直後、《ゼクシード》氏は苦しみだし、そのまま落ちた」
あまりにも奇妙な話に、カイとキリトは固まる。
「………偶然だろ?」
「ああ、そうだ。偶然と言ってしまえば、片付いてしまう。だが、もう一件あるとしたら?」
「まさか……この男も?」
カイは、左側の男性の写真を思い浮かべる。
「ああ。GGO内では《薄塩たらこ》と言う名前でプレイしている。《薄塩たらこ》氏は、25日に自身が所属するスコードロン、所謂ギルドだね。その集会に参加してたらしい。壇上で仲間に檄を飛ばしていた所、《ゼクシード》氏を撃ったプレイヤーと思われるプレイヤーに撃たれた。街の中だったからダメージはなかったが、怒って襲撃者に詰め寄ろうとして、そのまま《ゼクシード》氏同様、苦しみ出して、落ちた」
「それで、そのプレイヤーの名前は分かるのか?」
「本名かどうかは不明だが、《シジュウ》または《デス・ガン》を名乗ったそうだ。恐らく、死の銃と書いて死銃という意味だろうね」
「それで、俺達に調べてきてほしいのか?そんなことしなくても、他に方法があるだろ。運営企業を当たって、ログを解析すれば、2人を攻撃したプレイヤーの情報も分かるし、登録情報がデタラメでも、IPアドレスからプロダイバーにアクセスすれば本名と住所も分かるだろ?」
「残念ながら、《ザスカー》はアメリカにサーバーを置いてるんだ。ゲーム内でのプレイヤーサポートはしっかりしてるかわりに、会社の所在地はおろか、電話番号もメールアドレスも未公開」
菊岡は両手を上げて、お手上げと言いたげに言う。
「とまあそんな理由で、真実のシッポを掴もうと思ったら、ゲーム内で直接の接触を試みるしかないわけなんだよ」
菊岡の話から、完全にカイとキリトをGGOに行かせる気満々なのが分かった。
「要するに、GGOに行って撃たれて来いってか?お断りだ」
そう言い、キリトは立ち去ろうと、席を立つ。
「そ、そこをなんとか!」
そんなキリトに、菊岡は縋りつき、袖をつかむ。
「離せって!そもそも、俺もカイも、銃は専門外だ!ずっと剣で戦ってきたんだし!」
「《死銃》には強い拘りがあるらしくて、ある程度強くないと接触は難しい可能性があるんだ!僕には、VRMMOゲーマーのツテは君達ぐらいしか居ないんだ!だから、頼む!報酬として、これだけ払う!」
そう言い、菊岡は指を三本立てる。
「GGOのトッププレイヤーが一ヶ月に稼ぐ分と同額だ!どうだい?」
GGOにはゲーム内で稼いだ通貨を、リアルマネーに還元するシステムがあり、それで月々の接続料を払ったり、生計を立ててる人もいる。
プロになれば、月に2、30万稼ぐとされており、菊岡の本気が伺える。
「……どうしてそこまでしてこの一件に執着する?不自然だが、天文学的確率かもしれない偶然の一言で済むはずだぞ…」
報酬を払ってまで解決しようとする意図が奇妙に思え、カイは問いかけた。
「上が気にしているんだ…。こういった一件でのフルダイブ技術の後退を望んではいない。規制推進派はこれを手札にして技術の後退を迫るかもしれないからね」
技術の後退と聞き、カイは反応する。
カイにとって、VRMMOは大切な人との再会を叶えてくれて、更には多くの大切な者たちと出会わせてくれた物。
それが、規制されそうになると聞いたら、あまりいい気分ではない。
それに。GGOも《ザ・シード》によって生まれたVRゲーム。
ある意味、今回の一件はそれを世界中に無料でバラ撒いたカイ達が関与していると言っても過言じゃない。
「分かったよ、そこまで言うなら行くだけ行ってやる」
カイは、GGOに行くことを承諾した。
「本当かい!?」
「そこまで言われて、断る気にはなれないしな。和人もいいだろ?」
「え~………まぁ、伊緒が居ればなんとかなるか。分かった、俺も行くよ」
「ありがとう!万が一のことを考えて、最大限の安全措置は取る。キリト君とカイ君には、こちらが用意する部屋からダイブしてもらって、モニターしているアミュスフィアの出力になんらかの異常があった場合はすぐに切断する。銃撃されろとは言わない、君たちの眼から見た印象で判断してくれればそれでいい」
菊岡は、2人の手を取って、大喜びをする。
「後これを。何かの手掛かりになるかもしれない。最初の銃撃事件にたまたま居合わせたプレイヤーが録っていた音声ログ。データを圧縮して持ってきた。聞いてみてくれ」
菊岡に言われ、2人はイヤホンを耳につけ、その音声を聞く。
最初は周囲の喧騒が聞こえたが、それも聞こえなくなり、1つの声が響いてきた。
『これが本当の力、強さだ! 愚か者共よ、恐怖と共に俺の名を刻め! 俺とこの銃の名は『死銃』、『デス・ガン』だ!』
それを聞いた瞬間、カイとキリトは録音であるにも関わらず、そこから強烈かつ純粋な殺意を感じ取った。