コン、コココン。
ミトとアスナが風呂に入って数分後、ドアをノックする音が部屋に響く。
特徴的な叩き方にカイはすぐさまドアを開ける。
「よぉ、アルゴ」
「よッ!カー坊、邪魔するヨ」
ノックの人物は、アルゴだった。
アルゴは元βテスターで、売れる情報は何でも売るというスタンスの情報屋をやっている。
情報屋としては優秀で、良識も持ち合わせている。
デスゲーム開始直後には自らベータテスターであることを明かし、自分の持つ情報をガイドブックに纏めてプレイヤーたちに無料配布もした。
「やッ!キー坊」
「アルゴ、お前から来るなんて珍しいな」
「まぁネ。どうしても今日中に返事をもらって来いって言うからサ」
そう言い、アルゴは空いてる椅子に座る。
「早速、本題に行くけど、例のキー坊の剣を買いたいって話、今日中なら3万9800コルで買い取るってサ」
「なっ!?」
第1層にしては、あまりにも巨大な金額にキリトは驚く。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、アルゴ」
その話に、カイは思わず待ったを掛けた。
「いくらなんでも、それはおかしくないか?だって、未強化の《アニールブレード》で大体1万5000コルだろ?それに、2万コル出せばキリトのと同等の性能の物にはなるだろ?」
「ああ、俺もカイと同じ意見だ。それなのに、4万コル近くも払うのは明らかにおかしすぎるだろ?」
「オレっちも、依頼人にそう説明したサ。それも三回もナ。でも、構わないの一点張りダ」
あまりにも不可解な依頼人に、三人は首を傾げる。
「アルゴ、1500コル出す。だから、依頼人の名前を教えてくれ」
「あいヨ。ちょっと待ってナ」
そう言い、アルゴは依頼人に確認のメールをする。
すると一分も掛からずに返信が来た。
その内容に、アルゴは片眉を動かし、大きく肩をすくめる。
「教えても構わない、そうダ」
依頼人は自身の素性を隠す気がないらしく、キリトもカイも驚いた。
「ほらよ」
キリトは「訳が分からん」と言いたげに、アルゴにコルを渡す。
「毎度。で、名前だけど……実はキー坊も知ってる相手サ」
「俺が知ってる?」
「ああ、なんセ、昼間、大騒ぎした奴だからナ」
「昼間って………まさかキバオウか?」
キリトがそう尋ねると、アルゴは無言で頷いた。
「取り敢えず、今回も取引は不成立って事でいいんだナ?」
「ああ」
「それじゃ。オレっちはこれで失礼するヨ」
「あ、そうだ。アルゴ、一つ頼みがあるんだけど」
席を立ち、帰ろうとするアルゴをカイが呼び止めた。
「ン?なんだい、カー坊?」
「仕事を頼めるか?」
カイはアイテムウィンドウを操作し、ある物を出す。
「まぁ、仕事って言うよりおつかいが正しいかな?」
そう言い、その取り出したある物と、料金のコルを渡す。
ミトとアスナが風呂に入って20分程が経過した頃、風呂場の扉が開いた。
出てきたのは湯上りのミトだった。
「おお、ミト。風呂はもういいのか?」
そんなミトを出迎えたのは、ミルクを飲んでるカイとガイドブックを読んでるキリトだった。
「うん、貸してくれてありがとう」
「アスナは?」
「もう少し入ってるって」
「そっか」
そう言い、カイは残りのミルクを飲み干す。
「飲むか?ここのミルク、飲み放題だぞ」
「風呂付で、部屋も広くて、ミルク飲み放題とかいい所ね」
「まぁな。ここ選んだのも、ミルクが飲み放題ってのが気に入ったからだ」
そう言い、カイは新しいコップにミルクを注ぐ。
「ほい」
「ん、ありがとう」
カイからミルクを受け取り、一口飲む。
「あ、美味しい」
「だろ?」
「瓶詰めして売ったら儲かりそうね」
「俺も思ったが、残念なことに部屋から持ち出すと5分で耐久値が全損するんだ。おまけに、消えるんじゃなくてマズイ液体になるんだよ」
「なるほど。ただより怖いものはないってことね」
そう言い一気に飲み干す。
「…………よし」
そこでミトは何かを決意し、カイに話しかける。
「ねぇ、ちょっと話したいことがあるんだけど、付き合ってもらっていい?」
「今だ、スイッチ!」
「ふっ!」
ミトはカイを連れて、フィールドに出ていた。
「しっかし、なんで外なんだ?話なら、家の中でもいいだろ?」
「あまり他の人には聞かれたくなかったし、それに明日はボス戦だしできる限りのことはしておきたいって思ってね」
アスナから言われたのは、カイを外に連れ出し、後は星空を見ながら話でもすれば、自然といい雰囲気になって、話したいことも話せると言うものだった。
だが、ミトはいい雰囲気の作り方が分からず、勢い余ってフィールドにまで出てしまい、そのまま戦闘になっていた。
「まぁ、練習なんてやってもやり足りないぐらいだからな」
そう言い、カイは自身の武器《アニールシミター》を見つめる。
「そう言えば、カイのその武器、私見たことないけどどこで手に入れたの?」
「ん?《ホルンカ》って村の、《森の秘薬》ってクエストで手に入れたんだよ」
「あれ?それって確か報酬、《アニールブレード》って言う片手剣じゃなかった?」
「キリトが言うには、恐らくβ版から正式版に移るにあたって、報酬が追加されたんじゃないかってさ………あ、そう言えば、ミトも元βテスターなのか?」
まるで、ついさっき思い出したと言わんばかりにそう尋ねる。
その言葉に、ミトは驚く。
「ど、どうして?」
「そりゃ、初めてにしては鎌の扱いが手慣れてたし、それにキバオウが攻略会議で騒いでた時さ、ちょっと怯えてただろ?あのタイミングで怯えるなんて、元βテスター以外にはいないかなって」
「凄い観察眼ね。その通り、元βテスターよ。まぁ、その時とは容姿が違うからキリトには気付かれなかったけど」
ミトはそう言い、少し不安顔をする。
「もしかして、キバオウの言葉を気にしてるのか?」
心の内を見透かされたように言われ、ミトはまたしても驚く。
「違う……とは言い切れないかな。実際、私は他のプレイヤーを見捨てて、アスナの手だけ取った」
ミトは自身の手の平を見つめ、言う。
「自分はβテスターだからSAOをよく知ってる。だから、アスナを守る。そう誓ったのに、あの時、私はアスナを危険な目に合わせた」
リトルネペントの集団に襲われたことを思い出し、ミトは拳を強く握る。
「あの時、私、アスナが死ぬのを見たくなくて逃げようとしてた…………カイとキリトが来なかったら、私はきっと今頃アスナを見捨てて…………!」
いつの間にか、あの日のことを思い出し、口調が強くなる。
「ミト」
そんなミトに、カイは優しく声を掛け、ミトが強く握りしめてる手を握った。
「少し落ち着けって。ほら、深呼吸」
カイに言われ、ミトは驚きながらも深呼吸をした。
「落ち着いたか?」
「うん……ありがとう」
「よし。と言うか、そんなの『もしも』の話だろ?結果を言えば、ミトはアスナを見捨てなかったし、見殺しにもしてない。それどころか、ボス戦に参加できるまでに助けてきたじゃないか。そんな、俺やキリトが来なかったらなんて『もしも』を話しても、結果は変わらない……だろ?」
言いくるめられるように言われ、ミトはポカンとする。
「それにな、キバオウの奴の言葉なんて忘れろ。あんなの、ただの言い掛かり、嫉妬だよ」
「嫉妬?」
「そう。自分よりゲームが上手い奴らに対するな。今日の会議で言ってた元βテスターに謝罪と賠償の請求ってのも、どうせ自分が強くなって、元βテスターにマウント取られたくないから、言い出しただけに決まってる。ああいう奴ほど、将来破滅するんだよ」
何故か確信を持って言うカイの様子がおかしく、ミトは思わず笑った。
「おいおい、笑うことはないんじゃないか?」
「ごめん……なんか、カイ見てると悩んでた自分が馬鹿みたいね」
「それって誉め言葉か?」
「さぁ?どっちかしらね?」
「……誉め言葉として受け取っておくよ」
少し不満そうな顔をして、カイは《アニールシミター》を鞘に戻す。
「あ、そう言えば、話したいことってなんだ?」
「あ……それは…………」
正直、雰囲気としては悪くない状態だった。
今の状態なら、昔のことを聞けるだろうと、ミトは思った。
「ううん、やっぱりいいわ」
だが、ミトは聞かなかった。
「は?なんだそれ?」
「明日………明日のフロアボス攻略戦が終わってから言う。だから、明日はお互い、必ず生き残りましょ」
「……分かった。必ず無事に終わらせて、話を聞かせてもらうよ」
「じゃあ、戻りましょ。多分、もうアスナも風呂から上がってるだろうし」
そう言い、ミトは先程より軽い足取りで来た道を戻る。
その心の内に、何やら確信めいた何かがあるのはミトしか知らない。
次回は、第1層フロアボス攻略戦の話になります。