あの後、怯え切ったシュミットをキリトとアスナの二人は《聖竜連合》の本部まで届けた後、宿屋へと戻った。
宿屋では、カイとミトの二人が待っていた。
二人はベッドに座り、ミトはまだ不安なのかカイの手を握ったまま離れようとしなかった。
「ああ、戻ったか」
「待たせて悪いな」
そう言い、キリトは二人分の椅子をベッドの近くまで持って行き、座る。
「ねぇ、カイ君。言うのが辛いんだったら無理して言わなくてもいいんだよ?」
アスナが椅子に座りながら、カイに優しくそう言う。
「ありがとうな、アスナ。もう決めたことだからさ。でも、何から話したらいいか…………」
困ったようにカイは笑い、頭を掻く。
「取り敢えず、俺には家族が居たんだ」
カイには家族が居た。
フリージャーナリストの父親と、専業主婦の母親。
そして、幼稚園に通う妹の四人家族だった。
裕福とも貧乏とも言えない、何処にでもいる普通であるも幸せな家庭。
それがカイの家族だった。
だが、そんな幸せは一瞬で崩れた。
カイはいつもなら学校が終わると真っすぐ公園に行き、ミトと遊んでいた。
しかし、あの日だけは手荷物が多くあり一旦自宅によってから公園へと向かった。
その時、カイは一人の大人に声を掛けられた。
その男は柔和な笑みを浮かべ、カイと目線を合わせこう尋ねた。
「君、神里さんの息子さんかな?家に、お父さんはいるかい?」
カイの父親はフリージャーナリストと言うこともあり、あまり自宅にいることが少なかった。
だが、その日は新聞社に持って行く記事の編集作業をしていた為、家に居た。
カイは、その男が父の知り合いなんだと思い、正直に父の在宅を話した。
男はカイにお礼を言い、何処かへと去り、カイは公園へと向かった。
遊び終え、ミトと別れた時は既に夕日が差しており、カイは足早に帰宅した。
そして、カイは自宅で死んでいる父と母、妹の三人を見た。
そこからの記憶はカイは憶えて無く、気づいた時にはカイは病院に居り、伯父の耕哉が心配そうに付き添っていた。
父と母はナイフのような鋭利な刃物で殺害され、妹は首を絞めて殺されていたらしく、更に父の部屋からパソコンや資料の束が盗まれていたことから、カイの父親は何かしらの事件を調べていて、調べられると困る何者かによって口封じで殺され、母と妹も犯行がバレない様に殺された可能性が高いと警察は言っていた。
だが、当時小学5年生だったカイには理解が出来ず、事件は迷宮入りとなった。
カイがそこまで語ると、全員が暗い表情をしていた。
「伯父さんに引き取られた後、伯父さんが俺には心の療養が必要だって言って田舎に引っ越したんだ。色んなことがあり過ぎて、精神的に余裕がなかったし、伯父さんは俺が毎日ミトと遊んでたことを知らなかったから、何も言わずにミトの元から去ったんだ。……………これが理由だ。すまなかった、ミト」
「そんな……謝らないで。私の方こそ、何も知らなくて…………カイがそんな辛い思いしてたなんて………!」
泣きながら言うミトに、カイは優しく頭を撫でる。
「ミトは優しいな。ありがとうな、俺のために泣いてくれて…………当時の俺は、事件の事とか詳しく理解はできなかったけど、子供なりに家族が誰かに殺されたんだってのは理解できた。そして、俺の所為で殺されたってのも」
「そんなの、カイ君は悪くないじゃない。カイ君はただ質問に正直に答えただけで」
「だとしても、俺が父さんは家にいるなんて言ったせいで、父さんは殺された。それどころか、母さんも妹も…………俺がもっと気を付けていれば、あんなことには……」
「それは違うだろ!」
すると、キリトは椅子から立ち上がりそう叫んだ。
「悪いのはカイの家族を殺した奴で、カイは悪くない!それなのに、なんで自分が悪いみたいな言い方するんだよ!」
いつの間にかキリトまで涙を流していた。
「………なんでお前まで泣いてんだよ、キリト」
「お前が涙一つも流さないで、辛い過去話してるからだろ………お前の代わりに泣いてやってるんだよ…………馬鹿相棒」
そう言い、キリトは椅子に座り直す。
「全く、ミトに続いてお前も優しい奴だな。ありがとう、キリト」
カイは困った様に、それでいて嬉しそうに笑う。
「流石にアスナは泣かないか」
「その言い方、まるで私が薄情者みたいじゃない」
アスナは優しい笑みを浮かべ、ミトとキリトにハンカチを渡しつつ言う。
「ミトもキリト君も泣いて、私まで泣いたら収拾付かなくなるでしょ」
そう言うアスナの目じりからはわずかに涙が零れているのに、カイは気付く。
「ああ、分かってるよ。ありがとうな、アスナ」
アスナにもお礼を言い、カイは話を続ける。
「その事件の所為か、俺は殺人に対して強烈な憎悪を抱くようになったんだよ。医者が言うには、精神的なストレスによるものだって。アニメや小説とか、創作物ならある程度は耐えれるけど、ニュースや新聞で殺人事件に関する物を見ただけでも俺は憎悪を抱くんだ」
キリト、アスナ、ミトの順に顔を見て、カイはあることを決意し言おうとする。
「だから、俺は「ダメだぞ、カイ」
だが、その言葉をキリトが遮った。
「お前、俺とのコンビを解消する気だろ?」
カイは驚き、キリトを見る。
「それだけじゃない、ミトともアスナとも、それに攻略組や自分のフレンドたちとも関りを絶つ気だろ?」
「………よくわかったな。その通りだ。俺は目の前でカインズが死んだのを見て、暴走し掛けて、ヨルコさんの死でとうとう冷静さを失った。下手したら事件解決のために殺人以外ならどんな手も使っただろう。今でこそ落ち着いてるが、もしまた同じような事が起きればどうなるか分からない。下手したら、殺人を止めるために殺人を行う危険もある。そうなれば、キリトやアスナ、ミトに迷惑を掛けることになるし、攻略組にとっても不安材料になる。俺は、そんなことしたくない。そんなことするぐらいなら、いっそのこと…………」
「カイ………第1層のフロアボスを倒した後の事、憶えてるか?」
突如、キリトがそんなことを言い出した。
「俺は元βテスターとビギナー達の不和を消すために、《ビーター》を名乗って、ソロで活動していこうと思ってた。だけど、お前は様々な誹りを受ける覚悟で、俺と一緒に進むって言ってくれた。あの時は言わなかったけど、俺凄く嬉しかったんだよ。だから、言わせてもらう」
キリトはカイに指を突き付け、宣言するように笑顔で言う。
「俺はお前とのコンビを解消する気なんてサラサラないからな!」
「私も同じ気持ちだよ」
アスナはキリトとは対照的に落ち着いた、優しい声でカイに言う。
「そんな話を聞いて、放っておける訳ないもの。軽々しく大丈夫とか言えないけど、何かあった時ぐらい頼ってくれていいんだからね。それに、君のような人材を見す見す攻略組から脱退させるわけないでしょ?」
笑顔で自分を見てくるキリトとアスナに、カイは呆気に取られた表情になる。
「カイ」
最後に、ミトがさっきとは違って優しくカイの手を両手で包む。
「私は嫌だよ。6年ぶりに再会して、また「さよなら」なんてそんなの嫌。もうカイの手を放したくない。ずっと傍に居て欲しい!もしまたカイが暴走するって言うなら、その度に私が止める!だから………………居なくならないで」
ミトの言葉を聞き、カイは数秒沈黙した。
「……………はぁ~、本当にお前たちはもう」
カイは頭を掻き、溜息を吐く。
「本当にいいんだな?後悔しても知らないぞ?」
「俺を相棒に選んだ時点で諦めるんだな」
「私にカイ君の過去を話した時点でもね」
「私と再会した時点でも」
三人にそう言われ、カイは笑った。
「やれやれ、とんでもない奴らと友達になっちまったな、俺は…………ありがとうな」
カイがお礼を言い、四人はまた笑顔になった。
「それじゃあ、今後の捜査方針を考えようぜ」
「それはいいが、カイ、大丈夫なのか?」
カイの心を案じ、キリトが尋ねる。
「ああ。お前たちに過去を話して少し落ち着いた。それに…………」
そこまで言い、カイは横目で隣のミトを見る。
「ん?どうかした?」
カイの視線に気づき、ミトが聞いてくる。
「………いや、なんでもない。とにかく、大丈夫だ」
「わかった。とりあえず………シュミットから聞いたグリムロックの行きつけの店、そこを当たろう」
「でも、昨日の今日で行くとは思えないわ」
「だろうな。でも、他に手掛かりはない。今日はもう遅いし、明日店を見張ろう」
「ああ、俺も賛成だ」
「同じくね」
一先ずの方針を決めると、突如キリトの腹が鳴った。
「あ、悪い」
「そう言えば、もう夕飯の時間か」
カイはこの前と同じレストランで食事でもとるかと考えていると、アスナがストレージから何かのアイテムを四つオブジェクト化して出す。
そして、その内の一つをキリトに差し出した。
「くれるのか?」
差し出されたそれを受け取り、キリトが尋ねる・
「この状況でそれ以外になにがあるの?見せびらかしてるとでも?」
そう言い、アスナはミトとカイにも渡す。
「俺の分まで?」
「こんなこともあろうかと、四人分作ってたの。そろそろ耐久値も切れそうだしどうぞ」
「悪いな」
カイはアスナに礼を言って、包を剥がす。
そこには、カリッと焼かれたパンに、野菜や肉が挟まれたサンドイッチがあった。
「おっ、うまいな!」
早速一口齧ったキリトが、感嘆の声を出す。
その言葉に、カイも一口食べる。
「おお、確かに」
「流石はアスナの料理ね。うん、本当に美味しい」
カイの隣でミトもご満悦で食べる。
「ん?アスナのって、もしかしてアスナの手料理なのか?」
ミトの言葉に、カイが尋ねる。
「ええ、そうよ。ちなみに、私も《料理》スキル取ってるけど、アスナにはまだまだ及ばないけどね」
そう言い、ミトは残りを一気に食べだす。
「あ、えっと………」
キリトはアスナに気の利いた一言を言おうとするが、思い浮かばず狼狽する。
「い、いっそのこと《アルゲート》の市場で売り出したら、大儲けできそうだなハハハ……」
キリトがそう言った瞬間、アスナはキリトの座っている椅子を蹴る。
「あっ!」
衝撃で、キリトは持っていたサンドイッチを手放してしまい、サンドイッチが床に落ちる。
その瞬間、耐久値が全損しサンドイッチが砕け散った。
「あ………」
まだ二口程度しか食べれてなかった為、キリトは呆然とサンドイッチが落ちた床を見つめる。
だが、次の瞬間何かに気づき目を見開いた。
「まさか!」
声を上げ、ストレージから小さな羊皮紙を取り出し、食い入るように見る。
「アスナ、あれは?」
「シュミットさんに書いてもらった、残りの《黄金林檎》メンバーの名前。だけど、どうしたの?」
アスナの問いに、キリトは答える余裕がないのか何も言わない。
「そうか………そうだったのか!」
キリトが大声を上げ、椅子から立ち上がる。
「俺は………俺たちは見ているつもりで、違うものを見ていたんだ!《圏内殺人》、そんなものを実現する武器もスキルも、ロジックも最初から存在してなかったんだ!」